|top|挨拶|map|梅原氏|梅原氏|自分本|引出し|おもちゃ|忘れたい|掲示板|ワープ||料理|

梅原氏からの手紙十二月九日

Page bottom 

 青山 智樹 様
1998・12・9


 前略
 ホームページのハードコピーを郵送してくださり、ありがとうございます。

 我々の主張に「考えさせられます」と言ってくださった、43才の山中一弘氏の電子メールも読みました。
 山中氏にも、「ご意見、ありがとうございます」とお礼を申し上げます。
 氏の言うとおり、SFマガジン及び早川書房の責任も、糾弾しなければならないのです。

 私の主張の一部を、青山氏が自主規制で削除するのはOKです。青山氏が運営するホームページですから、青山氏の判断に任せます。

 前述したように、手紙のやり取りは一度、休止するつもりでした。
 何しろ、本業の小説執筆が遅れに遅れていますから。

 進捗報告しておきます。
 次回作「カムナビ」は1900枚から2000枚の分量になります。
 現在、前半の第一部はゲラ刷りすることが決定。後半の第二部は、約1000枚中400枚ほどを改稿しました。
(知らない方のために注釈。ゲラ刷りとは、印刷所での試し刷りです)

 しかし、言い足りないこともあるので、少し補足しましよう。
 まず、SF関係者を覆っている「空気」が問題だったのです。あそこには、言いたいことが言えない、という「空気」があるのです。「言論の自由」がない世界なのです。
 つまり、それを言うと、「SF関係者の長老世代や中堅世代のメンツが丸つぶれになるから」という壁に突き当たり、何も言えなくなるといった「空気」があります。
 活字SF氷河期の正体は、この「空気」なのです。
 誰かが「憎まれ役」を引き受けて、言いたいことを言い、「言論の自由」を取り戻さねばなりません。
 そして、それができるのは、「日本SF作家クラブには入らない!」と明言している私や、青山氏ということになりますね。

 何しろ活字サイエンス・フィクションが事実上、滅んだのです。我々の職業領域がブランドとして成立していないのです。これは、我々の収入がかかっている大問題です。
 はっきり言いましょう。
「ジジイどものメンツよりも、おれたち若い世代の収入アップの方が、大事に決まってるだろうが! この不況下に、いつまで寝ぼけてやがる!」
 もちろん過激すぎる部分は、少し自主規制も必要でしょうが(笑)。

 ところで、最新情報を入手しました。
 今度の日本SF大賞は、大賞が瀬名秀明氏で、特別賞が井上雅彦氏だそうです。
 これは、宮部みゆき氏へSF大賞を授与したことに続く「現実路線」であり、これ自体は「高く評価するべき姿勢」です。
 かって私は、「日本SF作家クラブ」を「出版業界の北朝鮮!」と罵倒してやりましたが、今は「出版業界のキューバ」ぐらいに格上げしてあげましょう。
(この「出版業界の北朝鮮!」は削除しなくてもOK。宝島社「このミステリーがすごい/傑作選」で、すでに活字になっていますから)
 しかし、これも、トータルな視点から言えば「問題の解決にはならない」のです。

 再度、説明しましょう。
 過去、自称SF関係者は奇々怪々なことをやってきました。「大衆娯楽小説」も「SF」と呼び、「超メタ言語的な小説」も「SF」と呼んだのです。
 これは「混乱」を生んだだけでした。
 実は大衆読者は、こうした「混乱」を嫌ったのです。
 つまり、「SF」と銘打った本を買っても、それが「大衆娯楽小説」であるという保証がないからです。それは「超メタ言語的な小説」かもしれないのです。
 そして、ほとんどの大衆読者は「超メタ言語的な小説」など読みたくないのです。
 この「混乱」ゆえに、大衆読者は「SF=信用できない」と見なすようになったのです。

 ここで、「超メタ言語的な小説」について補足しましょう。
 単純に言えば、こう定義できます。
 「あまりにも現実味がなさすぎる小説全般を指す言葉」と。

 さて現在、宮部氏個人の作品や、瀬名氏個人の作品や、井上氏の「異形コレクション・シリーズ」ならば、大衆読者からも信用されていますね。
 そこで、ブランド化している彼らに、「日本SF大賞」というトロフィーを授与すれば、「SF」の信用度もアップするような気がしますよね。
 ところが、そうはならないのです!
 なぜなら、「SFマガジン」などを読んだり、「本の雑誌」に載っている自称SF評論家(大森望、鏡明、高橋良平など)の文章を読むと、依然として「超メタ言語的な小説」も「SF」と呼んでいるからです! 相変わらず、彼らは「超メタ言語的な小説」に「この世の価値を越えたイデア」を見いだしているのです。
【この点について、ぼくは若干、梅原氏と意見を異にする。後にアップする返信にも述べてあるが「楽しい空想科学小説」を指す言葉がないのだ。そうした言葉を作らなかった評論家諸氏の努力不足と言うこともできるかもしれないが、無い言葉は使えない。また、イデアについてはぼくも強く感じる:青山記】
 もちろん、イデアの価値など存在しません。大衆が、そんなものを認めるはずもありません。それゆえ、「SF」の信頼度はアップしないのです。
 今の大衆読者の声を代弁すれば、こうでしょう。
 「SF? ああ。あの、わけのわからない、みみっちい小説ね。そんなもの要らないよ。買うなら宮部みゆきか、瀬名秀明か、異形コレクションにするよ」
 というわけで、大衆からの「SF」の信用度は、まったくアップしない、という結果が待っているだけなのです。
 SF関係者ときたら、こんな簡単なことにも気がつかないとは!

 やはり、小手先の技は通用しない、と言うことです。
 今、売れていてブランド化している人気作家に、「SF」のトロフィーを上げれば解決する、なんて甘い甘い。甘すぎる。
 一度、失った信用を回復するなど、ほとんど不可能です。それが「現実」です。
 やるのなら抜本的な解決しか、ありません。
 「SF」が完全に自滅するのを待ってから、新ブランド「サイファイ=大衆娯楽サイエンス・フィクション」を立ち上げ直さない限り、無駄でしょう。

 日本SF作家クラブと、日本SF大賞、SFマガジンなどは、今後も無駄な悪あがきを続けるでしょう。
 だったら、やらせておきましょう。
 あと二〇年経ったら、資本主義市場の掟にしたがい、すべて消えてなくなる運命ですから。
 我々は何もしなくていいのです。あと二〇年、待てばいいのです。

 それにしても、日本SF作家クラブに所属しているスペース・オペラ作家たちこそ、いい面の皮ですね。
 私はスペース・オペラ作家たちに、こう質問したいのです。
「SF作家クラブに会費を払う度に、虚しい気持ちにならないのですか?」
 この問いに、****氏や、****氏、****氏、****氏、****氏【実名表記のため伏字】などや、その他のスペース・オペラ作家たちは、どう答えるのでしょう?
 だって、スペース・オペラに、日本SF大賞が授与される可能性なんてゼロですよ! 今までの事例を見れば、そうだとわかります。どんなにスペース・オペラ作家が黒字を稼いでも、それをねぎらうトロフィーの授与はないのですよ!

 もし私がスペース・オペラ作家だったら、とっくの昔にSF作家クラブを脱会しているでしょう。そして日本スペース・オペラ連盟の発足に向けて、各方面に根回しを始めるでしょう。
 なぜ、そうするのかと言えば、「スペース・オペラ」は完全に独立したジャンルだからです。それ自体だけで商売になる「立派なブランド商品」だからです。
 なのに、どうしてスペース・オペラ作家たちは、「SFの中のサブ・ジャンル扱い」に甘んじているのでしょうか? 黒字を稼いだことに対してトロフィーの一つすらも与えてくれないような、情のないイデオロギー団体に、なぜ無駄な会費を払っているのでしょうか?
 やはり、スペース・オペラ作家たちもマインド・コントロールにかかっているとしか思えません。

 今回は、ここまでです。
 では、また。


Page top 
|top|挨拶|map|梅原氏|梅原氏|自分本|引出し|おもちゃ|忘れたい|掲示板|ワープ||料理|