「 ふぅ〜 … 」

 

頬に当たる冷たい夜風と

体を包み込む 熱い湯の対比が心地よい。

 

「 流石は “元” 旅館 …

  こんなに大きな露天風呂があるなんて … 」

 

シンジはそうつぶやくと、

湯船の中で大きく伸びをした。

 

またたび荘は その庶民的な名前とは裏腹に

かなりの歴史と 格式のある大きな宿だ。

よって この露天風呂も

他では滅多にお目にかかれないほど広い。

 

「 毎日こんなお風呂に入れれば

  幸せだろうなぁ〜 … 」

 

庶民のシンジは

実に庶民的な感想を漏らす。

 

またたび荘と言う この“元”旅館は

高台の上にあるため …

露天風呂からの眺めも絶好だ。

湯船につかりながら、

湯の町の夜景のパノラマを楽しむ事だってできる。

 

「 … それにしても … 」

 

遠くの夜景を見つめながら

シンジは今日の出来事を思い返していた。

 

「 えらい事になっちゃったなぁ … 」

 

立ち上る湯気が

夜空に吸い込まれるようにして消えてゆく …

 

シンジはそれを見上げながら、

しみじみと呟いた。

 

 


6/12 エバひな 第一話

〜ようこそ!またたび荘へ:F〜


 

 

テレビ中継で霧島軍とネルフとの戦いを見終わってから

約3時間後 …

 

女性達は 何処からともなく

またたび荘へと帰って来た。

 

そして このまたたび荘のオーナーである

リツコおばさんも … 彼女達と一緒に帰宅したのだ。 

 

「 シンジ君!!

  大きくなったわね!! 」

 

ようやくロープのグルグル巻きから開放されたシンジは

リツコおばさんに抱きしめられ、今度は目を白黒させた。

 

「 家に来てくれるなんてちっとも知らなかった。

  先に教えてくれればよかったのに。 」

 

彼女はシンジとの数年ぶりの再会をいたく喜んだ後 …

彼から 今までの事情を聞くと 

 

「 んふっ、… もちろんいいわよ、

  好きなだけいてちょうだい♪ 」

 

意味ありげな表情で笑いながら

いとも簡単にそう言ってのけた。

 

「 ち … ちょっと 待ってよ! 」

 

あまりにもスピーディーな展開に

アスカがたまらず叫ぶ。

静かに愛用の日本刀の手入れをしていたレイも

ピクッ と眉を動かした。

 

「 ほ、本当!? リツコおばさん! 」

 

シンジにとっては まさに起死回生。

居候など 半分以上諦めていた彼は

嬉しそうに顔を輝かせる。

 

「 ただし! 

  “リツコおばさん”ってのはやめて。

  “リツコさん” って呼んで?シンジ君。 」

 

「 は … はい。 」

 

そんな和やかなムードの二人の会話をブチ壊すように

アスカは バンッ! と机を叩いた。

 

「 冗談じゃないわよ!!

  ここは女子寮なのよ!?

  ただでさえ 男を住まわすなんて無理なのに

  よりによもってこんなスケベな奴を! 」

 

指をつきつけられ、

シンジは不満そうに眉をひそめた。

 

「 スケベって

  自分から見せたんじゃないか … 」

 

ボグッ!

 

「 レイ!

  あんたも何か言いなさいよ! 」

 

鳩尾への一撃で床に沈んだシンジを無視し、

アスカは 静かに日本刀を磨いている

水色の髪の少女の方へ目を向けた。

 

しかし 彼女は落ち着いた様子で首を振ると

 

「 命令ならば しかたないわ 」

静かに答えた。

 

「 なっ … 」

 

興奮し、真っ赤な顔て怒るアスカ。

しかし レイはスッと片手で彼女を制すと …

 

「 ただし … 」

 

床に倒れていたシンジの首筋に

手にした日本刀をつきつけた。

 

「 今度 あんな事をしたら …

  … あなたは死ぬわよ。 」

 

冗談のようなセリフでも、

彼女の姿、雰囲気、プラス日本刀で言われると

とても冗談とは思えない。

シンジは青い顔でひたすらブンブンと頷く。

 

「 こらこら 二人とも?

  シンジ君はそんなに非常識な子じゃないわ 」

 

リツコおばさん 改め、リツコからの助け舟。

 

「 どーだか … 」

 

「 … それに、シンジ君はあの超難関の

  ネルフを受験してるって言うじゃない? 」

 

リツコは意味ありげな顔で笑いながら、

アスカとレイに話し掛ける。

 

「 単に学力や家柄では入れない、

  あの ネルフと言うエリート機関に憧れて …

  親元を離れても 頑張って勉強するなんて凄いわ。 」

 

「 そ … そんな … 」

 

2浪の身分でありながらも、

そう言われると なんだか自分が

誉められているような気がして、シンジは頭を掻く。

 

「 アスカ、レイ?

  あなたたち二人にも その気持ち、

  わからなくはないんじゃない? 」

 

リツコの言葉に 二人は顔を見合わせると

 

「 そ … それとこれとは … 」

 

「 …… 」

 

とりあえず大人しくなった。

 

彼女の言葉は いったいどういう意味なのだろう?

見たところシンジとさして年齢の変わらない

二人の少女も … 何かに向けて勉強中なのだろうか?

 

( そういえば … 僕は何も知らないな … )

 

アスカとレイ … そしてミサトとアスカ。

彼女達が何者で、どうしてここに住んでいるのか?

又、 どうしてここは“女子寮”になったのか?

いったい “何の” 女子寮なのか?

 

改めて考えると シンジの知らないことだらけだ。

 

( そもそも … リツコおばさんの仕事も知らないんだよな。

  … てっきり旅館を経営してるんだとばかり … )

 

「 聞いてる? シンジ君!! 」

 

「 あっ!! はい!! 」

 

顔をあげると、黒髪の女性 …

ミサトが シンジに顔を近づけ ニッコリと笑った。

 

「 と、言うわけで 難しい話はここで終わり。

  とりあえずは またたび荘にようこそって事で、

  今夜は ご馳走で歓迎会をしたげるからね! 」

 

ミサトの提案に リツコとヒカリは楽しそうに頷き、

アスカは ふん と鼻を鳴らす。

 

「 いえ ・・・ でも ・・・

  わざわざそんな ・・・ 」

 

「 い・い・か・ら!!

  そーと決まれば、シンジ君は

  またたび荘自慢の

  露天風呂にでも入って来なさい!

  今から歓迎会の準備するから! 」

 

笑顔で押しの強いミサトに勧められ、

半ば強引に …

シンジは夕食前の 入浴と相成ったわけである。

 

 


 

カポーン …

 

「 でも …

  やっぱり女子寮に男が住むってのは

  マズイよなぁ … 」

 

リツコおばさんから “OK” が出た時は、

明日への希望が見えて喜んでしまったが、

冷静に考えると無理がある。

 

シンジは洗い場に座り、

“アスカ用 使っちゃだめ!”

と油性マジックで書かれたシャンプーボトルを横目で見ながら

複雑な顔をした。

 

「 かと言って …

  ここを出ても 行くあては無いし … 」

 

シンジに残された選択肢は少ない。

“ネルフを受験する” 事をやめてしまえば

選択肢は無限に広がるのだろうが …

シンジにはどうしても 諦める事はできない。

 

「 しばらく … 頑張ってみるか … 」

 

とりあえず 自分は邪魔な居候に違いは無い。

あまり迷惑ならないよう、

静かに隅のほうで勉強しようと心に誓いつつ

シンジは露天風呂を後にした。

 

 

「 … それにしても

  良い旅館だなぁ … 」

 

手ぬぐいを肩にかけ、

シンジは長い板張りの廊下を歩く。

本来ならば、浴衣姿の宿泊客が行き交うのであろう。

湯上りの火照った体に、

夜の冷たい風が 実に心地良い。

 

女子寮にせず、旅館のままにしておけば

それはそれは繁盛するだろうとシンジは思う。

ますますわからない事だらけだ。

 

「 ・・・・ ん ・・・ 」

 

しばらく歩いていると、

見慣れた通路に出た。

 

忘れようにも忘れられない …

シンジが彼女達に追い掛け回された通路だ。

 

いくつものドアが居並ぶその先を見ると

シンジがアスカの裸を見てしまった

あの のれんの部屋から 明りが漏れている。

 

( ・・・・ 誰か ・・・ いるのかな? )

 

不用意に首を突っ込むと

また半殺しにされてしまう。

 

シンジが恐る恐る中を覗いてみると

そこには あの ヒカリ と言う少女の後姿があった。

 

トン ・ トン ・ トン ・ トン

ジュー … ジュー …

 

美味しそうな音をBGMに、

少女は コンロが何台もある旅館の大きな調理場を

たった一人で忙しそうに動き回っている。

 

お味噌汁用のネギを刻みつつ、

フライパンのハンバーグの焼き色を確かめ、

時折 蒸し器の中の茶碗蒸の温度を横目で見て、

煮物のお鍋の温度を調節する。

 

手馴れた主婦の妙技を見るようである。

 

「 …… 」

 

シンジは忙しげで、どこか楽しげに揺れる

少女の二つの “おさげ” を無言で見つめていた。

 

・・・ いや、 見とれていたと言ったほうが正しい。

 

なにしろ、彼は今まで

台所で料理をする女性の後ろ姿など

数えるほども 見たことはなかったのだ。

 

「 あ ・・・ 碇くん 」

 

すると、視線に気付いたヒカリが

フランパンを持ったまま、

慌てて彼のほうへ振り返った。

 

「 やだ … いつから …

  見てたんですか? 」

 

「 ごめん …

  別に 覗くつもりはなかったんだけど … 」

 

シンジはそこで言葉に詰まる。

すると 察した少女は ニッコリと笑い

 

「 洞木です …

  … 洞木ヒカリ。 」

 

シンジに名前を教えてくれた。

 

「 洞木さん 」

 

シンジが確かめるように呟くと …

突然!!

 

ブシューーーー!!

火にかけられていたお鍋が吹きこぼれた。

 

「「 あっ!! 」」

 

二人はほぼ同時に叫ぶと、

手を伸ばして コンロのツマミをガチャリと回した。

 

シュウゥーー …

みるみるうちに 沸騰したスープは落ち着いた。

 

「「 ふぅー … 」」

安堵の溜息をついた二人は

そこでようやく

 

「「 あっ!! 」」

 

コンロのつまみと一緒に

相手の手もつかんでいた事に気がついた。

 

赤面しつつ、シンジとヒカリは慌てて手を離す。

 

「 ごめん …

  僕が邪魔したせいで … 」

 

「 大丈夫。

  … 気にしないでください。 」

 

何となく気恥ずかしくて

お互いの顔が見れない。

 

シンジはそんな沈黙を取り繕おうと、

思い切って口を開いた。

 

「 あの … 何か手伝おうか? 」

 

「 え? 」

 

ヒカリは突然の申し出に、

素直に驚いた顔をした。

 

 

「 わっ 凄い! 

  本当に上手!! 」

 

「 そ … そうかな … 」

 

出汁巻き卵を 器用に巻いてゆくシンジに

ヒカリは感嘆の声を漏らす。

 

流れるような彼の手つきは

長年料理をやって来たヒカリから見れば

その凄さがよくわかる。

 

その人が料理をやり慣れているか?は

包丁で何かを切る仕草一つだけでも

見る人が見れば 容易わかってしまうものだ。

 

“歓迎される人が、

 歓迎の料理を作るのはおかしいです”

 

最初のうちこそ そんな事を言って

シンジの申し出を丁重にお断りしたヒカリだった。

 

しかし まったく出来ないどころか、

自分より遥かに上の料理の腕前を目の当たりにして

今はただ ひたすら感動の嵐である。

 

「 碇くんは、

  どこで憶えたんですか? 料理 … 」

 

「 ずっと家で料理はしてたから …

  別に 誰かに教わったわけじゃないんだ。 」

 

「 うそ!!

  全部自分で憶えたの!? 」

 

「 うん … あ、でも

  料理の本とかは良く読んでたし …

  テレビの先生の真似をしたりしてね … 」 

 

二人の会話は 思いのほか弾む。

シンジは初めて出合った女の子と

こんなに長く話をしたのは 生まれて初めての経験だ。

 

( またたび荘にも …

  普通の人はいるんだな … よかった。 )

 

てっきりカルシウムの足りない少女や

日本刀を振り回す 侍少女みたいなのしか

いないと思っていたが、それは間違いのようだ。

 

「 でも … 私、

  料理の上手な男の人に会ったの始めて。 」

 

「 上手い ・・ かな

  今まで人と比べた事なんてなかったし … 」

 

「 うん。 凄く上手いよ。 プロみたい。

  ビックリしちゃった。 」

 

しばらく 二人で食事の用意をしながら

他愛の無い話を続けていたが …

シンジはやがて 疑問に思っていた事を口にした。

 

「 あの … 洞木さん …

  料理はいつも … 1人で作ってるの? 」

 

「 え … ええ。 」

 

シンジの問に、

ヒカリは歯切れ悪く答える。

 

「 … もしかして、

  誰も手伝ってくれないの? 」

 

ヒカリはしばし 思案したが …

ちょっと苦笑いを浮かべて うん と 頷いた。

 

「 でも …

  女の人が あんなにいるのに 」

 

用意している料理の量は、どう見ても

またたび荘の住人全部のものだ。

 

それだけの量の料理を たった一人で毎日作るのは

想像以上に大変なことだろう とシンジは思う。

他に料理を手伝おうと言う女性はいないのだろうか?

 

「 みんなは … その … 」

 

… 言いにくそうな彼女の様子を見るに、

どうやら いないようだ。

 

女性は皆 料理がある程度できるものだと

何故かそう確信していたシンジには、軽いショックである。

 

「 そ、そんな事より、碇くん。

  さっきやっていたキュウリの飾り切り、

  どうやるのか 教えてくれない? 」

 

「 ・・・ うん 」

 

すっかり打ち解けた二人は、

料理教室のように 楽しく食事の準備を進めた。

 

「 ___ で、

  ここを こうするんだよ ・・ 」

 

「 え!? もう一回。

  ここを ・・ こう ・・・ 」

 

「 違うよ、 そこを ・・・ ほら、

  こう ・・・ 」

 

包丁を片手に 二人は肩を寄せ合い、

いつしかお互いの手元を覗き込みながら

料理を続けている。

 

( なんか … 妙な事になったな。

  …

  … でも こういうの、楽しいな … )

 

無論 生まれて初めて

女の子と並んで料理をしているシンジが、

そんな健全な男子の感想を頭に思い浮かべていると、

 

突然、 ニュッと 包丁以外の細い刃物が

彼の目の前に現れた。

 

「 わっ! 」

 

思わず身を引くシンジ。

すると

 

「 何をしている … 」

 

背後から

冷たい声が 響いて来た。

 

 

 

つづく