ふわふわ夢日記
☆ はじめから読む? ☆
2003/4/25: むらさきいろのティーパーティ
むらさきの深い深いいろをした、ちいさく可憐(かれん)な花。夢の中だけに咲く誰にも知られることのない花。花でつくったお茶を「むらさき茶」と名づけました。
ティーパーティのはじまりです。お客さまは、大好きな、大切な、ひとたちです。 さぁ、カップにお茶を注ぎましょう。とぽとぽとぽとぽ。ぽ。ぽ。うわー、なんていい香り。みんなの顔がほころびます。 カップの中をのぞいてみると、お茶は、清々しく澄み透きとおっているにもかかわらず、なぜかカップの底が見えないのです。底なしのまほうむらさき茶。しあわせいろのティーパーティは、いつまでもいつまでも、永遠に続くのでしょう。
2003/1/31: 半年が経って・・・
更新。だいぶさぼってしまったけど、ふわふわ夢はあいかわらず・・・
8月・・・手の平に乗るほどのライオンを貪り食う。その翌日マグリット展で小鳥を食らう少女の絵に遭遇。予知夢?
9月・・・天が落ちてきたらどうよ。なんて、ギリシャ神話のようなことを考えていたら、地の底、地表、地上、そして宇宙へ。空間巡りツアー。
10月・・・さみしいよ。かなしいよ。さむいよ。つらいよ。せつないよ。
11月・・・おんぷ星にはおんぷ星人がいるのかな? いたよ!
12月・・・しの笛を習いはじめた。笛の中に何かが棲んでるような気がしてしかたがない。あなたはだぁれ。夢で逢おうね。
1月・・・初夢。しろいおるがん。誰が弾く? 何を弾く?
2002/7/15: 炎 水
炎。直後に、水。予告もなく、ガバッと来るんだもの。びっくりしました。
暗闇に炎の束が燃え盛ったかと思うと、次の瞬間には、川が目の高さを流れていくんです。いいえ、川の中にいた? 水面を通して青空が見えたから、そう。
光や影や、自然が恋しくなっていて。実は、2か月あまりも前に見たゆめです。
2002/3/23: さくらのうみ
桜の花びらが風に舞って遊びにくる季節です。夕べの雨は、傘にかわいらしい花びら模様をつけてくれていました。桜が散るのは淋しいけれど、こんな楽しい発見もあるんだなぁって、ハッピーな気持ちで・・・zzz・・・
花びらが辺り一面に敷きつめられて、ふかふかの絨毯(じゅうたん)のよう。どこからか風が吹いてきて、絨毯はさざ波をたてはじめました。ぅわー、花びらの海みたい。心ぞうがくーんとなったと同時に、視界は一瞬にして広がり、水平線までいくつもの波を見送りました。
そのあとの私は。感傷にひたったかと思いきや、迷わず桜の海にダイビーング! あー。なんていい匂い。桜の精になったみたい。ふんわりふんわり。
目が覚めて夢を反芻していたら、むかぁし、ちいさかった大洋が、花柄のワンピースを着た私を見て「ママおはなのおひめさまみたい!」って言っていたのを思い出しました。おかげで、きょうはいちにち、ふんわり、ふわふわ。
2002/1/6: 夢のパラドックス
2002年の初夢は。
長い長い夢をたしかに見ていたのに、目覚めた瞬間に消え去って、唯一こんな言葉が残りました。
「あなたは選ばれた人」・・・。ハリーポッターになった夢でも見てたのかにゃー。
初夢、カムバーック! 失われた夢をとりもどす薬とか、夢再生装置とか、だれか発明してくれないかな。そうだ。自分が発明する夢なんてどうかしら。そして目覚めと同時に忘却し、永久に発明できない・・・なんて。
夢のパラドックス、一丁上がり! 今年も”ふわふわ”健在のようです。
2001/11/11: ふわふわな ゆめ みっつ
ひとつ。「えかきが のりうつった わたし」
かいてもかいても とまらない。つぎつぎといろがあふれていく キャンバス。どんどんうまれる わたしの”ぶんしん”たち。
ふたつ。「いずみの ゼリー」
こんこんとわきでる いずみが、みるまにちぢんで、ゼリーになっちゃった。ぷるるん。ぱくん。
みっつ。「そらがくもに くもがそらに」
そらとくものいろが いっしゅんにして いれかわったせかい。わぁお!
山梨県のとあるキャンプ場の昼下がり、ふわふわ”うたたね”中に見た夢です。
空と雲と太陽と、山と木と緑と、風と空気と、川の音と鳥の声と、空のむこう側と地面の下の世界と。
そして、ふわふわなあなたを感じながら。
2001/9/30: My breath My blood
自分を生かすそれらのもの。森に散りばめられたそのカケラたちは、ひそかに私を待っているようです。まばゆいばかりの光彩を放ちながら。
光をたよりにカケラをひろっては、森の深みに分け入っていきます。カケラの数はだんだん増えていくようです。勇気や魂を探しあてると、森の出口が開かれました。森はまたおいで、いつでも待っているよと語りかけてくれました。
山が、森が、燃える季節が訪れます。心も命も紅く染まってゆくようです。
2001/9/7: アイディアの精
アイディアの妖精は、ふわふわ星の住人のひとり。夢の中に棲息(せいそく)していて、アイディア茸(きのこ)やアイディア雲のタネを、届けてくれます。育てるのは自分。育ちかたは自分次第。
希望は掴(つか)むもの。夢は叶えるもの。そして、しあわせは.........いつもとなりにある。ずっとずっと身近に感じていたい。.........ね。
2001/6/13: ふわふわデー
今日は、大洋の誕生日。つまり、大洋を産んだ日です。あんなことこんなことを思い出してふわふわな私。
「夢日記」だけど、今日は、夢を見ているような1日だったから、記念に書いてみました。
大洋が産まれた日も、ふわふわだった気がします。看護婦さんが母子の対面をさせてくれたとき、かわいい舌をペロっと出したキミ。それはそれは幸せな瞬間でした。大洋の誕生日は、私のふわふわ記念日です。
2001/4/11: 手
マンションは7階にもかかわらず、桜の花びらが風に舞って遊びにきます。天使のプレゼントみたい。
この陽気に、樹々がいっせいに芽吹きはじめました。中央通りの銀杏並木に葉っぱのあかちゃんが生まれてた! なんてかわいいの。いとおしいの。
地球上のあらゆるヒトと握手をする夢を見た。握手というか、みんな、互いに手を握りあってた。ごく自然に心を通わせて。優しく深い気持ちで。
と、いかにも、偽善者モードのこの夢のオチはというと。
なんと、気がついたら、すべての生物が握手をしているの。ニャンコとイルカとか(もちろんニャンコはぷよぷよの肉球の手(よいこのみなさん、正確には前肢です)。トンボとカニとか(カニさん、ハサミでトンボさんの羽根を切らないでね)。うふふふ。つい先日オープンしたユニバーサルスタジオに対抗して、”ふわふわギャグワールド”をオ-プンしようかな。
手。手。あなたには、手をさしのべたいヒトはいますか。手をさしのべてほしいヒトはいますか。
2001/2/14: 浄化海月(じょうかくらげ)
最近、まめに家のソージをしています。(ふだんはホコリじゃ死なないと豪語してる家なんですけどね) お客さまが来るからです。バンドの練習をしに来ます。
目の前の男性が、いきなり足元の汚物(何かな。想像におまかせします)に、とあるスプレーをシュシュシュシュ。すると、アラアラフシギアラフシギ。汚れとスプレー液が化学反応を起こし、まるくなってポワーンと浮かんでくるではないですか...... 目の高さに辿り着く頃には海月(くらげ)のような形になりました。空中でふわりふわり。
海月クン(生きてる訳じゃないんですけどね)に人さし指で恐る恐る触れてみました。地上の汚れや周囲の空気さえも浄化されているという、夢のような(夢なんですけどね:笑)スプレーでした。
気がつくと、あちこちで浄化海月クンが浮かんでいて、どんどん地球がキレイになっていくというお話。
近年ベスト10に入る、ヘンテコリンなユメでした。オカシー。私ってこんなこと考えてるの?
カガクシャのみなさま。クローンニンゲンつくるより、こんな発明いかがでしょ。
2001/1/12: はつゆめのはなし
しんせいきの きねんすべき はつゆめの おはなしです
おおいりぶくろ を わくわくしながら あけてみたら なかに かもいなおこ と かいてある おふだが はいってたとさ
きっと こんせいきも ふわふわせいき なのでしょう
2000/12/12: 腕を離して
あなたは誰ですか。
2000/11/22: 摩訶(まか)不思議
夢ふたつ。
大都市を俯瞰(ふかん)している私。10階まで届くほどの異常な高さのトラックが、ビルの谷間を疾走していく。コーナーに差しかかる。荷台は遠心力に耐え切れず大きく傾いて周囲のビルをなぎ倒していく。ららら。
2つの死体を埋めている。追っ手が迫る。裁かれることを覚悟したその刹那、失っていた記憶が甦る。「私は、誰も殺してない。私は、罪を犯してない。もう逃げる必要はないんだ」
精神分析やさんが飛びつきそうな夢ですねぇ。うん。ふわふわ星の夜明けは近いはず。
2000/9/7: ko-shi-n(夢の扉)
コーシン?行進?交信?のの。「更新」です。
この夏に「日記の更新まだなの?」と叱ってくださる方が3人もいらっしゃいました。嬉しやら照れるやら。
でもね。そんなプレッシャー(?)は何のその。だって、何たって、ふわふわ星の日記なのですから。ふわふわ星の自転周期は予測不可能。宇宙の神秘のひとつなのです。うふふ。
つい今しがたまで足元で寝息をたてていたネコが夢の扉を越えてくる瞬間ってありませんか?
夢の扉はどこにあるのでしょう。夢の扉はいつ開かれるのでしょう。---fin
2000/6/13: 夢貯(だ)め
「寝貯(だ)め」ならぬ、「夢貯め」とでもいうのかな。この数日、スコールみたいに、夢が降ってくる! 一体どうなってるの。
東京も梅雨に突入しましたが、サバンナの雨季のイメ-ジに近い、そんな夢たち。
えと。夢の中味は、たくさん。たくさん。です。とりとめなく、過去や未来が、ふわふわと。
その昔、オカルト夢を見続けて、自分はなんなんだーっ、寝るのが恐いよーっっ、ていう日々があったのですが、今回は、う〜ん、やたら爽やか。だから、スコールなんです。
2000/4/1: 実体がない
このごろ、夢でも現実でも、地球や動植物のことや、飢餓で、自ら命を絶って、死んでいく子どもたちのことを考えています。
あの東海村の臨界事故のとき「鳥や海や山にも避難命令を出してよ!!!!!!!!!!」と、大洋にわんわん泣きながら訴えてしまった.........。大洋は「うちの母さん本気だぞ」と思ったらしいです。......生命、自然、感謝の気持ち......。キレイ事でない改善策を。
今日の夢は「夢を見ている感覚」(意識?)だけ。夢のスクリーンに映し出されるような光景はありません。実体がないのです。暗闇をワンブロック切り取ってきたかのような、そんな空間に自分の感覚や思いだけが漂っている。そんな夢。
自分の心を自分でのぞく、こんな夢はかなり辛いです。
1999/9/7: ふわふわ
情熱とか、想いとか...夢とか...いくつになっても、萎(な)えることなんてないんだなって思います。
たくさん歳を重ねて、たくさん想いを重ねていこうと思います。
今日は誕生日。夢と想いを自分にプレゼント。
1999/8/8: 雲は友だち
今度は雲の上を散歩。
あっちに行きたいなぁ、と思うと、その方向にふわふわぐもの道が広がっていって、どこまでもどこまでも行けちゃうんです。ジャックや豆の木や巨人たちのお城がみつかるような気がしました。ふわふわ、ふわふわ。雲とおしゃべりしながらかくれんぼしているみたいだった。
夏の雲。今年はモクモク度が激しい気がします。雲鑑賞家の私は、梅雨が明けてからというもの毎日空を見上げては鑑賞(感傷?)に浸っています。年々の温暖化など気象の変化が影響しているのでしょうか。
1999/6/13: 空の散歩、海の散歩
「翔べる!」「(水中で)息ができる!」これまでに幾度となく見たけど、見るたびに新鮮な驚きを覚える夢。
そんな夢を連チャンで見てしまい、夢日記の更新を促されているような気がしました(誰に? 笑)。
空の夢も海の夢も、グーンと上昇したり、ピューッと下降したり、クルリッとターンしたり、ひとしきり漂った後でやっと「そういえば今まで翔べなかったんだっけ?!」と夢を見ている自分に気づくという、お約束のストーリーがあるのですが...
昨晩の夢は、「翔べる」自分に気づくこともなく、どこまでもどこまでも翔んでいきました。
いつのまにか夜になっていて、星にうっとりしながら、たった独りだということに気づいて、少しだけ淋しくなったけど、また、朝がきて。
どこまで行けるかな。どこまでも行けるぞ、って。
1999/3/20: ジャムバルーン
イチゴ色やミカン色、ブドウ色。たくさんのアドバルーンが浮かんでいます。
どれもつやつやと新鮮で美味しそう。まずイチゴ色のアドバルーンを手繰り寄せてみました。
中をのぞいてみると...不思議不思議、中にぷりぷりのイチゴジャムが入っているではないですか!
もちろん、夢中でなめましたよ。プーさんがハチミツをなめるみたいに、両手ですくって。
イチゴジャムに囲まれて幸せな気分で目が覚めてしまったけど、ミカンもブドウも美味しそうだったな〜。残念!
今度は、パンやサラダやスープのアドバルーンもいいな。朝ごはんにピッタリだぞ。和食党には、ごはんに味噌汁に...。アツアツのお鍋のアドバルーンをみんなでフーフーいいながらツツクなんてどうかしら。
........今日もふわふわ日和のようです。
1999/1/19: にゃんこ騎士
長年の夢が叶い、アメリカンショートヘアの赤ちゃん猫が家に来ることになりました。
名前は「ヌク」。ぬくぬく。ぬくもり。
えーっと、夢日記とどんな関係があるかというと。「ゼルダの伝説」が会社で話題になっていて、家にはNINTENDO64(ゲーム機)がないからうらやましくて、やっぱりというか案の上というか、夢に登場です。
ヌククンがにゃんこ騎士として大活躍したんです!!(それにしても、あー、なんという夢...)
「ヌク」には「裸の」とか「ありのままの」という意味があるんです。
1998/11/18: 星の音
しし座流星群。
大洋と中央公園までチャリチャリ遠征し、それぞれMy寝袋にもぐり込み仰向けになって流星を数えました。
ひとつ、ふたつ、みっつ...。大きく輝き瞬時に消えてしまうもの、ちっちゃいけど長く尾をひくもの・・・いろんな星がおもいおもいの音を鳴らしているような気がしました。
夢見心地で、ふわふわしながら、宇宙と地球に感謝しつつ星たちの饗宴を楽しみました。
1998/10/13: 闇の触手
闇と対峙(たいじ)している私。”コールタール”のように凝縮された漆黒。
つっ、と闇が意志を見せ、触手がのびてきた。
・・・不思議な不思議な触感だ。
気味悪さも恐ろしさも感じない。感動とも違う。ただ純粋に何ものか知りたい、知り合いたい。異星のものとのファーストコンタクト。
心を通わすことができるだろうか。緊張しながらも、思いの内を探ろうと息を潜める。
目覚めてからふと、赤ちゃんが未知の何かに出あったときのような感覚かしら、と思った。
1998/09/23: 自分だけの展覧会
展覧会の夢を2週続けて見てしまいました。
大洋の小学校で開催される展覧会は、いつも素敵な趣向があって、去年は会場の入り口が雪と氷の世界。真っ白な布や綿(わた)に覆われたそのトンネルの中は、神秘的でロマンチック、ひんやりと感じるから不思議です。
夢の中の展覧会では、イルカやクジラが飛び跳ねてた。海や地球がテーマだったのかな。小学校の展覧会で体験したような、ワクワクの感覚が甦りました。
しかし何ゆえ、展覧会の夢が続いたのか。
会社のあっこちゃんからイルカに会いにグァムに行く話を聞いて...... 大洋と、今年は学芸会の年だから展覧会がなくて淋しいね、と話をして........
初めに見た夢で企画して、次に見た夢で開催したのでした。
どうせなら、つくってる最中の夢も見たかった! だって、楽しそう!!!
1998/09/04: 淋しい波、哀しい波
ほんの踝(くるぶし)までの、波の中に佇(たたず)んでいる。
僅(わず)かにおしたり、ひいたり、波の動きを感じとることができる。
ブルーグレイの、今日の海。
淋しさと、哀しみが、水平線まで広がっている。
1998/08/29: ゆけゆけ、猫バス!
ノーテンキな私達、鴨母子は、台風4号接近にもかかわらず河口湖に釣りに行きました。
案の定、帰りの中央本線(塩山〜高尾)が不通。大月で昼から開通を待ったのですが、とうとう夜になってしまい、JRが高尾までの代替バスを出してくれることになりました。(なんと、終電後 @@!)
10数名が乗り込んだバスは、真っ暗な雨の甲州街道を高尾に向かいます。
そのバスといったら、あのくねくね道を右に左に振られながら、飛ばす、飛ばす! 私は、恐怖と楽しさ(!)が半々の複雑な面持ちで、ひととき運命を共にすることになったバスと乗客達を見守っていました。
結局、無事高尾駅に到着。ホームのベンチで一夜を明かし、始発電車で帰路につきました。
そんな貴重な体験をした、その晩の夢は・・・。
真夜中の猫バス。くねくね道をひとっ飛び。走れ、猫バス♪ ゆけゆけ、猫バス♪
こんな夢を見た私って一体...。単細胞生物を自覚して一人苦笑い。へへ
もちろん”トトロ”の猫バスです。ちなみに”めい”も”さつき”も乗ってなかったなぁ。
この雨で被害を受けた方々、心よりお見舞い申し上げます。
1998/08/17: 数字のないデンワ
デンワをかけた。...通じない。またかける。見知らぬ相手が出る。まちがいデンワをかけてしまったみたい。
デンワに眼を凝(こ)らすと、プッシュボタンにかいてあるはずの数字が、ない。ダイアルできない。
番号さえ思い出せない。どこにデンワをしたかったのかすら...
夢の続きを見よう。きっと、あのデンワは、誰かに通じているはずだから。
1998/08/03: 海とうさぎ
「白いうさぎがはねまわっているような海」という童話の一節がとても印象に残っています。
夢の中の海。青い空に白い雲、どこまでも続く白い砂浜。真っ白な波がくだけて、うさぎがうまれてくるんです。
童話では、荒れる波を「うさぎがはねまわってる」と表現していたのですが、夢の中の海とうさぎは仲良くじゃれあって遊んでいるようでした。
しばらくボーッと砂浜に佇(たたず)んで、海とうさぎを眺(なが)めていた。
気がつくとうさぎは消え、波がきらきら眩(まぶ)しかった。
1998/07/23: 日米ゴジラ対決&にゃんこ−大洋篇
「ゴジラの夢見ちゃった〜!!」今朝の大洋の第一声です。
アメリカ版ゴジラを映画館で観ていたら、ゴジラがスクリーンから出てきちゃったそうな(!!)。
大パニックの中、本家本元日本版ゴジラが現れて日米ゴジラ決戦に! 「もちろん本家ゴジラが勝ったよ」と、興奮さめやらぬ大洋くん。
その後、にゃんこがでてきて、にゃんこと添い寝をしたそうな(なぬ?!)。「チョーしあわせだった!」らしい。
そうかいそうかい。キミが幸せなら、おかあさんも幸せだよ! うふふ
1998/07/18: ベランダで釣りをした!
家はマンションの7階です。ベランダに置いてあるベンチからのんびり釣り糸を垂(た)れました。思い出すと心が微笑むような、ほのぼのと楽しい夢でした。
いったい、何が釣れるのかな。星や、月や、愛する人が、釣れるといいな。
1998/07/06: ページの間にページがある
本を読んでいてページをめくったときに、あれ? ページが抜けてるぞ。と感じることがあります。
このページと次のぺージの間に、物語があるはずだ。って。そんなときは、指をペロッとなめて、紙(ページ)がくっついてないか確かめてみます...
存在しないはずのページが、夢の中でみつかりました。自分だけのページ。
物語の中にすいこまれるような、本と同化するような感覚。
夢の中に現れる本や映画の内容は、思い出せたためしがありません。
でも、不思議と、本の感触、映画のぬくもりは覚えているものです。
1998/06/23: 雲のスクリーン
「雲」ってよく見ると、光があって影があって、笑ったり泣いたり、表情があるみたい・・・
ふと、空を見上げてみると、大きな雲に、映画のようなものが映っていました。周りの人間たちも、みんな空を見上げ、映画に見入っています。
「大きな」ってどれくらいかというと、北海道で見た、大空いっぱいに広がった、でっかいでっかい雲ぐらい。何千、何万という人々が空を見上げ、静寂が、ときに感動が人々を包んでいます。あぁ、こんな風にみんなの想いがひとつになれるんだなぁ、と素直な感動がこみあげました。 ストーリーは何だったのかな...
映画の”透けた”その雲にも、やっぱり光と影がありました。
1998/06/15: 夢のあわせ鏡
日記をかく夢を見ました。という出だしの日記を書く夢。あわせ鏡のように、夢は続いていきます。もしかしたら、今もまだ夢から醒(さ)めていないのかもしれません。
...というわけで(?)、ふわふわ夢日記をはじめてみることにしました。
とはいっても、地球時間で日記をかくのはとても無理。”ふわふわ星の1日”と言い切ってしまおう!
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