ペタ・・ペタ・・・ペタ!

 

「碇君?」

 

びくぅうぅぅ!

レイの一言に、 シンジの心臓は飛び上がった。

 

「あ・・・・あああ・・・・あやな・・・・」

真っ赤な ゆであがりのカニのような 色の顔をみられまいと、

シンジは背中を向けているにもかかわらず、さらにうつむいて目を閉じた。

 

「??」

シンジの様子が 普通でないのはよくわかる。

レイは 少し首を傾けると ゆっくりと シンジの方へ 歩いていった。

ペタ・・ペタ・・・ペタ・・

「ひっ!」

近づく気配に シンジは思わず、小さく悲鳴を上げた。

その声に レイの動きが 止まる。

心配そうに、彼の背中を見つめるレイに シンジは 震える声で 話し掛けた。

「あ・・・・あああ・・・あやなみ・・・・・・あの・・・」

「・・・・・なに?・・」

「その・・・・ふ・・・ふふ・・ふふふく・・・・・きてないの??・・・・」

「・・・?・・・・ふく?・・・・」

「う・・うん・・・洋服だよ・・」

「・・・・・・・ええ・・・・・」

ええ・・・・・じゃないよ!)

「あ・・・あのさ・・後ろ向いてるから、き・・・着てくれない?ふく・・・・」

「・・・・・・・・・なぜ?・・・・・」

「な・・なぜって・・・それは・・」

「・・・・・・・・・・」

「と・・とにかく、まずいんだよ。 いろいろと・・」

「 ・・・・わかった・・・・」

 

しばしの 沈黙の後、 静かな室内に レイが制服を着る 衣擦れの音だけが響いた。

シャッ・・・・・スッ・・・・・・・

・・・プチ・・プチ・・・・

いやがおうにも 健全な中学生 男子のシンジは 背を向けながらも あれこれと 想像してしまう。

脳裏をちらつく、レイの姿をかき消しつつ 待っている時間は とてつもなく 長く感じられた。

 

「・・・・・・・・」

「・・・あ・・・あの・・・・・・・終わった?・・・」

「・・・・うん・・・・・」

 

・・・・・

それでも いくらか 緊張したまま、 シンジはゆっくりと 後ろを向いた。

そこには とりあえず 制服を身にまとったレイが お風呂上がりの 上気した顔で

不思議そうにシンジを見つめている。

彼女のまだ 濡れた髪から ポタリと しずくが ひとつ、 床に落ちた。

「にゅーーーー」

床の上には 濡れた毛のおかげで、

体が半分くらいの大きさになってしまった ネコが 彼女の足にじゃれついている。

「・・・・いかりくん?・・・・」

「い、いや・・別に なんでもないんだよ・・うん!・・」

「・・・・・・でも・・・・・」

「あ、そうだ・・ミルク作らないと・・」

まともに レイの顔が見れないシンジは 慌てて 台所に向かうと、火の点いた コンロにミルク入りの鍋をかけた。

「・・・・・・」

少し、その後ろ姿を見ていたレイは、自分のあたまを 拭きながら、ベットの方へ進むと、

「にゃにゃ!」

足もとにじゃれついていた ネコを 抱き上げ、ベットの上に のせた。

そして、拭き終わった 自分のバスタオルで ネコをていねいに 拭き始めた。

 

 

雨の日の贈り物 ー後編ー


 

 

「綾波・・・お皿は?・・」

コンロから 鍋をはずした シンジは 後ろを振り向き、レイに話し掛けた。

すると、ベットに腰掛けて 横にねそべっている ネコのお腹をなでていた レイが立ち上がり、

先ほどのスーパーのビニール袋のなから、熊の絵の付いた プラスチックのお皿を取り出し、

シンジに手渡した。

横で レイが見ている なかで、シンジはそのお皿に 鍋のミルクをうつした。

熱すぎず、冷たすぎず、 ほんのりと湯気ののぼったお皿を、シンジはしゃがんで

床に降りてきた ネコの前に 置いた。

「さ、 どうぞ」

シンジが言うが、ネコはよくわからないといった顔で、しきりに自分の手をなめている。

「ミルクだよ、ミルク・・・」

そう 言いながら、シンジは ずずっと、お皿をネコの方に さらに押した。

「ほら、飲まないと、栄養失調で 死んじゃうぞ?」

確かに ふわふわの 毛で 目立たないが 、よく見れば 捨て猫は やせ細って 痛々しいほどだ。

「にゃ?・・」

すると、 匂いで 好物であることに 気が付いたのか、くんくんとしたあとで ネコは おそるおそる

お皿の中の液体に 顔を近づけていった。

・・・・・・・・

ペロ・・・

シンジと レイが 無言で見守る中で、 ネコはひとなめ してみて、そして、

ピン!

と しっぽを立てると、 今度は猛然とした 勢いで、ミルクをなめはじめた。

ピチャピチャピチャ!!

「 ・・・ほっ・・・・・」

シンジは その姿に 胸をなで下ろした。

「 飲まなかったら どうしようかと 思ったよ コイツ・・」

そう言いながら、 シンジは 取り付かれたように ミルクをなめる ネコの頭をなでた。

すると、 シンジのすぐ 横から、ネコの姿を見ようと、 レイが ひょっこり 顔を出した。

幸せそうに ミルクをなめる その姿をしばし 見たあと、レイは隣のシンジの方を見て

「・・・・・ありがとう・・・・・いかりくん・・」

そう 赤い顔で、ぽつりと 言った。

「 い、いや たいしたことしてないよ!・・そ・・そうとう お腹がすいてたみたいだね。 」

シンジは 真っ赤にテレた顔で、早口に答えた。

 

それから しばし、2人は 無言で ミルクをなめる ネコを見ていたのだが、

ネコは 2 杯目をたいらげたところで、 満足そうな顔で ひげの手入れをはじめた。

「もう おなかいっぱいみたいだね・・・」

「・・・・ええ・・・・・」

シンジはしゃがみ込んで、床のお皿を 持ち上げた。

すると、ちょうど シンジの耳元・・・・レイ の おなかのあたりから、

く〜

と、 ずいぶん 可愛らしい音が聞こえた。

「・・?・・」

シンジが 顔を上げ、彼女の方を見ると、 レイは真っ赤な顔で 視線をそらした。

どうやら お腹が空いてるのは ネコだけではないらしい。

シンジは そんな彼女を 見て、 やさしい声で 言った。

「 おなかすいたね。 僕たちも 晩御飯にしようよ。」

「・・・え?・・・」

今だ赤い顔のレイは 弾かれたように シンジを見た。

「 僕、なにか 作るよ。」

そういって、 また シンジは 台所に立った。

「・・あ・・・・」

レイには 台所にも 冷蔵庫にも まともなものが 無いのは百も承知だ。

「・・・で・・でも・・・・いかりくん・・・」

そんなレイに シンジは答えた。

「平気だよ、綾波。」

自分が今日スーパーで買ったものを使えば 、いくらか ましなものは 作れるはずだ。

レイの食生活を考えれば、シンジがお節介を焼きたくなるのも 無理はない。

「でも、わるいわ・・」

そう言って、レイは慌てて 台所のシンジのところへ ついてきた。

「これでも 毎日御飯を作ってるから 少しは自信あるんだ。」

そんな 彼女に シンジはにっこりと 微笑んだ。

「・・・・・・・」

それでも 彼女は 依然 複雑な表情を浮かべている。

「綾波・・」

「・・・いかりくん・・・」

「迷惑かな?」

ふるふると レイは 頭を 横に振る。

「 僕・・・・お腹すいたんだ。」

「・・・・え?・・・」

「だから 自分のために 勝手に御飯作るんだよ、綾波が気にすることないから。」

「・・・・・・・・」

「 ちょっと多めに 作るから たぶん 綾波のも できちゃうかもね」

「・・・・あ・・・・・」

「・・・?・・・なに?・・」

「・・・・ありがとう・・・いかりくん・・・」

レイは 今まで見たことも無いような やさしい顔で言った。

「・・・・うん・・・ 少しだけ 待っててね。」

 

 

しばらくして 二人のささやかなディナーが始まった。

シンジの買ってきた材料を少々使って 簡単な野菜炒めとスープとごはんだ。

ごはんは 電子ジャーがないので、シンジはしかたなくお鍋でご飯を炊いた。

初めてでうまくできるか 正直自信は無かったが けっこううまくいったようだ。

「それじゃ たべようか?」

「・・・うん・・・・」

二人は 小さなテーブルに向かい合って正座し、 おはしを手に持った。

「いただきます」

「いただき・・ます・・」 

シンジの真似をして 手を合わせた後、レイは湯気の昇る できたての野菜炒めを口に運んだ。

スープを飲んでいるシンジも 思わず手を止め、彼女の反応を 息を殺して待った。

もぐもぐ・・・ごくん・・・・

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「あ・・・・・・あの・・・・どう?・・・」

「・・・・おいしい・・・・とても・・・」

「ありがとう・・・」

「うん」

二人はそのまま、 雨の音をBGMに静かに晩御飯を食べた。

レイが相手では、やはり会話は あまりはずまなかったが、

いつもにぎやか過ぎる食卓でご飯を食べているシンジには 新鮮でとてもよかった。

「それでね、結局おおさわぎになって 家中を捜したんだけど 結局見つからなくって・・・・

 でもなんと 次の日、ペンペンの部屋にあったんだよ、」

「・・・え?・」

「こっそり食べてたのは 実はペンペンだったんだ」

「・・ふふ・・」

シンジとレイはしばしの食休みのあと、シンジが後片付けをしながら、このあいだ起こった

葛城家での事件の話をしていた。

楽しそうに話す シンジにつられてか、いつしかレイも楽しそうにくすくすと笑っていた。

「さ、これで片付けはおしまいだ・・」

手についた水を払いながら シンジは台所からレイのところへ戻ってきた。

「さてと・・・・」

「・・・・・」

言いながら シンジはレイの前を通り過ぎ、自分の買い物袋を持つと、彼女のほうに向き直り、

いいにくそうに 鼻の頭をかいた。

「えーっと・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「あの・・・・そろそろ 帰るね・・僕は」

「・・!・・・」

レイはそのことばに 驚いたような顔になり、

シンジを見つめた。

「え?なに?綾波・・」

「・・・・・うん・・・・・・・・ なんでもない・・・」

レイはうつむいた。

「ミサトさんと アスカのごはんも作らないといけないしね・・」

「・・・ごめんなさい・・・」

「ち、違うよ・・気にしないで。」

「・・・・・・でも・・」

「あ・・・あのさ・・・また・・ネコを見に来てもいいかな?」

「・・・・え!?・・・・」

「め・・迷惑じゃなければ・・」

「・・・・・いかりくん・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・うん・・また来て・・」

 

ガチャ・・

玄関のドアを開けたシンジは 最後に彼女のほうを見た。

「 じゃ・・またね、綾波。」

「・・うん・・」

「おまえも、またな」

そういって 彼女の足元にじゃれつく ネコのあたまをなでる シンジ。

「あ・・そうだ、綾波 こいつの名前・・なんにするの?」

「・・・名前?・・」

「うん・・飼うんだったら 名前をつけないと・・」

「・・・・・・」

「ほら、タマとか ミーとか・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・ねこ・・・」

「・・・・え・・

 ・・・・・・・い・・いや・・そーじゃなくて・・」

言われて レイはよくわからない といった表情だ。

シンジは かなり時間も遅くなってきたので、

「 じゃあ、 考えておきなよ べつに急ぐことじゃないしね。」

「・・・・・うん・・」

「じゃあ、また・・」

「 うん 」

 

ガチャ・・

どことなく、さびしそうな 顔のレイのまえで、 重い扉が閉まった。

・・・・・・・・・

・・・・

「・・・・・・・・・」

しばし、玄関に 立ちすくんでいたレイは 部屋の中にもどり、 あたりを見まわした。

シンジといっしょに ごはんを食べていたときは とっても明るく見えた部屋が

やけに さみしく、寒いような気がして ゆっくりと 彼女はベットに腰掛けた。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・にゃ?・・」

すると、白いネコが ベットに飛び乗り、彼女を心配するかのように レイの手に体をこすりつけてきた。

・・すりすり・・

「・・・・・・・・・・・・」

しかし、レイはまだ さっきまで シンジが立っていた台所を見ながら 浮かない顔だ。

「 にゃ! にゃ! 」

ネコは 必死に彼女の気を引こうと、レイのひざの上を飛び回っている。

「・・・・・?・・・・」

やっと レイはネコのほうをみた。

・・・すりすり・・・・

「 にゃーーー!!」

「・・・・ええ、へいきよ・・・ありがとう・・」

「 にゃにゃー! 」

まるで ネコの気持ちがわかるかのように レイは にっこりと笑って答えると、

首の下をごろごろとゆびでしてあげた。

 

 

 

そのころ、シンジは すっかり夕飯時を過ぎてしまった 葛城家の玄関の前に立ちすくみ、

この扉を開るか?開けないか?の究極の選択をしていた。

おそらく この扉を開けたら最後、 空腹により猛獣と化した二人の女性に

ひどい目にあわされるのは目に見えている。

「 でも あけないわけには いかないか・・」

おおきく ため息をついた後で、 シンジは意を決し 玄関の開閉ボタンを押した。

プシューーーーーーー!!

 

「・・・・・あ・・・た・・・ただいま・・・・」

「 まず、 いいわけをさせてあげわ バカ。 」

「 満足のいく いいわけがあるなら 言ってみなさい シンジ君」 

「・あ・・・えっと・・・・・」

予想どうり、 玄関には 仁王立ちして 同じポーズで腕を組む、美女二人。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「 えっと・・・・・あの・・・綾波のうちに 行って・・晩御飯を・・」

翌日の シンジのシンクロテストの結果は 過去最悪なものだったらしい。

 

 

そんなこんなで、 レイがネコを拾って から およそ1週間がたった ある日のこと。

台風が日本列島に 近づいてきている影響で 今日は朝から凄い雨だ。

夕方頃には 太平洋側から 上陸する可能性もあるとのこと。

しかし、地下のネルフには とーてい関係の無い話であった。

 

「 やっほーーーー!リ・ツ・コ!! なにやってんのー? 」

ボーナス日なためか、今日はすこぶる機嫌のいいミサトは

自動販売機にコーヒーを買いに来たところ、

販売所の壁に ぴたーーーっと 身をくっつけ、

まるで なにかを監視するかのように、廊下の先を見つめる

リツコの姿を見つけた。

「ちょ!・・ミサト!・・大きな声出さないでよ!気がつかれちゃうでしょ!」

「・・あ、ごっめーん・・・って・・なにしてんのよ こんなとこに 隠れて・・」

怒られて 慌てて声をひそめたミサトは リツコの後ろにぴったりとつき、彼女に聞いた。

「・・あれよ・・あれ。」

あごで 廊下の奥をさす リツコ。

ミサトが 廊下の奥を見ると 見なれた水色の髪の少女が あるいていくところだ。

「え?・・・あ・・ああ、レイじゃない。 どーしたのよ レイがなんかあんの?」

「実はね さっきの実験の後、レイが私の研究室に来たのよ。」

「 へえ・・ めずらしいわねぇ 」

「そう、 私もそうおもったの。んでね、なにを言い出すのかと思ったらこれがびっくり!」

「 なによ、もったいつけないで とっとと教えてよ。」

「ネコの飼い方を教えてください・・・ですって!」

「 はぁ? 」

「ネコよネコ!」

「・・・へぇー、レイ ネコなんて飼い始めたんだぁ・・」

「驚いたわよ、いままでそんなことにはまったく興味無いのかと思ってたもんだからさ。」

「で?どんなこと教えたの?」

「えさの種類とか お風呂の入れ方とか 遊んであげ方とか 病気になったらどうするかとか・・・まぁ簡単なことね」

「 なるほど・・」

「 気になるじゃない?どーゆー心境の変化なのか、科学者として彼女の心理的動向には大いに興味があるわ!」

「そんで、レイの事をつけまわしてるってゆーわけね」

「言い方がよくないわね・・研究なのよ、これは」

「へーへー・・でも わたしも興味あるわ ・・・っと・・だれか来たわよ。ほら」

「・・あ、あれは シンジ君ね。」

「 あ、ほんとだ 」

「シッ!なにか はなしてるわ」

 

「・・なの? 綾波。」

「・・・うん・・・」

「そうか・・・・あ、それはそうと・・ネコの名前 決めた?」

「・・え?・・」

「・・・・・まだ 決めてないの?」

・・ふるふる・・

「あ、決めたんだ。 なんにしたの?教えてよ」

「・・え・・あ・・・」

「・・?・・・」

「・・ひみつ・・」

「え、ひみつなの? 気になるなぁ・・」

「ごめんなさい、いかりくん」

「気にしなくていいよ。うん またこんどネコにあいに行ってもいい?」

「・・うん・・」

「あがりとう」

 

 

「どうやら、シンジ君は ネコの事・・知ってるみたいねぇ」

「あたしに隠し事なんて・・シンちゃんたら・・」

「なにやってんのよ・・あんたたち・・・」

「・・アスカ・・」

「なにみてんの?・・って シンジとファーストじゃない・・」

「ほらほら、楽しそうでしょ?あのふたり」

「・・別に・・どーだっていいじゃない・・」

ジュースを飲みながら 興味無い声で言う アスカ、 缶を持つ手が小さく震えているが・・・

「それに 聞いてよ、なんか二人だけの秘密があるみたいなのよー」

「 秘密? 」

アスカの顔色が かわる・・・

「あ!レイの顔が真っ赤だわ・・」

「え、どれどれ!?あ、ほんとだー」

「ちょっと!なんなのよ、その秘密ってのは!」

 

その日の夜。

実験が長引いたせいで レイの帰宅は 遅くなっていた。

時計は9時をまわり、台風の影響で 人影もあまりない。

そんな 町のスーパーに レイの姿はあった。

 

「 ふりすきーもんぷち・・・もんぷち・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ・・ 」

スーパーで レイはぶつぶつと いいながら ネコの餌を手に取った。

 

ネコの食べ物はミルクだけでよかったはずなのだが、最近 ここ何日か レイがサラダや食パンを

家で食べていると、それを欲しがるようになったのだ。

ためしに 食べさせてみると 案の定あまりおいしそうな顔はしない。

そこで、今日『ネコ博士』の名でネルフではとおっている 赤木リツコに いろいろと聞きにいったというわけだ。

本当は シンジに聞きたかったのだが 勇気が出なかったレイである。

ふりすきーもんぷち とやらはリツコによると高級でおいしいものらしいが いかんせん

そこのところはレイにはよくわからない。

ものの値段など、ネルフのカードで支払うレイにとっては 気にしたことなど無い。

 

「ま、まいどありぃ〜〜〜」

いつものスーパーの店長は いくぶん 引きつった顔で

雨がどしゃ降りの店の外に出て行くレイの後姿を見た。

( ネコを飼いはじめたんだよな・・・そうだよな・・ぜったいそうだよな・・で・・でも・・)

あの奇妙な少女のことだ。

とても普通に生活してるとは思えない。

 

店長はその夜 おいしそうに もんぷちをたべる レイの姿が頭から抜けずに 眠れなかったそうだ。

 

ザーーーーーーーーーーーーーーッ

台風が一段と近づいてきたのか、物凄い雨だ。

傘など なんの役にも立たない。

体重の軽い レイは 風に飛ばされないよう 気を付けながらよろよろと嵐の中、家路を急いだ。

 

キィィィーーー・・

 

なにやら紙がたくさんつまり、キチンとしまらない 玄関の扉。

レイは 前髪から ポタポタと 雨のしずくをたらしながら、その重い扉を開くと 玄関へと入った。

傘をたたみ、立てかける。

傘の先端から流れた 水が あっというまに玄関に細い川を作った。

 

「・・・・・?・・・・・・・」

右手にある 電気のスイッチを入れようとした レイの手が 止まった。

ようやく 彼女は あることに気がついた。

( ・・・・おかしい・・・・・ )

そう、いつもなら 彼女が 玄関の戸をあけるやいなや 彼女の足元にじゃれついてくる

ネコの姿が 無いのだ。

パチ・・・・チチ・・チ・・・パ!

レイは急いで電気をつけ、明るくなった部屋へ 入った。

たぶん いつものベットで眠っているのだろう。

そう 思いながら ベットの上を見るが そこにはネコの姿は無い。

「 ・・・・・・・・ 」

なぜか レイの心臓の鼓動は 少しずつ 早くなってゆく。

レイは 買い物袋を床に置くと、部屋の中を 歩き回った。

下着が入ってる小さなタンスのうしろ・・

冷蔵庫のうしろ・・なか・・した・・

台所のまわり・・・

どき・・どき・・どき・・どき・・

レイの鼓動は どんどん早くなっていく。

なにか 黒くて いやなものが 心の中に湧き出している感じがする。

ベットの下・・

カーテンの裏・・

しまいに レイは ゆかにはいつくばり、見まわした。

 

いない。

 

(・・・・嘘・・・)

どきどきどきどきどきどきどきどき・・

冷たい氷の棒を飲み込まされたような、

とても嫌な気持ちが 胸の中をかけめぐる。

首のうしろのあたりから とても冷たくて気持ちの悪い汗が出てくるような感じだ。

レイは床にぺたりと座り込み、呆然と部屋の中を見まわした。

 

どうしていいのか まったく わからない

 

戸惑いと あせりと 心配と

初めて味わう気持ちの波に、レイはまったく 太刀打ちできない。

ぽっかりと こころの一部が どこかへ 飛んでいってしまったみたいだ。

「・・・・・・・・」

悲しい気持ちだが・・涙は出てこない。

涙を出すことも 忘れるほど 戸惑っているのだ。

ふいに、 レイは寒さを感じた。

冷たい風が 彼女の雨にぬれた体を つつんだのだ。

「・・・!・・・・」

レイは 慌てて後ろを振り返った。

その目に、 重い鉄の玄関の扉が 飛び込んできた。

「・・・あ・・・・・」

思わず、レイは声をあげた。

立て付けの悪いその扉は きちんと最後まで閉まらず、隙間ができてしまうのだ。

そう・・・ ちょうど 子ネコが一匹 通れるくらいの隙間が。

 

 

レイは傘をつかむと、足早に家を出た。

同じ階、下の階・・上の階・・・入り口・・

 

いない。

 

隣の棟・・・

 

いない。

 

レイは しだいに 物凄い 雨と風がふきすさぶ 町の中へと 歩き始めた。

 

マンションの前の広場。

裏手の林

マンションの前の道・・

脇の植え込みの中・・

大通り・・

 

荒れ狂う 嵐はレイに容赦無くふりそそぎ、彼女はもはやずぶぬれだ。

しかし、そんなことには気がつかないかのように レイはネコの姿を 追い求めつづけた。

 

台風上陸は もはや確定的となり、暴風波浪注意報は 暴風波浪警報へと変わった。

町には 当然 ほとんど人影は無い。

お店も このものすごい嵐に早々とシャッターを閉め、10時を少しまわったばかりだというのに

あたりには静寂につつまれた。

聞こえるのは ザーーーーーーーーーーッ! という雨の音と ゴオオオオオオオオオオオという 風の音だけだ。

街灯と自動販売機の光だけがひっぞりとした町を冷たく照らしている。

まるで 都市全体が 息を潜めて 嵐の通過を待っているかのようだ。

 

そんな 中をレイは あるいていた。

 

ビュュゥゥゥゥウウウウウウ・・・

 

自分の耳で 風がまき・・ 物凄い音がする。

風から身を守るように レイは顔の前に傘をかまえ、よろよろと 歩いてきた。

しかし、町外れの 坂道に来たとき、 突然ものすごい突風が彼女を襲った。

・・・ブワッ!!・・・・・・

「 ・・きゃ・・ 」

とっさに 傘を持ったてに力を込めるが、か弱い少女の力ではとてもその突風には太刀打ちできなかった。

レイの傘は完全に下からすくあげられるように 持ちあがり、なまじ力をいれて持っていたため、

「 あ!!」

かさの生地の部分がはがれて、遥か空中へと 飛んでいってしまった。

・・・・・・・

レイの手にはすっかり折れ曲がってしまった傘の芯だけが残った。

「・・・・・・・」

しばし、呆然と 立ち尽くしていたレイは しかたなく その駄目になった傘を

近くのごみ捨て場に置くと、濡れるのもかまわず、そのまま歩き始めた。

 

雨は一層ひどくなり、からだにぶつかる雨粒が痛いくらいだ。

制服どころではない。

下着も靴下も靴もびしょびしょで 最悪の気分だ。

風が吹き付けると、目もあけていられない。

ついにレイは我慢できずに、近くのシャッターの閉まった店の軒先に避難した。

ザーーーーーーーー・・・

「 はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ 」

地面にたまった雨が物凄い水流となり、流れて行く。

見なれた道が まるでそのまま川になってしまったかのようだ。

「・・・う・・・・・」

レイのびしょ濡れの服は 確実に彼女の体温を奪い去って行く。

あまりの寒さに レイは自分の両肩を自分で抱きかかえて、身を縮めた。

髪は顔にはりついて、前髪が目の中に入ってくる。

口が勝手にがちがちと震え、自分ではどうすることもできない。

「・・はぁ・・・はぁー・・はぁー・・・う・・・うう・・・・・」

急に さみしさと 不安と 苛立ちが一気にこみ上げてきて、レイは泣きそうな顔になった。

「・・う・・う・・・」

嗚咽を必死にかみ殺して 絶えていると、

脳裏に 同じように雨に濡れて震えているネコの姿が浮かんだ。

 

「・・・・・・」

 

( こうしていては ・・・・・だめ・・・・ )

 

レイは 再び、冷たい雨のシャワーの中へと 歩き出した。

 

 

「まったく・・・アスカはいつも・・・・・」

シンジは自室でベットの上にねそべって 文句をいっていた。

「だいたい 秘密ってなんだよ・・」

どうやら また アスカとケンカしたらしい。

シンジがネルフの実験を終え帰宅すると、先に帰っていたアスカが彼につっかかってきた。

「 あたしに秘密にしてることをいいなさい!」

シンジにしてみると なにがなにやら である。

はじめのうちは、いつものように彼女の機嫌をそこねないように気を使っていたが、

「教えるまで口、聞いてやんない!」

「な・・なんだよそれ!だいたい アスカは!」

あとは・・・・と、いうことである。

「ミサトさん・・・なにか知ってるんだな・・たぶん・・」

自分たちがケンカしているあいだ、終始ニヤニヤしていた彼女の顔を思い出してシンジはうめいた。

「たぶん、ネルフでアスカになにか言ったんだな・・」

ミサトに聞いてみようかと 思った時、ちょうど そのミサトが自分を呼ぶ声がした。

 

「シンちゃーん!電話!で・ん・わ・よ!」

「あ、はい!今行きます!・・・・・誰だろ・・こんな時間に・・」

 

ガチャ・・・

「はい、受話器・・」

「どうも・・・誰からですか?・・」

「んふふ・・・愛しのレイちゃんからよ」

「な、なに言ってるんですか!」

「へへー赤くなっちゃってー このー!」

シンジのほほを 人差し指でぷにぷにとやると、ミサトはリビングのほうへと戻っていった。

「まったく・・・ミサトさんは・・・あ・・・

 もしもし? ・・・・・綾波?」

( ザーーーーーーッ・・・・・・ )

シンジの耳に入ってきたのはまず、ものすごい雨の音だ。

そして 遠くで 自動車が走り抜ける音がする。

すると、それらの音にかき消されそうな 震えるような、おびえるような 小さな声がした。

(・・・いかりくん・・・・・・・・・うっ・・・)

「綾波、どうしたの?外にいるの?どこ?」

(・・・・・・・・・・)

なぜか レイはすぐには答えない・・・ただ、シンジの耳には雨の音と雑音しか聞こえない。

「 綾波!?」

 

(・・・・・・・・こうえん・・・・・・)

 

「 公園?・・・・・あの高台の公園?」

 

(・・・・・・うん・・・・)

 

「どうして こんな日にそんなところに・・」

 

( ザーーーーーーーーーーッツ・・・・・・・・)

 

( ・・・・・・・・・いないの・・・ )

 

「え?なに??ごめん、聞こえないよ」

 

( いないの・・・・ネコ・・・・ )

 

「・・・・・・・まさか・・・いなくなったの!?ネコが!!」

 

(・・・・うん・・・・いないの・・)

 

シンジの脳裏に、どしゃ降りの 雨の 公園で、

一人 電話ボックスで 不安と寒さに震えている レイの姿が 浮かんだ。

ネコがいなくなって どうしたら いいのか わからず、

ただ 不安と 心配な 気持ちに 支配され、雨の中を さまようレイの姿が

シンジにははっきりと 想像できた。

ズキッ・・・

胸の奥が 鋭く痛んで、 シンジは わけもわからず、涙が出てきそうになった。

そんな 自分に驚きながらも、 シンジはできるだけ しっかりとした声で、

電話の向こうの 少女に 言った。

「綾波、今 すぐに行くから そこにいて。必ずだよ。」

(・・・ え?・・・)

レイの 驚いた声も聞かずに シンジは受話器を下ろすや否や、

ダッシュで 玄関へと 移動すると、傘をつかみ

「 あ、 シンジ君!どこ 行くのよ!」

「すいません、ちょっと 出てきます!すぐ戻りますから!!」

「出てくるって、凄い雨よ!」

心配するミサトの声も聞かず、 シンジは靴を半分つっかけながら 文字どうり家を飛び出した。

プシューーーーーーーー・・

「 綾波・・」

そして そのまま の速さで、 雨の町の中へと 走り出した。

 

 

( いかりくんが・・来てくれる・・ここに・・ )

不思議なことに、 受話器を置いたレイには さっきまで不安でたまらなかったまわりの景色にも

少しだけ、希望が見えてきたような気がした。

 

あれから また 町の中をさまよって、ついに 高台の公園まで来た時

その公園の中にひとつだけある 電話ボックスに目が止まった。

( ・・・・・・いかりくんに・・・・・・でんわ・・・・ )

その考えが浮かんでから すぐには電話できなかった。

こんなことで 電話を自分からしたことなどないレイにとってはシンジに電話するなど一筋縄の決心ではない。

でも 寒さで目がかすんできて、 それどころではなかった。

なによりも もう この不安な気持ちに耐えることは出来なかった。

電話ボックスの中で、震える手で番号を押し、シンジの声が聞こえたら

なぜだか安心して勝手に涙が出てきてしまった。

つめたく冷えたほほに あたたかい涙が流れるのを感じながら

レイはそれをシンジに悟られないように話した・・・つもりだ。

「・・・ぐす・・・・いかりくん・・・・」

鼻をすすり、涙を濡れた制服でぬぐうと、レイは電話ボックスの中から シンジの姿を待った。

 

 

「はぁ・・はぁ・・・まったく・・・なんて 雨なんだよ・・・」

シンジは 役に立たない傘をそれでもふんばってさしながら、全速力で坂をのぼっている。

葛城家から高台の公園まではだいたい歩いて15分程度だ。

彼が家を出てからまだ7分。

しかし、この坂を登ればもう公園だ。

通常の半分以下の時間という 驚異的なスピードでシンジはここまで走ってきた。

おかげで、こんな日なのにもかかわらず 汗だくだ。

もっとも ずぶぬれなので、汗だか雨だかわからないが・・

「はぁ・・はぁ・・はあ・・・・・はあ・・はあ・・つ・・・ついた・・・」

やっと坂を登り終え、肩で息をしながらも、シンジは顔をあげ、あたりを見まわした。

「 はぁ・・・はぁ・・・いない?・・・はぁ・・・はぁ・・・あ!・・・あやなみ・・・」

見ると、公園のすみの電話ボックスのあたりから、ゆっくりと人影が近づいてきた。

シンジは 靴がどろまみれになるのもかまわずに、慌ててその影に近づいた。

「 ・・・・綾波・・・ 」

それは、まさしくぬれねずみになった レイであった。

いつもの制服はぐっしょりと水分を吸い込んで、違う色になり、まるでお風呂上りのような髪の毛は

全部下にさがって 彼女の顔をかくしている。

髪の毛のさきからも、手の指の先からも 雨水がぽたぽたと落ちている。

あまりのレイのひどい姿に シンジは彼女まであと2メートルほどのところで、足を止めた。

レイはそれに気がつかないようにシンジに近づき、ついにシンジの目の前にやってきた。

ザーーーーー・・・

あまりの姿に シンジはどうしたらいいのか わからなかった。

うつむいたレイの顔は 見えない。

 

しかし、シンジは

 

「・・・ひっく・・・ひっく・・・ひっ・・ひっく・・」

彼女がしゃくりあげながら、泣いている事に気がついた瞬間、

 

きつく彼女をを抱きしめていた。

 

「 ひっく・・ひっ・・うっく・・・・いかりくん・・・ずず・・・ 」

 

シンジの胸の中で、レイがなにか言っている。

彼女の心の我慢の限界は、シンジの姿が見えたときに とっくに消えうせていた。

涙がとまらず、あとからあとから 熱い涙が流れ出た。

「ごめん・・・ごめんね、綾波・・ごめん・・」

そんなレイに シンジはあやまりつづけていた。

ザーーーーー・・・

別にシンジにあやまる理由はないが、彼女がこんな状態なのに 家でのんびりしていた自分に

シンジはむしょうに腹が立った。

レイを抱きしめながら シンジは傘を深くさし、自分たち・・・いや レイを重点的に保護した。

彼女の肩 背中・・雨があたらないように さらに強く シンジはレイを抱き寄せた。

とにかく もう 一滴の雨も 彼女の体に触れさせたくは なかった。

彼女をこれ以上濡らしたくはなかった。

レイの体が信じられないほど冷えて、冷たく 小刻みに震えていればなおのこと その思いは強くなった。

 

 

シンジはしばし、そのままのカタチで レイの涙が止まるのを待った。

ザーーーーー・・・

 

 

しばらくすると、 だんだんと落ち着いたのか、

レイの嗚咽が 小さくなり やがて、静かになった。

 

「 ・・・・・・・・・・

  綾波・・・・

  ・・・・・・もう・・・へいき?・・」

 

シンジはゆっくりと、できるだけやさしく レイに聞いた。

するとシンジの胸のところにある レイの頭が もぞっ・・・っと動いた。

うなずいたようだ。

シンジはゆっくりと 彼女を自分の両腕から 開放した。

器用に首のところでつかまえていた傘を手に持つと、シンジはあらためてレイを見た。

「・・綾波・・」

その言葉に うつむいていたレイは はなをすすりながら 顔を上げた。

_______と、

彼女はシンジを視線を合わせて瞬間に、

ボッ!

と、真っ赤になってしまった。

「・・ぐす・・ずず・・・・いかりくん・・・わ・わ・・わたし・・」

「なにも言わなくていいよ、ともかく そのままだとホントに風邪ひいちゃうよ・・一度家に帰ろう。」

「・・・う・・う・・ん・・・・・・・・ずず・・」

「ここからだと、綾波の家のほうが近いね・・さ、はやく・・」

言いながら シンジは自分が来ていたジャンパーを脱ぐと、それを彼女の両肩にかけた。

そして、レイの手を引き、自分のそばによせ 彼女に雨が少しでも当たらないように傘をさし ゆっくり歩き始めた。

 

ガチャ・・・キィイイーーーーー

 

扉をあけたシンジはレイを部屋の中へいれた。

「 綾波・・早く シャワーをあびなくちゃ 駄目だよ。」

「・・・・でも・・」

「ネコなら 大丈夫だから。 僕がなんとかするから それよりもまずよく暖まらないと、いいね?」

「・・・うん・・」

素直にうなずいたレイは その場の シンジの目の前で、濡れた制服を脱ぎ始めた。

「わっ!わ!あやなみ!お願いだから お風呂場で脱いでよ!」

「あ・・・・・ごめんなさい・・」 

シンジの慌て振りに、やっと意識したのか レイは赤い顔で いそいそとお風呂場へ入っていった。

 

「 ふぅ・・・・・ よし ・・・さてと・・・・・」

それを見送った シンジは 気合を入れ すっくと立ちあがった。

 

 

それから 約10分後・・・

レイは言われたとうり じっくりと いつもの彼女からは考えられないほどながーく 湯船につかり、

ほかほかと 赤く ゆであがり お風呂から出た。

「・・・・・・あ・・・・・」

一瞬 そのままの姿で、バスルームから出そうになるが、このあいだ 

シンジに服を着てくれと言われたことを 思い出し・・・・・・・・・・・・・・だが、困ったことに ひとつしかない洋服である制服は

ずぶぬれで とても着れる状態ではない。

バスタオルを体にまいて・・・とも 思ったが、からだをぐるりとまわせるほど 大きなバスタオルは レイのうちにはない。

しかたなく、レイは普通サイズのタオルを胸元に持ったまま、外に出た。

「・・・・・いかりくん?・・・・」

シンジが見たら、卒倒してしまうようなカッコ・・・というか、ハダカとなにもかわらないのだが・・・・

シンジの姿は 部屋には無い。

「・・・・いかりくん・・・・・・」

ネコがいなかったときのような あの嫌な気持ちが また膨らんできた。

シンジまで 自分のそばから いなくなってしまったかのようで、レイは泣きたくなった。

しかし・・玄関に小さな紙切れが 落ちていた。

 

綾波へ・・・

ネコを探しに行きます。

そのまま 家にいてください、見つけたらすぐに戻ります。

                              シンジ

 

「 いかりくん・・・・・・ 」

自分を思って また 雨の中へ出ていったシンジの姿が浮かび、

レイの目から また涙がこぼれた。

 

 

それから レイは 新しい下着を身につけ、そのままでは寒いので 布団にくるまって玄関のそばに

ぺたりと座り込んで、シンジを待った。

1時間・・

2時間・・・

時計は12時を過ぎ、 雨の音はいまだ 激しいままだ。

「 いかりくん・・・」

1時をまわり、レイはどんどん不安になってきた。

その不安を打ち消そうと、布団をたぐりよせて、その中に身をうずめた。

2時を過ぎたところまでは 覚えている。

しかし、やがて 彼女は待ちつかれて 眠ってしまった。

 

 

こしょ こしょと 顔をくすぐるものがある

「・・・・・ん・・・」

こしょこしょ・・・

なにか やわらかい ふわふわした 毛 みたいなものだろうか・・

「・・・・・・・んん・・・・・・」

ペロペロ・・・

今度は なにやら 暖かくてざらざらしたものが 自分のほほにふれている。

ペロペロ・・・・

「・・・・・ん・・・・・・・・・!?」

レイがうっすらと 目を開けると、 視界いっぱいに真っ白なものが 飛び込んできた。

「・・・・え?・・・・・・」

「にゃー!!」

すると、聞きなれた声が 耳元で・・

「あ・・・あ!」

思わずレイは声をあげ、 自分の顔にじゃれ付いていた ネコを抱き上げた。

まぎれもない・・・・レイのネコだ。

「うにゃー!」

うれしそうに 彼女の手の中であばれているネコを レイは力いっぱい 抱きしめた。

「うぎゅうーーーーーーー!!!!」

「・・・・・・・・もう・・もう どこにも行ってはだめ・・・いい?・・」

「にゃにゃーーー!」

「うん・・・いい子ね・・・・・・ごめんなさい・・怖かったでしょう・・・」

( ううん・・・怖かったのは わたし・・・)

迷子になったのも、置いて行かれたのも 自分自身だったような ・・・・・そんな気が

レイにはしていた。

凍り付いていた心が ふたたび動き始めたような気分だ。

 

彼女はどうやら 眠っていたようである。

玄関の隙間から 朝の光が差し込んでいる。

もう、雨の音はしない。

 

レイは やっと 気がついた。

ネコがいるということは・・・・

「 いかりくん・・・・」

シンジは ねぼけまなこの レイのすぐとなりに しゃがみこんで じっと 彼女を見つめていた。

「・・いかり・・・くん・・・・」

シンジのそのやさしい視線に見つめられて、

レイの赤い目に また みるみる涙がたまっていった。

そんな レイのあたまをやさしくなでながら、シンジは口をひらいた。

「ごめんね・・おそくなっちゃって・・・ もう朝になっちゃった・・でも このとうり 見つけたから。

 どこにいたと 思う?このマンションから10メートルもはなれてないダンボールの山の 一番下のすきまで

 いびきかいてたんだよ・・こいつ・・まったく・・・ でも、ダンボールだったから 熱が逃げなくて、雨にも濡れてないから

 大丈夫、すこぶる元気だよ。・・・・え?・・・・・・わ・・!」

そこまで話したシンジに、急にレイが抱き着いてきた。

「あ・・あああ・・あやなみ?・・」

シンジが硬直するのも 無理は無い、 布団がはだけたら レイはあられもない下着姿だ

しかし、レイはそんなこと 気にもしていない、今は無事に帰ってきてくれた シンジのことしか頭に無いようだ。

「・・いかりくん、ひっく・・・・いかりくん・・いかりくん・・ごめんなさい・・う・・うう・・・・」

安堵で涙まじりになった声で、レイは何度も何度もシンジの名前を呼んだ。

硬直していたシンジも、彼女の気持ちを感じ 体から力を抜くと

そのままの姿勢で、シンジは彼女のあたまを くしゃくしゃと やさしくなでてあげた。

 

 

「ありがとう・・いかりくん」

「にゃー!」

「うん・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「それじゃ・・僕は帰るね。」

「・・・・うん・・・」

「じゃ・・」

「あ・・・」

「え・・・なに?・・綾波・・」

「また・・・きてね・・」

「・・・うん・・また お邪魔するよ」

「にゃにゃー!」

「うん」

「じゃあ」

 

ガチャ・・・・

 

「あ・・・そうそう、今度からはちゃんとカギ・・閉めないとね」

そういって シンジは少し笑った。

「・・・・うん・・わかった。」

レイは 恥ずかしそうに 短く答えた。

 

「それじゃ」

「うん」

 

ガチャ・・・・・・・キィィィィイーーーバタン!

 

「ふぅ・・一件落着だな・・」

シンジは 台風一過の すがすがしい朝の空を見上げた。

先ほどまでの雨が嘘のようだ。

「あ・・・・ミサトさんとアスカ・・心配してるだろうな・・・ああ・・・・なんていいわけしよう・・」

このあいだの夜を思い出して、シンジはげんなりとした顔になった。

「でもまぁ、綾波があれだけ喜んでくれれば いいか・・」

シンジはさっき抱きつかれたことを思い出し、赤い顔で頭をかいた。

 

 

「ありがとう・・・いかりくん。」

部屋から見える、彼の後姿にもう一度 お礼を言うと レイは部屋の中に向き直った。

「にゃおーー!」

胸に抱えたネコが おなかすいた!の声をあげる。

 

昨日買ってきて、そのままだった ネコの餌が入った スーパーの袋をみて、

レイは元気に にっこり笑い、少し照れたようにネコに言った。

 

 

「そうね、 ・・ごはんにしましょう・・・

 ・・・・・・・ね、

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いかりくん。」

 

「にゃにゃー!」

 

 

 

ネコ 改め、いかりくん は 賛成の雄たけびをあげた。

 

 

( おしまい )


 

 

 

後書きをよでやろーっかなー

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