シャオ・・
声が聞こえる。
・・シャオ・・
とても暖かくて・・
とても 優しい声。
・・・・シャオ・・
聞いているだけで 胸があったかくなって・・
安心して ・・ とても 幸せな気持ちになる。
・・・・・・ シャオ ・・
人から 名前を呼ばれる事なんて
今まで何度も何度もあったはずなのに
こんな気持ちになった事は 産まれて始めて。
・・ シャオ ・・
少し 変かもしれないけれど、
呼ばれるたびに・・ 自分の名前が好きになる。
“シャオ” って 名前で よかった・・って
そんな事
考えてしまうの。
・
・
暖かい日差し
ここが何処かは よくわからないけど、
草の匂いと お日様の香りと 鳥の声がする。
走っている私の体を
ポカポカしてて、サラサラしてる 綺麗な風が
通り過ぎて行く。
広い草原
まわりは 一面の青空。
小さな湖には 風の波紋が広がっていて
そのまわりには 虹色に輝く お花畑・・
とてもいい気持ちで 私は草の上を走る。
お花畑の中に 一本だけ 大きな木が立っている。
緑色の葉を いっぱいにつけた 見上げるような大木のふもとで
あの人が・・ 私を呼んでいる。
「 シャオ 」
大木の幹に 背中を預けて、
立っている あの人黒いシルエット・・・
1秒でも早く そこへ行きたくて、
私の足は どんどん速くなる。
「 はぁ・・ はぁ・・・ 」
ずっと走ってきたから
少し 息が切れちゃった。
草原を抜けて、お花畑を通り・・
私はついに 木のふもとへやってきた。
「 はぁ・・ ふぅ・・ ふ・・ 」
立ち止まり、息を整えながら・・
私は顔を上げて前を見る。
太陽の光が 木の葉に遮られて
この場所だけが 日陰になっている。
明るい場所から 急に暗い場所に飛びこんだから
目がチカチカして、よくわからない。
「 ・・・・ 」
その時
また風が吹いて 上の木の葉が サワサワと揺れた。
揺れた木の葉の隙間から
日の光が零れ落ちてきて、地面に不思議な絵を作る。
それにあわせて
目の前の あの人の黒い髪も
風に揺れた。
「 ・・・・ 」
それを見ていると
何故だか胸がどきどきして
絞めつけられるような・・
でも 苦しいことが気持ち良いような・・
不思議で幸せな気持ちが広がる。
「 シャオ ・・ 」
またひとつ
私の名前を呼ぶと、
目の前の人影が すっと木から離れて・・
「 太助様 ・・ 」
太助様は そっと私に近づくと
優しく微笑んで
ふわっと 手を伸ばした。
「 あ ・・ 」
太助様の手は
私の右のほっぺたに そっと添えられた。
それだけで
顔が熱く・・ 赤くなっていくのが
自分でもよくわかる。
「 太助様・・ 」
手のひらから伝わる 暖かい温度が
頬を伝って 全身に広がる。
まるで 見えない 暖かい何かが、
太助様の体から 私の体の中に 流れこんでくるような・・
そんな気分。
( もっと太助様のそばに行けば・・
・・もっと 暖かくなるのかな・・ )
頭の中にも ポカポカしたものが広がって
ぼんやりした 意識の中で、
私はそう思った。
そうしたら 自然に足が 少し前に出て、
太助様に近づいていた。
「 ・・・ 」
・・・
・・思った通りだ・・
・・・
太助様に近づけば 近づくほど
ポカポカした 不思議で 暖かい気持ちが
どんどん大きくなる。
胸の中は さっきから
どきどき・どきどきして なんだかもう痛いくらい。
このまま もっともっと近づいてしまったら・・
いったい 私はどうなってしまうんだろう・・。
・・・
知りたいけれど
少しだけ 怖い・・
「 ・・・・・ 」
これ以上 胸のドキドキが 早くなってしまったら・・
頭の中が熱くなってしまったら・・
どうなるかわからなくて、 私は 思わず足を止めた。
でも・・
その時 私のほっぺたに添えられた 太助様の手に
そっと力が入って
私の頭の後ろの方にまで 手が回っていって・・
そのまま 太助様は さらに私を引き寄せた。
「 あ ・・ 」
声を上げる暇もなく
心の準備もできないままに
私は太助様の胸の中に 引きこまれてしまった。
「 ・・・ん・・ぷ・・・・ 」
顔が 太助様の胸にうずまる。
顔だけじゃなく ・・両手も・・
胸も お腹も 足も
全部太助様に くっついてしまった。
「 ・・・・・ 」
この世で一番近い場所・・。
もう これ以上 太助様に近い場所はない。
頭の中に 熱くて大きな物が溢れてきて
勝手に目がトロンとしてきて・・
なんだか 眠くなってしまう。
まるで 私の総てが
太助様に包み込まれてしまったかのようだ。
お日様の匂いが消えて・・
太助様の匂いだけ。
ふわふわした 意識の中で
太助様の体の感覚だけを感じながら
私は そっと目を閉じる。
「 ・・・・ 」
今まで 沢山の人に出会ってきたのに
こんな気持ちをくれたのは、
太助様
ただ1人。
この気持ち・・
不思議な気持ち・・
なんて言えばいいんだろう。
「 ・・・・・ 」
私が今 こんなに素敵な気持ちになっているのを
太助様に教えたい。
聞いて欲しい
私は 両手を太助様の胸について
少し 体を離すと
顔を上げた。
私の目が
私を見つめる 太助様の目と重なる。
「 ・・・・・ 」
伝えなくては・・。
今 どんなに嬉しい気持ちなのか。
今 どれだけ 太助様に感謝しているのかを。
「 ・・・
・・・・・
・・・ 太助 ・・ 様 ・・ 」
けれど・・
言葉が見つからない。
なんて言ったらいいのか わからない。
・・ とても苦しい。
私はただ 名前を呼ぶ事しかできない。
でも・・
・・それだけでも 少しは伝わったのかな・・
私の声に答えるように
太助様はニッコリと笑うと、
ゆっくりと 口を開いて・・
「 シャオ ・・・ しゃま ・・ 」
私の名前を・・
「 シャオしゃま・・
・・・
シャオしゃま・・ 」
・・・ え? ・・
・
・
永遠の試練 <前編> : COCHMA式 “勝手に”守護月天小説!
シャオが目覚めて最初に目にしたのは
いつもの 部屋の天井・・
その天井のキャンパスに カーテンから漏れた 朝の光が
幾筋も 白い線を描き出している、見慣れた景色だった。
ただ・・ いつもと違う事は
視界のはじっこで ゆらゆらと揺れている
ピンク色の物体が 見えた事だ。
「 ・・ 」
ぼんやりしている頭の中で
のんびりと ・・なんだろう・・ と 思ったシャオは、
少し 顔を右に動かした。
「 ・・ あ ・・
りしゅ ・・ 」
シャオは 自分のほっぺたを ぷにぷにと
手で押していた離珠と目が合った。
( シャオしゃま!
もう 朝でしよ!? )
彼女が起きた事に気がついた離珠は
手を引っ込めながら しょぼしょぼしている
シャオの瞳を覗き込んだ。
「 ふぁ ・・ ん
おはよう・・ りしゅ・・ 」
まだ頭の中が眠っているのか
あくびを噛み殺しながら トロンとした顔で
シャオは挨拶をする。
( おはようございますでしー! シャオしゃま! )
離珠が 朝の挨拶を言いながらニッコリと笑う。
シャオも つられて笑顔になると、
「 ごめんね・・ 離珠・・
ちょっと寝過ごしちゃったみたい・・・
ありがとう 起こしてくれて・・ 」
体を起こしながら 離珠にお礼を言った。
( おやすいご用でし! )
誉められて 上機嫌の離珠は 枕の上で得意気にポンっと
自分の胸を叩き、 ずり落ちるように 枕の上から
布団の上に降りた。
手のひらサイズの離珠にとっては、
たかだか 布団と枕の段差も かなりの高さになる。
それに 彼女は体のサイズから考えても
手足が少しばかり 短い。
おかげでいろいろ苦労するのだ。
( シャオしゃま・・
今日のお弁当は なににするでしか? )
布団の上に降り立った離珠が
シャオのほうに向き直り、話しかけた。
ちなみに 離珠の毎朝の楽しみは、
シャオの頭の上にのっかって 彼女の作る料理の
味見をする事である。
( 昨日は春巻きだったでしよね ・・
今日は・・ )
腕組をしながら考え始めた離珠は
ふと、先ほどから動かないシャオの気配に気がつき
彼女の方を見上げた。
「 ・・・・ 」
シャオは 上半身を起こした姿勢のまま、
背中をかがめて すこしうつむき加減に
ぼんやりと 掛け布団の上に置かれた自分の手を
黙って見つめている。
( シャオしゃま? )
いつもなら 起きてすぐ 雨戸を開けたり
布団をたたんだりするはずなのに・・ と
不思議に思った離珠が呼びかけるが、
彼女は 心ここにあらず・・ といった状態のようで
気がついていない。
( ・・・ ふぅ ・・ )
仕方なく 離珠はごそごそと
シャオの下半身がつつまれた 掛け布団の山によじ登ると
シャオがずっと見つめている 両手の所へ近づき
つんつんと それをつついた。
「 ・・ あ ・・・ 」
ようやく うつむいていたシャオが
我に返る。
( シャオしゃま?
・・どうかしたんでしか? )
離珠は すこし怪訝な顔で 彼女を見上げる。
「 え? あ・・ なに? 」
( シャオしゃま・・さっきから 離珠がお話してるのにぃ
ずっと ぼんやりし・・・・・・ ? ・・ )
少しほっぺたを膨らませて 怒ったポーズで喋っていた離珠は
そこで言葉を切ると、
( シャオしゃま?
・・・顔が赤いでしよ? )
「 え・・
そ そう?? 」
離珠に指摘され、
思わず両手で 自分のほっぺたを隠すように押さえるシャオ。
( 真っ赤でし!
シャオしゃま おかしいでし・・ )
「 そんなに赤い?
・・や・・やだ どーしよ・・ 」
シャオは 慌てながら
パタパタと 両手で自分の顔を手であおぐ。
( いったいどうしたんでしか? )
心配顔の離珠の問いかけに。
シャオは 自分の顔を両手で隠したまま
また すこしうつむくと、
「 太助様の・・
・・夢を見たの・・ 」
そう、ポツリと呟いた。
( 太助しゃまの? )
「 うん ・・ 」
顔を隠したまま シャオはコクンと頷く。
そんな彼女を 離珠はニコニコしながら見上げると
( よかったでしね! )
楽しそうに シャオの手を ツンとつついた。
「 ・・・ 」
離珠の言葉に シャオはさらに赤くなり
隠した手からはみ出している 耳まで真っ赤になってしまった。
「 おはよう・・ キリュウ
・・・
今日も眠そうだな・・ 」
自室で 制服に着替えてから 廊下に出てきた太助は
廊下を まるで浮遊霊のように ふらふらと歩いている
ボサボサ頭の少女に 話しかけた。
「 ・・・・・ 」
キリュウと呼ばれた少女は 半分しか開いていない瞳で
太助の方をチラリと見ると
「 なかなか新しい試練の案が浮かばなくてな 」
喋るのもおっくうだ・・ といった表情で
つぶやいた。
彼女はどうやら毎晩のように
太助への厳しい試練のプランを考えているようだ。
そう言えば最近 前にも増して試練が厳しくなってきた。
だいぶ慣れてきたから 良いようなものの、
以前の太助なら とても乗り越えられないだろう・・。
まあ 慣れたから・・ ではなく
乗り越えられるようになったと言う事は
彼女の試練のおかげなのだろうけれど。
( ・・ でも そんなに頑張らなくても
いいんだけどな・・ )
ついこのあいだ 10メートルくらいに巨大化された
子犬に 追い駆けまわされた事を思い出した太助は
苦笑いをしつつ 頭の中でつぶやいた。
「 肉体的な試練だけでは 駄目なのだ・・
精神的にも 強くならなくてはならない。
そのためには バランスの良い修行が必要なのだ。 」
そんな太助を気にせず キリュウは半分眠りながら
ぶつぶつと つぶやいている。
「 ま・・ まあ ほどほどに頼むよ・・ 」
太助は笑顔を引きつらせながら
辿りついた リビングのドアを開けた。
いつも 食事をしている リビングのテーブルには
食べ終わった 食器が 何枚か置いてあり、
シャオがそれを 流し台へ運んでいる所だった。
「 あ・・ そうか
今日は ルーアン 朝の職員会議がある日だったな・・ 」
シャオがかたずけているのは
先に家を出た ルーアンの朝御飯だろう。
と 言うのも 一応教師ということになっている以上、
ルーアンは 職員会議などに出なくてはならないのだ。
前はぶつくさと 文句を言っていたが、
最近はもう それが習慣になってしまったようだ。
「 おはよう・・ シャオ・・ 」
太助は テーブルに腰掛けながら、
せっせと 新しいお皿を 並べていたシャオに挨拶した。
キリュウはと言うと 太助の横を通り過ぎ、
リビング横断して のそのそと 洗面所に消えていった。
「 あ・・
お・・ お・・ おはようございます・・
太助様・・・ 」
何故か 顔が赤いシャオは
いくらかつっかえながらも なんとか挨拶を返す。
「 ?・・
どうしたの? シャオ・・ 」
いつもと違う 彼女の反応に
太助は不思議そうな顔になった。
「 い・・ いえ・・
なんでもないです・・
い ・・ 今 目玉焼きを 用意しますね! 」
どもりながら 早口でシャオはそう言うと
わたわたと 台所へ 引っ込んでしまった。
「 ・・・ 」
あからさまに妖しい 彼女の様子に
太助は怪訝な顔をすると
「 どうしたんだろうね? 」
テーブルの上で楽しそうにお絵かきをしていた離珠と
顔を見合わせた。
・
・
台所に避難してきたシャオは
食器棚に背中をあずけて 立ち尽くしていた。
「 私・・ どうしちゃったんだろう・・
なんだか 太助様の顔を見ると
顔が 赤くなっちゃう・・ 」
言いながら 両手でパタパタと 顔をあおぐ。
シャオが赤面するのも 無理は無い。
なんだか 今朝見た夢の中の太助と
現実の太助が 重なってしまって、
あの 夢の中の恥ずかしさと 嬉しさが
彼女の心の中に 渦巻いてしまっているのだ。
「 ・・・・・ 」
しばし 顔の赤いのを治そうと
パタパタやっていたシャオだったが、
朝御飯を食べないと 遅刻してしまうので
仕方なく 朝食の準備を 再開した。
・
・
台所から出て、 太助のほうをあまり見ないようにしながら
シャオは あたふたと 準備を進める。
「 ・・・・・ 」
別に することもないので 太助は離珠を頭の上に乗せたまま、
そんな シャオを見ている。
それを 気にしないようにしていた
シャオだったのだが・・・
しかし
意識しないようにすると
余計に意識してしまうもので・・
・・
サラダにかける ドレッシングを持ってきたときは
少しだけ 赤い顔
・・
次ぎに トーストを持ってきたときは
だいぶ 赤い顔
・・
ウインナーと 目玉焼きを太助の前のお皿に よそいながら
な・・ 何本いりますか? と 聞いている時にはもう
彼女の顔は トマトのように 真っ赤っ赤になっていた。
「 シ・・ シャオ?
・・ あのぉ ・・ 」
いくらなんでも 様子がおかし過ぎる・・
風邪でも引いたんじゃないかと思い始めた太助が
彼女に話しかけたが、
「 い! 今、紅茶を入れてきますね! 」
シャオは慌てて 台所へ逃げていってしまった。
・
・
( はぁ・・ はぁ・・
ど・・ どうしよう・・
顔が・・・ 熱くて・・ あ・・ そうだ! )
台所に戻ったシャオは
半ば混乱している頭を抱えながら うなっていたが
ガチャ!
何を思ったか 突然冷凍庫のドアを開けた。
白い 冷気の煙が ふわふわと流れ出てくる。
「 ん・・ しょ! 」
シャオは思いっきりつま先立ちになって
背伸びをすると その冷凍庫の前に 顔を持って行き
パタパタパタパタ!!
片手で 自分の赤い顔を 冷やし始めた。
( 元に戻らないと・・! )
パタパタパタ!
( そうしないと 太助様に変に思われちゃう!)
パタパタパタ!
( 昨日まで こんなになったことないのにぃ )
パタパタパタ!
( 冷たい・・
あ・・・・ 元に戻った・・・ かな? )
顔が冷たくなって だいぶ火照りが引いたような感触だ。
これで ようやく 朝御飯が食べられる・・
と 思ったシャオだったが、
( シ・・・ シャオしゃま? ・・ )
「 シ・・・ シャオ? ・・ 」
ドキン!!
ふいに 背後から声がかけられた。
「 あう! 」
バタンと冷凍庫のドアを閉めて
慌てて振り返ると、
呼んでも 台所から出てこないシャオを不思議に思った
太助と、 その肩にくっついている離珠が
何とも言えない、心配そうな顔で こちらを見ていた。
「 な・・ なにしてるの?
・・・・ シャオ ・・ 」
太助は 困惑したように話しかけた。
無理も無い・・
覗いてみたら シャオが冷凍庫に顔を突っ込んでいたのだ。
なにをしてたのか 気にならないほうが どうかしてる。
「 あ! わ! う!
・・ な ・・
なんでもないですうー!! 」
せっかく冷やしたのに
シャオの顔は 途端に沸騰寸前のように
真っ赤に燃えあがってしまった。
太助によると、
それからも シャオの様子は
どこかおかしかった。
結局 朝御飯の時も変だったし、
登校中も なんだかシャオは いつもと違っていた。
上の空というか・・
ぼんやり・・ というか・・
そうかと思うと、
今度は赤い顔で
時々 じーっと
太助のことを 見つめたりしているのだ。
「 シャオ・・ どうしたんだ?
今日は・・ 」
とか
「 俺の顔に・・
何かついてる? 」
とか 聞いてみるのだが、
シャオは 慌てながら ぶんぶんと
首を振って しどろもどろで 逃げてしまう。
学校についてからも それは同じで、
太助が時たま チラッとシャオの方を見ると
彼女は 赤い顔で 慌てて目をそらしたりしていた。
( シャオ・・ なんか今日・・ 変だな・・ )
鈍感な太助にだって
シャオの異変に気がついたのだ。
シャオには誰よりも詳しい
山野辺翔子が
それに気がつかないわけがない。
・
・
「 どうした? シャオ・・
なんか 悩み事でも あんのか? 」
授業の合間の休み時間。
シャオがぼんやりと 机に腕をのせて
考え込んでいると、
窓に背中を預けて 翔子が話しかけてきた。
「 翔子さん! 」
いつもいろいろと教えてくれる
シャオ良き理解者の登場に、
彼女の顔が パアッと 明るくなった。
・
・
「 へぇ・・
そんな 夢を・・ ねぇ・・ 」
いくらか 顔を赤らめながらも、
翔子は感心したように 頷いた。
「 そうなんです・・ 」
夢の事を一部始終 翔子に話したシャオは
あの暖かな気持ちを思い出したのか、
赤い顔でうつむいた。
( しっかし・・
七梨が出てきて 抱きしめてくれて
とっても気持ちが良かった・・ なんて
・・シャオじゃなければ 誰にも話さないだろうな・・ )
うつむいているシャオの頭を見ながら
翔子は苦笑いを浮かべた。
「 ・・まあ それで
夢から覚めた後も、
七梨が 気になっちまう・・ってことか・・。 」
「 そ・・
そうなんですぅ・・ 」
また 赤くなってしまったほっぺたを
ペチペチと叩きながら シャオが頷く。
「 でも・・
別に いいんじゃないのか?
悪い事じゃないし・・ むしろその夢は
シャオにとって 嬉しいものなんじゃないのか? 」
「 ・・
はい ・・
とっても・・ 嬉しかったです・・。 」
本当に嬉しそうに答えるシャオに
翔子はサラッと・・
「 じゃあ 夢じゃなくて
本物の七梨にも、
同じ事をしてもらえば いいじゃないか。 」
「 え ・・ 」
「 そうすれば
もっと 嬉しいんじゃないのか? 」
そう言って 翔子は
シャオの顔を覗き込んだ。
「 そ・・
そんな・・ 」
思わずシャオは 視線をそらす。
「 いいじゃないか・・
どうして 駄目なんだよ・・・・
それに もう1度 同じ事を体験してみれば
その よくわからない 暖かい気持ちって奴が
いったいなんなのか・・
わかるかも 知れないぜ? 」
翔子はニヤリと笑う。
「 ・・ も ・・
もう1度 体験したら・・
夢の中と 同じ気持ちに
なれるんですか? 」
心配そうな シャオの声。
「 そりゃーなれるだろ!
夢よりもっと 凄いかもしれない! 」
「 ・・ じゃあ・・
・・た ・・ 太助様にお願いして
同じようにしてもらおうかな・・・・ なんて ・・ 」
「 うんうん 」
満足そうに翔子は頷く。
ずっと あの もどかしい2人の仲を応援してきたのだ。
これは大変な進歩だ・・と 彼女は考えている。
「 で・・
でも やっぱり そんなの無理ですぅ!
は・・恥ずかしいです・・ 」
でも シャオにはまだ そんな勇気はない。
「 いいじゃないか・・
お願いしてみろよ、 シャオ・・ 」
「 でも・・
守護月天が
ご主人様に そんなことを・・ 」
シャオの言葉に 翔子は しょうがない・・
と いった感じにひとつ ため息をつくと
「 シャオ・・
そんな事言ってたら
いつになったら 七梨が夢の中と同じ事をしてくれるか・・
わかんないぞ? 」
( ただでさえ七梨は 超が付くほど 鈍感なんだし )
というセリフを かろうじて押し留める。
「 ・・・ で ・・ でもぉ・・ 」
( もうちょいだな・・ )
シャオの表情から それを悟った翔子は
「 それに・・
そんなにのんびりしてて・・
もしかして 誰かに取られちゃったらどうするんだ? 」
腕を組みながら 翔子はシャオを見つめ、
意味ありげに笑った。
「 ・・ と ・・取られちゃう? 」
翔子の言葉の意味が良くわからないのか
シャオは頬に人差し指を当てて 小さく首をかしげる。
そんなシャオの反応に 翔子はひとつ小さくため息をつくと
「 つまり・・
どういうことかと言うと・・ 」
「 こんにちわ! 太助さん!! 」
「 やあ 始めまして・・
おお・・ 君は なんと美しい人だろう・・ 」
「 嫌ですわ・・ 太助さんったら・・ 」
「 いや・・
君みたいに 美しい人には
今まで あったことがないよ! 」
「 そんな・・ 」
「 ああ・・
もう 僕の心は 君の美しさの虜になってしまった・・ 」
「 太助さん・・ 」
「 ああ! もう僕は 一生君の側を離れないよ! 」
「 ああ! 太助さん! 私うれしい! 」
「 ってことだ! 」
即席の 1人芝居を終えて、
得意気に翔子は拳をにぎりしめた。
「 太助様が・・
ですか? 」
はたして 今の説明が 通じたのか
通じていないのか・・シャオは目をぱちくりとさせながら
翔子を見る。
「 そう、
・・ つまり 七梨が他の誰かの所にいっちゃって
シャオの所に帰ってこなくなっちまうって ことだよ 」
腕を胸の前で組んで 翔子は頷く。
「 え・・
で・・ でも 太助様は いつも晩御飯の時間には
家に帰って・・ 」
「 そういう意味じゃない。 」
オロオロしながら トンチンカンな事を言い出したシャオに向かって
翔子は大きくため息をつく。
「 確かに晩御飯には 帰ってくるかもしれないけど・・
そうじゃなくって、 七梨の気持ちの問題なんだよ。 」
「 気持ち・・・ ですか? 」
「 そう。
七梨が シャオのことじゃなく
いつも他の女の子の事を考えるようになっちまうって ことだ。 」
「 え ・・ 」
シャオの顔色が変わる。
「 朝 昼 晩と その 他の女の子の事ばかり・・
休みの日には シャオじゃなく 他の女の子と遊びに行って、
学校の行きかえりも その女の子と 一緒に・・ 」
翔子の言葉を聞きながら
シャオの顔が みるみる青ざめてゆく。
恋愛感情を持たないため、直感的にどうなるのか
よくわからないシャオだったが、 それによって引き起こる事態を
次々と列挙されると それがどのようなことか・・
段々分かってきたのだ。
「 そ ・・
そんな ・・ 」
「 まあ 今の七梨なら そんなこと起こるわけもないけど・・
これから先、 そう言うことが 絶対に無いとは
言えないと思うぞ?
・・ あながち ありえない話じゃない。 」
肝心な所が だいぶ抜けているシャオには
“少しくらい強く言ったほうが良い“って事を知っている翔子は
沈痛な ・・ ひどく深刻な顔をしてみせる。
「 だ・・ 駄目ですぅ!そんなの! 困ります!」
案の定 シャオは慌てて叫んだ。
「 そうだろ? 」
「 ぜったいに
ぜっったーーーいに駄目ですぅ! 」
首をぶんぶん振って シャオは暴れる。
翔子はそれを見ながらうなずくと、
「 だったら 七梨をちゃんと捕まえておかないと・・
な? シャオ。 」
言いながら 彼女はすっと 教室の中央を
指差した。
「 え? 」
翔子が指差した先には、
ルーアンに抱きつかれている太助が
いつものように ジタバタしている。
そのまわりには 乎一郎や野村たかしなども集まって
いつもの騒ぎが起こっている。
「 ・・・・
・・・はい 」
ルーアンと、太助を見ながら
シャオは真剣な顔で こくんと頷いた。
「 それこそ シャオ・・
捕まえるんだから、
自分から七梨に抱き着いて
しっかり捕まえればいいんじゃないか? 」
まさに名案!といった感じで 翔子が言う。
「 わ・・ わ・・ 私から!? 」
自分を指差しながら
シャオは瞬時に頬を染める。
「 そうだよ・・
別に変な事じゃないさ
ルーアン先生なんて
毎日やってるじゃないか 」
さも可笑しそうに 翔子は言い・・
「 な・・ なるほど ・・ 」
シャオは鼻息も荒く
ぎゅっと 拳をにぎりしめた。
・
・
時は流れて その日の放課後。
今日は金曜日
明日は学校が休みなので
ガヤガヤと 明日の予定を喋る声でうるさい教室を後に、
太助とシャオは 帰宅の道についていた。
いつもなら 他愛の無いおしゃべりをしながら
帰る二人なのだが・・
シャオは さっきからずっと無言で
太助の少し後ろを歩いている。
だいぶ オレンジ色に染まってきた町の中。
「 ・・・ 」
なんとなく 話しかけずらい雰囲気に
仕方なく 太助も黙って 歩いている。
太助の頭の上に乗っている離珠も
そんな2人を キョロキョロと 交互に見ている。
太助の家から 学校までは おおよそ15分程度。
途中には スーパーやら商店街やら
いろいろあって けっこう賑やかな通りだ。
ただ 車の通りが無いので 歩きやすくてとても良い。
「 太助様・・・ 私から・・ ルーアンさんみたい・・ 捕まえ・・ 」
そんな通りを、
ぶつぶつと シャオは呟き
自分の足元を見ながら 歩いている。
彼女の頭の中は 太助の事ばかり。
翔子に言われた事が ずっと頭に引っかかっているのに
いざ 2人っきりになると
とても恥ずかしくて、
シャオは太助にお願いなんて出来ない事に
気がついた。
かと言って、
翔子の提案のように
自分から 太助に抱きつくなんてことも
出来るわけがない。
( うう・・
どうしよう・・ )
でも しっかり捕まえておかないと
誰かに取られてしまうという・・
それだけは 絶対に嫌だ。
( でも・・
でもでも ・・ )
太助の背中と 揺れている腕を見ながら
シャオは思考の迷路の中を ぐるぐるとさまよう。
「 夢の中・・ 太助様の・・ が ・・ で ・・ 」
なにか シャオがまた呟いて・・
ふいに 太助は 腕がひっぱられる感触を覚えた。
「 シャオ・・? 」
見ると シャオが太助の服の袖を
人差し指と 親指で しっかりと つまんでいる。
「 ・・ ・・ ・・ ・・・・ 」
しかし それに関して なにも言わず、
シャオは 視線をやや 下の方に落としたまま
ほっぺたを膨らませ、
なにやら ぶつぶつ 小さくつぶやいている。
「 シャオ? 」
どうやら 考えるのに一生懸命で
太助に呼ばれたのに 気がついていないようだ。
「 シャオ! 」
太助は少し 声を大きくして 呼びかけた。
「 わ! あ! はい! 」
さすがにこれはに シャオも我に返って
顔を上げた。
「 どうしたんだよ・・ シャオ・・
さっきから ぼんやりして・・。 」
「 あ・・ えっと ・・ 」
赤い顔で 太助を見上げながら
シャオは視線を泳がせる。
「 それに・・ これ 」
太助は言いながら 片方の手で
シャオの指にしっかりとつままれた 服の袖を指差した。
「 え? あ! ご・・ごめんなさい・・ 」
太助に言われて やっと
無意識に 自分が太助を捕まえていた事に気がついたシャオは
慌てて パッと手を離した。
「 あ・・嫌・・
悪いって 言ってるんじゃ ないけど・・ 」
すこし 名残惜しそうな顔をしながら
太助は頭を掻く。
そんな太助の顔を見たシャオは
「 あ・・ でも やっぱり ・・
・・ 捕まえてます 」
言いながら また しっかりと
太助の袖をつまんだ。
「 え? 」
太助の驚いた声に
「 駄目・・ ですか? 」
シャオは心配そうな声を出す。
「 あ・・ いや・・
駄目・・じゃないけど・・
そ・・
それなら・・
腕・・
く・・ 組もうか? 」
あさっての方向を向きながら
照れくさそうに 太助は腕を差し出した。
「 あ・・
はい! 」
シャオはとても嬉しそうに頷くと
そっと 太助の腕に 自分の腕をからめた。
( そう言えば 腕を組むなんて・・
夏山以来だなぁ・・ 幸せだなぁ・・ )
身近に感じる シャオの感触に うっとりしている太助。
シャオもシャオで、
腕を組むのも “捕まえている” の 一種であると理解したのか
とても満足そうな笑顔だ。
「 ね・・ 太助様?
お買物に つきあってくださいますか? 」
再び 歩き始めながら シャオが太助に聞いた。
「 あ・・ うん いいよ 」
「 じゃあ・・ 今晩は 何が食べたいですか? 」
「 ・・ そうだなぁ・・
たまには 中華料理じゃなくて・・
ん〜・・ なにがいいかな・・ 」
やっと 緊張がほぐれて、
いつもの会話ができるようになった二人。
( すぱげってーが いいでし! )
それを見て 安心したのか、
太助の頭の上の離珠が、
何処で覚えてきたのやら・・
太助の代わりに 元気良く答えた。
結局夕飯は スパゲッティーになった。
シャオは中華料理が得意・・ というか
それしか作らなかったのだが、最近
洋食や 和食など いろいろ新しいメニューを試している。
元々彼女は料理が上手いので
作った事の無い料理でも 一応 なんとか作る事ができるのだ。
それに 困った時には 食材の星神、八穀(はちこく)が
相談にのってくれるので 万事OKだ。
「 ん〜! 美味しいよ!シャオ・・
始めてとは思えない! 」
トマトとバジルのシンプルなスパゲッティーだが
太助は感激しながら 食べている。
「 ありがとうございます、 太助様♪ 」
嬉しそうな太助の顔を見て、
シャオも幸せそうだ。
「 うむ・・
私も このスパゲッティーというのは始めて食べたが
美味しいものだな・・ 」
キリュウも太助に教えられた通りに
ぐるぐると フォークを回しながら 頷いている。
「 ところでキリュウ・・
今日は学校に来なかったけど、
何してたんだ? 」
「 ん?
ああ・・
新しい試練の計画が なかなか出来なくてな・・
今日一日 考えていたんだが・・
どうにも。 」
「 あ・・
そ そう・・ 」
聞くんじゃなかった・・
という顔で 太助が苦笑いをする。
そんなことはお構いなしに
キリュウは難しい顔をすると、
「 なにかこう・・
良いひらめきがあれば いいのだが・・ 」
ぶつぶつとつぶやく彼女の言葉に
冷や汗を流しながら 太助は気を取りなおして
再び スパゲッティーを食べ始めた。
「 ・・ ん ・・? 」
食べながら 彼が ふと 机の上を見ると
自分も食べてみたくなったのか
離珠が 大きな口をあけて一生懸命スパゲッティーのパスタに
かぶりついている姿が 目に入った。
「 り・・ りしゅ・・ 」
その様子に 太助は思わず苦笑する。
両手を使って もぐもぐと食べているが
口の大きさからいって・・ どうやら1度に3本くらいが限度のようだ。
( ん〜♪
むぐむぐ・・ ん〜! おいし〜 でし! )
本人は幸せそうに食べているのだが、 そもそも食事なのか
ヘビとの格闘なのか よくわからない事は確かだ。
そんなこんなで 3人が美味しく晩御飯を食べていると・・
ガチャ・・
キイ・・・
玄関から音がして、
「 あ・・ ルーアンさん
お帰りなさい・・。 」
「 ルーアン殿・・
お先に頂いている。 」
どんよりした顔で
リビングに ルーアンが現われた。
出たくも無い 職員会議に出させられて
相当 疲れているようだ。
しかし・・
「 お疲れ様・・ ルーアン 」
振り向いて 太助が声をかけると
途端にルーアンは ”しな”を作って・・
「 あ〜ん! たー様!
今日もルーアン たー様のために
いっしょーーーけんめー働いて来たのお〜!
誉めて誉めて〜!! 」
そう叫びながら 太助の方へ駆け寄ると
べったりと 椅子に座っている太助を
背後から 抱きしめた。
ズキン!
シャオの胸が 絞めつけられるように痛む。
「 あー はい わかったわかった
偉い偉い ルーアン・・ 」
もういい加減 毎日のことで すっかり慣れている太助は
面倒くさそうに 言いながら
それに答える。
「 だめですぅ! ルーアンさん! 」
__と
いつもは なにも言わないはずのシャオが
真っ赤な顔で叫びながら やおら
テーブルに手をついて 身を乗り出した。
「「 え ・・ 」」
抱きついているルーアンも、
抱きつかれている太助も
同時に驚いた声を出す。
キリュウも 目をパチクリしている。
( おいし〜でし〜! )
離珠は 強敵のスパゲッティーに 忙しい。
「 ど・・
・・どうしたの・・ シャオ・・ 」
いつもなら そんなに怒らないのに・・
という顔で 太助が呆然と、シャオを見る。
「 あ・・
えっと ・・ そのぉ・・ 」
太助の声に 我に返ったシャオは
途端に赤くなると、もじもじとし始めてしまった。
本当は 自分がしたかったことを
ルーアンが あっさりとやってしまったため
思わず 我慢できずに
あんな行動をとってしまったのだが・・
「 な・・なによぉ・・ シャオリン
あんたばっか たー様1人占めにしたら不公平でしょ?
たまには アタシに譲りなさいよ! 」
太助を両腕に抱えたまま、
ルーアンは口をとんがらせてシャオに言い寄る。
「 ひ・・ ひとりじめ・・って・・ 」
シャオがたじろいだのを良い事に
ルーアンは得意げに胸を張ると
「 そうでしょ?
ここんとこ 学校の行きも帰りも たー様と一緒だし
夕飯の買物だって 最近いつも一緒に行って! 」
畳み掛けるように 言いながら
ルーアンはシャオを追いつめた。
彼女は名目上(?)一応教師なので 登校や下校の
時間が2人とは違うのである。
よって 太助とシャオが登下校を供にしているのは確かだが
それに参加できないのは “ただ単に自分の責任”だと言う事は
この際 ルーアンにとっては あまり関係無いらしい。
「 で・・ でも・・
でもでも駄目なんです!
太助様を取られちゃだめなんですぅ! 」
言い寄られて、思わず シャオは本音を口にしてしまう。
「 シャオ・・ 」
彼女の言葉に 驚いた太助は
そのまま じっと シャオの顔を見つめる。
「 え・・ あ・・
その・・ 」
思わずとんでもないことを 言ってしまった事に
気がついているのかいないのか・・
シャオも 恥ずかしそうに 太助の顔を見る。
「 ・・・ 」
「 ・・・・・ 」
「 だー!!
あんたたち!なに見つめあってんのよぉ!! 」
ルーアンが怒鳴るのも 無理は無い。
( う〜〜・・ )
と、
その時 テーブルの上から困ったような 唸り声が聞こえた。
「「「 え? 」」」
キリュウを除いた3人が
思わずテーブルに目をやると、
スパゲッティと戦い終わった離珠が
案の定 口の周り 両手は言うに及ばず
顔中ケチャップで くわんくわんにして 泣きそうな顔で 立ち尽くしている。
「「 はぁ・・・ 」」
思わず ため息をつく 太助とルーアン。
「 ふふ・・ 離珠ったら・・ 」
シャオは 微笑みながら
そばにあった ティッシュで 離珠の顔を拭いてあげた。
・・
気の抜けたルーアンが
『 まーいいわ・・ 私 着替えてくる・・ 』
と 言って 二階に引っ込んだ後、
・・
「 離珠殿・・ おいしかったか? 」
それまで黙っていたキリュウが
すっかり綺麗になって 満腹のお腹を ぽんぽんと
叩いている 離珠に聞いた。
( もちろんでし!! )
離珠は嬉しそうに 手を上げる。
「 そうか・・
それはよかったな
・・・
ところで主殿・・
離珠殿に 小さな食器を、
作って上げられないだろうか 」
「 食器? 」
「 ああ・・
この フォークや スプーンなど・・
離珠殿が使うような寸法の物は
店には売っていないのだろう? 」
キリュウの言葉に
太助は腕を組むと・・
「 売ってない・・ だろうな・・・
あ・・・
そう言えば 那奈姉(ななねえ)の子供の頃の
お人形セットみたいなのが あったよなぁ・・ 」
・
・
「 ・・・ これでよしっと! 」
那奈姉の 子供の頃の人形セットの中から持ってきた
人形用の 小さなフォークとスプーンを
柔らかい布で 丁寧に拭きながら 綺麗にしていた太助は
ピカピカになった その 小さな食器を
満足気に 掲げた。
「 ほら・・ 離珠
離珠専用の フォークとスプーンだよ 」
言いながら 太助は
テーブルの上でわくわくしながら
太助の掃除が終わるのを待っていた離珠に
その食器を手渡した。
( わぁ〜〜!
太助しゃま!ありがとうでしー!! )
離珠は 目を輝かせて喜ぶと
フォークとスプーンを 両手にしっかりと握り締めて
キャッキャッと 飛び跳ねながら 遊びに行ってしまった。
「 あ、御飯を食べる時にだけ 使うんだって! 」
太助が慌てて言うが、
素敵なおもちゃを手に入れた離珠は そのままリビングを
飛び出して行ってしまった。
「 はぁ ・・ 」
身を乗り出していた太助は 離珠の姿が見えなくなると
やれやれと 再び 椅子に座りなおした。
「 ふふ ・・
まあ いいではないか・・ 主殿 」
すると 台所から麦茶をもらってきたキリュウが
今の騒ぎを見ていたのか、 小さく笑いながら
太助の後ろに立っていた。
「 うん・・
そうだね・・ 」
太助は答えながら 布と人形セットを
箱にしまい始めた。
すると、その時 つけっぱなしだった
テレビから 元気の良い声が聞こえてきた。
『 今日の特集は 先月オープンした
今話題のスポット!
“忍びの里 ・ 忍者アスレチックパーク”のレポートをお伝えしまーっす! 』
声につられて、太助と その後ろに立っている
キリュウが テレビの方に 顔を向けた。
テレビの中では、“元気の良さ”のをウリにしている
人気女性アナウンサーが、 マイク片手に威勢良く喋っている。
『 この 忍者アスレチックパークと言うのは
自然の山や 谷 池や川などを 活用して作られた
一大 忍者パークなのです! 』
彼女の声とともに、 アトラクションを紹介する
VTRが 画面に流れ始める。
『 まず最初は 広い池の上を 落ちないで渡る、
“アメンボの術のゾーン!” 』
池の上に 切り株くらいの大きさの
足場が 幾つも プカプカと浮いている。
若者が それを ぴょんぴょんと 渡って行くが
途中で ドボーン! と 水に落ちて
周囲から笑い声が起こったりしている。
『 そしてぇ〜!
なんと! これは 2人1組で この高い塀を越えるという
“忍びこみゾーン” なのです! 』
「 ほぉ ・・ 」
次ぎから次ぎへと 紹介される
アトラクションの映像に キリュウが 興味深げな声をあげる。
『 他にも 森の中に作られた アスレチックコース!
現代の本物の忍者達が繰り広げる、迫力の忍者ステージなどなど!
もりだくさんです! 』
『 ちびッ子から 大人まで!
誰でも簡単に 忍者の気分が味わえちゃいまーす! 』
『 今日は金曜日なのですが、開園と同時に
大勢の家族連れや カップルが
厳しい忍者の修行を 体験していました〜!
明日は土曜日! 休みの方も多いでしょうから
より一層 盛り上がるでしょう!
みなさんも 休日は 忍者の気分になってみてはいかがでしょう!?
あ〜ん!
アタシも 素敵な彼と一緒に 遊びに来たいなーっ!
以上! 今日の特集レポートでしたー! 』
・・・
・
「 なかなか 良い修行場だな・・ これは。 」
無意味に元気の良いレポートが終わり、
テーマパークの全貌が 上空から映し出されているのを見ながら
キリュウが感心したように つぶやいた。
「 え? 」
思いがけない言葉に 思わず太助が聞き返す。
「 今 少しだけ紹介されたものを見ても
体力 知力 精神力と
非常にバランスがとれた修行を行っているようだ 」
ひらひらと 扇子を動かしながらも、
キリュウの顔は真剣だ。
「 ・・ へぇ・・ そうなんだ ・・ 」
流石は修行と試練のプロ・・
そういう事も わかるのかな・・ と 太助は感心した声を上げたが、
( でも あれは 修行じゃなくって 一種の遊園地・・・・ )
と言う言葉は 言わない事にした。
___と 次ぎの瞬間、
突然 キリュウは 太助の肩に 手を置くと
「 よし・・
主殿、
明日はここに 修行に行くぞ 」
「 へ? 」
間の抜けた返事を返す太助に向かって
キリュウは ニヤリと笑った。
「 しーーーちーーーり せんぱーい!! 」
ピンポーン! ピンポーン!
「 あっそびに 行きましょっーーー!! 」
ピンポーン! ピンポーン!
七梨家の呼び鈴が けたたましく鳴ったのは
次ぎの日のお昼・・の 少し前
時計の針が午前11時半くらいを 指していた頃だ。
「 はーい はいはい・・ 」
部屋の掃除をしていたシャオは パタパタと
玄関に走って行くと、 ドアを開けた。
ガチャ ・・
「 こんにちはー!
あ・・ シャオ先輩・・ 」
太助が出てくると踏んでいた花織だったが、
出てきたのがシャオとあって、 いくらか気まずそうな顔になる。
「 あら、花織さん・・ どうしたんですか? 」
「 ・・ あのぉ ・・七梨先輩は? 」
言いながら 花織は玄関から顔を突っ込んで、
キョロキョロと家の中を見まわす。
どうやら 押しに弱い太助の性格を利用して、
無理矢理家に押しかけて 休日の2人っきりのデートにでも
誘おう・・ という魂胆らしい。
「 あ・・
太助様は・・ 」
いくらかお洒落をしている花織に向かって
シャオが口を開くと、
「 なによぉ・・ 朝っぱらから大声出して
ピンポーンピンポーンって・・ うるさいわねぇ・・ 」
シャオの背中の方から、ぶつぶつと文句を言う声がして
2階からルーアンが降りてきた。
「 あ ルーアンさん おはようございますぅ 」
「 ルーアン先生?
七梨先輩は? どこやったんですか!? 」
律儀に挨拶しているシャオの後ろで
花織が言う。
「 なによぉ・・ あんたわぁ・・
休みの日なのに 家に押しかけてきて・・
たー様?
知らないわよ 私・・ 」
ポリポリと 頭を掻きながら
ルーアンが面倒くさそうに答えると、
「 太助様なら 今朝早く
キリュウさんと お出かけしましたよ? 」
シャオがニコニコしながら
それに続いた。
「 え・・
七梨先輩・・いないんですか・・? 」
残念そうな 花織の声
「 出かけたって・・ キリュウと?
珍しいわね、 何処に行ったのよ 」
腕を組みながら ルーアンがシャオを見る。
シャオは人差し指を ほっぺたに当てて
しばし考えていたが、
「 えーっと・・
確か・・
なんとか 忍者村って 所だそうです。 」
シャオがつぶやいた言葉に、
「「 ええええ〜〜〜〜!! 」」
ルーアンと花織は
同時に驚きの声を上げた。
「 そ・・ それってもしかして!! 」
「 今流行りの
”忍びの里、 忍者村アスレチックパーク”のこと!? 」
「 あ、 そうです! それです。 」
ルーアンの声に
シャオが嬉しそうに答える。
ちなみに ”忍者村 アスレチックパーク”は
近所に出来た 最新のテーマパーク・・
シャオ以外の女子は 全員知っている。
「 キリュウと2人でって事は!? 」
「 そ・・
そ ・・・ それって・・ 思いっきり・・ 」
「「 デートじゃない!! 」」
再び声をハモらせて 2人は叫ぶと、
2人とも その場で頭を抱え込んだ。
( くうううぅう・・ キリュウ・・あいつめ・・
いつも たー様に 無関心な態度をとっていたのは
さては 私を騙す カモフラージュだったのね!! )
( しまったー!! キリュウさんは ノーマークだったわ!
気の無い素振りをしながら・・
実は 私の七梨先輩を狙っていたなんてぇ!
やられたわ! あなどれない あの人!! )
「 あのぉ・・ 2人とも いったいどうしたんですか? 」
頭をかかえて うなっている二人に
シャオが心配そうに問い掛けた。
のんびりした 彼女の態度に花織は顔を真っ赤にすると、
「 シャオ先輩は 何とも思わないんですか!
2人だけで 最新の遊園地ですよ! 」
「 そうよシャオリン!
なんで 私をその時 起こさないのよ! 」
2人の剣幕に シャオはたじろぎつつ・・
「 え・・
でも キリュウさんと一緒だから
試練と言うか 修行に・・・ 」
「 相変わらずボケボケねぇ あんた・・ 」
「 ホントですね・・ 」
シャオの言葉は 途中で2人に遮られた。
「 ・・・ ? ・・ 」
ボケボケといわれても
シャオにはどうしようもない。
首をかしげている 彼女に
ルーアンはひとつため息をつくと、
「 シャオリン・・
あんた 昨日 私と たー様が一緒にいたら
取っちゃ駄目って騒いでたけど、
キリュウにだって 騒ぎなさいよ! 」
「 え?
・・ え? ・・でも ・・・ 」
「 そーですよ!
ルーアン先生の言う通り!
キリュウさんだって 立派な女の子じゃないですか! 」
「 ・・・・ 」
それまで オロオロしていたシャオだったが・・
続いた花織の言葉に
今度は じっと考え込んだ。
・・・・
あたりに 無言の時間が流れる。
と、 やおらシャオは
ぽんっ!
と 手を打つと
「 ・・・ あ ・・ そう言われれば・・
・・ そうですね 」
「 そうですね・・ じゃないわよ!
あんた あの子に たー様をとられても
いーってゆーの!? 」
「 とられる・・? 」
その言葉を聞いて、
急に シャオの顔が青くなり・・
「 キリュウさんに・・
太助様を? 」
「 そうですよ! 」
「 そうそう! 」
やっと気がついたか!
と 言うように二人は叫び、
「 そ・・
そんな・・
駄目です! そんなの!
絶対駄目です!! 」
シャオも 真っ赤な顔で 叫びながら
ブンブンと 首を振った。
「 でしょう! 」
「 ですよね! 」
3人は 言いながら
同時に強く頷いた。
すると ルーアンがぐっと拳を握って・・
「 よし! となれば
さっそく 忍者村 アスレチックパークに行って
たー様を助け出すわよ! 」
「「 はい! 」」
シャオと花織が それに力強く答えた。
・
・・
・・・
一瞬の静寂の後・・
「 なんか 珍しく意見が合いましたね・・ 」
花織が、
心底珍しそうにつぶやいた。
試練を続ける太助とキリュウ・・
そんな2人に忍び寄る 間の手とは!
太助は誰かにとられてしまうのか?!
そして シャオと太助の微妙な関係の行く末は!
次回 :永遠の試練 <後編> をお楽しみに!
後編を読む
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