ジューーーッ・・・ジューーーッ・・・

 

油でいためる おいしそうな音・・

 

「 ・・・・・ 」

 

醤油が焦げる なんともいえない 良い匂い・・

 

・・・ごくっ・・・

 

リビングのテーブルに ほおずえをついて

『 特集! 10倍 自分を綺麗に見せる方法!!』 

と書いてある雑誌をめくっていた アスカが 思わず 喉をならした。

 

パタ・・

 

本を閉じて、 台所から見える 背中に視線を向ける。

 

台所には、いそがしげに・・

しかし、 どこか楽しそうに動いている 少年の姿がある。

 

( 取り柄ってのは 誰にでもあるものよねぇ ・・・・ )

 

アスカは思う。

 

それほど頭が良いわけでもなく、

スポーツが天才的なわけでもない。

確かにととのった顔をしてはいるけど、 絶世の美男子というわけでもない。

 

そんな 碇 シンジ 14歳だが・・

 

「 はい、 アスカ・・ おまたせ〜 」

 

彼の言葉と共に、

目の前に ならべられた 沢山の料理を見て

 

「 料理だけは、 うまいのよねぇ〜・・・」

 

アスカが感心した声を出した。

 

「 え? なにかいった? 」

 

「 ん〜にゃ ・・ なんでもないわよ、 バカシンジ♪ 」

 

不思議そうな顔で 自分を見たシンジに

アスカは楽しそうな声で 答えた。

 

「 な、なんだよぉ・・ 」

 

「 いーから はやく食べよ!

  もう あたし  おなかぺこぺこ・・ 」

 

「 そうだね・・・・アスカ、 お茶碗とってよ。」

 

「 うん・・・

  ・・・・・・ はい・・・

  ・・・ところでシンジ・・ 」

 

「 なに? 」

 

アスカの言葉に、

ほかほかのごはんを よそいながら、シンジが答えた。

 

「 ミサトは? また残業なの? 」

 

そういえば 昨日もいなかった ビール好きの保護者を思い浮かべながら

アスカが言う。

 

「 さっき 電話があったんだけど、 

  リツコさんと一緒に 今日は 大学時代の友達と遊びに行ったらしいよ? 」

 

「 遊びに? 」

 

「 うん・・・だから 晩御飯はいらないんだって・・・・ 」

 

「 へぇ〜・・・めずらしー 」

 

アスカが体をそらして、

頭のうしろで 手を組んだ。

 

「 きっと 高いコースの料理でも食べてくるんじゃないかな・・

  ・・うらやましいね・・・ 」

 

シンジがなさけなさそうに アスカに笑いかけた。

しかし、

アスカは まゆげをへの字にまげると・・

 

「 ふん! どーせ あの女は

  なに食べても 味なんてわかんないわよ!」

 

そう言って 鼻を鳴らした。

 

「 ・・・・はは・・・そうかもね・・」

 

「・・・・・・・・

 ・・・それに・・・・

 ・・・あたしは別に ・・らやましくもなんともないわよ・・・」

 

「 え・・? なんで? 」

 

「 だって、 シンジの料理のほうが ぜんぜんおいしいもん 」

 

しあわせそうな顔で、言いながら

アスカはシンジの手から お茶碗を受け取った。

 

「 ・・・あ・・・ありがと・・・アスカ・・」

 

 

 

( それに・・・・

  おかげで ふたりっきりだしね・・・)

 

 

恥ずかしそうにお礼を言うシンジを見ながら

こっそりと アスカが心の中で 付け加えた。

 

 

 

  素敵な日曜日 前編


 

 

 

「 そんなの別れて当然よ! 」

 

 

ショートカットの女性が 興奮して言った言葉に

うんうんと ミサトは 相槌をうった。

 

「 だ・・・だってぇ・・ 」

 

今現在、 話の ネタの中心となっている黒い髪の女性が

しょんぼりとした声を出した。

 

「 あのねぇ、ミユキ!

  好きな女の誕生日すら覚えて無い男なんて

  話になんないわよ! 別れたほうがよかったの!

  ・・そのほうが 幸せなの! 」

 

大きな声に、

まわりの席の客も 何事かという感じで

視線をこちらにむけている。

 

「 で・・・でもさ、カオリ・・・

  カオリはもう結婚してるから そんなことが言えるのよ・・

  こっちはもう 世間から 売れ残りって目で見られて

  あせってるんだもん! 」

 

女性の反論に、

またまた うんうんと ミサトが 相槌をうつ。

・・ すると、

どうやら その隣に座っている 金髪の美女・・

赤木リツコも 同様に うんうんと 相槌をうっている。

 

場所はとある おいしいと有名なレストラン。

 

かつての 女子大生たち 7人ほどは さきほどから

自分達の恋愛体験を 酒のさかなに、

わいわいと楽しい夕食の時間を過ごしている。

 

いつもの責任重大な任務から開放され、

安心できる仲間といるためか、 ミサトもリツコもずいぶんと楽しそうだ。

 

 

「 そ・れ・で♪ 聞いてよ聞いてよー!」

 

ビールを水と同じものと考え、

 

『 水道の蛇口から ビールが出てこないかしら・・ 』

 

などと

たまに真剣に考えているミサトはあたりまえとして、

 

冷静な リツコまで

今日は赤い顔で 時たま 楽しそうに笑い声をあげている。

 

「 ええ〜〜!

  リツコってそうなのお??」

 

「 そうそう!!

  研究に 男なんていらないわ!・・とか言ってるくせにさぁ〜 」

 

「 ちょ! ミサト! いいかげんなこと言わないでよ!」

 

話が リツコのことになったのをいいことに、

ミサトが嬉々として いろいろと話し始めると

リツコは慌てて それを妨害し始める。

 

「 いいじゃない! もっと教えてよ! 

  それで?それで? 」

 

「 そんでねー リツコの部下にひとり・・

  とびっきりの美少女がいるのよー!」

 

「 ええーーー! ホント?」

 

ミサトの言葉に色めき立つ友人達。

 

「 ミサト!」

 

「 それで!? ねえ?

   ミサト、 早く!早く! 」

 

「 それでね、 わたしの素晴らしいカンによるとね、

  ・・ どうやら ・・ その美少女は ・・」

 

ごにょごにょ・・

 

「 きゃーーーー! あっっぶなーい!! 」

 

「 リツコったらー! 」

 

沸き立つ 黄色い歓声

 

「 ちょっと ミサト!

  あることないこといってんじゃないわよ!」

 

「 またまた〜 リツコ! 冗談よ 冗談〜!」

 

真っ赤な顔で叫ぶ彼女の前で ひらひらと手を振って

ミサトはなだめたのだが・・

 

「 冗談になってないわよ・・まったくぅ・・」

 

少し心当たりでもあるのか、

リツコは落ち着かない 様子である。

 

そうこうしていると・・

 

「 ・・ で? で? 

  リツコはわかったけど、ミサトはどーなのよ!」

 

「 え? ・・わ、 わたし? 」

 

「 そーよそーよ、 浮いた噂なら あんたも無いじゃない!

  なにか 隠してるでしょう!? 」

 

まわりの友人達は 今度はなんと

ミサトの顔をのぞきこみはじめた。

 

「 あ ・・・ ほら ・・ いたじゃない 

  ・・ 大学のころ ・・・ なんていったっけ ・・

  そう・・加持! 加持って人! あの人は?」

 

「 そうそう、 有名な 女ったらし だったわね!」

 

「 かじぃー? やめてよ!

  あんなのとはもーとっくに切れたわよぉー 」

 

ミサトが慌てて手を振る。

 

「 ええー そうなの?

   じゃあ 今は? 」

 

「 そうよ、そうよ、

  結婚してもいいかなー みたいな相手とかは?」

 

「 い、いないわよぉ〜 そんな人・・・」

 

完全に 話の矛先が 自分の方へ向いてしまい、

ミサトは困った顔で 頭をかいた。

 

しかし・・

 

 

「 あ〜ら・・いるじゃない? 素敵な男性が ・・ 」

 

 

さっきのおかえしとばかりに、

ミサトの横から リツコの意外な声が・・

 

「 え!」

 

驚いたミサトを尻目に、 まわりの女性達は リツコに殺到した。

 

「 なになに!教えて!リツコ!」

 

「 誰? いくつ? どんな人? カッコイイ? 」

 

「 ねーリツコー もったえつけないでよぉー 」

 

身を乗り出さんばかりの勢いで聞いてくる友人達に

意味ありげな笑みで答えると

リツコはゆっくりと口を開き・・

 

「 ふふ・・・・ 結構 いい感じよ?

  若くって ・・・ かわいくって ・・

  しかも ・・・ なんと ・・・・・・」

 

リツコは 一旦言葉を切り、

自分を見つめる 友人達を ぐるりと見まわした。

 

「 ち・・ちょっ! む!むぐぐぐ・・」

 

なにか言おうとしたミサトの口が 友人たちの手によってふさがれた。

それを確認した後で、リツコは

ゆっくりと・・

 

「 なんと・・・・・もう ふたりは 

  同棲 してるのよ・・・」

 

「・・・・・・・」

 

「 ・・・ 」

 

「 えええ〜〜!!」

 

「 ど、どうせい〜〜!!!」

 

「 名前は!?どんなひと!?」

 

騒ぐまわりを気にせず、リツコは

 

「 ・・・ちょっと待っててね・・・・ 」

 

そう言いながら、

なにやら 自分のバックの中を ごそごそとやりはじめた。

 

「 ちょ! リツコ! 」

 

いきなりな展開に、ミサトが叫ぶが、

おかまいなしの彼女は

自分のバックから、 シンジの資料についていた何枚かの写真だけを

抜き出すと それを机のうえに置いた。

 

「 ほら? この子よ 」

 

写真には 線の細い、 繊細そうな少年が 

学校の制服を着て、歩いている姿が写っている。

 

「 ・・・・・・ 」

 

「 ・・・・・ 」

 

「 ・・・リツコ・・・ この子って・・・いくつ?・・」

 

沈黙していた友人のうち、 一人がおそるおそる 聞いた。

 

「 十四歳 ・・・ 中学生よ 」

 

 

「 きゃーー!

  中学生の男の子と同棲ーー!?」  

 

「 えええ〜〜!ミサト

  歳下 育ててるの〜!やるぅー! 」

 

「 かわいいー! この子 今度逢わせてよ!ミサト!」

 

「 そ、そんなんじゃないわよぉ〜!」

 

もりあがる友人達を 赤い顔のミサトが手で抑える

 

( ちょっと〜〜 リツコ・・ あんたね〜)

 

横目でミサトが となりをうらめしそうに見るが、

リツコは 「 おかえしよ 」 と言わんばかりのすました顔だ。

 

「 え? じゃあ ミサトが養ってあげてるんだ?この子!」

 

「 え・・・あ・・・・まぁ・・」

 

「 養ってあげてる というより・・・養ってもらってるって言ったほうが

  正しいわね、 カオリ 」

 

「 え? どういう意味?リツコ・・」

 

「 だって 掃除洗濯はもちろんのこと、

  その他家事全般は当然として、 

  なんと三食みーんな

  このシンジ君が作ってくれてるんだから、ミサトに。」

 

「 ええええ〜〜!!!」

 

「 うそ!!ほんとに?ミサト!」

 

「 すご〜〜い!」

 

「 う・・うん・・・・まぁ・・・ 」

 

「 こんなにまだ子供なのに 料理まで できるんだ〜 」

 

「 うまいの?彼?料理・・ 」

 

問われたミサトは

別に嘘をつく理由もみあたらないので、うなずいた。

 

その隣で、 リツコが くっくっくっ と 笑いをこらえている。

 

「 な・・なによぉ〜・・リツコ・・」

 

ミサトが不機嫌そうに 彼女をにらむ。

 

「 だ・・だって・・・ミサト・・・

  そう言えば、あなた・・・

  彼にお弁当まで 作ってもらってるじゃない?・・」

 

「 あ・・・あれは・・」

 

「 きゃーーーー!!ほんと〜?!」

 

「 え!え!いいな〜 いいな〜〜!」

 

「 ねぇ、ミサト、 どーゆー関係なの?」

 

「 そうよそうよ、 あんたと このシンジ君って子!」

 

「 ど・・・どーゆー関係・・・といわれても・・」

 

( わたしと シンちゃんの関係?・・・

  ん〜・・・っと・・・・いちおう・・・上司と・・部下・・・よねぇ・・・

  でも、そんなこと ここで言う訳にもいかないし・・ )

 

思わず沈黙する ミサトだが、 

こういう場合の沈黙は 逆効果である。

 

「 もしかして・・・言えないような関係なんじゃないの?ミサト!」

 

「 きゃー!!14歳でしよ?マズイわよぉ〜〜!」

 

「 そうそう、16歳以上じゃないと 法律に引っかかるのよ!?」

 

「 国家公務員でありながら、若くてこんなにかわいい子を!

  うらやまし〜〜!」

 

「 え?・・ち・・違うわよ! そんなんじゃないんだって!」

 

「 もしかして・・ ミサト・・

  ・・ほんとに食べちゃったんじゃないでしょうね・・」

 

「 きゃー! ミユキったら!」

 

「 た・・食べ・・

  そんなこと するわけないでしょ!」

 

トマトのように顔を赤くしたミサトは

話を めちゃくちゃな方向に向ける友人達に叫んだ。

 

 

「 へぇ〜 親戚の子なんだ〜 」

 

「 なるほどねぇ〜・・」

 

結局 そろそろ助けてあげるわ・・

という感じで リツコが登場し

シンジはミサトの遠い親戚ということになった。

事故で 両親が死んでしまったので 仕方なくミサトが引き取った・・

といった 具合だ。

 

「 でもシンジ君 かわいそ〜 

  お母さんも お父さんも死んじゃって・・・」

 

「 ・・・ わたしは それよりも

  ミサトの家で暮らすことのほうが 可愛そうだと思うわよ・・」

 

あっさりと言ったリツコを

ミサトが横目で見た。

 

「 ど ・・ どーゆー意味よ・・ 

 それ・・」

 

「 あ〜ら? そのままの意味だけど?

  掃除、洗濯まるで駄目、

  料理も壊滅的に駄目で 極めつけは味音痴・・・

  ガサツで ズボラな 同居人なら、

  シンジ君も家事や料理が上手くなるにきまってるわ。」

 

「 そ・・そこまで言う? ・・あんた・・」

 

一度 ミサトカレーを食べているリツコの口調には

イヤミも 真実も たっぷりと 含まれている。

 

「 でも ミサト、 よかったじゃん、

  こんな素敵な旦那様ができてさ!」

 

「 そうよー あたしなんてちっとも駄目なのに〜」

 

「 ・・だ・・・旦那様って・・・あのねぇ・・ 」

 

「 ま、 シンジ君の役割を考えると

  お嫁さんをもらったって 感じだけどね・・」

 

リツコの言葉に、

まわりの友人達は一斉に笑い声を上げた。

 

( リ ・・・ リツコめぇ ・・・・

  覚えときなさいよ・・ )

 

しかし、 あながち 事実無根なわけではない・・

 

とゆーか 限りなく 事実に近い。

 

( だから腹が立つのよ! )

 

ごもっとも

 

 

「 でもさあ? 別に無理やり家事をやらせてるって

  ・・・わけじゃないんでしょ? ミサト 」

 

友人の一人が

リツコへの復讐を誓っていたミサトに聞いた。

 

「 え ・・・ あ ・・・・ う・・ん ・・・

  けっこう楽しそうにやってくれてるから・・・

  だから お願いしちゃってるんだけどね ・・・

  あは・・・あはははは・・・」

 

乾いた笑いをうかべながら、

ミサトはバツが悪そうに 頭をかいた。

 

言われてみれば、 確かに彼は

いつも文句も言わずに せっせと家事や食事の準備をしている・・

料理を作ってる時なんて とても楽しそうだ。

 

「 なるほどねぇ ・・・ そうなんだ ・・ 」

 

「 うん・・・ 」

 

「 えっへっへ〜〜〜 ミ・サ・ト! 」

 

「 ・・ な ・・・ なによ ・・・ メグミ ・・・」

 

「 私の推理によるとねぇ〜

  ・・・ たぶん このシンジ君・・・

  ・・・ ミサトの事 ・・・

  ・・・・好きよ・・・」

 

「 あ!あ!わたしも そう思う!」

 

「 え? な、・・なんで?・・」

 

「 だって そうじゃない? 

  嫌いだったら わざわざお弁当まで作ったりしないわよ〜」

 

「 そうよそうよ! 」

 

「 ・・そ、・・そうかなぁ・・・・ 」

 

突然の話に

ミサトはめずらしく顔を真っ赤にしながらたじろいだ。

 

彼女は “自分がシンジにどう思われているか?”

なんてことを あまり考えた事は無い。

 

ミサトにとって シンジはもっと こう・・・

自然な、 気兼ねの無い相手だ。

 

・・・・

自分とよく似てるからかも しれない。

 

( シンジ君が 私を ・・・ ねぇ・・・

  ・・・・まさかね・・・ )

 

でも、 シンジ君が自分のことを好きだ と思ってくれているのかも・・・

そう思うと 何故か ミサトはとてもうれしくなった。

 

しかし、にやけてしまいそうな顔を隠しつつ

彼女は まゆをひそめた。

 

「 変な事いわないでよぉ・・・・・ わたしとシンジ君は

  15歳も離れてるのよ?  ・・ わたしなんて・・ 」

 

すこし 恥ずかしいような・・ 

なんともいえない気持ちになったミサトだったが、とりあえず否定した。

しかし、

 

「 そんなことないわよぉー・・ 確かに歳は離れてるけど、

  ミサトはまだ “おばさん” ってわけじゃないんだから・・・

  ・・・ただでさえ 若く見えるんだし・・」

 

彼女の言葉に まわりも そうよそうよ と同調する。

 

確かにミサトは 性格的にも 外見的にも

実際の年齢よりも だいぶ若く見られがちだ。

 

「 え? そ〜お? 若く見える?

  えへへへ・・」

 

照れたように頭を掻くミサトを

リツコが冷ややかな目で見ながら、

 

「 一番子供で 成長して無いのよ・・ ミサトは ・・・ 」

 

「 リツコ!

  あんた、なんか恨みでもあんの!?」

 

「 別に? ・・ 事実を述べただけよ・・ 」

 

彼女はすまして カクテルをかたむけた。

 

「 ・・・ったくもぉ・・・ 」

 

「 そんなことよりミサト・・ あなた

  そろそろ帰ったほうが良いんじゃないの? 」

 

チラリと、

腕時計に目をやったリツコが ミサトに言う。

 

「 あ ・・・ そうね ・・

  明日は早いんだったっけ・・」

 

そう言うと、ミサトは椅子の背にかけてあった

上着を持って 立ちあがった。

 

「 え? なんでよ、 終電はもうそろそろだけど・・

  タクシー使えばいいじゃない?」

 

「 そうよ、 明日、日曜なんだから・・

  休みでしょ? ネルフは・・」

 

まだこれから盛り上がるんだったのに・・

そう いわんばかりの友人達の視線をうけて、

 

「 ごめんね〜 みんな・・・ ちょっと明日は用事があってね。」

 

上着を小脇に挟んで ミサトは両手を顔の前で合わせた。

 

「 ・・・ ふ〜ん ・・・ って 

  ・・・まさか・・」

 

「 男 ・・ じゃないでしょうね ・・ 」

 

「 や・・やーねー・・違うわよ、

  ほいじゃ またねー」

 

早口でそう言うと、 ミサトは詮索から逃れるように

いそいで 店を出ていってしまった。

 

「 ・・・ あの慌てぶり・・・ 思いっきり怪しいわね・・・ 」

 

「 ね、 リツコ ・・・

  なにがあるのよ?明日・・」

 

友人達の視線を受けて、

リツコはグラスから 口を離すと

 

「 ふふ ・・・ 男 って部分は

  ある意味、正解ね 」

 

そう言って 片目を閉じた。

 

「 やっぱり!! 」

 

「 なんでミサトばっかりいい〜〜!」

 

くやしがる友人達を見ながら、

 

リツコは楽しそうに笑った。

 

 


 

 

コツ ・・・ コツ ・・・ コツ ・・・

 

( シンジ君と わたしの関係ねぇ〜・・・ )

 

リーーー・・ リーーーーーー・・

 

虫達の大合唱が聞こえる 夜の街・・

駅から マンションまでの道を

ミサトはぼんやりと 考えながら歩いている。

 

コツ ・・・ コツ ・・・ コツ ・・・

 

( アスカが来てから ばたばたしてたから 気にしてなかったけど・・

  そう言えば、 なんとも言えない関係よねぇ・・ )

 

美しい 深い青の夜空に、 青白い雲が 綺麗に流れている。

 

一番最初・・ 出会ったばかりのころは

彼女は シンジに対して 『 自分の部下 』 として 接した。

 

あたりまえだ。

 

ミサトは上司で

シンジはその部下であることに 間違いは無い。

 

しかし、 シンジは 違った。

上司ではなく ミサトに対して、 家族としての気持ちを 持とうとしていた・・

 

( 無理も無いわよね・・・ )

ミサトは思う。

 

相手は14歳の少年だ。

部下や上司などと言われたところで ピンとこないだろう。

 

そんな二人の間に 亀裂が生まれた。

 

( シンジ君が 家出した時・・・ )

 

ミサトは わずかに 歩く速度を落とした。

 

あの時・・

あの時 はじめてミサトは シンジの考えを知った。

ミサトを家族と考え・・接していきたいのに、

そう接してくれないミサトへの抵抗・・

 

それが 家出 だった。

 

( ・・・ シンジ君を受け入れることが 怖かったんじゃない・・

  ・・・シンジ君に 自分が受け入れられるのか・・・不安だったのよね・・ )

 

あの時の自分を ミサトはそう分析する。

そして、 それに気がついたミサトは シンジを追った。

 

間違っていたのが 自分だと気がついたから・・

 

そして 彼は 帰ってきた。

 

 

ミサトとシンジは 家族になった。

 

シンジはミサトに笑顔をみせてくれるようになり、

ミサトはシンジに自分の過去も話せるようになった。

 

日曜日に いっしょに買い物に行ったり・・・

レンタルしてきた映画のビデオを二人で見たりもした。

 

そして ミサトは 

リビングで掃除機をかけている シンジの音を聞きながら、

サードチルドレンの観察日記を 破って ごみ箱に 捨てた。

 

 

「 ただいま〜・・・ 」

シンジやアスカを起こさないように、

小さく言いながら ミサトはドアを開けた。

 

結局 終電ぎりぎりだったため、

すっかり 遅くなってしまった・・・

ミサトは疲れた顔のまま ふらふらと 玄関に入った。

 

「 う〜〜・・・ 」

 

だるそうに ブーツのヒモと格闘していると、

リビングから 足音が近づいてきた。

 

「 おかえりなさい、 ミサトさん。」

 

見上げると、 すでにパジャマに着替えたシンジが

にっこりと ミサトに笑いかけている。

 

「 あ ・・・ まだ起きてたんだ ・・ 」

 

「 ええ・・ アスカはもう寝ちゃいましたけど・・・

  あ・・・ミサトさん・・

  ご飯、 少し残ってますけど おなかすいてますか?・・」

 

「 ん、 いい ・・・・ 沢山食べちゃったから・・」

 

ミサトは 自分のおなかを ぽんぽんと 叩いて見せた。

 

「 そうですか・・

  じゃあ お風呂沸いてますから どうぞ。」

 

「 うん・・ありがと シンちゃん。」

 

ブーツを 脱ぎ終えたミサトは シンジを見た。

そして にやにやと 意味ありげな顔をする。

 

「 ? どうかしたんですか?・・」

 

「 そう言われれば そうね・・」

 

「  え? 」

 

「 シンちゃんて 私の奥さんみたいだもん。」

 

「 え・・な、なんですか・・・それ・・・・」

 

「 ふふ・・・じゃ お風呂はいってこよ〜っと・・ 」

 

「 ・・・・ 」

 

 

楽しそうに言うミサトに シンジは困った顔をした。

 


 

ちゃぽん!

 

「 う〜〜・・ やっぱ お風呂よねぇ〜・・・」

 

湯船に ずっぽりと身を沈めたミサトは

お湯を手ですくいながら 言った。

 

( シャワーで簡単に済ますのも 時には良いけれど、

  やっぱり 日本人なら お風呂よねぇ〜・・ )

 

ん〜〜っと、

両手を湯船のなかで 伸ばす。

いい気分で ミサトは目を閉じた。

 

( ・・・・・ 

  そういえば・・・

  シンジ君のおかあさんになろうと・・

  そう思った時もあったっけ・・・  )

 

 

お互いを理解した後で

部屋で寝ている シンジを見て、

彼の母親代わりになろうと・・

 

そう 思ったことがあった。

 

 

「 ・・ うんしょ ・・ っと ・・・・・ 」

 

脱衣所で てきとうに髪を拭いたミサトは

自分のバスタオルを 体に巻いた。

 

「 ミサトさ〜ん・・ 

  晩御飯の時に皮をむいた りんごが残ってますけど、

  食べます?」

 

リビングから シンジの声がする。

 

「 うん・・・食べる〜」

 

答えながら ミサトはそのまま

ドアを開けて 脱衣所を出た。

 

「 じゃあ このフォークで・・って・・

  そ、そんなカッコで 出てこないでくださいよ・・」

 

バスタオル一枚の彼女を見て、

シンジが顔を赤らめた。

 

こんな状況だと、ミサトはやっぱり

自分は この子の母親にはなれないな・・と 思ったりする。

 

「 へへ〜 サービスよ、 サービス!

  どぉ? セクシーでしょ? 」

 

「 し・・知りません!」

 

バスタオルを繋ぎ目を押さえながら、

ミサトが悩ましく髪をかきあげてポーズをとると、

シンジは慌てて そっぽを向く。

 

「 んもぅ・・・ こんなことで 恥ずかしがって〜・・

  ふふ ・・・ あいかわらず ウブねぇ・・シンちゃんは。 」

 

彼女は シンジのこういう反応が好きだ。

 

ちゃんと 彼が 自分を “女” として見てくれていると思うと、

彼女はなんだかとても うれしい気持ちになる。

 

「 と・・とにかく、

  ちゃんと服着て 出てきてくださいよ!」

 

「 だって〜 着替え部屋なんだもん・・ 」

 

まったく 反省した様子も無く

ミサトは自分の部屋に 入って行った。

 

 

( 母親になるには・・・私は若すぎて・・

  シンジ君は 大人すぎるのかもね・・ )

 

最後のひとかけらの りんごをほおばりながら・・

ミサトは 台所で りんごの入っていたお皿を洗っている シンジを見る。

 

( いつまで こんな関係で いられるんだろ・・ )

 

ミサトは いまの 不思議なこの関係が好きだ。

できれば ずっと

このままでいたいと 思う

でも

それは 無理な話だ。

 

「 安かったんですけど、

  けっこう甘かったでしょ? りんご。」

 

パジャマの上に エプロンをつけたシンジが

手を拭きながら 現れた。

 

なんともかわいらしい そのカッコを見つめながら、

ミサトは口を開いた。

 

 

「 ねぇ・・・シンちゃん・・・」

 

「 なんですか?・・」

 

言いながら シンジは何気なく

ミサトの向かいに 腰を下ろした。

 

「 シンちゃんさぁ・・

  ・・・・・・・

  ・・・私のこと、

  ・・・ 

  どう思ってる? 」

 

 

「 ・・え・・ 」

 

 

きつねにつままれたような 顔のシンジに

ミサトがにっこりと笑いかけた。

 


青い空と、白い雲・・

大歓声の中、

とても大切な思いでと共に

ミサトは 自分の気持ちと 彼の気持ちを知る

 

次回:素敵な日曜日 後編


後編を読む

始めのページに戻る

メインへ