02−
Essay02

「同人戦線第一射撃」

制作日時:1999/2/上旬※後々追補など有り


EDUCATIONに書こうと思ったが、該当する場所が無いのでこっちに。



さて、
このHPを作成中に実は一つの事件が発生したのだ。
簡単にいえば、
このHPを見た友人から早速の挑戦があったのである。
挑戦の内容は何とまあ、
「貴様も同人誌を作ってみろ」
というものであった。
場所は深夜のファミレス。
話題はちょうど、
「出版流通の問題点について(仕事がそういう友人なのよ)」
など語っている最中のことだ。

■■
しかし、
自分はもう二十四歳にもなるが、
実は一度も同人誌とやらに手を着けたこともなければ現場に赴いたこともない。
「外側の人間」
である。
それが何故にそのようなことをしろと言われなければならんのか。
友人はこう言った。
「貴様、
プロの市場と同人の市場というものに対していかなイメエジを抱いてる?」
「さあ」
「さあ、
じゃあないだろう」

と彼は言うのである。
でもね君、
やっぱり同人誌という言葉はちょっとアングラ的意味があるようでホラホラ、
そういう単語を連発するからウェイトレスが奇妙な目でこちらをー。
「ようく聞け」
へいへい聞きましょう。
「貴様は絵のEDUCATIONで
”プロは一般市場以外の領域で勝負しない”
ことを言うたな?」
「当たり前だ。
プロは一般市場で食って行くからプロであって、
プロ市場を同人宣伝に使っているような連中を自分は軽蔑する」
「では、
一つ聞こう」


■■■
「プロが作って良い同人誌とはいかなるものか、
考えたことはあるか?」


■■■■
妙なことを言うヤツだな、
と思った。
考えてみると解るのだが、
自分のようなアウトサイダーにとって見れば同人誌市場というものは、
「素人のための素人の市場」
もしくは、
「自分の職種故に作れないものを何とか発表する場所」
であって、
既に作りたいものを作り得ているプロがやってきて、
「荒らしていい場所ではない」
ように見える
のだ。
だから彼の言うセリフは前提として間違っている。
プロならば、
自分が既に得た場所でそれを発表して問うべきではないか、
と。
だからこっちはこう言った。

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「素人のコミュニティをプロが荒らしていいのか?
どんなに腕の立つアマチュアでも、
最低レベルのプロにはかなわないんだぜ」

(誤解を恐れずにいうと、
これは事実だ。
たとえ皆が、
「コイツはダメだろう」
と言っているプロであっても、
その作風と作品でキッチリ三度のメシを食っているとすれば、
もはや実力以前の気迫や執念と言ったもので他人を凌駕する
のである)
こちらの言葉に対し、
向こうは自分が頼んだフライドポテトを勝手に食いつつ
(仕返しにこっちも向こうのハンバーグに指を突き刺したが>何やってんだ自分)
このようなことを述べた。
「貴様の言う、
同人市場にいるプロとはどんなプロだ」
「オマエがいつも本を買ってくるようなプロだ。
いつも愚痴っているだろう。
原価の三倍以上をふっかけてきやがる”
とか、
絵の使い回しか”
などと。
でも結局はそれらの方が必死にやってるアマチュアよりもネームバリューで売れ
いつもオマエは、
”あー荷担しちまった”
と言っているではないか相違はなかろうな?」

食前のサラダ到着。
「そういう搾り滓をもって”商売”の勝負を行い、
最終的に損を思わせるようなやり方をしていいのか?
売れれば勝ちかもしれんが、
売った後で満足させられないようでは単なる御情けだろう」
「成程」

彼はもっともだと言うようにうなづき言葉を止めた。
大体にしてこの男がこういう時は裏がある。
まあつきあってやるかとこちらも言葉を止めて相手の動きを待つ。
主食到着。
ややあってから彼が口を開いた。
「あとで俺の部屋に行くぞ」
了解だ。
とりあえずはオマエのハンバーグに指ツッコミ。


■■■■■
午前二時にクルマを走らせる。
パジェロミニは後輪を跳ねさせるように走らせなければ良い走りが出来ない。
右折。
ハンドルを小気味よく何度も切ってアクセルオン。
慣性にて後輪をスライドさせてカウンターはいれないようにする。
後部バケットの荷物が揺れるが前部座席に揺れはない。
「随分と飛ばすな」
「オマエが急げと言ったんだろう」
「じゃあ急ぐな」
「契約は三十分前に締め切らせていただきましたベー(レシート吐き出し音)」

八王子の駅の横を通り抜けてすぐのアパートの前にクルマを停めた。
彼が出ていってまた荷物を抱えて戻って来るまで数分。
室内灯をつけて持ち出されたものを確認する。
数冊のオフセット(というらしいのだがどうしてそういう名前かは解らない)型同人誌群。
前に彼が大損をこいたと言っていた代物だ。
プロが作ったものである。
「自分にこんなエロ本見せてどうするつもりだ」
「まあ見ろ」
「ふむ」

広げてみるとおそらくCGをもととしたエロマンガ。
しかし荒い。
「それで28ページにして1500円だ」
「文句を言うならば何故買った」
「その漫画家のファンだからだよ」

彼は聞くだにウンザリした声でつぶやきながら肩を一つ回し、
懐から煙草の箱を取り出した。
自分は声をかける。
「おい」
「何だ?」
「自分の車は禁煙だ」
「外に出るか?」
「外でエロ本を見る気にはならねえな」

言ってから思う。
「このエロマンガでヤラれてるのって、
この人の持ちキャラか?」
「そうだがな」

と彼は言う。
「原作の方ではHくさいシーンはあるが、
ヤっていい話じゃあない」
「裏というわけか」
「貴様の嫌いなやり方だろう?」

彼は次の本を自分に差し出した。

■■■■■■
次のものも似たような本だった。
自分はもはや中身を確認するのではなくただただ眺めながら、
「この漫画家のファンか?
オマエ」
「ああ、
同人時代から好きだった」
「同人からプロへ転向したというわけか。
それ以前からこうだったのか?」
「いや違う」

吐息。
「昔は……、
いや、
今の方が絵のレベルはあがってるから良しとするかな」
「何を良しとするんだ?」
「昔の執念が消えたマイナス分の埋め合わせだよ」
「値段は?」
「1000円。
300くらい出てるから原価の三倍だな」

自分は値段と部数の関係を追求しようと思ったが、
彼の口調がひどく年寄り臭かったのでやめた。
次の本。


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その本の内容もやはりエロマンガであったが、
「この漫画家もプロ市場ではエロじゃなかったよな」
「同人で本性を出すのは悪いことじゃあない」
「…………」
「同人にも市場は存在し、
売れなければ不良在庫となって作者の自己満足を傷つける。
そしてエロはプロ市場と同じくよく売れる」
「確かに表紙に尻かアンニュイ女を描けば小説も売れるわな」

自分の言葉に彼はうなづいた。
何となくではあるがそのときの彼の雰囲気には、
もう自分に挑戦してきたファミレスでの気迫が無く、
敵と言うよりも、
単に自問してるだけの人間に見えた。
彼は自分の持つ雰囲気そのままの口調で言葉を生んだ。
「だがな」
だが?
「俺はその漫画家のエロが読みたいわけじゃあなんだよな」
「…………」
「解るか?」
「作家は作品というレッテルで見られるということか?」
「そういうことだ」
「だが、
さっきの市場原理で言うならば、
読みたい人間が多いということだろう?
こういうものが存在するというのは」
「ならば」

彼は問うた。
「貴様が都市シリーズでいきなり美少女戦隊なぞ始めたら、
ファンはどう思う?
その方が売れるだろうさ今よりも。
だがな、
今まで都市シリーズをシリーズの持つ色でしっかりと見ていたファンはどうなる?」
「成程」

今度はこっちがうなづく。
気づけば、カーステレオのMDから流れる坂本龍一が淡々と鳴り響く中、
狭い車内に熱気のようなものが籠もりだしていた。
ドアの窓は大気との温度差によって薄く結露。
外は寒そうだ。
だが彼はドアを開けた。
脇をくすぐるような寒さと入れ違いに彼は表に出る。
「燃料切れだ」
言う口には既に煙草が一本”噛まれて”た。
アパート前の白いブロック塀をバックに置き、
ドアを閉める間際に彼が言う。
「最後の一冊はちゃんと読め」
へいへい、
とダッシュボードに立てかけられた本を手に取った時、
自分は一瞬で異変を悟った。
それは本ではなかったのだ。

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それは書物であった。


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とあるアニメーターの製作による画集。
装丁はハードカバーで整えられて薄紙までついており、
中身はほぼフルカラー。
(室内灯の明かり故によく確認出来なかったが)
蛍光色を差した四色以上の印刷によるものと見えた。
その書物を載せた手に、
「本」
の重量が入ってくる。
ページをめくって出てくるのはとあるゲームのキャラクターの絵だ。
見たことのある絵である。
しかし、
そのどれもが一ページ一ページしっかりとレイアウトされ、
場合によっては解説を受けつつ存在する。
あまり評判の良くないゲームと聞いた。
無論そういうゲームは副次展開もされない。
しかし、
「成程」
自分はつぶやいた。
好きなのだな、
ということが素直に伝わってくる書物だった。

キャラクターの表情や動きなどに俺達スラングで言う”念”とか”超能力”がある。
(これらの念とかについてはまた別で語る)
決して陰にこもらずにファンとの共感上に成り立つ書物。
「成程な」
再度のつぶやきに対して外から声がした。
「俺は毎回ああいう祭りに行くが、
その人の本だけは必ず買う」
「いくらだ?」
「3000円」
「市価ならどう見る流通屋」
「同じ厚さで三色2500円。
 四色箱入りで4000円だな」
「これを損だと思ったか?」
「まさか」
「この作家が好きか?」
「好きだ」
「内容は望んだ通りだったか?」
「予想以上だ」
「成程な」
「出てこい」
「ああ」

自分もドアを開けた。
挑戦の意味がようやく解ったからだ。



二人の男がクルマのボンネットを挟むように立って肘を着き、
白い息を吐きつつ夜に語る。
「貴様には悪い見本ばかりを見せてきたが、
プロにはああいうものを作って是とする人もいる」
「確かに」
「だがやはりそうではない者も多い。
ああいうものを作ろうとしてヘタレに流される連中も多いのだ」
「そりゃあ皆があれをやるのは無理だろう。
画力の問題や採算に時間の問題がある。
基本となる資本力だってそうだ」
「それは承知だ」

彼は煙草を懐から取り出して火をつけた。
ライターのガスが甘く匂う。
寒さが匂いを感じる嗅覚を更に鋭敏にさせ、
一瞬がひどく長く感じられた。
その長い時間の畝を越えてから彼は紫煙とともに低く告げる
「あれは理想の一つの形だ」
「理想は一つじゃないのか?」
「貴様が乗るような軽自動車の理想型と、
3ナン車の理想型が同じだと思えるか?」
「ふむ」
「貴様に言っているのは安価で手に取りやすく、
しかも買った後で納得できる本だ」

それを作れと彼は言う。


「この市場は幾つも問題を抱えていてな。
たとえば、
同人誌の即売会に駆けつけてくるファンの中には、
わざわざ北海道や沖縄から来る者もいる
どういうことか解るか?」
史上最強のファンということか?」
「そうだ」
「……それに何か問題があるか?」
「よく考えろ。
プロにとって市場はプロと同人の二つあるんだ。
そしてファンは根性があればその市場を行き来できる
しかし、
プロはその両方に共通した品を落とせない
「ふむ」
「そして、
プロである貴様が基礎とするプロ市場で飽き足らない連中が、
同人誌を求めに来るのだぞ。
解るか?」
「…………」
「規制やページ数制限などにより、
プロ市場とは完全な発表の場として機能しない。
副次展開もほぼ不可能だ。
だが、
同人ならばそれは可能だ。
しかも同人側には最強のファンがついている。
それなのに、貴様が真に伝えるべき市場はプロ市場だ。
この矛盾をどうにかしろ」

「どうにかって、
オマエなあ」
「理想は一つ見せた。
前に見せた三冊と理想の違いをよく考えろ。
貴様がプロの視点で納得できた原因を探るんだ」
「随分とてひどい挑発だな」
「当たり前だ」
「何が?」
「俺は都市シリーズの間違わない同人誌を流通のプロとして見てみたい」
「言うねえ」
「貴様が何も知らんから言うんだ。
今やマニュアル的になった同人誌の作り方も貴様なら独自で行うだろう。
それに貴様は漫画家でもなければ挿画屋でもない。
そういうやり方で理想を一つ作り出せ。
少しは俺の心情沈静化の役に立つ」



■■
帰路に向かうクルマの中、
洋モノテクノの音楽で眠気を飛ばしつつ、
……ノセられたなあ。
と思う。
そしてまた、
……ワガママな話だな。
とも思う。
それでもまあ面白そうではある。
今までは作るだけであったが真にファンのことも考え、
更には自分の本業たるプロ市場とのかみあいも考慮せねばならないとは。
望むのは勝負ではなく、
純粋な奉仕のようなものか、
それともまた別の何かだろうか。
やってみるとしよう。
やってみなければどういう方向の答えも出まい。

−続く−
■■■
勝手に盛り上がってる度:



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