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空。
ドサッ 1歩、また1歩と進んでいた彼だが遂に力尽き、倒れてしまった。 薄れ行く意識の中、彼は『トレートティース』を目指す事になったいきさつを思い出していた。 とある街の、少し裏に入った路地の片隅にその店はあった。 外観は店なのか只の家なのか判断がつかないくらいだった。 あの、ぞんざいな感じの看板がなければ店だと気付かなかっただろう。 (へー、こんな所に店があるのか)と彼は気まぐれにその店に入った。 その店の中もまた『店』というイメージとは離れたものだった。 店内には所狭しと置かれた彫像・絵画・本・剣・杖・etc……棚から溢れた物が床に無造作に並び、足の踏み場もないほどだった。 この光景を見た人は『泥棒に入られた倉庫』とでも答えるかもしれない。 彼は品物を見ようと適当に近くにあった像に手を伸ばし…… 「待て」 ……だが、すんでで呼びとめられた。 「一応警告しとくが、お前が触ろうとしているそれは邪教の儀式に使われた物でな。それなりに実力のあるものでないと呪われる」 ぎょっとし、手を引っ込める。 「そんなものを無造作に置いとかないで下さい……」 「お前が入ったのはそういうところだと諦めるんだな」 眼鏡をかけ煙管を燻らせたその女性が店主なのであろう。 ただし、彼女もまた『店主』というイメージからは離れていた。 明らかに客の応対をする気がない雰囲気があった。 というよりも、客が来たことが迷惑そうですらあった。 「それで? うちの店に何か用?」 「え? あー、えーと……」 (さて困った) なんとなく、ただの冷やかしだと知れたら怒られそうだった。 どうしたものかと考えていると、店主がこちらを見つめていた。 「あの……なにか?」 「ふむ……うちの店の事を知ってきたのではないな。引き寄せられた口か。なら……とりあえず、そこに座れ」 「そこって……」 店主が示した場所には椅子があるが…そこにも物が積まれていた。 だが、こちらにかまわず店主は何かをの準備をしているようだった。 仕方ないので、慎重に物をどけ座る事にした。 店主はカードを手に、何かを占っている様だった。 「なるほど。そういう運命(さだめ)か」 そういうと、店主は立ち上がり、巻物をこちらに投げてよこした。 「お前は今人生の岐路にいる。それも大きな。世界に出て何かを成し遂げたいなら、その巻物を開くといい。このまま平穏に暮らしたいならそれでもいい」 「は?」 突然の言葉に、暫く思考が停止する。 「その巻物はお前を運命(さだめ)に導く。だがその道は平坦ではない」 「いや、いきなりそんな事言われても」 「従わないのならお前の人生は平凡なものになるだろう。巻物に従うか否かはお前の自由だ」 「一体何がなんだか…」 「話はこれで終わりだ。さ、帰ってくれ」 そういって、こちらに興味を失った様に店の奥へ歩いて行き…… 「ああ、そうだ。ちゃんと占いと巻物の代金は置いていくように」 ふと思い出した様に、そんな事を言ってきた。 「……立ちの悪い押し売りですか!」 「世の中は不条理なものだ。犬に噛まれたとでも思って受け入れろ」 「そうですね。目の前に不条理の権化がいる気がしますよ……」 なんとなくこの人に逆らっても無駄だと思い、金を払って店を出た。 結局、特に目的のなかった彼は巻物に従ってみる事にした。 あの店主が言った事は正しかったのだろう。 トレートティースに着く前の時点で既に色々とあったからだ。 目覚めると、見知らぬ部屋に寝かされていた。 そこは、質素な部屋だった。 部屋にある物は彼が寝かされているベッドにクローゼットが一つ。それと簡素な机と椅子、それぐらいの物だった。 (……ああ、よかった、ちゃんとある) 部屋を見渡すと、彼の持ち物があった。なくなっている物はない。 (運がよかった……かな?) あんな所で意識を失い、命が助かったばかりか持ち物まで失わなかったのだ。彼は自分の幸運を神に感謝した。 道で倒れていた所を通りかかったこの家の人間に助けられたらしい。 彼は礼を述べ、街の宿に移る事にした。 ちなみに何かお礼しようと申し出た所、大した事はしていないから、と断られた。 彼が取った宿は、遺跡に入って宝を得たり人々の頼みを聞いて生計を立てる者が集まる店、いわゆる『冒険者の宿』だった。 そここそが、彼のこの街での目的地であった。 巻物には『トレートティースにて旅の仲間を集めよ』と書いてあった。 旅の仲間を集めるのに都合のいい場所と言ったら冒険者の宿だろう。 彼は、店のマスターらしき人に声をかけた。 「仲間を集めたいんだけど、どうするのが一番いいんですかね?」 「ん? 冒険者仲間が欲しいのか? なら、そこに張り紙をしてみるかね? ここには仲間を集めようって輩も来るからな。運がよければ集まるだろう。あとはまぁ、地道に探してみるしかないかもな」 「……金が尽きる前に集まるといいんですけどね」 その言葉に従い、張り紙をして待ってみる事にした。 その後街を散策し、夕飯時を過ぎる頃に宿に帰ってきた。 冒険者の宿は酒場を兼ねている事が多く、彼が戻った時も賑わっていた。カウンターに座り、少し遅目の食事をとっていると… 「なんだと、ごるぁ!」 ドンッと机を叩く音と共にそんな声が聞こえてきた。 見やると、3人の男が女性に絡んでいるらしい。 明らかに男たちは酔っている。 「耳も悪いようですね。病院に行く事をお奨めしますが」 「ああ!? ざけんなよ、このあま!」 (ま、こういうごたごたはどこにでもあるよな)と苦笑しつつ、流石に険悪なムードに見かねた彼は男たちを止めに入った。 「月並みな台詞で悪いけど…彼女が迷惑してるし、店にも迷惑だ」 「だったらなんだっていうんだよ」 男はそんな事を言ってきた。意味がわからないという事もないだろうが… 「その人達は遠まわしな言い方は理解出来ないみたいです」 本気なのかどうなのか、彼女は真顔でそんな事を言った。 「……なら、分かりやすく行こう。邪魔だから店から出ていけ」 「っんだとこの野郎が!」 彼女と話していた時点で相当頭に血が上っていたのだろう。 男は彼に殴りかかってきた。だが、その動きは素人のそれであり、また酔っ払っていては彼の敵ではなかった。 向かってきた男をカウンターの1発で沈めると、そのままもう一人の男に向かい、反応する前にこちらも1撃で沈める。 少しとどまり最後の男の方をみると、一瞬で二人倒された事で酔いも覚めたのか倒れた二人を引き摺って帰っていった。 ふと女性の方を見やると一連の出来事を表情も変えずに眺め、食事を再開していた。 その後、彼の手際の良さを賞賛し盛り上がったが、 ただの盛り上がりのネタに過ぎずに直ぐに彼は解放され、 今は一人カウンターでノンビリしていた。と、横から飲み物が出された。 「一応、先ほどのお礼です。お礼を言おうかと思っていたのですが、賑やかなのは苦手なので落ちつくまで待っていたら遅くなりました」 見ると、先ほどの女性だった。とっくに帰ったと思っていたが……。 「いえ、俺がやらなくても誰かがやっていたでしょうから」 酒場ではこういう事も日常茶飯事なので面倒事を解決する為の従業員がいるものだろう。 何よりここは冒険者の集まる所である。こういった事が得意な連中には事欠かないだろう。 「だとしても、実際に彼らを止めに入ったのはあなたです」 そういう彼女の姿を見る。彼女の第1印象は『黒い』だった。 黒い髪に黒い瞳、そして黒いカソック―裾の長い法衣―と全身黒ずくめだった。 カソックを着ているということは聖職者なのであろう。そしてここは冒険者の宿である。 (これも何かの縁……かな?) 「その……お一人ですか?」 「……先ほどの男たちの同類ですか?」 「ああ、いや、そうじゃなくて……えーと、あなたは冒険者ですか?」 「冒険者…とは少し違う気もしますが、旅に出ているということであるならそうです」 「俺は冒険者で、今旅の仲間を探しているんです。それで…」 「私を誘おうとした。と言うことですね」 「これも何かの縁と思って」 「……そうですね。これも何かの導きでしょう。教会の任務が来たらそちらを優先しますが、それでもよろしいのでしたら」 「ええ、かまいません。その時はその任務を手伝いますよ」 「では、よろしくお願いします。私はティオレ・グローライト。クラリックです」 「こちらこそよろしく。俺は……」 天の高みを黒い影が旋回している。 西の空には紅亡の星が、東から白む空に薄まる闇の残りを従え、空を明け渡す時を惜しんでいるかのようだった。 男は視線を足下に移した。小高い丘から見下ろすと、まだ早朝の傾いた陽の光が雲と丘を透かし、眼下に広がる街並みに明暗の色をくっきりと落としていた。 まだ若そうなその男は長い旅をしてきたのであろう、ブーツもマントも目深に被った帽子も同じように砂色の色彩を帯びている。帽子の下から見える目には、強い光が宿っていた。 男がヒュッと短い口笛を吹くと、それまで、まだ弱い陽の光と戯れるように旋回していた黒い影が落ちてきて、ふわりと左肩にある肩あての上に爪を食込ませ留まった。 「こんな所に隠れていたとは……」 男は肩に止まった相棒の鷹に同意を求めるかのように、邪悪な笑みを浮かべつぶやいた。 今、男は「リガロ・ダーナム」と名乗っていたが、この名前も、もう長くは続かないであろう事を男は確信していた。リガロは足早に街へと向かった。 街の入口にたどり着くと、リガロは相棒チェルシーの頭を指の背でひと撫でし、空に放ってから街中に入った。早朝人気のない街中ではあったが、それでも人目を避けるようにリガロは路地から路地へと足を速めた。チェルシーは、その大きい翼を優雅に動かしリガロを見失わないように高みからついていった。 暫くすると、表通りの料理屋の角から入った路地裏の片隅に、目的の建物を見つけた。店とも民家とも判断はつかないが、ぞんざいな感じの看板が、そこが民家ではないということを告げていた。 看板には、リガロの長く住んだ国の言葉で「ラビリンス」と書かれていた。チェルシーがその建物の屋根に留まるのを確認してから、リガロはそのぞんざいな看板の脇にあるドアを、荒々しく蹴飛ばして中に足を踏み入れた。 店内には棚からあふれ出たような彫像、絵画、本、剣、杖などが所狭しと無造作に置かれていたが、まったく気にする様子もなくリガロは奥へと足早に歩き、苛立ったように声を荒げた。 「おい! 出て来い!!」 リガロの怒鳴る言葉をさえぎるように、店の奥から眼鏡をかけ煙管を燻らせながら女店主らしき人物が出てきた。 「おまえもしつこいな、しつこい男は嫌われるんだ」 リガロを見据え、女店主はけだるげに言った。リガロの顔には怒りの色がどす黒く現れ、目深に被った帽子の下から鋭いぎらつく眼光が女店主を射抜いた。普通のものであれば、その威圧的な視線に眼をそらさずにはいられないであろうが、女店主はまったく気にする様子もなくリガロの視線を平然と受け止めた。 「もう、オレだっておまえを追うのは飽き飽きしてるんだ。今日で最後にしたいものだな! あれはオレのものだ、返してもらおう」 「なんのことだ」 「巻物だ! さぁ、オレによこせ!!」 女店主はフンと鼻をならし、嘲笑しながら言葉を続けた。 「おまえはあの巻物を見たんだろう、何が見えたんだ? おまえには見えたのか? おまえにその資質はないのは判りきったことだ、宝の持ち腐れというやつだ」 「うるさい! 黙れ!! いいから、さっさと返せ!!」 「それは無理というものだな、巻物は持つべきものの手に渡ったのだから」 「なんだ……と!?」 リガロの顔色がさらに深く怒りの様相に変わり、素早く翻したマントから出た両腕には長剣が握られていた。その刃は烈火の炎を凝縮して作ったかのような半透明で硬質な光を放っていた。それを見た女店主の表情はあきらかに硬くなった。 「その長剣……、その持ち主をどうした!?」 「さぁな、どこかで朽ちているかもなぁ……、ふはははは! オレには関係のない事だ」 リガロの顔に残虐な笑みが浮かんだ。 「フン…… おまえごときが、それを使いこなせることができるのか?」 「ならば、その身を持ってこの刃を味わうがいいっ!!」 リガロは俊敏な動作で女店主に斬りつけたが、ひらりと身をかわされたため床にあった彫像をなぎ倒し粉砕した。剣先をかわされる度に、床にある絵画や彫像はその姿を無残なものへと変えていく。 「留めだっ!」 女店主を棚のある壁面の隅に追い詰め、叫びと共に最後の一撃を振り下ろした瞬間、「ギンッ!」という硬質な音が響いた。女店主の右手には煙管ではなく、壁面の棚においてあった短剣が握られており、片手でリガロの剣を支えていた。その刃はリガロの長剣とは対照的に、やはり半透明で青い光芒を纏っていた。ぎりぎりと剣に力を加えながら、リガロは女店主に向かい冷徹に問いただした。 「……ふ、最後に聞こう、巻物をいつ誰に渡した?」 女店主は口元をニヤリとさせ答えた。 「知らん、ただの旅人だったからな」 それを合言葉のようにリガロは剣を引き後ろに飛びのき、更なる一撃のために踏み込もうとした瞬間、開け放たれた入口のドア付近で男の絶叫がした。 「ひっ! ごっ……強盗だ!! いっ……いや、人殺しだぁー!!」 男はヨロヨロと腰をぬかしつつ「ラビリンス」から這い出そうとした。リガロはその背中に向けて懐から素早くナイフを抜き投げつけた。ナイフは男の背中をめがけまっすぐに向かったが、すんでの所でその刃は男の体には届かず、いましがた剣先を向けていた女店主がその男を庇うように体当たりし、床に沈んだ。しかし、女店主の右肩にはしっかりとリガロのナイフが突き刺さり、赤い鮮血がじわりと床に広がった。 男は女店主の倒れた姿を呆然と見ていたが、すぐに気を取り直し、そのまま表通りに向かい大声で叫びながら逃げ出そうと試みた。リガロはその後ろを大股で追い、狙いを定めて2本目のナイフを投げつけた。今度はしっかりと背中から左胸に深く突き刺さり、「ウッ!」という短い声を上げ、砂袋が投げ出されたような鈍い音をたて男は路上に倒れこんだ。 路地裏に血の匂いが漂う中、リガロは注意深く、しかし迅速に女店主に近づき傍らに膝をついた。倒れてもまだなお右手には短剣が握られており、無言ではあったが、乱れた髪の隙間からのぞく女店主の双眸には強い意思が感じられた。 リガロが女店主の髪を無造作に掴み頭を持ち上げると、その顔は苦痛に歪んだ。その表情を楽しむかのように残虐な笑みを浮かべ、リガロは女店主の耳元に囁いた。 「おまえの思うようになどさせぬ、先に地獄で待ってるんだな。オレのために寝床を暖めておいてくれ。……そうそう、最後に言っておこう。おまえは今まで、オレが出会った女の中で一番……」 リガロは言葉を区切り、息も絶え絶えの女店主の唇に自分の唇を重ね、再び耳元に「ククッ」と笑い、ゆっくりと言葉を続けた。 「……最低な女だったよ、チェルシー」 女店主、チェルシーの髪を離すと、ドサッと音を立ててくず折れた。一歩下がり立上がったリガロが、残虐な笑みのまま長剣を上段から振り下ろそうとしたとき、屋根上で旋回していた相棒のチェルシーが一声鳴いた。それと時を同じくして、表通りの料理屋から出てきたのか、女の悲鳴があがった。 「あっ、あんたー!!!」 料理屋の女将らしきその女は、続けざまに叫んだ。 「誰か来ておくれ!!! うちの主人がぁー!!! 誰かっ、誰か助けておくれー!!!」 泣き叫ぶ女の悲鳴を聞きつけて、家々から人が出て来ようとしていた。リガロは低く舌打ちをし、左手に持ち上げたマントの裾で顔を隠し、チェルシーが飛ぶ紅亡の星が輝く方向へと走り去り、そのまま街をあとにした。 旅人を見つけ巻物を取り返すため、リガロはまた名前を捨てた。 「俺の名前はクオン、クオン・ゼアームだ」 「それでオレッチの名前はジェッター、これはシエーアだ」 「ちょっといきなり失礼だよ、ジェッター。まずは挨拶をしてから自己紹介だろ。それにボクのことをこれって言うことはないだろう、シエーア・ダナームって名前があるんだからね」 声のした方を振り向くと冒険者らしき二人組が立っていた。 ジェッターはクオンよりも更に大男であるが猫科の動物を彷彿させ、シエーアは冒険者として若すぎるというよりまだ子供のように見える。 「まあ細かいことは気にすんなって、それでお前さんは旅の仲間を探しているんだろう?オレッチの見た所、戦士と神官ってワケだな、でこっちも仲間を集めてるわけだが今の所シーフのオレッチと魔法使いのシエーアしかいないのよ、でな4人でパーティーを組めば理想的だってワケだ」 あっけに取られていたクオンとティオレだがジェッターの提案に 「確かに理想的だな、ティオレの意見はどうだ?」 「異論はないわ、これも導きの一つですし」 「では交渉成立ですね、ボクは魔法使いとしてはまだ駆け出しなのであまり期待しないでくださいね」 そこにマスターがワインを一本とグラスを4つ持ってきた 「意外に早く仲間が見つかったみたいでよかったな、これは私からの門出の祝いだよ、で早速だが依頼を受ける気はないかな?」 「さすがマスターだな、ワイン一本で買収されたかな」 クオンは苦笑しながらビンを持ち上げコルクを抜き4つのグラスにワインを注いだ。 各自がグラスを持ったのをみて 「では新しいパーティーの誕生と初依頼の成功を信じて」 と言って4人ともワインを飲み干した。 マスターの依頼は至って簡単な内容だったのですぐに出発することになり、各々装備を取りに戻り、再度冒険者の宿「新緑の大樹亭」に集合することになった。 「おいシエーア、本当にあの二人とパーティー組んで大丈夫なのか?」 「分からないけど大丈夫だよ……それに夢を見たんだよ、ボクがクオンと一緒に旅をしている夢を……」 「まあいいさ、オレッチはお前に付いて行く宿命なんだからな」 クオンは部屋に戻り装備を整え部屋から出て行こうとしたとき、ポケットからあの巻物が零れ落ちた。 「この巻物に書いてあったんだっけな、ここで仲間を集めろって」 と独り言を呟きながら巻物を拾い何気なく紐解いていく。 あっ!! 文字が変わっている、『トレートティースにて旅の仲間を集めよ』だったはずが、 似ても似つかぬ文面に変わっているではないか。 いや、似ても似つかない、というのは正確ではないだろう。その文字は今も変わらずそこにある。巻物のてっぺんに書かれたその一行の下に、新たな一行が書き加えられているのだ。 なんとなく予想していたことではあった。羊皮紙の巻物の大きさに比べて、もともと書かれていた一行はあまりにも短く、しかもそれが羊皮紙の真ん中に書かれていたのならともかく、いかにも続きがありそうな具合にその下には広大な余白が広がっていたのだ。実際、何かが隠されているのではないかと思い、クオン自身、何度か隠された部分を確かめるべく工夫をこらしもした。もっとも、魔術の心得のないかれに試せる手段といえば、せいぜいが(燃えないように注意しながら)火であぶってみる程度のことでしかなかったのだが。トレートティースの場所すらわからなかった時に、もしかしてそこに地図でも描かれているのではなかろうかと淡い期待を胸に試してみたのだが、もちろんそれは徒労に終わっていた。 「ふむ……?」 最初に考えついた可能性は、むろん、誰かにすりかえられた可能性だった。最初にこの地にたどりついたとき、行き倒れたかれを救って介抱してくれた人物――いや、その直後、持ち物を確かめたときにこの巻物の中味も確かめてある。それはないだろう。あとは――単にすり取って行ったというのなら、腕のいい盗人になら可能かもしれない。が、中身を書き換えて戻した、あるいは、一行目にまったく同じことが書かれた、二行目を書き加えた巻物を事前に用意しておいてすり替えた、ということはさすがに考えにくい。だが、もしそうだとすれば、それはそれでこの巻物の持つ意味を知っている者の仕業ということになる。 だとすれば……。 「……まぁ謎に近づく手助けか、謎から解放される手助けにはなるか……」 そう結論づけるのはさすがにいい加減すぎるだろうか、という考えも一瞬頭をかすめたが、もともとかれの意思とは無関係に転がり込み、今もって意味すらわかっていない「運命」なのだ。根拠のない可能性だけを理由にあまり深刻になっても仕方がないだろう。 (そういえば、あのジェッターという男、シーフだといっていたな?) かれならば可能だろうか。どの程度の腕かはまだ未知数だが……。 しかし、かれだとすればやはりそれはそれで、かれと組むことになったことは巻物の導く運命とそう大きく外れることもないだろう。 クオンが、それが誰の仕業であるか、ということをあまり真剣に考えられなかった最大の理由は、しかし、それ以外の場所にあった。――書き足された一行の文面に。 (この一行が新たに書き足された、あるいは、現れたのは、一行目の「運命」が実現されたから、ってことなのか?) だとすれば、この巻物が導く三行目の運命に出会うためには、この二行目が完遂されなければならないということになる。なるほど、「その道は平坦ではない」わけだ。 ため息をついて、かれは巻物の二行目を読み直した。 もちろん、さっき最初に目にしたときと、一字一句、変化はなかった。 『ひとりが裏切り、ひとりが死ぬ』 「クオン、おっそーい!」 「そうか? そりゃ悪かったな?」 「いや、いってみただけだけど。ボクたちも今着いたところだよ」 そういって、シエーアがけらけらと笑った。 屈託のない笑顔。ジェッターとティオレもそろっているから、かれが一番最後だったことは事実のようだ。 ティオレの出で立ちは、さっき別れたときとほとんど変わっているようには見えない。もっとも、さっき酒場を離れたときと、その全身をすっぽりと包むようなマントの中身まで一緒であるとは限らないが。 ジェッターは、なるほど、シーフと名乗るだけあって、柔らかな革の鎧を身に着けている。シエーアは――これはあまり魔法使いらしくは見えなかった。魔法使いの代名詞みたいなローブではなく、普通の――ただし仕立てのよい――短衣の腰をやわらかい布のベルトで締めて、そこに小型の剣を吊っている。魔法使いといえばローブをひきずって歩き、身につけた武器といえば短刀と杖というのが相場だと思っていたクオンにとって、シエーアの格好はなかなか新鮮に見えるものだった。もっとも、魔法使いだと聞いていなければ何の変哲もない旅人の服装で通るものなのだが。 クオンは服の下に細かい鎖を編んだ胴衣を着ている。旅の戦士の防具としてはごく一般的なものだ。腰に吊った長剣も、切れ味については充分に吟味してあるとはいえ、これもごく一般的なものである。ふだんならクオンの武装はこれで終わりだが、今日は木の盾も持ってきている。ひとりで行動するときは片手を開けておくほうがいろいろと便利なのだが、今回は仲間がいる。どうやら戦士らしい戦士は自分だけ。となれば前衛は前衛の役に徹するべきだろうと考えたわけだ。相手が一人で、接近戦をやるだけなら盾はむしろ邪魔なだけであることも多いが、相手が複数だったり、人間ではなかったり、飛び道具が相手だったりする場合には盾は重宝する。あるいは液体や魔法の攻撃などに対しても、一定の防御効果は期待できるだろう。ひとりで行動しているときならば足を使って避けるような攻撃でも、後ろで魔法使いが呪文に没頭しているときならば受け止める必要が生じることもある。 さらに、長丁場が予想されるときはさまざまな冒険用具を詰めた背負い袋も持ってゆくところだが、今回の仕事は、少なくとも今夜の段階ではそこまでの準備を必要とするものではなさそうだった。 「さて、それじゃ、まず今回の依頼の内容を確認するぜ」 「って、何でジェッターが仕切るのさ?」 「シエーアお前……依頼の内容を忘れたのかよ?」 「ほんっと失礼だなぁ。こう見えてもボクは魔法使いなんだよ? 記憶力には自信あるんだから」 「で、その記憶力は魔法の呪文で埋め尽くされて、依頼の内容なんかすっぽり忘れっちまった、って?」 「うー!」 相手の言葉も終わらぬうちに言葉を返すような勢いのふたりのやりとりに、あっけにとられてクオンとティオレは顔を見合わせた。ティオレの黒い瞳は虹彩と瞳孔の境界がわかりにくい。まして月明かりの下では。ふたつの月の光に照らされて、さっき酒場で見たときよりももっと白く、ほとんど人形めいて見える彼女の顔と、その黒い大きな瞳からは表情らしきものはまるで読み取れなかった。 「――だから、今夜のところは問題の教会墓地――の廃墟――に潜入して、その不気味な物音ってヤツの正体を見極める、ってコトにさっき決めただろーが」 クオンの記憶している依頼の内容も、まさにそのとおりだった。そこに何かよろしくないものが巣食っていたとして、それを掃討するのは明日以降にするにせよ、物音がするのが夜中であるならば、その正体だけでも今夜のうちに確認しておくべきだろう、という結論になったのである。どうせ夜の仕事なら、今夜のうちにやってしまおう、というわけだ。 「わかってるよそんなの! それでなんでジェッターが仕切るのさ!?」 「そりゃお前、潜入捜査となりゃシーフの出番って、神話の昔っから決まってっだろうがよ」 芝居めいた仕草で、ふんぞり返ってジェッターは親指で自分を指してみせた。 「ま、場所が場所だけに、ティオレちゃんの意見も是非聞かせてもらいたいところだけどな」 「いえ、件の教会は私とは違う宗派に属していたようですから……」 「……ふうん? あーまぁ教会もいろいろ大変らしいけどな……」 すくなくともこのあたりで、「教会」と云えば、それは単一の、特定の宗教の神殿的建物あるいは宗教集団の中央組織を指す言葉だ。しかし、彼女の属する(広義の)「教会」が、それこそ神話の昔から内輪で異端や正統に別れて(もちろん、すべての派閥は自らが正統であると主張するのだが)争ってきたこともまた周知の事実である。しかし、当の教会関係者以外は、ジェッターのいうように「いろいろ大変」という程度の認識しか持っていないのが普通であった。 「で、まぁティオレちゃんには聖職者の立場から気がついたことがあれば云ってもらう、それから、さっきも話が出たが、《生ける死者》が現れたら奇跡の業で対処してもらう。クオンのダンナはティオレちゃんが処理しきれなかった《生ける死者》なり、迷い込んだ犯罪者なりがいたらその剣で埒を明けてもらう。でも、それまではオレッチの仕事、ってコトさ」 「ボクは?」 「あー」 ぽりぽり、とジェッターが頬をかく。 「あーそうだな、宝物でも見つかったら、そん中に魔法の品物でもないか鑑定してくれよ。お得意の、例の、ほら、なんとかいう呪文で」 「もー! バカにして! ボクだって戦えるよ! ほら! こないだ盗賊団に襲われたときだってボクの《眠りの呪文》がなかったらヤバかったくせに!」 「あーまぁ《生ける死者》に眠りの呪文が効くんだったらそいつもよろしく頼むわ」 「……うぐ……」 一瞬言葉に詰まったシエーアに、さっと背を向けてジェッターは力強く宣言した。 「それじゃ、さくっと片付けて報酬もらって今夜はイイ夢見ようぜ、みんな!」 シーフというよりは歩兵隊長みたいな勢いで歩き出し、十歩ほど進んで、ジェッターは誰もついてきていないことに気づいた。 「……どうしたんだよ? まさか、こんな仕事で怖気づいたわけじゃねェだろな?」 「いやその」 「ジェッターさん?」 「はい、何でしょうかティオレちゃん?」 「どちらへ?」 「そりゃもう問題の教会へ」 「……」 ほとんど表情を変えないまま目だけ丸くしたティオレが、数度、まばたきをした。自分が見ているものが信じられない、といった風情で。 「ジェッターさん?」 「はい?」 「方向が逆です」 もし目の前に砂時計があったら、今きっと落ちかかった砂がそのまま中空で静止しているに違いない、と、クオンは思った。 嘆息して空を仰いで、なんとなくぎくっとしてクオンは息を呑んだ。 紅い染みのような星が見えた。 それだけのことだ。それだけのこと。 夜に星が見えるのは当たり前のことだ。赤い星が珍しいわけでもない。そう思って見ると、その輝きはもう星の海に埋もれてどれであるかも見極められなくなってしまった。それだけの星。 (……何だったんだ? あのイヤな感触……) それこそ教会関係者か星読みの連中でもあるならば何かの説明をしてくれるのかもしれないが、もう、かれ自身、さっき目に入った輝きがどの星のそれであったのかを特定できないとあっては、相談することもできまい。 頭を振って、今度は正しい方向に歩きはじめた仲間のほうへと振り返ったクオンの脳裏に、ついさっき目にした一文が、また、よぎった。 『ひとりが裏切り、ひとりが死ぬ』 革のマントを払い、仲間を追って、クオンも歩きはじめた。 「さて、あそこに見えますのが今回の目的地、教会墓地でございま〜す」 「もー、ピクニックに来たんじゃないんだよ、ジェッター」 少し歩いた位置にある、数年前から使われていない教会。そこが夜中に不気味な物音がするという場所だった。 「まぁ、何があるか分からないからちゃんと警戒して行こう」 「了解。分かってますよ〜」 「……今にも鼻歌歌い出しそうな調子で言われてもねぇ」 シエーアの言うとおりジェッターは気楽に進んで行っている様に見える。が、見るものが見ればジェッターが直ぐに動き出せる様に構えており、小さな物音にも注意を払っている事がわかるだろう。出会ってまだそう時間も経っていないが、シエーアとジェッターは常にこういう感じなのであろう事は直ぐに分かった。 「どうだい?なにか感じるかい、ティオレちゃん」 「いえ、特には」 墓地は静まりかえっており、不気味な物音とやらも聞こえない。 「ふむ……じゃ他の所行ってみるか」 「そうだね。じゃ、教会の中に行ってみようか」 と歩き出そうとした時……ォォォォォォオオオオオ……と言う音が聞こえた。 「今の……」 「ああ、聞こえたぜ……教会の中のほうからだな、きっと」 「よし、行くぞ」 「待ってください」 今度もまた、歩き出そうとした時にそれは起こった。地面が盛り上がり、そこから無数の腕が出てきていた。そして這い出てくる亡者たち。 「……囲まれたみたいです」 あるものは腕が半ばから取れ骨が見えている。あるものは眼球が飛び出し、またあるものは内臓が飛び出している。人の形を保っているが故に嫌悪感を呼び起こすもの。それは永久の眠りから起こされた人の骸――ゾンビ。そして、肉が全て崩れ落ち、骨だけで動いている者――スケルトン。それが4人をぐるりと囲んでいた。 「うー。スケルトンに成っててくれた方がいいよ〜」 「よし、それじゃティオレちゃん、よろしく」 「……仕方ありませんね」 そういって、どこか乗り気でない様子で聖印――ホーリーシンボル――を掲げた。しかして……何体かは崩れ落ちたが、状況は全く改善していない。 「あー……シエーアといい勝負かもな」 「むっ、それすっごい失礼だよ。ボクにもティオレにも」 「いえ、事実ですのでかまいませんが」 「相手の動きが遅いからってノンビリしてるなよ。……囲まれるとまずいな。一点突破するぞ」 そういって、剣と盾を構え教会のあるほうに向かって駆け出すクオン。まずジェッターが短剣を抜き放ち、シエーアが手持ち無沙汰な様子で――複数の《生ける死者》に有効なスペルがないのであろう――それを追い、そしてティオレは……見慣れない武器を両手に持っていた。 「なんか、変わったクロスボウだね」 「私はこれが専門です」 そういって掲げて見せたそれは、通常のクロスボウの上にボルトの入った箱が載っている。それは1回1回ボルトを装填する必要のなく、連射が可能なクロスボウ――連弩、リピーティング・クロスボウ、リピーターと呼ばれるものである。それを両手に構え前方に向けるが……両手を広げ左右の敵に向け、放つ。4人が組んで、これが始めての戦闘である。しかも、ティオレは自分がクロスボウを使うとは言っていない。他の3人も、まさか聖職者であるティオレがそんな武器を使うとは考えていなかったから聞かなかったのであろう。例え言ってあったとしても、後ろからの射撃などよほどの信頼関係がなければ出来ないだろうが。左右それぞれ6発ずつ、計12発のボルトが一息に放たれた。3体程は足がもげ、骨が砕け歩く事が出来なくなったが大して効果が上がっていない。《生ける死者》には痛覚もなければ肉にも意味がないのだろう、ボルトが刺さろうがお構いなしに歩いてくる。 クオンが剣と盾を構え、そのまま体ごとぶつかってチャージし道を開く。開いた場所をティオレとシエーアが走りぬける間はジェッターが牽制する。そのまま教会の壁まで行き振り返る。 「一体一体は大した事ないんだが、こう多いとまずいな」 「えーと、ひぃ、ふぅ、みぃ……いっぱい」 その数、十数体。もちろん、ゾンビやスケルトンの2、3体は物の数ではない。しかし他の3人の実力がわからない以上――シエーアとジェッターはお互いの実力知っているが――フォローが必要かもしれないと言う意識も生まれる。自分がどれだけ食い止められるのか、どういう立ち回り方が一番いいのか考えていると…… 「この程度の相手には勿体無いですが……数を減らします」 「おお?今度こそ奇跡の業でやつらを倒して、シエーアとの違いを見せつけてくれるのか?」 「うー。そのうちすっごい呪文を覚えてあっと言わせてやるんだから〜」 しかし、ティオレが構えたのは聖印でなくクロスボウ。それを《生ける死者》の群れに向ける。 「――邪(よこしま)なる者に神の鉄槌を――」 言葉と共に放たれる6発のボルト。それらが《生ける死者》に命中し……貫通していく。ボルトの命中した場所はまるで杭を打ち込まれたあとの様に周辺が消滅していった。残ったのはわずか5体ほど。 「ひゅ〜、やるねぇティオレちゃん」 「あー……いや、質問はあとだな。まずは敵を倒してからだ」 「しかし、ティオレがクロスボウを、それも両手で扱うなんて驚いたな」 「だよね〜。それに、あの最後の奴。凄かったねー」 「あれは教会の特別製です。《悪魔》や《生ける死者》といった者に効果があるものです」 残った《生ける死者》を片付け、今は教会の周囲と中を探り、先ほどの音の手がかりを探していた。 「クロスボウ持ってるのを見たときゃびっくりしたぜ」 「二人は見てなかっただろうけど、カッコよかったんだよ?こう、左右の敵にシュパパパパって」 「いえ、あれは効果があまりありませんでした。やはり、非生物よりも生物の方が急所が多いの分、制圧が楽ですね」 「…………」 そんなことを無表情で淡々と語るティオレを、他の3人は呆然と見つめる。 「ティオレちゃんってなんていうか……変わってるな」 「人は見掛けによらないとはいうけど、ね」 「これかなぁ?……おーい、こっち来てくれ〜」 教会のとある1室。そこは床が崩れており地面が見えるのだが……地面に穴が開いていた。その穴は奥へと続いている様だった。 「うわー、あから様に怪しいねぇ」 「なんでこんな所に穴があるんだろう?」 「んー、街の人が数日前にちょっと大きな地震が有ったっていってたから。それで……」 「この下にあった洞窟に繋がったって?」 「まぁ、今日はここまでだな」 今回は物音の不気味な物音の正体を確認するのが目的であったので、装備は最低限しか持ってきていなかった。この穴がどのくらいの長さなのかはわからないが、装備もなしに突入するのは危険である。今日は宿に帰り、明日装備を整えてから突入するべきだろう。そう判断し、一応街の警備隊に警戒を呼びかけ、四人は宿へと帰還した。 新緑の大樹亭に帰還してきた4人をマスターが出迎えた。 「おっ、無事に帰って来たな。冒険の成功ってのは生還する事がまず第一だからな」 「まあ当然だね、僕がいるんだからね」 シエーアは空いてるテーブルを探しながら答えた。 「シエーアはなにもしていないけどな、その点オレッチは役にたったぜ」 早くも酒を注文しながらジェッターはシエーアに突っかかっていく。 「なに言ってるんだよ、ジェッターだってなにもしてないじゃん。 今回活躍したのはティオレだよ、あのクロスボウの両手撃ちかっこよかったな」 見つけた席に座りながらシエーアもやり返す。 「そんなことありませんよ、全ては神のお導きです」 すこし照れながらティオレも席に着く。 「ではいつものじゃれ合いもその辺にして明日の予定を決めようか?まず朝は洞窟に入るためのアイテムの買出しだな」 宿に着くなり自分の部屋に装備を置きに行ったクオンが階段を下りてきながら3人の傍にやってきて会話を進めた。 「明日はあの穴を探索するんだろう、でもって出てきたアンデットをティオレちゃんが倒す、それ以外なにを決めるってんだよ」 そう言いながらジェッターは笑った。 「もっと真面目に考えてよ、ジェッター、お酒もお預けだよ」 シエーアはジェッターのジョッキを取り上げた。 「そうですね、明日は今日以上に厳しいはずですから……私にもう少し力があれば……」 うつむきかげんにティオレは答える。 「いっそのことメンバーを増やしてみようか?マスターに頼めば助っ人ぐらい紹介してもらえるかもよ」 何気なくシエーアは提案してみた。元々ジェッターと二人で冒険をしてきたシエーアにとっては普段の選択肢の一つに過ぎなかった。 「そうだな、人数は多いほうがいいな、今日みたいに沢山のアンデットが出る可能は高いからな、要望はシエーアよりも優秀な魔法使いかな。 ってことで明日は人数増やして教会地下探索、後はその場で考えよう」 ジェッターはこれで今夜の会議は終わりと言わんばかりにシエーアからジョッキを取り戻して中身を一気に飲み干した。 「では私も教会の知り合いに声を掛けてみます、それでよいですよね?クオンさん」 「あぁ」 考え事をしていたクオンは生返事をした。 「では決まり、ちょっくら言ってくる」 空になったジョッキを持ちながらジェッターはマスターと交渉を開始した。 ジェッターとマスターのやり取りを見ながらクオンはあの巻物の一文を思い出していた。 『一人が裏切り、一人が死ぬ』 「っでさー、ジェッターがそんなコトいうモンだからさぁ、ボクはいってやったわけよ! ……って聞いてる? クオン!?」 「あ? ああ、おう、聞いてるぞ、そりゃもう物凄い勢いで」 「物凄い勢いで聞くってどんな聞き方だよ、もう……」 ぷうっ、と風船みたいに頬を膨らませたシエーアが、かたんっ、と音を立てて椅子に座る。ということは立ち上がっていたわけだ。それだけ話に熱が入っていたのだろう。聞き流して悪かったかな? とちょっと思ったが、正直なところ、それどころではない、というのがクオンの実感である。 半分も減っていない杯を取り、酒を喉に流し込む。たいして強い酒でもない。実際、ふだんならどうということもないだろうが、今夜はやけに回るように思えた。要するに疲れているということだろう。なにせ、行き倒れて助けられた、あの民家で目を覚ましたのは今朝のことなのだ。それから一日、街中を散策し、この酒場に戻ってきたのがすでに夕飯時を回った頃だった。そこからティオレとシエーア、ジェッターを仲間に加えて町外れの教会跡地に向い、戻ってきたのだから……かなり夜も更けているはずだ。今朝行動を開始したときには長旅の疲れはぬけきっているように感じたものだが、どうも甘かったらしい。 「あー悪い、やっぱ疲れてるみたいだ」 「やっぱ、ってあんだけの偵察で?」 「いや、えっと云わなかったっけ? オレ、この町を見つけ出すのにやたら苦労してさ、門のトコで行き倒れてたんだ」 「……はい?」 自分も杯をなめていたシエーアが、噴出しそうな勢いで聞き返す。 「行き倒れって……よく無事だったねぇ……」 「あーなんか親切な人に助けられてね。今朝目を覚まして、すっかり回復したと思ってたけど、さすがにこの夜更けになるとこたえるよ……」 「親切な人……って、実は物盗りだったりとかしなかった?」 「いや、荷物は確かめたけど、なくなってるものはなかったよ?」 「……ふーん、そりゃよほど運がよかったんだね。このトレートティースで行き倒れてそんな親切な人に助けられるなんて」 「……そうなのか?」 「そうだよ」 「まぁそりゃアレだな。神のお導きだ」 「……何でもかんでも神のお導きにすりゃいいってモンじゃないよクオン……」 長いため息をつく。 「とにかく、そういうことなら早めに部屋に戻って休みなよ。仲間を増やす件はジェッターとティオレに任せて、さ」 「だな、わりぃ、そうさせてもらう」 残った酒をあおって、クオンは席を立った。さすがにふらついたりするようなことはないが、云われてみると、その背中は確かにずいぶんと疲れているように見える。 (……神のお導き……か……) ボクの場合は夢のお導きってコトになるのかなぁ、とか、考えながら杯を傾ける。 「ありゃ、カラだ」 その声に答えるように、新しい、なみなみと酒の注がれた杯が置かれた。 「あ、ジェッター」 「おう。クオンのダンナは早上がり?」 「うん。なんか行き倒れてたって話だよ」 「はぁ?」 「最初の報告はもっと遅れるかと思っておりましたが、ティオレ・グローライト」 「機会が……生じましたので」 「機会?」 「『教会の知り合いに連絡を取ってみる』といって」 「……っははは。なるほど、教会の知り合いには違いない。で、どうでしょうか?」 「確証はありません。しかし、肩を並べて戦った「感触」では、可能性はあるかと」 「ふむ」 「剣については彼ではないようですが」 「ああ、セストールの剣を奪った男は、すでに発見の報告が入っておりますよ、ティオレ」 「発見された……?」 「《ラビリンス》に現れたようです。すでに追跡者をつけております。なかなかの手練のようですが、発見してしまえば《教会》から逃げおおせることなどできはしません」 「それはもう」 「それで、あの男――なんといいましたか……」 「クオン、だそうです。クオン・ゼアーム」 「そう、そのクオンについては引き続き監視と支援を。巻物は?」 「わかりません。それらしきものはまだ見ておりませんが……」 「彼が巻物を持っていたことは明らかです。しかし、その巻物が該当するものであるかどうかは――」 「行き倒れた彼を助けた信徒では確認できなかった……」 「そうです」 「仲間になった中にシーフだという者がおります。彼を抱き込めば、私が確認することもできるかもしれませんが……」 「その手段は最後まで取っておきましょう、ティオレ。彼が《その者》であるならば、敵対につながるような行為は避けるべきです。またそのシーフが信頼できると確認できるまでは、教会の任務に関わらせるべきではないでしょう」 「はい」 「よろしい。彼――クオンが《その者》であれば、ティオレ、あなたの役目は重大ですよ」 「心得ております。すべては神のお導きのままに」 「よろしい、ティオレ、あなたに神の正しき導きがあらんことを、Amen」 「Amen」 「ふうん……親切な人、ねぇ……」 杯の中で酒を回しながら、その水面に映る照明の揺れる炎を見るともなしに見ながら、ジェッターがつぶやく。 「やっぱり引っかかるよねぇ?」 「まぁ、そういうコトもあるかもしれねェが……そういや……」 「……ん? どしたの? ジェッター?」 「いや、そういやなんかクオンのヤツ、ときどき妙に懐を気にしてるみたいだったんだよな。何か大事なモンでも持ってるみたいに」 「……うっわー、さっすがシーフじゃん、とかいってあげようか? ジェッター?」 「……なんだよそのじとーっとした目つきと棒読みの賞賛は」 「他人の持ち物そんなふうに気にするなんて性格悪いよ」 「ま、オレ自身そう思わんでもないけどな」 「まぁそれは置いといて、本命のほうはどうなった? ジェッター?」 「本命?」 わざとらしくジェッターが首をかしげる。 「んもーっ、ジェッター、人数増やす交渉しに行ったんじゃなかったの?」 「あーいや、それはまぁその通りなんだがな……」 ぽりぽり、と頭をかく。 「ちょーーーっとばかり夜が更けすぎちまったなーっつーか」 「……まぁね……ボクも思わなくもなかったんだよね……」 ため息をついて、シエーアが周囲を見渡した。その視線を追うように、ジェッターも店内を見渡す。 空いてる席は少ない。が、ほとんどの席に座っているのは、酔いつぶれて部屋に戻る気力も無くしたような連中ばかりだった。 「……ま、ティオレちゃんのほうに期待しますか」 「期待できると思う?」 「ダメだったら、そんトキゃアレだ、《眠りの呪文》とかひとつ激しく頼むわ」 「……物凄い勢いでやってみるよ」 「どういう勢いだよ、それ」 「クオンに訊いて……」 「既に、<<かの者>>に渡ってしまっているというわけね」 「……ああ」 闇夜に浮かぶ焚火を前に、男は苛立たしげに答えた。 パキッ……と、薪が音を立ててはぜる。 火の粉が、顔を照らし出す。 「そう。……まぁ、これも運命なるものの悪戯、ということになるのかしら?」 「ふん」 男は、自らの暗鬱な心を打ちやるかのうように、手にしていた枯れ枝を荒っぽく折ると、貪欲に獲物を求める赤き舌へと放り込んだ。 「ふふ、何を焦っているの?」 「……。」 「大丈夫。わたしはあなたを見限ったりしないわ……今はまだ、ね。……でも……そうね、手は打っておか なくてはならないわね」 楽しげな声が、火に踊る。 どこかしら、いたぶるような調子が混ぜられている気がしなくもなかったが、男は敢えて無視した。 「渡ってしまった以上、<<かの者>>には必ず『教会』が接触している筈。ならば、『教会』を先に片付ける方が面白いと思わない?」 「どうするつもりだ?」 感情をなんとか抑制した、静かな声音だった。 「くす。漸く、まともに口をきいてくれたわね?」 炎の踊りに合わせて、影が揺れ動いた。 「彼らが最も恐れる事態……それは、<<かの者>>と敵対することよ。」 「……何を考えているのか知らんが、下手な小細工は必ず失敗に終わると決まっているもんだぜ」 苦味を帯びた口調で、男ははき捨てた。 その傍らで休んでいる、相棒の鷹がぴくりと身を震わせる。 「別に失敗してもいいの。<<かの者>>の心に種を植え付けられればね」 再び、焚火が音を立て、瞬間、炎が大きくなる。 「『疑心暗鬼』という、闇の色を宿した種を……」 「あなたがクオン?」 その少々好みより高めの声さえなければ、上々の目覚めなんだがな、と名前を呼ばれた当人はぼんやりと思った。 「ちょっと。人が質問しているのよ、何か答えなさいよ!」 次いでクオンは、このやたら偉そうな口調に対して、果たして自分は、この女性の下僕となる契約を過去に結んだことがあったろうかと、半ば本気で悩んだ。 「……ええ、まぁ……」 言いながら、自分の周囲を見回す。 清潔ではあるが、高級感とは縁のない、どことなく古びた感じの部屋。 自分が横になっている小さ目の寝台と、その頭の脇にあるテーブル。 傷みの目立つ、その木のテーブルの上には、彼の防具やらなんやらが無造作に置かれていた。 長剣だけは、我が身の傍らにあるのが、感触で分かった。 確かに、ここは自分の借りている部屋である。 決して、部屋を間違えて寝込んでしまったわけではない。 「……剣の遣い手にしては、随分と隙だらけねぇ。寝起きだからって油断しすぎじゃないの? 私がその気なら、あなた、今頃、地獄の悪鬼と迎え酒よ?」 大袈裟な溜息と共に吐かれた台詞に、別に油断したわけではなく身の危険は無いと判断したから放っておいただけだ、 とは思ったものの、口にしないだけの分別を寝惚けながらもかろうじて取り戻す。 「聞いてるのっ!?」 というよりも、その判断自体が実は激しく間違っていたのではないか、と思い直しつつあるクオンだった。 「ま、いいわ。暇潰しには丁度良さそうだし、力を貸してあげましょう。 私はエルティシア・フィリクス。エルでいいわ」 無駄に胸を張って、言いたいことだけ言うと、その女「エル」は、さっさと部屋を出て行ってしまった。 「……なんだったんだ、今のは……?」 クオンは、乙女のように無意識のうちに寝具を巻きつけている、何とも怪しげな己の姿に、あらためて情けなさ溢れる歎息を漏らしたのだった。 「なるほど。そういう訳……」 教会および墓地へと向う道すがら。 ジェッターは、柄にも無く、この上ない哀れみを込めた視線で、クオンを見やった。 「宿代はいらんと言われたときは、何事かと思ったけど……」 「納得、だな」 クオンとジェッターは、何とも言えない表情で、先頭を意気揚揚として歩んでいるシエーアとエルを見つめた。 同業者なるが故か、はたまた別の心理的要素がそうさせるのか、二人は相当気があったらしく、とても賑々しく突き進む。 その後ろを、おそるおそる男達は歩を進め、最後尾をティオレが静々とついていくという図式。 ティオレは特に何も考えていないようにみえたが、それがクオンにはとても羨ましく思えた。 エルなる女性魔術師は、目立った。 その高めでよくとおる些か大きめの声も目立てば、どことなく芝居がかった立ち居振舞いも目立つし、その出で立ちも地味とは対極に位置していた。 ティオレが黒の聖女とするなら、エルは赤の魔女といえるだろう。 赤毛に、瞳は流石に赤くは無かったが、赤いマント。 深紅の胸当てに、炎を象ったこれまた深紅のブーツ。 紅玉の嵌った杖をぶんぶん振り回しながら、颯爽と歩む姿は、犠牲者を捜し求めて行軍する魔界の焔帝さながらであった。 街中での周囲の視線が色々な意味で一行に釘付けであったことは、クオンにとって、早くも忘れたいこと筆頭の一つとなっている。 「あの御仁が、まさかあの良心的なマスターの姪とは……」 「智神ですらも思うまい……」 こそこそと、男性陣は語り合うのであった。 それを知ってか知らずか、先頭からはやたら景気のよい声が漏れ聞こえてくる。 「で、わたしは渋々、炎術で助けてやったわけ。何しろ、教会の連中って役立たずばっかりでさぁ……」 クオンはそっと、後ろを見やった。 すると、ティオレは真っ直ぐに彼を見返してきた。 その底知れぬ闇を宿す瞳が、無表情に見つめてくる。 「これも、神のお導き、です……」 その声音はどこまでも、おそろしい程に平板だった。 確かに人材確保には成功したが、これは僥倖といえるのだろうかという疑問と、 冷や汗とを感じつつ、視線を前に戻したとき。 クオンは気になる会話を耳にした 「……教会っていえば、変な噂があんのよね〜。なにやら巻物もった人間を狩りだしているとかさー」 「ふにゃ? なんなのそれ?」 「いや、役立たずの奴らが話してたんだけどね、最近、教会内で過激派みたいなのが台頭してて、巻物もった人間を狩りだせーみたいなことしてるらしいのよ 。わたしらなんか、巻物の類をよく目にしてるじゃない? 変なのが度々来てさー、いい迷惑なのよねー」 巻物。 「なんでも、運命を映すものとか何とか呼ばれてるらしいんだけどね。詳しいことは知らないわ。そんなのに興味ないしねー」 運命を映すもの。 その単語は、二つながら、強く心を揺り動かした。 クオンは、思い出した。 思い出さざるを得なかった。 あのぞんざいに投げかけられた言葉を。 「その巻物はお前を運命に導く」 次いで、この街に来てからの出会いを。 酒場での乱闘を。 『耳も悪いようですね。病院に行く事をお奨めしますが』 『ああ!?ざけんなよ、このあま!』 ……彼女は、本当に災難に巻き込まれていたのか? 実際に仕掛けたのは、本当はどちらだ? 『だとしても、実際に彼らを止めに入ったのはあなたです』 ……礼を言う為にわざわざ、騒ぎがおさまるまで待っている? あれほどの実力者が? 更なる物思いにふけりそうになったそのとき、一際甲高い声が耳に入った。 「どっちにしろ、人違いで殺されたら洒落にならないわよねー? ってわけで、半殺しにしてやったわけなのよ!」 クオンは再び思い出した。 あの巻物の一文を。 『ひとりが裏切り、ひとりが死ぬ』 思わず呟く。 「まさか……」 そのクオンの姿を、ティオレとジェッターが興味深げに見つめていた……。 ―ドカッ!!― 「あ〜〜〜っ!!!! 止まれ!止まれ!!」 ―ゴンッ! バキッ! ドサッ!!― 「うぎゅぅ……」 思考の奥底からいきなり現実に引き戻されたクオンは、情けないうめき声を上げた主をクッションにしてしまった。クオンは眼前に居る、その少年っぽい顔立ちの少女をマジマジと見つめた。確かに少年っぽい顔立ちではあるが、唇は赤く艶があり、白い肌にうっすらとピンクの頬も柔らかそうな少女特有の肌の色をしていた。……とみる間に、そのうっすらとしたピンク色が朱に染まっていった。 「タタタ……ちょ、ちょっと〜!! いつまで乗っかってるのよー!!」 理不尽な痛みへの怒りのためか、恥じらいのためか、顔を赤らめたシエーアは先ほどまでまん丸だった目を三角にして、背中に倒れこんだクオンを横目で睨みつけている。 「あ!……ごっ……ゴメン!!!」 クオンは、慌てて立ち上がった。 隣から、やけに芝居がかった神妙な声がした。 「お〜いおい! 思いつめて道で後ろから押し倒すほどコイツが気に入ったんなら、それならそうとオレッチにヒトコト言ってくれれば……アイタッ!!」 益々顔を赤くしたシエーアの一蹴りで、最後まで言葉を続けることができずに、ジェッターはスネを押さえピョンピョンと飛び跳ねた。 「何しやがんでぃ!」 「うるさーい!!! 黙れ!物凄い勢いで《眠りの呪文》をかけてやろうか!?」 「へ! 何赤くなってんだよ、女の子みたいにさぁ」 「なッ!なんだとー!!!」 シエーアとジェッターはクオンを挟んで右に左にと追いかけっこを始めてしまった。やっとのことで、その中心から開放されたクオンは、倒れこむ際に放り出してしまった荷物を拾い上げようとした。荷物の隙間から、「巻物」が顔を覗かせていたのを素早く押し込み顔を上げると、ジェッターはまだシエーアに小突かれていた。その騒ぎの奥で、ティオレが物静かな視線をクオンの顔に投げかけていた。今まではその視線は空気のように気にならなかったのだが、今はクオンの周囲に温度変化をもたらす視線に感じられてきた。 巻物を持っている事を誰かに見られただろうか……。 ティオレに……。 「しー! し・ず・か・に!!!」 2度目の静止の声を上げたエルは、杖を掲げ、仁王立ちのままの姿で教会墓地への道から外れた木立の方を見つめている。 「普通さぁ、私が止まれって言ったんだから『何かあったか』とかって思わないワケ!?」 シエーアとジェッターが取っ組み合ったまま、クオンとティオレもまたエルに視線を移した。 「何かあったか?」 「何かあったの?」 間をはずした質問を、シエーアとジェッターが同時に発言した。 「あるから、立ち止まったんじゃない。誰かにつけられてるかも。」 「つけられてる? そんなバカな。オレッチは気づかなかったぞ!?」 「『誰か』なのか、『何か』なのかはっきりしないけどね。ティオレは感じない?」 「……私が?ですか? いえ、何も感じませんが……」 「ふうん……」 意味ありげな生返事をして、エルは無造作に木立に足を踏み入れようとした。 「まて、確かに……微かに声がする。オレッチが見てくるから、待ってろ。」 ジェッターは、その大きな背を低くし、注意深く木立に足を踏み入れていった。その背中が木立に隠れはじめた時、クオンにも何かが聞こえた。 ―ぁぅぁぁぁ……ん、あうあああ……ん……― 「子供の泣き声?」 ティオレが疑問のように言った時には、シエーアにもその声が聞こえはじめたようだった。 「ボクには獣の鳴き声みたいにも聞こえるけど?」 |
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