僕の名前は 碇シンジ

 

何処にでもいる ・・ ごく普通の中学生。

 

・・ と 言っても ・・

実は 少し前まで、あまり普通じゃなかったんだけれど、

・・・

・・ まあ その話は 長くなるので 今はしない。

 

いろいろ理由があって

今、僕は 葛城ミサトさんって人の家で暮らしている。

 

居候 ・・ って事になるんだろうけど、

あんまりそんな意識は無い。

 

家族は ・・

僕も含めて 全部で4人

それと ペットのペンギンが一匹。

 

・・・ え?

ペットがペンギンだなんて珍しいって?

確かに ・・ 僕もそう思う。

 

しかも 彼は新種の温泉ペンギン。

ペンギンのくせに 熱い温泉が好きなんだ。

・・ とても変わってる。

 

・・・ それと ・・

あんまり大きな声じゃ言えないんだけど ・・

 

実は僕の家には、ペットがもう一匹いるんだ ・・

 

あ ・・ でも

これは 誰にもナイショなんだけどね。

 

 


ね こ よ う び


 

 

・ わがまま ・

 

・ 気まぐれ ・

 

・ 自分勝手 ・

 

ネコの性格は? と聞かれると、

不思議と 誰しもこんな言葉ばかりを口にする。

 

本当かな? と 思っていたのだけれど、

いざ 実際に飼ってみると・・

それが全部 紛れも無い真実だと言うことが よくわかる。

 

確かにわがままで 気まぐれで 自分勝手で ・・

人の言う事なんて ちっとも聞こうとしない。

 

・・ じゃあ なんで 猫なんて飼うのだろう?

 

そんなに嫌な性格ならば

わざわざ飼う事なんて ないじゃないか。

 

「 む〜 ・・ なんか言った? ・・ しんじ 」

 

・・ 確かに

ネコの性格は おしとやかで

優しくて 従順 ・・ とは程遠い。

 

でも 不思議な事に・・

ずっと一緒にいると、

 

それが そう簡単なものじゃないって事に

気が付くんだ。 

 

「 ・・ ん〜 ・・ んふっ ・・ 」

 

ネコは 実に奥が深い ・・

 

不思議で ・・ 可愛い生き物だ。

 

・・・

 

ネコが触られると

喜ぶ場所として有名なのは のどの所だ。

 

寝っ転がって ・・ 丸くなっているネコの

のどの 真中のあたりを

優しく 手で ごろごろすると

 

「 ん〜 ・・・ や ・・ くすぐったい・・ 

  ・・・ ん ・・・ 」

 

こんな風に とても気持ち良さそうな、

幸せな顔になる。

 

「 ・・ あ ・・ だめ!

  ・・・ やめちゃ やだ ・・ 」 

 

他にも あまり知られていないけど

喜ぶ場所は いろいろある。

 

「 ・・ ん ・・ しんじ ・・ 」

 

顔とか ・・

 

「 ・・ はぁ ・・ う ・・ 」

 

頭をゆっくり撫でるのも

とても好きみたいだ。

 

ついでに 赤い毛並みを

指でとかすように 触ると ・・

 

「 ん ・・ 髪 ・・ さわられるの

  すき ・・ 」

 

すぐに うっとりとした表情になるから

なんだかとても面白い。

 

 

・・

・・・ え?

 

さっきから 何かおかしいって?

 

・・ 確かに。

 

・・

 

・・実は 

事の起こりは、今からちょうど

 

2ヶ月くらい前 ・・・・ 

 

 


 

 

駅から少し離れた 山の側にある

この高層マンションの一室。

 

葛城家の 隣の部屋に、若い夫婦が引っ越してきた。

 

旦那さんは 背の高い好青年で

第三新東京市に最近進出してきた、大手の銀行で働いている。

 

奥さんは 髪の長い どちらかと言うと

可愛い感じの女性で、よく シンジは夕飯の買物の時に

スーパーで挨拶をしたりする。

 

そんな2人の夫婦が、小さな小さな 小猫を連れて

葛城家の呼び鈴を鳴らしたのは

今からほんの 数週間前のこと・・

 

「 あつかましいお願いだとは思うのですが ・・

  しばらくのあいだ 水曜日に ・・ この猫を

  預かって頂けないでしょうか? 」

 

何でも、奥さんの方の 母親が、

数日前から かなり重い病気になってしまったらしく・・

入院するか しないか ・・ みたいな話になったあげく、

検査と治療のために 毎週水曜日に、

必ず病院に行かなくては ならなくなったらしい。

 

付き添いで 奥さんが家を空けてしまうと、

ご主人は当然会社 ・・ 家にはペットの小猫が一匹 ・・

取り残されてしまうことになる。

 

もう少し大きくなっていれば 一日くらい

家の中に ネコだけにしても大丈夫なのだが、

なにぶん 生れて間も無い小猫だ ・・ 何があるかわからない。

 

連れて行こうにも、行き先が病院では

動物を入れるのは ご法度である。

 

「 業者に預けるという手も 考えたのですが・・ 」

 

奥さんの 腕の中で眠っている、

愛らしい小猫の姿に、

 

玄関に出てきた 葛城家の女性全員は完全にノックアウトされ

二つ返事で引きうけたのは 言うまでも無かった。

 

 

「 やだ! ミルクはあたしがあげるの!! 」

 

「 駄目 ・・ それは私の仕事 ・・

  ・・ おさら ・・ おさら ・・ 」

 

「 ほーらほら ・・ 猫ちゃん こっちですよー 」

 

「 くぉら!ミサト!

  勝手に抜け駆けするんじゃないわよ! 」

 

「 おさら ・・ おさら ・・ おさら ・・ 」

 

「 ほらーらほら ・・ たたみいわしですよー 」

 

「 あ、なにしてんのよ! この酔っ払い! 」

 

「 ミサトさん ・・ 

  ビールのおつまみなんて食べませんよ 」

 

「 おさら ・・ おさ ・・ いかりくん おさらはどこ? 」

 

「 食べるわよぉ ・・ 魚なんだからー ・・

  うりゃ! 食え食え! ほれ! 」

 

「 こら! 嫌がってるでしょ!

  まったくなんてことすんのよ! 」

 

「 綾波 ・・ お皿なら

  そこの戸棚のやつが 一番底が浅いよ 」

 

「 あっ・・ アスカ! 返してよ、

  なによぉ〜 ペンペンは喜んで食べるわよー? 」

 

「 おさら ・・ おさ ・・ あった 」

 

「 うわぁ〜 この子 軽っるーい・・ 」

 

「 え どれどれ アスカ 私にも抱っこさせて! 」

 

「 みるく ・・ みるく ・・ みるく ・・ 」

 

「 あーもぉ! わかったわよ、乱暴なんだからっ!

  はい ・・ あ ・・ バカ そんなにきつくしたら

  可哀想だってばっ! 」

 

「 ミルクなら 冷蔵庫のポケットにあるよ、綾波 」

 

「 ・・ うわ〜〜! んもーなんて可愛いの!

  すりすりしちゃお! 」

 

「 みるく ・・ みるく ・・ あった ・・ 」

 

「 あー あたしも それやる!! ミサト! 」

 

「 レイ〜 ミルクならここにちゃーんとあるわよー 」

 

「 うわ! ミ・・ ミサトさん! 」

 

「 ちょっと! ミサト! あんたバカなんじゃないの!?

  人間のなんて 飲むわけないでしょ! 」

 

「 あーら わかんないわよー?

  飲みたいよね〜 ネコちゃん♪ 」

 

「 みるく ・・ みる ・・ あ ・・ こぼれた・・ 」

 

「 ・・・ 」

 

「 だいたい デカイだけで、出もしないじゃないのよっ!

  あんたのは! 」

 

「 あ! ほらほら! ・・

  舐めてる!舐めてるよ! 」

 

「 ・・ いかりくん? 何処へ行くの? 」

 

「 うそぉ! そんなわけないわよっ! 」

 

「 嘘じゃないってば、ほら!

  アスカもやってみ? 」

 

 

始めの水曜日は それはそれは大騒ぎだった。

 

誰が最初に抱っこするのか?

から始まり、

誰がミルクをあげるのか?

誰の部屋で世話をするのか? などなど・・ 

 

夕方になったら なったで

水を嫌う猫の習性を 完全に無視して、

誰がお風呂に入れてあげるのか?

という話で 論争が繰り広げられ、

 

とりあえず じゃんけんで レイの役目に決定したのだが、

あっというまに 水を怖がった小猫は 風呂場から逃走・・ 

リビングの中を逃げ回り、 大騒ぎとなってしまった。

 

挙句の果てに、捕まえようとしたレイが 服も着ないで

バスルームから出てきたので 事態はさらにややこしくなり、

シンジは わけもなく アスカから平手打ちをお見舞いされる結果となった。

 

・・・

 

愛情たっぷり 言えば聞こえは良いのだが ・・

早い話が 振りまわされているだけである。

 

とにもかくにも 無事 面倒を見終わり、

予定通り 小猫はその日の夜・・

迎えに来た奥さんに 引き渡された。

 

ちなみに たった数時間で

完全に情が移ってしまったアスカが

 

「 ね〜! ネコ飼おー! 飼おーよー! 」

 

と リビングの絨毯の上で駄々をコネながら

ごろごろ転がっていたのは・・

また別の話である。

 

 


 

 

・・・ しかし

 

人間 何にでも慣れてしまうものである。

 

最初の2、3週間こそ ものめずらしさと 可愛さで

大騒ぎしていた アスカとミサトだったのだが ・・

 

最近では、 だいぶ落ち着いた様子で

もう誰がミルクをあげても怒る事は無くなった。

 

そして やはり ・・ というか 想像通り

小猫の世話全般は ・・

主婦 ・・ シンジの役目に なっていたのである。

 

 

「 ほら ・・ ミルクだよ。 」

 

ソファーの上で 丸くなっていた小猫の前に

牛乳の入ったお皿を置くと、

 

シンジは馴れた手つきで 小猫を抱き上げて

飲みやすい位置に そっと置いてあげた。

 

ピチャ ・・ ピチャ ・・ ピチャ ・・

 

この家に連れて来られたばかりの頃は、

遠慮がちに おずおずと飲んでいたミルクも

最近では 落ちついて 沢山舐めるようになっていた。

 

もちろん 今でもたまに、

アスカやレイが 世話をする事もあるのだが、

不思議な事に シンジの前だと

小猫はいつもより沢山ミルクを飲み ・・ 安心している様子だ。

 

早い話が 彼になついているのだろう。

 

その証拠に、シンジが洗濯物をベランダで干している時や

晩御飯の支度をしている時など、

よく その足元でじゃれついて 遊んでいる。

 

おやつの時間に

シンジがソファーに座っていると

その膝の上で 昼寝をするのも 小猫の日課だ。

 

最近では 毎週水曜日の 午前中、

葛城家に連れてこられると 玄関に降り立って

一目散にシンジの所へ駆け寄るしまつだ。

 

動物は正直である。

 

 

「 あれ ・・・ あたしのミルク ・・ 」

 

乾かし途中の やや濡れた髪のまま、

淡いピンク色のパジャマを着た お風呂上りのアスカは

お気に入りのマグカップを片手に 冷蔵庫の中を覗きこんだ。

 

いつもなら ポケットの所に入っている

牛乳のパックが、 陰も形も無くなっている。

 

 

「 そう言えば ・・ お前 ・・

  ずいぶん 大きくなったなぁ・・ 」

 

リビングから 小さなシンジの声が聞こえる。 

 

「 ・・・・・ 」

 

それに気付いたアスカは、

バタンと 冷蔵庫のドアを閉めると

そのまま台所を抜けて リビングへと出ていった。

 

「 やっぱり ミルクって

  栄養があるんだろうな ・・ 」

 

案の定、

ソファーの片隅で、シンジが座りこんで

小猫に晩御飯をあげている。

 

「 ・・ あたしの お風呂上り専用ミルクなのにぃ ・・ 」

 

アスカは マグカップを持ち、 わずかに口を尖らせながら

シンジの目の前・・ 小猫の隣りに座り込んだ。

 

「 ・・ アスカ ・・ もう お風呂出たんだね ・・」

 

シンジは 目の前のアスカに笑いかけ、

小猫も不思議そうな顔で 隣りの少女を見上げた。

 

人間達の晩御飯はもう終わっており、

お風呂も、まだ入っていないはシンジだけとなったようだ。

 

「 ・・ うん ・・ 」

 

アスカは小さく頷きながら、

手を伸ばして シンジの脇に置いてあった

牛乳パックを手に取ると、

自分のマグカップの中に それを注いだ。

 

・・

部屋の中には 小猫のミルクを舐める音と

壁掛け時計の 秒針の音が 規則正しく響いている。

 

 

落ちついた ・・

 

優しい時間だ。

 

 

「 ・・・・ 」

 

両手で持った 自分のマグカップの中のミルクを

ちびちび 口に含みながら、

 

アスカはそっと シンジを見た。

 

「 ・・・ 」

 

彼は とても優しい顔で ・・

一生懸命ミルクを舐める小猫を見つめている。

 

その とても温かい 眼差しに、

アスカは少し 頬を膨らませた。

 

「 よし よし ・・ 美味しいかい? 」

 

そんな彼女に気付かず、

やがて シンジは そっと手を伸ばすと

ネコのふわふわした頭を

ゆっくりと撫で始めた。

 

ぴちゃぴちゃと ミルクを飲む事はやめず、

けれども小猫は 撫でられるたびに

気持ち良さそうに 目を閉じている。

 

・・ しばしのあいだ ・・

 

アスカは マグカップを両手で持ったまま、

時折 チラッ ・・ チラッ ・・ と 期待のこもった眼差しを

シンジに向けているのだが ・・

 

彼は一向に気がつかない。

 

「 ・・・ 」

 

ますます アスカの顔が

不機嫌そうに ふくらんだ。

 

・・・・

 

やがて 猫はひとしきり ミルクを飲んで

お腹が一杯になったのか、

前足で自分のヒゲの手入れを始めた。

 

「 やっぱり小猫は可愛いね ・・ アスカ 」

 

シンジは言いながら、人差し指で

そんな小猫の首のあたりをくすぐる。

 

すると とても気持ち良さそうに

ネコは ゴロゴロと 声を出した。

 

「 ・・・・ 」

 

しかし アスカは依然として

横目でシンジに可愛がられている ネコを見ながら

面白くなさそうな顔でふてくされている。

 

「 ・・ ? ・・

  ・・・・・・・・ どうしたの? 」

 

やっと 彼女の様子がおかしい事に気がついたのか?

シンジは ネコから 視線をアスカに戻して聞くが ・・

 

「 別に ・・ なんでもない 」

 

彼女は ぷいっ と そっぽを向いてしまった。

 

____ と その時、

 

「 ア〜スカも 猫ちゃんみたいに

  なでなでしてほしーんだって♪ シンちゃん! 」

 

いつのまに リビングに入って来たのか、

突然 アルコールで良い気分のミサトが、

ガバッと 後ろからアスカに抱きついた。

 

「 ばっ! ・・ちょっ! ミサト!! 」

 

黙っていればわからないのに、

図星を突かれて アスカは真っ赤になった。

 

すると、そんな彼女を見ていたシンジは

ニッコリと笑うと、

 

「 なんだ ・・ はい アスカ 」

 

手を伸ばして ・・ 事も無げに

ミサトに 後ろから抱きすくめられているアスカの頭を

優しく なでなでした。

 

「 ん ・・ ちょっと ・・ シン ・・」

 

大好きな人に こんなことをされると、

まわりの状況がどうあれ、

アスカの思考は すぐに何処かへ飛んでいってしまう。

 

「 よかったねー ア・ス・カ! 」

 

当然、ニヤニヤと笑うミサトは

そんな アスカの瞳を覗き込んだ。

 

「 あっ ・・・ 」

 

一瞬、 気持ち良くて

ミサトの事を忘れていたアスカは

途端に 赤い顔をさらに赤くすると、

 

「 ・・ も ・・ もぉ 知らない! 」

 

ミサトの腕の中から ガバッと立ち上がり、

慌てて 自分の部屋に逃げてしまった。

 

 

「 へへ ・・ 可愛いの 」

 

ミサトは そんな彼女の後姿を

満足気に見送りながら 笑みを浮かべた。

 

そして ・・  シンジも 楽しそうに

くすくすと笑っていた。

 

ミサトは そんなシンジを見ながら

何かに気がついたように 口を開くと、

 

「 ひょっとしたら ・・ 」

 

 

「 ・・・

  ・・ なんですか? 」

 

優しい声で 言うミサトに、

シンジが向き直って 聞いた。

 

「 あなた達の立場って ・・ 本当は逆なのかもね。

  ・・・

  シンちゃんがおっきく包み込んでるから

  そう見えないだけで ・・ 」

 

目の前の少年を見たまま、

ミサトが目を細める。

 

けれど・・

シンジは笑顔で首を小さく横に振ると、

 

「 アスカには かないませんよ 」

 

そう言って、頬を掻いた。

 

「 嘘ばっかり 」

 

ミサトが笑いながら舌を出し ・・

 

「 にゃ〜 ・・ 」

 

お腹が一杯の小猫が

小さく鳴いた。

 

 

 

 

暗い ・・ 暗い アスカの部屋。

 

窓の側にある シングルベッドの上に

こんもりと 大きな まるい毛布のカタマリがある。

 

ばた!! 

 

・・ ばたばたばた!!

 

時折、

その 大きな毛布のカタマリが

激しく 突き上げられるように動き ・・

 

・・・・・・

 

ふいに静かになったと思うと ・・

 

ごろ ・・

ごろごろごろごろ ・・

 

ベッドの上を

もぞもぞと 移動する。

 

 

「 な ・・ なによっ!

  最近 あたしばっかり からかって!! 」

 

毛布の中から

アスカのくぐもった声が聞こえる。

 

 

ばた!! 

・・ ばたばたばた!!

 

「 ・・ バカシンジめ ・・ 」

 

ごろごろごろ ・・

 

シンジとミサトにからかわれて、

怒って 部屋に戻ってきて ・・

 

そのまま

ふて寝を決めこむ事にしたアスカだったが、

 

どうやら、恥ずかし過ぎるのと、

悔しいのが最高潮に達すると

どうにも我慢できずに

包まった毛布の中で 暴れているようである。

 

でも ・・ それと同時に、

優しく撫でられて 嬉しかったのを思い出しては

幸せ気分も同時に押し寄せてきて、身悶えているようだ。

 

・・

 

そのまま 数十分間  ・・ 

ひとしきり、葛藤と戦っていたアスカは

 

ガバッ!

 

突然 毛布から頭を出すと ・・

 

「 ・・・ 」

 

そのまま 真っ赤にゆで上がった顔で

暗い部屋の中を見まわした。

 

・・

 

部屋の中には

彼女以外の人影は無い。

 

床の上に ちゃんと布団は敷かれているが ・・

その中に いつのものシンジの姿は見当たらなかった。

 

どうやら まだ 彼はリビングにいるようだ。

 

「 ・・・・ 」

 

しばらく、床の布団を見たまま

黙っていたアスカだが ・・

 

「 ふん ・・ 

  なんであたしが 呼びに行かなきゃなんないのよ・・ 」

 

そう 呟いて、 毛布を掴み・・

ガバッと 再び その中に隠れてしまった。

 

「 ・・ このうえ ・・ 呼びになんて行ったら

  そんなの あたしの完全な負けじゃない ・・

  ふん ・・ 知らないもん ・・ 」

 

毛布の中から ぶつぶつと

何やら声が聞こえる。

 

勝負がどうこう 以前の問題として、

" 彼が そばにいないと 安心して眠れない" という時点で

本当は 十分に負けているのだが ・・

それは言わない約束である。

 

「 ・・・・ 」

 

毛布のカタマリは沈黙し ・・

 

部屋に再び静寂が訪れた。

 

・・ のだが、

 

ガバッ!

 

「 ・・ もぉ! おそい!!

  おそいおそいおそいーー!! 」

 

それはすぐに破られた。

 

 


 

 

・・ 家の中は静かだ ・・

 

レイもミサトも 眠ってしまったらしく、

あたりには 何の音もしない。

 

部屋を出たアスカは

薄暗い廊下を歩き、光りの漏れている 

リビングの扉を そっと開けてみた。

 

「 ・・・・・ 」

 

リビングの中は

先ほどと何も変わらず、明りもついたままだ。

 

耳を澄ましてみると ・・ 小さな小さな

テレビの音がする。

 

「 ・・・・ 」

 

アスカは 半分開けたドアの隙間に首を突っ込んで、

テレビと ソファーが置いてある方向に目を向けた。

 

すると ・・

見なれた 黒い後ろ頭が見えた。

 

「 ・・・・・ 」

 

お目当ての少年がいたので

アスカは 少しホッとしながらも、

 

彼の所へ行こうか 行くまいか?

少しの間 迷う フリをした後で

そっと 歩き出した。

 

「 ねぇ シンジ ・・・  」

 

痺れを切らして 呼びに来た事を悟られない様に、

彼女は シンジの後ろ頭に 不機嫌な声で話しかけた。

 

「 まだ ここにいるつもりなの?

  ・・ あんた。 」

 

・・ 彼女が問いかけているのに、

彼の後ろ頭は微動だにしない。

 

「 ・・ シンジ? 」

 

いくらか 眉をひそめたアスカは、

足を進めて ソファーの横に回ると

そっと シンジの顔を覗きこんだ。

 

「 ・・・ 」

 

見ると、彼は両目を閉じて ・・

 

小さく すぅ ・・ すぅ ・・ と

寝息を立てている。

 

「 ・・ 寝ちゃったの? 」

 

急に アスカの声が

小さく ・・ そして 優しくなる。

 

「 ふふ ・・ 」

 

からかわれた事も、

呼びに来た事も忘れて

アスカは 無防備なシンジの寝顔を

嬉しそうに見つめた。

 

 

___ そして

 

 

「 ・・ あっ ・・ 」

 

寝顔から ほんの少し 視線を下にずらしたアスカは

シンジの膝の上に 頭をあずけるようにして眠っている

・・ 小猫の姿を見つけた。

 

「 ・・ むっ ・・ 」

 

途端に ・・ 今までの優しい表情は何処へやら、

アスカの顔が 不機嫌なものに変わってしまった。

 

 

チッ・・ チッ・・ チッ・・

 

 

部屋の中を 時計の音だけが流れる。

 

じっと 無言で

シンジの寝顔を見ていたアスカは

 

やがて 音を立てないように注意しながら

彼の隣りに 座り込んだ。

 

「 シンジを1人占めなんて ・・

  ・・ させないんだから ・・ 

 

小さく そう 呟くと、

赤い顔を隠すように 体を丸く縮め ・・

 

そのまま 彼を起こさないように そっと、

頭を シンジの膝の上に横たえた。

 

( ほんの少しだけ ・・ いいよね ・・

  ・・・ 

  シンジが起きる前に ・・・

  部屋に戻ればいいんだし ・・ )

 

呼吸に合わせて

ゆっくり ・・ ゆっくり ・・ 動いている

シンジのお腹を見ながら、

 

アスカはそっと 目を閉じた。

 

( ・・ 安心する ・・ )

 

何もしていなくても ・・

胸の奥が 温かくなってゆく。

 

思えば シンジがこんなに近くにいるのは

・・ 久しぶりだ。

 

( やっと ・・ 見つけた ・・

  私の 大切な場所 ・・ )

 

何物にも代えがたい 幸福感に包まれたまま

アスカは シンジのお腹のあたりに

顔をうずめるようにして ・・

 

深い眠りに 落ちていった。

 

 


 

 

耳たぶと ・・ 首のあたりと

おでこのあたりが温かくて ・・

アスカは目を覚ました。

 

「 ・・・ 」

 

目を閉じていてもわかる。

 

誰かがずっと

自分の顔を 撫でている。

 

大きくて 温かい手のひらが、

自分を愛しむように 触れるたびに、

意識が持っていかれそうになるくらい 気持ちが良い。

 

「 ・・・・ 」

 

しばらく その 温かい温度に包まれて

うっとりと 夢見心地だったアスカだが ・・

 

しだいに 意識がしっかりして来るにつれ、

自分がいったい どういう状態になっているのかを

理解し始めた。

 

顔の前と 頭の横に感じるのは

紛れもなく シンジの体。

 

そして さっきからずっと 自分を触っている手も

もちろん 彼の手だ。

 

「 ・・・・ 」

 

起きた ・・ などと 恥ずかしくて とても言えずに、、

アスカは黙って 寝たふりを通した。

 

自分から 彼の膝の上で眠ってしまったのだ。

今更どんな 言い訳ができよう

 

「 ・・・ 」

 

自分が眠っているから

こんなに 積極的に撫でてくれるのだろうか?

 

いつもと違う シンジの様子に

アスカの心臓は なすすべも無く ただ高鳴るばかりだ。

 

・・ そして そんな彼女をあざ笑うかのように

シンジの手は 今も ゆっくり ・・ やさしく、

アスカの髪を触っている。

 

まるで アスカを ネコか何かと間違えているかのように

時折 のどのところを くすぐったりしている。

 

くすぐったさと 気持ち良さに

思わず声が出そうになるのを 必死にこらえながら

そっと 薄目を開けてみると・・

 

片方の膝に 小猫 ・・

もう片方の膝にアスカの頭を乗せたシンジが

 

小さな音でついているテレビに目を向けたまま

膝の上のアスカを 思うまま いじっているようだ。

 

「 ・・ ん ・・ 」

 

アスカの方は たまったものではない。

 

頬っぺたから

シンジの指が降りてきて、

唇をそっと撫でられたあたりで

 

「 あの ・・ シンジ ・・ 」

 

アスカはついに観念すると

膝の上から、恥ずかしそうに 上を見上げた。

 

「 ・・・・・ 」

 

けれど シンジはそんな声など聞こえないと言うように、

テレビを見ながら 無言のまま・・

アスカを触る手を 止めようとしない。

 

「 ・・・・ 」

 

テレビは 蚊の鳴くような音だし・・

聞こえたはずなのに、

聞こえないフリをしているのだろうか?

 

( ずっと ・・ こうしていてあげるって

   ・・ 意味なのかな ・・ )

 

そんな事を考えてしまうと

頭の中が 沸騰したように熱くなってきて ・・

おかしくなってしまいそうだ。

 

でも ・・ 確かにアスカとしても

ずっと こうしていてほしいと 思っている。

 

「 ・・・ 」

 

だが、まだ 夜中だとは思うが・・

もしかして 今が明け方だとしたら

早くしないと ミサトやレイに見つかってしまう可能性がある。

 

こんな所を 2人に見られたら

どうなるか 想像もしたくない。

 

「 ・・ あの ・・

  お ・・ 起きたんだけど ・・ その ・・ ごにょごにょ ・・ 」

 

最後の方は ごにょごにょになってしまったが・・

今度は はっきりと

聞こえるような声で 言った。

 

すると ・・

 

「 ・・・・ 」

 

シンジは手で

ぽん ぽんっと 数回アスカの頭を触ると

 

「 ・・ ネコなら

  にゃんって 鳴くはずだけど? 」

 

いたずらっぽい視線を

膝の上のアスカに落とした。

 

ボッ!

 

その言葉に 少女は顔から火を出した。

 

 

「 ・・・ 」

 

 

完熟トマトより赤い 自分の顔を隠すように

慌てて 頭の向きを変え、

アスカはシンジのお腹の中に隠れようとした・・

 

しかし ・・

 

視線の先に、

自分と同じように ・・ もう片方の手で

なでなでされている、眠ったままの小猫の姿を見つけて

 

彼女は動きを止めた。

 

そして ・・ しばしの沈黙の後 ・・

 

シンジの予想とは裏腹に、

アスカは 彼の膝の上で  

 

「 ・・・ にゃん 」

 

小さくつぶやいた。

 

 

その日を境に、

小猫が来る水曜日には

 

シンジはそれ以外にもう一匹 ・・

 

ヤキモチ焼きのネコの

世話をすることになったのである。

 

 


 

 

「 寂しくなるわね ・・ 」

 

小猫を抱いた奥さんが、

出ていったドアを見つめながら

ミサトが呟いた。

 

お母さんの病気は 無事 回復して ・・

思ったよりも早く 最後の水曜日は訪れた。

 

散々 振りまわされて 疲れたはずなのに、

いなくなると ポッカリと

胸に 大きな穴が開いたような気分になる。

 

「 でも 隣りの家なんだし・・

  すぐに遊びにいけますよ。 」

 

なんだかんだ言って

一番可愛がっていたシンジも

何処か寂しそうな顔で ミサトに答えた。

 

「 ネコ・・ 欲しい ・・ 」

 

さっきまで 返したく無いと ボロボロ泣いていたレイが、

シンジの服の袖を掴んで引っ張りながら、鼻声で言った。

 

しかし、

 

「 あら ・・ 駄目よ、 レイ 」

 

ミサトはあっさりと却下すると、

ニヤリと 意味ありげに笑い ・・

 

「 だって もう猫なら一匹いるじゃない、

  ・・ この家に。 」

 

「 !! 」

 

ミサトの言葉に、

しんみりしていたアスカが

真っ赤な顔で 慌てて振り向いた。

 

と、 今度はレイまで

 

「 それもそうですね ・・ 」

 

頷いて ニッコリとアスカに笑いかけた。

 

「 !!! 」

 

アスカは 金魚のように

口をぱくぱく させるだけだ。

 

すると 最後にシンジまでも

 

「 ええ・・

  わがままなのが 玉にキズですけどね。 」

 

「 シッ シンジ! 」

 

さらっと 全員に秘密を言われて、

アスカは とりあえず シンジに食って掛かった。

だが、

 

「 ・・ 水曜日になるたんびに、

  ネコといっしょに あれだけシンちゃんに甘えてたの ・・

  もしかして バレてないと 思ってたの? アスカ ・・ 」

 

ミサトの呆れた声に、

レイも うんうんと 相槌を打った。

 

「 もおっ 知らない! 」

 

アスカは叫ぶと

そのまま 走って 自分の部屋に逃げてしまった。

 

 

「 いかりくん ・・ 」

 

アスカの後姿を見送った後

レイがシンジの方を見た

 

「 なに? 」

 

「 木曜日 ・・

  ・・ 私のばんだから ・・ 」

 

「 え ・・ 」

 

呆然と立ち尽くすシンジの目の前で、

 

「 ホント、

  ネコに好かれる性格なのねぇ、 シンちゃん。 」

 

ミサトは笑顔で 手を合わせた。

 

 

 

 

( おわり )


 

 

後書き読んで!マジで!(笑)

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