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 彗星偵察隊出撃指令

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『彗星偵察隊出撃指令』

 トップページにも書きましたようにこの作品はコスモノベルから発行された「蒼穹の覇者」の直接の続編です。「蒼穹の覇者」が青山的には「司偵編」と呼ばれていたのに対して、こちらは「彗星編」となっています。
 構想としてはこの後に「彩雲編」が存在していますが、実現するかどうかは売れ行き次第です。

序章「どこにも存在しない部隊」
第一章「歌を忘れたカナリア」
第二章「逆転のミッドウェイ海戦」
第三章「あの世に一番近い島」
あとがき

序章「どこにも存在しない部隊」
「暑ちい」
 綾乃孝治少尉はちらりと桟橋に横付けになっている加賀を振り返った。加賀は熱せられたコンクリートから立ち上る陽炎に揺れている。
 九月もとうに半ばをすぎたというのに残暑がぶり返していた。指定された桟橋に歩を進めながら、第一種軍装のカラーに指を突っこんでゆるめた。純白の軍服はしっかりと着こなすと実に見栄えがするが、適当に着こむと、これほどみっともない服装はない。
 綾乃孝治少尉はちょっとした失敗をしでかしていた。飛行科の士官でありながら壊れた無線機を直して売っぱらおうとした所を甲板士官に押えられたのである。正式な軍法によればこれは横領罪とされる。
 もっとも、綾乃自身は自分が大きな罪を犯した意識はなかった。もともと廃棄するしかない無線機だったのだ。きちんと説明すれば無罪放免になる自信はあった。
 しかし、呼び出された場所がどうも引っ掛かった。
 処罰を待っている綾乃のもとへ連合艦隊旗艦へ出頭せよ、との命令が届いた。指令を発したのは連合艦隊主席参謀であった。

 桟橋は閑散としていた。
 寂しげな桟橋の、そのまた端が綾乃が利用するように指定された場所だった。指示にあったように、内火艇が一隻、取り残されたように待っていた。
「綾乃孝治少尉でいらっしゃいますね。お迎えにあがりました」
 内火艇の担当であるらしい兵曹が駆け寄ってきた。やけにごっつい体つきからして特艇員上がりだろう。耳の形はカリフラワー状で、柔道かボクシングか、格闘技系の経験者だとしれる。綾乃は答礼した。
「話は早い方がいい。さっさとやってくれ」
「いえ、まだ、お一方見えになっていません」
 兵曹はやけに丁寧だった。
「おれだけじゃないのか?」
「はい」
 水兵の視線を追うように内火艇に目をやる。内火艇には日除けの幌が張られていたが、その隙間から白いものが見えた。純白の第一種軍装を着こんだ士官だった。
「綾乃孝治、少尉であります」
 綾乃は階級を名乗る際に口籠ってしまった。いったいおれは少尉のままでいられるのだろうか。綾乃の心に珍しく不安がよぎった。
 先客の士官はしかめ面をして腕を組んだままだった。どういうわけか、士官の制服には階級章はない。ただ、かつて階級章があったことを示す穴が開いているだけだった。
「剱持巌少佐です」
 兵曹が紹介したときだけ、目を剥いた。死の淵から生還したものだけが見せるおそろしい視線だった。
「で、貴様は何をしでかした?」
 綾乃が腰を下ろし兵曹が作業に戻ると、剱持が問いかけてきた。
「は? 私ですか? 私は何も……」
「ごまかさんでいい。このおれとこんな風に長門に呼びつけられたんだ。何もしとらんはずがない」
 綾乃は帽子を脱いで、首筋をなでた。
「いや、ちょっと無線機をいじったのを見つかりまして」
 剱持が綾乃の帽子をむしり取って、目深に被せた。
「形だけでも、きちんとしておけ。命ぐらいは助かるかもしれん」
 やけに深刻な口調だった。心臓が縮こまった。剱持に言われると冗談には聞こえない。
「そんなヤバいんですか」
 綾乃は本来、楽天的な男だが一年に一遍ぐらいは深刻になる時もある。
「無線機関係だとすると、スパイ容疑だな。おれがおまえの上官だったら、その線で取り調べる。まずはタヌキ汁だな」
 タヌキ汁とは海軍伝来の私刑である。両手両足をひとまとめに縛り上げ、天井から吊して寄ってたかって殴る蹴る。海軍はもちろん、すべての私刑を禁止しているが、兵員間の軋轢が存在する以上暴力沙汰は避けられない。それらの中でも軍部はタヌキ汁を名指しで禁止している。多くの場合、私刑がそのまま死刑となるからである。
 自分がタヌキ汁にされるシーンを想像して綾乃は膚に粟を生じさせていた。そして、剱持が追い打ちをかけた。
「徹底的に吐かせたあと、命があろうがなかろうが、海に放りこむ」
 海の水の冷たさを感じていた。海の上であれば、陸と違って死体を処置する手間もかからない。太平洋のど真ん中に投げ込まれたら死体はまず二度と見つからない。
 内火艇から飛び降りて、走って逃げたらどうなるだろう。軍籍は剥奪されるが、命は助かる。
「綾乃、貴様、逃げようかと思っているな。だが、ちょっと遅かったぞ。儂等を迎えにきた兵曹な、あいつは去年、海兵団の柔道大会で優勝した猛者だ。俺たちががたがた騒いだら、黙らせて長門につれて行けと、命じられとるはずだ。少なくとも俺なら、そうする」
 ドスのきいたセリフに綾乃は再び軍服のカラーをゆるめた。
「まったく、あんたの部下でなくて助かったよ」
「兵曹は俺を少佐扱いしてくれるがな、もう一度、部下を持てる立場になるかどうか怪しいもんだ。下手をすると儂自身長門の甲板で、銃殺が待っている。いや、銃殺にされるくらいなら……」
 剱持は腰に差していた白木の刀を取り上げた。目の前にささげて鯉口を切ると、かすかに曇りの浮かんだ刃が陽光に白く光った。
「腹を切る。それくらいは許してもらえるだろう」
 綾乃が口を開こうとした瞬間、もう一人の登場人物が奪い取った。
「失礼します。峰宣之上飛曹であります。ただいま出頭いたしました」
 桟橋にぬぼっとした男が立っていた。上背はある。出迎えに来ている兵曹とさほど変わらない。しかしながら、なにを遠慮しているのか背筋を丸めて小さくなっている。丸刈り出っ歯で、愛嬌のある顔つきである。片手に衣嚢をぶら下げたようすは、どこにでもある軍人の転勤風景である。
「転勤を命じられて、どういうわけで長門なんでしょうね。理解に苦しみまっす」
 峰が首を傾げながら内火艇に乗り込むと、兵曹たちがもやいを解いて、エンジンが快調な音を立て始めた。これでもう、海に飛びこんで逃げるか、あきらめて長門に出頭するしかない。
「貴様は何をしでかした?」
「俺っすか。言わないといけません?」


第一章「歌を忘れたカナリア」
「この大馬鹿者ッ」
 台東航空隊基地の駐機場に、司令、剱持少佐の怒声が響きわたった。怒声は明るく広々とした駐機場から、滑走路、列線の隅々まで響き渡り、周辺の整備兵、搭乗員と言った周囲の視線を集めた。
「貴様っ」
 さすがに剱持少佐は言葉の後半を呑みこんでいた。
 いかに司令とはいえ、兵の面前で士官を叱りつけることはない。叱責された士官の面目を傷つける結果になり、しいては部隊全体の士気を低下させるからである。にもかかわらず、綾乃&峰コンビにむけて怒りをむき出しにしてしまったのは剱持少佐の失敗といえよう。
 綾乃と峰の背後、滑走路端では元々黒い百式司令部偵察機が黒こげになって、まだぶすぶすと煙を上げている。かつてブラックバードと呼ばれた機体の成れの果である。
 一九四一年十二月八日。
 太平洋戦争開戦初日、フィリピン攻撃の先行偵察、戦果確認を行った綾乃孝治、峰宣之ペアの駆る百式司令部偵察機、通称ブラックバードは帰路、ロッキードP38ライトニング戦闘機の追撃を受けた。からくも逃げ延びたものの、台東に帰投し、着陸に失敗したのである。
 もともと百偵は着陸の容易な機体ではない。それが無数の銃弾を受けており、満身創痍ともなると、失速速度も上がり、着陸は格段に困難になる。峰はだましだまし百偵を着陸コースに乗せ、できるだけ静かにタイヤを接地させた。
 そのタイヤの片方がパンクしていたのである。ブラックバードはパンクした側を中心にぐるりと一回転すると無事だった方の主脚が割り箸のように弾け飛んだ。片翼をついたままのブラックバードはそのまま地面を滑り盛大な埃と音を立ててやっと止まった。
 事故の顛末がこれだけなら剱持少佐も事故としてあきらめるだろう。部下がとりあえず生還したと喜んでもくれるだろう。あれで部下思いの所がある。
 着陸に失敗したブラックバードは火災を起こした。時速一四〇キロで地面とこすりつけられたのである。膨大な摩擦熱が発生する。ガソリンに引火してしかるべきである。火災発生に気づいた綾乃はこんな所に戻ってきてまで、焼け死ぬのはたまらないとすたこら逃げ出したのである。しかも、せっかく撮影した乾板を放り出して。
 剱持少佐は怒りで言葉を詰まらせながらも、これ以上、綾乃を怒鳴りつけるわけにも行かず、頭から湯気を立てている。
 峰は自分が着陸に失敗したのを叱られていると勘違いしてしゅんとしているが、峰には一片の責任もない。そもそも、あれだけ痛めつけられた機体で曲がりなりにも降りてこられたのだから、それだけで上々の出来である。
「俺の部屋に来い。報告を聞かせてもらう」
 剱持少佐は顔を真っ赤にさせたまま、後ろを向いて行ってしまった。
 数刻後、飛行装束をとき、綾乃はさすがに参ったなぁ、とため息をつきながら剱持少佐の部屋に足を向けた。意味もなく背の高い峰も長身を小さくなって後ろについてきている。
「綾乃少尉。峰上飛曹入ります」
 報告して剱持少佐の部屋にはいる。相変わらずしみったれた部屋だ。しかも、今日に限って言えば窓の外には真っ黒になったブラックバードが座りこんでいる。情けない事このうえない。ため息をつきたくなったが、できてしまったものは仕方ない。善後策を検討するだけである。
「帰還命令が内示された」
 剱持少佐は難しそうな顔をして、デスクの向こうにふんぞり返っていた。
「呉と連絡を取った。事故の件については不問。事故は事故として処理するそうだ。だが、開戦直後と言うことでつぎの機体の都合がつかん。儂らは次の任地が決定するまで、台東で待機しろ、とのことだ」
 綾乃と峰は顔を見会わせた。
「じゃあ、その間、飛行はなしですか?」
 剱持少佐は面白くなさそうにうなずいた。
 そうなると、今までのような連日連夜の出動はない事になる。
 綾乃は内心、やったと思ったが、表に出すことは出来ない。万歳三唱しようものなら、この場で剱持少佐に斬り殺されてしまう。
 剱持少佐はデスクに肘をついて、うつむき加減の暗そうな表情を浮かべた。
「貴様ら、自分たちの置かれた情況を判っておるのか。儂らはもともと存在を秘匿された部隊だ。いつ銃殺刑に処されても不思議はない。我々が生かされておる意義はただ、極秘の偵察隊であるというその一点にある。だが、肝心要の偵察機がないとなると我々の立場は、開戦前、あのクソ暑い長門に向かう桟橋に立っていた時と変わらなくなった」
 三人が出会ったのが、三ヶ月前、長門へ向かう夏真っ盛りの呉の桟橋であった。
「帰還は内示されたがまだ安心するな。何が待っているか判らん。考えようによっては黒島参謀も軍の備品を私的に運用したとの指弾を受けかねない。そうなったら、我々は口封じさせられるかもしれん」
 剱持少佐は軍刀の柄を、関節が白くなるほど握り締めた。
 綾乃は内心ため息をついた。
 あんたなら、やるだろう。
 もちろん、綾乃は思った事を口に出したわけではない。口に出そうものならたったいま、この場で首をちょん切られるだろう。
 あの日、まだ強い陽を浴びて凄愴に輝いていた剱持少佐の軍服の白さを思い出していた。綾乃は感慨にふけってしまった、わけではない。
 綾乃自身は命拾いをしたと感じていた。少なくとも綾乃の銀バイでは命を落とす恐れはない。剱持少佐は綾乃をスパイ視していたが、偵察隊に入れられたところを見るとスパイとして処刑される恐れは消えた。少なくとも、開戦なった今では搭乗員をそうそう無駄死にさせるはずもない。せいぜいが危険な戦域に投入する程度だろう。
 だが、この剱持少佐の元ではいつ、本当に命を落とす羽目になるのか、心許なかった。危険な作戦について心を砕くより、というより逆上した剱持少佐にいつ切り捨てられるのか、剱持少佐が何かを勘違いして斬殺されるか、不安でしかたないのである。
「おれたち、どうなっちゃうんでしょう」
 少佐の部屋を辞すと峰が不安を漏らした。
「内地に帰って、今度こそ営倉入りですかね? それとも、剱持少佐が言うように口封じに海へぼちゃんですかね」
 綾乃ほどひねくれていない峰は不安をかくそうともしない。
「ばかばかしい。心配するなよ。戦争始まっちまったからな、せいぜいが危険な戦場へ送られるだけだ。ま、危なっかしいところ行かされたからとて、捨てたもんでもないぜ。そりゃ生きるか死ぬかって瀬戸際もあろうが、生きて帰って戦功建てれば出世もできる。そうなりゃ博士は無理としても海軍大臣ぐらい夢じゃないぜ」
「あーあ」
 峰は両手を頭に乗せて盛大にため息をもらした。
「綾乃さんみたいに考えられりゃ気が楽だと思いますよ。ほんとに」
 峰のような純情な男にここまで落胆されると、付き合ってやらなければ申し訳ないような気がする。それに綾乃だとて、浮かれすぎかとは思っていたのである。
「そういうな。おれにだって心配事はある。行く先よりも、あの剱持少佐が何をしでかすか思うと」
 言いかけたところで、峰が蛙を踏みつぶしたような声を上げて頭を抱えていた。峰の心配もまた剱持少佐にあったのである。
「そうすよねぇ。あの堅物がなに無理難題を吹っ掛けて来るかと思うと、あの人におとなしくしてもらう上手い手、ないもんですかねぇ」
 綾乃は一瞬歩みを止めた。空を見上げて、口元に笑みを浮かせる。心ここにあらずと言う様子でつぶやく。
「そうか、そうだよな」
 綾乃は自分の掌を叩いていた。
「そうだよ。剱持少佐におとなしくしてもらえばいいんだよ。少佐さえ抑えればおれたちは出世した上に、安穏とやって行けるじゃないか。なんでそれに今まで気がつかなかったんだろう」
 脳裏に一つのアイデアが閃いていた。どうにかすれば、きっと剱持少佐を抑えられるに違いない。綾乃は思わず笑い出していた。声は知らず知らずの内に次第に高くなって行った。
 笑い声は台湾の空に高く高く響いた。
 よからぬ事を考えている証左である。


 彗星偵察隊出撃【あとがき】

 この作品はコスモノベルから出版された「蒼穹の覇者」の直接の続編である。様々な事情から中断させざるを得なかった作品が日の目を見るのはモノ書きにとってこれ以上ない幸せである。
 したがって、序章は上記作品のダイジェストとなっている。

 さて、いわゆるシミュレーション戦記でよく取り上げられる設定で「もし、××がきちんと活躍していたら戦況はどうなっていただろう?」というものがある。
 ××は戦艦大和であったり、烈風であったり、橘花であったりする。確かにこれらのものがきちんと稼動していたら相応の戦果も上がっていただろう。
 だが、飛行機に限って言えば、一番惜しい機体は実は彗星ではないか、と思う。
 彗星は零戦に遅れる事わずか一年の昭和十三年に試作が指示された。本来であれば零戦の完成した翌年に出来上がっていても不思議はないのである。
 だが、現実には遅れに遅れた。遅れたのは多岐に渡った重複した理由があるが、その内一つがミッドウェイ海戦への投入である。
 あまりの高性能ぶりに山本五十六が試作機五機のうち二機を引抜いて蒼龍に搭載、出撃させた。この機はアメリカ機動部隊を発見後の接敵に使用されたが、肝心の無線機が故障。にもかかわらず四角四面に命令を守り、艦隊へ帰ったところ蒼龍の姿はすでになく、仕方なしに飛龍へ降り立ったものの飛龍もまた撃沈される。
 ミッドウェイの損失に続いて試作五号機が空中分解。審査は遅々として進まず、初の実戦投入はマリアナ沖海戦。このあとはもう日本の空母が前面に姿を出す事はなく陸上爆撃機として使用される。
 水冷発動機の不調などもあるが、空冷型ですら、ヘルダイバーなどとは比較にならない高性能機である分、もったいなく感じられる。
 また、本編では彗星が戦闘機並の活躍をするが、じつはこれはそう嘘でもない。
 母艦喪失の憂き目にあったため過小評価されているが現実のミッドウェイ作戦でも海戦の真っ最中に接敵を続け生還している。質量分散の関係からムスタングやヘルキャットを相手取るのは苦しかったろうが、翼面荷重も低く、速度も高速なため、旧式機あいてには十分だっただろう。また、終戦間際のB29による爆撃が始まってからはさかんに邀撃に借り出された。七・七ミリがいかほどの戦果をもたらしたかは疑問であるが、速度的には零戦を凌駕していたためである。

 作中に置いて、山本長官の戦死の経緯は、当然だが現実とはだいぶ変えてある。そもそも、日本軍がガダルカナルを掌握したのはほんの数日であるし、ニューカレドニアに攻撃の手を伸ばした事はない(計画はあったそうだが)。
 また暗号もれを懸念して宇垣が飛ぶが、こうした行動を取ったのは実際には草鹿龍之介である。もっとも、アメリカは暗号解読の事実を隠すために、わざと出撃しなかったそうであるが。


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