シャオ・・

 

声が聞こえる。

 

 

・・シャオ・・

 

 

とても暖かくて・・

とても 優しい声。

 

 

・・・・シャオ・・

 

聞いているだけで 胸があったかくなって・・

安心して ・・ とても 幸せな気持ちになる。

 

 

・・・・・・ シャオ ・・

 

 

人から 名前を呼ばれる事なんて

今まで何度も何度もあったはずなのに

 

こんな気持ちになった事は 産まれて始めて。

 

・・ シャオ ・・

 

少し 変かもしれないけれど、

呼ばれるたびに・・ 自分の名前が好きになる。

 

“シャオ” って 名前で よかった・・って

そんな事

考えてしまうの。

 

 

暖かい日差し

 

ここが何処かは よくわからないけど、

草の匂いと お日様の香りと 鳥の声がする。

 

走っている私の体を

ポカポカしてて、サラサラしてる 綺麗な風が

通り過ぎて行く。

 

広い草原

 

まわりは 一面の青空。

小さな湖には 風の波紋が広がっていて

そのまわりには 虹色に輝く お花畑・・

 

とてもいい気持ちで 私は草の上を走る。

 

お花畑の中に 一本だけ 大きな木が立っている。

緑色の葉を いっぱいにつけた 見上げるような大木のふもとで

あの人が・・ 私を呼んでいる。

 

「 シャオ 」

 

大木の幹に 背中を預けて、

立っている あの人黒いシルエット・・・

 

1秒でも早く そこへ行きたくて、

私の足は どんどん速くなる。

 

「 はぁ・・ はぁ・・・ 」

 

ずっと走ってきたから

少し 息が切れちゃった。

 

草原を抜けて、お花畑を通り・・

私はついに 木のふもとへやってきた。 

 

「 はぁ・・ ふぅ・・ ふ・・ 」

 

立ち止まり、息を整えながら・・

私は顔を上げて前を見る。

 

太陽の光が 木の葉に遮られて

この場所だけが 日陰になっている。

 

明るい場所から 急に暗い場所に飛びこんだから

目がチカチカして、よくわからない。

 

「 ・・・・ 」

 

その時

また風が吹いて 上の木の葉が サワサワと揺れた。

揺れた木の葉の隙間から

日の光が零れ落ちてきて、地面に不思議な絵を作る。

 

それにあわせて

目の前の あの人の黒い髪も

風に揺れた。

 

「 ・・・・ 」

 

それを見ていると

何故だか胸がどきどきして

絞めつけられるような・・

でも 苦しいことが気持ち良いような・・

不思議で幸せな気持ちが広がる。

 

「 シャオ ・・ 」

 

またひとつ

私の名前を呼ぶと、

目の前の人影が すっと木から離れて・・

 

「 太助様 ・・ 」

 

太助様は そっと私に近づくと

優しく微笑んで

ふわっと 手を伸ばした。

 

「 あ ・・ 」

 

太助様の手は

私の右のほっぺたに そっと添えられた。

 

それだけで

顔が熱く・・ 赤くなっていくのが

自分でもよくわかる。

 

「 太助様・・ 」

 

手のひらから伝わる 暖かい温度が

頬を伝って 全身に広がる。

 

まるで 見えない 暖かい何かが、

太助様の体から 私の体の中に 流れこんでくるような・・

そんな気分。

 

( もっと太助様のそばに行けば・・

  ・・もっと 暖かくなるのかな・・ )

 

頭の中にも ポカポカしたものが広がって

ぼんやりした 意識の中で、

私はそう思った。

 

そうしたら 自然に足が 少し前に出て、

太助様に近づいていた。

 

「 ・・・ 」

 

・・・

・・思った通りだ・・

・・・

太助様に近づけば 近づくほど

ポカポカした 不思議で 暖かい気持ちが

どんどん大きくなる。

 

胸の中は さっきから 

どきどき・どきどきして なんだかもう痛いくらい。

 

このまま もっともっと近づいてしまったら・・

いったい 私はどうなってしまうんだろう・・。

 

・・・

知りたいけれど

少しだけ 怖い・・

 

「 ・・・・・ 」

 

これ以上 胸のドキドキが 早くなってしまったら・・

頭の中が熱くなってしまったら・・

どうなるかわからなくて、 私は 思わず足を止めた。

 

でも・・

その時 私のほっぺたに添えられた 太助様の手に

そっと力が入って

私の頭の後ろの方にまで 手が回っていって・・

 

そのまま 太助様は さらに私を引き寄せた。 

 

「 あ ・・ 」

 

声を上げる暇もなく

心の準備もできないままに

私は太助様の胸の中に 引きこまれてしまった。

 

「 ・・・ん・・ぷ・・・・ 」

 

顔が 太助様の胸にうずまる。

顔だけじゃなく ・・両手も・・

胸も お腹も 足も

全部太助様に くっついてしまった。

 

「 ・・・・・ 」

 

この世で一番近い場所・・。

もう これ以上 太助様に近い場所はない。

 

頭の中に 熱くて大きな物が溢れてきて

勝手に目がトロンとしてきて・・

なんだか 眠くなってしまう。

 

まるで 私の総てが 

太助様に包み込まれてしまったかのようだ。

 

お日様の匂いが消えて・・

太助様の匂いだけ。

 

ふわふわした 意識の中で

太助様の体の感覚だけを感じながら

 

私は そっと目を閉じる。

 

「 ・・・・ 」

 

今まで 沢山の人に出会ってきたのに

 

こんな気持ちをくれたのは、

太助様

ただ1人。

 

この気持ち・・

不思議な気持ち・・

 

なんて言えばいいんだろう。

 

「 ・・・・・ 」

 

私が今 こんなに素敵な気持ちになっているのを

太助様に教えたい。

聞いて欲しい

 

私は 両手を太助様の胸について

少し 体を離すと

顔を上げた。

 

私の目が

私を見つめる 太助様の目と重なる。

 

「 ・・・・・ 」

 

伝えなくては・・。

 

今 どんなに嬉しい気持ちなのか。

今 どれだけ 太助様に感謝しているのかを。

 

「 ・・・

  ・・・・・

  ・・・ 太助 ・・ 様 ・・ 」

 

けれど・・

言葉が見つからない。

 

なんて言ったらいいのか わからない。

・・ とても苦しい。

 

私はただ 名前を呼ぶ事しかできない。

 

でも・・

・・それだけでも 少しは伝わったのかな・・

 

私の声に答えるように

太助様はニッコリと笑うと、

ゆっくりと 口を開いて・・

 

 

 

「 シャオ ・・・ しゃま ・・ 」

 

 

 

私の名前を・・

 

「 シャオしゃま・・

   ・・・

   シャオしゃま・・ 」

 

 

・・・ え? ・・

 

 

 

 永遠の試練 <前編> : COCHMA式 “勝手に”守護月天小説!


 

 

シャオが目覚めて最初に目にしたのは

いつもの 部屋の天井・・

 

その天井のキャンパスに カーテンから漏れた 朝の光が

幾筋も 白い線を描き出している、見慣れた景色だった。

 

ただ・・ いつもと違う事は

視界のはじっこで ゆらゆらと揺れている

ピンク色の物体が 見えた事だ。

 

「 ・・ 」

 

ぼんやりしている頭の中で

のんびりと ・・なんだろう・・ と 思ったシャオは、

少し 顔を右に動かした。

 

「 ・・ あ ・・

  りしゅ ・・ 」

 

シャオは 自分のほっぺたを ぷにぷにと

手で押していた離珠と目が合った。

 

( シャオしゃま!

  もう 朝でしよ!? )

 

彼女が起きた事に気がついた離珠は

手を引っ込めながら しょぼしょぼしている

シャオの瞳を覗き込んだ。

 

「 ふぁ ・・ ん

  おはよう・・ りしゅ・・ 」

 

まだ頭の中が眠っているのか

あくびを噛み殺しながら トロンとした顔で

シャオは挨拶をする。

 

( おはようございますでしー! シャオしゃま! )

 

離珠が 朝の挨拶を言いながらニッコリと笑う。

シャオも つられて笑顔になると、

 

「 ごめんね・・ 離珠・・

  ちょっと寝過ごしちゃったみたい・・・

  ありがとう 起こしてくれて・・ 」

 

体を起こしながら 離珠にお礼を言った。

 

( おやすいご用でし! )

 

誉められて 上機嫌の離珠は 枕の上で得意気にポンっと

自分の胸を叩き、 ずり落ちるように 枕の上から

布団の上に降りた。

 

手のひらサイズの離珠にとっては、

たかだか 布団と枕の段差も かなりの高さになる。

それに 彼女は体のサイズから考えても

手足が少しばかり 短い。

おかげでいろいろ苦労するのだ。

 

( シャオしゃま・・

  今日のお弁当は なににするでしか? )

 

布団の上に降り立った離珠が

シャオのほうに向き直り、話しかけた。

ちなみに 離珠の毎朝の楽しみは、

シャオの頭の上にのっかって 彼女の作る料理の

味見をする事である。

 

( 昨日は春巻きだったでしよね ・・

  今日は・・ )

 

腕組をしながら考え始めた離珠は

ふと、先ほどから動かないシャオの気配に気がつき

彼女の方を見上げた。

 

「 ・・・・ 」

 

シャオは 上半身を起こした姿勢のまま、

背中をかがめて すこしうつむき加減に

ぼんやりと 掛け布団の上に置かれた自分の手を

黙って見つめている。

 

( シャオしゃま? )

 

いつもなら 起きてすぐ 雨戸を開けたり

布団をたたんだりするはずなのに・・ と

不思議に思った離珠が呼びかけるが、

彼女は 心ここにあらず・・ といった状態のようで

気がついていない。

 

( ・・・ ふぅ ・・ )

 

仕方なく 離珠はごそごそと

シャオの下半身がつつまれた 掛け布団の山によじ登ると

シャオがずっと見つめている 両手の所へ近づき

つんつんと それをつついた。

 

「 ・・ あ ・・・ 」

ようやく うつむいていたシャオが

我に返る。

 

( シャオしゃま?

  ・・どうかしたんでしか? )

 

離珠は すこし怪訝な顔で 彼女を見上げる。

 

「 え? あ・・ なに? 」

 

( シャオしゃま・・さっきから 離珠がお話してるのにぃ

  ずっと ぼんやりし・・・・・・ ? ・・ )

 

少しほっぺたを膨らませて 怒ったポーズで喋っていた離珠は

そこで言葉を切ると、

 

( シャオしゃま?

  ・・・顔が赤いでしよ? )

 

「 え・・

  そ そう?? 」

 

離珠に指摘され、

思わず両手で 自分のほっぺたを隠すように押さえるシャオ。

 

( 真っ赤でし!

  シャオしゃま おかしいでし・・ )

 

「 そんなに赤い?

  ・・や・・やだ どーしよ・・ 」

 

シャオは 慌てながら

パタパタと 両手で自分の顔を手であおぐ。

 

( いったいどうしたんでしか? )

 

心配顔の離珠の問いかけに。

シャオは 自分の顔を両手で隠したまま

また すこしうつむくと、

 

「 太助様の・・

  ・・夢を見たの・・ 」

 

そう、ポツリと呟いた。

 

( 太助しゃまの? )

 

「 うん ・・ 」

 

顔を隠したまま シャオはコクンと頷く。

そんな彼女を 離珠はニコニコしながら見上げると

 

( よかったでしね! )

 

楽しそうに シャオの手を ツンとつついた。

 

「 ・・・ 」

 

離珠の言葉に シャオはさらに赤くなり

隠した手からはみ出している 耳まで真っ赤になってしまった。

 

 


 

「 おはよう・・ キリュウ

  ・・・

  今日も眠そうだな・・ 」

 

自室で 制服に着替えてから 廊下に出てきた太助は

廊下を まるで浮遊霊のように ふらふらと歩いている

ボサボサ頭の少女に 話しかけた。

 

「 ・・・・・ 」

 

キリュウと呼ばれた少女は 半分しか開いていない瞳で

太助の方をチラリと見ると

 

「 なかなか新しい試練の案が浮かばなくてな 」

 

喋るのもおっくうだ・・ といった表情で

つぶやいた。

 

彼女はどうやら毎晩のように

太助への厳しい試練のプランを考えているようだ。

 

そう言えば最近 前にも増して試練が厳しくなってきた。

だいぶ慣れてきたから 良いようなものの、

以前の太助なら とても乗り越えられないだろう・・。

 

まあ 慣れたから・・ ではなく

乗り越えられるようになったと言う事は

彼女の試練のおかげなのだろうけれど。

 

( ・・ でも そんなに頑張らなくても

  いいんだけどな・・ )

 

ついこのあいだ 10メートルくらいに巨大化された

子犬に 追い駆けまわされた事を思い出した太助は

苦笑いをしつつ 頭の中でつぶやいた。

 

「 肉体的な試練だけでは 駄目なのだ・・

  精神的にも 強くならなくてはならない。

  そのためには バランスの良い修行が必要なのだ。 」

 

そんな太助を気にせず キリュウは半分眠りながら

ぶつぶつと つぶやいている。

 

「 ま・・ まあ ほどほどに頼むよ・・ 」

 

太助は笑顔を引きつらせながら

辿りついた リビングのドアを開けた。

 

いつも 食事をしている リビングのテーブルには

食べ終わった 食器が 何枚か置いてあり、

シャオがそれを 流し台へ運んでいる所だった。

 

「 あ・・ そうか

  今日は ルーアン 朝の職員会議がある日だったな・・ 」

 

シャオがかたずけているのは

先に家を出た ルーアンの朝御飯だろう。

と 言うのも 一応教師ということになっている以上、

ルーアンは 職員会議などに出なくてはならないのだ。

前はぶつくさと 文句を言っていたが、

最近はもう それが習慣になってしまったようだ。

 

「 おはよう・・ シャオ・・ 」

 

太助は テーブルに腰掛けながら、

せっせと 新しいお皿を 並べていたシャオに挨拶した。

 

キリュウはと言うと 太助の横を通り過ぎ、

リビング横断して のそのそと 洗面所に消えていった。

 

「 あ・・

  お・・ お・・ おはようございます・・

  太助様・・・ 」

 

何故か 顔が赤いシャオは

いくらかつっかえながらも なんとか挨拶を返す。

 

「 ?・・

  どうしたの? シャオ・・ 」

 

いつもと違う 彼女の反応に

太助は不思議そうな顔になった。

 

「 い・・ いえ・・

  なんでもないです・・

  い ・・ 今 目玉焼きを 用意しますね! 」

 

どもりながら 早口でシャオはそう言うと

わたわたと 台所へ 引っ込んでしまった。 

 

「 ・・・ 」

 

あからさまに妖しい 彼女の様子に

太助は怪訝な顔をすると

 

「 どうしたんだろうね? 」

 

テーブルの上で楽しそうにお絵かきをしていた離珠と

顔を見合わせた。

 

 

 

台所に避難してきたシャオは

食器棚に背中をあずけて 立ち尽くしていた。

 

「 私・・ どうしちゃったんだろう・・

  なんだか 太助様の顔を見ると

  顔が 赤くなっちゃう・・ 」

 

言いながら 両手でパタパタと 顔をあおぐ。

 

シャオが赤面するのも 無理は無い。

なんだか 今朝見た夢の中の太助と

現実の太助が 重なってしまって、

 

あの 夢の中の恥ずかしさと 嬉しさが

彼女の心の中に 渦巻いてしまっているのだ。

 

「 ・・・・・ 」

 

しばし 顔の赤いのを治そうと

パタパタやっていたシャオだったが、

朝御飯を食べないと 遅刻してしまうので

仕方なく 朝食の準備を 再開した。

 

 

台所から出て、 太助のほうをあまり見ないようにしながら

シャオは あたふたと 準備を進める。

 

「 ・・・・・ 」

 

別に することもないので 太助は離珠を頭の上に乗せたまま、

そんな シャオを見ている。

 

それを 気にしないようにしていた

シャオだったのだが・・・

 

しかし 

意識しないようにすると

余計に意識してしまうもので・・

・・

サラダにかける ドレッシングを持ってきたときは

少しだけ 赤い顔

・・

次ぎに トーストを持ってきたときは

だいぶ 赤い顔

・・

ウインナーと 目玉焼きを太助の前のお皿に よそいながら

な・・ 何本いりますか? と 聞いている時にはもう

彼女の顔は トマトのように 真っ赤っ赤になっていた。

 

「 シ・・ シャオ? 

  ・・ あのぉ ・・ 」

 

いくらなんでも 様子がおかし過ぎる・・

風邪でも引いたんじゃないかと思い始めた太助が

彼女に話しかけたが、

 

「 い! 今、紅茶を入れてきますね! 」

 

シャオは慌てて 台所へ逃げていってしまった。

 

 

 

( はぁ・・ はぁ・・

  ど・・ どうしよう・・ 

  顔が・・・ 熱くて・・ あ・・ そうだ! )

 

台所に戻ったシャオは

半ば混乱している頭を抱えながら うなっていたが

ガチャ!

何を思ったか 突然冷凍庫のドアを開けた。

 

白い 冷気の煙が ふわふわと流れ出てくる。

 

「 ん・・ しょ! 」

 

シャオは思いっきりつま先立ちになって

背伸びをすると その冷凍庫の前に 顔を持って行き

パタパタパタパタ!!

片手で 自分の赤い顔を 冷やし始めた。

 

( 元に戻らないと・・! )

パタパタパタ!

 

( そうしないと 太助様に変に思われちゃう!)

パタパタパタ!

 

( 昨日まで こんなになったことないのにぃ )

パタパタパタ!

 

( 冷たい・・

  あ・・・・ 元に戻った・・・ かな? )

 

顔が冷たくなって だいぶ火照りが引いたような感触だ。

これで ようやく 朝御飯が食べられる・・

と 思ったシャオだったが、

 

( シ・・・ シャオしゃま? ・・ )

「 シ・・・ シャオ? ・・ 」

 

ドキン!!

ふいに 背後から声がかけられた。

 

「 あう! 」

 

バタンと冷凍庫のドアを閉めて

慌てて振り返ると、

呼んでも 台所から出てこないシャオを不思議に思った

太助と、 その肩にくっついている離珠が

何とも言えない、心配そうな顔で こちらを見ていた。

 

「 な・・ なにしてるの? 

  ・・・・ シャオ ・・ 」

 

太助は 困惑したように話しかけた。

無理も無い・・

覗いてみたら シャオが冷凍庫に顔を突っ込んでいたのだ。

なにをしてたのか 気にならないほうが どうかしてる。

 

「 あ! わ! う!

  ・・ な ・・

  なんでもないですうー!! 」

 

せっかく冷やしたのに

 

シャオの顔は 途端に沸騰寸前のように

真っ赤に燃えあがってしまった。

 

 


 

 

太助によると、

それからも シャオの様子は

どこかおかしかった。

 

結局 朝御飯の時も変だったし、

登校中も なんだかシャオは いつもと違っていた。

 

上の空というか・・

ぼんやり・・ というか・・

 

そうかと思うと、

今度は赤い顔で

時々 じーっと

太助のことを 見つめたりしているのだ。

 

「 シャオ・・ どうしたんだ?

  今日は・・ 」

 

とか

 

「 俺の顔に・・

  何かついてる? 」

 

とか 聞いてみるのだが、

シャオは 慌てながら ぶんぶんと

首を振って しどろもどろで 逃げてしまう。

 

学校についてからも それは同じで、

太助が時たま チラッとシャオの方を見ると

彼女は 赤い顔で 慌てて目をそらしたりしていた。

 

( シャオ・・ なんか今日・・ 変だな・・ )

 

鈍感な太助にだって

シャオの異変に気がついたのだ。

 

シャオには誰よりも詳しい

山野辺翔子が

それに気がつかないわけがない。

 

 

「 どうした? シャオ・・

  なんか 悩み事でも あんのか? 」

 

授業の合間の休み時間。

 

シャオがぼんやりと 机に腕をのせて

考え込んでいると、

窓に背中を預けて 翔子が話しかけてきた。

 

「 翔子さん! 」

 

いつもいろいろと教えてくれる

シャオ良き理解者の登場に、

彼女の顔が パアッと 明るくなった。

 

 

 

「 へぇ・・

  そんな 夢を・・ ねぇ・・ 」

 

いくらか 顔を赤らめながらも、

翔子は感心したように 頷いた。

 

「 そうなんです・・ 」

夢の事を一部始終 翔子に話したシャオは

あの暖かな気持ちを思い出したのか、

赤い顔でうつむいた。

 

( しっかし・・

  七梨が出てきて 抱きしめてくれて

  とっても気持ちが良かった・・ なんて

  ・・シャオじゃなければ 誰にも話さないだろうな・・ )

 

うつむいているシャオの頭を見ながら

翔子は苦笑いを浮かべた。

 

「 ・・まあ それで

  夢から覚めた後も、

  七梨が 気になっちまう・・ってことか・・。 」

 

「 そ・・

  そうなんですぅ・・ 」

 

また 赤くなってしまったほっぺたを

ペチペチと叩きながら シャオが頷く。

 

「 でも・・

  別に いいんじゃないのか?

  悪い事じゃないし・・ むしろその夢は

  シャオにとって 嬉しいものなんじゃないのか? 」

 

「 ・・

  はい ・・

  とっても・・ 嬉しかったです・・。 」

 

本当に嬉しそうに答えるシャオに

翔子はサラッと・・

 

「 じゃあ 夢じゃなくて

  本物の七梨にも、

  同じ事をしてもらえば いいじゃないか。 」

 

「 え ・・ 」

 

「 そうすれば

  もっと 嬉しいんじゃないのか? 」

 

そう言って 翔子は

シャオの顔を覗き込んだ。

 

「 そ・・

  そんな・・ 」

 

思わずシャオは 視線をそらす。

 

「 いいじゃないか・・

  どうして 駄目なんだよ・・・・

  それに もう1度 同じ事を体験してみれば

  その よくわからない 暖かい気持ちって奴が

  いったいなんなのか・・

  わかるかも 知れないぜ? 」

 

翔子はニヤリと笑う。

 

「 ・・ も ・・

  もう1度 体験したら・・

  夢の中と 同じ気持ちに

  なれるんですか? 」

心配そうな シャオの声。

 

「 そりゃーなれるだろ!

  夢よりもっと 凄いかもしれない! 」

 

「 ・・ じゃあ・・

  ・・た ・・ 太助様にお願いして 

  同じようにしてもらおうかな・・・・ なんて ・・ 」

 

「 うんうん 」

満足そうに翔子は頷く。

ずっと あの もどかしい2人の仲を応援してきたのだ。

これは大変な進歩だ・・と 彼女は考えている。

 

「 で・・

  でも やっぱり そんなの無理ですぅ!

  は・・恥ずかしいです・・ 」

でも シャオにはまだ そんな勇気はない。

 

「 いいじゃないか・・

  お願いしてみろよ、 シャオ・・ 」

 

「 でも・・

  守護月天が

  ご主人様に そんなことを・・ 」

 

シャオの言葉に 翔子は しょうがない・・

と いった感じにひとつ ため息をつくと

 

「 シャオ・・

  そんな事言ってたら

  いつになったら 七梨が夢の中と同じ事をしてくれるか・・

  わかんないぞ? 」

 

( ただでさえ七梨は 超が付くほど 鈍感なんだし )

というセリフを かろうじて押し留める。

 

「 ・・・ で ・・ でもぉ・・ 」

 

( もうちょいだな・・ )

シャオの表情から それを悟った翔子は

 

「 それに・・

  そんなにのんびりしてて・・

  もしかして 誰かに取られちゃったらどうするんだ? 」

 

腕を組みながら 翔子はシャオを見つめ、

意味ありげに笑った。

 

「 ・・ と ・・取られちゃう? 」

 

翔子の言葉の意味が良くわからないのか

シャオは頬に人差し指を当てて 小さく首をかしげる。

 

そんなシャオの反応に 翔子はひとつ小さくため息をつくと

 

「 つまり・・

  どういうことかと言うと・・ 」

 

「 こんにちわ! 太助さん!! 」

 

「 やあ 始めまして・・

  おお・・ 君は なんと美しい人だろう・・ 」

 

「 嫌ですわ・・ 太助さんったら・・ 」

 

「 いや・・

  君みたいに 美しい人には

  今まで あったことがないよ! 」

 

「 そんな・・ 」

 

「 ああ・・

  もう 僕の心は 君の美しさの虜になってしまった・・ 」

 

「 太助さん・・ 」

 

「 ああ! もう僕は 一生君の側を離れないよ! 」

 

「 ああ! 太助さん! 私うれしい! 」

 

「 ってことだ! 」

 

即席の 1人芝居を終えて、

得意気に翔子は拳をにぎりしめた。

 

「 太助様が・・

  ですか? 」

 

はたして 今の説明が 通じたのか

通じていないのか・・シャオは目をぱちくりとさせながら

翔子を見る。

 

「 そう、

  ・・ つまり 七梨が他の誰かの所にいっちゃって

  シャオの所に帰ってこなくなっちまうって ことだよ 」

 

腕を胸の前で組んで 翔子は頷く。

 

「 え・・ 

  で・・ でも 太助様は いつも晩御飯の時間には

  家に帰って・・ 」

 

「 そういう意味じゃない。 」

オロオロしながら トンチンカンな事を言い出したシャオに向かって

翔子は大きくため息をつく。

 

「 確かに晩御飯には 帰ってくるかもしれないけど・・

  そうじゃなくって、 七梨の気持ちの問題なんだよ。 」

 

「 気持ち・・・ ですか? 」

 

「 そう。

  七梨が シャオのことじゃなく 

  いつも他の女の子の事を考えるようになっちまうって ことだ。 」

 

「 え ・・ 」

シャオの顔色が変わる。

 

「 朝 昼 晩と その 他の女の子の事ばかり・・

  休みの日には シャオじゃなく 他の女の子と遊びに行って、

  学校の行きかえりも その女の子と 一緒に・・ 」

 

翔子の言葉を聞きながら

シャオの顔が みるみる青ざめてゆく。

 

恋愛感情を持たないため、直感的にどうなるのか

よくわからないシャオだったが、 それによって引き起こる事態を

次々と列挙されると それがどのようなことか・・

段々分かってきたのだ。

 

「 そ ・・

  そんな ・・ 」

 

「 まあ 今の七梨なら そんなこと起こるわけもないけど・・

  これから先、 そう言うことが 絶対に無いとは

  言えないと思うぞ?

  ・・ あながち ありえない話じゃない。 」

 

肝心な所が だいぶ抜けているシャオには

“少しくらい強く言ったほうが良い“って事を知っている翔子は

沈痛な ・・ ひどく深刻な顔をしてみせる。

 

「 だ・・ 駄目ですぅ!そんなの! 困ります!」

案の定 シャオは慌てて叫んだ。

 

「 そうだろ? 」

 

「 ぜったいに

  ぜっったーーーいに駄目ですぅ! 」

 

首をぶんぶん振って シャオは暴れる。

翔子はそれを見ながらうなずくと、

 

「 だったら 七梨をちゃんと捕まえておかないと・・

  な? シャオ。 」

 

言いながら 彼女はすっと 教室の中央を

指差した。

 

「 え? 」

 

翔子が指差した先には、

ルーアンに抱きつかれている太助が

いつものように ジタバタしている。

そのまわりには 乎一郎や野村たかしなども集まって

いつもの騒ぎが起こっている。

 

「 ・・・・

  ・・・はい 」

 

ルーアンと、太助を見ながら

シャオは真剣な顔で こくんと頷いた。

 

「 それこそ シャオ・・

  捕まえるんだから、

  自分から七梨に抱き着いて

   しっかり捕まえればいいんじゃないか? 」

 

まさに名案!といった感じで 翔子が言う。

 

「 わ・・ わ・・ 私から!? 」

 

自分を指差しながら

シャオは瞬時に頬を染める。

 

「 そうだよ・・

  別に変な事じゃないさ

  ルーアン先生なんて

  毎日やってるじゃないか 」

 

さも可笑しそうに 翔子は言い・・

 

「 な・・ なるほど ・・ 」

 

シャオは鼻息も荒く

ぎゅっと 拳をにぎりしめた。

 

 

 

 

時は流れて その日の放課後。

 

今日は金曜日

明日は学校が休みなので

ガヤガヤと 明日の予定を喋る声でうるさい教室を後に、

 

太助とシャオは 帰宅の道についていた。

 

いつもなら 他愛の無いおしゃべりをしながら

帰る二人なのだが・・

 

シャオは さっきからずっと無言で

太助の少し後ろを歩いている。

 

だいぶ オレンジ色に染まってきた町の中。

 

「 ・・・ 」

なんとなく 話しかけずらい雰囲気に

仕方なく 太助も黙って 歩いている。

 

太助の頭の上に乗っている離珠も

そんな2人を キョロキョロと 交互に見ている。

 

太助の家から 学校までは おおよそ15分程度。

途中には スーパーやら商店街やら

いろいろあって けっこう賑やかな通りだ。

ただ 車の通りが無いので 歩きやすくてとても良い。

 

「 太助様・・・ 私から・・ ルーアンさんみたい・・ 捕まえ・・ 」

そんな通りを、

ぶつぶつと シャオは呟き

自分の足元を見ながら 歩いている。

 

彼女の頭の中は 太助の事ばかり。

 

翔子に言われた事が ずっと頭に引っかかっているのに

いざ 2人っきりになると

とても恥ずかしくて、

シャオは太助にお願いなんて出来ない事に

気がついた。

 

かと言って、

翔子の提案のように

自分から 太助に抱きつくなんてことも

出来るわけがない。

 

( うう・・

  どうしよう・・ )

 

でも しっかり捕まえておかないと

誰かに取られてしまうという・・

それだけは 絶対に嫌だ。

 

( でも・・

  でもでも ・・ )

 

太助の背中と 揺れている腕を見ながら

シャオは思考の迷路の中を ぐるぐるとさまよう。

 

「 夢の中・・ 太助様の・・ が ・・ で ・・ 」

なにか シャオがまた呟いて・・

ふいに 太助は 腕がひっぱられる感触を覚えた。

 

「 シャオ・・? 」

 

見ると シャオが太助の服の袖を

人差し指と 親指で しっかりと つまんでいる。

 

「 ・・ ・・  ・・ ・・・・ 」

しかし それに関して なにも言わず、

シャオは 視線をやや 下の方に落としたまま

ほっぺたを膨らませ、

なにやら ぶつぶつ 小さくつぶやいている。

 

「 シャオ? 」

どうやら 考えるのに一生懸命で

太助に呼ばれたのに 気がついていないようだ。

 

「 シャオ! 」

太助は少し 声を大きくして 呼びかけた。

 

「 わ! あ! はい! 」

さすがにこれはに シャオも我に返って

顔を上げた。

 

「 どうしたんだよ・・ シャオ・・

  さっきから ぼんやりして・・。 」

 

「 あ・・ えっと ・・ 」

赤い顔で 太助を見上げながら

シャオは視線を泳がせる。

 

「 それに・・ これ 」

 

太助は言いながら 片方の手で

シャオの指にしっかりとつままれた 服の袖を指差した。

 

「 え? あ! ご・・ごめんなさい・・ 」

太助に言われて やっと 

無意識に 自分が太助を捕まえていた事に気がついたシャオは

慌てて パッと手を離した。

 

「 あ・・嫌・・

  悪いって 言ってるんじゃ ないけど・・ 」

 

すこし 名残惜しそうな顔をしながら

太助は頭を掻く。

そんな太助の顔を見たシャオは

 

「 あ・・ でも やっぱり ・・ 

     ・・ 捕まえてます 」

 

言いながら また しっかりと

太助の袖をつまんだ。

 

「 え? 」

太助の驚いた声に

 

「 駄目・・ ですか? 」

シャオは心配そうな声を出す。

 

「 あ・・ いや・・

  駄目・・じゃないけど・・

  そ・・

  それなら・・

  腕・・

  く・・ 組もうか? 」

 

あさっての方向を向きながら

照れくさそうに 太助は腕を差し出した。

 

「 あ・・

  はい! 」

 

シャオはとても嬉しそうに頷くと

そっと 太助の腕に 自分の腕をからめた。

 

( そう言えば 腕を組むなんて・・

  夏山以来だなぁ・・  幸せだなぁ・・ )

 

身近に感じる シャオの感触に うっとりしている太助。

シャオもシャオで、

腕を組むのも “捕まえている” の 一種であると理解したのか

とても満足そうな笑顔だ。

 

「 ね・・ 太助様?

  お買物に つきあってくださいますか? 」

 

再び 歩き始めながら シャオが太助に聞いた。

 

「 あ・・ うん いいよ 」

 

「 じゃあ・・ 今晩は 何が食べたいですか? 」

 

「 ・・ そうだなぁ・・

  たまには 中華料理じゃなくて・・

  ん〜・・ なにがいいかな・・ 」

 

やっと 緊張がほぐれて、

いつもの会話ができるようになった二人。

 

( すぱげってーが いいでし! )

 

それを見て 安心したのか、

太助の頭の上の離珠が、

何処で覚えてきたのやら・・

太助の代わりに 元気良く答えた。

 

 


 

 

結局夕飯は スパゲッティーになった。

 

シャオは中華料理が得意・・ というか

それしか作らなかったのだが、最近 

洋食や 和食など いろいろ新しいメニューを試している。

 

元々彼女は料理が上手いので

作った事の無い料理でも 一応 なんとか作る事ができるのだ。

それに 困った時には 食材の星神、八穀(はちこく)が

相談にのってくれるので 万事OKだ。

 

「 ん〜! 美味しいよ!シャオ・・

  始めてとは思えない! 」

 

トマトとバジルのシンプルなスパゲッティーだが

太助は感激しながら 食べている。

 

「 ありがとうございます、 太助様♪ 」

 

嬉しそうな太助の顔を見て、

シャオも幸せそうだ。

 

「 うむ・・

  私も このスパゲッティーというのは始めて食べたが

  美味しいものだな・・ 」

 

キリュウも太助に教えられた通りに

ぐるぐると フォークを回しながら 頷いている。

 

「 ところでキリュウ・・

  今日は学校に来なかったけど、

  何してたんだ? 」

 

「 ん?

  ああ・・

  新しい試練の計画が なかなか出来なくてな・・

  今日一日 考えていたんだが・・

  どうにも。 」

 

「 あ・・

  そ そう・・ 」

 

聞くんじゃなかった・・

という顔で 太助が苦笑いをする。

 

そんなことはお構いなしに

キリュウは難しい顔をすると、

 

「 なにかこう・・

  良いひらめきがあれば いいのだが・・ 」

 

ぶつぶつとつぶやく彼女の言葉に

冷や汗を流しながら 太助は気を取りなおして

再び スパゲッティーを食べ始めた。

 

「 ・・ ん ・・? 」

 

食べながら 彼が ふと 机の上を見ると

自分も食べてみたくなったのか

離珠が 大きな口をあけて一生懸命スパゲッティーのパスタに

かぶりついている姿が 目に入った。

 

「 り・・ りしゅ・・ 」

 

その様子に 太助は思わず苦笑する。

両手を使って もぐもぐと食べているが

口の大きさからいって・・ どうやら1度に3本くらいが限度のようだ。

 

( ん〜♪

  むぐむぐ・・ ん〜! おいし〜 でし! )

 

本人は幸せそうに食べているのだが、 そもそも食事なのか 

ヘビとの格闘なのか よくわからない事は確かだ。

 

そんなこんなで 3人が美味しく晩御飯を食べていると・・

 

ガチャ・・

キイ・・・

 

玄関から音がして、

 

「 あ・・ ルーアンさん

  お帰りなさい・・。 」

 

「 ルーアン殿・・

  お先に頂いている。 」

 

どんよりした顔で

リビングに ルーアンが現われた。

 

出たくも無い 職員会議に出させられて

相当 疲れているようだ。

 

しかし・・

 

「 お疲れ様・・ ルーアン 」

 

振り向いて 太助が声をかけると

途端にルーアンは ”しな”を作って・・

 

「 あ〜ん! たー様!

  今日もルーアン たー様のために

  いっしょーーーけんめー働いて来たのお〜!

  誉めて誉めて〜!! 」

 

そう叫びながら 太助の方へ駆け寄ると

べったりと 椅子に座っている太助を

背後から 抱きしめた。

 

ズキン!

シャオの胸が 絞めつけられるように痛む。

 

「 あー はい わかったわかった

  偉い偉い ルーアン・・ 」

 

もういい加減 毎日のことで すっかり慣れている太助は

面倒くさそうに 言いながら 

それに答える。

 

「 だめですぅ! ルーアンさん! 」

 

__と

いつもは なにも言わないはずのシャオが

真っ赤な顔で叫びながら やおら

テーブルに手をついて 身を乗り出した。

 

「「 え ・・ 」」

 

抱きついているルーアンも、

抱きつかれている太助も

同時に驚いた声を出す。

 

キリュウも 目をパチクリしている。

 

( おいし〜でし〜! )

離珠は 強敵のスパゲッティーに 忙しい。

 

「 ど・・

  ・・どうしたの・・ シャオ・・ 」

いつもなら そんなに怒らないのに・・

という顔で 太助が呆然と、シャオを見る。

 

「 あ・・

  えっと ・・ そのぉ・・ 」

太助の声に 我に返ったシャオは

途端に赤くなると、もじもじとし始めてしまった。

 

本当は 自分がしたかったことを

ルーアンが あっさりとやってしまったため

思わず 我慢できずに

あんな行動をとってしまったのだが・・

 

「 な・・なによぉ・・ シャオリン

  あんたばっか たー様1人占めにしたら不公平でしょ?

  たまには アタシに譲りなさいよ! 」

 

太助を両腕に抱えたまま、

ルーアンは口をとんがらせてシャオに言い寄る。

 

「 ひ・・ ひとりじめ・・って・・ 」

シャオがたじろいだのを良い事に

ルーアンは得意げに胸を張ると

 

「 そうでしょ?

  ここんとこ 学校の行きも帰りも たー様と一緒だし

  夕飯の買物だって 最近いつも一緒に行って! 」

 

畳み掛けるように 言いながら

ルーアンはシャオを追いつめた。

 

彼女は名目上(?)一応教師なので 登校や下校の

時間が2人とは違うのである。

 

よって 太助とシャオが登下校を供にしているのは確かだが

それに参加できないのは “ただ単に自分の責任”だと言う事は

この際 ルーアンにとっては あまり関係無いらしい。

 

「 で・・ でも・・ 

  でもでも駄目なんです!

  太助様を取られちゃだめなんですぅ! 」

 

言い寄られて、思わず シャオは本音を口にしてしまう。

 

「 シャオ・・ 」

彼女の言葉に 驚いた太助は

そのまま じっと シャオの顔を見つめる。

 

「 え・・ あ・・

  その・・ 」

思わずとんでもないことを 言ってしまった事に

気がついているのかいないのか・・

シャオも 恥ずかしそうに 太助の顔を見る。

 

「 ・・・ 」

「 ・・・・・ 」

 

「 だー!!

  あんたたち!なに見つめあってんのよぉ!! 」

 

ルーアンが怒鳴るのも 無理は無い。

 

( う〜〜・・ )

 

と、

その時 テーブルの上から困ったような 唸り声が聞こえた。

 

「「「 え? 」」」

 

キリュウを除いた3人が

思わずテーブルに目をやると、

スパゲッティと戦い終わった離珠が

案の定 口の周り 両手は言うに及ばず

顔中ケチャップで くわんくわんにして 泣きそうな顔で 立ち尽くしている。

 

「「 はぁ・・・ 」」

 

思わず ため息をつく 太助とルーアン。

 

「 ふふ・・ 離珠ったら・・ 」

 

シャオは 微笑みながら

そばにあった ティッシュで 離珠の顔を拭いてあげた。

 

・・

気の抜けたルーアンが

『 まーいいわ・・ 私 着替えてくる・・ 』

と 言って 二階に引っ込んだ後、

・・

 

「 離珠殿・・ おいしかったか? 」

それまで黙っていたキリュウが

すっかり綺麗になって 満腹のお腹を ぽんぽんと

叩いている 離珠に聞いた。

 

( もちろんでし!! )

離珠は嬉しそうに 手を上げる。

 

「 そうか・・

  それはよかったな 

  ・・・

  ところで主殿・・

  離珠殿に 小さな食器を、

  作って上げられないだろうか 」

 

「 食器? 」

 

「 ああ・・

  この フォークや スプーンなど・・

  離珠殿が使うような寸法の物は

  店には売っていないのだろう? 」

 

キリュウの言葉に

太助は腕を組むと・・

 

「 売ってない・・ だろうな・・・

  あ・・・

  そう言えば 那奈姉(ななねえ)の子供の頃の

  お人形セットみたいなのが あったよなぁ・・ 」

 

 

 

 

「 ・・・ これでよしっと! 」

 

那奈姉の 子供の頃の人形セットの中から持ってきた

人形用の 小さなフォークとスプーンを

柔らかい布で 丁寧に拭きながら 綺麗にしていた太助は

ピカピカになった その 小さな食器を

満足気に 掲げた。

 

「 ほら・・ 離珠

  離珠専用の フォークとスプーンだよ 」

 

言いながら 太助は 

テーブルの上でわくわくしながら

太助の掃除が終わるのを待っていた離珠に

その食器を手渡した。

 

( わぁ〜〜!

  太助しゃま!ありがとうでしー!! )

 

離珠は 目を輝かせて喜ぶと

フォークとスプーンを 両手にしっかりと握り締めて

キャッキャッと 飛び跳ねながら 遊びに行ってしまった。

 

「 あ、御飯を食べる時にだけ 使うんだって! 」

 

太助が慌てて言うが、 

素敵なおもちゃを手に入れた離珠は そのままリビングを

飛び出して行ってしまった。

 

「 はぁ ・・ 」

身を乗り出していた太助は 離珠の姿が見えなくなると

やれやれと 再び 椅子に座りなおした。

 

「 ふふ ・・ 

  まあ いいではないか・・  主殿 」

 

すると 台所から麦茶をもらってきたキリュウが

今の騒ぎを見ていたのか、 小さく笑いながら

太助の後ろに立っていた。

 

「 うん・・

  そうだね・・ 」

 

太助は答えながら 布と人形セットを

箱にしまい始めた。

 

すると、その時 つけっぱなしだった

テレビから 元気の良い声が聞こえてきた。

 

『 今日の特集は 先月オープンした

  今話題のスポット!

  “忍びの里 ・ 忍者アスレチックパーク”のレポートをお伝えしまーっす! 』

 

声につられて、太助と その後ろに立っている

キリュウが テレビの方に 顔を向けた。

 

テレビの中では、“元気の良さ”のをウリにしている

人気女性アナウンサーが、 マイク片手に威勢良く喋っている。

 

『 この 忍者アスレチックパークと言うのは

  自然の山や 谷 池や川などを 活用して作られた

  一大 忍者パークなのです! 』

 

彼女の声とともに、 アトラクションを紹介する

VTRが 画面に流れ始める。

 

『 まず最初は 広い池の上を 落ちないで渡る、

  “アメンボの術のゾーン!” 』

 

池の上に 切り株くらいの大きさの

足場が 幾つも プカプカと浮いている。

若者が それを ぴょんぴょんと 渡って行くが

途中で ドボーン! と 水に落ちて 

周囲から笑い声が起こったりしている。

 

『 そしてぇ〜!

  なんと! これは 2人1組で この高い塀を越えるという

  “忍びこみゾーン” なのです! 』

 

「 ほぉ ・・ 」

 

次ぎから次ぎへと 紹介される

アトラクションの映像に キリュウが 興味深げな声をあげる。

 

『 他にも 森の中に作られた アスレチックコース!

  現代の本物の忍者達が繰り広げる、迫力の忍者ステージなどなど!

  もりだくさんです! 』

 

『 ちびッ子から 大人まで!

  誰でも簡単に 忍者の気分が味わえちゃいまーす! 』

 

『 今日は金曜日なのですが、開園と同時に

  大勢の家族連れや カップルが 

  厳しい忍者の修行を 体験していました〜! 

  明日は土曜日! 休みの方も多いでしょうから

  より一層 盛り上がるでしょう!

  みなさんも 休日は 忍者の気分になってみてはいかがでしょう!?

  あ〜ん!

  アタシも 素敵な彼と一緒に 遊びに来たいなーっ!

  以上! 今日の特集レポートでしたー! 』

 

・・・

 

「 なかなか 良い修行場だな・・ これは。 」

 

無意味に元気の良いレポートが終わり、

テーマパークの全貌が 上空から映し出されているのを見ながら

キリュウが感心したように つぶやいた。

 

「 え? 」

思いがけない言葉に 思わず太助が聞き返す。

 

「 今 少しだけ紹介されたものを見ても

  体力 知力 精神力と 

  非常にバランスがとれた修行を行っているようだ 」

ひらひらと 扇子を動かしながらも、

キリュウの顔は真剣だ。

 

「 ・・ へぇ・・ そうなんだ ・・ 」

流石は修行と試練のプロ・・

そういう事も わかるのかな・・ と 太助は感心した声を上げたが、

 

( でも あれは 修行じゃなくって 一種の遊園地・・・・ )

 

と言う言葉は 言わない事にした。

 

___と 次ぎの瞬間、

突然 キリュウは 太助の肩に 手を置くと

 

 

「 よし・・

  主殿、

  明日はここに 修行に行くぞ 」

 

 

「 へ? 」

 

間の抜けた返事を返す太助に向かって

キリュウは ニヤリと笑った。

 

 


 

「 しーーーちーーーり せんぱーい!! 」

ピンポーン! ピンポーン!

 

「 あっそびに 行きましょっーーー!! 」

ピンポーン! ピンポーン!

 

七梨家の呼び鈴が けたたましく鳴ったのは

次ぎの日のお昼・・の 少し前

時計の針が午前11時半くらいを 指していた頃だ。

 

「 はーい はいはい・・ 」

部屋の掃除をしていたシャオは パタパタと

玄関に走って行くと、 ドアを開けた。

 

ガチャ ・・

 

「 こんにちはー!

  あ・・ シャオ先輩・・ 」

 

太助が出てくると踏んでいた花織だったが、

出てきたのがシャオとあって、 いくらか気まずそうな顔になる。

 

「 あら、花織さん・・  どうしたんですか? 」

 

「 ・・ あのぉ ・・七梨先輩は? 」

 

言いながら 花織は玄関から顔を突っ込んで、

キョロキョロと家の中を見まわす。

 

どうやら 押しに弱い太助の性格を利用して、

無理矢理家に押しかけて 休日の2人っきりのデートにでも

誘おう・・ という魂胆らしい。

 

「 あ・・

  太助様は・・ 」

 

いくらかお洒落をしている花織に向かって

シャオが口を開くと、

 

「 なによぉ・・ 朝っぱらから大声出して

  ピンポーンピンポーンって・・ うるさいわねぇ・・ 」

 

シャオの背中の方から、ぶつぶつと文句を言う声がして

2階からルーアンが降りてきた。

 

「 あ ルーアンさん おはようございますぅ 」

 

「 ルーアン先生?

  七梨先輩は? どこやったんですか!? 」

 

律儀に挨拶しているシャオの後ろで

花織が言う。

 

「 なによぉ・・ あんたわぁ・・

  休みの日なのに 家に押しかけてきて・・

  たー様?

  知らないわよ 私・・ 」

ポリポリと 頭を掻きながら

ルーアンが面倒くさそうに答えると、

 

「 太助様なら 今朝早く

  キリュウさんと お出かけしましたよ? 」

 

シャオがニコニコしながら

それに続いた。

 

「 え・・

  七梨先輩・・いないんですか・・? 」

 

残念そうな 花織の声

 

「 出かけたって・・ キリュウと?

  珍しいわね、 何処に行ったのよ 」

 

腕を組みながら ルーアンがシャオを見る。

 

シャオは人差し指を ほっぺたに当てて

しばし考えていたが、

 

「 えーっと・・

  確か・・

  なんとか 忍者村って 所だそうです。 」

 

シャオがつぶやいた言葉に、

 

「「 ええええ〜〜〜〜!! 」」

 

ルーアンと花織は

同時に驚きの声を上げた。

 

「 そ・・ それってもしかして!! 」

 

「 今流行りの

  ”忍びの里、 忍者村アスレチックパーク”のこと!? 」

 

「 あ、 そうです! それです。 」

 

ルーアンの声に

シャオが嬉しそうに答える。

 

ちなみに ”忍者村 アスレチックパーク”は

近所に出来た 最新のテーマパーク・・

シャオ以外の女子は 全員知っている。

 

「 キリュウと2人でって事は!? 」

 

「 そ・・

  そ ・・・ それって・・ 思いっきり・・ 」

 

「「 デートじゃない!! 」」

 

再び声をハモらせて 2人は叫ぶと、

2人とも その場で頭を抱え込んだ。

 

( くうううぅう・・ キリュウ・・あいつめ・・

  いつも たー様に 無関心な態度をとっていたのは

  さては 私を騙す カモフラージュだったのね!! )

 

( しまったー!! キリュウさんは ノーマークだったわ!

  気の無い素振りをしながら・・

  実は 私の七梨先輩を狙っていたなんてぇ!

  やられたわ! あなどれない あの人!! ) 

 

「 あのぉ・・ 2人とも いったいどうしたんですか? 」

頭をかかえて うなっている二人に

シャオが心配そうに問い掛けた。

 

のんびりした 彼女の態度に花織は顔を真っ赤にすると、

 

「 シャオ先輩は 何とも思わないんですか! 

  2人だけで 最新の遊園地ですよ! 」

 

「 そうよシャオリン!

  なんで 私をその時 起こさないのよ! 」

 

2人の剣幕に シャオはたじろぎつつ・・

 

「 え・・

  でも キリュウさんと一緒だから

  試練と言うか 修行に・・・ 」

 

「 相変わらずボケボケねぇ あんた・・ 」

「 ホントですね・・ 」

シャオの言葉は 途中で2人に遮られた。

 

「 ・・・ ? ・・ 」

ボケボケといわれても

シャオにはどうしようもない。

 

首をかしげている 彼女に

ルーアンはひとつため息をつくと、

 

「 シャオリン・・

  あんた 昨日 私と たー様が一緒にいたら

  取っちゃ駄目って騒いでたけど、

  キリュウにだって 騒ぎなさいよ! 」

 

「 え?

  ・・ え? ・・でも ・・・ 」

 

「 そーですよ!

  ルーアン先生の言う通り!

  キリュウさんだって 立派な女の子じゃないですか! 」

 

「 ・・・・ 」

それまで オロオロしていたシャオだったが・・

続いた花織の言葉に

今度は じっと考え込んだ。

 

・・・・

あたりに 無言の時間が流れる。

 

と、 やおらシャオは

ぽんっ!

と 手を打つと

 

「 ・・・ あ ・・ そう言われれば・・

  ・・  そうですね 」

 

「 そうですね・・ じゃないわよ! 

  あんた あの子に たー様をとられても

  いーってゆーの!? 」

 

「 とられる・・? 」

 

その言葉を聞いて、

急に シャオの顔が青くなり・・

 

「 キリュウさんに・・

  太助様を? 」

 

「 そうですよ! 」

 

「 そうそう! 」

 

やっと気がついたか!

と 言うように二人は叫び、

 

「 そ・・

  そんな・・

  駄目です! そんなの!

  絶対駄目です!! 」

 

シャオも 真っ赤な顔で 叫びながら

ブンブンと 首を振った。

 

「 でしょう! 」

「 ですよね! 」

 

3人は 言いながら

同時に強く頷いた。

 

すると ルーアンがぐっと拳を握って・・

 

「 よし! となれば

  さっそく 忍者村 アスレチックパークに行って

  たー様を助け出すわよ! 」

 

「「 はい! 」」

 

シャオと花織が それに力強く答えた。

 

・・

・・・

一瞬の静寂の後・・

 

 

「 なんか 珍しく意見が合いましたね・・ 」

 

花織が、

心底珍しそうにつぶやいた。

 

 


 

試練を続ける太助とキリュウ・・

そんな2人に忍び寄る 間の手とは!

太助は誰かにとられてしまうのか?!

そして シャオと太助の微妙な関係の行く末は!

 

 

次回 :永遠の試練 <後編> をお楽しみに!

 


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