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梅原氏からの手紙1998年10月01日

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 1998年10月1日  残梅雨お見舞い申し上げます。
 お元気のことと思います。
 こちらは9月後半になっても、まだ梅雨です。

 「SFを捨てて、SCI-FI、サイファイを立ち上げ直す私案」へのご賛同、ありがとうございます。
 その上で、もう一つ、私見を披露させてください。
 すなわち、
「SF、サイファイ、スペースオペラ。この三つは別々のジャンルである! だから、三者三様、別々に経営するべきである!」

 実際、私には不思議でならないのです。
 日本SF大賞は、過去にスペースオペラ的な作品を選んだことが、ほとんどありません。
 つまり、今まで日本SF大賞の選考委員たちを務めてきた連中は、いずれもスペースオペラをSFだとは認めない人々なのです。どんなにスペースオペラが黒字を稼いでも、その業績を無視したがる人々なのです。
 その傾向は、今後も変わらないでしょう。田中芳樹氏や、高千穂遙氏にトロフィーが与えられそうな雰囲気は、依然としてまったく感じられないからです。
 しかし、売り上げで出版業界に貢献してきたのは、田中芳樹氏、高千穂遙氏や、その他のスペースオペラ作家たちなのです。

 ならば、スペースオペラ作家たちは蜂起して、日本SF作家クラブに離縁状を叩きつけるべきです!
 そして、日本スペースオペラ連盟を結成し、日本スペースオペラ大賞を創立するべきです!
「おれたちは、おれたちだけで勝手にやっていく!」と言えば、いいのです。
 スペースオペラ作家たちは、なぜ、それをやらないのでしょうか?
 青山氏に提案します。
 私が郵送した前回と今回の手紙を、スペースオペラ関係の人々に是非、見せてください。そして意見を聞いてください。
 黒字を稼いできたスペースオペラ作家たちに、なぜトロフィーの一つすらも与えられないのか? 今後も与えられそうにないのは、なぜなのか?
 この不条理さに気づいて欲しいのです。

 では、私の提案する「サイファイ」とは何か?
 映画で言えば、「未知との遭遇」「ET」「アンドロメダ病原体」「スフィア」「ジュラシック・パーク」「インデペンデンス・ディ」「コンタクト」「ディープ・インパクト」「X−FILES」などです。
 これらの作品には、明白な特徴があります。
 つまり、「現実的で日常的な舞台設定から物語の幕が開いて、徐々に超科学・超自然の世界へ、客をいざなっていくストーリー・パターン」です。
 考えてみれば、ジュール・ヴェルヌと、H・G・ウエルズが創始した物語形式とは、これなのです。
 これを「サイエンス・フィクション」と呼び、「サイファイ」と呼ぶのが、形式分類に沿った正しい定義であり、現実的な経営方針なのです。

 一方、「キャプテン・フーチャー」「レンズマン」「スター・ウォーズ」「スター・トレック」「銀河英雄伝説」「ダーティー・ペア」などなどの作品は、どうでしょうか?
 「現実的な舞台設定から物語の幕が開いて、徐々に超科学・超自然の世界へ、客をいざなっていくストーリー・パターン」でしょうか?
 全然、形式が違いますね。
 これらは「スペースオペラ」なのです。
 だから、「スペースオペラ」というブランド名を自ら堂々と名乗るのが、形式分類に沿った正しい定義であり、現実的な経営方針なのです。

 ゆえに、「SF」「サイファイ」「スペースオペラ」の三つは、別々のジャンルなのです。

 さて、宮部みゆき氏への日本SF大賞の授与についてです。
 今となっては、どうでもいいことですが、私が大賛成した理由は、こうです。

 今は亡き星新一氏の才能を発見し、出版社に推薦し、プロデビューさせた恩人は誰だったのか? ミステリーの巨匠、故江戸川乱歩氏だったのです!
 そして星新一氏、小松左京氏、私という三人のSF作家は、江戸川乱歩氏らが創設された日本推理作家協会賞を賜りました。さらに、推理作家協会賞の評論部門を、SF評論で受賞した石川喬司氏も含めると、四人です。
 SF作家たちは、これだけ古くからミステリー関係者たちのお世話になっているのです。なのに、今までの日本SF作家クラブは、何という恩知らずな団体であったことか! 過去、日本SF作家クラブの連中は「ミステリー作家の書いたSF」というものに、いかに冷淡だったことか! 私は、そういう義憤にかられていました。
 それを考えると、宮部氏のSF大賞受賞はあまりにも遅すぎたのです!

 日本SF作家クラブは、本当に北朝鮮そっくりの団体です。彼らだけのイデオロギーが最優先されて、世間の情は切り捨てられてしまう、という点です。このバランス感覚の欠如が問題なのです。
 今回、宮部氏へSF大賞が授与された件について、私は一応、評価します。
 しかし、依然として、私は日本SF作家クラブが大嫌いなのです。今までが今までだから、あの団体は信用できないのです。現在ほとんどの出版社が「SF」の二文字を嫌がる状況も、彼らの不遜な態度が招いた自業自得なのです。イデオロギー信者やイデア信者は、自滅するという証拠です。
 私も、その悪影響のせいでプロデビューが遅れていたのです(詳細は省きます)。

 残念ながら、貴兄も、まだ「SFイデオロギー最優先」というマインド・コントロールにはまっておられるのでは?
 私に言わせれば、それは「二四〇〇年も時代遅れのイデア主義、プラトン主義」です。
「SFの約束の地」など、ないのです。あるのは、この世の資本主義社会だけであり、出版市場で生き延びるためのノウハウだけです。
 ミステリー関係者たちは、イデオロギーよりも、商売最優先で生きていることは明らかです。だからこそ、本来ならミステリーとは到底、呼べないはずの拙作「ソリトンの悪魔」にも、日本推理作家協会賞のタイトルを授与してくれたのでしょう。「商売になりそうだから」という理由で。
 ミステリー関係者の心の広さと、今までのSF関係者の心の狭さ。
 私は、どちらを信用するべきなのか?
 言うまでもありません!

 しかし、この賛成理由も、今の私にはどうでもいいことです。
 世間から信用されなくなった「SF」の二文字を立ち上げ直すなんて、もう不可能ですから。
 もっと狭義の形式分類的な「サイファイ」や「スペースオペラ」を立ち上げ直すことが、現実路線なのです。
 もちろん「サイファイ」を広義に解釈すれば、この中には「スペースオペラ」も含まれます。
 しかし、「SF」が自滅した例を、すでに我々は見てしまいました。
 「SF」があまりにも範囲を広げすぎてしまい、広義になりすぎたせいです。
 つまり、意味内容を細かく形式分類しなかったために、一般人の目には「SF」とは何なのか、さっぱりわからなくなったのです。
 とすれば、「サイファイ」と「スペースオペラ」は、別ジャンルであることが望ましいでしょう。「ミステリー」と「冒険小説」のような、いとこ同士の関係で、いいのではありませんか?
 つまり、狭義に形式分類することこそ、現実的な経営方針であり、ブランドの信頼性につながる、と私は考えているのです。

 貴兄の、さらなるご活躍をお祈りしております。
 では、いずれ、また。
          草々

 青山 智樹 様


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