04−
Essay04

「同人戦線第二射撃」

制作日時:1999/2/下旬※後々追補など有り



さて、
何はともあれ同人誌を作ってみようと心に決めた。
だが、
「何をどーすりゃいいのだ?」
全然解らんですよ。
よく考えてみると自分はもの書きではあるが、
それは企画を立てて自分を監督して文章を作るところまでが商売

書いたあとの、
「編集」
「印刷」
「営業」
「配送」
「販売」

の残りの流れがどうなってるかはあやふやにしか解らないのですな。

■■
だがまあ原稿が無くては始まらないわけで、
そこは自分が今までの製作過程で担当した物と同じ。
編集作業に関してはやはり自分のところで行う作業なのだろう。
問題は印刷。
これは自分の手元ではできまい。
ならばそういうことを専門とする企業もしくは団体が存在するだろう。
んじゃあ検索サイト。
「同人誌・印刷」
で検索を書けると283件ヒット。

そのほとんどが印刷会社。
なるほど。
こういうところに原稿を叩き込んで(やや違うかなニュアンスが)本を作る、
とまあそういうわけなのか、と。
試しにいくつかの会社を見て回る。
そしていつもメールでダベってる友人達に、
「まあ、
 今、
 こういうことをやろうとしてな」

と知らせて回ったり。
するとすぐに反応がある。
「そうか、
 川上さんも始めましたか。
 自分も近頃、
 自分の実力というか何というかをレベルアップさせようと思いまして」

と言ってきたのは古くからの付き合いのあるMYA氏である、と」。


■■■
彼は二十歳を過ぎてから、
「マンガとか描けないもんかなあ」
と言いだし、
現在自己鍛錬中の益荒男。
彼曰く、
「春くらいに同人誌を出せるイベントがあるのか無いのか、
 そしてどうやって出版するのか、
 また、
 出される本に対して自分達仲間内でどうフォローできるのか聞きましょう」
「誰に?」
破軍星氏(この人は自分先輩でプロの18禁漫画家である)」
「ああ、
 先輩に聞くのか、
 でも自分先輩の家を知らないぞ」
「自分が知っています。
 どうせならば川上さんを僕の車で拾ってこれから先輩の家におしかけましょう」
「ふうむ、
 なかなか勢いあるな。
 押し込み強盗か
「違います」
「まあいいや(よくないって)
 じゃあ、
 とにかくうちまで来てくれ」
「了解」

 と、
 時計を見たら午後の七時半。
 MYA氏は飯能に住んでおり、
 自分の部屋までは時間にして約四十分の位置にいる。
 先輩の家は噂によると相模原とのことだから自分の家からやはり約四十分。
「結構MYA氏にとってはハードだなあ。
 往復で160分か?
 自分の部屋まで来たら自分が代わりに自分の車を出すか」

 などと言いつつ十分ほど待っていたら、
 またメール。

■■■■
よくよく考えると僕は川上さんの住んでいるトコが解りません。
1回、川上さんの車の後について行っただけですんで…。

駅とか、moritaさんの家のそばの酒屋とかは解るんです
が…ヘルプ求む!
一応、マップルは在るので簡単な説明または地図をgifで添付
とか…何とかして下さい。マジで。
いっぺん家を出ると連絡つかない、という恐怖…。
アポロ13って感じ? ディープ・インパクトでも可。

以上です。

BGM:無し
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
MYA(自宅)
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「ぬう」
などとつぶやき、
地図など送る時間が勿体ない上にテンションも勿体ないので、
自分がMYA氏の家まで車を走らせる。
電話がないので彼に一応メール。

出発すんぞー

|川上稔                |
ウワオ!
公衆電話か何かで連絡くれてもよかったんですが…。
まあ、いいや。
待ってます。
以上です。

BGM:無し
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
MYA(自宅)
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

ちなみに当然、
自分はこのメールを読んでおりませなんだ(笑)
来るなとか言われるなどと考えないのは親しいからゆえのいつものこと。
さてさて車を走らせて気合いを入れたら25分で御到着。
そこからMYA氏の車と併走でもう一度自分の部屋へ。
自分の部屋の前の駐車場にMYA氏の車を停め、
自分車で破軍星氏の家に急行する。
既に時刻はPM8:50分。
現場到着はおそらくPM9:40前後ではなかろうかな、と。
遅い時間であるが、
しかし、
漫画家とは夜行性の生き物です。
その意味では丁度言い頃合いとも言えますな。
まだ自分もMYA氏も夕食を摂っていない。
向こうで破軍星氏とともにどこかで食いつつ、
色々と聞く必要があるわけで。
なもんでMYA氏に問うた。
「先輩には何と連絡をしたんだ?」
「それが先輩、
 電話を止められてる
んですな」
「は?」
「夜6:00頃に公衆電話からうちに電話をしてきて、
 今夜どうするかを話し合いたいからまた夜の9:00に電話する
 とそう言ってたんですが」

時計を見る。
現在が、
その夜9:00を二分回ったばかり

今こうやって自分達が氏の家に向かっている最中、
破軍星氏がMYA氏に今夜の予定について聞こうとしているわけで。
もう遅い。
「なあMYA、
 先輩から電話がかかってきたとき何て言えばいいか、
 親御さんに話したか?」
「ええ、
 モロッコに行ったので女になるまで帰らない
 と言っておくよう親には話しました」
「そうか、
 モロッコ行ってる男が自分の車で現場到着か」
「ビビりますかね」
「知らね」

言葉を切って国道十六号を一気に下る。
夜で道路が空いてるからバイパスは無視、
このあたりに大学の友人の家があったなあ、
昔に自転車で伊豆に行くときもここを通ったなあ、
とか思いながら南下。
しばしの無言と車の加速力と遠心力を感じつつ走る。
するとやがて道路が市街と言える町並みに突っ込んだ。
標識はここが相模原であることを雄弁する。
到着したのだ。

■■■■■
秘密基地のようなアパートメント。
二階の通路に昇ると、
衝立で狭くなった視界から相模原の夜景が等高に見える。
呼び鈴を一つ鳴らすだけで彼は出てきた。
長身の漫画家。
彼はMYA氏を見て、
「んじゃ、
 メシ食い行こうかモロッコ君」

と言った。
MYA氏はそのセリフに動じもせずに自分を見て、
「それじゃあ川上さん、
 ここに来る途中にあったV○LKS(伏せ字にならんな)に行きましょう」
「は?
 ファミレスの中じゃああそこは高いぞ」
「大丈夫です。
 僕はあそこの株主ですから」
「へ?」
「御安心下さい。
 無料で食えます。
 行きましょう」

そう言ってMYA氏は上着の乱れを正し、
自分と破軍星氏をおいて階段の方へ歩き出す。
何やら主導権を握られたらしい感じで。
自分と先輩は顔を見合わせこうつぶやいた。
「利用価値バツグン」
「……青いネコロボットみたいだね」


■■■■■■
さてここまで軽い調子で書いてきたが、
それは一気に忘れよう。
ここから先が我々仲間内の中で『VOLKS会議』と呼ばれるものにあたる。
午後10:00から午前3:00までの五時間。
これから何をどういう理念でどうすべきか。
それを話し合ったのですな。
もの書きで無意味に気合いだけは余ってる男。
これからを考えて絵に執念を燃やす男。
プロの漫画家で同人もやる男。
プロとアマチュアそして経験者と未経験者。
そういう要素はこの三人の中に全て含まれる。

五時間。
要約して以下の通り。

■■■■■■■
「まずはどういう了見で二人が同人誌をするか聞きたいものだな」
メニューを見つつ破軍星氏が言う。
「僕は自分に枷をかけて気合いを入れるためですね」
MYA氏がそう言った。
自分は、
以前に友人と話したようなことを告げた。
プロが作る同人誌の正しい例を一つ作れないかと。
その言葉に氏は頷きメニューを置き、
「……理想論か」
自分が持っていたバッグから一冊の同人誌を取り出す。
手にしてみた感触は表紙がカラー三色の内部は36ページ。
「それが平均的な500円本だな」
「36+表紙と裏表紙カラーで500円ですか(先輩相手だと丁寧語になる自分)」
「そうだ」
「高くないですか?」

自分の言葉に氏は苦笑。
「実は100部印刷だと一冊が約450円かかる」
100冊売って5000円のマージンですな」
「甘いぞMYA」

氏は苦笑。
軽く片手の五指を広げて見せ、
やれやれという態度でMYAにこう言った。
「ショバ代で大体5000〜7000はとられることを、
 忘れてないか?」

同人誌即売会の会場で売るためのブースを1コマとるためには、
申し込みと同時にそれだけの金額を代金として用いる。
そういうことは、
100冊作って完売(それも自分の持ち分など無しで)しても、
(100×450)+5000or7000。
 原稿送料や作業費用など考えたら赤字ってことか……」
「そうだ。
 だから赤を出さないために同人屋は幾つも手を打つ
 単価を高くしたり、
 部数を多くして印刷費用を安くしたり、
 売るためのエロやアニパロを描く。
 趣味でやってはいるが、
 好きで損をするバカはどこの世にもおらんよ
 売れ残れば在庫は家を圧迫するしな。
 売らねばならん」

一息。
氏の視線は再びメニューの上をさまよい続ける。
だが言葉は続く。
「つまり、
 自分のしたことに対して、
 自分がかけた金に対して、
 一番、
 目に見えやすい客からの金の反応がまず一番にある
んだ。
 解るか?」
「…………」
「理想を掲げても、
 赤字になったら負けだ。
 負けなんだぞ。
 解るか?
 金が減って、
 自分の部屋に売れなかった本が敗北の形として残る。
 そういうものだ。
 川上も、
 自分の小説が在庫を大きく抱えたらシリーズをうち切られるだろう?

 同人誌も似たような物でな。
 売れ残れば自分が萎える」
「しかし」
「しかしじゃない」
氏はメニューをテーブルに置いた。
自分も氏の同人誌を左、
窓際のスペースに置いた。


■■■■■■■■
破軍星氏の目はもはや正面、
自分とMYA氏に向いている。
彼は視線を鋭く研いだ上で、
同人誌を売る会場とは一種の市場だ
 世間一般で使われてるのと同じ貨幣が動く
 何を売るにしても慈善事業じゃない」
「だけど買う人間に損をさせて、
 食い物にしてもいいんですか?」
「そうではない者もいると言ったのは川上だろう?
 そして、
 最終的に生き残るのはそういった者達だと自分は思う」
水を飲む。
「よく考えろ。
 買いに来る連中はいいものを欲しがる物乞いじゃあない
 自分で選別する権利と義務があり、
 そこに失敗と幸運がある。
 たとえ川上が理想を追求して物を作っても、
 それが慈善事業ならば、
 買いに来た連中の権利と義務を無視したことになるんだ。
 与えられるのは幸運ではなく、
 施しでしかない。
 それでいいのか?」
「だけど、
 たとえ権利と義務があっても、
 買う側は得をしたい
筈だ」
ただでもらえるものをただでもらっても、
 誰も得とは思わないよ

真理だ。
自分の隣でMYA氏が頷いた。
「一時期前に、
 高価な歴史シミュレーションゲームが出回り、
 皆がそれを買いましたね。
 あれはひどい価格設定だったが誰も文句は言わなかった」
「そう。
 損得問題は価格にあらずだ。
 買った側の意志で決まる
「…………」
「よく考えろ。
 何をどのような手段で得たらトクになるんだ?
 川上の言う史上最強のファンは既に現場に来るまでに労力を要してる。
 だが彼らは巡礼者ではない。
 例えるならば十字軍だ。
 欲しいのは見えざる神の一言を”感じる”ことではなく、
 自分の力をもって戦場から持ち帰る戦果だ

MYA氏がウェイトレスを呼んだ。
自分は吐息をつく。
と、
背後の席でブロンドのショートカットの女性が不思議そうにこちらを見ていた。
時刻はPM10:30。
そんな時間に割と高めのファミレスで同人誌問題を話し合うなんて、
まあ、
滅多にあることではない気が。
ウェイトレスがきた。
テーブルに広げてある同人誌の数々に視線を移して、
わずかに眉をひそめた。
良い反応というか、そうでなくては。

(※昨今だとここらの反応どうなんでしょーねー……)
だが今はそんなことに構ってる場合じゃないわけで。

■■■■■■■■■
「大体、
 他のアマチュア創作家はそういう土俵なんだ。
 川上が”原価割”な方法で良いものを提示して見ろ。
 連中へのあてつけにしかならんだろうさ」

スープバーで入れてきたコーンスープを飲みつつ、
彼は言った。
「勝負は値段じゃなくて質だと思うね」
「だけど自分はプロであって既に読者から印税として金をもらってる。
 それを還元するのは罪ですか?

「それが罪ならば、
 ものに価値を認めて金を払うことは悪だろうな」

MYA氏がうなづき、
考えながら、
ゆっくりと喋る。
「川上さん。
 素人的な読者立場から言わせてもらえれば、
 全てのファンに対してそれができない以上、
 還元はありえない
ですよ。
 川上さんはファンレターの返信をしてますが、
 アレは読者全体に対して機会の平等が与えられる。
 ですが同人誌即売会へはどうしても来られない人もいる。
 足を折って入院してたら来られませんもの。
 そういう見えないファンがいるのに”還元”は、
 一方的な甘えじゃないですかね?

そして、
「”価値があると認めたから金を払う”のであってですね、
 自分が認めたものを買ってきて読んだとき、
 ”更に価値があったことに気づく”それがいいんじゃないかなぁ。
 本来ならば価値が認められないとされる、
”情報”に価値を認める行為は、
 まさしく自分から価値を設定することにあるわけで。
 それが値段と払う額の関係ではないか
と」

MYA氏の言葉に破軍星氏が満足げに吐息。
水を飲み、
「そう、
 モロッコは言うことが違うな」
「それはもうやめて下さいって」
「うーむ」

と自分は一人で唸ってみたりする。何となく納得がいかんというか。
「それは、
 儲けなければダメってことかな?」
「どうして黒字をそんなに嫌う?」
「自分はプロで、
 金はそちらから得られるからで。
 さっき初めに言った通り、
 素人の土俵を荒らすことなく損させることなく、
 それでいてプロが作ったということの解る同人誌の理想型を一つ作りたいと」
「一発でそれができるか?
 誰だって一冊目はつたないぞ」
「始めてみなけりゃ何にもならんですよ。
 自分は自分の方向性をそう持ちたい」

だが、
「読者を卑下するやり方につながるのだとしたら、
 やらない方がいいのかもしれないなあ……」
「随分としなびたな」

 破軍星氏が苦笑。
 自分も小さく笑う。
「難しい問題だな、
 とまあそう思うんですよねー。
 値段的に言って、
 一般市場に出回っているレベルのものを等価で出すことはまず不可能。
 500円で36ページの世界でしょう。
 とはいえそこで値段を下げたら、
 お客をお客扱いしてないこととなる。
『値段・品質量・客の自尊心』
 完全な三すくみですな」
「ほほう」

と破軍星氏がさらに笑みを強くする。
そして、
こう言った。



「ところが、
 抜け道がある」



「要は川上の自己満足の程度と、
 方向性かもしれんぞ。
 少し考えを改めて分析しよう。
 なぜにエロ同人誌が売れるのだと思う?」
「皆が好きだから」
「ハイ残念でしたー。
 次はMYA」

話題を振られてスープを飲んでいたMYA氏が慌てる。
「え?
 そそそそれは、
 や、
 やっぱりアレですかね」
「何?」

問いかけ。
それに対してMYA氏はわずかな間のためをもって答えた。
「い、
 いやらしい方がいいからでしょう!」

言った瞬間だった。
いきなり、
彼の目の前に横手からステーキが差し出された。
肉を持ってきたのは若いウェイトレス
彼女は自分の隣に座るMYA氏を怪訝そうな目つきで見るが、
無言でサービスとは言い切れない”料理の配送作業”を続ける。
「…………」
自分と破軍星氏は知らない顔で自分の料理の置き場所を作成。
MYA氏はステーキ皿を彼女から受け取り、
目の前に置く。
そして膝の上に手を置いて座礼。
「失礼しました  

■■
「では自分の持論を答えようか」
肉をナイフで力強く刻みながら破軍星氏が言う。
「男子読者の多くがエロに金を払うのは、
 先ほどのMYAの言葉を借りるならば、
 そこに価値を認めたからだ」
一口。
普通のマンガのページよりも、
 そういう情報が載っているページに相対的な価値を認める。

 これは無論、
 そういう情報の載っているページが、
 普通のマンガと同クオリティで作られている時だけのことだがな」
「ページの価値か……」
思い当たることとしては、
「この小説の”ここの部分が好き”ってやつですね?」
それまで小さくなってたMYA氏が反応した。
「川上さんの倫敦では、
 モイラさんが死ぬシーンが強烈に残ってますね……」
「そういうこと。
 エロでなくてもその価値は認められる
 だが、
 その多くは小説やマンガにおいては見せ場であって、
 単体ではあまり意味を為さないものが多い。

 単体で価値が出るものとすれば」
「SEXシーンですか」
「いちがいにそうとは言えないけどな。
 だけど自分も一般市場でそういうマンガを描いて食っている以上は、
 それが真実の一つであることは確かだ」
「つまり読者が求めるとは  

 氏が頷く。
エロだけじゃあなくても良いと、
 そう言えるな。
 まず第一に、
 価値のあるページを作るんだ

これは一つの結論。
それを思いつつ肉を切る。
考える。
食う。
考える。
そして言う。
「第一に、
 と言いましたね、
 第二は何です?」


■■■
「簡単に言えば、
 先ほどの問題から派生して、
 同人誌の価値とは何かを考えてみるべきだ」

 同人誌の価値。
 即売会場に来る。
 一般市場よりも品質比率的に高いものを買う。

 この移動と価格から導かれるものは単なる”損”ではないのか?
「ヒントはさっきやったろう?
 ページの価値と似たようなものでな。
 十字軍の信仰には幾つかの大きい得がある。
 まず、
 ”行軍による満足感”
 仲間への自慢話や、
 本屋に行くのとはレベルの違う行動が戦士の自尊心を満たす。
 聖地への行軍とは神に近づいた感覚を与えてくれるしな」

無論、
聖地に神がいるかどうかはしれず、
また邪神である可能性も否定できないが、
と氏は言葉を皮肉につなげ、
「そしてMYAの言った、
 ”得られるものを押しつけではなく自分で選び、
 価値を制定して買う権利と義務”

 がある。
 支払いという最終戦闘において皆は満足感を得る。
 女を犯して喜ぶ者もいれば、
 敵将を倒して位階を手に入れる者もいる。
 そして皆が己において正しい。
 自分が自分であることを、
自分の好きな本に対して行える。

 これが価値だよ」
「ならば自分は  
 と言いかけた自分に氏はナイフを向けた。
「女を犯すのは趣味じゃないだろう?
 ならば敵将か何かを用意しろ。
 その敵将の実力(値段)がもらえる位階(価値)と等価であれば、
 もはや誰も文句は言わないし、
 これは……、解るか?」

問いに、
自分は首をひねる。
破軍星氏は苦笑しつつ、
これは一般市場のシステムの誇張版なんだ」
……そういえばそうかもな。
「極端に失礼なことを言えば、
 地方の、
 本屋が無いあたりに住む人が、
 好きな作家の本を入手したいと思って行動するのと同じだ。
 状況と市場の差違はあれど、
 戦場は既に特殊状況ではなくて現実をモチーフとする。
 逆に言えば、
 一般市場とは同人市場の”安心できるバージョン”だとも言える。
 スーパーファミコンとメガドライブの違いのようなもんでな」
「その例えは解りにくいからやめましょう」

そうか?
と怪訝そうな顔も一瞬。
自分達は食うことを再開。
時刻は既に十二時を回っている。
料理が冷める。
しかし食いつつも議論は停まらない。
氏が言う。
「それに  
「それに?」
「そこから更なる感覚で儲けたくないという川上には、
 先ほども言ったとおり、
 その自己満足に対しての抜け道がある」

氏は同人誌の束の中から一つの冊子を取り出した。
印刷所のパンフレットだ。

■■■■
「もはやここから先は、
川上が本を作ると言うことを前提として、
話を進める」
と彼は言った。

■■■■■
「儲けたくはないと川上は言うが、
 あえて損をすることはモラルとして失敬だ。
 良く聞け」
「はい」
誰かが損をしたら、
 誰かがトクになるわけじゃあない。
 憶えておくように」
「はい」

それじゃ、
と軽い口調になってからパンフレットをめくる。
「今や同人誌は表紙と裏表紙がカラー印刷で当然。
 内部も36ページが平均となっている」
「そのレベルをまずクリアしろと」
MYAはまあ素人で初めてだから28ページ程度でも良いぞ
「え? 
 ぼ、
 僕も印刷所使用ですかあ!?」

今更何を言っているんだか。
うろたえるMYA氏を置いて破軍星氏が開いたページには、
表があった。
印刷するページ数と、
それに対応する部数あたりの代金対応表だ。
「キリもよく40ページの本を作るとする」

ページ数 部数 印刷代金
 4 0 100 ¥48,000

計算。
この場合、
価格を500円としたら全て売っても¥50、000。
ショバ代や会場までの交通費を考えたらアシが出る。
「一冊600円くらいから採算が合う。
 その採算ぎりぎりで作れば、
 自分も損をせず、
 正しい意味での還元になるんじゃないか?」

成程。
損益分岐点を出す計算は経営学科を出た自分にとっては得意分野だ。
会社でも企画書作成時に似たことやらされるしねー。
「買う側の損にはならず、
 暴利もむさぼらず、
 また、
 どちらの自己満足も納得できる本を作る、
 その一つの手段だと思うぞ。
 損益分岐を設定して、
 作成費用と諸費用が帰ってきたならば成功だ。

 その金はまた次の本の費用に回せばいい
「一つの市場を利用した一定金額の永久循環ですね。
 ”健康な市場”
 誰が言った理論だっけか……」

つぶやきつつ、
幾つかの問題が解決したことを悟る。

・不必要な利益は得ない。
・単なる理想提示ではなく現実に価値のあるものを作る。


……基本的なことだなあ。
そう思い、
食う。
食事自体はすぐに終わる。
そこからまた議論が動く。

■■■■■■
「問題は、
 何を作るかだ。
 MYAは前から叫んでいた通りに神凰○のエロ同人として」
「ああっ、
 どこからその情報をっ!?」
……前に叫んでいたからだろーよ。

そう呆れながら破軍星氏の言葉の意味を考えた。
即答。
「小説はやめましょう。
 ページが圧倒的に少ないのと。
 見た瞬間、
 価値に気づく人が少ないし、
 出版社への義理もあります」
「良い意見だ。
 ではマンガを描くか?」
「それもムリだと思います。
 自分がカット割りの含意とかを死ぬほど考えるタイプだと知ってるでしょう?
 やるなら小説をやめてからやります

うーむ。
と今度は氏の方が考え込む。
「自分としてはマンガをやってもらいたんだがなあ」
「イラスト集は、
 白黒だと価値があまり認められないんですよね」

 と言うのはMYA氏だ。
「本当のファンにとっては意味があるかもしれないけど、
 川上さんの同人誌ってある意味、
 ”都市シリーズを知らない人に広める効果”
 も必要なんじゃないでしょうか

「それはつまり……」
買ってくれた人が他の人に渡しても意味がある。
 そういう本だと良い
ってことです。
 それで友人が都市シリーズに興味を持ってくれれば、
 それがまた”新しい価値”なんじゃないのかな。
 いくら僕でもエロ同人誌を女の子には渡せないですからねー」
「そうなるともはや画集ではダメだな。
 グラフィクスイメージのみで都市シリーズは語れない」

という氏の言葉に、
答えがあったりして。
じゃあ、
というわけで自分はその答えを言おうとしたが、
食後のデザートが来た。
「……なんかすげえ料理が連続してるなあ。
 MYA、
 大丈夫か?」
「大丈夫ですって。
 株主ですから」

と言って、
彼は上着の乱れを軽く正す。
こういう人間がやりたがるのだから、
やはり同人というか、
ものを作ってどこかに出すという行為は面白いことなのだろうなー、と思ったり。
とりあえず食う。
食ってばかりだな、とも思ったりで。


■■■■■■■
「都市シリーズの設定本はどうでしょうか」
自分は最後のアイスティを飲みながらそういった。
「OSAKAも出ました。
 ゲームも出ます。
 だからと言って時期モノを出すのではなく、
 これからもずっと意味があるようなそんな設定本を。

 とりあえずは大阪中心に」
「キャラ紹介や世界観設定ですか。
 絵はどのように?」
「口絵の感覚。
 あれのもっと文字が多いバージョン。
 デザインなどは自分がきっちり作る」
「文章比率を考えないと危険だが、
 まあ、
 一番文章と絵が共存できるジャンルかもな」
「そうですね。
 それに  



■■■■■■■■
「これは自分にしか作れない本です」
 それは言い切れる。


■■■■■■■■■
「では川上にはこの冊子を渡そう。
 損益分岐などを考えて何をするか決定すること。
 そして、
 行動時期はいつ頃がいい?」
「コミックマーケットっていつでしたっけ?
 春にありましたっけ?」
「春は無い。
 次は夏だな。
 だがあれは祭りとして大規模だから、
 普通の即売会とは少々趣の違うところがある」
沈黙。
ややあってから破軍星氏が顔を上げた。
「まあ、
 何か近い時期に設定できるようにしておく。
 実は即売会なんて毎月1〜2回はどこかであるぞ」
「そんなもんなんですか?
 もっと特殊だと思ってた」
「日本各地の話だけどな、
 でも……」
一息。
毎月二回なんてレベルだと、
 もはや一般人が本屋に足を運ぶ感覚
なんだよな。
 要はそれだけ作る側が増えたと言うことでもあり、
 買う側が増えたと言うことでもある。

 川上がやっていることはひょっとしたら、
 どこかで既に”もう古いこと”になってるかもしれんのだ。
 あまり気負わずやってみ」
「了解です」
「あと、
 今回の手続きはどこになるかは解らないが、
 ソッコで自分が手配をしておこう。
 できたらメールする。
 まあ、
 場合によってはブースが自分と同じ場所、
 つまりは男性向け同人誌会場で売ることになるかもしれんが、
 まあこういう先輩を頼ったせいだと思ってくれ」
「ういっす。
 それも了解です」
時刻は既に二時近い。
そこから更に詳細の打ち合わせとMYA氏の方針について語る。
原稿用紙の切り方とか、
ペンなどの使い方と言った実践的な話だ。
ここでは割愛するが、
まあ、
色々と話すことは多いのですな。


■■
午前三時。
もはや客は自分達以外におらず、
言うべきことは全て言ったので店を出る。
万が一にMYAが、
「株主ってのは冗談ザマス〜」
とか言って逃げ出すかもしれないので、
破軍星氏と自分は店を先に出た(笑)ええ、出ましたとも。
寒い外から見える店内で、
MYA氏が財布から幾つかの紙幣ではない紙片をカウンターに置き、一礼。
それで店員が頭を下げて会計終了。
自分と破軍星氏は顔を見合わせ、
「……部下にしてもらおうか?」

■■
モロッコ崇拝度:★★★★★★★




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