体育館の柱

2003/12/30  






 中学生の頃、サッカー部だった。


 一年の頃は練習が終わった後、後片付けをしてからやっと帰る事ができる。
 部室というのは無く、着替えは放課後の教室。
 公立の中学生なので練習後にシャワーを浴びる事は無く、毎日ヘトヘトになるまで練習をして、まだ汗臭いまま真っ暗になった道を仲間と一緒にガヤガヤやりながら帰っていた。


 その日は野球部の連中と帰りが一緒になった。
 練習中はサッカー部と野球部がグラウンドを折半して使用している。
 クラスが違っていても、いつの間にか顔見知りになっており、結構仲が良かったりした。
 下駄箱の所で上履きから外履きに履き替え、皆でゾロゾロダラダラ、正門に向かって歩いていた。


 その当時から私は、心霊現象とかに興味を持っていた。
 それから他人を怖がらせる事が好きだったし、他人の意思を操り煽動するのが好きだった。
「わあ」と大声を上げて走り出し、他の奴等を「何だ?!」と思わせて訳も分からずに逃げ出させるような目に遭わせようと企んでいた。
 騒ぎを起こすのが好きだったのかも知れない。周囲の友人にとっては厄介な性格だった事だろう。


 その時も何か、大声を上げるきっかけになるようなネタが無いか、周囲に目を配らせながら歩いていた。


 もうすぐ正門。その手前、右側には体育館が有る。


 よく有る話だが、私の通っていた中学校にも七不思議が有った。
 しかし七不思議とは言っても色々な話が入り乱れており、聞くところによると十個もニ十個もの話になっていた。
 その七不思議の中には体育館の話も含まれていた。


 入り口の反対側が講壇。演劇や演奏の舞台にもなる。
 ここの脇の、舞台で言うとそでの所に出るらしかった。
 舞台で演奏する時の為にピアノが置かれているのだが、そのピアノを弾く音が聴こえるらしい。誰も居ない筈なのにだ。


 入り口の左が教員室。
 その隣にいつでも臭い更衣室が有る。
 教員室にも更衣室にも、出るという噂は有った。


 大体に於いて、クラブの先輩達が後輩を怖がらせる為に作った話が、まことしやかに伝わって来ているのだろう。
 私も多分、そういう先輩になる予定だった。


 その日は雷が鳴っていたのを憶えている。
 もうすっかり夜になっており、体育館の電灯は全て消灯されていた。しかし入り口の扉は開いており、外から見ると真っ暗な館内を見る事ができた。


 体育館の入り口近くには太いコンクリートの柱が有る。
 私は歩きながら首を右に向け、体育館の中を見ていた。
 真っ暗な中に、白い物が立っており、それが動いているように見えた。
 相対的な見え方のせいだ。
 私が歩いているので、動かない物を見ていると、それが反対方向に動いているように見えるのだ。
 しかしこれは恰好かっこうのネタだ。勿論もちろん、皆を驚かす為にだ。


――へへへ――


 私は足を止めた。私を見た友人達に、何かを見たのだと思わせる為にだ。
 私の顔は暗い体育館の中を向いている。
 しかし……。


 私が足を止めても、体育館の中の白い物は動いていた。


――何だ? あれは――


 柱だと思っていた白い物が動いている。
 柱が動く筈はない。
 そう思った時、既に私の視界に入っていた柱に気が付いた。今まで見ていたのよりもずっと手前にだ。
 扉のすぐ近くに柱があり、私は最初から暗い館内を見ていたので、それが柱である事を意識していなかったのだ。


 では、その白い物は何か?


 真っ暗な館内である。
 誰かが歩いているのかも知れない、とも思った。
 しかし仮に警備員さんだったら、懐中電灯なりを使わない訳が無い。確認ができないからだ。
 生徒が一人で真っ暗な体育館を意味無く横切る事も、考えられない。


――こりゃ、瓢箪ひょうたんからこまか!――


 本物を見てしまったのかも知れない。
「おいっ! なんだ、あれっ!」
 私は大声で叫んだ。
 サッカー部と野球部の一年生達は、私の声に気付き、私の見ている方を見た。
「うおっ。なんだ!?」
「なんだ? ありゃ」
 皆、足を止めて体育館の中を見た。


 白い物は、相変わらず動いている。左手前から館内を斜めに横断し、右奥方向に動いているようだった。


「うわあぁー」
 そう言って私は駆け出した。
 ダッシュで正門を抜けたところで足を止めた。
 皆も私に釣られていた。


――大成功――


 私は満足して周囲を見渡した。
 息を切らした仲間達が、そこここにいた。
 その中には多分、訳も何も分からないままに走り出した者もいた事だろう。
 しかし私に釣られたのは全員ではなかった。
 体育館の方を見ると、サッカー部のTとMとが中をのぞき込んでいたのだ。


 野球部の連中は、幽霊を見たかも知れない感動もそこそこに、帰路に向かった。
 私達サッカー部の者は、TとMが来るのを待っていた。


 しばらく体育館の中を覗き込んでいたTとMは、やがてトコトコと正門の所にいる私達の方に向かって来た。
「どうなった?」
 私がTに訊いた。
「壁のところで、消えちゃった」
 余り、怖い物を見たような様子も無く、彼は言った。しかしそれは、私が見た白い物が他の者にも見えていたという証明でもあった。
「どんなだった?」
「上の方はホワホワホワってしてて、下の方がチラチラチラってしてんの」
 Tは言った。
 何か変わった物を見た。そういう様子であり、怖がってはいなかった。


 以来、夜体育館の前を通る時には中を見るようにしていたが、それが見えた事は無かった。




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