「 ミサトっ!! ミサトっ!! 」

 

 

 

静かだった図書室の中に、

ふいに 大きな声が響いた。

 

「 あ〜 いたいた ・・ 」

 

「 ミサト ・・

  もぉ ・・ 探しちゃったわよ ・・ 」

 

落ちついた木材の色でまとめられた、

だいぶ 年季の入った図書室。

 

入り口のドアを開けて

中に入って来た3人の女性は、

口々に文句を言いながら、

窓際の奥の机へと 歩み寄った。

 

「 お昼になったら 5号館の前で

  待ち合わせしようって、言ってあったじゃない! 」

 

小柄な、髪の短い女性が

自分の腕時計を指差しながら 頬をふくらませる。

 

すると、

 

「 あ ・・ ごっめーん ・・ 

  すっかり忘れてた ・・ 」

 

あまり 悪いとは思っていないであろう、

軽い声で言いながら

机に座って

なにやら書き物をしていた黒髪の女性が、

ゆっくりと 顔を上げた。

 

年の頃なら 10代後半。

 

意思の強さを表す 黒い瞳。

 

そして その色にあつらえたかのような

肩まで届く 長い黒髪。

 

窓からの日差しが当たり・・

今は濃い紫色にも見える。

 

10人の男とすれ違えば、

10人全員・・ とまではいかなくとも、

5人は振り返るであろう

とても 美しい女性だ。

 

「 忘れてた ・・ じゃないわよ、ミサト〜 」

 

彼女の名前は 葛城ミサト。

第二東京大学に籍を置く、

れっきとした 女子大生だ。

 

「 約束は ちゃんと覚えてたんだけど、

  つい 夢中になっちゃって ・・・ 

  ごめんね〜 みんな ・・ 」

 

「 ・・

  ・・・ まったくもぉ ・・ 」

 

彼女の相変わらずの答えに、

机を取り囲んだ 3人の友人は、

同時にため息をつく。

 

「 それにしても ・・・

  相変わらず 勉強熱心だこと。

  ミサトって 見かけによらず、

  マジメなのよねぇ・・ 」

 

その中の一人。

髪を 茶色に染めた女性が、

書類で埋まっている机の上を見ながら

感心したような声を出す。

 

「 ゴホン ・・ 」

 

すると、 図書室の入り口近く ・・

いかにも気難しそうな 初老の係員が

意味ありげに 彼女達に向かって

咳払いをした。

 

「「 あちゃー ・・ 」」

 

いくら騒がしい大学のキャンパス内だとは言え、

図書室の中だけは 例外だ。

 

・・ もっとも、お昼時のせいか

ここを利用している人影もまばらで、

それほど 迷惑がかかっているとも思えないのだが。

 

 

「 それにしても 何これ ・・

  難しそうな本ばっかり ・・ 」

 

心持ち 声を小さくしながら、

友人達は 机の上に積まれた

無数の本や 紙の束に 手を伸ばす。

 

「 古い新聞と ・・

  何? この本・・ 人間・・行動・・研究学? 」

 

「 これは ・・ 聖書研究 ・・

  こっちは けい ・・ けい ・・

  何て読むの? これ ・・ 」

 

友人の一人が、

分厚い本を片手にミサトを見ると、

彼女は シャーペンを布製の筆箱に仕舞いながら、

“形而上学よ” と 答える。 

 

「 何なのよ・・ この難しそうな資料の山は ・・

  こんな課題のレポート提出しなくちゃならない科目なんて

  ・・ あったっけ? 」

 

彼女達の言葉に、

ミサトは 苦笑いをしながら、首を横に振った。

 

「 レポートのためにやってるんじゃないの ・・

  ・・ その ・・・ ちょっち 

  個人的に気になることがあってね。 」

 

ひどくマジメな その答えに、

友人の一人が 再び 溜息をつく。

 

「 そういえば ・・

  空いた時間は いっつもここにいるのよね・・。

  ま、 ウチのキャンパスには

  いー男少ないから しょーがないけど。 」

 

「 あっ!! ねぇねぇ!

  そんなことより、早くしないと・・

  あの 中華屋さん、 また混んじゃうよ!

  今日こそは 私 卵チャーハン食べたいんだからっ! 」  

 

思い出したような その慌てた言葉に、

全員が はっと 我に返る。

 

「 そうそう!

  学食なんて まずくて食べられたもんじゃないからね。 」

 

盛り上がる友人達を前に、

ミサトは わずかに微笑むと、

 

「 あ ・・ じゃあ 先に行っててよ、

  これ 片付けたら すぐ行くから。 」

 

机の上に広がる

資料の山を指差しながら、そう言った。

 

「 うん ・・ じゃあ 先行って

  並んでるから。 」

 

「 急ぎなよ!ミサト。 」

 

口々に言いながら、

来た時と同様 ・・ 騒がしく図書室を出ていく友人達。

 

その 後姿を見ながら、

ミサトは にこやかに ひらひらと手を振る。

 

だが ・・

 

ガラスの 自動ドアが閉まると同時に、

彼女の顔から

作り笑いが消える。

 

 

「 ・・・・ 」

 

 

そのまま、無言で椅子から立ちあがると、

彼女は 深い溜息とともに、

机の上に広がる 書物の山を見下ろした。

 

「 やっぱり ・・ 

  ・・ 駄目ね ・・ 」

 

搾り出したような ・・ 

低い声。

 

その横顔には、

先ほどまでの 明るい色は

まったく見えない。

 

「 ・・・・ 」

 

セカンドインパクトの被害を逃れ、

豊富な資料を 完全なカタチで残している、

この 大学の図書室でも ・・

 

彼女が欲していた情報は

何一つ 得られなかった。

 

どんなに沢山の本や 新聞の記事を集めても、

具体性のカケラも無い、推測や 作り話ばかり。

 

彼女が知りたい、答えは ・・

まるで 深い霧の彼方にあるかのようで、

まったく 見えてこない。

 

「 ・・・・・ 」

 

ミサトは

散らばった書類を集める手を止めて、

窓の外の おだやかな景色に目を向けた。

 

昼の暖かな日差しが、

キャンパスの 緑の木々と、

自分と歳の変わらない・・ 学生達を包んでいる。

 

男の子同士のグループ。

サークルで知り合った 初々しいカップル

 

そして、

彼らが 楽しそうに笑う声 ・・

 

今の彼女には

なんだか ひどく 遠くに聞こえる。

 

「 ・・・・ 」

 

ミサトは 首から掛けた、

大きな 十字架のネックレスを・・

そっと 指で触った。

 

 

あの日 ・・

 

あの時 ・・

あの場所で ・・

 

いったい 何が起こったのか。

 

そして ・・

 

・・・・

・・ あれは いったい、

なんだったのか。

 

自分は それを知らねばならない。

 

・・ なんとしても。

 

 

「 隠された真実を知るためには ・・

  やっぱり ・・

  直接 ・・ 中に入ってみるしか

  なさそうだわ ・・ 」

 

ミサトは 小さな声でつぶやくと、

深く 息を吸って ・・

集めた 本と新聞の山を持ち上げた。

 

 

セカンドインパクトから 

おおよそ6年の月日が流れた。

 

季節は狂い、水は陸地を奪ったまま。

 

けれど 絶望する事に飽きた人間達は、

・・ 足早に 歩き始めていた。

 

 

「 ん ・・ んしょっと ・・ 」

 

1枚 1枚が軽くても、

それが集まると かなりの重量になる。

 

ミサトは おぼつかない足取りで、

図書室の中を移動しながら

決められた棚に 分厚い本を戻して行く。

 

何冊目の本だったろうか?

 

高い所にある 棚に本を戻そうと、

彼女が つま先立って 背伸びをした その拍子に、

 

手にしていた 新聞紙が

バサッと 床に落ちた。

 

「 ・・・・・ 」

 

慌てて それを拾い上げようとした彼女は、

その新聞紙の中の ・・ 一つの写真を見て

動きを止めた。

 

 

日付は ・・ 彼女が生れる10年ほど前の、

随分と昔のもの。

 

いくらか 黄ばんだその新聞紙の片隅に

クレヨンか 何かで描かれた、

子供の絵が 印刷されている。

 

どうやら、

政府が 『 子供の描く 未来の絵 』 

というコンセプトで選び出した ・・・

優秀作品のようだ。

 

ミサトは しゃがんで その新聞紙を手にとると、

改めて、 その 名前も知らない小学生の絵を

ぼんやりと見つめた。

 

クレヨンで描かれた空には、

見たこともない 飛行機が飛び、

土の中を 無数の車が走っている。

 

地球の外 ・・ 宇宙にも

へんてこなカタチの宇宙船が

いっぱい描かれている。

 

「 ・・・・ 」

 

絵の題名は

『  夢  』 

 

・・

 

そこに描かれた 人々は皆、

楽しそうに ・・ 大きな口を開けて、

笑っている。

 

にぎやかで ・・・ 明るい ・・

 

とても

 

楽しい絵だった。

 

 

 


夕凪の時/ゆうなぎのとき


 

 

 

その昔 ・・

 

子供達は ・・ 

いや、

 

大人達も

 

未来に夢を馳せたと言う。

 

 

見たことも無い 新しい乗り物。

 

空に浮かぶ ・・ 新しい生活の場。

 

そして ・・ 新しい幸せ。

 

・・

 

いくつかの夢は現実となり、

いくつかの夢は また 夢として

・・

次の時代に残された。

 

・・・・

・・ もし

 

あのまま世界が続いていたら、

 

きっと ・・ もっと多くの夢が、

現実のものになっていたのだろう。

 

世界も ・・ 今とは違う姿に、

なっていたのだろう。

 

・・ でも

 

 

神様はそれを

許してはくれなかった。

 

 

 

空間を震わせる振動

 

暗い夜空と ・・ 黒い海の中に立つ、

大きな ・・ 光る巨人

 

私の前に現われた その神様は、

人間達の作り上げたモノを ・・

一瞬で ・・ すべて 海の底へ消してしまった。

 

・・

 

私の

 

父の命と供に。

 

 

・・ あの時 ・・

 

自分が とても 大きなモノに

見られているような ・・

 

・・ そんな恐怖感を覚えた。

 

もっとも、

14歳の私には あまりにも衝撃的で ・・

 

理解などできない 光景だった。

 

・・

 

・・ ただ

 

ただ あの時 ひとつだけ、

感じた事がある。

 

今でも まだ

心の奥で 覚えている。

 

・・ あの時 

 

・・ 何か とても 大きな

『 宿題 』 を手渡されたような ・・

 

・・

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 


 

 

「 ユズにポンカン ♪

  スダチにカボス〜

  ・・ 

  フルーツみたいに 甘くないっ ♪

  乙女心は すっぱっぱ ♪ 」

 

 

・・・・

 

・・ いったい

 

誰の ・・

何という歌なのだろう?

 

( ・・・ たぶん ・・

  自分で勝手に作った歌なんだろうな ・・ )

 

ほうれん草をまとめてある

紺色のテープを外しながら、

シンジは 頭の中でつぶやいた。

 

「 フルーツ♪ フルーツ ・・ 」

 

何やら得体の知れないリズムを口ずさみつつ、

狭い台所に入ってきたミサトは、

 

そのまま シンジの背中側にある

冷蔵庫のドアを開けると、

中に身を屈めて、顔を突っ込んだ。

 

カチャ ・・ カチャカチャ ・・

 

狭い台所での 背中合わせ。

 

ごそごそ カチャカチャと ・・

何やら音がするたびに、

シンジのお尻に押し付けられた

ミサトのお尻が作為的に動く。

 

何をしているのか? なんて、

見るまでも無い。

 

葛城ミサトが 冷蔵庫のドアを開ける時は、

“えびちゅビール” を 取り出す時だけ。

・・ 今時 小学生でも知っている常識だ。

 

本人は

『 他のものを取り出す時だってあるわよ 』

と とりあえず反論するのだが、

『 他のもの 』 が 『 ビールのつまみ 』 しかないので、

あまり 旗色はよろしくない。

 

「 乙女心と フルーツの〜♪ 」

 

鼻歌も軽やかに、

ミサトが わくわくと 3本目のエビチュに

手を伸ばした、

 

まさに その瞬間。

 

「 ・・・

  ・・ 2本までですよ ・・ 」

 

ビクッ!

 

まるで 後に目がついているかのように、

 

流し台で 野菜を洗いながら、

シンジが口を開いた。

 

どうやら “お尻で注意をそらす攻撃” も

同居生活の長い、碇シンジには

まったく通用しないようだ。

 

「 あは ・・ や、 や〜ね〜 ・・

  もちろん 2本しか とってないわよ〜 ・・ 」

 

無意味に軽い声で言いながら、

つかみかけていた 3本目のエビチュを

ミサトは名残惜しげに棚に戻す。

・・ しかし ・・

 

「 ・・・・・ 」

 

まだ 諦めきれないのか、

冷蔵庫の中の彼女の手は、

ふよふよと ・・ 不審な動きを繰り返す。

 

恐らく、

 

『 音を立てずにとっちゃえば バレないかも ・・ えへへ 』

くらいの事を考えている様子だ。

 

だが ・・

 

「 うっ ・・・ 」

 

ミサトは ふいに強烈な視線を感じて、

顔を 横に向けた。

 

すると、

いつもシンジの隣りで

料理を手伝っている 少女 ・・

 

可愛い ピンク色のエプロンをつけた レイが、

調理する手を止めて、

彼女の方を じっと見ている。

 

「 あ ・・ あは ・・ あはは ・・ 」

 

無意味に笑うミサト。

 

しかし レイは冷酷に、

彼女の顔を見ながら ・・

 

「 ・・・・・ 」

 

静かに首を横に振った。

 

( いかりくんの言う通りにしないとだめ )

 

と いう意味だ。

そんなもの 聞かなくったってわかる。

 

「 しくしく ・・ 」

 

ミサトは泣きながら、

三本目を諦めて、

キュウリと白菜の漬物を 手に取った。

 

一家の大黒柱、一番偉いのは

お金を稼いで来るお父さん。

などという考えは ・・ もはやジュラ紀並に古い。

 

一家で 一番偉いのは、

台所に立っている人間なのだ。

 

腹が減っては 生きては行けぬ。

 

そんな格言は・・

それこそ 作るまでもない。

 

 

ミサトのささやかな野望を阻止した事を確認すると、

レイは 再び 流し台に向かって

調理を再開する。

 

以前までは、 お皿を運んだり

洗い物をしたり ・・ 

いわゆる 料理の “手伝い” しかできなかった彼女だが、

 

シンジの隣りに立って、

あれこれと 教えてもらっていくうちに、

今では立派に 自分でも “料理”が できるようになった。

 

もともと センスが良い彼女の料理の腕は

実際 かなりのもので、

この頃は シンジも安心して、いろんな仕事を

任せてくれるようになった。

 

「 ・・・・ 」

 

ジャガイモの皮をむきながら、

その頃の事を思い出したのか ・・

 

こっそりと、

シンジの横顔を盗み見ながら・・

レイの頬がわずかに赤くなる。

 

・・

つきっきりで、

包丁の持ち方とか、

フライパンの使い方とか

手とり足とり 教えてもらっていた頃は、

 

もう ちょっと ・・

人には言えないくらい幸せだった。

 

でも、 こうして

一緒に料理をするようになってからは、

それにも増して ・・

何より ずっと隣りにいられるので、

 

もう なんだか 

死にそうなくらい 幸せな彼女である。

 

( ・・・ 一日中 ・・

  料理していたい ・・ )

 

レイの最近の夢だ。

 

 

どこか ぼうっ・・ とした視線を

隣りにいる、シンジの横顔に向けていた彼女は、

ふいに ・・ ある事に気が付き、

 

「 ・・ いかりくん? 」

 

ジャガイモの皮をむく手を止めて、

わずかに シンジの方へ 近づいた。

 

「 え? ・・ 何? 」

 

まな板に水気で張りついた

キュウリのカケラを手で拾いながら、

シンジは彼女の方に顔を向ける。

 

「 ・・・・ 」

 

レイは、 彼の顔をしげしげと

観察した後。

 

「 顔が ・・ 少し赤い ・・ 」

 

不思議そうな顔で そう つぶやきながら、

さらに 観察するように、

ぐぐっと シンジに顔を近づけた。

 

「 え? ・・ そう?

  ・・ そうかな ・・ 」

 

思わず 身を引きながら、

シンジが首を傾げる。

 

・・ そう言われると、

まだお風呂に入ってもいないのに、

顔が少し火照っているような気もする。

 

「 そんなこと 無いと思うけど ・・ 」

 

シンジは 台所仕事で

水に濡れたままの手で、

自分の頬にそっと触れてみる。

 

「 なに ・・ どったの? 

  ・・ 熱でもあるの? 」

 

すると、

エビチュを片手に、お尻で冷蔵庫のドアを

パタンと閉めながら、

ミサトが2人の会話に入って来た。

 

「 いえ ・・

  別に ・・ あっ ・・ 」

 

シンジが何か言おうとする前に、

いきなり ミサトの手がにゅっと伸びて、

彼の前髪を掻き上げる。

 

「 ミ ・・ ミサトさん ・・ 」

 

驚くシンジを無視して、

彼女は身を屈めて 顔を寄せると、

コツンと 自分のおでこと

彼のおでこをくっつけた。

 

「 あ ・・ あの ・・ 」

 

突然のことに、

金縛りにあったかのように、

身動きができず ・・

シンジは 赤い顔でうめく。

 

しかし ミサトは

そんな彼の反応を気にせず、

ついでに 鼻のあたまもくっつける。

 

「 しっ ・・

  いーから ・・ ジッとしてんの ♪ 」

 

小さな声で ささやきながら、

文字通り、吐息もかかる距離にある

彼女の黒い瞳が ・・ 意味ありげに細くなる。

 

「 ・・ もし 動いたら

  このまま ちゅーしちゃうから。 」

 

「 なっ! ・・ そ ・・ 」

 

いつまでたっても、

シンジは ミサトの絶好のオモチャだ。

 

「 ・・・・・・ 」

 

そんな2人の横で ・・ レイはというと、

ミサトの突然の行動に、

あっけにとられたのか?

おでこをくっつけたままの2人の姿を前に

目を丸くして 立ち尽くしている。

 

「 ん〜 ・・ っと ・・ どうかな? 」

 

ミサトは ぶつぶつと言いながら、

難しそうな顔で わざと ゆっくり熱を計り、

シンジの反応を楽しんだ後、

 

「 少し 熱いみたいね ・・

  微熱あるんじゃないの? シンちゃん。 」

 

そう言いながら、やっと彼を解放した。

 

「 そっ ・・ そうですか? 」

 

前髪の乱れた

赤い顔のシンジが、

ミサトを怪訝そうに見る。

 

彼女は得意気に “たぶんね”

と 答えると、 やおら ポンと手を叩き、

 

「 ・・・ あ、そうだ ・・

  えーっと 確か 体温計は ・・ っと ・・ 」

 

そのまま 台所の脇の

小物入れの引出しを開けて、

中をゴソゴソやりはじめた。

 

「 ・・・・・・ 」

 

体温計があるなら、

最初からそれで計ってくださいよ・・

と 思いながら、

シンジがミサトの後姿を見ていると、

 

「 ・・ なるほど ・・ 」

 

レイも 何かに気がついたように、

ポンと 手を打った。

 

 

どうやら、

今のシンジとミサトの不思議な行動は

『 熱をおでこで計る 』 と言うものらしい。

 

熱を計りたい人と、

自分のおでこを合わせて

温度を見るのだ・・。

 

「 ・・・・・ 」

 

なんて合理的で、

ドキドキする 方法なのだろう。

 

とても素敵な、

その新しい知識を手に入れたレイは、

グッと 小さく頷くと、

 

そのまま いそいそと

シンジの顔に 手を伸ばした。

 

「 わっ ・・ 綾波 ・・ 」

 

反射的に身を引くシンジを捕まえると、

ミサトと同じように、 右手で そっと

彼の前髪を掻きあげてみる。

 

「 な ・・ なに? 綾波 ・・ 」

 

こうして 彼の髪に堂々と触ったことなど

今までに1度も無い。

 

それに これから なんと

おでこをくっつけ合うのだ。

 

「 ・・・・ 」

 

まったく 始めての体験に、

レイの胸は ドキドキしてしまって

シンジのうろたえた声など、全然聞こえない。

 

「 私も ・・ 熱 ・・

  ・・ はかりたい ・・ 」

 

やましい気持ちなどではない。

新しい知識には、

何より 実践と復習が大切なのだ。

 

「 あ〜 ・・ 体温計探すのに時間かかるから、

  いーわよ、 レイ。 好きなだけ計っちゃって 」

 

幸い、許可してくれる人もいる。

・・ 何の問題も無い。

 

「 はい 」

 

レイは 赤い顔を さらに赤くすると、

真剣な表情で 頷き ・・

 

「 わっ ・・ ちっ ・・ ちょっと! 」

 

ひとつ 深呼吸をして ・・

 

「 ・・ いかりくん 」

 

そのまま わずかにつま先立って、

そっと 彼のおでこに

自分のそれを 押しつけた。

 

・・ ぴと ・・

 

・・・・・

・・・

 

・・・・

 

( ・・・・ )

 

・・ 1秒にも満たない時間が、

物凄く 長く感じる。

 

触れているおでこが、

ジンジンと 熱くて ・・

自分の耳や 頬や 首すじに、

熱い血液が 充満するのがよくわかる。

 

・・・

目と 目が合う。

 

「 あ ・・ あの ・・ 」

 

シンジが うろたえながら、

わずかに身を引こうとする。

だが レイは さらに顔を近づけて、

彼を逃がさない。

 

「 ・・ 動いたらだめ ・・ 

  動いたら ・・ あの ・・

  ・・ 動いたら ・・ ち ・・ ち ・・ ちゅー・・ 」

 

恥ずかしくて 次の言葉が言えない。

 

「 ・・・ 」

 

数センチの距離にある、

彼の瞳に ・・

自分の心の奥の奥まで、

すべて見られているような気がして、

頭の中が ぐるぐるするほど 熱くなる。

 

「 ・・・・ 」

 

見つめ合う事が恥ずかしくて、

彼の視線から逃げるように、

わずかに レイは目線を下げた。

 

すると、今度は

自分の唇と、あとわずかな距離で

触れ合いそうな ・・

シンジの唇が目に入る。

 

ボッ!!

 

ここまでが限界だった。

 

一瞬でも、その二つが触れ合うシーンを想像したところで、

彼女の頭の うれしはずかし回路は

大きな音を立てて、 爆発してしまった。

 

「 あの ・・

  ・・ 大丈夫? 綾波 ・・ 」

 

ジュー・・と 湯気を立てながら、

よろめき・・ 後ずさる少女に、

シンジが心配そうに問いかける。

 

「 で? どうだったの?

  熱はあったわけ? ・・ 」

 

小物入れの引き出しを戻すと、

ミサトが 赤い顔でうつむいているレイに聞く。

 

すると 彼女は

あぶり過ぎたフライパンのように

湯気を立てる自分の頬を

両手で押さえ、

 

「 ・・ 

  ・・ 熱い ・・ 」

 

ぽつりと 一言。

 

「 自分が熱くなってどーするのよ。 」

 

ミサトは 苦笑しながら、

手にした 体温計の先っぽで

 

彼女の水色の頭を つっついた。

 

 

 


 

 

 

< ・・ なお、 今日の夜遅くから

   明日の日中にかけて ・・

   冷たい寒気が 大陸の方から流れ込んできますので、

   気温がグッとさがる模様です。

   ・・・ 続いて 全国の予想最高気温をご覧下さい。 まず ・・ >

 

 

ゴールデンタイム直前は

ニュース番組が多い。

 

ミサトが 缶ビールを2本持って、

リビングへ戻ってくると ・・

先にテーブルについているアスカが、

天気予報を眺めている姿があった。

 

「 あ ・・ アスカ ・・

  もう 出たんだ。 」

 

一番風呂に入った直後で

ほんのり赤い彼女は、

ピンクの 水玉模様のパジャマを着て、

乾かしたばかりの髪を、後で 大雑把にまとめて

ポニーテールにしている。

 

「 ・・・・ 」

 

晩御飯より先に テーブルに並べられていた、

ほうれん草のゴマ和えを もぐもぐやりながら、

ミサトの言葉に アスカが頷く。

 

「 んじゃ〜 御飯終わったら

  次は 私が入ろーかな ・・ んしょっと ・・ 」

 

ミサトは そのまま アスカの左隣 ・・

いつもの 自分の席に腰を下ろすと、

 

「 えっへっへ〜 ・・

  ほいじゃ、ま ・・ さっそく。 」 

 

心底嬉しそうに、

両手を擦り合わせつつ ・・

いざ、 本日の 一本目のエビチュを。

 

・・ プシュ!!

 

「 毎日毎日 ・・

  ・・ よく飽きないわね ・・ 」

 

ごきゅごきゅと 至福の時間を味わうミサトに、

あきらめたような視線を送りつつ ・・

アスカは 自分のウーロン茶に 口をつける。

 

「 くうう〜っ!!! 」

 

ビールで一番美味しいのは、

何と言っても一口目。

・・ 気を抜くと 涙が出てくるくらいに美味しい。

 

「 これよこれっ!!

  晩御飯の前の 食前酒!

  ん〜! ・・ ほんと ・・ 大人で良かった・・ 」

 

ミサトの心からの喜びの声を聞きながら、

絨毯の上で 寝転んでいたペンペンが

つまらなそうに 大きなあくびをした。

 

< ・・ 九州は 博多!! ・・ といえば、

   そう! もう お馴染みの 博多とんこつラーメン!

   今日はこの ラーメン激戦区の中でも

   とりわけ 美味しいと言われる 名店の数々を ・・・ >

 

「 食前酒って ・・ 普通

  ワインとか 日本酒とかじゃないの? 」

 

テレビのリモコンを ちゃっちゃと押しながら、

アスカの 呆れた横槍が入る。

 

「 ん〜にゃ、そーゆー固定概念は良くないわ。

  “その人に一番あったアルコール” が最適なのよ。

  酒は百薬のちょ〜ってね? 昔から日本では言うのよ。 」

 

「 ・・ それ、 なんか違う気がする ・・ 」

 

「 んもぉ! 細かい事は置いといて、

  乾杯しよ! 乾杯! ほら、 アスカ。 」

 

ミサトは騒ぎながら、手にしたエビチュを

ぐぐっと 彼女のほうへ近づける。

 

「 ・・ いったい 何に対しての乾杯なのよ。 」

 

アスカは自分のグラスを持ったまま、

苦笑いを浮かべた。

 

「 ん〜〜・・ とねぇ ・・ 」

 

ミサトが何にしようかと

考え込んでいると、

 

「 ごはんの用意 ・・ できました。 」

 

控えめな声とともに、

台所からレイが現われ ・・

 

「 机の上 ・・ 空けてよ、アスカ。 」

 

料理の盛られた大皿を持ったシンジも、

二人の所にやって来た。

 

 


 

 

・・ 幸い、

 

シンジの熱は あまり高くはなかった。

いわゆる 『 微熱 』 と言うやつだ。

 

( ・・ でも 

  ここんとこ、 なんだか寒くなってきたし、

  風邪が流行っているって ・・

  そういえば ネルフでも 誰かが言ってたっけ ・・ )

 

キュウリの漬物をもぐもぐとやりながら、

ミサトは考える。

 

たとえ微熱でも、

熱があることには 変わりない。

 

日頃 家事とかで 忙しいところに、

最近 急に冷え込んできたから ・・

きっと たまった疲れが出たんだろう。

 

「 ・・・・ 」

 

おまけに 『 少し ぞくぞくする 』 とも

言っていたから ・・ 御飯を食べ終わったら、

早く寝たほうがいい。

 

微熱は 言わば 『 兆候 』 だ。

すぐに ドッと 高熱が出る可能性が高い。

 

・・・ ミサトにも今まで、

何度か そんな経験がある。

 

季節の変わり目は、

風邪をひきやすいものだ。

 

「 ・・ 季節 ・・ 」

 

( ・・ 季節 ・・ か ・・ )

 

セカンドインパクトの前 ・・

世界の自然が まだ 狂っていない頃、

 

四季が一番明確に ・・

きちんと 感じられたのは、

世界でも 日本くらい ・・・ だったそうだ。

 

もっとも、

子供だった 彼女には、

その頃の記憶は あまり残っていない。

 

少なくとも、セカンドインパクトからずっと、

・・ 日本は 夏だった。

 

でも、

最近 気温の低い時期が 1年に1度 ・・

訪れるようになった気がする。

 

それが 冬の寒さの名残なのか、

秋の名残なのか・・ 詳しくはわからないけど、

 

地球は もしかすると、

徐々に元に戻ってきているのかもしれない。

 

まるで 回転しているコマが、

1度大きく傾いても ・・

 

また 垂直に立ちあがるように。

 

 

 

「 ・・ ? ・・ 

  ・・

  ・・・ どうしたんですか?

  ・・・・・・・・・ ミサトさん ・・ 」

 

さっきから、ボーっと

自分の方を見ながら 動きを止めているミサトに、

シンジが 居心地悪そうに問いかけた。

 

「 ん? あ

  ・・・・ 別に ・・

  ・・ なんでもない。 」

 

呼ばれて我に返ったミサトは、

お茶碗を持ったまま ・・

 

「 ・・ ただ ・・

  シンちゃんの顔に見とれてただけよ。 」

 

余計な一言を付け加えて

片目を閉じる。

 

「 な ・・ 何言ってるんですか ・・ 」

 

・・ 四六時中

こんな調子でからかわれているのに、

シンジにはまったく “免疫” が出来る様子が無い。

 

「 ふぅ ・・ 」

 

いつもなら

ミサトに険しい視線を送るハズのアスカは、

相変わらずの 純朴少年を見ながら

深い溜息をついた。

 

今夜の献立は 中華風味。

 

野菜のオイスター炒めと

中華風のスープと ・・

海老の 鬼殻焼き(おにがらやき)

もちろん レイには 代わりにアスパラなどいろいろ。

・・ レモンをちょっとかけて頂く。

 

他にも ネギを ぶつ切りにしたものを、

ほどよく焦げ目ができるまで フライパンで炒めて、

味付けに みりんと 醤油と 砂糖を少々。

 

言うなれば “スキ焼のネギ” だ。

 

ミサトは基本的に 何でも “美味しい” という。

本当に味がわかっているのかどうか、

判断がつかないのだが ・・

シンジが美味しくないモノを作らないので

そこらへんの事は 未だに謎だ。

 

レイも右に同じ。

食べるスピードは あまり速くは無いが、

丁寧に ・・ きちんと、 残さず食べる。

最近では 味付けの方法なんかを

シンジに質問しながら 至福の食事時だ。

 

アスカは基本的に

シンジの作るものならなんでも好きだが、

和食や 中華は ドイツにいたので あまり馴染みが無い。

それ故、 食べた事の無い料理だと 特に喜ぶ。

 

もっとも ・・ そんな うれしそうな顔が見たくて、

シンジは最近、 苦労しながら

新しい料理に チャレンジしているのだが ・・

・・ それは 今の所ナイショだ。

 

とにもかくにも、

料理の味に 反比例するかのように ・・

 

テレビの動物ドキュメント番組で

“ペンギンの子育て” が流れる頃には、

あっと言う間に、 テーブルの上のお皿は

空っぽになっていた。

 

 

「 でもさ ・・

  それでも卵が割れないってことは、

  あそこは全部 柔らかい脂肪ってことなんじゃないの? 」

 

テレビ画面を見ながら、

一本目のエビチュを飲み干したミサトは、

ほぼ 無意識の動作で 2本目に手を伸ばす。

 

「 そーお?

  鳥なんだから ・・ 羽毛なんじゃない? 」

 

アスカとミサトが話しているのは、

『 ペンギンが卵を 足の上に置いて、

  立ったまま 上からお腹で温める行為 』 に ついてだ。

 

なにせ ペンギンの下腹なんて

触ったことがない。

 

卵をつつんでいる あの部分は

どんな感触なのか? が 今の話題だ。

 

・・ すると 突然

 

「 あ!

  そういや、 ウチ

  ペンギン飼ってたんだ! 」

 

すぐそばで アジと 中華スープを、

美味しそうに食べている 温泉ペンギンを見たミサトが、

ぽんと手を叩いた。

 

無理も無い。

 

ペンペンは 飼っていくにつれて

『 もともとはペンギン 』 という事実を

忘れてしまうような 生活をしているからだ。

 

「 ペンペ〜ン♪

  ちょっち 来て。 」

 

「 クァ? 」

 

まだ食べてる途中なのに ・・

という 不満の声を無視して

ミサトが むぎゅっと 彼を抱き上げる。

 

「 ・・ どれどれ? ・・ あ、 ほら!

  他のとこより、 お腹の下のところが

  すごく柔らかいよっ! 」

 

ミサトに持ち上げられたままのペンペンのお腹を

アスカも 確かめるように撫でまわしてみる。

 

「 わ〜〜 ホントだー ・・ 」

 

長い間 ペンペンと付き合ってきたが、

お腹の部分によって 柔らかさが違うことなど

2人とも知らなかった。

 

「 クアァ! クキュー!! 」

 

もっとも ・・ 知的好奇心は結構だが、

観察対象にとっては えらい迷惑だ。

 

「 ・・・・・ 」

 

そんな2人+一匹の騒ぎを横目で見ながら、

一人だけ まだ もぐもぐと御飯を食べていたレイは、

右斜め隣に座っている、

シンジのほうを チラッと見た。

 

「 ・・・・ 」

 

彼は ウーロン茶の入ったコップを

手に持ったまま ・・

テレビを ぼんやり眺めている。

 

「 ・・ ? ・・ 」

 

心なしか、 視線がボーっとして ・・

焦点が合っていないように見える。

 

「 ・・ いかりくん? 」

 

レイは、 そんな彼に向かって

小さく呼びかけた。

 

しかし シンジはその姿勢のまま、

・・ 反応が無い。

まるで 彼女の声が、

耳に届いていないかのようだ。

 

「 いかりくん 」

 

今度は さっきより大きめに、

レイが問いかける。

 

「 ・・・

  ・・ あ ・・ 

  ・・ なに? 綾波。 」

 

今度は気がついたようだ。

シンジは慌てて 彼女の方を向いた。

 

「 ・・・・ 」

 

しかし レイは何も言わず、

一瞬、彼の顔を見つめると ・・

 

「 ・・・ 顔が ・・ 赤い 」

 

そう つぶやきながら、

心配そうな顔で、まゆをひそめる。

 

「 熱が ・・ あるのかもしれない。 」

 

レイは お箸を置くと、

そっと シンジの顔に 手を伸ばした。

 

「 あ ・・ あの ・・ 」

 

シンジの声をまたも無視しながら、

ぺたぺたと 彼の頬や おでこを触ってみる。

 

「 ・・・・ 」

 

手だけでは よくわからない。

・・・ 仕方が無い。

 

「 いかりくん ・・

  じっとしていて。 」

 

レイは 仕方が無いので、

仕方が無く、椅子から身を乗り出した。

 

 

「 でも、ペンペンは オスだからね。

  メスは違うのかもしれないし ・・ 」

 

ジタバタと暴れている

温泉ペンギンを床に降ろして、 解放しながら

ミサトが言う。

 

「 まあね、いろんな種類があるしね ・・

  あ ・・ そうそう! 前から気になってたんだけどさ、ミサト。

  温泉ペンギンの メス ・・ って ・・・

  ・・・  ち ・・ ちょっと  ・・ レイ!! 」

 

チラッと 隣りを見たアスカが、

ギョッとして 大声をあげた。

 

無理も無い。

レイが、ピッタリとシンジの顔に

自分の顔を寄せて ・・ キスをしていたからだ。

 

「 な ・・ なにしてんのよっ! 」

 

もっとも、 アスカの角度から見ると

そう 見えるだけで ・・

触れ合っているのは おでこだけなのだが。

 

「 いかりくん ・・

  さっきより ・・ あつい 」

 

騒いでいるアスカの声など

まったくお構いなし。

 

赤い顔で 熱を計り終えたレイは、

赤い顔のシンジを見る。

 

「 え ・・ そうかな ・・ 」

 

「 ・・

  ・・ うん ・・ 」

 

距離の近い2人は ・・ 

そのままなんとなく

お互いの視線を外せなくなって、

そのまま 見詰め合ってしまう。

 

「 さっき ・・ って ・・

  レイ ・・ あんたまさか何回も ・・ 」

 

一人で誤解しているアスカはさておき、

ミサトはやや 真面目な顔になると

 

「 さっきより 熱いって ・・ 

  ホント? レイ。 」

 

「 ・・ はい 」

 

「 あちゃー ・・ 

  やっぱ 熱出ちゃったみたいね ・・ シンちゃん。 」

 

「 ちょっと ・・ ボーっとします ・・ 」

 

シンジは 小さく笑いながら、頭を掻いた。

・・ 確かに やや調子が悪そうだ。

 

 

( ・・・ なんだ ・・ 熱計ってたのか ・・ )

 

そんな 3人の会話を聞きながら、

とりあえず アスカは、自分の誤解を解く。

 

でも、 やっぱり ちょっと気に入らないので

ふてくされつつ ・・ 

彼女は 隣りに座っている

水色の髪の少女の腕をつかんだ。

 

( ちょっと! レイ ・・ 

  あんたあーやって さっきから 何回も熱計ったのねっ! )

 

熱の話をしている シンジとミサトに聞こえないように、

ひそひそ声で アスカがレイに詰め寄る。

・・ しかし

 

( ・・

  ・・・・ うん )

 

彼女の剣幕など 気にせず、

レイは 恥ずかしそうに ・・

小さくうつむいた。

 

 

「 ん〜〜 ・・ じゃあさ、 シンちゃん ・・。

  とりあえず 歯だけ磨いて ・・ お風呂はやめて

  もう 寝た方がいいかもしれないわね。 」

 

「 ・・ そうですね ・・

  そうします。 」

 

真面目に話す シンジとミサトの脇で、

 

( おのれはっ! おりゃ! )

( うう ・・ う ・・ )

 

レイは アスカに空手チョップを

べしべしと やられている。

 

 

「 ・・ と、なると ・・

  風邪薬が必要よね ・・ 」

 

そんな2人を横目に、

何やら考えていたミサトは

 

「 あ、 シンちゃん ・・ 」

 

洗面所へ行こうと

立ちあがったシンジを呼びとめた。

 

「 なんですか? 」

 

「 ・・ 今日は

  あそこの部屋で寝なさいよ。 」

 

ミサトは 居間の右手奥 ・・

いつもは使っていない、

引き戸の向こうの部屋を指差した。

 

「 ・・・ え? ・・ どうしてですか? 」

 

シンジ達の部屋は 廊下沿いにあり、

ミサトの部屋は 居間の反対側にある。

 

残ったあの部屋は 畳の日本間で、

シンジのチェロとか、

アスカの大きな荷物とかが置かれており、

ちょっとした 物置スペースになっている。

 

確かに あの部屋にも、

作りつけの 黒いパイプベッドが

あったとは思うが ・・・

 

「 忘れたの?

  あの部屋には この家で唯一 ・・

  エアコンがあるじゃない。 」

 

「 あ ・・ 」

 

そう言われればそうだった。

 

この 一応 高級マンションには

あの部屋意外のすべてに行き渡る

空調設備が備えられている。

 

しかし 当然の事だが、

それには クーラー・・ つまり

冷房の機能しか無い。

 

そして あの部屋には

その 空調が通っていないので、

独立した ・・ 一台のエアコンが

備え付けられているのだ。

 

もっとも、

一年中 夏になった この日本では

少なくとも 暖房 などというものは

過去の遺物に成り果てている。

 

それでも 一応 エアコンには

暖房機能が 過去の名残のように

つけられているのだ。

 

「 なんだか最近 夜寒いから、

  ちょっと暖房入れたほうが良いわよ、ね? 」

 

「 ええ ・・ そうします。 」

 

季節の温度差が戻って来たとは言え、

それは ごく最近の話だ。

 

もっとも ・・

このまま行くのなら、

近いうちに 暖房器具も

買わないと いけなくなるかもしれない。

 

「 部屋の準備は後でするから、

  まず 寝る支度だけしちゃいなさい。 」

 

「 はい。 」

 

シンジが 洗面所へ行くと、

ミサトも 席を立った。

 

「 ・・ と、 その前に ・・ 」

 

手にしたまま、

開けていなかった 2本目のエビチュを

冷蔵庫に戻す。

 

いつまでも出しておいたら

ぬるくなってしまうし ・・

今は酔っ払っている場合ではない。

 

( まずは ・・

  そうそう、 風邪薬さがさないと ・・ )

 

キョロキョロと、居間を見渡すミサト。

 

じゃれ合っていた アスカとレイも、

手伝わねば ・・ と 思ったのか、

次々に席を立った。

 

「 え〜っとぉ ・・ 風邪薬、風邪薬 ・・ 

  確かこの中に ・・ 」

 

ハンカチや ティッシュが入った

タンスの 一番下の引出しを開けつつ、

ミサトが中を覗きこむ。

 

「 あれ ・・ 違ったかな? 」

 

アスカも その後ろから

中を覗きこむが ・・

 

「 入ってないじゃない ・・ 」

 

薬箱らしきものは

見当たらない。

 

しばしの間、他の引き出しやら、

タンスやらを引っ掻きまわしていた

アスカとミサトだったが ・・

 

「 ここにあります。

  ミサトさん。 」

 

ふいに 台所のほうから、

薬箱を持ったレイがやって来た。

 

毎日 シンジと一緒に

家の掃除をしているレイにとっては、

この家で わからない事など無い。

 

「 あー、そーよ そこだ そこ。 」

 

ミサトは 頭を掻きつつ、

適当なことを言いながら

レイの持っている薬箱を受け取った。

 

「 どれどれ? 」

 

3人が 興味深げに覗く中で、

だいぶホコリを被った木の箱が

久方ぶりに 開けられた。

 

「 胃薬 ・・ 」

 

「 目薬 ・・ 」

 

「 バンソウコウ ・・ 」

 

「 ロクなものが入ってないわね ・・ 」

 

次々と取り出しながら、

アスカが悪態をつく。

 

「 これ ・・・

  すべて期限が切れているわ ・・ 」

 

胃薬の箱を手にとって

眺めていたレイがつぶやいた。

 

きっと、随分前に適当にまとめ買いをして、

そのまま 薬箱に放りこんで

今まで 綺麗さっぱり忘れていたのだろう。

 

「 この薬箱からも、

  今までのミサトの生活が伺えるわね・・ 」

 

まったく使い物にならない薬達を

箱の中に戻しつつ ・・

アスカが 隣りのミサトに

呆れた視線を送った。

 

「 あ ・・

  あは、 あははは 」

 

保護者としては 立つ瀬が無い。

 

「 んじゃまっ!

  とりあえず 風邪薬の事は置いておいて ・・ 」

 

「 置いとかないでよ ・・ 」

 

話題を変えようとしても、

アスカには通用しないようだ。

 

ミサトは 半ばヤケクソ気味に、

パンと手を叩くと、

 

「 ほらっ! 熱があるんだから

  ここはセオリー通り、

  タオルと 氷と 洗面器と ・・ 」

 

「 タオル?

  ・・ えーっと ・・

  使ってないタオルってどこにあったっけ ・・・ 」

 

ミサトの言葉に、

アスカも気を取りなおして、

再び席を立つ。

 

「 ん〜と ・・ 」

 

また タンスやら 何やらを

ごそごそやり始めた

2人だったが ・・

 

「 全部ここにあります ・・ 」

 

また 台所の方から現われたレイが、

そんな2人に 事も無げに言った。

 

「 へ? 」

 

すでに 彼女の手には、

真新しいタオルと ・・

洗面器の代わりの、

鉄でできた 丸い調理用のボール。

中には 氷水がちゃんと入れられている。

 

「「 あ ・・ あはは ・・ 」」

 

声を合わせて 苦笑いをしても遅い。

 

日頃から、掃除当番をきちんとやっていないと、

家の 何処に何があるのか?

が わからない 良い証拠である。

 

そのまま 静かに

シンジが寝る事にした部屋に、

レイは 手にした用具一式を持って

 

・・・ スゥー ・・ パタン ・・

 

中に入ってしまった。

 

 

「 あ―― ・・ んとぉ ・・ 」

 

ミサトは バツが悪そうに

頬を掻き・・

 

アスカは口をとがらせて、

レイの入った部屋の引き戸を見る。

 

しばし、

無言の2人だったが ・・

 

やがて 顔を見合わせると、

 

 

「 風邪薬でも 買いに行こうか?

  アスカ ・・ 」

 

「 ・・ そーね。 」

 

二人して 苦笑いをした。

 

 


 

 

昔 ・・ 

 

先生の家に 預けられていた頃、

1度だけ ・・ 高熱を出して寝込んだことがある。

 

先生は家にあまりいない人だったし、

ただの風邪だと思ったから、

一人で薬を飲んで 部屋で横になっていた。

 

( ・・・・ )

 

小学校の ・・ 低学年の頃のことだから、

記憶はあまり 残っていない。

 

ただ ・・・

やけに 家が静かだったのを覚えてる。

 

耳が痛くなるくらい 静かな部屋の中で、

ぼんやりと 天井の木目を見ていた。

 

( ・・・ )

 

それまで

一人でいることなんて

平気だったはずなのに。

 

なんだか急に ・・・

ひどく 寂しくなったのを覚えてる。

 

「 母さん ・・ 」

 

なぜだろう ・・

 

目を閉じたら、

母さんの夢が見れるんじゃないかって ・・

 

そう

思っていたような気がする。

 

 

「 ・・・

  ・・・ いかりくん? ・・ 」

 

確認するような、小さな声が

薄暗い部屋の中に流れた。

 

「 ・・ 綾波 ・・ 」

 

熱を吸って 生暖かくなったタオルを

おでこの上に乗せたまま ・・

シンジが 薄く ・・ 目を開けた。

 

カーテンがしっかりと閉じられた部屋。

 

日が落ちた窓からは、

布越しに わずかな星の光が

指し込んで来るだけだ。

 

その 薄い ・・ 青い光が、

ベットの脇に寄り添っているレイの姿を、

ほんの少し・・ 照らし出している。

 

・・晩御飯から数時間後・・

 

どうやら自分は、ぐっすり眠っていたようだ。

 

「 ・・・・ 」

 

とても静かだ。

 

でも 心配そうな顔で、

自分の顔を覗きこんでいる

少女がそばにいるので

寂しさはまったく感じなかった。

 

 

「 ・・・・ 

  ・・ ミサトさんと ・・ アスカは? 」

 

静かな ・・ 他には物音ひとつしない

家の中を不審に思ったのか、

シンジがレイに問いかける。

 

寝て 起きたばかりなので、

声がかすれている。

熱はまだ 少しあるみたいだ。

 

「 薬 ・・ 買いに行ってる ・・ 」

 

少女は シンジの顔を見ながら、

優しく微笑んだ。

 

「 もうすぐ ・・ 戻ってくると思う ・・ 」

 

ささやくように言いながら、

彼女は静かに手を伸ばすと、

シンジのおでこの上のタオルを

手に取った。

 

・・・

時計は9時を回っている。

 

いつもなら、食後のテレビを見ながら

みんなで ワイワイ騒いでいる時間だ。

 

けれども 今日は、

ベッドの脇の ・・ 氷水の入ったボールに、

タオルを浸す音しか聞こえない。

 

「 綾波 ・・

  ・・ ごめんね ・・。 」

 

「 え? 」

 

ふいに つぶやくシンジの言葉に、

タオルを絞っていたレイは 顔を上げた。

 

「 ・・ 夕飯の後片付けもさせちゃったし ・・

  今も ・・ 迷惑かけちゃって ・・ 」

 

言いながら、彼は枕の上の頭を

わずかに動かして ・・

彼女の方を見る。

 

だが、

レイは 慌てて首を振る。

 

「 ・・・・ そんなことない ・・

  ・・ 気にしないで。 」

 

この家に来て、自分が迷惑をかけたと

思うことはあるにしても、

迷惑だなんて思ったことは1度も無い。

 

 

「 ・・・

  ・・ ありがとう ・・ 」

 

タオルを絞る彼女に、

優しい シンジの声がする。

 

ほんのり頬を染めながら、

レイは 中腰になって ・・

ベッドに近づいた。

 

「 ・・・ 」

 

不謹慎かもしれないが、

こうして ・・ 大好きな人の世話をできる事が、

彼女にはとても嬉しかった。

 

彼に いろいろとしてもらうのも、

心が温かくなって ・・ もちろん大好きなのだが、

 

今 感じている幸福感は、

それとはまた違った気持ちだ。

 

・・ もっと もっと

この人の為に何かしたい。

 

そんな思いが、

胸の中を熱くして、

息が苦しいくらいだ。

 

「 ・・・ 」

 

また タオルをおでこに乗せるために、

レイは手を伸ばして ・・

彼の前髪を そっと掻き上げる。

 

白くて 細い指とは裏腹に、

レイの手は とても柔らかくて ・・

暖かい。

 

「 ・・・

  ・・ 母さん ・・ みたいな 感じがする ・・ 」

 

すべて 身を任せ、

彼女にされるがままになっていたシンジが、

ふいに ・・ 目を閉じながらつぶやいた。

 

「 え ・・ 」

 

「 綾波は時々 ・・ 」

 

シンジは そっと目を開けて、

何処か ・・ 夢見るような視線を

驚いた顔の少女に 向けた。

 

「 ・・・・ 」

 

彼の言葉が、ゆっくり ・・

まるで 甘いお砂糖のように、

胸の中に 溶けて広がる。

 

・・ しばしの間、

その 甘美な気持ちを

うっとりと味わっていた彼女は、

 

「 いかりくんの お母さんになれて ・・

  ・・ うれしい ・・ 」

 

そう言って、

 

心の底から幸せそうに

はにかんだ笑顔を浮かべた。

 

 

 


 

 

 

「 寒っむ〜〜〜〜・・ 」

 

マンションの玄関を出て、

大きくて ゆるやかな坂を下る。

 

厚手の白いジャンパーのポケットに、

ぐいっと両手を突っ込み、

アスカは首をすくめた。

 

夜の9時を回った街は、

キンと冷えた空気の漂う

深い青と 電灯の灯りの世界。

 

「 ホントね ・・

  コート着てきてよかった。 」

 

隣りを歩くミサトも、

コートに両手を入れたまま、

眼下に広がる、箱根の街の

夜景を見つめている。

 

コツ ・・ コツ ・・ コツ ・・

 

コンクリートの上に響くのは、

2人の足音以外 ・・ 何も聞こえない。

 

時折 道の両脇に

等間隔に埋められた、

小さな 背の低い街灯のそばを通ると、

その下の草むらに集まっているのだろう

小さな虫の声が聞こえる。

 

この 引っ越したマンションは、

街から少しだけ離れた、

山側の 小高い丘の上にある。

 

だから 街に出るときは、

ゆるやかな ・・ この 広い坂を歩くのだ。

 

「 ・・・・・ 」

 

前には 青い闇の中に浮かぶ光の町。

背中には、 黒くて大きな 山の影。

 

そして 頭の上には、

嘘みたいに綺麗な 夜空。

 

 

冷たい空気と、

心が広くなるような静寂を味わいながら、

2人は そんな空を眺めて歩く。

 

時たま 思い出したように、

風が ・・ 夜の黒い森を

ザアザアと揺すっている。

 

坂を最後まで降りると、

信号がひとつ。

 

“夜間 押しボタン式” だけど、

この街に、 こんな時間に

車なんて一台もいない。

 

きょろきょろと見る。

 

車の音も聞こえない。

 

2人はトコトコと 信号無視。

 

「 でも ・・

  こんな時間に開いてる 薬局なんて

  無いんじゃないの? 」

 

ちらほらと、商店街の光が

見えてきた頃 ・・

思い出したように アスカが言った。

 

「 ん〜 ・・・ 駅の向こうのさ ・・

  あの でっかい ・・ 大手のドラッグストアーなら

  開いてる可能性あると 思ってるんだけど ・・ 」

 

コンビニと 本屋以外

ほとんどシャッターの閉まっている商店街。

いつもと違う 静かな街を見ながら

ミサトが答えた。

 

 

葛城家の 最寄の駅には、

出口がふたつある。

 

どちらかと言うと、

ミサトの家のある 東側のほうが

ビルや商店街も多く、賑やかなのだが ・・

 

このあいだ 駅の反対側に 大手のスーパーが

一大ショッピングモールを建設したので、

その差は 一気に縮まった。

 

光り輝くネオンと、

大型店ならでわの品揃えで、

お客の入りも 上々だ。

 

最近では

その “客の流れ” に目をつけたのか、

他の大手ドラッグストアのチェーン店や、

ファミリーレストランなども作られて、

賑わいを増しているのだ。

 

 

「 ・・ 

  かんぺきに 閉まってるわ ・・ 」

 

 

・・ しかしながら、

いくら 大型店とは言え ・・

ネオンが消え、

シャッターが閉じられた店では

何も買えない。

 

「 ん〜〜〜〜〜〜 」

 

アスカの隣りで、

ミサトも腕をくんで 唸った。

 

「 ミサト ・・ しょうがないよ。

  ・・ 他にドラッグストアってなかったっけ? 」

 

閉店時間が 午後9時と書かれた

シャッターのペンキの文字を見ながら、

アスカが聞くが、

 

「 ん〜〜〜〜〜〜 」

 

ミサトはまたもや唸るばかりだ。

 

 

いつも、 夕方などは

人でごった返している このあたりも、

平日の この時間になると

人影も 数人 ・・

建物が巨大な分だけ、

なんだか とても静かに思える。

 

・・ とりあえず、他にアテも無いので

2人は 来た時と同じように、

駅の中を通って 反対側へと戻り始めた。

 

『 お目当てのモノが買えなかった買物帰り 』

ほど、寂しいものは無い。

 

閑散とした 駅の構内も、

とても寒く感じられる。

 

「 ・・ キヨスクに

  風邪薬って 売ってないの? 」

 

駅の中を見ていたアスカが、

ミサトのコートの端っこを引っ張る。

 

「 売ってないっしょ 」

 

ミサトは言いながら、

思わず苦笑い。

 

この ドイツ育ちの少女は、

もう 今では完全に

日本の生活に慣れているのだが、

それでも時折 ・・

微妙なズレを 覗かせる時がある。

 

「 ん〜 ・・・ ま、

  しょーがないっか。 」

 

とりあえず、単なる風邪だろうから、

薬は 明日になってからでも構わないだろう。

 

もし、明日の朝になっても

まだ凄い熱があるようなら、

 

ミサトがネルフに行くついでに、

車であの子を ネルフの総合病院まで

連れていけば 良いだけの話だ。

 

「 アスカ ・・ 手ぶらで帰るのもナンだから、

  コンビニでも寄る? 」

 

ミサトはそう言って、

隣りの少女に目をやった。

 

・・ しかし、

つい さっきまで

横にいた アスカの姿はそこには無い。

 

「 ん? 」

 

ミサトがキョロキョロとまわりを見ると・・

彼女の すこし後ろで、

アスカが立ち止まって

何やら商店街のわき道の方を見ている。

 

「 どうしたのよ・・ アスカ。 」

 

首をかしげつつ、

ミサトが 彼女の所まで戻ると、

 

「 ね、 ミサト 」

 

アスカは 商店街の街灯が届かぬ、

薄暗い わき道の奥を 指差した。

 

「 あれ ・・ くすり ・・ って漢字じゃない? 」

 

言われるままに、見ると

だいぶくたびれた ・・

中に電球の入った光る看板に、

確かに “ 薬 ” の 文字が書いてある。

 

「 あ、

  ほんとだ・・ 」

 

「 でしょ? 

  ほら ・・ まだ電気ついてるし。 」

 

苦手な漢字が 読めた事が嬉しいのか、

アスカは得意げに言いながら、

足早に そのわき道へと進んだ。

 

「 でも ・・ よく見つけたわね ・・

  こんな隅っこのお店。 」

 

その後ろに 付いていきながら、

ミサトが言う。

 

商店街から 数歩それただけだと言うのに、

このあたりは 薄暗くて、

あまり目立たない。

 

「 たまに シンジと買物に来るのよ、

  ほら ・・ そこのお肉屋さん。 」

 

「 へー 」

 

目をやると、

すでにシャッターが下りた 一軒の肉屋。

 

大通りの商店街の店とは違い、

だいぶ 年季が入っているようだ。

 

「 スーパーで買うより、

  美味しいんだって。

  ・・ この店も、前を通ってたけど ・・

  気にした事なかったから。 」

 

アスカは言いつつ、

その 『 薬屋 』 の前で足を止めた。

 

「 ・・・・ 」

 

お世辞にも “繁盛している” とは

言えない雰囲気だ。

 

一昔 ・・ いや 二昔前の 電灯看板には

禿げかかった 『 薬 』 の文字。

 

入り口のガラスドアの横には、

だいぶ黒くなった 大きなカエルの

プラスチック人形が、 昔の面影のままに

立ち尽くしている。

 

「 ひさびさに見たわね ・・

  この人形 ・・ 」

 

ケロちゃんだか、

ケロヨンだか言う名前だったと思う。

 

少なくとも、 ミサトにすら

『 懐かしい 』 と 思えないほど、

昔の時代のキャラクターだ。

 

ガラスには 薬の商品名と、

今では とんと見なくなった

タレントが写されたシールが張られている。

 

どれも日にやけて、

色が落ちてしまっている。

 

この すべてが電子化 ・・ 

機械化された町に、

こんな昔ながらの

“町の薬屋さん” があるというのは

・・ 何か不思議な感じがする。

 

繁盛していない様子なのも 無理は無い。

普通の客は 駅の向こうの ドラッグストアーに行くだろうし、

この町にはただでさえ、巨大な

ネルフの総合病院もある。

 

恐らく ・・ この店は、

ここが 第三新東京市になる前 ・・

『 観光地の箱根 』 として

存在していた頃からあるお店なのだろう。

 

 

チリン ・・ リン ・・

 

店の前で立っていても仕方ない。

ミサトは とりあえず ガラスのドアを開けて、

中に足を踏み入れた。

 

「 あの〜 ・・ ごめんください。 」

 

その 後ろから、

アスカも 恐る恐る店の中に入る。

 

「 ・・・ 」

 

派手なネオンの、むやみに明るい

近頃のコンビニなどの店に

目が慣れてしまった2人には、

 

蛍光灯で照らされた 店の中は

なんだか 冴えない色に見える。

 

「 ・・・ 」

 

店の中は それほど広くない。

トイレットペーパーや ・・

入れ歯安定剤などが目に付く、

ごくごく普通の 薬屋さんだ。

 

( ・・ 案外 平気かもね ・・ )

 

正直言って 『 大丈夫かな? この店 』 と

思っていたミサトだったが、

この “うらさびれた薬局” は、

その雰囲気とは裏腹に ・・

どうやら きちんとしている様子だ。

 

何故なら、

置かれている商品は新しそうなものばかりだし、

棚や ショーケースも 綺麗に掃除されていて ・・

ホコリひとつ被っていない。

 

 

「 はいはい ・・

  いらっしゃいませ。 」

 

その時 ・・ レジの奥から、

ゆっくりとした声がして ・・

 

人の良さそうな、

お婆さんが 一人・・ 現われた。

 

たぶん 薬局の奥が、

家になっているのだろう。

昔の店ならでわの構造だ。

 

「 あのぉ ・・

  解熱剤か、風邪薬が欲しいんですけど ・・ 」

 

70 ・・ いや、もう少し上かもしれない。

白い かっぽう着みたいなものを着た

そのお婆さんは、 ミサトを見上げながら

ニッコリと 笑った。

 

「 風邪薬ね ・・

  ちょっと待っててくださいね。 」

 

「 はい 」

 

なんだか 自分まで

つられて笑顔になってしまう。

 

「 今年の風邪は ・・ え〜っと ・・

  これのほうが 良いわね。 」

 

お婆さんは レジの奥の棚に並んだ

沢山の薬の中から、

あれこれと 独り言を言いながら、

その中のひとつを 選び出した。

 

「 これは 少し強めの薬なんだけど ・・

  今年の風邪は このくらいのほうが

  良く効くハズだから。 」

 

「 ・・ ええ ・・ じゃあ

  それをひとつ お願いします。 」

 

ミサトと お婆さんが

そんな会話をしている後ろで、

アスカは興味深そうに

店の中を見まわしている。

 

 

「 どなたか ・・

  急に風邪でもひかれたんですか? 」

 

薬の箱を 丁寧に紙で包みながら、

お婆さんはミサトに聞く。

 

やはり こんな時間のお客さんは

珍しいのだろう。

 

「 ええ ・・ まぁ ・・

  薬を切らしていたもんで ・・ 」

 

頭を掻きつつ ミサトは笑う。

 

「 最近は 急に冷え込んで来たから ・・

  ・・ おや ・・ こっちのお嬢さんは ・・ 」

 

顔を上げたお婆さんは、

ミサトの隣りに立っていた アスカの顔を見ると、

少し 驚いたような表情になった。

 

「 ? 」

 

何のことだかわからないアスカは

目をぱちくりさせて お婆さんを見る。

 

・・ すると

 

「 もしかして ・・ 具合が悪いのは、

  あの男の子? 」

 

お婆さんは急に、

そんなことを言い出した。

 

「 ・・・ 」

 

思わず 顔を見合わせる

ミサトとアスカ。

 

「 知ってらっしゃるんですか? 」

 

「 ええ ・・ もちろんですよ。

  ・・ そこのお嬢さんと ・・ 

  もうひとりの女の子と3人で

  ・・ いつも買物に来る。 」

 

お婆さんは アスカを見ながら

嬉しそうに笑う。

 

「 この商店街で、

  知らない人はいませんよ。 」

 

「 ふふ ・・ 有名人じゃない! アスカ ♪ 」

 

「 な ・・ なによぉ ・・

  いーじゃない 別に。 」

 

冷やかされて、アスカはむくれる。

 

何だかんだ言ったところで、

やはり 仲良く3人で買物に来る中学生は

かなり珍しいのだろう。

 

もっとも、 ワイワイと騒がしいから

有名なのかも知れないが ・・

 

「 あ ・・ そうそう ・・

  風邪ならねぇ ・・ 」

 

ニコニコと笑いながら

アスカを見ていたお婆さんは、

そう 言いながら ゆっくりと歩いて、

レジの奥 ・・

家の方へと 入って行った。

 

「 ? 」

 

残された二人が、なんだろう?と

顔を見合わせていると ・・

 

やがて 

ゴソゴソと、何やら

白いビニール袋を持って、

お婆さんが戻って来た。

 

「 これ これ ・・

  これを 持って行きなさい。 」

 

お婆さんは言いながら、

その ビニール袋を

アスカの前に差し出す。

 

「 え ・・ 」

 

中にあるのは ・・

・・ 赤いリンゴだ。

 

大きなリンゴが、

かなりの数入っている。

 

「 ・・ 美味しいリンゴでも食べて

  暖かい飲み物でも飲んで、

  よく眠れば ・・ すぐに治りますよ。 」

 

お婆さんは優しく笑う。

 

「 でも ・・ 悪いです、

  ・・ こんなに沢山 ・・ 」

 

気持ちは嬉しいが、

アスカは困った顔で お婆さんの笑顔と、

ビニール袋を交互に見た。

 

「 いいのよ、気にしないでも・・

  ・・ いえね?

  東北に嫁いだ娘から ダンボールにいっぱい

  毎年送ってくるの ・・ そんなに沢山いらないって

  いつも言っているのに ・・ 親孝行のつもりみたいで・・ 」

 

お婆さんは 優しい声で、

自分の娘と・・

孫くらいの歳の・・ 2人のお客に言う。

 

「 季節がおかしくなって ・・・

  もう 随分経つけれど、

  このリンゴは とっても美味しいのよ。 」  

 

しかし どう考えても この量では

買った薬より リンゴの値段の方が

高くついてしまう。

 

けれど ・・

 

「 おじいさんと 私の2人じゃ

  結局 食べ切れないから ・・ ね。

  余り物で 悪いんだけど・・。 」

 

お婆さんの話を聞いていたミサトは、

 

「 じゃあ ・・ お言葉に甘えて。 」

 

そう 答えると、

アスカに 向かって、小さく頷いた。

 

お婆さんの シワだらけの手から、

ビニール袋を受け取ったアスカは、

 

「 ・・ ありがとうございます。 」

 

とても嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

「 ・・・・ 」

 

薬屋さんを出た

帰り道 ・・

 

財布に

風邪薬のお釣りを仕舞ったミサトは、

黙って ・・ 自分の手を見た。

 

そう言えば ・・

人の手から お釣りをもらったのなんて

・・ ひさしぶりだと思う。

 

最近は、本屋でも コンビニでも

レストランでも なんでも

あらゆるお店の支払いは

1枚の マネーカードで用が足りる時代だ。

 

カードを レジに通すだけで、

自動的に 支払いが済むので

お釣りなんてものは 存在しない。

 

・・ でも

あの薬屋さんには、

昔ながらの レジしか無かった。

 

もちろん、ミサトの財布には

紙幣や 硬貨が入っているスペースもあるのだが、

ここのところ 滅多に使わない

“おまけ” みたいなものになっていた。

 

「 ・・・・ 」

 

人の手からもらう、

ほのかに暖かい ・・ お金。

 

なんだか

とても懐かしい気持ちになる。

 

そう言えば、

お店の人と 会話する事も、

近頃では 滅多に無い。

 

コンビニや 本屋では、

無人で ・・ 機械で支払う店が

多いくらいだ。

 

( あーゆーのを ・・

  下町の触れ合いとかって ・・

  ・・・ 言うのかな。 )

 

てっきり、

今では ・・ 昔の漫画や

小説の中でしか 知り得ないモノだと

思っていた。 

 

商店街を抜け、

ゆるやかな坂を登る頃になると、

宝石を撒いたような夜空は

ますます 綺麗に見えてくる。

 

「 ・・

  ・・・ よかった  」

 

隣りを歩いている

リンゴの入った袋を下げたアスカが、

そんな夜空を見上げて

ふいに つぶやいた。

 

「 ・・ なにが? 」

 

ミサトの声に、

アスカは しばらく考えた後 ・・

 

「 ・・ わかんない ・・ 」

 

そう言って、笑った。

 

「 ふふ ・・ 」

 

・・ 意味はぜんぜんわからない。

 

わからないけど

なんだか 笑みがこぼれる。

 

心の中が暖かい。

 

 

帰り道は

もう 寒くなかった。 

 

 

 


 

 

「 いいのよっ!

  あたしが貰ってきたんだから、

  あたしの好きなように剥くのっ! 」

 

「 でも ・・ それでは

  食べるところが無くなってしまうわ ・・ 」

 

「 う ・・ 」

 

何やら 引き戸の向こうから、

声が聞こえる。

 

ゆらゆらと

眠りの海を漂っていたシンジの意識は、

ぼんやりと浮上した。

 

( ・・・ )

 

薄く目を開けると、

先ほどと変わらない 電気の消えた部屋。

 

あれから どのくらい経ったのだろう?

 

レイが取り替えてくれたタオルも、

また だいぶ暖かくなってしまった。

 

「 ・・ ? ・・ 」

 

意識がはっきりするにつれ、

シンジは 自分のそばに人の気配を感じて ・・

顔を横に向けた。

 

「 ・・

  ・・・・ ミサト ・・ さん? 」

 

すると、いつからそこにいたのか

ベッドのへりに 両腕をついたミサトが

目を細めて じっと 彼を見ていた。

 

「 あ ・・・ 

  やっぱり起きちゃったね ・・ ごめん。 」

 

「 ・・ いえ ・・ 」

 

そう 言いながら、

しばらく シンジも

彼女の顔を見ていたのだが・・

 

「 ・・・・ 」

 

いつもなら 決まって何か言うのに、

今日のミサトは 黙ったまま ・・

じっと 自分を見つめるばかり。

 

「 ・・・ 」

 

なんとなく 気恥ずかしくなって、

思わず シンジは視線を泳がせた。

 

彼の その仕草に、

彼女はくすっと笑うと

 

「 あ ・・ そうだ。

  薬 ・・ 買ってきたけど、

  ・・ 飲める? 」

 

言いながら、

自分の足元の袋を

ごそごそやり始めた。

 

「 はい ・・ 

  すいません ・・ いろいろと ・・ 」

 

自分のせいで、こんな夜遅くに

買物に行かせてしまったのだ。

家族だとは言え、やはり心苦しい。

 

「 ふふ ・・

  何バカな事言ってるのよ・・

  当たり前でしょ? そんなの。 」

 

ミサトは薬の箱を開け、

中から パックされた 2錠の錠剤を取り出す。

 

「 えーっと? ・・ 食後に服用 ・・ っと

  ・・ ん〜 ・・

  晩御飯から随分時間経ってるし・・

  お腹に何か入れて、その後で

  薬は飲んだほうがいいから ・・ 」

 

ミサトは 言葉を止めると、

背後の引き戸を 指差しながら、

楽しそうに笑った。

 

「 今ね アスカが自分でリンゴ剥くって

  騒いでるでしょ?

  それ 食べてから これは飲もうね。 」

 

 

「 包丁を動かすより、

  リンゴを動かすようにして ・・ 」

 

「 あー!もー!

  あんたはあっちで テレビでも見てなさいっ! 」

 

 

引き戸の向こうから聞こえる声に、

シンジも 思わずくすくすと笑う。

 

姿が見えなくても、二人で何をしているのか

手に取るようにわかる。

 

「 ・・ あの子達も

  悪気があって騒いでるわけじゃないのよ ・・ 」

 

氷の入ったボールに、

シンジのおでこに置いてあった

タオルを浸しながら、

ミサトが優しい声でつぶやいた。

 

「 ・・ ええ ・・

  ・・ わかってます ・・ 」

 

再び 枕に頭を沈めたシンジは、

天井を見上げながら 肩の力を抜いた。

 

自分が熱を出しただけで、

こんなにも 大騒ぎになるなんて

思ってもみなかったけれど ・・

 

それが逆に、

なんだか とても嬉しい。

 

もう 自分が一人ではないと、

・・ 確認できたようで。

 

「 ま、 ・・ お目当ての男の子が

  風邪をひいたなんて ・・

  これぞ まさに

  恋する乙女の 正念場だからね。 」

 

タオルをきつく絞りながら、

ミサトが楽しそうに言う。

 

「 ・・ ただ 

  面白がってるだけだと思いますけど・・ 」

 

ベッドの上のシンジは、

苦笑いをしながら 答える。

 

「 あら、それは違うわよ? ・・ 

  アスカも 自分の女の子らしいところを・・

  シンちゃんに 見せたいのよ。 」

 

 

「 ・・ そうなんですかね ・・ 」

 

 

「 きっと そうだと思うよ ・・ 」

 

 

ミサトは立ちあがると、

シンジのおでこの上に、

ひんやりと冷たいタオルを置いた。

 

「 だったら ほら ・・ 言ってあげなきゃ。

  アスカも こんなにいろんなことができるんだね ・・

  知らなかったよ ・・ って。 」

 

ミサトはニヤリと笑いながら、

寝ているシンジの頬を 指でつついた。

 

「 でも ・・・・

  ・・ きっと

  あたりまえだって 怒ると思いますよ? 」

 

引き戸に手をかけて、

部屋を出ようとしている ミサトの背中に、

シンジが 小さく笑いながら言う。

 

すると ・・ 振りかえった ミサトは

 

「 赤くなりながらね。 」

 

そう言って 片目を閉じた。

 

 

 

 


 

 

 

「 リンゴ ・・

  ・・ 食べる? 」

 

ミサトが出て行ってから

十数分後 ・・

 

静かに開けられた引き戸から、

お皿を片手に持ったアスカが

もう 顔を赤くしながら

部屋の中に入って来た。

 

「 ・・ 薬屋さんで

  もらって来たんだって? 」

 

ベッドの上に 起きあがり、

シンジは彼女の方を見た。

 

「 ・・

  ・・ アスカが剥いてくれたんだ。 」

 

手渡された 白いお皿の上の

リンゴ ・・ らしき物体を見ながら、

シンジが さも 意外そうに言う。

 

アスカがこの家で、

自分から包丁を持った事など

片手で数えるほどしか無い。

 

「 あ ・・ あたしが貰ってきたものだから ・・ 」

 

恥ずかしいのか、

アスカはそっぽを向きながら、

もごもごと 何やら言い訳をしている。

 

そんな彼女を横目に、

シンジは ようじをつまむと、

さっそく 彼女 お手製のリンゴを持ち上げた。

 

「 ・・・・ 」

 

普通ならば リンゴは

三日月形 ・・ もしくは

皮を残して ウサギ形にするのが

一般的だ。

 

しかし、皮といっしょに 身まで切り落としてしまったのか ・・

はたまた バランスの悪いカタチを

修正しようとして やりすぎたのか ・・

 

シンジの手の中のリンゴは、

どちらかというと まんまる ・・

ところどころ 皮の残りがついた

小ぶりなジャガイモみたいになっている。

 

「 ぷっ ・・ 」

 

その あまりの可愛らしいカタチに、

シンジが思わず 小さく吹き出した

 

「 わっ ・・ 笑うことないでしょ! 」

 

平静を装いつつも、

内心は ドキドキだったアスカは、

そんな彼のリアクションに

当然真っ赤になった。

 

「 どうせ へんなカタチよっ!

  いらないなら アタシが食べるわよっ! 」

 

彼女は 色白の肌を赤く染めると、

そう言いながら、

シンジの持っているお皿に

手を伸ばす。

 

しかし シンジは笑いながら、

さっと お皿を引っ込めて

その手をかわすと、

 

「 いらないなんて言ってないよ。

  それに ・・ カタチは関係無いよ。 」

 

ニッコリと

アスカに笑いかけた。

 

「 アスカが剥いてくれたって事が

  凄くうれしいよ。 」

 

・・ボッ!!

 

・・ 

時たま この少年は、

こんなセリフを 突然言う時がある。

なんの脈略も無く ・・ いきなりだ。

 

おかげで いつもアスカは

心の準備が出来ない。

 

「 な ・・ な ・・ な ・・・

  なに うまいこと言ってんのよ! 」

 

「 え? ・・ うまいことって? 」

 

おまけに 本人はまるで

自分の発言に対して 自覚が無い。

 

つまり キザなセリフを言っているのではなく、

シンジの場合 ・・ 本当に

本心から ・・ そう 思っているのだ。

 

「 ・・・ 」

 

だから 余計にタチが悪い。

 

うれしくなってしまって、

アスカは怒るどころか

耳の先まで 赤くなってしまう。

 

・・ それに

そんな自分を見られるのも恥ずかしくて、

もう 顔を上げる事もできない。

 

「 ・・ 別に お世辞じゃないよ。

  本当にそう思ったんだ。 」

 

シンジは ようじの先の、

いびつなボール形のリンゴを

嬉しそうに見る。

 

「 ・・ だって、

  アスカの作ってくれたもの 食べるの

  これが始めてだからね。 」

 

「 ・・!・・ 」

 

彼の言葉に、

ハッとなったアスカが顔を上げると、

丁度 シンジがリンゴを口に入れたところだった。

 

 

 

「 お ・・

  ・・・・・・ おいしい? 」

 

心配そうに、彼の顔を盗み見ながら

アスカが聞くと

 

「 うん。

  おいしいよ。 」

 

シンジはもぐもぐと

リンゴをほおばりながら

満足そうに 頷いた。

 

 

剥いた人によって

味が変わるわけではないが・・

 

アスカとミサトがもらってきたリンゴは、

確かに 蜜が多く ・・

とても甘くて 美味しかった。

 

ほどなくして

シンジの手にしたお皿からも、

綺麗にリンゴは無くなっていた。

 

アスカは 水の入ったコップも

持ってきてくれていたので、

シンジは 薬を飲んで

また ベッドに身を沈めた。

 

 

「 音楽なんて聞いてないで ・・

  早く寝なさいよ。 」

 

「 うん 」

 

薬には 解熱剤も入っているので、

すぐに 熱も下がって落ちつくだろう。

 

アスカは お姉さん的な口ぶりで言いながら、

空になった お皿を持って

静かに立ちあがった。

 

「 おやすみ ・・ シンジ。 」

 

引き戸の横にある

電気のスイッチが消される。

 

「 ・・ おやすみ アスカ。 」

 

薄い 青の闇に包まれた部屋の中。

シンジは アスカの背中に答えた。

 

・・ しかし、

 

「 ・・・ 」

 

引き戸を開けて、

部屋を出ていくはずのアスカは

電気のスイッチに手をかけた姿勢で、

その場に立ったまま ・・

じっと 動こうとしない。

 

「 ・・ ? ・・ 」

 

薬も飲んだし、 ・・

もう 何もすることは無いはずだが・・

 

シンジが 首を傾げつつ、

ベッドの上から

アスカの黒い影を見つめていると、

 

「 ・・・ 」

 

静かに その影は

再び シンジのベッドに近づいて来た。

 

「 ・・ アスカ? 」

 

彼の声に答えず、

少女は ベッドの脇に立つと

わずかに身を屈めて ・・

シンジのおでこのタオルに

手を伸ばした。

 

「 あ ・・ さっきミサトさんが

  変えてくれたばかりだから ・・

  まだ いいよ。 」

 

シンジは 優しい声でそう言ったのだが・・

アスカは まるでその声が聞こえないように、

タオルを手に取って、どかしてしまった。

 

「 え ・・ 」

 

思わず シンジが声をあげる。

 

次の瞬間 ・・

アスカの影が

彼の視界をすべて覆い隠し

 

「 ・・・ ん ・・ 」

 

唇に、

暖かくて 柔らかいものが

そっと 押しつけられた。

 

( ・・・・ )

 

頭の中が白くなり、

体の動きが すべて止まる。

 

それと同時に、

アスカの匂いが わずかに鼻をくすぐり、

タオルで濡れたおでこに、

柔らかい少女の前髪が重なった。

 

 

 

 

ほんの一瞬の出来事。

 

アスカは 暖かなぬくもりを

彼に たくさん分け与えると ・・

 

静かに 体を起こした。

 

「 あ ・・ あの ・・ 」

 

まるで 刹那の夢から覚めたように、

シンジが 言葉を詰まらせる。

 

「 熱 ・・ 

  はかっただけよ ・・ バカ。 」

 

ささやくような・・ 彼女の

優しい声とともに、

 

シンジのおでこに、

再び 冷たいタオルが乗せられた。

 

「 ・・・ 」

 

青い暗闇の中で、

アスカの影が遠ざかる。

 

・・ 暗くて良かった。

 

もし 部屋の電気を

消していなかったら ・・・

とても こんな真っ赤な顔を

シンジに見せられないだろう。

 

 ・・・ スゥー… ・・・ パタン。

 

優しい音を立てて、

引き戸が閉められる。

 

部屋の中には 小さなエアコンの音以外・・

何も聞こえなくなった。

 

 

「 余計 熱が出ちゃうよ ・・ 」

 

シンジは 赤い顔を隠すように、

描け布団を口元まで 引き上げた。

 

 

 

 


 

・・・

 

引き戸を開けて、

部屋から出てきたアスカの顔は ・・

まるで 茹でたてのタコのようだった。

 

「 ・・・・ 」

 

自分の中の 恥ずかしさと戦っているのか、

首や ・・ 両手まで赤くなっている彼女は

歯を食いしばって にやける顔を抑えている。

 

「 ぶっ! 」

 

何があったのか?

なんて 聞くまでも無い。

 

あまりにも素直で 単純な少女の姿に、

ソファーに座っていたミサトは

思わず吹き出した。

 

「 なにがおかしーのよっ! 」

 

「 いや! なんでもないっす! アスカさん。 」

 

笑いながら ぶんぶんと手を振るその態度が、

アスカの神経を逆なでしまくりだ。

 

「 むきーっ!! 」

 

リンゴのお皿を 机の上に放り出すと、

アスカは ソファーでゲラゲラと笑っている

29歳の独身女性に飛びかかった。

 

「 なーによっ! アスカ!

  なんにも言ってないじゃないっ! 」

 

「 うるさいっ! うるさああーいっ!! 」

 

「 ふぅ ・・ 」

 

目の前で ドタンバタンと

プロレスをやっている二人を尻目に、

 

レイは 『 折原みと全集 』 と

書かれた漫画から目を離さず、

小さく溜息をついた。

 

 

ちなみに 少女漫画の流通源は、

すべて 洞木委員長からだ。

 

彼女から アスカに渡り、

アスカから レイに渡る。

 

余談だが、

3人そろって 趣味が似ているのか・・

恋愛モノが大好きだったりする。

 

「 はぁ ・・ はぁ ・・ と・こ・ろ・で! 

  シンちゃんに誉められて、

  幸せ絶頂なとこ 悪いんだけどさ、」

 

「 こっ! ・・ この口かっ!

  この口が言うのかっ! 」

 

アスカはもがきながら 攻撃を続けるが、

ミサトには あまり くすぐり攻撃が効かない。

飛びかかっても、逆に くすぐりに弱いアスカは

返り打ちに合う事もしばしだ。

 

「 ねっ! アスカ! こらっ! 聞きなさいっ!

  ・・ 今日どーすんの? 寝る部屋!

  風邪うつるから

  シンちゃんと一緒は 流石にマズイっしょ。  」

 

ミサトの言葉に、

 

「 あ ・・・ 」

 

四の字固めもどきをかけていた

アスカの動きが止まる。

 

・・

 

彼女とシンジが

一緒の部屋で眠りにつくのは、

もう 1年近く続く 日課になっている。

 

退院した後 ・・

アスカは 一人で眠ると、

恐ろしい夢を見るようになっていた。

 

シンジが アスカの側にいるのは

彼女の心の傷を 広げないための行為だ。

 

けれど、 今となっては

最初の理由が何だったのかを、

忘れてしまうくらいだ。

 

 

「 ・・・・ 」

 

少し 元気が無くなり、

黙ってしまった アスカを前に ・・

 

ミサトも、漫画を読んでいたレイも

無言で彼女を見つめた。

 

一瞬の静寂が、

部屋の中を包む。

 

・・ しかし、

 

「 あ、でも ・・

  このあいだの旅行の時も

  大丈夫だったのよね ・・ 」

 

ミサトが突然 思い出したように、

そう言った。

 

「 ・・ あ ・・・

  あの時は ・・ 」

 

その途端、

アスカの顔が 先ほどと同じく ・・

カーッと 燃えあがるように赤くなった。

 

( へへ〜 ・・

  やっぱりねぇ〜 )

 

耳の先まで赤くなった彼女を見ながら、

ミサトはニヤリと笑うと、

 

「 あ〜 そっかそっか。

  あの時はシンちゃんが “アレ” をしてくれたから、

  大丈夫だったのか ・・ 」

 

事も無げに、

軽い口調でそう言いつつ

何度も頷いた。

 

だが、アスカは ガバッと顔を上げると、

 

「 ち ・・ ちょっ!

  ミサト! 」

 

そのまま 身を乗り出して

彼女に食ってかかった。

 

「 あ ・・ あ ・・ あんた!

  なんで知ってんのよっ! 」

 

アスカの脳裏に、

あの時の シンジの声と ・・ 行動が

昨日の事のように蘇ってくる。

 

今になっても、

暴れ出したいくらいに 恥ずかしい。

 

けれど、

あの出来事を知っているのは、

自分と シンジと ・・ あとは

ヒカリだけのハズだ。

 

( でも ・・ 

  ヒカリにはちゃんと話してないし ・・ )

 

ミサトに ヒカリが告げ口したとも考えられない。

だからと言って、 シンジがあんな事を

ミサトに言うだろうか?

 

・・ だが、

 

「 うひょー! えっ! 図星!?

  やっぱ シンちゃんになんかしてもらったんだっ! 」

 

アスカは完全に、

策士の策にかかってしまったようだ。

 

「 ぐっ! 」

 

「 え〜! なになに!

  教えて 教えて! 

  旅先の夜のアバンチュールをっ! 」

 

「 殺すっ! 」

 

恥ずかしさと 怒りで

顔をトマトにしたアスカは再び彼女に飛びかかる。

 

ミサトは そんな彼女をからかいながら

部屋の中を ゴロゴロと逃げ回る。

 

呆れ果てたのか、

再び漫画に目を落としたレイが、

 

 

「 2人とも・・

  静かにしないと、 碇君が起きてしまうわ。 」

 

小さく溜息をついた。

 

 

 


 

 

 

チャプン ・・

 

「 ふあぁ〜 ・・ あ 」

 

お湯の音と、

盛大なあくびが

 

白い湯気に煙る

バスルームの中でこだまする。

 

 

なんだかんだ ・・ いろいろあったおかげで、

ミサトがお風呂に入ったのは、

もう 日付が変わった時間だった。

 

 

チャプン ・・

 

 

お風呂は好き。

 

けれど ・・

 

・・ 高校を卒業するまでは、

嫌いだった。

 

 

鏡の前に座って、

自分の体を見るたびに、

 

頭の奥のほうの、

とても痛い記憶が・・

目を閉じても 蘇ってきた。

 

修学旅行なんかで

誰かと一緒に 入浴しなくてはならない時も、

わざと 時間をズラしたりして ・・

避けていた記憶がある。

 

 

「 ・・・・ 」

 

シャンプーのボトルを持ったまま、

ぼんやりと ・・

鏡の中の裸の自分を見ていたミサトは、

 

ふと 我に返って、

髪を洗う手を 再び動かした。

 

 

・・ この 傷跡を見られるのも

嫌だったけど、

 

それについて

質問されるのも苦痛だった。

 

・・ 何故、

こんな傷を 私が負ったのか。

 

・・ 何故、

父は死んだのか。

 

・・ どうして 

母さんは

悲しまなければならなかったのか。

 

 

私には 何一つ、

答えられなかった。

 

・・ 大人は誰も ・・

教えてはくれなかった。

 

・・・

だから ・・ 

自分で探すことにした。

 

 

私が 南極で、

ただ一人 生き残った意味を。

 

 

「 ・・・・ 」

 

濡れた髪を 適当に拭いて、

バスタオルを巻く。

 

このあいだ シンジが新しく買って来てくれた

長袖の 薄いブルーのパジャマを着たミサトは

脱衣所を出て、 居間に入った所で ・・

 

「 ありゃま ・・ 」

 

電気がついて・・ テレビの音も聞こえるのに、

変に静かだった理由を発見した。

 

「 ・・・・ 」

 

アスカは ソファーに身を沈めて、

 

「 ・・・ 」

 

レイは テーブルに突っ伏して、

 

2人とも、

すでに小さな寝息を立てていたのだ。

 

「 ・・ たまに 変わった事があると

  すぐにこれだ ・・ 」

 

くすくすと 笑いながら、

ミサトは小声で言う。

 

大人びて見える時があっても、

やっぱり 彼女達は 15歳の子供だ。

 

あーだこーだと大騒ぎをしたから、

きっと 疲れて眠くなってしまったのだろう。

 

「 ・・・・ 」

 

音を立てないように、

静かに近づくと ・・

 

テーブルの上のリモコンを拾い上げて、

テレビのスイッチを切る。

 

「 ・・・・・ 」

 

顔を覗きこんでも、

どうやら 本格的に・・

ぐっすり眠ってしまったようだ。

アスカもレイも、一向に起きる気配が無い。

 

いくら子供だとは言え、

2人を部屋まで運ぶ事はできない。

 

・・ 起こしても良いのだが ・・

こんなにぐっすり眠っているのを見ると

なんだか 可愛そうな気がしてくる。

 

「 ・・

  ・・ やれやれ ・・」 

 

こうなったら仕方が無い。

ミサトは 居間の電気を静かに消すと、

 

「 センチメンタルを 気取る暇も無いじゃない・・ 」

 

笑いながら肩をすくめて、

 

彼女達の部屋から、

掛け布団を数枚持ってきて、

2人に掛けてあげることにした。

 

 

 


 

 

「 ・・・すぅ ・・ すぅ ・・・ 」

 

幸い アスカが眠っているのは

背もたれを倒して ベッドのようにできる

分厚い一人用のソファーだ。

 

これだけ 掛け布団があれば

風邪をひくことは無いだろう。

 

問題は レイのほうだが ・・

ミサトは 掛け布団と一緒に、

どこからか 薄い敷布団も

えっちら おっちら 運んできた。

 

( ほら ・・ レイ ・・ ) 

 

テーブルに突っ伏している、

その 彼女の小さな肩をつかんで、

そっと抱き起こすと ・・

背後に敷いた 敷布団の上に

ゆっくりと寝かせる。

 

「 ん ・・ 」

 

上から 布団を掛けられて、

レイが 気持ち良さそうに寝言を言う。

 

「 ん ・・ じゃないでしょ。 」

 

ミサトは笑いながら、

そんな彼女の 水色の髪を撫でた。

 

・・ 静かな暗い部屋の中。

しばらく そんなことをしていたミサトは、 

 

「 これで良し ・・ と。 」

 

やがて パンパンと手を叩きながら、

満足そうに 部屋の中を見まわした。

 

「 ・・・・・ 」

 

しかし、ふと何かに気付き、

 

居間の引き戸に歩み寄ると 

 

スゥー ・・・

 

音を立てないように、

戸を開けた。

 

こっそり中を覗いてみると、

 

居間と同じく カーテンの隙間からの

月の光に満たされた部屋の中には、

静かな寝息を立てている シンジの姿がある。

 

・・・ 熱がある時特有の、

苦しそうな様子は見えない。

 

買ってきた薬は、

よく効いているようだ。

 

 

「 ・・・ まあ ・・ 

  これで 同じ部屋って事になるでしょ。 」

 

ミサトはニッコリと笑うと、

引き戸を開けたまま

足音を立てないように、

台所の方へ歩いて行った。

 

 

( もし 風邪がうつったら、

  うつったで いーか ・・ )

 

その時は元気になった少年に、

たっぷりと 看病してもらうとしよう。

 

ミサトは小さく笑いながら、

晩御飯の時 バタバタして

結局まだ 飲んでいなかった

2本目のエビチュを ・・ 

 

台所の冷蔵庫から取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ・・・・ 」

 

 

 

 

 

 

なんて ・・ 静かなのだろう。

 

わずかに開けた

カーテンの隙間から見える、

 

黒い山と 森と ・・

そして 青く輝く 夜の空。

 

まるで 光も、 空気も、 

そして時間までも ・・

みんな ゆっくりと眠っているようだ。

 

ガラス窓に手をついて、

静かに立っているミサトの耳には

 

2人の少女の小さな寝息と・・

時計の針の音。

 

そして 目を細めるほどの

明るい 月の光。

 

 

「 ・・・ 」

 

いろんなモノを、

見落として来たのかもしれない。

 

 

駆け足でここまで来た、

私達は。

 

 

いつのまにか

 

空も飛べるようになって ・・

大きなロボットも ・・ 作れるようになった。

 

・・・

神様になる夢を持つくらい ・・

 

人は強く ・・

傲慢になった。

 

 

「 ・・ ても 」

 

 

・・ きっと ・・・・

そう見えてしまうだけで、

 

私達は ずっと昔から、

たいして 変わってなど

いないのだろう。

 

 

誰かに優しくされるだけで

涙が出そうになったり ・・

 

誰かに好きだと言われただけで、

世界で一番 強くなれたり。

 

 

「 ふふ ・・ 」

 

ホント ・・

 

・・ 人間なんて

ぜんぜん 偉い生き物じゃない。

 

きっと 

どんな動物よりも弱くて ・・

どんな動物より バカで ・・

寂しがり屋なのだろう。

 

遠い昔から。

 

今の ・・ 私に至るまで。

 

・・・ 

 

ガラス窓に写る私が、

そっと 目を閉じる。

 

・・・

・・ 答えは見つかった。

 

笑ってしまうほど、

近くに転がっていた。

 

ただ ・・

それに気付かなかっただけ。

 

長い間。

 

 

「 ・・・ 」

 

 

なんだかわからないけど、

窓から見える景色に

胸がいっぱいになる。

 

 

「 へへ ・・

  ・・ ぐしゅ ・・

  ・・

  ・・ あたし ・・

  なに 泣いてんだろ ・・ 」

 

 

 

こんなに ・・

こんなに 単純な事で涙して、

 

こんなに 大切な気持ちも、

気を抜くと すぐに忘れてしまう。

 

「 ・・・ 」

 

騒がしかった時は過ぎた ・・

 

まるで お祭り騒ぎのようだった時代は

すべて 水の中で 眠りについた。

 

今は 静かな ・・ 

そう、 お祭りの後。

 

耳の痛くなるような静けさの中。

 

次の祭りの日まで、

ただ 静かに ・・ 深く息を吸って。

 

 

・・ 人が

・・ 人であること。

 

「 もしかしたら ・・ 」

 

その大切な意味を ・・

 

神様は もう1度

 

私に感じろって ・・

教えてくれたのかもしれない。

 

 

「 ・・・

  ・・ なーんてね ・・ 」

 

つぶやくと、

 

ガラスに写った私が、

とても楽しそうに笑った。

 

 

 

「 さてと ・・・ 」

 

今日は この部屋で、

家族全員で寝るって言うのも、

悪くないかもしれない。

 

プシュッ!

 

小気味よい音とともに、

本日 2本目のエビチュを開ける。

 

「 ・・ なにはともあれ ・・・ 」

 

微笑みながら、

 

ミサトは缶ビールを 

夜空に輝く 月に向かって、

ゆっくり持ち上げた。

 

 

 

「 なんでもない日に ・・ 

  ・・・

  ・・・・・ かんぱい 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり


 

 

 

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