107. 武力の使い方 (2001/8/9)


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NMD が出てきてから、日本の偏執的な平和論者はさぞ困ったに違いない。なにしろ、ミサイルを打ち落とすという防衛目的にしか使えない兵器が、世界の平和を脅かすと言われているからである。

■NMD と TMD

NMD とは確か、ナショナル・ミサイル・ディフェンス、つまり国家をミサイルから守るシステムのことである。

他に、TMD つまりシアター・ミサイル・ディフェンスつまり戦場でのミサイル防御システムもある。TMD の方はどうやら、湾岸戦争でイラクのミサイルを迎撃したパトリオットミサイルの発展形らしいので、NMD ほどおおげさなものではないようだ。

NMD とは国全体をミサイルから守るための大規模なシステムであり、究極的には全面核戦争における敵との核兵器の打ち合いで敵のミサイルを完全に防ぐことを目的としている。

■ロシアの反発

アメリカの NMD 計画にもっとも強く反発しているのはロシアである。それは、冷戦時代にアメリカと核兵器の競争をしてきたからである。両国は地球を何回も破壊できるほどの核兵器を所持しており、何かあったときのために相手の国を攻撃する態勢が整っている。どちらか片方の国が核を使ってしまったら、もう片方の国は報復として核を打ち返すように決めており、そうなったときは全面核戦争となって地球が死の星となってしまう。しかし逆にいえば、いずれの国も、核を打たなければならないほど追いつめられるようなことはなくなったわけで、際限の無い全面戦争の悲劇は起こらないようになったとも言える。これが核による均衡である。なおかつ両国は、これ以上危険な核兵器を作らないよう軍縮協定を結び、どちらが多くの核兵器を作るかという破滅へのいたちごっこをやめようとした。

ところが、もし片方の国が、もう片方の国の核兵器をすべて無効にできるとしたらどうだろうか。そのためにアメリカが打ち出したのが NMD である。核兵器にはさまざまなバリエーションがあり、ミサイル発射基地から打ち出して相手の国に直接飛ばす大陸間弾道弾(ICBM)や、爆撃機から落とすもの、潜水艦から発射するものなどがあるが、ほとんどはミサイルである。つまり、ミサイルを撃墜できれば核兵器の脅威のほとんどは排除することができるのである。

そうなると一番困るのはロシアである。ロシアはいまでは見るも無残なほど衰退しており、大国の地位をかろうじて核兵器によって維持していると言っても良いほどである。経済が悪化しているために軍隊の維持すら苦しく、最新鋭の兵器を作れるほどの高い技術力はあるのだが生産することができない。アメリカが NMD の計画を進めると、さすがにすぐには完全に核ミサイルを迎撃することは不可能だが、それに対抗してさらに自国の核ミサイルを改良しなければならなくなる。いまのロシアにはそれをやるだけの力がないのだから、ロシアの国際的な地位の低下は避けられなくなる。

■ロシアと中国の宣伝

ロシアの次に抗議の声が大きいのは中国である。中国は世界最大の陸軍をはじめとして、巨大な人口を背景に大きな軍を持っている。しかし肝心の装備はまだ水準が低く、自由主義陣営の一線級の兵器と比べると、とても対等に戦うことはできない。なにしろあの小さな台湾と戦っても勝てないと言われているぐらいである。

中国の最終兵器は核なのである。中国はそんなに技術力が高いとも言えないのだが、なぜか核は自国で開発できた。その経緯については私もあまり知らないので省略する。ただ、中国の保有する核はごくわずかであり、日本を含めた核を持っていないつまり核による報復攻撃のできない国々を脅かすことしかできないと言われている。

そこで彼らは、世界的に見れば常識的なことなのだが、日本からすればとても非常識な主張をはじめた。曰く、ミサイル防御システムは世界中の軍拡を促進するからやめろ、だそうだ。

この主張自体は妥当な主張である。武力というのは、有効だからこそ持っていて意味のあるものなのだから、それが無効化されそうになったら増強しなければならない。あるいは相手の武力も無効化してしまえばいいのだが、防御は攻撃よりもはるかに難しい。拳銃による攻撃を完全に防ぐにはどの程度の装備が生身の人間には必要だろうかと想像すれば理解しやすい。そんな防備をするぐらいなら、相手と銃口を向け合った方がまだ安全である。

■専守防衛と攻撃防衛

日本は専守防衛という考え方をとっている。これは、相手から攻撃を受けてはじめて防御に入るという防御だけを前提とした考え方である。日本はこの専守防衛を前提としているので、相手の国へ攻め入ることができる兵器を基本的に保持していない。つまり、敵国は日本からの反撃を本土に受けることを全く考えることなく日本を攻撃することができるのである。

日本と全く逆の考え方を持っているのがイスラエルである。イスラエルは、相手から攻撃を受けそうになると、まだ攻撃を受けていない段階で敵の基地を奇襲するという戦略をとっている。というのは、イスラエルの国土が細長くてつまり縦深が少ないので、いったん攻められると重要な拠点や都市がいきなり危機にさらされるからである。

イスラエルの戦略だと、自国がミサイル攻撃の危機にさらされたときに、ミサイルが発射されたあとで迎撃するという選択肢のほかに、ミサイルが発射されるまえに敵のミサイル基地を叩くという方法をとることができる。この方法は、ミサイルを迎撃するという方法と比べるとずっと簡単である。

日本がこのような非常に難しい戦略をとっているのは、日本が再びアジアを侵略するのではないかと危惧する国内外の勢力の影響を受けているからである。つまり、軍事的な不利を引き換えに、ある種の政治的な利点を取っているのである。もっとも、専守防衛を破棄していつでも攻めることができるという姿勢を示すことも政治的な利点となるので、どちらを取るかは政治家が決めることである。日本は結果的に専守防衛を選んだのだが、それは戦後の国際世論がそのように作られてしまったので仕方のない選択であった。

■理想主義者

ところが、現在日本の専守防衛を守ろうとしている勢力というのは、政治上の利点ではなく理念上の理想を守ろうとしているのである。専守防衛を続けることは世界的に見て非常に素晴らしいことであると彼らは信じている。しかも彼らの中でも究極の理想主義者は、軍隊さえ持ってはならないと考えている。

残念ながら、日本の戦後の安全はアメリカによって守られてきた。もしアメリカが、ありえない仮定なのだが、東アジアへの関心を持っていなかったとしたら、いまごろは北朝鮮が韓国を潰して朝鮮半島をすべて領有し、中国も台湾を併合し、さらには沖縄でさえも理由を挙げて侵略したことだろう。沖縄は歴史的に見て日本と中国の両方と交易していた独立した王朝を持っていたので、どちらに帰属するべきかという議論はいくらでもできる。とりあえずのところ九州を朝鮮または中国が領有するための理由はなさそうではあるが、ソビエトが北朝鮮に金日成を立てて北朝鮮を興したように、当時自由主義陣営の国々から恐れられてきた共産主義革命が日本各地で起こり、彼らが日本を乗っ取っていた可能性は十分にあった。むろん革命となれば武器弾薬が朝鮮半島などから共産主義者へと流れ込んでいただろう。

そして重要なことは、日本の専守防衛を守ろうとしている理想主義者は、共産主義を強く信じる者が多いのである。共産主義自体が理想主義的だからそうなのかというと確かにそれもあるのだが、むしろ共産主義陣営の国々が日本で革命を起こそうと思想戦を仕掛けたのではないかと思うくらいに強く結びついている。

■専守防衛と NMD 反対

それをはっきりと浮き彫りにしたのが、専守防衛に賛成なのに NMD に反対する人々のあまりに多いことである。先に述べたように、NMD 自体はまったく侵略に使えない平和的な兵器である。NMD の究極的な形はというと、国全体をすっぽりとバリアで包んで、あらゆる侵略から身を守ることだから当然である。

武器のない世界を夢想する連中が、なぜロシアや中国の主張する「軍拡を促進する」を簡単に信じてしまうのか。自分の国が軍隊を持っていなくてもどこも攻めてこないと信じる人たちが、なぜアメリカが NMD を推進すると聞いて危機を覚えて反対するのか。もう明らかであろう。彼らは共産主義陣営の手先なのである。

彼らは、ロシアや中国の困るようなことには反対なのである。彼らは決して平和主義者ではく、ロシアや中国が軍備するのは当然だと考えているのだ。

■秩序とは

人間が集まると、暴力や殺人を犯す人がでてくる。我々はどのようにしてそれらの犯罪を無くそうとしているか。言い方を変えると、我々はいかにして犯罪から自分たちの社会の平和を守ろうとしているか。法律を作り、違反した者を罰することによって、犯罪を抑制しようとしているのだ。そのためには、犯罪を犯した人間に対して強制力を持った力が必要となる。それが一番利口な方法なのである。

他の方法にはどんなものがあるだろうか。

誰かが誰かに対して暴力や殺人を犯すことをできなくすることは可能だろうか。人間がそれなりに強力な肉体を持ち、個体差もあることから、たとえ何も持っていなくても誰かが誰かを殺すことは十分可能である。だから、武器を取り上げるという手段は不可能であり、防具を身に付けるしか方法はない。しかし、全ての人間が暴力や殺人の被害者とならないための防具を装着することは可能だろうか。防具でなくても、たとえば一人用のシェルターから一歩も出ずに一生を終えるという方法もあるが、それは現実的とは言えない。

個人個人が一人で自分の身を守れるようにするというのはどうだろうか。犯罪の被害にあうのを自己責任とし、最低限の強さを身につけるのを社会が推奨するとする。たとえば、どんなに肉体が弱くてもほとんどの人が扱える銃器があるのだから、全員がそれを身につけるようにする。そうすると、どんなに弱そうな人でも、襲うと反撃されて逆に襲った側が命を落とすこともあるので、抑制力が働いて犯罪が少なくなるかもしれない。しかし、全ての人が常に銃器を持つようでなければ、銃器を持った犯罪者によって逆に襲われやすくなってしまう。

結局、万全ではないが、警察を置くことが一番の安全につながる。ただし、その警察は社会の総意によって成り立っていなくてはならない。多少の腐敗は仕方がないのかもしれないが、ある特定の人たちの犯罪を見逃すようになるとどうしようもない。

■国際秩序

国際社会でも、本来ならば世界各国の総意のもとに警察のようなものができれば一番マシなのであるが、アメリカという国家の利益のもとに動くアメリカ軍が警察の役割を果たしているというのが今の国際秩序である。

一つの強い国があるよりは、ソビエトが強力だった冷戦時代の方が良かったかもしれない。二つの勢力が全力で戦争を始めると最悪の事態になるという意味では冷戦は終わって良かったのかもしれないが、たとえば日本の場合アメリカと同盟をしない場合に他に同盟する相手がいないのが問題である。ヨーロッパの場合はヨーロッパの中で団結して、いざというときにアメリカを頼れなくても、場合によってはアメリカと敵対しても、大丈夫なようにしようとしている。

だから、ロシアや中国がアメリカに対抗しようとすること自体は、アメリカと同盟を組む日本としては確かに危険なのではあるが、日本以外のいくつかの国家にとっては良いことである。アメリカの言うことを聞かなかったことで不利な情勢に陥っても、アメリカ以外の巨大な国が味方についてくれれば、アメリカから過剰な要求を受けたとしても自国の利益をいくぶん守ることができる。

■NMD と日本

私は NMD には反対である。というのは、まず NMD は日本を守ってくれるのではないからである。もし日本とアメリカが NMD を共同開発して共同配備するというのであれば、全面的に賛成というわけではないが良いことだと思う。少なくともミサイル攻撃に対するいくぶんかの防備があると安心できる。

いくぶんかの防備としか言わない理由は、私はまず NMD がうまくいくかどうかについてとても怪しいと思っている。それから、NMD が仮に完璧にミサイルを迎撃できるとしても、核兵器や生物兵器をミサイル以外の方法で使用する方法があるのだから、ミサイルだけを迎撃するシステムだけでは意味がなくなるだろう。特にロシアや中国は、ミサイルが無意味だということが確定したら、あらゆる方法で仮想敵国に核兵器を運んで爆発させられるよう研究するだろう。小さな核兵器が FedEx つまり民間の航空運送会社によって運ばれてきたというのではシャレにならない。

各国がアメリカの NMD に対抗するようになると、日本の防備も相対的に弱くなるので、日本にとって不利になるだろう。

各国がなぜアメリカに対抗しようとするのか、非武装論者はまともに考えようとしない。多分彼らはロシアや中国が軍国主義的だということを分かってはいる。だからこそ、日本は日本、ロシアはロシア、中国は中国なのであり、日本は侵略を憲法によって放棄した先進的な国なのだから他国に習う必要はない、と考えているのだ。こういう論理を出されると反論のしようがない。道なき道を進むことを決めている者に対して経験論を持ち出すのはなんと馬鹿らしいことなのだろうか。

■武力の使い方

韓国は多分いまでは侵略などをするような国とは思われていないのだが、しかし現在韓国は日本固有の島である竹島を不法占領している。韓国が占領したのはつい最近のことなのだ。日本は国際的に韓国の占領を非難しており、国際的な慣習上も日本が正しいことは明らかである。しかし恐らく韓国人にこのことを非難しても恐らく無駄であろう。彼らにとってはこの島は明らかに韓国のものであり、交渉などというものを必要とせず、行動によって無言で確保して良いと思っているのだ。

このように二国間は容易に対立し、話し合いで解決できないことはいくつもある。話し合いがまとまらなかったということでロシアは北方領土で漁業を行う権利を韓国や台湾に与えようとしている。本来日本が条約かなにかで権利を確保しているにも関わらずである。まあこのあたりの事情は私にはよくわからないのであまり踏み込まないし間違えているかもしれないので了承してほしいのだが、話し合いですべてが解決するわけでなく、日本はともかく他の国それも親しいはずの隣国の韓国でさえ実力行使で来るのである。そのことを考えると、少なくとも彼らの実力行使をためらわせるだけの軍備が必要なのは当然である。

むろん、彼らが不当に実力行使をしたのかどうかは誰にも分からず、日本が不当に彼らの権益を侵して動かしがたい状況だったので彼らがやむをえず実力行使に来たという可能性もあり、どちらが正しいとか間違っているとかの話ではないのだ。そんなときに自分たちの利益を守るのが軍備なのである。また、もし自分たちに軍備が足りずに相手に実力行使ができないだとか、逆に相手の実力行使に対抗できないとかいうのであれば、それは自分たちの力が至らないのだということで諦めざるをえなくなる。軍備というのは、サッカーで言えば延長戦引き分け後に行う PK戦を戦うための準備なのである。

日本の場合、武器は十分にあるのだが武力は弱い。なにせ北朝鮮にまで馬鹿にされているくらいである。日本には武器はあっても、攻撃を受けない限り反撃をしないと分かっているので、武力として見るとまったく怖くないのである。だから北朝鮮の高速艇が日本海沿岸に現れて、日本に補足されても余裕で逃げ帰ってしまうし、その後に報復を受ける心配など彼らは少しもしていない。

何かあったら殴るぞ。というのが武力の正しい使い方である。


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gomi@din.or.jp