第1話 :変化の兆し


 

 

「 アスカに会いたい・・・ 」

 

 

まるで 炎に包まれ 燃え尽きるように

真っ赤に染まった太陽が、

湖の果てへと 沈んでゆく。

 

世界はまるで その最後の姿を写し取るかのように

オレンジ色に染め上げられ、

崩れかけの兵装ビルや 湖の中の電柱、

遠くに連なる山々・・ 

 

見飽きたはずの景色が、

なんだか ひどく 美しく見えた。

 

「 ・・・・・ 」

 

ありふれた学生服を身にまとった

線の細い 少年は

黙って その景色を見つめていた。

 

黒い髪に 黒い瞳。

 

端整な ハンサムと言って良い

顔立ちではあるが・・

あいにく 人目を引く個性は無い。

 

・・ ただ

なんとも言えない、

彼の体から発せられる 不思議な孤立感が

 

群衆や景色の中に埋もれてしまいそうな

その少年を

夕日の中に浮かび上がらせていた。

 

 

渚カヲル・・・・

いや 第17使徒は、

少年の手により、彼の願うままに 天国のドアを叩いた。

 

人類をこの地球に存続させるために、

彼は正しい選択をした。

 

・・・ それなのに ・・

 

いったいこの孤独感は なんだろう。

胸の中の この 罪悪感は なんなのだろうか。

 

親しかった人

仲間

友人

・・ 好きだと言ってくれた人

 

まるで 夢から覚めたように

みんな 消えてしまった。

 

 

 

音が無い。

 

人の声も 鳥達の声も無く

ただ 湖の上を走る風の音だけが

水の匂いと 微かな風の音を運んできていた。

 

「 ・・・・ 」

 

湖のほとりに立つ シンジの髪が

ゆらゆらと 揺れた。

 

 

ほんの数日前

彼はここで 不思議な少年と出会った。

 

あの時となにも変わらない

美しい景色が シンジの前に広がっていた。

 

最後の使徒との戦闘の後・・

シンジはたびたびこの場所へ足を運ぶようになっていた。

 

ここにいると また 

あの少年の鼻歌が聞こえてくるような・・・

 

そんな気がしていたのかもしれない。

 

 

シンジの周りにはもちろんのこと・・

彼の目のとどく 範囲には 人っ子一人いない。

 

綾波レイの秘密を知ってしまってから、

シンジはネルフの人間との接触を避けていた。

 

と ・・ 言っても 赤木リツコの行方は知れず、

その他のネルフ職員とは もとからほとんど喋ったことが無かった。

シンジが比較的 心を許し、

尊敬もしていた加持リョウジも 行方知れず・・・

 

「 ・・・・・ 」

 

黙ったままのシンジは

わずかに顔をしかめた。

 

耳の奥に あの夜、

号泣していた ミサトの声が蘇ってくる。

 

加持の身にただならぬことが起こったであろうことは・・

シンジにも容易に想像できた。

それに 最近、

立ち直ってから 以前にもまして

明るく振る舞うようになったミサトの様子から、

それがなんであるかも・・・

 

( 葛城 ・・・ ミサト ・・・さん・・ )

 

いつも元気一杯の

不思議な女性の姿が浮かぶ。

 

唯一 シンジの家族と呼べる存在。

 

保護者である、葛城 ミサトも

今のシンジにとってはあまり会いたくない存在だった。

 

彼女はシンジのことを良く理解してくれている。

ただひとりの理解者と 言ってもいい。

 

しかし、そのことが 今、

シンジがミサトを避けている 原因でもあった。

 

・・・

・・ ミサトは シンジに 似過ぎているのだ。

 

今、 シンジの頭に浮んだ 唯一とも言える希望は

いつも 自分を 馬鹿にしていた 明るい少女の存在であった。

 

「 ・・・ 惣流 ・・・ アスカ 

  ・・・ ラングレー ・・・・・・ か ・・・・・」

 

真っ赤に燃える 湖の 水面を見ながら

シンジは ポツリと 呟いた。

 

同じEVAの操縦者としてではなく、

同じ年齢の 友人としてのアスカに・・・

家族としての アスカに会いたかった。

 

誰も彼もが 自分の知らない 『 裏 』を持っていることに

嫌悪を抱いていたシンジには

今の状況下で 共に生きてくれる

仲間が欲しかった。

 

頭の中に 今度は アスカの姿が 浮んだ

 

いつも元気で 勝ち気で・・・しっかりと 自分を持っている・・

シンジは アスカを そう見ていた。

そして、 そんな彼女をうらやましくも思っていた。

 

彼女なら・・

こんな世界でも 強く生きていけるだろう・・

 

しかし  アスカはいない・・

 

「 何処 行ったんだよ ・・

  アスカ ・・・ 」

 

つぶやいた シンジは

ふと

誰かに見られているような気がして

背後を振りかえった。

 

「 ・・・・・ 」

 

背中側の 道路に

人影があるのに気が付いたのは

その時だった。

 

( 誰だろう・・ )

 

動く物体を見たのは 

なんだかずいぶんひさしぶりのように思える。

 

道路を外れ、こっちの方へと近づいてくる

その人影に 目を凝らしたシンジは

次の瞬間、

鋭く息を呑んだ。

 

「 あっ・・・・・綾波・・・・・・・ 」

 

見慣れた制服を 身に纏い・・

かばんを持って 土手を下りてくる水色の髪・・

 

・・ その人影は 間違いなく

綾波レイであった。

 

「 ・・・・・・ 」

 

ゆっくりと こちらにやってくる レイを見て、

シンジの鼓動は 急速に早くなっていく。

 

( ど ・・・ どうしよう ・・・・ )

 

明らかに 彼女は自分を目指して近づいてくる。

 

( ど ・・ どんな顔をしたらいいのか、

  わからない・・・・)

 

脳裏に ネルフの地下で見た

沢山のレイが フラッシュバックした。

 

逃げ出したい気分なのだが

足は凍ったように動かず

・・・ 声も出ない ・・

 

シンジは その場に 立ち尽くし、

近づいてくる レイの姿を凝視していた。

 

 


 

 

・・・ ピ ・・・ ピピ ・・ ピ ・・

 

微かな電子音と、 カチャカチャという

キーを叩く音。

 

静まり返った発令所からは

そんな音しか 聞こえない。

 

10人以上の人間が 作業をしているのだが

皆 無言で 淡々と ・・ 仕事を進めている。

 

・・・ ピ ・・・ ピピ ・・ ピ ・・

 

発令所の 発令塔の前・・

いや ・・ 前と言うより、前方の空中と 言った方が正しい。

 

空中に映し出された 光るディスプレイには

なにやら 大量のデータが

次々と表示されている。 

 

その中の一つ・・

一枚だけ 日本語で書かれた 画面を見ながら

黒髪の 長身の女性が立っている。

 

「 えー・・

  血圧 ・・ 脈拍 ・・

  新陳代謝・・ 」

 

何も言わず 立っている女性の隣・・

オペレーター席に座った

日向マコトは キーボードを叩きながら

ぶつぶつと なにやらつぶやいている。

 

「 脳波・・

  瞳孔反応 ・・

  ・・

  いずれも 異常無しですね・・ 」

 

彼の言葉とともに

空中に映し出された 文字が

スクロールしてゆく。

 

「 体は健康・・

  なんの問題もありません。

  ・・ 体重も

  最後に計った時の数値に

  ほとんど戻りました。 」

 

オペレーター用の ディスプレイから

顔を上げたマコトは、

隣に立っている ミサトを見上げた。

 

彼女は 前をじっと見たまま・・

身動き一つしない。

 

「 葛城さん ・・ 」

 

思わず マコトが名を呼び・・

ミサトは 慌てて 我に返った。

 

「 あ・・ うん ・・ ごめん・・

  わかったわ・・ 」

 

彼女はマコトをチラッと見ながら

礼を言うと、

再び 視線を前に戻した。

 

マコトは 小さくため息をつくと

手もとのキーを ひとつ 押す。

 

すると、先ほどまで データが流れていた

左隅の画面が切り替わり

 

白い光りに満たされた

何処かの病室の映像が映し出された。

 

その画面の下には

< 303病室 : 惣流・アスカ・ラングレー >

の デジタル表示がある。

 

「 ・・・・・・・ 」

 

ミサトは 白いベットに横たわる

かつての同居人の姿を見つめながら

わずかに目を細めた。

 

 

惣流・アスカ・ラングレーの行方が

わからなくなったのは・・

今から 10日ほど前・・

 

そして アスカがこの病院に

変わり果てた姿で 運び込まれて来たのが

1週間前の事だ。

 

諜報部の実力をもってさえすれば

少女の捜索など 3日とかからない。

 

事実を知らされていないのは

シンジやレイ・・

子供達だけだった。

 

『 セカンドチルドレン 発見の情報は

  サード 及び ファーストチルドレンには 伝えてはならない 』

 

その命令を下したのは、作戦課の 葛城三佐。

 

他でもない

ミサトであった。

 

 

危険な状態にまで

衰弱しきっていたアスカに

シンジを会わせる事。

それはあまりにも残酷だと思っての処置だ。

 

(  アスカだって ・・

   そんな事 望んではいないわ ・・ 恐らく ・・ )

 

ミサトは カメラに写る・・ 外見だけは

前と変わらないレベルにまで 回復したアスカを見ながら

思った。

 

「 行くんですか?

  ・・・ 葛城さん ・・ 」

 

黙ったままの ミサトに

ふいに 日向が聞いた。

 

「 ええ ・・ 」

 

前を見たまま ミサトは答え

 

「 ・・・ そうですか ・・ 」

 

マコトは 片手で眼鏡の位置を直した。

 

 

「 後・・

  お願いね・・ 日向君 ・・ 」

 

 

「 はい ・・ 」

 

ミサトは コンソールの脇に

掛けてあった 赤いジャケットを手の取ると

 

そのまま 発令所を 後にした。

 

 

 

 

発令所を出た ミサトは

一度 自分のオフィスに戻ると

車のキーを持ち・・

再び エレベーターホールへと

廊下を歩き出した。

 

コツ・・ コツ・・ コツ・・

 

無機質な ネルフの広い廊下に

彼女の足音が 響く。

 

・・・ やがて 

何も言わず 足早に歩いていたミサトは

ちょうど 自分のオフィスと エレベーターの中間あたりで

ふいに 足を止めた。

 

「 リツコ ・・ 」

 

廊下の右側の扉には

 

< 赤木博士 >

という文字の書かれた

猫の飾りのついたプレートが かかっている。

 

そして 扉には 赤いデジタル文字で

< 不在 > という表示が 光っていた。

 

ミサトは その部屋の扉を見ながら

しばし その場に立ち尽くした。

 

何分くらい そうしていただろうか・・

やがて

ミサトは 小さく口を開くと

 

「 ・・・ あなたの気持ち ・・

  わからなくもないわ ・・ 」

 

重く ・・

冷たい 声で つぶやいた。

 

「 でも 私は、

  自分の罪の ・・

  償いだけは

  してみせる ・・ 」

 

ミサトは 扉の前から離れて

再び 廊下を歩き始めた。

 

「 それをしなければ

  最低の人間になってしまうもの ・・ 」

 

広い廊下に

彼女の声が 微かに響いた。

 

 


 

彼の葛藤など

お構いなしとでも 言うのだろうか、

 

シンジの心の準備が

まだ何もできていないにもかかわらず

 

風で揺れる オレンジ色の草を踏みしめながら、

薄い 水色の髪の少女は

 

彼の すぐ目の前まで やってきてしまった。

 

「 ・・・・・・ 」

 

シンジから ほんの2、3歩離れた所で

レイは 足を止めると

そのまま すっと 前を見た。

 

オレンジ色の夕日に揺らされた、

美しく光る 青い髪が揺れ・・

 

その隙間から覗く、ルビーのような

美しい 赤い瞳が シンジを捕らえた。

 

「 ・・・・・・ 」

 

「 ・・・・・・ 」

 

知らない誰かが見たら、

湖にデートに来た

見詰め合う恋人達に見えるだろうか・・

 

2人は黙って 

お互いの瞳を見つめた。

 

『 永遠とも思える 沈黙が2人を包んだ・・』

かのようにシンジには思えたが、

実際は それは ほんの数秒のことだった。

 

( なにか 言わないと・・ )

 

白くなっていく頭の中で

シンジが そう考えていると

 

サァ・・・

 

今までより 少し強い風が

2人に吹いて来た。

 

足元の丈の長い草が 一斉に揺れ

目の前の少女の やわらかい髪も揺れた。

 

・・・ 

レイは 自然な動作で 白い右手を頭に持っていくと、

そっと 乱れる髪を押さえ、 

 

シンジを見つめる 赤い瞳が

スゥっと

わずかに細くなった。

 

 

( え ・・ )

 

・・ ドクン ・・

 

ふいに

シンジの心臓が ひとつ大きく鳴った。

 

まるで 目の前の美しい少女が

やさしく微笑んだように見えたのだ。

 

「 ・・・・ 」

 

いつも 氷のように冷たい視線を発しているはずの

彼女の赤い瞳が、

とても暖かく・・ 優しい眼差しに見えて・・

 

シンジの頬は 知らないうちに

赤く染まっていた。

 

「 ・・・・

  ・・ なに? 」

 

彼の変化に気がついたのか、

レイは 小さく首をかしげ・・・

ピンク色の 可愛らしい唇が動いた。

 

「 あ ・・ あの・・・ 」

 

言われて初めて

自分が彼女の顔を マジマジと見つめていたことに気がつき、

 

「 ごめん・・ 

  ・・なんでも

  ・・・ ないんだ ・・・」

 

しどろもどろになりながらも

シンジは慌てて 謝った。

 

「 ・・ そう ・・」

 

「 ・・・・ 」

 

いつになく 彼女の視線が気になる。

 

( さっきのは・・

  見間違いだったのかな・・ )

 

自分が焦っているのに

顔色ひとつ変えず、立っているレイは

今までと 変わらないように見える・・。

 

でも ・・ なんというか ・・

前よりすこし 暖かい感じがすることも

確かだ。

 

「 ・・・ 」

 

ふいに レイは ゆっくりと歩き出し、

シンジの隣りに立つと

彼が今までしていたように

オレンジ色の湖の方に目をむけた。

 

「 ・・・・・・ 」

 

頬を染めたまま シンジは居心地悪そうに

立っていたが・・

 

こっそりと 横目で 隣りのレイを見た。

 

彼女は何をするでもなく

湖に目を向けている。

 

「 あ ・・・・ あの 

  ・・・・ 綾波 ? 」

 

レイが 隣りのシンジを見る

 

「 ・・・・ 僕に

  ・・ なにか 用?・・・・・・ 」

 

赤い瞳の中に

緊張している自分が写っているのを見ながら

シンジは聞いた。

 

「 ・・・・・ 」

 

「 ・・・・ 」

 

沈黙が流れる。

 

シンジは黙って レイの唇が動くのを

待っていた。

 

すると・・

それまで無表情だった彼女の顔に

少し・・ 困ったような・・ 悲しいような・・

今まで見たことの無い 表情が浮かんだ。

 

( ・・・ え ・・・ )

 

シンジは 呆けたように

そんな彼女を見つめる

_____ と

 

「 ・・・ いいえ ・・・ 」

 

うつむき加減に・・

レイは 言いにくそうに答え

 

シンジから慌てて視線をそらすと

再び湖の方を見た。

 

「 ・・ そ ・・・ そう ・・・・」

 

シンジも 答えながら

湖のほうを見た。

 

「 ・・・・・・ 」

「 ・・・・・ 」

 

お互いに何も言わず・・

立ち尽くしたまま 無言の時が流れる。

 

静かな景色と雰囲気の中

それとは逆に シンジの頭の中は

大混乱に 陥っていた。

 

( いったい・・ どういう事なんだ?・・ これは・・ )

 

呆然とした声が 頭の中で鳴り響く。

 

無理も無い。

 

彼にとって レイの行動や 仕草は

理解の範疇を超えたものだった。

 

・・

出会ったばかりのころに比べ、

最近は比較的 心を許してくれるようになったとは思っていたが・・

レイの方から 用も無いのに 近寄って来てくれるほどでは

なかったはずだ・・・

 

しかも その綾波は 『 2人目 』  のはず・・・

3人目の 綾波は 自分 ・・

つまり 碇シンジのことすら知らないはずだ。

 

( ・・・・ )

 

そんな風に考えてしまうのは 悪い事かもしれない・・

けれど・・

・・・

 

シンジは レイの方に そっと顔を向けてみた。

 

夕日は 湖の中に落ち、

あたりは オレンジ色と青とが混じった

幻想的な雰囲気になっている。

 

白い肌と 夜の鮮やかな青のような髪・・

・・ 夕日の 赤い光を受けた

少女の横顔は 

まるで 一枚の絵画のように、

息を呑むほど 美しかった。

 

どき・・どき・・どき・・

 

なんだか ますます リズムの早くなってきた鼓動を

ひっしになだめつつ、

シンジは脳味噌をフル回転させた。

 

( 何か

  ・・・ 何か話したほうがいいのかな ・・ こういう時は ・・

  き ・・・ きれいな 夕日だね ・・・

  とか 言おうかな ・・・ で ・・・ でも ・・・ )

 

 

( 私 ・・ どうしたの ・・ )

 

レイは思う

 

シンジが話しかけようか かけまいか

悩んでいる頃・・

 

レイの心もまた・・

穏やかなものではなかった。

 

( ・・・・・・ )

 

第一に、

自分で取った行動に

自分で驚いていた。

 

司令に呼ばれ・・ ネルフに来て

検診を受けた帰り道・・

 

湖のほとりにいる 少年を見つけた時、

彼女の足は 自然に その少年の方へ と

向いていたのだ。

 

( ・・ 何の用も ・・

  無いはずなのに ・・ )

 

いつもなら まっすぐに

家に帰るはずだ。

 

( なぜ ?

  ・・・

  ・・・この人の ・・ 姿を見たら

  ・・・

  ・・ とても そばに行きたくなった・・・・ )

 

こんな事は 始めてだ

 

( ・・ この人のこと 

  ・・・ ずっと前から知ってるような 気がする ・・ )

 

おぼろげな 昔の記憶の中に・・

なにか 暖かいものがある。

 

ぼんやりとぼやけて よくわからないが・・

隣りの少年と 関係しているような・・

そんな気がした。

 

( 今のわたしに・・・ 

  昔の記憶は 残っていない はずなのに・・・ )

 

胸の中が なんだか熱くなってくる。

 

どき どき どき どき どき

 

( それに なに?・・ )

 

レイは戸惑いとともに

自分の胸に 手をあてた。

 

この少年の後ろ姿を見た時から・・

鼓動がどんどん早くなって・・・・

今ではもう すごい早さだ。

・・・

 

無意識に行動する事・・

心臓の鼓動が 早くなる事・・

 

すべて 初めての現象だ。

 

( どうしたの? ・・・ わたし ・・・・ 

  検診は 受けたはずなのに ・・ )

 

ついさっき

何の異常もない、健康だと

診断されたばかりだ。

 

( ・・ この人のせい? ・・・ )

 

心の何処かで 小さな声がする

 

( この人 ・・ )

 

レイの頭の中で

いろいろなデータが動く。

 

( 初号機パイロット・・・

  碇 ・・・・・・ 碇司令の子供 ・・ )

 

知識が呼び起こされ

少年の名前が 脳裏に浮かんだ。

 

( ・・・ 碇 ・・・・ シンジ ・・・

  ・・・・

  ・・碇シンジ

  ・・・ そう、 

  ・・・

  ・・・・ いかりくん ・・・ )

 

その言葉が思い出された途端、

まるで 火がついたように

胸のあたりが 熱くなった。

 

( 不思議・・・・

  ・・・ いかりくん ・・・

  ・・ なんだか

  ・・ とても 懐かしいことば ・・・ )

 

心の中に いままで 味わったことの無い

甘くて 恥ずかしい気持ちが 広がって行く・・

 

急に 隣りに その名の少年が立っていることを

レイは 意識した。

 

どきどきどきどき・・

 

心臓の鼓動が どんどん早くなっていく。

 

生まれて始めての不思議な感情に、

胸が苦しくなって 

レイはどうすることもできずにうつむいた。

 

美しい湖の景色など

見ていられない。

 

何故なら 困った事に、

今度は顔がどんどん 赤く染まり・・

熱くなってきたのだ。

 

( あっ・・・・・・

  な ・・ なに?

  ・・・

  ほっぺたが・・・・

  熱い・・・・ )

 

赤面と言う言葉は知っている。

感情の高ぶりにより 顔の毛細血管が広がる現象だ。

 

知ってはいるが・・

どうしたらいいかなど

わからない。

 

一度 意識してしまうと

まるで 自分の顔が

燃えているかのように思えて

 

さらに恥ずかしくなる。

 

「  う ・・・ 」

 

レイは思わず 小さく声をあげながら

自分の手の甲を 顔に押し当てると

赤くなった ほっぺたを 一生懸命冷やし始めた。

 

熱い頬に 冷たい手が 心地よい。

 

( いかりくん・・ )

 

自分が こんなに顔を赤くしていることを

何故だか気づかれたくなくて

 

レイは こっそりと、 隣のシンジの顔を盗み見た。

 

「「 あっ・・・」」

 

当然、 自分の横顔に 見とれていたシンジと目が合い、

2人は同時に 赤い顔を さらに赤くすると

慌ててそっぽを向いた。

 

( わ! ・・ わ! 

  ・・・ いかりくん ・・・・・ みてた 

  ・・・・・わたしを・・・ みてた ・・・ )

 

頭の中まで熱くなってしまって

言葉がぐるぐると回るばかり。

 

ますます 拍車のかかった

鼓動と赤面は、もはやどうすることもできない。

 

( ・・・ どうすればいいの? ・・・

  この人に ・・

  このままだと・・・変に思われてしまう・・・ )

 

何故だかわからないが

それは 嫌なことだった。

 

恥ずかしくて 絶対に嫌なことだ。

 

ここから 立ち去りたい ・・・

今すぐに 見えない所へ逃げ出したい ・・・

 

はずなのに、

不思議なことに 足がまったく言うことをきかない。

 

( で・・・でも・・・

  この人の そばにいたい・・・ )

 

心の何処かで

自分の声がする。

 

どうにかなっていまうくらい

恥ずかしいのに・・

 

それを我慢して

何とも言えない この ・・ 安心感にも似た

不思議で 暖かい気持ちを味わっていることは・・

 

決して 嫌なことではなかった。

 

 

・・

・・

 

 

横顔に 見とれていたら

急に 彼女が自分を見て

 

シンジは慌てて そっぽを向いた。

 

おかげで 頭の中は

混乱を通り越して 真っ白だ

 

( ・・ 綾波 ・・ )

 

ちらっと もう一度 彼女の方を見ると、

片手で頬を押さえた レイが

真っ赤な顔で うつむいている。

 

普通の女の子と 何も変わらない

とても可愛い姿だ

 

( ・・・・ )

 

この ・・ 隣りにいる少女は

本当に あの 綾波レイなのだろうか・・

 

シンジを守るために自爆し

地下の水槽で 沢山の代わりの体のある

 

あの 綾波レイなのだろうか・・

 

ふいに、

シンジは レイに “話しかけたい”  と言う

衝動にかられた。

 

なにを 言えばいいのか・・は

わからない。

 

今の状況・・

カヲルのこと・・

アスカのこと・・

そして いま 自分が考えていること・・

そして・・レイ自身のこと・・

 

言って どうなるものでも

ないのかもしれない・・。

 

だが 誰かに聞いてもらわないと

気が変になりそうなくらい

シンジは疲れていた

 

いったい 自分は どうしたらいいのだろう・・

なにが普通で・・

なにが普通じゃないのだろう・・。

 

誰かと 落ち着いて しっかり

本音をさらけ出して 話したかった。

 

そして 恥ずかしそうな仕草や

赤く染まった 彼女の顔が

 

シンジの心の中から

レイに対する 疑いや 拒絶する気持ちを

取り除いていた。

 

「 あ ・・・ 

  あやなみ ・・ あのさ ・・・ 」

 

「 えっ・・ 」

 

急に呼ばれてびっくりしたレイは、

大きく目を見開いてシンジの方を見た。

 

普通の人間と 少しも変らない その様子に

勇気づけられたシンジはゆっくりと 口を開き、

 

 

「あ・・・あのさ・・・・・」

「シンジくーーん!!」

 

やっとの思いで

声を出したシンジであったが、

 

その声は ミサトの声と

車のエンジン音にかき消されて しまった。

 

 


 

 

「 ミサトさん・・・ 」

 

レイから視線を外し、

シンジは 上の道路のほうを見た。

 

青いルノーが いつのまにか止まっていて、

黒髪の女性が そこから降りてきた。

 

「 シンちゃん・・・

  こんなとこにいたんだぁ・・

  まったくー ・・ 探しちゃったわよ!」

 

ミサトは言いながら 土手の傾斜を

軽い足取りで 降りてくると、

シンジの前まで来て、にっこりと 微笑んだ。

 

「 ・・・・・・ 」

 

久しぶりに会ったので

シンジは どんな顔で 答えていいのか

わからなかった。

 

彼女とは あの一件以来・・

どうも ギクシャクした 雰囲気になってしまっていた。

 

何とも言えない顔で

うつむいてしまったシンジを見て

一瞬、

複雑な表情を見せたミサトだったが、

すぐに気を取り直すと、

 

「 ほらほら、 そんな顔しないでよ・・

  ・・ せーっかく 良い情報があるん だ ・ か ・ ら! 

  ・・・ ん ・・ !? 」

 

元気良く 人差し指を立てて 話していたミサトは

そこまで来て、 ようやく・・ 

 

シンジの斜め後ろに 隠れるように

レイがいることに 気がついた。

 

「 ・・・・・・ 」

 

太陽が沈んでしまったため、

辺りが急に暗くなっているので

気がつかなかったのだ・・。

 

( ・・ レイ ・・ )

 

明るく笑った 自分の顔が

かすかに引きつったのを

ミサトは自覚した。

 

「 ・・・・・・ 」

 

「 良い情報って なんなんですか? 」

 

レイに どんな言葉をかけて良いのか解らずに

思わず固まってしまったミサトを

現実に引き戻したのは シンジの一言だった。

 

ミサトは 弾かれたように 顔を上げると

 

「 あっ ・・・ えーっとねぇ ・・・ 

   あ!そーそー!!アスカが見つかったのよ!!」

 

事も無げに・・

明るく言った。

 

「 え ・・・ 」

 

「 諜報部が 見つけてくれてね・・

  ついさっき・・ 」

 

「 ほっ ・・ ほんとですか!? ミサトさん! 」

 

シンジは 目を大きく開いて

ミサトの方に歩み寄った。

 

「 こんな嘘 ついてもしょうがないでしょー?

  ホントよん♪ 」

 

ミサトは 言いながら

両腕を組んだ。

 

・・ シンジがもう少し 大人になっていれば ・・

ミサトの瞳の奥の 真実に

気がついたかもしれない。

 

「 そっ、それで・・

  今 アスカはどこにいるんですか?」

 

「 ん? ・・

  ・・・ ネルフの病院にいるわ。」

 

「 ・・ 病院? ・・」

 

「 そっ! どうする? 会いに行く?」

 

「 え・・・・ ええ! もちろんです」

 

病院と聞いて 一瞬怪訝な顔をしたシンジだったが、

続くミサトの言葉に 大きく頷いた。

 

 

「 ・・・・ 」

 

 

そんな シンジの 背中を見ていたレイは、

高鳴っていた 鼓動が 急速に静まっていくのを感じていた。

 

さっきまでの 暖かくて・・

熱くて・・ 気持ちの良い感情の変わりに

冷たくて ・・ なんだか

嫌な気持ちが 胸の中に広がっていった。

 

眉を すこしひそめて

レイは 口をきつく結んだ。

 

 

夜の冷たさを含んだ

湖からの風が

髪を揺らして行く。

 

彼女はじっと

シンジの背中を見つめていた。

 

・・・

今の この気持ちは

いったい なんと呼べばいいのだろうか・・ 

 

 

 

少女には 

わかるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 


 

アスカと再会するシンジ

 

変わり果てた 少女を前に

シンジ・・

そして ミサトの心に

 

新たな感情が芽生える・・

 

 

 

次回: 再会と決意


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