6/3 エバひな 第一話
〜ようこそ!またたび荘へ:B〜
「 すみませーん!!
あの〜 ・・・ 誰かいませんかー!? 」
またたび荘の中は
シンジが思っていたよりも遥かに広く、
そして豪華なものだった。
豪華と言っても シャンデリアや絨毯と言った
西洋的なものではなく、文豪が愛した宿…
と言った感じの風情のある和風の建物だ。
「 おかしいなぁ … 」
玄関を入ってすぐ、
フロントとおぼしき広間でシンジは首を傾げた。
旅館なのにも関わらず、先ほどから待てど暮らせど
誰も出て来る気配がない。
「 … 誰もいない … なんてこと
あるわけないと思うんだけど … 」
“誰もいない旅館” なんて怪談話みたいな事が
現実にあるわけがない。 例えあったとしても
今は真昼間である。
「 … ん? 」
途方に暮れていたシンジの耳に、
その時 廊下の奥から微かに物音が聞こえた。
やはり誰かいるみたいだ。
ギシ… ギシ…
板張りの廊下を進み、シンジは遠慮がちに
音がした部屋の のれんの前に立った。
(確か … ここから聞こえたような … )
しばしの思案の後、
意を決して彼は中を覗き込んだ。
「 あの〜 … すみません、
ここに 赤木リツコさんと言う … 」
言いかけたまま、
シンジはまるで彫刻になったかのように
動きを止めた。
「 …… 」
部屋の中は食堂で、
シンジが覗き込んだ調理場には
ガスレンジ、お鍋、フライパン、ミキサー
食器洗い機、大きな冷蔵庫、その冷蔵庫の
ドアを開け牛乳パックからミルクをラッパ飲み
しているバスタオル一枚の赤い髪の少女…
などがあった。
「 …… 」
突然の出来事に、二人は大きな目を見開いて
互いを見合ったまま 固まっている。
カッタン … カッタン … カッタン …
古めかしい柱時計が時を刻む音が、
遠くから 廊下を伝って聞こえてくる。
「 …… 」
驚きのあまり 飲むことも忘れてしまったのか、
傾けたままの牛乳パックから溢れた白いミルクが
少女のあごをつたい …
湯上りの桜色の肌を流れて胸元へと落ちた。
シンジはただ 呆然と
その液体の流れに沿って … 無意識に
彼女の豊かな胸に目を向ける。
「 あ … あの … 」
ようやく我に返った彼が、
顔を赤らめながら口を開いたのと、
適当に結んでいたのためであろう…
彼女のバスタオルの結び目がほどけたのは
… まったく同時であった。
… こうして
またたび荘の静寂は
想像を絶する悲鳴と供に
破られたのであった。
つづく