「 I am looking forward to seeing you」       short story of true love story                     ayane katsuragi       written by yuhhki  去年の秋、青空高校からこの三沢高校に転校してもう8ヶ月が経とうとしている。  今は3月、進級の時期だ。  これで僕達もやっと3年になることができる。  …綾音ちゃんと最後に会ってから、もうどのくらいになるのだろうか。  確か、夏休みだったから、もう半年以上会っていないことになる。  もちろん手紙のやり取りや、電話はしばしばしているけど、やはり会いたいと思う。  休みの日にどこかに行ったり、帰り道を2人で歩いたりしたい―――けれど、そんな恋人同士の  当たり前のやり取りすら、僕達には手が届かないでいる。  切ない…たまらないくらいに…  彼女も、そうなのだろうか。手紙でも、電話で話していても、いつも元気そうで明るい  その陰で、寂しく感じたり、泣いたりしているのだろうか…  キーン、コーン、カーン、コーン…  その時、1時間目終了のチャイムが鳴った。 「よっ、日高。一緒に帰ろうぜ」 「あ、ああ」  その日の放課後、この学校でできた悪友、秋田 大吾に声をかけられた。  ちょっとお調子者で軽いけど、根はいいヤツだ。大須賀に似ている所はあるが、彼女がいる  という点で決定的に異なっている。  転校初日に1人だった僕に、気軽に声をかけてくれたのがコイツだった。  それ以来ウマが合い、一緒に帰ったり遊んだりしている。  僕に彼女がいることなど知らないせいか、やたらと女の子を連れて誘いに来たりして困っているが、  それも彼なりの優しさというか、おせっかいというか。  とにかくコイツのおかげで、クラスで浮いたりすることはなかった。  そして帰り道、また大吾のおせっかいが始まった。 「しかしお前さー、なんで彼女作らないんだ?」 「えっ!?」 「えっ、じゃねえよ。…お前結構モテるだろうが」 「そうよ。学校でもちょっとしたウワサになってるわよ。2年の転校生で撃墜王、日高って」  …そう。転校生というめずらしさや、柳沢がいない分こっちに来てからいきなりの学年トップ、  運動面の活躍、などあって、僕は何度か女の子に告白されたり、遊びに誘われたりしている。  もちろん、その度に全て断っているが。  しかも、今まで誰にも綾音ちゃんのことをしゃべったこともないので、学校でいろんなうわさが  立っているのも知ってる。  いわく、撃墜王、ホモ、女嫌い。  頭が痛くなってくる。  でも、どうしてもその名前を出す気にはなれない。  切なさに、押しつぶされてしまいそうで… 「ほーんと、もったいねえよ。…誰か好きなやつでもいるのか?」 「そんなこと…ないよ」  その時僕は、よっぽど暗い顔をしていたのだろう。大吾の彼女――桧山 祐希が慌てて言った。 「そ、そんな顔しないでよ。ほら、どう、今度の日曜日。一緒に映画館行かない?みんなでさ」 「おっ、いいねえ。そうしようぜ」  本当はあまり乗り気ではないのだが、2人が僕のために誘ってくれているのが痛いほど分かったので、  断れなかった。  日曜日 「日高君、お待たせーっ!」 「よう、おはよう」  待ち合わせの時間から少し遅れて、2人がやってきた。相変わらず元気のよい彼らの後ろに、  1人の女の子を連れて。 「遅いよ、2人とも。…で、どうしたの?後ろの子は」  言われなくても2人の意図は分かっているので、少々呆れた感じの口調になってしまう。 「うん、この子に日高クンと遊びに行くって話したらどーしても連れてってって頼まれちゃって。  ごめんね、突然」 「いいだろ、別に」  …どうだか。本当は自分達から誘ったのだろうが、言っても無駄なので黙っておいた。  すると、それまで後ろにいた女の子が、はずかしそうに僕に話しかけてきた。 「あの…どうもこんにちは。私、飯田 理絵っていいます」 「うん、僕は知ってると思うけど日高 詠。よろしくね」 「いっ、いえ。こちらこそよろしくお願いします」  どうやら、とてもはずかしがりやというか、内気な子らしかった。 「さて、そろそろ行こうぜ。もたもたしてると映画始まっちまうぞ」 「うん、そうだね。ほら、理絵、日高クン、行こっ!」  僕達は、今話題の純愛ものの映画を見るために、館の中に入っていった。 「日高さんて、その…人気ありますよね。なんで彼女をお作りにならないんですか?」  映画館の暗がりの中、隣に座っていた飯田さんがおずおずと小声で声をかけてくる。  いかにも言ってから後悔しています、というように頬をわずかに染めて。 「えっ…?あ、いや…何となく、ね」 「そうなんですか…」  全然返事になってない僕のどもりに、少し微笑みを浮かべる彼女。  …何なんだろう、一体。  その後もなんの変化もなく映画は終了。僕らは小さな喫茶店に移動した。  みんなはさっきの映画の話に花を咲かせていたが、僕は全くといっていいほど見てなかったので、  ついてゆくことが出来なかった。 「どうしたのよ、ボーっとして?」 「あ…いや、ラブストーリーって苦手なんだ。だからちょっと」 「ふーん、まあいいや。そろそろ出よっか」  桧山がちょっと暗めの空気を取り払うように言った。  そして、僕らはその後すぐに別れた。のだが、飯田さんが僕と同じ方向に帰るというので、  送っていく事になった。  もとから彼女は無口なので、僕がしゃべならければおのずと会話はなくなってしまう。 「今日は…あいつらに誘われてきたんだよね?」 「…はい」 「そんな無理して来ることなかったのに」  そう言うと、彼女は少し悲しそうな顔をした。  僕はどうしたのか分からずに、彼女の言葉を待った。 「無理なんか…してません。今日は嬉しかったです。憧れの日高先輩と  一緒に遊べて」 「えっ…」  意外な返事だった。僕はちょっとした混乱状態に陥ってしまう。 「知ってますよね?先輩って下級生の間でもちょっとしたウワサになってるんですよ。  すごくカッコイイ転校生ってことで」 「………」 「私、先輩を一目見た時から憧れてました。だけど、とても声なんかかけられませんでした。  だから…すごく嬉しかったんですよ。桧山さんが誘ってくれた時」  とても綺麗な、それでいて少し悲しげな、美しい表情で彼女は言う。  僕は、この子がこんな風に僕を見ていたなんて、全然気付かなかった。  いくら僕でも、女の子にそんなことを言われて、嬉しくないはずはない。 でも、僕には… 「でも、先輩には好きな人いますよね?」  えっ!? 「何となく…気付いちゃいました。多分、とってもステキな人ですよね」 「うん…」  それっきり、2人とも無言だった。  彼女とは家の近くで別れ、僕は家に着くなり夕飯も食べずにすぐ布団に潜り込んで眠った。  なぜだか、とても苦しい気持ちだった。  翌日、登校してきた僕に、2人が勇んで尋ねかけてきた。  予想はしてたことだった。今回に限らず何度もこんなことがあったのだから。  だが… 「おい日高、あの後どうなったんだよ。ちょっとはいいカンジになったか?」 「理絵っていい子なんだから、泣かしちゃダメよ」  今日になっても、苦しい気持ちは消えていなかった。それどころか、抑えようもない  イライラが生まれてくる。 「何言ってるんだよ。彼女とは何もなかったよ…」  極力内心の気持ちを抑えて言う。  しかし彼らはなおも続けた。 「おいおい…またかよ。お前なぁ、まさか本当に女嫌いとかじゃねえだろうなぁ」 「そーよぉ。楽しいんだから。恋人と一緒に遊びに行ったりするのって」  大吾が祐希の肩を抱いて、いちゃつくような態度を見せつけ始めた。  ………!!!!  その瞬間、心の中で何かが切れたような音がした。 「いいかげんにしろっ!何も知らないくせに!!」  気が付くと、叫んでいた。今まで出したことのないような大声で、目の前の二人に向かって。 『えっ…?』  呆けた顔で声を漏らす二人。いきなりの僕の変貌に驚いているようだ。  しかし、僕は止まらなかった。黒い何かが頭を蝕み、溜まっていた何かを全て  吐き出していた。 「お前らに俺の気持ちが分かるか!?いつも一緒にいられるやつらに…会いたい時会えない苦しみが、  日々積もっていく切なさが分かるのか!? 何も知らないくせに…勝手なこと言うな!!」 「あっ、日高クン!?」 「おい、どこ行くんだよ!?」  気が付くと、僕は教室を逃げ出して屋上に来ていた。  立ち止まると、涙が込み上げてくる。抑えようとしても、一度溢れ出したそれは止まることはなかった。 「うっ…ぐっ、綾音ちゃん…」  半年以上抑えこんでいたものが、次から次へと熱く、頬を濡らしてゆく。  涙は、しばらく止まりそうもなかった。  どのくらいここで何も考えずに空を見上げていただろうか…  気が付くと、空はもう朱の色に染まっていた。  校門前を、たくさんの生徒が通りすぎていくのが見えた。今は、もう放課後みたいだ。  あまりといえばあまりのことに、少し息をつく。 「はあ…結局さぼっちゃったのか。…我ながら信じられないな」  苦笑して、校門の方を見る。  すると、大吾と祐希の姿が見え、彼らの周りに人だかりが出来ているのが分かった。  何事だろう、とよく見てみると、そこに意外すぎる人物のシルエットを見つけた。  顔はよく分からないが、この高校のものとは別の空色のブレザーに、学校指定のグレーのコート。  見なれた少し茶色がかったストレートロング。 「あ、綾音…ちゃん!?」  そこには、今はもう懐かしき青空高校の制服を着て、二人と何やら話しこんでいる  綾音ちゃんの姿があった。  なぜ…?なぜこんな所に綾音ちゃんが?  思うより早く、体が動き出していた。  僕は階段を駆け下りた。靴を履くのすらもどかしく、校門に向かって全力疾走する。  …間違いない。近づくにつれて、はっきりと分かった。  何度も思い浮かべた…夢にまで見た、あの姿。 「綾音ちゃん!!」  僕は走りながら、思いっきり彼女の名前を叫んでいた。 「えっ!?…え、詠くん」  驚いた表情は一瞬だった。 「詠くん!!」  次の瞬間、綾音ちゃんは僕の胸に飛びこんできた。 「綾音ちゃん…」 「詠くん…」  胸の中で、嗚咽を漏らす声が聞こえてくる。  僕はそんな彼女が愛しくて、思いっきり抱きしめた。  通り過ぎてゆく人々の視線も、ざわめきも、まるで気にならなかった。  今まで感じていた空虚な気持ちも、切なさも、悲しさも、全てが溶けて流れていく。  僕はとても安らかな気持ちになっていた。  綾音ちゃんが泣き止むまで、そんなに時間はかからなかった。  僕は彼女が落ち着きを取り戻したのが分かると、ゆっくりと体を離す。  ほんの少し、照れたように微笑む綾音ちゃんが目の前にいる。  久しぶりに見る彼女は、とても綺麗に見えた。まるで、夢の中にいるかのように。 「…ごめんね。いきなり抱きついちゃったりして」 「いや…」  二人の間に、ゆったりとした空気が流れる。  あの頃は毎日のように感じていた、綾音ちゃんのそばの不思議な空気。  時間をゆっくりと流れさせる、安心できる暖かい感覚。 「今日は…どうして?」  僕の問いに、綾音ちゃんは答えずらそうにうつむき、打って変わって悲しそうな表情となる。 「綾音ちゃん?」 「今日、私…学校を早退したの」 「えっ!?」  学校を…早退?  どういうことなのだろうか…?僕は綾音ちゃんの次の言葉を待った。 「どうしても…詠くんに会いたい気持ちが抑えられなくなっちゃって…  涙が止まらなくなっちゃって…あなたはこういうの喜ばないって分かってるのに…」 「綾音ちゃん…」  彼女も、僕と同じように悲しみを背負って泣いていた…  でも、それだけじゃなかった。  彼女は学校を早退してまで僕に会いに来てくれたのだ。  それに引き換え、僕はただ泣いていただけだというのに。 「あっ…詠くん!?」  今度は僕のほうから綾音ちゃんを抱きしめていた。同時に、止まったと思っていた涙が  再び溢れてくる。 「詠くん…」  綾音ちゃんは何も言わず、優しく抱きしめ返してくれた。  でも、それが僕には辛かった。 「ごめん、綾音ちゃん」 「えっ?」 「僕は…何も出来なかった。会いたいって思ってたのに、君みたいに会いに行けなかった。  それどころか…僕はこっちで君を考えないようにしてた」  綾音ちゃんは何も言わない。ただ黙って僕の背中を抱いていてくれる。 「君のことを考えるだけで、とても切なかった。それに僕自身が押しつぶされてしまいそうで…怖かった。  僕は…最低だ」  涙は、止まることなく流れつづけた。先程奥嬢で枯らしてしまったと思っていたのに、  それは全く間違った思い込みだった。 「詠くん…」  綾音ちゃんが僕から体を離す。  彼女がどんな顔をしているか、涙で目のかすむ僕には分からなかった。  …嫌われても仕方ないと思っていた。それだけの最低な行為を、僕はしていたのだから。  そして彼女がそれを望むなら、別れる事も半ば覚悟していた。  だが…  綾音ちゃんはつま先立ちになると、僕にキスをした。 「…………!?…あ、綾音ちゃん?」 「ありがとう、詠くん」 「えっ?」 「そんなに自分だけを責めないで…。  私も…本当はすごく不安だったの。想いが薄れていってしまうんじゃないかって」  そして、微笑んだ。  目にはまだ光るものが残っているけど、確かに彼女は僕に偽りのない笑顔を見せてくれた。  こちらの陰鬱な気分など、消し去ってしまうくらい…その笑顔は綺麗だった。  それでようやく、僕も泣き止む事が出来た。  そして、彼女に笑みを見せてやれたと思う。  …と、その時。 「日高…」  俺達の様子を、遠巻きから見守っていた大吾達が声をかけてきた。  その顔は、一様に沈んでいて、僕に対して申し訳そうな顔になっている。 「日高クン…ごめんね。そんな事情が会ったなんて知らずに私達…」 「いや、僕が悪いんだよ。2人は僕のことを考えててくれたのに、自分勝手に  怒鳴ったりして」  綾音ちゃんのことを知らなかった彼らに、そのことで呵責を感じる必要なんてない。  もとはといえば、僕の自分勝手が全て招いたことなのだから。 「でも…友達なんだから、様子がおかしいことくらい分ってやんなきゃいけなかったんだ」  そう答える大吾の表情は、本当に悔しそうだった。祐希もそれは同じで、うつむいて  表情を沈めている。  そんな2人を見ていて、僕は本当にいい友達に恵まれたんだと確信できた。  あのまま喧嘩別れする羽目にならなくて、ホントによかったと思えた。 「もういいよ、ありがとう2人とも」 「日高…でもさ…」 「友達なんだから…このまま頭下げられるのもな」  まだ何か言いたそうな大吾の言葉を遮って言った僕の言葉に、2人は一瞬沈黙した後、  やっと表情を崩してくれた。 「そうだね…」 「そうだよな…」  その後、2人は顔を見合わせて頷きあうと、俺達を見つめて言った。 「じゃあ…俺達帰るよ」 「バイバイ、日高くん」 「…ああ、それじゃ、な」  二人と別れ、綾音ちゃんと二人っきりになった僕は、彼女の時間の都合でゆっくりする  時間もないまま、彼女を駅まで送っていくことになった。  心が、晴れていた。  本当なら2人、話すことはたくさんあるはずなのに、僕達はほとんど黙ったままで  駅までの道を歩いていた。  でも、気まずいとか、つまらないなんて思わない。  それどころか、2人一緒にいるだけでとても満ち足りた気分になることが出来た。  言いたかったこと全てを、流し合った涙が語ってくれたかのように、心が通じ合えた。  …そっと、綾音ちゃんの手を握る。  彼女は少しだけ頬を赤らめながら、優しくその手を握り返してくれた。 「…今度会えるの、いつになるのかな?」  ふいに、綾音ちゃんが問いかけてくる。  僕を見上げる格好で、微笑みを浮かべて。  夕日に照らされた顔が、紅く染まる。冷たい風にさらわれる髪が、きめ細やかなアーチを作り出した。  悲しそうな顔をしているんじゃない。きっと、これは僕の返事を期待している…  だから迷わずに、偽りのない答えを返した。 「綾音ちゃんが…僕が会いたい時、学校を休んででも絶対に君に会いに行く。約束する」  僕の言葉に、彼女は今まで見た中でも一番といえるほどの満面の笑みを浮かべた。  そして一言だけ…繋がれた手に力を込めて言った。 「ありがとう」  …駅が、近づいていた。  プルルルルルルルルルルルルルルルル………  電車の発車ベルが鳴り響く。  その内と外で、僕達は向かい合っていた。 「それじゃあ…またね」 「うん…」 「今日は、会いに来てくれて本当に嬉しかった。今度は…僕の番だ」 「でも、学校はサボっちゃだめよ」 「…お互い様でしょ」  僕達は顔を見合わせると、少しだけ笑いあう。 「くすっ、それじゃあ…待ってるから」 「あっ…」  その瞬間、扉が閉まった。  僕は彼女に最後の言葉を返せなかったけど、きっと表情だけで分ってくれたと思う。  僕も、同じだったから。  ―春休みには、何があっても必ず会いに行く―  その決意を、僕は固めていた。  彼女を乗せた電車はゆっくりとホームから遠ざかり、やがて見えなくなった。  それまで、ずっとお互い手を振り合っていた。  しばらくの間、僕はそのホームに何をするわけでもなく佇んでいた。  もはや綾音ちゃんがいるわけでもないのに、なぜだか立ち去りずらかった。  しかし、やがて背を向けて僕は歩き出す。  駅から出ると、辺りはもうすっかり真っ暗で、風は凍えそうなほど冷たく感じられた。  いつもなら憂鬱な気分で歩く家までの道。その寒さに凍らされてしまいそうな僕の心。  だけど、今日は…今日からは違う。  きっと、暖かな気分で帰ってゆけるはずだ。 『会えないからこそ気付く気持ち』と、『決して遠くない2人の距離』  それを、彼女が僕に教えてくれたから。  1年後、卒業するその時まで…そして再会したその時から…  僕らのTrue Love storyは続いてゆく。  いつまでも、2人で…                       FIN
作者さんの後書き

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