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梅原氏からの手紙11月26日

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 青山 智樹 様
1999・11・26

 前略
 さて、私は論争終了の宣言を出しました。
 ところが、まだ私に喧嘩を売る文筆業者がいたのですね。
 大倉貴之氏です。
 SFマガジン二〇〇〇年1月号の書評欄です。
 要するに、大倉貴之氏の論旨はこうでした。
 「梅原の『カムナビ』は、SFとしてはアンフェアーな作品である。梅原にはさらなるSF小説技術のブラッシュアップ(向上の意味でしょう)が望まれる」と。

 もういいかげん説明するのも飽きたのですが、一応、書いておきましょう。
 梅原克文の作品は「SF」ではないのです!
 「サイファイ、SCI-FI」です!!
 「サイファイ」については、すでに青山氏のホームページを通じて、その構想を発表しましたが、「商売第一の経営方針」であり、「SFもどき娯楽作品も意図的に歓迎するジャンル」なのです。
 そこのところを、大倉氏はわかっていないか、もしくはわからない振りをしているのでしょう。

 つまり、大倉氏は、こういう言い方をしているわけです。
 「梅原克文は、SF小説技術がわかっておらず、その点が未熟であり、結果的にSFとしては疑問の残る作品しか書けなかった」と。

 今まで梅原克文の主張を読み、理解した人ならば、この大倉氏の言い方は、まったく見当外れであると、わかるでしょうね。
 それに、こんな評論文に、この私がビビルとでも思っているのでしょうか?

 ちゃんと説明しましょう。
 私は、「結果的に、SFとしてはアンフェアーな作品を書いてしまった」のではないのです。
 私は「わざと、SFとしてアンフェアーな作品を書いた」のです。
 つまり、「SFとしてはアンフェアーな方向性でも構うことはない! むしろ、そっちを目指した方が金儲けできる!」と目星がついたからです。

 ちなみに「カムナビ」は四六版ハードカバーで発売後、6週間で第5版になり、上巻が4万部、下巻が2万9000部。
 合計6万9000部です。
 売れているのです!
 SFとしてはアンフェアーな作品なのに!

 また、「週刊ポスト」の99年11月12日号のバックナンバーもチェックして欲しいですね。
 「カムナビ」が「今週のベストセラー1位」に輝いています!
 ちなみに「週刊ポスト」のランキングは、ビジネス街の大手書店6店の売り上げを合計したものだそうです。
 売れているのです!
 SFとしてはアンフェアーな作品なのに!

 また、私は「いわゆるSF評論家の言うことは一切、信用しない」とも宣言しています。
 「SF評論家こそが、活字SF氷河期の原因である」と見破ったからです。
 つまり、こうです。
 「SFマガジンなどに載るSF評論家の評価基準を、SF作家たちが気にしすぎたのがいけなかったのだ。作家たちがそれにマインド・コントロールされて、SFとしてフェアーな作品を目指そうとしたのだが、その結果、売れないSF小説ばかりが出来上がり、活字SF氷河期を招いた」と。

 実は「SFとしてフェアーか、アンフェアーか」ということと、「大衆受けを狙って、金儲けできるか否か」は何の関係もなかったのです!
 それどころか、「SFとしてフェアーか否か」を気にしすぎると、逆に「金儲けには全然つながらないケース」まであるのです。

 ゆえに、私は「SFとは別ジャンルの、サイファイを立ち上げる」と主張しているのです。
 「サイファイ」は、「SFとしてはアンフェアーな作品でも、黒字を稼いでくれるのならOKという方針」なのです。

 この点について、もう少し説明を追加しましょう。

 「サイファイ構想」の3章にも書きましたが、やはり映画「未知との遭遇」こそが、時代の流れのターニング・ポイントだったと思います。
 あの時点で、「SF」とは別ジャンルの「サイファイ」が初めて明確な形を持って、姿を現したのだ、と思います。
 何しろ日米の旧SF関係者が口をそろえて、「こんなものはSFではない!」と言った作品なのです。
 その上、監督のスピルバーグ自身も「これはSFではない。ノンジャンル・アドベンチャーだ」と主張した作品なのです。
 そんな「未知との遭遇」が全世界で大ヒットしてしまったのです。
 すなわち、スピルバーグの天才性が勝利し、SFが敗北したのです!

 今、振り返って見れば、あの時点で大衆娯楽市場が「SF」という定義基準を見捨てたことは明らかです! このことに議論の余地はありません!
 「未知との遭遇」が大ヒットした1977年(かな?)を、後世の人々は「サイファイ元年」と呼ぶのかもしれません。
 これは決して無責任な空想ではなく、「二一世紀以降は、そうなる可能性が高い」と私は思っています。

 さらに詳しく説明しましょう。
 旧来なら、以下のようなケースは度々あったのです。
 「SFに無知な人が、SF映画を作ろうとして、結果的に『勘違いSFもどき作品』を作ってしまったケース。当然そんな作品は、SF関係者やSFファンからは不評だったし、大衆にも受けなかったために、駄作として葬られてしまったケース」

 ですから、旧SF関係者は、「未知との遭遇」も、こうした旧来のパラダイムで判断し、評価してしまったのです。
(注釈。パラダイム=考え方の基本的な枠組み)
 つまり、旧SF関係者たちは、「未知との遭遇」も「勘違いSFもどき作品」であり、「駄作」である、と思い込んだのです。
 そして現在の旧SF関係者たちを見ると、今もなお、そのパラダイムを改めていませんね。

 しかし、事実は違っていました。
 スピルバーグは、「勘違いSFもどき作品」を結果的に作ってしまったのではありません。
 「非SFのノンジャンル・アドベンチャー」を意図的に作ったのです!
 このことは当人のインタビューを読めば、明らかです。しかも、「これで大ヒットを狙える」と、彼は天才の直感で見抜いていたのです。そして、そのとおりになりました。
 つまり、「未知との遭遇」は「勘違いSFもどき映画」などではなく、「元祖サイファイ映画」として、歴史の一ページに刻まれるのにふさわしい作品だったのです。
 同時に、「旧SF関係者」に対して「君たちは不要だ」と解雇状を突きつけた作品でもありました。
 すなわち、「未知との遭遇」の大ヒットこそが、SFの歴史を終わらせてしまったのです!!
 このように、パラダイムが変わってしまったのです!!
 パラダイム・シフトです!

 さて、私はスピルバーグのような天才ではなく、凡人に過ぎません。
 ですから、こうしたパラダイム・シフトに気づくまで、かなり時間がかかりました。スピルバーグに比べると、私は十年から十五年ぐらいは遅れていたわけです。
 また、こうも言えます。
 スピルバーグは天才ですから、自分の直感の正しさを、本人はわかっていたのでしょう。しかし、その正しさを理論的に説明することは、彼にはできなかったようです。
 そこで、私のような凡人の出番となるわけです。つまり、データをすべて並べてみて、そこからパラダイム・シフトを読みとったというわけです。

 さて、以上の梅原克文の見解に、大倉貴之氏はどう答えるのでしょうか?
 それとも言いっぱなしで、後は無責任に逃げ回るだけですか?
 だとしたら、梅原克文は大倉氏を軽蔑します。
 今後、私は大倉氏の主張を一切、無視して、「サイファイ小説」を書き続けます。
 大倉氏は「商売のイロハもわからない未熟なガキ」です。そんなガキの言い分を、大人の私が真剣に聞くわけがないでしょう。「金儲け」に結びつかないのですから。

 もし大倉氏が梅原との論争をお望みなら、SFマガジン誌上にそのためのページを用意して欲しいですね。もっとも、あの雑誌の「北朝鮮的な性格」を考えると、ありえないでしょうけれど。
 どうせ、また言いっぱなしで逃げ回る魂胆でしょうね。
 今までの例を見ても、旧SF関係者ときたら、私が反論すると沈黙しましたからね。

 では、また。
草々


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