なにが 本当だったのだろう・・

 

今でも まだ わからない

 

僕は 彼女を 愛していたのだろうか。

 

・・ 僕には それすらも わからない・・

 

でも・・

 

ひとつだけ・・・

 

確かな事がある・・

 

たとえ すべてが ウソでも・・

 

彼女が 幻でも・・

 

 

僕は ずっと ・・

 

ずっと ・・・

 

 

 

大好きの カケラ

 

 

 

 

透き通った 綾波レイが

僕の前に現われたのは

 

すべてが 嫌になった あの日の夜だった。

 

僕が部屋に入ると

 

彼女がいた。

 

「 ・・ いかりくん ・・・ 」

 

・・非現実的な情景・・

 

彼女は今、 意識の無いまま

病院の 集中治療室の中のはずだ。

 

そして・・ それは たった今

僕が確認してきた ばかりだ。

 

「 ・・ いかりくん ・・・ 」

 

それでも 何故だか・・

目の前の 透き通った ぼやけた綾波に

 

僕は驚かなかった。

 

「 ・・・ 綾波 ・・ 」

 

僕が そう 一言つぶやくと、

 

彼女はうれしそうに 微笑んだ。

 

 

幽霊・・

 

とでも 言うのだろうか?

 

本人は よくわからないと 言っていた。

 

僕の事をずっと・・

ずっと 考えていたら

 

いつのまにか 僕の部屋に いたのだと・・

彼女は言った。

 

ふわふわと 僕のまわりにういている 彼女・・

 

「 とても自由なの・・

  とても・・

  とても いい気持ち・・ 」

 

とても楽しそうにしている

彼女を見ていたら

 

疑問は雪のように 溶けていった。

 

 

それは・・

人間によって 作られた 綾波の体が

『 生きつづける事 』 に耐えられなくなって

 

1週間たった時の事だった。

 

 

「 ・・・ いかりくん・・・

  ・・ ずっと ・・ いかりくんのそばにいても いい? 」

 

綾波が 僕と一緒に暮らしはじめて

2日目の夜に

彼女が言った。

 

恥ずかしそうに うつむいて・・

勇気をしぼりだすようにしていた 彼女を

 

僕は純粋に 『 かわいい 』 と思った。

 

「 うん・・

  もちろんだよ・・

  綾波の好きなだけ・・

  ずっと一緒にいよう・・ 」

 

僕の言葉に うれしそうに 微笑んだ・・

その彼女の頬に触れようとした僕の手は、

 

むなしく空を切った。

 

少しだけ 悲しい顔をした 綾波は

白い手を伸ばして

僕の頬にそっと

その手をそえた。

 

僕は彼女に触れられないのに、

彼女の手の温もりは

僕に伝わった。

 

「 綾波だけ さわれるなんて・・ 不公平だよ・・ 」

 

口をとがらした僕に

 

「 いいの 」

 

彼女はそういって 笑った。

 

 

その日から・・

 

 

彼女は僕に触れる事を好んだ。

 

「 いかりくんに触っていると・・

  安心するの・・

  ここにいるって事を確認できて・・

  心が暖かくなるの・・ 」

 

そういって、笑う綾波の顔が

まるでポートレートのように

今でも 目に焼き付いている。

 

綾波は・・

前より よく喋るようになっていた。

 

僕との たわいの無いおしゃべり・・

 

テレビを見ていた時も・・

買い物に行った僕に ついてきた時も・・

ベットの中で

僕の隣りにもぐりこんで 眠りにつく前も・・

 

「 不思議なの・・

  思った事を すぐに・・ 口にできるの・・

  いかりくんに・・

  なんでも 伝えたいの・・

  なんでも 聞いてもらえることが うれしいの・・・

  こんなに・・ 」

 

こんなことならば・・

もっとずっと前から

一緒にいればよかった。

 

もっと前から 沢山話しをしていれば よかった・・

 

僕達は そう 思っていた。

 

無くした時間をひろいあつめるように

僕達はいつも 一緒にいた。

 

 

綾波の姿は 僕にしか見えない。

 

帰ってきた ミサトさんに伝えようとしたけど・・

彼女には 綾波の姿は 見えなかった。

 

綾波が 入院した事がショックで

僕がおかしくなったのでは・・と ミサトさんは心配していた。

 

・・・ 無理も無い

 

僕自身だって

目の前の綾波が

妄想の産物なのではないかと

初めは思っていた。

 

僕の心が産み出した

 

都合の良い 妄想だと・・

 

そう 思っていた。

 

 

だって・・

 

綾波があのままだったら・・

 

 

あんまりじゃないか・・

 

 

彼女の生きてきた理由は

 

 

いったい なんだったんだよ・・

 

 

・・・

 

そんな 思いも・・

綾波と一緒にいると

 

いつのまにか 消えていた。

 

彼女は 彼女だ

 

今 僕の前にある現実・・

それだけで 十分じゃないか。

 

 

 いかりくん・・ 大好き・・ 」

 

綾波が 僕に言う。

 

「 いかりくん・・  大好き・・ 」

 

「 うん・・ 」

 

「 今まで 言えなかったぶんだけ・・

  たくさん言うの・・

  大好き・・

  いかりくん・・ 」

 

彼女に好きと言われることが

とてもうれしかった・・

 

彼女に思われる事が うれしかったというのもあるけど・・

 

好きだと言っている時の綾波が

とても幸せそうだから

 

僕はうれしかった。

 

 

何処へ行くにも 一緒だった僕達・・

けれど ひとつだけ

一緒ではない場所があった。

 

それは 病院

 

綾波が 入院している

病院だ。

 

僕が 週に2回ほど・・

綾波のお見舞いに行くのを

彼女は嫌った。

 

私なら ここにいる・・ と

 

そういって 悲しい顔をする。

 

けれど・・

けれど 僕はお見舞いに行った。

 

真っ白な病室の中にいる

巨大な機械に命を守られた

真っ白な少女の所へ。

 

彼女はずっと

眠ったままだ

 

それでも 僕は

お見舞いを欠かさなかった。

 

 

僕が病院から出ると

彼女は現われた・・

 

それから 家に帰るまでは

 

いつも二人は 無言だった。

 

 

 

「 編み物の道具を 買いに行こう・・ ね?

  いかりくん・・ いいでしょ? 」

 

テレビの バレンタインデーの特別番組見た後だった。

綾波が そんなことを 言い出した。

 

「 いかりくんに・・ マフラー あんであげる 」

 

僕の腕にくっついて

彼女は まるで小さな子供のように

はしゃいでいた。

 

 

この頃・・

 

綾波の姿が

なんだか前より ぼんやりしてきたように

思える

 

人からは見えないのに

彼女は物にさわることができる。

 

だから 編み物をすることだって できたのだが・・

 

「 もぅ!・・

  なんで できないの! なんで! 」

 

編み物の棒を 落としてしまった綾波が

自分に腹を立てる。

 

彼女がつかもうとしても

時折、 手からすり抜けてしまう 棒が

 

僕には なんだか・・

 

怖かった。

 

 

「 綾波・・ 無理しなくても いいよ? 」

 

 

けれど、彼女は

 

「 駄目・・ いかりくんの マフラー・・ 作るの! 」

 

そういって・・

ずっと

教科書がわりの雑誌を見ながら

ひたすら 生れてはじめての 編み物に

没頭していた。

 

 

「 編み目の ひとつ ひとつに 思いを込めて・・ね?

  大好きのカケラを あつめるように

  少しずつ・・ 少しずつ 編んでいくの・・ 」

 

彼女は誇らしげに、

すこし へんてこな形のマフラーを

どこまで編めたか・・

毎晩 僕に説明していた。

 

 

2月14日

 

コンクリートをさらに憂鬱にしたような空の色

朝から やけに寒かった。

 

洗濯物が 乾きそうもないから 家事は掃除だけにすると、

僕は部屋に戻った。

 

ドアをあけると、

起きてから ずっと 編み物の続きをしていた 綾波が

僕の方を見た。

 

「 ・・ できたの? ・・ 」

 

と 僕が聞くと

 

もうすこし

 

と 彼女が答えた。

 

 

それから・・

くだらない、夕食の献立の話しをして

時間が流れた後・・

 

夕方頃、 僕は買い物に出かけることにした。

 

けれど、

綾波は めずらしく 留守番をしていると言う・・

まだ マフラーが できていないから・・と

 

一緒に 買い物に行かないのは

その時が 初めてだった。

 

 

「 いかりくん・・ 」

 

玄関で 靴をはいていた僕は

呼ばれて振りかえった。

すると

突然 彼女は

 

僕にキスをした。

 

 

「 いってらっしゃい・・ いかりくん・・ 」

 

頬を染めて

綾波は楽しそうに 僕に手を振った。

 

 

彼女の唇のぬくもりに 心臓は早鐘を打ち・・

僕は 幸せな気分で

灰色の空の下に 出かけていった。

 

 

沢山 夕御飯の材料を買って・・

家の玄関を空けた時

 

何故だかわからないけど

 

僕にはわかった。

 

だから・・

 

だから、 電気のついていない 自分の部屋の中を見ても・・

 

家中捜しても 何処にもいなかった 綾波にも・・

 

けたたましく鳴る

リビングの電話にも

 

驚かなかった。

 

 

慌てている 電話のミサトさんの声

 

なんと答えたのか

覚えていない。

 

ミサトさんの車で 病院に駆け付けるまでの事も

なにも 覚えていない。

 

ただ・・

 

病室の中で

綾波の亡骸にすがりついて

しきりに謝りながら泣いているミサトさんと・・

 

なにも言わずに 立っているリツコさんと・・

 

そんな 光景だけを

僕はただ

ぼんやりと 見つめていた。

 

 

沢山の 呼吸器やら 点滴やらが

彼女からはずされて・・

 

彼女をつつむ シーツが

はずされた。

 

おなかの上で 手をあわせるて 横たわる

彼女の その手の中に

 

黄色い マフラーがあった。

 

 

僕の 妄想の中にあるはずの

マフラー・・

 

そして

 

彼女が生きていたいた証の

黄色いマフラー

 

 

そのマフラーを 手に取ると

 

僕は 美しく 眠る 綾波の

もう 二度と開く事の無い その唇に

 

 

自分の唇を そっと あわせた。

 

 

「 さようなら・・

  綾波・・

  ・・ ありがとう ・・ 」

 

 

血の通わぬはずの 彼女の唇は

 

ほんの 数時間前の 感触と同じで・・

 

とても 暖かかった。

 

 

 

多くの人が 入ってきて

慌ただしくなった 病室を抜けて

 

僕は 病院の外に出た。

 

やけに 外は寒くて

肌に刺すような 冷気が 当たっていた。

 

日が落ちたのかどうかもわからない・・

黒くて

灰色の空を見ながら

 

僕は マフラーを 首にまいた。

 

 

やがて・・

 

街灯が灯り、

黒い空から 白い雪が 落ちてきた。

 

 

僕は

ただ 黙って

それを見ていた。

 

ふわふわの雪が・・

 

この街に降る、

 

大好きのカケラに見えた。

 

 

 

首にまいた出来そこないの、

ほつれだらけのマフラーは

 

 

 

なんだが やけに暖かかった。

 

 

 

 

 

(おわり)


ちょっと待て!なんじゃコリャ!

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