ぼたもち【牡丹餅】おはぎ。はぎのもち
おはぎ 【御萩】うるちともちごめをまぜてたき、軽くついてまるめ、あんこ・きなこ・すりごまなどどをまぶしたもの。
ばきのもち。ぼたもち。。(小学館 新選国語辞典 第六版より抜粋)
8月に入ると、スーパーなどの食品売場には「おはぎ」が並ぶ。 彼の家では季節に関係なく「ぼたもち」と呼ぶが、
「ぼたもち」と表品名が表示されたものは見かけたことがない。ぼたもち愛好者連盟の会長である彼は、
「棚からおはぎ」とは言わないじゃないかと、ぼたもちの地位の低さに憤りを感じるている。
というのも、彼にとって、ぼたもちは特別な食べ物なのだ。
彼が幼稚園に通っていた頃、アレルギー性のじんましん(正式な病名は知らないとのこと)
にかかった。突然夜中に、
39℃を越える高熱と発疹が出て、両親が慌てて救急病院に駆け込んだ。
医者の治療のおかげで、熱も下がり、何とか
動けるようにはなったのだが、彼には、 大きな枷がはめられた。それは週に一度の巨大注射器による拷問と・・・
・生もの一切禁止
・添加物が入った食品一切禁止
という、刑務所の方がましであろうという、むごい食事制限であった。
当時、既に彼は酒飲みの頭角を現しており、父の晩酌に出される刺身や珍味に目がなかったし、日本男児らしく、
卵かけご飯が好きな幼稚園児であった。 さらに、甘いものをほしがる全盛期である幼稚園児にとって、既製のおかしが
食べられなくなる&お菓子のおまけ入手不可能になるということは、絶望を意味
するもの以外の何ものでもなかった。
唯一、一般に市販されているお菓子の中で食べて良いものがあった。それは、金平糖である。
単純に砂糖の塊だから、食べても大丈夫でしょうと、金平糖だけ医者からお墨付きをもらった。
だから、出かけるときは常に金平糖を持ち歩いていた。友達の家に遊びに行き「食べてくれっ!!」と
訴えかけるようなイチゴのショートケーキが出ても、
「いや、僕、食べられないんで・・・」
と、丁重に辞退し、友達が、ショートケーキと格闘している目の前で、彼は金平糖を食べるのである。
そんな生活が2ヶ月ほど続いた頃であろうか。彼は祖母の家で衝撃的な食べ物との出会いを果たす。
そう、ぼたもちである。
「たっちゃんは、都会っ子だから、こんなの食べないかねぇ」と、祖母が皿に山盛りにして持ってきた。
(今思えば)自家製の小豆を使ったあんこは、つぶあんで市販のよりも色が薄く、どちらかといえば青紫色に
近い色をしている。大きさがまちまちなのが、いかにも手作りらしかった。
「ご飯にあんこが付いている」という母のアバウトな説明を聞いて、あまり食べる気がしなかったが、
せっかくなので食べてみることにした。
んまいっ!!(なすび風)
あんこはべっとりとはしておらず、甘さも程良く、十勝産の小豆の旨味が素直に感じられる。
また、中の餅米の配分がちょうどよく、柔らかすぎず硬すぎずであんことの絶妙なバランスを醸し出していた。
と、幼稚園児の彼が感じたかどうかは知らないが、祖母のぼたもちのおかげで金平糖以外の「甘み」という
味覚の自由を取り戻すことができた。その開放感と充実感は一生忘れることができない。彼にとっては
「地獄にぼたもち」だった。祖母は仏様だった。
その祖母が本当に仏様になってしまったので、残念ながらあのぼたもちを二度と食べることはできない。
彼にとって祖母のぼたもちを越えるぼたもちは、今のところ存在しない。きっとこれからもそうだろう。
なぜならば、彼が一人でぼたもちを食べるとき、なぜかしょっぱい味がするからだ。
◎ぼたもちとおはぎの違い
「粒あん」と「こしあん」の違い、という説は間違いのようです。私は、単に言い方の違いだと
長らく思っていましたが、正確に言うと、おはぎは萩、ぼたもちは牡丹から来ているから、まったく同じものを、
それぞれの季節にあわせて春のお彼岸のものを「ぼたもち」、秋のお彼岸のものを「おはぎ」
と言うようです。
・・・と思っていたら、こんな説を見つけました。
◎都会っ子
彼の家 =北海道帯広市(当時の人口15万人くらい)。ちょっと街を出ると畑。小学校では石炭ストーブが現役。
祖母の家=北海道更別村(当時の人口?)。隣の家が見えません。今も。