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 大森望氏への抗議文2

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 前件についで手紙が届いた。ここに公開する  この件について、大森氏が自分の意見を氏の掲示板「新・大森なんでも伝言板」(旧ログ)で述べている。
 また、関連の発言が「新・大森なんでも言板」に追加された。


 青山 智樹 様
2000・4・10


 前略
(今回の手紙のコピーは、大森望氏にも郵送します。別々に二通、作成するのが面倒なので)
(大森氏には伝言を依頼します。今回の手紙の内容も、鏡明氏や、香山二三郎氏にお伝えいただきたい)

 私の抗議文を公開してもらい、青山氏には「ご苦労様」とお礼を申しあげます。

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 大森望氏の主張を手紙で知らせてもらいましたが、呆れました。
・「SFと言う分野が売れれば、SF評論家としての地位も上がるので、あれもSF、これもSF、という戦略を取っている」とか。

 大森掲示板で見られる大森氏の見解と梅原氏には若干の相違があるように見受けられる。
 これは青山が梅原氏に対して「手紙を掲載した」と短い手紙を書いた中で付け加えた一文を梅原氏がかように受け取ったためであり、責任の一旦は青山にある。ご迷惑をかけた諸氏には謝罪いたします。同様の主張を以前、大森氏より口頭で聞いており大森→青山→梅原と伝言ゲームの結果、こうなったものであろう。
 大森氏の正確な発言は「新・大森なんでも伝言板」にあるのでぜひ参照していただきたい。


 私は、こう書いたのです。「SF呼ばわりは商売の邪魔で、営業妨害だから、やめていただきたい」と。
 ところが、この抗議内容に、大森氏はイエスともノーとも言わないとは!
 しかし、イエスと言わない以上、私はノーの返事だと受け取りました。

 すでに警告は出しました。
 今後、雑誌記事などに「梅原克文=SF作家」の文脈が登場して、「これは悪質だ。知っていて、知らない振りを続けている」と判断できるようなら、私は弁護士に相談します。
 そして弁護士に手紙を書いてもらいます。「訴訟を起こす予定なので、貴殿らも被告人として受けて立つ準備をするべきだ」という手紙です。
 大森望氏らだけでなく、その雑誌を出版した出版社社長らも共同責任者と見なし、彼らにも手紙を送って、訴訟の被告人として指定します。
 要求はただ一つ、「SF作家と呼ばれると本が売れなくなるから、やめろ!」です。

 細かく言うなら、「ソリトンの悪魔」を発表した95年や、その翌年96年頃は、私も「SFの復活」を望んでいました。これは認めます。
 しかし、97年から、私は考えが変わりました。
 「SFのラベルは商売の邪魔だし、SFの復活はありえない」と結論したのです。
 理由は、「SF関係者は無能だと見破ったから」です。
 梅原克文は「無能な連中と縁を切りたい」のです。

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 たとえば今のSF関係者や、その周辺の関係者たちを見ると、「梅原克文のことは一切無視する」という雰囲気があります。
 私も、その態度を歓迎します。「サイファイ」と「SF」は別々のジャンルなのですから、お互いに口出しするべきではないのです。
 SF関係者が「梅原克文を黙殺する」のなら、私も喜んで「SF関係者を黙殺する」でしょう。
 ついに「サイファイ」と「SF」の離婚が成立するのです! これこそが双方にとって望ましい解決方法でしょう。

 ところが、大森望氏や鏡明氏は、依然として「梅原克文=SF作家」の文脈を続けるのです。
 いったい何を考えているのでしょうか?
 梅原は、「SF関係者はバカの集まりだ」と言っているのですよ。ここまでコケにされているのに、大森氏らは梅原に反論するわけでもなく、無視するわけでもなく、「梅原もSFの一員だ」と言い続けるのです。
 自分がバカにされていることにも気づかないぐらい、大森氏らは頭が悪いのでしょうか?

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 さて、「サイファイ戦略」の今後について、少し説明しておきましょう。

 今後は、雑誌記事のライターたちが「梅原克文=サイファイ作家」という文脈で、文章を書くケースが増えるでしょう。その中には、「サイファイ構想」に批判的な記事もあるでしょう。
 しかし、それらは、基本的には放置しておくつもりです。私としては、「梅原克文=サイファイ作家」という文脈が雑誌記事に登場するだけで、OKとします。今はとにかく「サイファイ」の知名度を上げたいからです。

 例外があるとすれば、有名な小説家などが、「サイファイ構想」を批判した時などでしょう。その場合は営業妨害などで訴訟を起こし、相手の有名作家を法廷の被告席に座らせて、野次馬たちを楽しませてあげます。「サイファイ」の知名度も上がりますからね。
 ただ、そうした例外をのぞけば、私は「梅原克文=サイファイ作家」という文脈だけを歓迎します。細かいことは放っておきます。

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 なお、現在までに出てきた「サイファイ構想」への批判論は、こんな感じです。
 「サイファイ構想は、ディーン・クーンツの八〇年代の作品をお手本にするだけであり、文学的に見れば次元の低い構想である」

 私は、こう答えます。
 「サイファイ構想は次元が低い」なんて詭弁であり、論点のすり替えです。
 私の主張の要旨は、こうなのです。
 「大衆娯楽小説の作家と、超メタ言語的小説の作家とは離婚した方がいいのだ。この離婚のためには、どうしてもSFとは異なった新ラベルが要る。新ラベルを名乗ることで、離婚が完全に成立するからだ。
 以上の主張に対して、イエスかノーで答えなさい。次に、その理由を説明しなさい。
 議論とは、こういったキャッチ・ボールである」と。

 これで、おわかりでしょう。「サイファイ構想は次元が低い」なんて言い方は、議論から逃げているだけで、卑怯な詭弁です。
 梅原の主張に対して、イエスともノーとも言っていません。それどころか、梅原の主張とは、何の関係もない議論にすり替えようとしているだけです。

 では、なぜ、こんな詭弁を言わずにはいられないのか。その心理状態も分析しておきましょう。
 要するに、梅原の主張に対して、イエスであれ、ノーであれ、それを言ってしまうと、自分の言葉に重い責任が生じてしまいます。その責任を背負いたくないのです。
 そこで、「自分はイエスもノーも超越しているのだ。より次元の高い立場から、次元の低い梅原克文を見下ろしているのだ」といったポーズを取りたいわけです。実際には議論から逃げているし、自分の立場を表明する責任からも逃げているのですが、それはごまかせると思っているのでしょう。
 ところが、梅原克文は、こういう詭弁にはだまされないのです。

 「大衆娯楽小説の作家と、超メタ言語的小説の作家とは離婚するべきか、否か。離婚するためには、SFとは異なった新ラベルが必要か、否か」
 これらの問いには、イエスかノーで答えるしかないのです。
 答えられない人は、「次元が高い」のではなく、「単なる卑怯者」です。』

 これで、わかる人には、わかるはずです。
 前述した理由もあるので、この反論をマスコミ・メディアに載せるつもりはありません。ここだけの話にしておきます。

【雑談に付き、略】

 では、また。
草々
梅原克文




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