正夢
2003/10/13
「俺がまだ子供の頃だよ。その時うちにみんな集まってなあ……」
「何? それ。夢の話なの?」
「そうそう、夢の話」
男が居間で、まだ小学生の少年に向かって話している。
少年は男の息子だった。
おばけを見た事が有るか?
そんな話題から「夢なら見た事有るぞ」と話し始めたのだった。
「俺の家族とか、親戚とか、みんな集まってお酒呑んだりしてたんだよ」
そこまで話したところで、男の妻が横から口を出した。
「そんな話し聞かせると、また夜、お便所に起こされるわよ?」
妻はその話の内容を知っている様子だった。少年にその先を話すと、絶対に怖がる。暗に話を聞かせる事を止めさせようとしたのだった。
しかし少年は話を聞きたくてしょうがない。母の言う事を意に介さず「それで?それで?」と父に先を話すようにせがんでいる。
「丁度夏でな? 庭の戸も全部開けてたんだ」
「うん」
「そしたらな? いきなり、みんな『わー』とか『きゃー』とか言って、家ん中を逃げ回り始めたんだよ」
「うん」
「庭から、幽霊が入って来ちまった。だからみんな大騒ぎで逃げ回った訳だ」
「それで? お父さんは?」
「俺もそん時ゃまだ子供だからな、どうしていいのか分からないけど、逃げた逃げた」
「うん」
「でもな、あの台所んとこで行き場がなくなっちゃってな?」
「うん」
「どうしていいのか分からないでいると、俺の叔母さんが助けに来てくれてな?」
「うん」
「『ここで小さくなって、じっとしてろ』って言うんだよ。幽霊は目の高さしか見えないから、低くなってじっとしてれば見付からないから、って」
「うん」
「それで、俺が言われた通りにしていると、来たんだ。幽霊が」
「うんうん」
「すぐ近くまで来て、こう怖い顔して辺りを見回すんだ」
男はそう言って、その時の幽霊の様子を真似た。
「うん」
「だけどな? 俺がいるところも、幽霊の目の高さまでしか見ないから、見付からないで済んだんだ」
「へー。そうだったんだ」
「それで
「うん」
「みんな逃げてる様子じゃあなかったから、俺も隠れていた場所からみんなの所に行ったんだよ」
「うん」
「そしたら、俺の
「うん」
「みんな怖いから、『どうしようか?』って相談してたんだけど、『こりゃKを助けない訳にゃ行かない』って事になって、みんなで便所に向かった訳さ」
「うん」
「それで、ドアを開けようとしたんだけど、開かないんだ」
「うん」
「中から鍵を掛けられちまったのかも知れない。それでみんなで恐る恐る、ドアをこじ開けようとしたんだけど、やっぱりなかなか開かないんだ」
「うん」
「だけど、そのうち、やっとドアを開ける事ができた」
「うん」
「幽霊が飛び出して来ると思ったけど、何もいなかった」
「その、Kっていう人も?」
「ああ。Kも幽霊と一緒に消えちゃったんだ」
「へえ」
「それでな? どっかにいるんじゃないか、と思ってみんなでKの事を探したんだけど、どっこにも見付からない。便所の中照らして見たけど、いなかったんだよ」
「うんうん」
「そういう夢だったんだ」
「え? もう終わり?」
「ああ」
少年の父親は平然と答えた。
もっと怖い展開を期待していた少年にとって、肩透かしを食らった気がした。
「こんな話、怖くないよ」
少年は言った。
先程、話が始まる時にそれを止めさせようとした彼の母親にも、その言葉は向けられていた。
「だけどな」
父親がまた話し始めた。少年はまた耳を傾ける。
「うん」
「その日の昼間にな?」
「うん」
「そのKって従姉妹が死んじゃったんだ」
「……」
「山から落ちて、首の骨折って、死んじゃったんだ」
「……へーえ」
少年は怖いと思っていた。
男の妻は「話してしまったな」という顔で男を
夢で幽霊に連れ
私がまだ小学生の頃に、父から聞いた話だ。
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