●[走れポンキッキ] |
「あれ、なんで?」 と思わず俺は言う。
「フレイムだ!」
館内は一気に騒然とし、出入り口には逃げ惑う客達が暴徒と化し押し寄せた。当然俺も我先に逃げようとその一員と化す。しかしムックの姿になってしまった俺がやたら目立ったのか、フレイムは俺に狙いを定め追いかけてきた。マジかよ。心臓が高鳴る。そして水族館を出た後もフレイムの狙いは変わることが無い。信じられない不幸。何故俺が?フレイムって何?俺はどうしてムックに?重なり合った奇跡が不幸の矢となり俺を襲う。 でも唯一の救いはフレイムのスピードがそんなに速くなかったこと。緩やかに踏むスキップ程度の速さ。しかしそれは全速力で走れば突き放せるけど歩くと捕まる微妙な速さ。しかも全く俺のことを諦めようとしない。どこまでもどこまでも追いかけてくる。苦しくはないけど、平気でも無い。 そしてこんな怪しい俺を助けてくれる人も物も無いままに俺は逃げ続け、やがて街を抜けた。どのくらい逃げ続けたのか分からない。そして俺はどこか知らない小さな湖の畔にたどり着いた。その時どこかから俺を呼ぶ声がした。いや、正確には俺を呼んでいるわけじゃない。そいつが呼んだ名前はムック。やがてその声の主が俺の前方に姿を現した。緑色のむくんだ体に眠たそうな瞳。−ガチャピン。 「平気だったかいムック?」 「ええ、まあ……。ていうか俺、急にムックになっちゃったんスけど。ほんとはムックじゃないんスよ!」 安堵感以上に改めて押し寄せた絶望感が俺の目の前を暗くする。しかしガチャピンはそんな俺に不機嫌そうに舌打ちすると、それ以上俺の言葉に構うことなく話を続けた。 「いいかいムックよく聞いてくれ。フレイムを振り払う良い方法があるんだ。まず君はこのままフレイムを引き連れ湖の畔を一周してくれ。そして一周してきたところで僕と交代し、今度は僕がフレイムを引き連れ湖の畔を一周する。それを繰り返しているうちに奴も疲れるか飽きるかして諦めると思うんだ」 「はあ…。なんか結構、良く言って地味な作戦ですね」 「地味かどうかは関係無いよ。今大切なのは僕らが二人とも助かることだ」 ここまでけっこう走って疲れていた俺は内心ガチャピンが先に行ってくれよと思ったけれど、なんとなくいいそびれてしまった。そしてそうこうしているうちにフレイムが間近にせまってきたため、仕方なく俺はそのままスターターとして湖の畔を走り出した。 とは言っても見たところその湖は一周1.5Kmくらいしかないのでそんなにきつそうではない。スキップで良いのだし。でも最初に突き放しておいたほうが良いと思った俺は、最初にとばしフレイムを100Mくらい引き離した。そして一安心し、少し速度を緩めたところで前方に5・6歳の子供の姿を発見した。やがて子供のほうも俺に気付き、驚きの声をあげた。 「うわ、ムックだ」 「ははは…。ここはもうすぐ怪物がやってくるから危ないよ」 「ええ?でもムックも怪物みたいなもんじゃん」 俺の心配をよそにどこで覚えたのか小生意気なセリフ。そして明らかに半信半疑な表情。しかしやがてやって来たフレイムの姿にその子の表情は一変。瞬間辺りに耳朶を打つ大絶叫がこだまする。 「きゃあああああああああああああ」 一目散に逃げてゆく子供。俺はだから言ったのに思い、その子供の恐怖に打ちひしがれた表情に内心満足感を得た。 その後もフレイムに追いつかれることなく湖を一周して戻ってきた俺は、大きな林檎の木の下でガチャピンと選手交代。フレイムも俺達が選手交代したことを悟ってくれたらしく今度はちゃんとガチャピンを追いかけてゆく。そしてその大きな林檎の木の下で今度は俺がガチャピンの帰りを待つ。 ガチャピンを待ちながらホッと一息ついた俺は辺りの景色に目を移す。緑葉のドレスを身に纏い真っ赤な宝石をあしらった林檎の枝が幸せそうに風に揺れ、その情景は平和そのもの。その平和な情景を対岸を走るでっかい火達磨の怪物と緑色のむくんだ怪獣が台無しにしている。
てか俺ムックじゃねえよ。
林檎の木が俺を呼ぶ。こちらに来てお休みなさいと。疲れた俺はその声に誘われるままに木に登り、枝の中に敷かれていた緑のベッドで静かに眠る。やがて戻ってきたガチャピンは 「ムック!ムックどこ!?」 と叫びながらムックを探し、そしてムックを見つけることが出来ないと再び湖一周の旅に出かけていった。でもその目に絶望の色は無い。今のは何かの間違いだ。次に走って戻ってくればきっとそこにムックはいると信じている目。
しかしもうムックはいない。
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