テレビでプロレス中継の中で、

椅子で選手を攻撃しているのを見て

“痛そうだなぁ” と 思った事はある。

 

だが 碇シンジ15歳は今までの人生の中で

断じて “体験してみたいなぁ” などと

思ったことはない。

 

… 願ってもいない願いを

勝手に叶えるとは …

神様も随分 暇らしい。

 


6/3 エバひな 第一話

〜ようこそ!またたび荘へ:C〜


 

ガシャーン!!

 

「 痴漢!変質者!

 倒錯性癖!色魔ぁ! 」

 

1.5秒前までシンジがいた廊下に

食堂の椅子が突き刺さる。

 

「 ご、ごめん!

  違うんだ!僕は 」

 

炊飯器やフライパンやコップの雨の中を

這いずるようにシンジは逃げ回る。

逃げながらも必死に弁明を繰り返すが、

もはやそんなものが通用する状態ではない。

 

「 こ ・・ こ ・・・

  このアタシの裸を見ておいて・・・

 ごめんで済むかああ!! 」

 

彼女は、

まるで炎のように赤い髪を怒りになびかせ…

手近にあった丸いテーブルを持ち上げた。

女の子らしい白くて華奢な その腕からは

想像もできないパワーである。

 

「 うわあぁ!! 」

 

流石に命の危険を感じたシンジは

脱兎のごとく廊下へ逃げ出した。

 

「 待てぇ!!覗き魔ああ!!」

 

覗き魔ではないが、

待てと言われて立ち止まるわけにはいかない。

全速力で廊下を逃げるシンジであったが …

突然! 前方のドアのひとつが開き、

彼の行く手に見知らぬ女性が現れた。

 

「 ちょっと … 何?

  どうしたの? … きゃっ! 」

「 わっ! 」

 

いきなり登場したその女性を避ける事ができず、

シンジは彼女を押し倒すような格好で

廊下に倒れこんでしまった。

 

「 痛たたた … 」

「 ・・ ご ・・ ごめんなさい 」

 

年の頃なら 22、3 … と言ったところだろうか?

スラリと手足の長い … 黒髪の美しい女性である。

 

「 あの … 僕は … その … 」

 

慌てて体を起こしたシンジは

事情を説明しようとしたのだが …

黒髪の女性は 彼の顔を見るなり

ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべ

 

「 あらぁ〜?

  可愛いボウヤじゃない…

  誰なの? キミは 」

 

シンジのあごを 細い指で撫でた。

 

「 あ ・・ あの ・・・ 」

 

しかし 今のシンジに

年上の女性にからかわれて

恥ずかしがっている時間などなかった。

 

「 みぃ〜 さぁ〜 とぉ〜 

  邪魔しないで!!」

 

追っ手は確実に迫りつつあるのだ。

 

「 うわぁ! 」

 

バスタオル一枚の赤い髪の少女が

巨大なホウキと出刃包丁を持って追いかけてくるのを

見るやいなや、シンジは再び 廊下を逃げ出した。

 

「 ちょっとアスカ!

  何があったか知らないけど人殺しはダメよ! 」

 

「 待てええぇっ!!」

 

すると、全力で走るシンジの行く手に

再び人影が現れた。

 

「 アスカ!!

  どっ どうしたの!? 」

 

今度は彼と同い年くらいの …

ソバカスのある 可愛い女の子である。

 

「 下がってヒカリ!変質者よ!! 」

 

ヒカリと呼ばれた少女は その声を聞き…

こちらへ走ってくるシンジを見て 恐怖のあまり

今にも泣きそうな顔になる。

 

「 へ … へんしつ … 」

 

「 ち ・・ 違います!僕は! 」

 

無実の罪を晴らさなければどうしようもない。

シンジは彼女の横をすり抜け、

なおも廊下を走りながらも

誤解を解こうと、一生懸命叫んだ。

 

「 話を! 話を聞いてください!

  僕はですね!! 」

 

ドン!!

「 うわっ! 」

 

しかし 前を見ずに走っていたせいで、

またしてもシンジは何かに思いっきり

ぶつかってしまった。

 

「 あ ・・ 痛たたたた … あれ?

  … どこも痛くないぞ … 」

 

したたかに顔をぶつけたハズなのに

不思議なことに どこも痛くない。

 

… ふにょ …

 

手で触ってみると、

この壁は 真っ白で

なんだかとても柔らかい …

 

「 … も … もしや … 」

 

恐る恐る顔を上げると、

そこには また

見知らぬ少女の顔があった。

 

シャギーの入ったショートカット、

髪の色はなんと水色。

 

一瞬西洋の彫刻かと見まごうほど

美しい顔立ちの女性だが、

彼女は何故か 純和風のハカマ姿だ。

 

「 …… あ … あの … 」

 

シンジが顔を突っ込んだのは

白い布に包まれた、彼女の胸だったのである。

 

「 …… 」

 

… 謝りたいのだが、

とっさの事で言葉の出ない。

 

怒っているハズだが、

少女は何も言わず、

冷ややかな目で彼を見つめている。

 

「 …… 」

 

一瞬の静寂の後

 

無表情だった彼女の口元が

わずかにほころび …

小さな笑み作り上げた。

 

それはまるで 雪の妖精のような

美しい微笑みだった。

 

「 ・・・・ ふぅ 」

 

シンジは胸をなでおろした。

 

どうやらようやく話を聞いてくれそうな、

理性的な人が出て来たようだ。

 

「 あの ・・ 僕は ・・ 」

 

カチャリ …

しかし 時代劇などでよく聞く

金属的な 冷たい音が、

彼の言葉を遮った。

 

「 ま … まさか … 」

 

瞬時に蒼白になったシンジは

彼女の腰のあたりに目をやった。

 

… そこにはまぎれもなく、

映画やドラマの中でしかお目にかかった事のない…

正真正銘の日本刀が下げられていた。

 

「 あ ・・・ あ ・・・・ あ ・・ 」

 

逃げ出そうにも 彼女から立ち上る

目に見えぬ殺気のようなものに当てられて、

足がすくんで動けない。

 

 

「 遺言 … 終わりなの? … 」

 

薄い笑みを浮かべたまま、

少女は 氷のように冷たい口調で

そう つぶやくと

 

スラッ …

 

腰の日本刀を一気に引き抜いた。

 

ぬらりと妖しく光る その刀に

引きつった自分の顔が映っている …

 

( も … もうだめだ … )

 

度重なる生命の危機を前に、

シンジの意識の糸は

 

ついにプッツリと途切れた。

 

 

 

つづく