|top|挨拶|map|梅原氏|梅原氏|自分本|引出し|おもちゃ|忘れたい|掲示板|ワープ||料理|


 大森望氏への抗議文3

Page bottom 
 前件についで手紙が届いた。ここに公開する  この件について、大森氏が自分の意見を氏の掲示板「新・大森なんでも伝言板」(旧ログ)で述べている。
 また、関連の発言が「新・大森なんでも言板」に追加された。
 また、以下の文章に対する大森氏の意見が「http://rental1.virtualave.net/dengon0029.html#dengon20000428151133」にある。

 青山 智樹 様
2000・4・21


 前略
(今回の手紙のコピーも、大森望氏にも郵送します。別々に二通、作成するのが面倒なので)
(大森氏には伝言を依頼します。今回の手紙の内容も、鏡明氏や、香山二三郎氏にお伝えいただきたい)

 まず、青山氏へ、お礼を。
 大森氏の掲示板に載った、大森氏の発言のハードコピーを郵送してくれて、ありがとうございました。

***********************************
 大森氏の発言を読んだら、うざったい屁理屈を並べているだけでしたね。
 しかし、以下の大森氏の発言には注目しました。

【「SF作家と呼ばれたくない人」をあえてSF作家と呼ぶことはしてないつもりで、それに関しては作者の意向をある程度、尊重してます。】

 これは大森氏の敗北宣言です!
 私は、そう受け取りました!
 これで、この抗議事件は終わりました。
 インターネット・ユーザーの皆様も、そう承知してください。
 「大森望氏は敗北を認めた」と。
 すっきり決着がついて、私も気持ちがいいです。

***********************************
 その他の大森氏の発言内容は、どれもこれも私がとっくに論破してしまったことです。それを屁理屈で押し通そうとしているだけです。
 放っておいてもいいのですが、一応、Q&Aをやっておきましょう。

***********************************
大森:SFと呼ばれたくないのならSFを書かなきゃいいのに。

梅原:
(1)
 自分たちの過失責任を棚に上げて、何をほざくか!
 最大の問題点は、SF関係者たちのいいかげんな言葉の使い方にあるのだ。彼らは「大衆娯楽小説」もSFと呼び、「超メタ言語的な小説」もSFと呼ぶのだ。
 (注釈。「超メタ言語的な小説」=「あまりにも現実味がなさすぎる小説」。梅原の造語)

 何という大混乱だろうか! こんなことをしているから、活字小説の読者は「SF」のラベルを見ると、顔を背けるようになったのだ。
 以前にも書いたが、「コーラ」にも「SF」、「しょうゆ」にも「SF」というラベルを張って店頭に並べたら、どうなるか?
 いずれ、「コーラ」とまちがえて「しょうゆ」を、がぶ飲みする客が現れるのだ。当然、客は嘔吐する。以後、客たちは「SF」と書かれた商品を、二度と手に取らなくなるのだ。

 要するに商品の品質管理を、まったくやっていなかったのだ。無能だと言われても、抗弁のしようがないのだ。

 こうして「SF」は自ら信用を落としたのだ。また、こんな形で信用を失ったら、回復することは不可能だ。これが世間の厳しさ、大衆市場の厳しさだ。

 私は、この現状を見て、「SFは滅んだ、復活はない」と見た。
 私が「SF作家」と呼ばれたくないのは、もはや「SF」は死語で、客が本を手に取ってくれないからだ。
 この場合は、「KARATE」や「KICK-BOXING」をやめて、「K1」を立ち上げた石井和義氏(空手団体・正道会館館長)を見習うことが、ビジネスマンとして正しい道なのだ。

(2)
 「シニフィアン、記号表現」と「シニフィエ、記号内容」とを結ぶ「コード、一対一の対応関係」を守ることが、コミュニケーションの第一歩である。
 SF関係者は、それが理解できなかったバカどもだ。

 では、なぜ、それが理解できないのか?
 SF関係者たちが「二四〇〇年も時代遅れのイデア主義者・プラトン主義者」だからだ。
 彼らは、ある作品が「大衆娯楽小説」であれ、「超メタ言語的な小説」であれ、彼ら流儀の「SFイデア的価値観」にフィットする場合は、「SF」と呼びたがるのだ。
 逆に、どれだけ「SF的な小道具・SF的な設定」が出てきても、彼ら流儀の「SFイデア的価値観」にフィットしない場合は、「SFマインドを感じない」などという言い方をして、その作品を「SFではない」と言いたがる。

 たとえば映画「未知との遭遇」や、作家・高橋克彦氏の「総門谷」のような小説は、いずれも大衆受けして、ヒットした作品である。これらはデファクトスタンダード(事実上の業界標準)になったのだ。
 これらの作品は、登場する小道具や設定を見て、形式的に分類するならば、「SF」と呼んでもまちがいではないだろう。
 だが、SF関係者は、「未知との遭遇」や、「総門谷」は、「SFではない」と言いたがるのだ。

 このように大衆と、SF関係者とでは、まったく判断基準が違っているのだ。
 前者は「形式」、後者は「形式を超越したイデア」が基準なのだ。

 では、「神林長平や、大原まり子たち」の作品は、どうか?
 私に言わせれば、「神林長平や、大原まり子たち」の作品は「超メタ言語的な小説」である。断じて「大衆娯楽小説」ではない。
 なのに、SF関係者は、「神林長平や、大原まり子たち」を「SFの新旗手」などと絶賛するのだ。SFイデア的な価値を嗅ぎ取って、喜ぶのだ。

 ところが、「神林長平や、大原まり子」が登場した一九八〇年前後の時期から、現在までの二〇年間を見るがいい。大衆読者が活字SFを嫌うようになった時期と、完全に重なっているのだ!
 したがって、マーケティング・リサーチ(市場調査)の結果は明白である。
 大衆読者は「神林長平や、大原まり子」を嫌ったのだし、「超メタ言語的な小説」を嫌ったのだ。
 反論の余地はない!

 ここでも大衆と、SF関係者とでは、まったく判断基準が違っていることが、わかる。
 前者は「超メタ言語的な小説」を嫌い、後者はそれを好むのだ。

(3)
 形式で分類する「一般人」。
 形式を超越したイデア的な価値があるという、特殊でスコラ的な感性で分類する「SF関係者」。

 両者は基準が異なりすぎていて、コミニュケーションが取れないのだ。この事実は、完全に分析済みである。

***********************************
 以上の主張は、すでに私が言ってきたことの繰り返しですので、ここらで切り上げます。

 眼力のある方は、すでに以下の事実を見破っているでしょう。
 正確に言えば、私は「SF」を嫌っているのではありません。
 私は「神林長平や、大原まり子たち」を嫌っているのです!!

 私の作品を読めばピンとくるはずです。私は小松左京先生、半村良先生、平井和正先生、田中光二先生、山田正紀先生らの大ファンなのです。
 逆に私が嫌うのは、「超メタ言語的な小説」なのです。商売の邪魔にもなるからです。

 ところが、大森望氏らは、「梅原克文が、神林長平や大原まり子を嫌っている」という話題や、「超メタ言語的な小説」の話題や、「デファクトスタンダード」の話題から、論点をずらそうとして、詭弁と屁理屈をこね回すのです。
 これらの話題に、絶対に触れようとしない卑怯者です。

************************************
 さて、そろそろ私も、自分の作品に「サイファイ」のラベルを銘打つつもりです。しかし、これ自体に大した影響力はないでしょうね。

 私は、「サイファイ」を短期間で定着させるつもりはありません。そんなことは不可能ですしね。
 今の私は、二五才以下の作家予備軍にタネを蒔いているところです。このタネが一〇年後か二〇年後に花を咲かせるのを、じっと待つ戦略なのです。

 私は、「SF」の内政には干渉しません。
 しかし、「サイファイとSFとは違うぞ」という主張は適時、発表します。それを言わないと、作家予備軍の青少年たちがかわいそうだからです。
 SF関係者たちが垂れ流す屁理屈だけが青少年の目に触れて、それとは逆の意見が存在しないとなると、またまた、だまされてしまう被害者が出るでしょう。
 かっての私のように。

 繰り返しますが、私はSF関係者と論争する振りをして、作家予備軍の青少年たちに、これをディベート・ショー番組として見せて、教育材料にしているのです。つまり、次世代の人材育成をやることが、より肝要なのです。この効果は、二〇年後にわかるでしょう。

 若い作家予備軍が「現実とイデアの違い」を理解してくれたら、「大衆娯楽小説と、超メタ言語的な小説との違い」も理解できるのです。
 そうなれば若い作家予備軍は、こう思うでしょう。
 「超メタ言語的な小説や、大衆受けしない小説を書いて、少数のマニア読者から支持されたところで無駄骨だ。本は売れないし、金にもならない。その上、梅原克文先生からは、二四〇〇年も時代遅れのイデア主義者だ、と名指しでバカにされ続けるだろう。絶対にかっこわるい」と。
 若い作家予備軍に、これを理解させることこそ、最重要な課題なのです。

 以上が、私の「二〇年教育計画」です。
 「サイファイ構想」は、教育材料のおまけに過ぎません。

************************************
 最後に、大森氏に言っておきましょう。

 貴殿には、「サイファイ」の経営に口出しする権利も、助言する権利もない!
 貴殿たちは、「SF」の経営に失敗したではないか!
 そんな無能な連中に、他人に助言する資格などない!
 大赤字を出した人間が、偉そうな口を叩くな!
 思い上がるのもいいかげんにしろ!

 では、また。
草々    

梅原克文



Page top 
|top|挨拶|map|梅原氏|梅原氏|自分本|引出し|おもちゃ|忘れたい|掲示板|ワープ||料理|