想い                        True Love Story SS  〜Ayane Katsuragi〜                           written by yuhhki  出会いは、とても運命的。  高校2年の夏、彼が私の生徒手帳を拾ってくれたのがきっかけだった。  その時は、とっても驚いたの…  だって、その生徒手帳の中には他ならぬ彼の写真が入ってたから。  私は1年の時からずっと彼に憧れていたから。 「あっ、その手帳…」 「今拾ったんだ。君のでしょ?」 「あ、ありがとう。…あの、中見たりした?」 「いや、裏のクラスと名前は見たけどね」 「そう…、よかった…」 「???」 「ううん、落としたのに気付いて探してたの。届けてくれて、ありがとう」  それから一言二言、言葉を交して別れたけど、私はこの胸のドキドキが彼に  伝わってないかとても不安で…  多分、赤い顔をしちゃってたんじゃないかな。  自分から声をかけることができずに、2年。  このままじゃいけないと思ってはいたけど、どうしても勇気を出せずにいたんだけど…。  でも、この日を境に、彼がよく私に会いに―――話をしに来てくれるようになった。 「桂木さん!」 「え、なに…?」 「ちょっといいかな?」  しばらくは、少し怖かった…。それと、本当に時間のない時もあって… 「ごめんなさい、忙しいの。…それじゃあ」  彼がせっかく会いに来てくれたのに、話をする事ができなかったの。  …いつも後で後悔したりして。  それでも、毎日放課後の音楽室に会いに来てくれるのが、とっても嬉しかった。  次第に、自然に話せるようになってきたから…。  2日は、私にとってちょっと特別な日になった。  廊下であって彼と話してるとき、突然苦手な雷が鳴って…    気がついたら、彼に抱き着いちゃっていた。  それなのに、小さい頃の話をして、怖がってる私に、 「もう大丈夫だよ」  って言ってくれた。  やっぱり、優しいな…  休み時間の校舎裏でネコのミュウちゃんにお弁当をあげてる時も、  偶然にも彼に会えた。 「あれ、桂木さん、どうしたのそのネコ」 「あ、一条くん。この子はね、ミュウちゃんっていうの。  おなかをすかせると、よく来るのよ」 「そうなんだ。でも、なんで名前知ってるの?」 「わたしがつけたの。かわいいでしょ?」  ミュウちゃんを見る彼の目が、とても優しいのが分かって…  やっぱりこの人は暖かい人だなあって思った。  掛け値無しで人のことを思い遣れる…最初見たときから、そんなふうに感じていた。  家で一人でいると、どうしても彼のことを考えちゃう。  する事がなくなって、ピアノを弾いてみてもダメみたい。  次第に何も手につかなくなって、ただただベッドに横になって…  自分の心臓の鼓動を聞いて… 「はあ…」  と、溜息一つ。  お昼御飯を食べていても落ちつかない。  …なんでなんだろう?  どうしても分からないから、とりあえず出かけてみた。  運よく彼に会えればいいな、なんて勝手に思いながら…。  花壇でお花達に水をあげていると、遠くから彼が近づいてくるのが見えた。  最近、ここで会う機会が多くなってる。  彼もお花、好きなのかしら?  そう思って聞いてみたら、冗談…だと思うけど、ドキッとしちゃった。 「一条君って、よくここに来るの?」 「いや、桂木さんの姿が見えたからね」 「え?……もう、冗談ばっかり!」  もしほんとだったら…いいなって、その時は思った。  初めてのデート、大胆かもしれないけどプールに行こうって提案したの。  今年買った新しい水着…着ることはないかな、と思ってたけど、買っておいてよかった。  色合いがカラフルでオシャレだったからつい手を出しちゃったけど、ちょっと大胆だったかな?  恥ずかしいかったけど、似合ってるって言ってくれてよかった。 「ねえ、私と一緒にいて…楽しい?」 「もちろん」  プールでたくさん泳いだ後、一緒に立ち寄ったファーストフード。  思いきって聞いてみたけど、彼は満面の笑顔で言ってくれた。  それからも、楽しい会話が続いて…ずっとこのままでいたいと思った。  だから、このまま帰ろうとしたときに勇気を出して彼を誘ってみたの。  好きな場所を聞かれたときに、一緒に行こうと言ったあの高台へ… 「一条君、こっちこっち」 「へえー、こんな所があったんだ」 「いいでしょ?  ここからだと街が全部見渡せるのよ」 「よく来るの?」 「そうね。  …でも、男の人と来たのは一条君が初めて」  この時、すごくドキドキした。  遠まわしに伝えたかった…。あなたが私の初恋なんだって。  そうしたら、とっても優しい目で言ってくれたの。 「本当? 光栄だな」  頬が赤くなっていくのが分かった。  私の気持ちが伝わってしまうんじゃないか、ほんの少しだけ…  不安…だったかも。    気持ちが、だんだん抑え切れなくなってゆく…  気付いたのは、いつ頃だったのだろう。  初めてのデートの時だったかもしれないし、もしかしたらそれ以前かもしれない。  会う度にドキドキする。  話すたびに、私の事をもっと知って欲しくなる。  ずっと一緒にいたくなる…  だから、別れる時はすごく辛くなる。  今までは理解できなかったキモチ…  彼が他の女の子と話してると、すごく胸が苦しくなって、  言いようもない悲しみが襲ってくる。  友達から話くらいは聞いていたけど…今、はっきりと理解した。  恋をする事…  素晴らしく楽しいコト。  でも…  身を切られるくらい辛いコト。  神頼みなんてガラじゃないんだけど、放課後に神社に寄ってみた。  とっても女子の間で人気のある草薙先輩の家でもあって、  縁結びのご利益があるって学校でも有名みたい。  前も私の友達が何人かでお祈りに行ってたっけ。  お賽銭は…奮発して500円。 『ガラガラガラ…』  …一条君に想いが伝わりますように…  両手をあわせて、何度も何度もお願いした。  それで帰ろうとした時… 「桂木さん」 「あっ、一条君。な、なに?」 「え?…その、な、なんでもないの。  …………ま、またね」  お願いしてた相手が現れたんだから、あの時はドキッとした。  慌ててごまかして帰ったけど、しばらくは鼓動が鳴り止まなかったもの。  なんか最近、彼にはドキドキさせられてばっかり。  なんか、悔しい。  明日は…私が彼を驚かせてやりたいな。  お弁当、作っていって一緒に食べたい…  家に帰って考えて、最終的にはそんなわけの分からない結論になっていた。  …その日は早く眠った。  明日のお弁当の下ごしらえを済ませて、目覚ましをいつもより1時間も早くセットして。  明日の朝、絶対に寝坊しないように。  でも、献立の事が頭をぐるぐる回って全然眠れない。  結局、最後には夜更かし(?)してしまった。 「おはよう、一条君」 「おはよ、桂木さん」 「……………………」 「どうしたの?」 「…今日、お昼どうするの?」 「…決めてないけど?」 「お弁当ふたつ作ってきたの。  よかったら、一緒に食べない?」 「ホント?もちろんいいよ」 「じゃあ、昼休みに噴水広場でね」 「わかった」  そう言って、私は下駄箱のところで彼と別れた。  すごくドキドキしてるのと同時に、すごくホッとしてる。  …断られなくてホントに良かった。  朝、頑張ったかいがあったかな。  昼休みが楽しみ…  美味しいって言ってくれるかな?  そしてあっという間に昼休み…なのだけど、私は焦っていた。  いつもなら早く終わるはずの物理の授業が、今日に限って終わらないから。  1分1秒が、私にとってとても長く感じる。  授業が終わり、私が外に飛び出した時には、もうすでに5分遅れていた。 「ごめんなさい、待たせちゃって。  授業が長びいちゃったの。  …じゃあ、あそこで食べましょうか?」  遅れた私を、快く許してくれた一条君を誘って歩く。  私達は噴水広場の芝生に腰掛けた。 「料理とかあまりしたことないから  味は保障できないけど…」  なんて言いながらも、私は嬉しそうに箸を動かす彼の顔を見て  とても幸せな気分になってしまう。 「このタマゴ焼きは、形がくずれちゃったけど、  こっちは、うまくできたのよ」 「白身魚のフライはどうかしら?  揚げたてはおいしかったんだけど…」  なんか緊張してわけの分からない事ばっかり一人で喋っちゃった。  彼はなにも言わず、ただただお弁当を夢中になって食べている。  でも、その顔を見ているだけで…喉の詰まった彼にお茶を注いであげるだけで…  今日は作ってきてよかったって思えた。 「とてもおいしかったよ」  食べ終わった後、彼は私に言ってくれた。  すごく嬉しかったから、機会があったらまた作ってあげたい。  …いつか、ずっと彼にお弁当を作ってあげられる人になりたいな。  いつかドラマで聞いた事があった。 『大切なのは、演奏に想いを伝えること』  …どんなに技術があったって、訴えるものがなければ人の心は打てない。  もし、この私の想いを乗せて演奏したら…それは本当によいものとなれるのかな。  誰もいない放課後に、そんな事を考えながらピアノに一人向かい合っていた。  …すると、一段落ついた所で、音楽室の入り口から見知った人が  入ってくるのが見えた。  この学校に入学してから、一度たりとも忘れた事のないその人は… 「あっ、一条君!?」 「桂木さんだったんだ。ピアノ弾いてたの」 「うん。ひと月後に演奏会があるから、練習してたの」 「へえ…」 「…演奏会、一条君も来てくれる?」 「え?あ、うん。行けるようにするよ。  それより、練習聞いてていいかな?」 「え?うん、いいわよ」  ひと月後と言った時の彼の様子がなんだかおかしかったけど、  練習を聞いていいかな、と言われた時点でその事は私の頭から  消え去ってしまった。 「まだミスタッチが多くて恥ずかしいんだけど…」  ♪…タタタタタン…タタタン、タンタンタタンタンタン、タタン………♪  彼の事を想いながら、精一杯私なりに弾いたつもりだった。  不思議な事に、いつもとちるところも、上手く行かなかったところも、  全て流れるように弾く事ができた。  でも、そんな事より、 「そう?ピアノはよくわからないけど、  すごくうまいと思うよ」  彼の言ってくれたその一言が、何よりも嬉しかった。  抑えきれなくなるくらい膨らんでいく私の気持ちと、  ずっと気になっていた彼の気持ち。  でも、怖くて伝える事などできなかった。  …彼と仲良くなって、ちょうど1ヶ月くらい。  まだ、1ヶ月しか経っていない。  まだ、卒業まではたくさんの時間がある。  ゆっくりと…見つけていけばいい。  そう思っていた。  その日の放課後になるまでは… 「ねえねえ、聞いた?  1組の一条君、転校するんだって」 「えっ…!?」  クラスの友達から、突然聞かされた言葉…  初めは、言ってることが分からなかった。 「う、嘘…でしょ?」 「でも、凄い噂になってるわよ。  2年はこの話題で持ちきりだもん」 「そ、そんな…どうしてよ!?」 「そ、そんなの私知らないわよ。  どうしたの綾音、そんなにムキになって?」 「私…そんなの信じられない!!」 「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!?」  信じたくなかった。  だって、彼は何も言ってなかったんだから…  そんなの、何かの間違いに違いない。  そう思いたかった。  だけど、そんな気持ちとは裏腹に、不安な気持ちはどんどん  大きく膨らんでいく。  …そして、私は彼を見つけた。 「一条君!ウワサで聞いたんだけど、  一条君が転校するって話、本当?」 「そうか……知られちゃったか…」 「本当なのっ?」 「本当だよ…」 「…いつ?」 「…明日」 「そ、そんなに急に?」  …前から、わかってたの?」 「ごめん」 「どうして、私に教えてくれなかったの?」 「なかなか言い出せなくて…」 「…気持ちは分かるけど、  わたしには、わたしにだけは、  教えてほしかった…」 「あ、桂木さんっ!」  ダメだった…どうしても、彼の顔を見ていられなかった。  涙が溢れそうになって、気がついたら駆け出していた。  二人で行った、あの高台へ…  流れていく景色と一緒に、二人で過ごしたこの1ヶ月間の…  長いようで短かったこの1ヶ月間の思い出が頭を駆け巡った。  生徒手帳を届けてもらった時の事…  雷の時、抱きついてしまった事…  ミュウちゃんにご飯をあげていた時の事…  …いつも浮かべていた、あの優しい笑顔。  花壇で出会って、話をしたりもした。  日曜日にデートして、楽しい話をたくさんした。  私といて、楽しいと言ってくれた。  あれは、嘘だったの…?  いつだって暖かくて、となりにいるだけで幸せな気持ちになれた。  意識し始めて…少し勇気を出してみた。  縁結びの神社でお祈りしたり、お弁当を作って一緒に食べたり…  とっても楽しかったのに…  演奏会、来てくれるって言ったのに。  あれは、嘘だったの…?  道なんて、どこをどう走ったなんて覚えていなかった。  でも、気がつくと私はそこにいた。  …街全体を見渡す事ができる、私の一番好きな場所に。  ここについてから、五分もたってなかったと思う。  じっと景色を見ていた私が、せわしなく近づいてくる足音に気がついた。  心は、だいぶ落ちついて来ていた。  だから、この足音の主が一条君であると、私は内心確信していた。  …ゆっくりと振り向く私。  そこには、思ったとおり彼がいた。 「あ…一条君……」 「やっぱり、ここにいると思ったよ。  …ごめん………」 「ううん、一条君は悪くないわ。  本当に辛いのは、みんなと別れなくちゃならないあなたなのに…」 「桂木さん…」  耐えきれずに飛び出してしまったけど、一番悲しい思いをしてるのが誰なのか…  落ちついて考えたら、そんなの分かりきっていた。  教えてくれなかったからって、そんな事で怒る筋合いは私にはない。  彼の彼女でもなんでもない、ただの友達なんだから…。  …そう思って彼の顔を見ると、なんだか真剣な表情をしていた。  まるで、何か大切な事を私に語ろうとしているような…  そして次の瞬間、それは正しかったと分かった。 「桂木さん…だったから…  桂木さんだったから言えなかったんだ…」 「え?」 「好きだ。君が好きだ、誰よりも」 「あ…」  思いもよらなかった彼の言葉…私が一番望んでいた言葉…  だけど、一瞬頭が真っ白になって、彼の言葉の意味が分からなくなった。  それがじんわりと頭に染み込んできたのは、彼の次の言葉を聞いてからだった。 「この気持ちを伝えるかどうか、ずっと迷ってた…。  これから転校していくぼくに言われても困ると思うけど…」 「ううん…、うれしい……。  私も、一条君が好き」 「ほ、本当?」 「うん…」  その先に待っているのは悲しい別れだというのに、私はその時、  涙が出るほど嬉しかった。  彼の気持ちを知る事ができて…  彼が私のことを思ってくれていて…。  次の私の言葉は、驚くほど素直に口をついて出ていた。 「一条君は覚えてるかな…。初めて話した時のこと」 「ほら、生徒手帳を拾って届けてくれたじゃない?  あの時、拾ってくれたのが、一条君だったんで本当にびっくりしたわ。  実はね…、生徒手帳の中に一条君の写真がはさんであったの。  わたし、一年生の時から一条君の事、ずっと、想ってたの…」 「!」 「せっかく、せっかく、想いが通じたのに…  それなのに…それなのに……」  泣いちゃダメだってずっと思ってたのに、わたしは泣いてしまった。  一度弱さを見せてしまったら、もう止まらないと思ったから…  彼を、笑顔で送る事ができないと思っていたから…  でも…次の言葉を聞いた瞬間、そんな事は全部頭から飛んでいってしまった。 「卒業したら、ここへ戻ってくる。…約束する」  力強い、彼の言葉。  今までの悲しい気持ちも、不安な気持ちも、その全てが私の中から消えていった。  ただ、そんな彼を愛しいと思う気持ちと…  そして無限の嬉しさだけが残った。  だから…涙を流していても、私は最高の笑顔で答える事ができた。 「うん…。待ってる…」  次の瞬間、私は彼の胸の中に飛びこみ…  そして私達ははじめてのキスをした。   遠距離恋愛は辛いけど、2人ならきっと乗り切る事ができる。  彼と過ごした青空高校の1ヶ月…  たった1ヶ月だけど、それは私達にたくさんの思い出をくれた。  卒業までの空白…それを補って余りある、最高の思い出を…  だから…私は信じて待ちつづける。  彼が、私を想っていてくれる限り…  いつか、彼が帰ってくるその日まで―――  ずっとずっと、待ちつづける…                    FIN
作者さんの後書き

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