【ぬりかべ】又は【つるべ火】

2003/10/13  






【ぬりかべ】も【つるべ火】も、妖怪マンガでお馴染みのキャラクタ。


 そもそもは各地方の言い伝え。
 妖怪の名前が一つだとしても、それは複数の人が見た違う物だったのかも知れない。
「俺はこんな物を見たぞ」
「そりゃ俺が見たのとおんなじだ」
「俺が見た奴は火を吹いたぞ?」
「俺が見た時ゃ顔が有った」
 別々の物が一つにまとめられる事によって、仕舞いにはとんでもない化け物になる。
 またそれとは逆に、一つの同じ物を見ていたとしても、見た人の感じ方によって別の妖怪として言い伝えられている事も有るだろう。


 例えば【つるべ火】。
 意思を持った火の塊のような物。火の中には、よく見ると人の顔が有る。
 錯覚や幻覚等、見る側の人間の目のせいで、そういう物を見たりする場合も有ると思う。
 また、土葬にされた人骨から漏れたりんが燃えるのを見て、そのように思ったりする場合も有るだろう。
 特殊な場合には球雷を見た場合にも、それを【つるべ火】と思うかも知れない。
 或る地方の言い伝えでは【つるべ火】と言い、他の地方では同じ物を指して別の言い方をしている事も考えられる。「鬼火」「狐火」「陰火」「ひとだま」等、これらはもしかしたら、同じ物を指しているのかも知れない。


 例えば【ぬりかべ】。
 夜の山道を一人で歩いていたりすると、突然目の前に真っ白な物が立ち塞がる。
 霧のような透ける白さではなく壁のような不透明な白さなのだそうだ。それで先には進めなくなってしまう。
 このような目に遭うと「そりゃ、ぬりかべの仕業だ」という事になる。
 それは自らの体の中に人を塗り込めてしまうような恐ろしい化け物でもなく、「ぬりかべ〜」と喋るような奴でもないらしい。
【ぬりかべ】に出会ってしまったら、「目の前を足払いするとよい」とか「背中を向けて煙草を一服する間にどこかに行ってしまう」とか言われている。


【ぬりかべ】と【つるべ火】は、同じ物ではないか?
 私はそう思っている。


 まだ中学生か高校生の頃、夜中に自転車を走らせなければいけない用事が発生した。何の用事だったかは憶えていない。買い物だったのか友達から呼ばれたのか。
 それで私は、庭に自転車を出しに行った。
「雨戸、開けといてね」
 母に声を掛けておいて、玄関から出て行く。
 当時実家では、庭に面したテラスに私の自転車が置かれていた。柱にダイヤル式のチェーン錠で繋がれている。私が幼稚園の頃に三輪車を盗まれた事が有り、それ以来常に用心深くなっていたのだ。
 暗いとチェーン錠を開けられないので、雨戸を開けて部屋の明かりをもらうつもりだった。
 玄関のドアから出て、ぐるりと回らないと庭には出られない。
 私が自転車のところにまで来た時、まだ雨戸は開いていなかった。


 自転車の上に二つか三つ、何か白い物が見えた。


 載っているのではなく、自転車のハンドルやサドルや荷台の上約十センチ程度。空中にその白い物は有り、消えたり現れたりを繰り返している。大きさはバレーボール程度か。
 明るい物を見た後、暗いところに視線を移すと残像が見えたりする。それだと思って、私は何も恐れずに自転車に近寄って行った。
 しかし。
 残像だとしたら、視線について来る筈だった。
 視界の中心に見えていたそれが残像ならば、私が横を見ても視界の中心に見えている筈なのだ。
 しかしそれは、私の目の動きにはついて来なかった。
 視線を自転車から逸らせても、そいつらは相変わらず自転車の上にいたのだ。


――何か、違うぞ――


 考えてみると、ずっと暗い庭を通って来たのだ。光の残像が残るような物は見ていない私だった。
 突然、その白い物が近寄って来た。どんどん大きくなりながらだ。
 ぱ・ぱ・ぱ・ぱ・ぱ、と消えては現れしながら、私の視界を塞ぐ事になった。
 喩えて言うと、マンガでの台詞に使うふきだし。あれが目の前のあっちこっちでポコポコ出てきたような風景だ。
 目の前が真っ白になり他には何も見えなくなったのだが、私には何が何やら理解できていない。
 全く怖いとは思わなかった。


――目のせいか?――


 そう思って雨戸とは反対側、庭木の植わっている方向を向いた。
 目のせいであれば、どちらを向いても真っ白な状態は変わらない筈だ。
 しかし、目の前に庭木の躑躅つつじが有った。


――目のせいではなかったのか?――


 そう思うも束の間、またまた視界を白い物が塞いでしまった。
 そいつが回り込んで来たのだ。
 一瞬で視界の左半分ほどが白で埋まる。
 次の一瞬で残りの上半分くらいが白くなる。
 そして結局、視界全部が白くなってしまったのだ。


 また体を反転させ、別の方向を見ても同じだった。
 ぱ・ぱ・ぱ、と視界が白く埋められてしまう。
 しかしやがて、どちらを向いても白い状態になってしまった。
 他の物が一切見えなくなったのだ。


 もう、何が何やら分からない。
 ただ、今考えても不思議なのだが、その時には一切「怖い」という感じはしなかった。
 白い物体が存在する、という感じではなかった。
 空間の或る部分が白くなったような具合なのが、視界一杯になると他の物が何も見えなくなってしまうのだ。


 自分の目が故障してしまったと思い、うつむき加減で目を閉じていると、母が雨戸を開けてくれた。
「何やってんの?」
「ん? 別に……」
 その時は、そう答えた。
 周囲を見回してみても、白い塊はもうどこにも無かった。


 そういう訳で、自転車の上を遊ぶように消えたり現れたりしているのが【つるべ火】の状態で、私の視界を白で埋めてしまったのが【ぬりかべ】の状態なのではないか、と思っている。


 あの時の白い奴の動きを思い出すと、何か意思を持っている物としか思えない。
 私に向かって来たのだ。
 テレビでよく放映されている「オーブ」と呼ばれる物が有る。あのカメラにしか映らない、ほこりを接写した時と同じように動く物なんぞとは全く違う。


 未だに私には、それが何であったのか分からないし、他の誰にも分かるまいと思っている。




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