カタ ――・・ ン 

 

カタ ――・・ ン

 

ゆるやかな ・・ 実にゆるやかな速度で

振り子は揺れる。

 

まるで 時間の流れは こんなにも優しいのだと、

教えるかのように。

 

 

カタ ――・・ ン

 

カタ ――・・ ン

 

見上げるほど高い天井、

日の光を遮る事なく通す 大きなガラス張りの壁。

 

天井より下げられた、

時計と言うよりオブジェに近い

その巨大な振り子は、

実に優雅に ・・ 悠然と時を刻んでいた。

 

 

ここは 第二東京の中心部。

・・ 首相官邸 第三執務室  

 

日本の “中心” と呼ばれる場所。

 

 

 

 

「 季節が失われたとは言え ・・

  さすがに この時期ともなると 寒くなるものだな ・・ 」

 

広大と言う言葉がふさわしい部屋に置くべく作られた、

威厳に満ちた 大きな黒檀の机に

一人の老人が 座っている。

 

彼の前には 沢山の書類と、年代ものの万年筆。

15年前に他界した 妻の写真が入った写真立て。

・・ そして 数冊の本。

 

ホログラムタイプのディスプレイがなければ、

アンティークと言う言葉がピッタリな机だ。

 

「 暖房の温度を 少し調節いたしましょうか? 」

 

机の横に立った女性が

凛とした声で言った。

 

年の頃なら 30代中盤。

紺色のスーツに 黒いヒール。

どちらかと言うと美しい顔立ちだが、

話し掛けるとすぐに平手が飛んできそうな ・・

キツイ目をした ・・ 見るからに “秘書” と言った感じだ。

 

「 いや ・・ 構わんよ。

  冬は寒いものと 昔から決まっている。

  それよりも ・・ 今度の予算会議で使う資料は ・・ 」

 

老人がそうつぶやきながら、

机の上を見回すよりも早く

 

「 こちらでございます。 」

 

彼女は 机の上のファイルの山から

サッと数枚の紙を取り出すと

それを 老人の前に置いた。

 

「 おお ・・ そうか。 」

 

「 会議の予定時刻は 午後3時。

  おおよそ2時間を予定しております。

  ですので、4枚目あたりまで ・・ あらかじめ

  お読みになられておくのが良いかと。 」

 

まるで 前もって質問されることを

予想していたかのような ・・

よどみない言葉だ。

 

「 うむ・・。 ありがとう。

  ・・ しかし、 いつもながら

  君の仕事ぶりは実に素晴らしいな。

  素早いし ・・ 何よりも正確だ。 」

 

「 ・・ ありがとうございます。 」

 

彼女はそう言って わずかに頭を下げる。

しかし 言葉とは裏腹に、

その顔には あまり感情の変化は見られない。

 

仮にも 一国の首相に お褒めの言葉を頂いたのだ。

 

普通の人間ならば 嬉しそうな顔ぐらいはするハズだが、

彼女にはさして 興味の無い事だったようだ。

 

それを 知ってか知らずか、

その老人 ・・ 改め 首相は、

小さく溜息をついて

手渡された資料に目を通しはじめた。

 

 

カタ ――・・ ン 

 

カタ ――・・ ン

 

 

部屋の中には再び、

静寂と 振り子の音だけが響く。

 

この広い部屋には

たった二人しかいない。

 

なぜなら この部屋は

外部の人間が入る事が許されていないのだ。

 

・・ 寂しい事このうえないが、

この国の”これから先”についての

重要な書類が山ほどあるのだから、

当然と言えば当然だ。

 

万一、ここにある資料が盗まれたり、

コピーされるような事があれば 大変である。

 

 

「 そう言えば ・・

  ・・ そろそろクリスマスが近いな。 」

 

 

ほどなくして 彼は

おもむろに口を開いた。

 

今年ももう 12月 ・・

残すところ あと一ヶ月だ。

 

「 もっとも・・ 今更 神も仏も無いのかもしれんが ・・ 」

 

首相はそう言って

自嘲気味に 唇をゆがめた。

 

ガラスの向こうに見える 大きな庭園も、

あのセカンドインパクト ・・ 

忌まわしい惨劇以来、雪をかぶる事は無くなった。

 

彼はもう年老いているが、

未だに 神も仏も信じてはいない。

 

もし 神などと言うものがいるのならば・・

彼の愛した女性が 命を落とす事は

なかったはずだ。

 

・・ 老人はもう一度 小さくため息をつくと、

傍らに音も無く立っている秘書に目をやった。

 

「 私も時間があれば ・・

  まあ ・・ 孫の顔ぐらいは見に行こうと思っておるのだが、

  ・・ 君は ・・ 何か予定はないのかね? 」

 

クリスマスといえど、日本一忙しい立場にいる身だ。

そうそう 暇な時間ができるわけでもない。

けれど 秘書ぐらいは 一日・・

休ませてやることも可能だ。

 

彼女の返答しだいでは、

休暇と言う プレゼントも良いかと彼は思ったのだが

 

「 いえ ・・

  特に予定はありません。

  それに 24日と25日には いくつか式典と

  来客の予定もございます。 

  もちろん 私もお供させていただきます。 」

 

・・ その

味も素っ気も無い返事に、

首相は 再び 小さくため息をついた。

 

( 一緒に過ごす 恋人もいないのかね・・ )

 

そんな言葉が一瞬 脳裏をよぎるが、

この女性の恋人になれるほどの “特殊な男” は

めったにいないだろうと思い ・・ 口をつぐんだ。

 

確かに有能な秘書だ。

 

けれど ・・ まるでロボットのような彼女と

こうして仕事をしていると、

ただでさえ 無意味に広く、寒々しいこの部屋が

余計に広く感じられるのも 事実だ。

 

( 仕事に一途なのは結構な事だがな ・・ )

 

もしかしたら自分が 首相の椅子に座っているうちに、

彼女の笑顔を見る事は 一度もないかもしれない。

そんな事を考えながら、

書類に、万年筆で走り書きのサインをする。

 

・・ と ・・

彼はふと 何かを思い出したように

突然席を立った。

 

「 いかがなさいましたか? 」

 

石のように じっと傍らに立っていた彼女が

彼に問い掛ける。

 

「 なに ・・ 便所じゃ。

  ・・ すぐに戻る。 」

 

彼はそう言って、彼女を残して

入り口のほうへと 歩いて行った。

 

( 歳をとると トイレが近くなってかなわん。

  ・・ 寒くなると 特にだな ・・ )

 

胸の中で 悪態をつきながら

ドアに手をかける。

 

そこで 一瞬 動きを止めた。

 

( ・・ 規則には反するが ・・

    ・・ まあ ・・ 構わんだろう ・・。 )

 

機密保持のために原則として、

首相の部屋に首相以外の人間が入る事は

許されていない。

 

首相直属の秘書は 唯一の特例だが、

秘書が “一人で首相の部屋に入る事” は

規則違反だ。

 

本来ならば、首相が部屋を出る場合

秘書も一緒に 部屋を出なければならない。

 

しかし ・・ トイレに行く間くらいは

さしたる問題ではないだろう。

いわゆる “裁量” と言うやつだ。

 

ましてや 仕事の鬼のような彼女が、

どこかの “スパイ” である可能性など、

万に一つも考えられない。

 

彼はそのまま振り返る事なく

大きなドアを開けて 部屋を出て行った。

 

 

・・

・・・ パタン

 

・・・

 

しかし ・・

 

老人はその時、

気付かねばならなかった。

 

職務一筋、 仕事中の雑談にさえ応じない

真面目すぎる秘書が ・・

どうして 『 一人で部屋に残ったのか? 』 を。

 

彼女が “規則” を知らぬはずはない。

 

そして 彼女の性格ならば、

『 私も部屋を出ています 』 と

言うはずではないだろうか・・。

 

 

彼がその事に気づき、

もし

部屋を出る前に振り返っていたら ・・

 

秘書の浮かべる、

不気味な 薄笑いを目にできただろう。

 

 

 

そして、

 

まさしくそれが

無愛想な彼女の 笑い顔を見る、

 

最後のチャンスだった。

 

 

 

 

 

 


空欄

零・明日香
(ゼロ・アスカ)

〜 第1話 〜

空欄


 

 

 

「 クリスマス ・・ プレゼント ・・ 

  ・・ ですか? 」

 

 

閉じたノートパソコンを膝の上に置き、

休憩コーナーの長椅子に座った 伊吹マヤは

湯気の昇る カップのコーヒーを両手で持ったまま、

不思議そうな声をあげた。

 

ここは ネルフ本部。

10階の通路の中央付近にある、

自動販売機のコーナーだ。

 

「 そ、

  こういうのは 人数が多いほうが楽しいじゃない?

  どうせなら マヤちゃんも一口 乗らないかな?と 思ってね。 」

 

身をかがめ、自販機の小さなドアを開けて、

ココアを取り出してたミサトが 明るい声で言った。

 

「 まあ ・・ でも他に用事があるんだったら

  ぜんぜん構わないのよ?

  例えば ・・・・

  ・・・ デートとか。 」

 

彼女は言いながら マヤを見る視線を

ニヤリと意味ありげに 細くする。

 

「 デッ ・・ デートなんてっ!

  そ ・・ そんな予定ありません! 」

 

弾かれたように、

マヤは慌てて首を振った。

しかし

 

「 またまたぁ〜・・

  マヤちゃん 可愛いんだから、

  実はよりどりみどりなんじゃないの〜? 」

 

まるで少女のように、

赤い顔で否定するマヤに、

ミサトはニヤニヤと笑いながら顔を近づける。

 

「 ち ・・ 違います! 」

 

「 ま〜 なんだかんだ言っても

  やっぱ クリスマスは恋の祭典なわけだし ・・

  マヤちゃんも ・・ 好きな人いるんでしょう? 」

 

ミサトは マヤの可愛らしい鼻に

ココアを持ったままの右手の人差し指をつきつけると、

彼女の瞳を のぞき込んだ ・・

 

「 す ・・ 好きな人なんて ・・ 」

 

とことん この手の話に弱いマヤは

最初から降参状態なのだが、

この手の話が大好きなミサトが

許してくれるわけもない。

 

「 ・・ ミサト?

  人の部下をいじめるのは

  あんまり良い趣味じゃないわよ ・・ 」

 

しかし 助け船は

意外なところから出た。

 

「 あ、リツコ 」

 

 

「 せ 先輩! 」

 

あいも変わらず 白衣を羽織った金髪の科学者は

先ほどの実験結果をまとめたファイルを小脇に持って、

二人のところへと やって来た。

 

「 今日は随分と冷え込むじゃない?

  暖かいコーヒーでも飲もうと思ってね。 」

 

二人を横目に リツコはそう言いながら、

白衣のポケットに手を入れると・・

ごそごそと 数枚の硬貨を取り出して

自販機に入れた。

 

「 まぁ ・・ 確かに リツコの言うとおり

  去年の今ごろよりずいぶん寒いわよね。

  もしかしたら・・だんだん季節が戻ってきてるんじゃない?

  昔みたいに。 」

 

ミサトはそう言いながら、

マヤの隣に腰を降ろした。

 

「 ・・ ふぅ ・・ 」

 

リツコの登場のおかげで、

ミサトの魔の手から逃れられたマヤは

小さく 安堵のため息をつく。

 

・・ しかし

 

「 ところで ・・ マヤ?

  あなた ・・ クリスマスは何か予定があるの? 」

 

「 は!はい? 」

 

今度はリツコまでもが

ミサトと同じ事を聞いてきた。

 

「 たったいま、

  私がそのおさそいを してたトコ 」

 

ココアに口をつけながら、ミサトが横から答える。

 

「 なるほど ・・

  あ ・・ そうそう ・・ ミサト、

  あのプレゼントの事なんだけど ・・ 」

 

「 ん? なーに? 」

 

「 あなたは もう決めてあるの?

  あの子達にあげる プレゼント。 」

 

リツコの言葉に、

ミサトは片手で頭を掻きながら

 

「 ん〜 ・・・ まぁ なんとなく ・・ だけどね。

  リツコはまだなの? 」

 

聞かれた彼女は 湯気の昇るコーヒーを手に

カタチの良い眉毛をまげた。

 

「 そうなのよ ・・

  いざ 何が良いか? って言われると、

  難しいものよね ・・

  あんまり 人に贈り物なんて

  したこともないし ・・ 」

 

もともと 人付き合いがあまり得意でないリツコは、

誕生日などのパーティーには、あまり参加した事がない。

自分のためのネコグッズはよく買うのだが、

人のために何か買うなんて、ほとんど経験の無い事だった。

 

「 まぁね。 」

 

それはミサトとて同じようだ。

 

「 それに、今時の子供達が

  欲しがるものって言うのも ・・

  ぜんぜん見当がつかないのよね ・・ 」

 

リツコはそう言うと

難しい顔で コーヒーをひとくち。

 

「 ん〜・・ でもま、

  そんなに難しく考えること ないんじゃないの?

  てきとーにさ、あんまり考えずに。 」

 

「 その “てきとー” って言うのが一番難しいのよ。

  ・・ エヴァの実験のほうが

  よっぽど頭を使わなくて済むわ。 」

 

本気なのか冗談なのか

リツコは小さく笑いながら答えた。

 

すると、

 

「 あの ・・

 もしかして

 先輩も 葛城さんの家のパーティーに? 」

 

今まで二人の会話を聞いていたマヤが

慌てた様子で 彼女に問い掛けた。

 

「 ええ、そうよ。 」

 

リツコは小さく頷く。

 

すると なぜだかマヤは少し

顔を赤くした。

 

「 リツコにも このあいだ話したのよ。

  ほら ・・

  いくらパイロットだから当然だとは言っても、

  あの子達には 毎日実験とかで

  苦労ばっかり かけさせちゃってるじゃない? 」

 

ミサトは言いながら

わずかに目を細める。

 

「 だからさ、みんなでクリスマスのプレゼントを

  あげよっかな ・・ って思ってるわけ。 」

 

「 ミサトにしては なかなかの名案だと思ってね。 」

 

「 ・・ どういう意味よ 」

 

「 ・・ それに 噂に聞く

  シンジ君のフルコースを味わえるって言うじゃない?

  ・・・ 少し興味が湧いたのよ。 」

 

いつも リツコがミサトと話をしていると、

何かにつけて “シンジの料理の上手さ” が

話題になる。

 

やれ 昨日の晩御飯は何だったとか、

このあいだの料理が絶品だったとか。

 

味音痴のミサトの言葉なので

素直に信用するのもどうかとは思うが、

そう何べんも聞かされると、自分も一度

食べてみなくてはと、思っていたのである。

 

「 たぶん 凄い料理が出て来ると思うわ。

  シンちゃんって意外と、凝り性なところがあるから。 」

 

昨日の夜、晩御飯を片付けた後に、

台所で一人 料理の練習らしき事をしていた

シンジの後姿を思い出しながら … ミサトが言う。

 

 

「 それにしても ・・

  女が三人もいる家のパーティーの料理を、

  男の子が作るなんて ・・

  世も末だわ。 」

 

「 いっ ・・ いーじゃん別に ・・

  レストランのコックさんだって、みんな男なんだし ・・ 」

 

「 ・・ シンジ君はコックじゃないわよ、 ミサト。 」

 

などと、

二人が言い合っていると、

 

「 あの ・・ 葛城さん 」

 

彼女の制服の袖を

マヤがくいっ くいっと控えめに引っ張った。

 

「 あ・・ なに? マヤちゃん 」

 

ミサトが振り向くと、

マヤは リツコの表情をチラチラと伺いながら ・・

 

「 えっと ・・・

  その、・・ せっかくですから

  私も ・・ お呼ばれしていいですか? 」

 

消え入りそうな声で

そう つぶやいた。

 

「 ・・・・ 」

 

「 ・・・・・ 」

 

「 ・・・・・

  ・・・ やっぱ

  クリスマスは恋の祭典なのね・・ 」

 

しみじみとつぶやくミサトの声に、

マヤは頬を赤らめ、

 

リツコは 怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 

 


 

 

 

低いモーターの唸る音が

部屋の中に響いている。

 

薄暗くて ・・ 冷たい部屋だ。

 

さほど 広さはないようだが、

満足な光がなく 暗闇が支配しているので、

実際よりも広く感じられる。

 

ひんやりとした 冷たい空気が漂う部屋の中心には

ボウッ… と 青白い光が 灯っており、

床に散乱する、おびただしい数の

何かの機械の部品や、

コンピューターのモニターなどを照らしている。

 

そして その光の中心には ・・

一人の人間が立っていた。

 

 

「 それにしても ・・ 博士。

  まったく素晴らしい出来栄えですな。 」

 

暗がりから現れた一人の男が、

言いながら 青白い光と ・・ その中に立つ

人影の方へと歩み寄る。

 

「 こうして 間近で見ても ・・

  まったくわかりませんよ。 」

 

黒い背広に 黒いズボン。

短い黒髪、おまけに黒いサングラス。

 

全身真っ黒のその男は

この部屋では まるで 青白く光る

胸元の白いワイシャツだけが浮かんでいるように見える。

 

「 ・・ 完全なコピーだから ・・ 当然だわ。 」

 

彼の言葉に答えて、部屋の中に

高い ・・ 女性の声が響く。

 

「 遺伝子の配列レベルから、

  すべてがオリジナルと同じなのだから ・・

  見分ける事なんて できやしないわ。 」

 

そっけない物言いだが、言葉の中に

微妙な “自尊” の感情が見え隠れする。

 

コツ ・・ コツ ・・ コツ ・・

 

男の隣に 静かに歩いて来た、その声の主は

白衣を着た 長身の女性だった。

 

20代後半 ・・ 30代であろうか?

流れるような美しい金色の髪は背中に広がり、

切れ長の目と ふちのない眼鏡が、

どこか冷たい印象を与える。

 

とても美しい女性だ。

 

 

「 ゼロ、 ご苦労さま。

  ・・ もう戻って良いわよ。 」

 

彼女は優しい声で、

青白く光る床の上に立っている、

人影 ・・ いや

一人の女性に向かって そう言った。

 

その人影とは ・・ まさしく

あの 第二東京にいた首相の秘書である。

 

「 ・・ はい。 」

 

秘書は短く答えると、

 

シュワ ・・ シュワァアアアア〜〜〜

 

・・ どうした事であろう?

まるで水に落としたドライアイスのように、

彼女の体の いたるところから 白い煙のようなものが

吹き出し始めたではないか。

 

「 ・・・・・ 」

 

白衣の女性は その光景を満足そうに見つめ・・

隣に立っている 黒ずくめの男は驚きに

目を大きく見開いている。

 

無理も無い。

 

白い煙を出しながら ・・ その秘書の体が、

まるで熱した飴細工のように、

ドロドロと溶け始たのだ。

 

シュワ ・・ シュワァアアアア〜〜〜

 

手や足 ・・ 彼女が着ている服。

そして髪の毛や顔までも溶けてゆく。

 

それだけではない。

なんとその溶けた下からは、

銀色に光る ・・ 金属のようなボディーが

徐々に見え初めている。

 

「 す ・・ すごい ・・・・ 何度見ても、

  自分の目が信じられませんよ ・・ 」

 

男は目の前の光景に圧倒されながら・・

言葉をつまらせる。

まるで SF映画のワンシーンのようだ。

 

「 ・・ ふふ ・・ 」

 

隣に立つ 白衣を着た金髪の女性は、

彼の驚いた声に、満足げな笑みを浮かべる。

 

そうこうしているうちに・・

秘書 ・・ いや 秘書であった肉体は完全に溶けて消え・・

白い煙の中には シルバーの光る金属で作られた、

人間型の機械。

・・ ロボットのようなものだけが残されていた。

 

高さは約 ・・ 1メートル50センチ程度。

つるつるした表面の丸い頭部と、手・・そして足。

究極までに簡略化された マネキンと言うよりも、

人形を作る時に 元となる粘土の “素体” を連想させる。

・・ 非常に奇妙な姿だ。

 

「 ・・・

  ・・ ショリガ ・ シュウリョウ ・ シマシタ

  ・・ ドクター ・・ 」

 

たどたどしい言葉と共に、

ロボットの 丸い卵型の頭部がわずかに動く。

先ほどとはまるで違う ・・ 

感情の無い、機械の合成音声だ。

 

「 初めての任務にしては、

  上出来だったわ ・・ ゼロ。 」

 

金髪の女性は 嬉しそうにそう言って、

ロボットに笑いかけた。

 

「 は ・・ 博士! 」

 

しかし 隣の男が突然、

怯えた声で叫んだ。

 

「 ・・ なによ ・・

  私の研究室で、あまり騒がないでくださらない? 」

 

露骨に嫌な顔をしながら、

博士が 男の方を見ると

 

「 あ・・あの!

  ロ ・・ ロボットの足がっ! 」  

 

「 え? 」

 

見ると ・・ 

そのロボットの右足だけが、

まだ 肌色の・・ 人間の女性の足のままである。

 

「 ち! ちょっと! ゼロ! 」

 

「 ス ・・ スミマセン ・・ ドクター

  ワスレテイマシタ ・・ 」

 

先ほどまでの落ち着きは 何処へやら、

金髪の女性は顔を真っ赤にして

ロボットを叱った。

 

シュワワ〜〜!

 

白い蒸気が再び立ち昇り・・

今度は右足もちゃんと ロボットのそれに戻った。

 

どうでも良いが、

右足だけ人間のロボットと言うのは

物凄く気持ちが悪い。

 

「 オ ・・ オホホホホ!! ・・

  ・・・

  まあ ・・ たまにはミスをする事もあるわ ・・

  それもまた 人間らしいと言う証拠なのよ、わかる? 」

 

「 は ・・ はぁ ・・ 

  ・・ そうなんですか ・・ 」

 

一瞬 漂った

気まずい雰囲気をかき消すように、

金髪の女性は 無意味に胸を張って 高笑いをした。

 

「 しかし ・・ 阿川(あがわ)博士。

  いったい どうやったらこんなロボットが作れるのですか ・・

  人間のデータを そっくりに複製するなんて ・・ 」

 

ロボットを前に 釈然としない顔をしている男は、

金髪の女性 ・・ 阿川チヒロ博士に問い掛けた。

 

「 人間のデータを複製 ・・ と言う言葉は正しくないわ。

  私の最高傑作 ・・ この “零(ゼロ)” は、

  遺伝子の情報だけでなく 記憶 ・・ 性格 ・・ 知能

  その他の情報までも 完全にコピーすることが可能よ。 」

 

阿川博士は 立っている そのロボットに近づき、

彼女を点検するように、

手で あちこち調べながら ・・

誇らしげに答える。

 

「 つまり、時間的な概念を取り入れる事で・・

  遺伝子に始まる人間の情報を、リアルタイムに

  コピーする時点まで 促進して複製することが可能なのよ。

  一般的に言う クローン技術との根本的な違いはそこにあるの。

  ・・・ わかる? 」

 

「 ・・ い ・・ いえ ・・

  ・・ 私にはちょっと ・・ 」

 

早口で そんな専門的な事を言われても ・・ と、

黒ずくめの男は 苦笑いを浮かべるばかりだ。

 

「 ・・・・

  情けないわね ・・ これくらいの事もわからないの?

  ・・ ゼーレ ・・ とか言ったかしら? ・・ 

  あなたがたは随分と頭が固いようね。 」

 

彼女は呆れたように、

そんなことをぶつぶつと言いながら

ゼロの点検を続ける。

 

ロボット “ゼロ” は、

まるで電池を抜いたおもちゃのように

彼女の言いなりである。

 

「 と ・・ ともかく、

  博士のおかげで こうして日本政府の今後の動きを

  知ることができました ・・ それも極めて穏便に。 」

 

男は 片手に持っていた、

何枚かの紙の束を持ち上げた。

 

そう ・・

これこそが、先ほど首相の机の上にあった、

重要な書類の束 ・・ これからの日本政府の行動が

すべて記載されている、トップシークレットなファイルだ。

 

「 実に素晴らしい ・・

  完璧なスパイが完成したと言う噂は本当でした。

  博士にお願いして 良かったですよ。 」

 

黒ずくめの男の、そんな嬉しそうな声を

阿川博士は鼻で笑う。

 

「 日本一警備の厳しい場所であっても、

  ゼロに不可能は無いわ。

  首相の秘書になりすまなんて、

  彼女にとっては 造作も無い事よ。 」

 

確かに … 

完璧に秘書の姿をコピーした このロボットを見れば、

彼女の自慢気な言葉にも説得力がある。

 

これほどまでの人間のコピーが可能ならば、

それこそ … どんな事だって できるだろう。

 

恐らく この書類の束も、

何らかの方法で “秘書” の姿をコピーした、

このゼロと言うロボットが、“本物の首相の秘書” になりすまして、

堂々と盗んで来たのであろう。

 

「 ええ ・・ すべて博士のおかげです。

  それに、我々も 無用な混乱や争いを生みたくは

  ありませんので ・・

  ああ、もちろん、

  今回の報酬はキッチリと払わせて頂きます。 」

 

阿川博士は ゼロの点検をしながら、

“当然だわ” と つぶやく。

仕事が完了した以上 ・・ この男にはもう興味が無い ・・

そう 言わんばかりの態度だ。

 

口には出さないが、

報酬を置いて とっとと出て行って欲しいと

雰囲気が物語っている。

 

「 しかし ・・ 私にはよくわかりませんが、

  バイオテクノロジー・・ 特にクローンと言う技術は、

  本当に凄いものですね ・・ 。 

  ・・ 実を言いますと、阿川博士。

  私達の組織も ・・ そのクローンという技術に、

  少々頭を痛めておりまして ・・ 」

 

黒ずくめの男 ・・ いや、ゼーレの諜報部の男は、

ゼロの姿を見つめながら そんな事を言い始めた。

 

「 ・・ クローンに? 」

 

この言葉には 少々彼女も反応した。

聞き返して 先を促す。

 

「 ええ ・・ 実は、

  我々が非常に興味を持っている人物が ・・

  どうやら クローン体なのではないかと言う

  噂がありまして ・・

  ・・ 外見などは普通の人間とまったく同じなのですが。 」

 

「 クローン体 ・・ ですって? 」

 

「 ええ ・・ 

  しかし、これはまだ 推測の域を出ない、

  あくまで仮定の話なのです。

  ・・・

  ・・ ただ ・・ 」

 

「 ただ? 」

 

「 ・・ ただ ・・ その人物のそばには

  優秀な赤木博士と言う女性がおりまして ・・ 」

 

 

・・ ピク ・・

 

その男の言葉に、

ゼロを点検していた 阿川チヒロの手が止まった。

 

しかし 黒ずくめの男は気づかずに

世間話を続ける。

 

「 ご存知ないかと思いますが、

  赤木博士は 阿川博士と同じ、

  バイオテクノロジーを研究している方なので、

  クローンの話も あながち ありえない事でもないかと ・・ 

  我々は今 考えているところなのです ・・

  ・・・

  ・・・・ あの ・・ 阿川博士? 」

 

話をしているうちに、

まったく動かなくなってしまった 金髪の女性に、

男は 心配そうに話し掛けた。

 

すると ・・

 

「 赤木 ・・ 博士 ・・ ですって? 」

 

ギギギギ ・・ と、まるで油の足りない

ロボットのような動きで、彼女はゆっくりと

彼の方へ 振り返った。

 

「 あ ・・ あの ・・ 博士? 」

 

振り返った彼女の顔は 恐ろしいものだった。

冷たい ・・ 氷のような笑顔を張り付け、

薄い眼鏡が 青白い光を反射している。

 

「 赤木 ・・ 博士 ・・・

  ・・ 赤木 ・・ 博士 ・・ 」

 

「 ド ・・ ドクター!!

  ・・ テヲ ・・

  ・・・ ハナシテクダサイ

  コワレテ ・・ シマイマス 」

 

点検していたゼロの腕に

ギリギリと 博士は爪を立てている。

いくらロボットとは言え ・・ たまったものではない。

 

だが

どういうわけか

怒りの炎を立ち昇らせている博士に、

そんな言葉が聞こえるわけがない。

 

「 その話 ・・

  詳しく聞かせていただけるかしら? 」

 

雰囲気に圧倒され、

ゼーレの男は思わず 何度も頷いていた。

 

 

 


 

 

 

年の瀬を迎えつつある、12月。

 

だいぶ冷え込んで来た街の中は、

クリスマス前の飾りつけや、年末に向けての準備で

なにやらソワソワと 落ち着かない雰囲気だ。

 

空気はキリリと冷え、

皆は白い息を吐きながら、足早に通りを歩いている。

 

 

( ・・ ど ・・ どうしよう ・・ )

 

そんな街の中で 今 まさに、

碇シンジ 15歳は

人生最大の難問に直面していた。

 

( ・・ こ ・・ 困ったな ・・ )

 

別に財布を落としたわけではない。

不良に絡まれているわけでもない。

 

交通事故にあっているわけでもなければ、

ゼーレや使徒が攻めて来たわけでもない。

 

それどころか、今

彼の左腕にはぴったりと、テレビのブラウン管でさえ

見たことがないような、可愛い青い髪の少女が

幸せそうに 寄り添っているのだ。

 

これを不幸だの 難問だのと呼ぼうものなら、

世の男性すべてを敵に回す事になるに違いない。

 

( 嫌だってわけじゃないんだ、 ・・ もちろん )

 

むろん “世の男性” に含まれるシンジにとっても

こうしてレイと腕を組んで歩くのは、幸せな事である。

 

時折すれ違う男達の視線が痛い事くらい、

鈍感な彼にだって、さすがにわかっている。

 

ましてや 今日のレイの出で立ちは、

薄手のクリーム色のセーターに

シンジとおそろいの 白いマフラー。

そして厚手の生地のロングスカートにブーツ。

 

暖かそうな もこもこした服装は、

彼女によく似合っていて ・・

可愛いとしか言いようがない。

 

おまけに、 寒さのせいなのか それとも、

シンジと一緒のお出かけがそんなに嬉しいのか、

 

彼女の透き通るほど 白く美しい肌は、

ほっぺたと 鼻のあたまを中心に

ほんのり赤くなっている。

 

・・ まさに兵器と言ったほうが良い可愛らしさである。

 

シンジだって 雪の精と見まごうばかりの

そんな彼女を見ているだけで、 

なんだか もう よくわからなくなって

とりあえず抱きしめてしまいたくなるくらいだ。

 

・・ しかし

 

・・・・

・・ ごそごそ ・・

 

( ああ ・・ ま ・・ まただ ・・ )

 

シンジは赤かった顔を さらに赤くすると、

居心地わるそうに まわりを見回す。

 

なんだか すれ違う人達に ・・

冷やかされているような気分だ。 

 

・・・・

・・ ごそごそ ・・

 

先ほどから シンジを悩ましているのは、

彼女の この 『 ごそごそ 』 なのだ。

 

と 言うのも、シンジは自分の上着のポケットに

手を入れて歩いているから大丈夫なのだが ・・

彼に腕をからめている レイの右手は

冷たい外の風にあたってしまっているのである。

 

「 はぁ〜 」

 

なので 彼女は時折、

腕を組んだまま 自分の両手をこすり合わせたり、

右手をぐいっと抱きこむ仕草をしたり、

口元に手を引き寄せて 息を吐いたりして、

冷えた右手を暖めているのだ。

 

シンジにとっての問題は、

彼女がそんなことをするたびに

 

彼女の見かけよりも豊かな胸が

腕に ぷにぷにと当たるのである。

 

( ・・・・ )

 

・・ いや、確かに

男としては 嬉しい事は嬉しいのだが ・・

・・・・・

・・ 恥ずかしいこと このうえない。

 

済ました顔でそのまま歩いていれば良いのだが、

それは 純真な碇シンジ・15歳には荷が重すぎた。

 

意識しないでおこうと思えば思うほど

逆に顔が赤くなってしまって ・・ どうにもならない。

 

かと言って、彼女にそれを指摘するのも

自分がまさに変な事を考えているようで・・

なんだか言い出せない。

 

( 綾波 ・・ 

  そういうの 全然気にしないんだもんな ・・ )

 

もちろん 彼のそんな純真な男心など、

この少女が考えてくれるハズがない。

 

・・・

さすがに最近では、

アスカにキツク言われたせいか

お風呂からバスタオルだけで出て来るような事は

しなくなった彼女だが、 

今でも時々、寝起きや暑い日などには

とんでもない格好で シンジのところにトコトコと

やってくる彼女である。

 

「 ・・ はぁ ・・ 」

 

もっとも レイの物覚えが悪いと言うのではなく、

ミサトと言う “悪い見本” のせいだと言う噂も

あるような気がするのだが。

 

・・・

・・・・ ごそごそ 

 

( ・・・・・ )

 

・・

無意識とは恐ろしいものである。

 

 

そうこうしているうちに、

 

二人は駅へと辿り着き・・

駅の中を抜けると、目的のスーパーが見えてくる。

 

このあたりまで来ると、人通りも多くなって・・

一段と賑やかになって来た。

 

緑の大きなリーフの飾られたパン屋さん。

サンタクロースの格好をした チラシ配り。

 

“夕食の材料の買い出し” と言う短い時間だけれど、

クリスマス色に染まりつつある街のおかげで、

ちょっとしたデートみたいだ。

 

 

「 あ ・・ あの綾波? 」

 

すると、ついに耐えかねたのか、

駅前の公園にさしかかった所で、

シンジがレイに話し掛けた。

 

「 なに?

  ・・・ いかりくん 」

 

クリスマス用の 飾り付けの準備がされている、

公園の大きな木を見上げていたレイが、

彼の方を見た。

 

「 ・・ あ ・・ あのさ、

  その ・・ 無理して ・・

  腕を組まなくても良いんじゃないかな? 」

 

苦笑いを浮かべながらシンジがそう言う。

すると、

 

「 ・・・・ 」

 

今の今まで 楽しそうな笑顔を浮かべていた彼女は

みるみるうちに 悲しそうな表情になる。

 

ビックリしたシンジは、

思わず足を止めると 慌てて言いつくろった。

 

「 ち ・・ 違うよ!

  そういう意味じゃなくて ・・ 

  綾波 ・・ 手 ・・ ポケットに入れてないと

  冷たくなっちゃうし ・・ 」

 

彼の言葉に、

レイはどこか ホッとしたような表情を浮かべ、

 

「 かまわないわ ・・ 」

 

小さく笑いながら 首を横に振った。

 

「 でも ・・ 綾波の ・・ 」

 

「 だめ ・・ 」

 

なおも 何か言おうとした彼の言葉を遮ると、

 

「 だって ・・

  恋人同士は 外にいる時

  ・・ 腕を ・・ 組むものだから 」

 

彼女は恥ずかしそうに そう つぶやいた。

 

どうやらアスカ先生の授業はかなり

彼女に影響力のあるものらしい。

 

「 綾波 ・・ 」

 

恋人同士と言う言葉を聞いて、

シンジも思わず赤くなった。

 

「  いいの ・・

   私は ・・ こうして ・・ いたいの 」

 

(皆 そうしているもの)

 

道を行くカップルに目をやれば、

皆腕を組んで 幸せそうに歩いている。

レイだって 負けてはいられないのだ。

 

「 それに ・・

  腕をくむと、

  いかりくんに とても近いの 」

 

”腕を組む” と言う行為を考えた人は

本当に凄いと、彼女は前から思っていた。

 

( とても暖かい・・ )

 

その人のおかげで ・・ 彼女はこうして

大好きな人に身を預けながら、歩けるのだから。

 

 

「  ・・・

   ・・ そうだね 」

 

シンジはそう言って 小さく笑うと、

ちょっと考えるような仕草をして

 

「 じゃあ ・・

  こうしたら ・・ どうかな ・・ 」

 

「 え? 」

 

彼は自分の手をポケットから出すと、

彼女の冷えた右手をそっと握って ・・

そのまま 上着のポケットの中に、

自分の手と一緒に入れてしまった。

 

「 これなら良いでしょ? 」

 

レイの手に、

彼の暖かな手の温度が直接伝わる。

 

・・ 確かに ・・

これで二人とも手が冷えず歩けるし、

ぴったりと寄り添う事もできる。

 

「 ・・・ 」

 

突然のシンジの行動に、

ちょっとビックリした顔のレイだったが、

 

彼の笑顔とポケットの中に入った

自分の手を 交互に見て・・

 

「 とても いい・・ 」 

 

幸せそうな顔で そう答えた。

 

 

「 じゃあ 行こうか ・・ 」

「 うん 」

 

 

・・

この歩き方は なんと言う名前なのか

帰ったら アスカ先生に聞いてみよう。

 

・・ そんな事を考えながら、

レイは ポケットの中でこっそり

 

シンジの指と指のあいだに

自分の指をからめた。

 

 

 


 

 

 

<< 問題は この 綾波レイだ >>

 

しゃがれた声とともに、

真っ暗な空間に 映像が映し出された。

 

中学校の制服を着た

青い髪が印象的な、無表情の少女。

 

そして まるでその、

彼女の立体映像を取り囲むように

SEELE SOUND ONLY と言う赤い文字が

暗闇の中に いくつも浮かんでいる。

 

<< 出身地 ・・ 過去の経歴 ・・ 両親 ・・ 戸籍 ・・ >>

 

 

<< すべてのデータが白紙 >>

 

 

<< 確かに 以前から怪しいとは思っていたが ・・ >>

 

 

<< クローン生命体の可能性があるとは >>

 

 

ゼーレのモノリス達は、

まるで ひとつの魂でつながれているかのように、

交互に言葉をつむいでゆく。

 

彼らの言葉に見え隠れするのは

驚きと ・・ 困惑だ。

 

 

<< 確かに、エヴァの技術を応用すれば ・・ 可能かもしれん >>

 

 

<< 最新のバイオテクノロジー ・・ >>

 

 

<< 確証が欲しい ・・ 彼女のデータが必要だ >>

 

 

<< 何者なのか ・・ クローンか ・・ はたまた ただの人間か >>

 

 

<< 碇め ・・ やっかいな仕事を増やしてくれる ・・ >>

 

 

 

ファーストチルドレン、綾波レイに

クローン疑惑がかかったのは 今から4日ほど前だ。

 

使徒との戦闘において、零号機が自爆したと言う

以前のネルフの報告について調べていた

ゼーレの人間達が、ある疑惑と 推測をもって

老人達に報告して来たのだ。

 

” 綾波レイは、

  エヴァの技術を応用した、クローン生命体である可能性がある” ・・ と。

 

 

 

<< あの男の元には ・・ 赤木博士の娘がいる ありえない話ではない ・・ >>

 

<< 極めて興味深い存在だ ・・ この 綾波レイは >>

 

 

 

黒いモノリス達の中心に浮かぶ、

レイの映像は ・・ 確かに人間離れした印象を与える。

 

青い髪に赤い目 ・・ 雪のように白い肌。

まるで感情が欠落しているような 無表情な顔。

老人達が興味を示すのも 無理は無かった。

 

・・ しかし、いささか この映像は古い。

 

現在のレイは よく笑い、遊び、時たま泣いたりもする、

ごく普通の女の子になっているのだが。

 

 

<< 詳しい調査が必要だな ・・ >>

 

 

モノリスの一つが言った。

 

 

<< できれば 我々の手で、 彼女を調べたい >>

 

<< ・・ しかし ・・ 簡単には無理であろう >>

 

<< チルドレンには常に 監視とガードがついている >>

 

<< 今 ネルフと ・・ いや、碇と事を構えるのは得策ではない >>

 

 

強引な手段をとり、

全面戦争のような事になるのは 老人達とて避ければならない。

今はまだ そのような段階ではないのだ。

 

<< 気づかれずに 彼女を調査する事が重要だ >>

 

<< 無用な混乱を生まずに >>

 

・・

・・・ モノリス達は沈黙した。

まるで 深く思考しているかのように。

すると、

 

 

<< ・・ そこで ・・ だ >>

 

 

ナンバー “01” キールと呼ばれたモノリスが

沈黙をやぶる。

 

 

<< 博士 >>

 

 

おごそかな彼の言葉とともに、

ガタン・・

今度は暗闇の一部に スポットライトが当たった。

 

その 光の輪の中心に、

背の高い ・・ 白衣を着た、

長い金髪の女性が立っている。

 

 

<< 阿川博士・・ 単刀直入に聞く >>

 

<< 現段階の我々の人類科学で >>

 

<< このようなクローン人間を作り出す事は可能かね? >>

 

 

「 むろんです 」

 

老人達の言葉に、彼女はキッパリと答えた。

スポットライトを反射して光る彼女の眼鏡が、

暗闇の中で 異様に見える。

 

「 可能と言うより ・・ 簡単な事と言ったほうが良いですわ。 」

 

<< なんと >>

 

<< 本当かね >>

 

彼女の言葉に、老人達は驚きの声を漏らす。

その 若く 美しい博士は、

誇らしげに胸を張り・・

中空に浮かぶモノリス達を見上げた。

 

「 ・・ ええ。

  それに このレイと言う少女が

  クローン生命体であったとしても、

  それはバイオテクノロジーの見地からすれば、

  レベルの低い クローンと言ったほうが良いかと。 」

 

<< それはどういう意味かね >>

 

「 単に 人間の遺伝子を使って

  同じような人間を生み、育てるクローンなど

  私に言わせれば くだらない作業と言う事です。 」

 

彼女はそう言い放ち ・・ 手で合図をした。

 

・・と 同時に まばゆいスポットライトがもうひとつ、

彼女の隣の空間を照らす。

 

<< こ ・・ これは ・・? >>

 

光の中に浮かび上がったのは、

先ほどのシルバーに輝く人間型のロボットであった。

 

「 これは “零(ゼロ)” と言う、

  私の作り出した バイオロイドです。 」

 

博士の言葉に合わせるように、

“ゼロ” は優雅に礼をした。

 

その動作には ロボット臭さがまったくなく、

実に人間らしい ・・ 自然な動きだ。

 

怪しい光沢を持つ 女性を思わせるその

優美なフォルムに 光がぬめるように反射し、

まるで美術工芸品をも連想させる。

 

「 彼女は単なるロボットではなく、

  クローン生命体でもありません。

  言わば その両方の特徴を備えたモノです。 」

 

<< 両方の特徴・・ とは? >>

 

「 ご覧下さい 」

 

博士はそう言うと、何を思ったか、

自分の後ろ頭に手をやり ・・

一本だけ 自分の長い金髪を抜いた。

 

そして その髪を傍らに立つ

“ゼロ” の手に渡した。

 

すると ・・ どうだろう、

 

一瞬の静寂の後 ・・

“ゼロ” の髪の毛を持った 手の部分が・・

にぶく 青白く光り始めたではないか。

 

「 バイオテクノロジーと 科学技術 ・・

  そして ロボット工学に精通した私ならば、

  こんな事も可能になると言うことです。 」

 

シュ!!

短く 鋭い音とともに、ゼロの手にした髪の毛が

燃え上がる・・ すると同時に、

その バイオロイドの体に異変が起きた。

 

 

<< こ ・・ これは ・・>>

 

 

シュウウウウウ〜〜〜〜〜・・

まるで 酸がモノを溶かすような音がする。

 

老人達の驚きの声の中 ・・

“ゼロ” のシルバーの骨格のようなカラダに、

みるみるうちに 赤い血管のようなものや、

肌色の皮膚のようなものが 湧き出し・・

張り付いてゆく。

 

まるで 人体模型が作られるまでの映像を

高速逆まわしで見ているかのようだ。

 

ギ ・・ ギギギギ・・

外見だけではない、

人間と言うスーツをまとったような “ゼロ” のカラダもまた、

どんどんと大きく “伸びて” ゆく。

 

頭のパーツは 人間のそれに変化しながら、

一部が大きく肥大化し ・・ 次の瞬間、

金色に変化し 長くうねるような髪の毛になった。

 

<< ・・ おお ・・>>

 

まさに 驚くべき光景だ。

 

粘土から 凄まじいスピードで、

美しい人間が作られていくようだ。

 

・・

息をつく暇さえなく “ゼロ” は

長身の女性に変化したのだ。

 

白衣 ・・ 髪の毛 ・・ 爪 ・・ そして顔。

気の強そうな眼鏡さえも、

博士と瓜二つの女性が完成した。

 

 

<< ・・ す ・・ 素晴らしい ・・ >>

 

 

<< ・・ なんと言う事だ ・・ >>

 

 

さすがの老人達も、驚きの色を隠せない。

自分達の目で見たとは言え・・

にわかには信じられない。

 

「 “ゼロ” は遺伝子の情報だけではなく ・・

  記憶や 性格までもコピーすることが可能です。

  ・・ それもリアルタイムに。

  単なるバイオテクノロジーの クローンとは訳が違います。 」

 

誇らしげな博士の言葉に続いて、

今度は 隣の博士 ・・ 

いや、 博士のコピーである

“ゼロ” が口を開いた。 

 

「 私には、高速なデジタル演算装置が

  内蔵されています。

  擬似的に 遺伝子の情報を

  “時間を進めて” コピーすることが可能なのです。 」

 

<< ・・ なんと ・・ 声まで同じなのか ・・ >>

 

背の高さ 声 ・・

そして雰囲気までも同じ。

まさに 完全なるコピーだ。

 

その出来具合は、

まるで 彼女達の間に

鏡が一枚あるのではないかと

疑いたくなるほどだった。

 

「 この 少女の調査・・

  どうか 私めにおまかせください。 」

 

博士は言いながら、

自信ありげな笑みを浮かべた。

 

「 この “零(ゼロ)” をもってすれば、

  敵に気づかれずに、接近する事など

  簡単な事です。 」

 

 

<< うむ >>

 

<< この姿 ・・ 碇とて 見分けられまい ・・ >>

 

 

老人達も この恐るべき科学力を前に、

満足げな様子だ。

 

 

<< よかろう ・・ この件・・ すべて君に任せよう >>

 

 

<< 期待しているぞ ・・ 博士 >>

 

 

暗闇に最後の声が響くと・・

老人達のモノリスは 闇に溶けるように

消えていった。

 

後には スポットライトに照らされた、

二人の博士の姿だけが残った。

 

 

「 ・・ 見てなさい ・・ リツコ。

  あなたより 私のほうが優れているって事 ・・

  ・・

  今から証明してあげるわ。 」

 

 

二人の阿川博士はニヤリと

冷たい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<< ・・ あ ・・ その前に 博士 ・・ >>

 

暗闇の中に、

再び モノリスが浮かび上がった。

 

<< ・・ ひとつだけ 言っておかねばならぬ事があった ・・ >>

 

 

「「 な! なんでしょう! 」」

二人の博士は驚いてあたりを見回す。

 

 

<< ・・ その ゼロと言うロボットだが ・・ >>

 

一瞬の静寂が

あたりを包み ・・

 

 

 

 

<< 右手だけが ・・ まだロボットのままだぞ ・・ >>

 

 

・・・・・

・・・

 

 

「「 あ 」」

 

思わず二人の博士が声をそろえた。

 

「「 ・・・・ 」」

 

見れば確かに

右手だけが 銀色に輝く金属のままだった。

 

「 わ ・・ 忘れていました!!

  ・・ すみません ・・ 」

慌てて謝る ゼロの声と、

 

「 オ ・・ オホホホホホホホ!!! 」

無意味に響く 博士の高笑いを残して ・・

 

 

 

<< 少々不安だな ・・ >>

 

<< ああ ・・ >>

 

 

 

ゼーレのモノリスは 闇に消えて行った。

 

 

 


 

 

シャアァー ・・・

 

・・

・・ バタン!

 

水の流れる音をバックに、

トイレの個室のドアを閉めると ・・

アスカは黒いセーターの腕をまくった。

 

「 やばいやばい ・・・

  すっかり 遅くなっちゃった。

  早く帰んないと ・・ 」

 

袖をまくったついでに 腕時計の時間が目に入り、

彼女はそんなことをつぶやきながら、

洗面台に両手を伸ばす。

 

シャアアア〜〜〜ッ

 

彼女の手をセンサーがキャッチして、

自動的に勢い良く 蛇口から水が流れ出した。

 

・・・

クラッシックのBGMが聞こえる女子トイレは、

まだ 出来たばかりの駅ビルだけあって

ピカピカに綺麗である。

 

夕食時だからであろうか?

アスカの貸しきり状態だ。

 

・・ 7時35分 ・・

いつもならば、

もう とっくに家に帰っていて

シンジの美味しい手料理を食べている時間だ。

 

「 ・・ はぁ ・・ 」

 

お昼過ぎ頃に ヒカリの家に遊びに行って、

帰り道 ・・ 駅ビルの中を通った時に、

ついつい ブティックのショーウインドーに飾られた

冬物の洋服に目を奪われたのが失敗だった。

 

買えるようなお金も無いし 時間も無いのに、

そこはそれ ・・ 悲しい女の性(サガ)

ついつい時間を忘れて、

店の中の服をあれこれ見てしまったのである。

 

( けど ・・ あの店、

  見かけより結構安いのね ・・

  今度レイと一緒に来てみようかな ・・ )

 

そんな事を考えながら、

ポケットから出した ピンク色のハンカチを

口に咥え、アスカが手を洗っていると、

 

カチャ ・・ キィ〜 ・・

 

入り口のドアが開いて、

仕事帰りの OLだろうか?

女性が一人、トイレの中に入って来た。

 

( ・・・・ )

 

別段 めずらしい事でもないので

アスカがそのまま 手を洗っていると、

女性は アスカの右側の洗面台の前に立った。

 

恐らくは 化粧直しでもするのだろう。

あまり ジロジロと見るのもおかしいので、

アスカはハンカチで手を拭きながら、

チラッと 隣に目をやった。

 

少し茶色に脱色した、ショートカットの女性。

シックな グレーのスーツを着ている。

・・ どこかの店員さんだろうか?

 

「 ・・・・ 」

 

アスカは気にせず

鏡を見ながらちょっと前髪を直して・・

持っていたハンカチを仕舞おうと、

洗面台の上に置いたハンドバッグを開けた。

 

ぴっ!

 

「 !? 」

 

彼女が下を向いた ・・ その一瞬に、

頭に小さな痛みが走った。

 

「 な、なに!? 」

 

思わず頭を手で抑え、

驚いて アスカは顔を上げた。

 

すると そこには、

アスカの赤い髪を一本 手に持って、

ニコニコと笑っている・・ 女性の姿があった。

 

・・・

・・

・・・ ??? ・・

 

・・ トイレの中に、静寂が流れる。

 

「 ・・ あら、痛かった?

  ごめんなさいね ・・ 」

 

その OL風の女性は髪の毛を持ったまま、

やわらかく笑った。

 

「 ・・・・ 」

 

・・ わけがわからない。

 

さすがの天才少女、

惣流・アスカ・ラングレーの頭脳も混乱している。

 

いったい この人は何なのだろうか??

変質者? それとも髪の毛マニア?

 

しかし、 事態は彼女を

さらに混乱させる方向へと突き進んだ。

 

「 ふふ ・・ 」

 

女性は アスカの顔を見ながら

楽しそうに笑うと ・・

 

その途端!

彼女の手の部分が・・青白く光り

 

シュ!!

 

まるで テレビの手品ショーのように、

小さな音と共に 手にしたアスカの髪の毛が燃え上がった。

 

「 なっ ・・ 」

驚く暇も無い。

 

シュウウウ〜〜・・・・

途端に彼女の体から湧き出る

水蒸気の煙。

 

そして アスカの目の前で、

信じられないショーが始まった。

 

「 ・・ な ・・ なんなの ・・ これ ・・ 」

 

足も ・・ 手も ・・ 腕も ・・

腰も 胸も 何もかも、

ボコボコと動き出し・・ カタチを変えていく。

 

服の中で ・・ いや、

彼女の”皮膚の中”で 無数の何かが

うごめいているかのようだ。

 

「 ・・・・・・・ 」

 

逃げ出す事も、叫ぶ事も忘れて

アスカはその あまりにも非現実的な光景に目を奪われた。

 

( ・・ こ ・・ これは ・・・・ )

 

頭のなかでつぶやく

ほんの十秒にも満たないあいだに ・・

その女性の姿は変わり果て、

アスカの前に ・・ 信じられない人物が現れた。

 

「 ア ・・

 

  ア ・・ アー ・・

 

  ・・ アナタ ・・ ノ

  ・・ キオクト ・・

 

  ・・ カらダ ・・

  ・・

  ・・ ・・・ 私が 借りるわね。 」

 

声も同じ。

 

・・ 喋り方も、そして笑い方も。

 

それは アスカが毎朝

鏡の前で目にする少女の姿。

 

「 ・・ わ ・・・

  ・・・ わたし ・・ が ・・ 」

 

そう、 信じられない事に、

現れたのはアスカ本人だった。

 

・・ 驚き かすれる声に満足したのか、

アスカの姿をした少女は 得意気に口元をゆがめた。

 

「 ・・ そう ・・ 私の名前はアスカ。

  惣流・アスカ・ラングレー

  ・・

  ・・ んで、 今日からは、私が

  あんたの変わりってわけ。 」

 

目の前のアスカは、

いつも彼女がそうするように・・

顔を近づけ、ニッコリと笑いかけてきた。

 

 

「 な ・・ 」

 

その笑顔で、

混乱していた 頭脳がようやく動き始めた。

しかし ・・ 残念ながらそれは

あまりにも遅すぎた。

 

「 ふっ! ふざけんじゃないわよ!

  あんたいったい! 」

 

アスカは混乱したまま

目の前の自分につかみかかる。

しかし

 

「  ・・・ んっ ・・ ぐっ!! 」

 

背後から突然、何者かに羽交い絞めにされ、

同時に 白いタオルのようなものが

口と鼻に押し当てられた。

 

「 ・・ 終わったようね ・・ ゼロ。 」

 

急速に薄れゆく意識の中 ・・

背後から 聞いたことのない

女の声がする。

 

「 ふふ  ・・ 右手、左手、

  右足、左足 ・・ 今度こそ完璧ね。

  これなら リツコにだって 見分けられないわ。 」

 

流石は科学者。

同じ失敗は繰り返さない。

 

「 さ、 ゼロ! 行きなさい。

  あまり長い間ここにいると 不審に思われる、

  あなたは先に出て ・・ 見張りの目を遠ざけて。 」

 

「 了解、ドクター。 」

 

クロロフォルム系の薬品であろう。

金髪の女性に 背後から羽交い絞めにされ、

アスカの意識は 暗闇に支配されてゆく。

 

( ・・ シン ・・・ ジ

  ・・ た ・・・

  ・・・ す ・・ け ・・・ て ・・ )

 

薄れゆく意識の中で、

彼女が最後に見たものは ・・

 

「 じゃあね ・・・

  ・・ おやすみ ・・ “アスカ” ・・ 」

 

自分を見つめて 不敵に笑う、

 

自分の顔であった。

 

 

 


 

 

 

「 ・・ あれ? ・・

  ・・・ 綾波 ・・ 今、 僕の事呼んだ? 」

 

シンジの言葉に、

台所から “呼んでいないわ” と返事が聞こえる。

 

「 あれ ・・ 空耳かな? ・・

  ・・・ それにしても ・・

  アスカどうしたんだろ、 ・・ 遅いなぁ・・ 」

 

肉じゃがの入ったお皿を

テーブルの上に並べながら、

シンジは壁に掛かっている

丸い時計を見上げた。

 

今は ちょうど

夜の7時を回ったところ。

 

ペンペンが寝っ転がって見ているテレビでは、

ゴールデンタイムの歌番組が流れ初めている。

 

「 ご飯冷めちゃうな ・・ 」

 

すっかり準備のできた食卓を前に、

シンジは困った顔をした。

 

委員長の家に遊びに行っても、

いつも彼女は晩御飯までには 帰ってきている。

遅くなる時は 遅くなる時で、

ちゃんと電話を入れるはずなのだが・・。

 

 

「 ・・ きっと

  もうすぐ帰って来るわ ・・ 」

 

台所から、コップを3つ持って

エプロン姿のレイが リビングにやって来た。

 

ちなみに シンジのエプロンと

彼女のエプロンは 色違いのおそろいだ。

 

「 ・・ ちょっと電話してみるよ。 」

 

シンジはそう言うと、ドアの近くにある

コードレス電話の子機を手に取った。

 

< さてっ!

  今週もこの時間がやってまいりましたっ!

  この一週間で最もリクエストの多かった ・・ >

 

しばし リビングにテレビの音と

シンジがプッシュボタンを押す音だけが響き ・・

 

「 ・・ あ ・・ もしもし?

  洞木さんのお宅でしょうか? 」

 

どうやらシンジは

委員長の家に電話をしてみたようだ。

 

「 あ ・・ 碇だけど ・・

  うん ・・

  うん ・・

  ・・

  ・・・・ え? 

  そう ・・ 

  いや ・・ まだ帰ってこないんだけど ・・ 

  うん ・・・ 」

 

しばし、そんなやりとりが続き ・・

 

「 わかった ・・ 

  うん、

  ありがとう。 」

 

シンジは受話器を置いた。

 

結局 どうなったのだろう・・?

と もう一度レイが 台所から

首だけ出してみると ・・

 

シンジは両手を後ろにまわし、

エプロンの結び目をほどいている。

 

「 ・・ だいぶ前に 家を出たんだって ・・

  ちょっと僕 ・・ そこらへんを見て来るよ。

  留守番していて ・・ 綾波。 」

 

「 ・・ うん ・・

  気をつけて。 」

 

本当を言うと、

シンジと一緒に行きたいトコロだが ・・

ワガママを言うのもアレなので

レイはちょっとだけ不満そうな顔をして頷いた。

 

 

「 じゃあ ・・ すぐ戻るから。 」

 

シンジは廊下に掛けてあった

グレーのフリースを羽織ると、

 

プシュー ・・・ ガシャ!

 

そのまま寒空の下へと

出て行ってしまった。

 

 

 


 

 

 

( あれが綾波レイか ・・ )

 

 

葛城家が入っている、

山に面した高層マンション ・・

そのすぐそばにある とあるビル。

 

夜の色を濃くした

冷たい風が通り抜ける、

閑散とした そのビルの屋上に

一人の少女の姿がある。

 

・・・

・・ アスカだ。

 

大きなクリーム色の貯水タンクに片手をつき、

彼女はじっと ・・ 高層マンション ・・ いや

その中の葛城家の窓を見つめている。

 

冷え切った風が、

彼女の赤い髪をバサバサと揺らすが、

アスカはまったく 気にしていない。

 

( ふふ ・・ のん気なものね ・・ まあ良いわ。

  すぐに ドクターの所へ 連れて行ってあげるから ・・ )

 

いくら近くのビルとは言え ・・ ここから

マンションの葛城家の窓までは かなりの距離がある。

 

どんなに視力の良い人が見ても、

小さな小さな人影が、見えるか 見えないかがやっとであろう。

 

しかし  ・・

アスカ ・・ いや アスカの姿をしたゼロには、

しっかりと部屋の中で テレビを見ながら

ペンペンを抱いている、

レイの姿が見えているのだ。

 

アスカの記憶と性格。

そして姿などをコピーしたとは言え ・・

元々 ゼロは高度なバイオロイド。

 

彼女の目にはカメラの望遠レンズのようなものが使われており、

このくらいの距離を拡大する事など 簡単な事なのだ。

 

「 ・・ さてと ・・ 」

 

目標の確認を済ませたアスカは、

小さく笑うと ・・

そのまま軽い足取りで

屋上の出口へと向かった。

 

 

 

 

“ゼロ” は戦闘用のバイオロイドではない。

 

・・ しかし

その気になれば わざわざ階段を使うことも無く、

屋上から 下のアスファルトへ飛び降りる事も可能だ。

 

だが そうした “目立つ行動” にだけは

気をつけなくてはならない。

 

どこで ネルフの諜報部員が、

彼女の行動を監視しているかわからないのだ。

完全なるコピーとは言え・・

あまりに奇妙な行動をするのは危険だ。

 

( なに ・・ 大丈夫。

  ・・ コピーは完全に成功してる。

  誰にも見分ける事など、できやしないわ ・・ )

 

向かいのビルを出たアスカは、

人通りの無い坂道を 小走りで抜けると、

いよいよ マンションの入り口へと辿り着いた。

 

「 ・・・・・ 」

 

( 流石はネルフの上層部 ・・ 葛城ミサトの家だわ。

  警備は普通のマンションよりも厳重ね ・・ )

 

3台の監視カメラに見張られた

強化ガラス張りのエントランスには、

鍵の代わりに タバコの箱ほどの大きさの機械が

取り付けられている。

 

近頃の高級マンションでは

あまり見かけない、指紋チェックである。

 

「 ・・・・・ 」

 

ガラスに映る アスカの顔に、

わずかな緊張が走る。

 

ピー ・・ カチャン!

 

しかし センサー部分に指を触れると、

一瞬でカギが解除され、

ウイィィイイイイン・・ンン

ガラスのドアが自動的に開いた。

 

「 ・・ ふぅ ・・ 」

 

流石は 完全なるコピーだ。

これが例え 網膜チェックや声紋チェックであろうとも、

ゼロにとっては セキュリティーなど無いも同然だ。

 

彼女は アスカの記憶にある通り、

エントランスルームを抜け ・・ 郵便受けに目をやり、

右手奥の エレベーターのところへ向かった。

 

( 軽いものね ・・ )

 

エレベーターを1階に呼ぶために

緑色のボタンを押しながら、

思わず アスカは余裕の笑みをこぼした。

 

2回目の任務とは言え、

あまりにも簡単だ。

 

( 家に入ったら ・・ そうね。

  まず 適当な話題を作って、

  ・・ 綾波レイを外に連れ出そう ・・ )

 

・・ ゴゥゥゥゥ ・・

 

1階へと 徐々に近づいてくる

階数表示を見ながら、

ゼロはこれからの行動について思考をめぐらせた。

 

レイを人知れず調査し、

博士の研究所まで拉致するには、

家の中より 外のほうがやり易い。

 

 

・・

チーン!!

ガラガラガラ ・・

 

今夜がダメでも チャンスはいくらでもある。

遊びに行くとでも言って連れ出して ・・

博士の研究所のそばまで連れて行ってしまえば

後は簡単だ。

 

ネルフの警備など 何の役にも ・・

 

「 あれ ・・ アスカ? 」

 

ふいに すぐそばから、

彼女の名前を呼ぶ声。

 

「 え ・・ 」

 

考え事をしていたせいで、

エレベーターのドアが開いた事に気づかなかったのだ。

 

顔を上げると、目の前に

上着を羽織った一人の少年が立っていた。

 

「 あ ・・・・・・ 」

 

驚いて思わず つぶやいた瞬間、

・・ どうした事か?

 

アスカの ・・ いや ゼロの体が

まるで火がついたように 熱く燃えあがった。

 

「 アスカじゃないか ・・

  ・・ 今 探しに行くところだったんだよ? 」

 

彼女に何かあったのではないかと

心配していたシンジは、

いつもどおりの赤い髪の少女の姿を見て、

安心したように微笑んだ。

 

「 どうしてこんなに遅くまで ・・

  いつもは ちゃんと電話してくれるのに ・・ 」

 

電話のひとつも無しに

こんな時間まで外にいた彼女に

シンジは珍しく 少し怒ったような顔である。

 

・・ だが

ゼロはそれに答えるどころではなかった。

 

「 ・・・・・・・ 」

 

どくん ・・ どくん ・・ どくん ・・ どくん ・・

 

( ・・ どうしたって言うの ・・ )

 

この少年の姿を見た瞬間から、

動悸が倍以上に激しくなり 急に息苦しくなった。

 

( ・・ それに ・・

  顔の毛細血管が こんなに開いて ・・  )

 

血液が充満して 真っ赤になった顔を隠すように

アスカの姿をしたゼロは 自分の頬に手を当てた。

 

血液の流れが 急激に増えている。

内部の機械の動きが活発になり、

部品の温度も ぐんぐん上がってゆく。

 

「 ・・ アスカ? 」

 

どきん どきんと 心臓の音がして、

少年の声が遠くに聞こえる。

 

こんな現象は始めてだった。

 

故障? ・・ 

いや違う。 

 

パーツをチェックしても

どこにも異常は見当たらない。

 

この少年が影響しているのだ。

 

( 碇 ・・ シンジ ・・ )

 

記憶や性格など、

すべてのデータをコピーした時から 知ってはいた。

 

しかし ・・ 正直言って、

こんなに反応があるとは思わなかった。

 

体が熱くて、

胸の奥が締め付けられるように痛む。

 

他人の人格や 記憶をコピーしたとは言え・・

ロボットであるゼロに ”痛い” などと言う感覚は

あるのだろうか?

 

だが、今の胸の苦しみは

そうとしか表現できないものだった。

 

そして 苦痛と言うよりも むしろ喜びのほうが多い、

何とも言えない ・・ 初めての気分だ。

 

「 どうしたの? ・・ 具合でも悪いの? 」

 

めずらしく 怖い顔をしていたシンジだったが、

様子のおかしい アスカを見て、

すぐに心配そうな声になる。

 

「 な ・・ な ・・

  ・・ なんでも ・・ ない 」

 

「 そう?

  ・・ ちょっと顔が赤いような気がするけど ・・ 」

 

言いながら シンジは何の躊躇も無く、

さっとアスカのおでこに 手を伸ばす。

 

「 あっ! 」

 

ビクッとして 身を引こうとするが、

時すでに遅し。

 

「 ・・ !! ・・ 」

 

シンジに触られた事で、

ゼロの顔は さらにトマトのように赤くなった。

 

どくん ・・ どくん ・・ どくん どくん どくん ・・

体内温度がどんどん上昇してゆく。

冷却装置も 空冷ファンも役に立たない。

 

ビーッ!ビーッ!

彼女にしか聞こえない 警告のアラームが

体の中を駆け巡る。

 

「 こ ・・ こ ・・ 」

 

「 こ? 」

 

「 こ ・・ これは 

  別になんでもないの! 」

 

頑張って なんとかそう叫ぶと、

ゼロはシンジの手から逃れて

数歩 後ろによろめいた。

 

「 ・・・ 

  ・・ はぁ ・・ はぁ ・・ はぁ ・・ 」

 

高鳴る鼓動で

心臓が ・・ いや モーターが

熱暴走して壊れるところだった。

 

体中から 水蒸気を出して倒れでもしたら、

この少年に 正体がバレてしまう。

普通にしていなければいけないのだ。

 

( ・・ 普通に ・・ 普通に ・・ )

 

「 さ、 アスカ。

  晩御飯の用意もう出来てるんだ。

  今日はアスカの好きな献立だから、

  早く帰って 食べようよ。 」

 

「 う ・・ うん 」

 

どうやら少年には 気付かれなかったようだ。

・・ 一安心である。

 

( 極力 ・・ 目を合さないほうが良いわ ・・

  ・・ 視線を交わしただけで、どうにかなってしまいそう ・・ )

 

胸を押さえながら、

ゼロはそう 心の中でつぶやいた。

 

「 どうしたの? 」

 

「 え ・・ な ・・ 何が ・・ 」

 

「 何がって ・・ 

  乗らないの? 」

 

慌てて顔を上げると、

シンジは目の前のエレベーターの中に入り、

ドアを開けたまま、 彼女を待っている。

 

「 ・・ え ・・ 」

 

そうだ ・・ エレベーターに乗って

上まで行かなくてはならないのだ。

 

… しかし、 これからこの少年と

こんなに小さな個室(エレベーター)の中に入ると思うと、

押さえていた鼓動が また 激しくなってしまう。

 

( ど ・・ どうしよう ・・ )

 

肌がほんの少し触れ合っただけで、

あんなになってしまうのだ ・・

これから何が起こるか、想像もできない。

 

「 の ・・ 乗る ・・

  乗るわ ・・ 乗る ・・ 」

 

けれど、 ここで変に拒否でもして、

怪しまれては元も子もない。

 

アスカは自分に言い聞かせるように

ぶつぶつと何度もつぶやいた。

 

「 ・・ ふふ ・・

  やっぱり ちょっと変だよ? 今日のアスカ・・ 」

 

シンジは言いながら

彼女にニッコリと笑いかけた。

 

ただ それだけの事なのに、

ゼロの機械で作られた胸は、

ドキンと飛び上がってしまう。

 

( な ・・ なんて勘の良い男なの ・・

  今までどんな検査システムにも反応しなかった、

  完璧なるコピーである この私を

  何の機械も使わずに ・・ 異変に気づくなんて ・・ )

 

・・ シンジでなくても、

誰でもおかしいと思うだろう。

高性能なのか 低性能なのか

イマイチよくわからないゼロである。

 

ビィーー!!

 

すると 長い時間 開けていたため

エレベーターのブザーが鳴り出した。

 

「 ほら、アスカ ・・ 急いで 」

 

ゼロの心の葛藤など

シンジは知るよしも無い。

 

彼は、身を乗り出すと

アスカの右手を ギュッとつかみ、

 

「 わっ! 」

 

そのまま エレベーターの中に

彼女を引き込んでしまった。

 

 

 

 

 

 


 

レイに忍び寄る、

ゼロ・アスカの魔の手。

 

そして 闇に見え隠れする

博士の陰謀とはっ!

 

はたして シンジはレイを守れるのかっ!

消えたオリジナル・アスカは何処にっ!

 

 

次回 零・明日香 第2話を待てっ!

 


 

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