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梅原氏への返信1999年5月17日
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梅原克文様
1999.5.17

 またも馬鹿のような間が空いてしまいましてすみません。
 新作の著者校に手間取ってなかなか時間がとれなかったのです。

・新ブランド名について。
 サイファイ/サイフィクトか、娯楽SFでも良いでしょう。
 ゆっくり考えましょう。時間はあります。
 正直なところ、新ブランドを短期的に立ち上げるのは相当な無理があると思いますが、二十年ものスパンがあるわけですから、そう問題はないでしょう。
 ですが、インターネット上ではいくつかのサイトでサイファイ/サイフィクトの名前も上がっており、暫定的にどちらに固定した方がいいかも知れません。

 だからどうだと言うのではありせんが、先日ある編集者と話をしていると、話題は自然とSFに向かい、彼が言うには「SFがまた売れ始めてますよ。SFと言ってもネオSFですが」というのに気づきました。言葉は色々あるものですが、なんとなく納得してしまいました。

・マスコミ、メディアについて。
 SFのなかでの議論など、しょせんはコップの中の嵐ですから、それほど大きく取り上げられないのは当然でありながら、取り上げられたのであれば、それなりの反響が期待できます。意識してもそう罰は当たらないでしょう。
 いままでの議論は梅原さんもお気付きのようにいわゆるSFの世界の中でしか通用しない内容も含んでいます。ですが、それだけでは本来、商売の対象とすべき一般大衆の元にまで声は届きません。大衆、あるいはSF以外のジャンルにも広く目を向けている一般の図書購入層にも同意を得られるような理論展開を進めた方が建設的です(もちろん、対象を広くする事によって本来の意義を失ってはなりません)
 少なくともSF関係誌以外に名前が出る事はそれなりの宣伝になります。しかも、宣伝費なしで。

 またこれに関連しても論議の正確性、また、論拠の確証を高める必要性が生じて来ると、再度、主張します。
 ケアレスミスを指摘する事によって、理論全体を間違っている、と攻撃する論法が存在します。こんなものはちょっとした反論で撃退できますが、問題は****氏などそれぞれの論敵の存在ではありません。意見の対立する先輩作家や評論家を黙らせるよりは、ギャラリーをどう納得させるかです。
【一一〇字削除:実名表記と、事実伝達のため】

 声なき第三者にどう納得させるか、の重要性は梅原さんもご理解のことでしょう。
 フィクションでしたら細部のリアリティが物語全体にもたらす影響の大きさは言うまでもありません。
 このような議論に置いても同様です。
 ****氏ら、申し立てる人間に対して直談判するのは、その特定の相手を納得させることはで可能であり、時には必要な作業でしょう。ですが、最初から論証の正確性を確立しておけば不要となる作業であるばかりでなく、声なき第三者に対するよりよいディスプレイになります。

 ですが、名指しで反論が来るような場合は、梅原さんの方に回しましょう。
【一二〇字削除:梅原氏への事実伝達のため】
・****氏の反応について。
 まったく梅原氏の主張通りで、SF作家クラブがそれなりの対応を怠っていた、と見ざるを得ません。歴史的な経緯があって圧力が****氏の所にかかったのは気の毒であり、申し訳なく感じます。ですが、ぼく自身はこれ以上の批判を手控えるつもりなので、あえて追求しませんが、さっさと叩きつぶしてしまった方が後腐れなくさっぱりするのかも知れません。
 あるいは、ぼくのこのような主張を知りながら「SF作家クラブに入って、内部から改革するべきではないのか」と言ってくれる友人もいます。現状でも根回しを十分にして、強力な推薦者の指示を得られれば入れるだろうとは思いますが、いかんせん悪趣味にすぎましょう。

 ****氏への疑惑については、これ以上の言及を控えます。ぼくも以前と同じ主張を繰り返す事になりますし、梅原さんも受け入れないでしょう。議論が循環するだけです。
 もっとも、SF大賞については早川が徳間の賞を、しかも早川から出版のない作家を賞賛するとは思えませんが、それだけは指摘させてください。

・柴野先生との件については納得しました。
 いままで四〇年以上もSFというジャンルの中でやってきた方です。いま、急にそれまであったパラダイムがシフトしようとしているのに耐えられないのでしょう。
 また、SFイデア主義者の読者青山としては柴野先生の主張も判る気がします。仮に神林長平をSFというジャンルの中に置くとしたら、梅原克文をどこに置くか? ミステリなのか、冒険小説なのか、ホラーなのか(サイファイという認識が無い現在では)やはりSFに分類せざるを得ないでしょう。
 分類における形式主義が確立していない今、イデアによらざるを得ないのは仕方無いことです。むろん、それでよしとするつもりはありません。

・新人賞について。
 これ以前も書いたかも知れませんが、現在のSFの低調はSFと冠する新人賞がなかったからではないか、という説を聞いたことがあり、ぼくはまあ、原因の一つとして信じています。そうした観点からするとSF新人賞の新設は歓迎すべきですが、やるんだったらSFアドベンチャー創刊時にやるべきだったでしょうね。
 風評ですが、徳間書店はホラー大賞のような展開を狙っているそうです。
 たとえばパラサイトイブはホラー大賞を受賞してすぐにベストセラーになりました。徳間もSF新人賞に対して同様の売れ方を期待しているようです。きわめてまっとうな戦略です。ですが、小松左京委員長は置くとして、大原まり子、神林長平、小谷真理、山田正紀、笠井潔の各氏が選考委員ですから、どのような結果がでるか、様々な意味合いで興味があります。

 スペースオペラ新人賞についても提案と言うことであれば納得がいきます。
 新人賞より大賞の方が好ましいでしょうね。スペースオペラを受け入れるYA系の新人賞は無数にありますが、大賞に類するものはなく、また、それらが一般の賞を受賞するのも考えがたいですからね。
 ただ、こうした賞の展開ですとか、新人の育成を考えた場合、SF作家クラブ以外に頼れる団体が無いというのも事実です。賞などの場合、事実上出版社がスポンサーとなっている場合でも何らかの団体がバックについておりSFやスペースオペラの場合、SF作家クラブ以外あり得ず、歯がゆくて仕方ありません。もっとも、歯がゆがる必要もないのかもしれませんが。

 SF作家クラブについて【SF作家クラブ批判。これ以上追求するつもりはないので二〇〇字削除】

 インターネットについては、なにも好きこのんでSFのページを覗く必要もないかとは思います。無数にチャンネルのあるテレビのようなもので、見たくないページを開なければよいだけです。別に無ければないでどうにか成るものですが、電子メールを含め仕事にも使えるので強く推します。

 手紙の往復も十回以上に達し、話題が煮詰まってきたようなので、ここまで進めてきた議論について青山の観点で重要と思われる点を整理してみようと思います。

・SFというジャンルの滅亡について。
 SFが販売促進のためのレッテルとして、役に立たないと言う主張。これについては全くの同意見です。いくつかの出版社では内容的にはSFでありながら、まったく別の呼び方をしているなど枚挙にいとまがありません。この部分については全くの同意見で反論も異論もありません。

・SF滅亡の理由について。
 SFが売れない、いわゆるSF冬の時代について、様々な要因が絡み合っていますが、第一に挙げられるのが、最初に全体的な出版不況でしょう。出版界全体、特に文芸の世界を見渡しても確かにベストセラーは存在しますが、それ以外の作品が売れないと言う状況は否定できません。
 そして、全般が底冷えしている中でもSFが特に売れない、という状況が見られます。
 様々な要因が考えられます。

 SFを冠する新人賞がなかった。
 SFを主要商品とする出版社の怠慢。
 SF関係団体のミス。
 ジャンル内で有力な作家がでなかった。

 青山はこれらの様々な要因が絡み合ってSFの冬を作り出していると判断しています。

 そして、我々、創作者にとってなによりも重要なのはこの環境下でどのような方針を取るか、です。
 一つ一つの作品の質を上げるのは当然として、SFが売れなくなった理由を分析して、二の轍を踏まないようなジャンルを立ち上げる、と言うのが梅原さんの主張でした。

・サイファイ/サイフィクトという提案について
「現実的で日常的な舞台設定から物語の幕が開いて、徐々に超科学・超自然の世界へ、客をいざなっていくストーリー・パターン」(サイファイ/サイフィクト)と、「メタ言語的な作品」「スペースオペラ」と分離してしまうと言うのが、その骨子だと思います。
 この項、特にサイファイ/サイフィクトの分類はぼくにとって非常に有意義でありました。
 営業戦略的なものは別にしても自分の中で一つの規範(物語の遠さ、という基準)を作ることができたからです。

 一方、サイファイ/サイフィクトの立ち上げについては、同意する物の現在の所それなりに消極的です。というのも、
1.実際に動き出すのはかなり先になるでしょうし、
2.そんな未来に青山自身がSF的な傾向を持つ作品を書いているか、不明
3.現状に置いても戦記の注文がほとんど
 という理由のためです。

 もっとも、梅原さんが強力に推進しようと言うのなら協力は惜しみませんし、売れそうなジャンルが生まれ、青山の資質と合うのであればすぐにでも尻馬でも何でも乗ってしまいます。

 一方、スペースオペラの経営方針について、スペースオペラはそれほど隆盛を誇っているわけではない、という某氏からの指摘をいただきました。青山は現在ではYAの熱心な読者ではないので、これに対して再反論可能な論拠もなく、また、将来的にスペースオペラプロパーでやって行くつもりもないので(もちろん、注文があれば書きますが)、異論を呈するつもりもありません。
 そのような視点もあり、結局は自分から離れた場所の出来事であると受け取っています。

・ファンとの関係。
 一方、梅原さんと青山で意見の一致をなかなか見ないのが、いわゆるSFファンに対する態度です。
 梅原氏は徹底してSFファン、オタクと対決する姿勢をとり、この青山は重視する必要はない、という立場から動きません。
 梅原さんはオタク文化がはびこることによって商売としてのSFがダメになってきたと受け取り、青山はオタクとはあまり関わりあいのない場所に「SF冬の時代」の原因があると考えています。

 もっとも、物書きが二人いれば、多少の意見の相違があるのは、当然のことであり、かつオタクを重要視する必要がないと言う部分では一致していますが。

・SF作家クラブについて。【前述の理由により削除】

・梅原理論について
 引用:つまり、ハードウエア=脳は保守的な代物です。だから、ソフトウエア=文化も保守的な大衆娯楽路線であることによってのみ繁栄できるのです。ゆえに、実験小説を指して現代SFだ、などと主張するのは自滅への道だったのです。

 大筋に置いては同意します。
 現在のSFが新しい感覚を追いすぎたために妙なことになっているのは紛れもない事実だからです。
 一方、SFか否かを問わず、今日において明らかに優れた文芸作品も生まれています。たとえば、同一ジャンルとして源氏物語と現代の恋愛小説を比較するというのも可能でしょう。どちらが優れているか、などという議論は無意味だとしても、後世に発見、付け加えられた技術的進歩があるわけで、これらまで否定するつもりはありません。
 新しい刺激を求めるのは結構だが、やりすぎてはまずい、と言うところでしょうか。

 最後にもう一度インターネットについて。
【掟破り的な勧誘をしているため削除(^^;)】

 「カムナビ」贈呈していただけるとのこと。ありがとうございます。ぼくのほうも梅原さんに贈れるような著書があればいいのですが……架空戦記、読みます?

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