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 蒼穹の覇者 戦場の空駈ける百式司偵
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 1998/8/1 コスモノベルより発売→あとがきを読む
 「彗星偵察隊出撃指令」(事実上の続巻へ飛ぶ)

 第一章 連合艦隊
「この大馬鹿者ッ」
 航空母艦、加賀のそれほど広くない艦橋で艦長、岡田大佐の怒声が響き渡った。
「貴様、海軍を何だと心得ておるっ」
 あまりの剣幕に、艦橋中の視線が艦長と、怒声を浴びせられている士官に集中した。
 舵を握る操舵員すらぽかんと口を開けて艦長の口元を見つめている。
 いかに艦長とはいえ、兵の面前で士官を叱りつけることはない。叱責された士官の面目を傷つける結果になり、しいては艦全体の士気を低下させるからである。にもかかわらず、艦橋の真ん中で艦長は頭から湯気を立てている。特異な事態であった。
 駆けつけてきた副長や、件の士官を連行してきた甲板士官までもが艦長のあまりの怒気に当惑している。
 一方、怒鳴りつけられる側の士官は涼しい顔である。感情を押し隠しているのか、と思えばそうではないらしく、少しばかりまいったなぁ、という表情こそ浮かべているが、周囲の深刻な様子とは対照的であった。
 叱責を受ける士官は綾乃孝治。階級は少尉。九七式艦上攻撃機に搭乗する偵察員であった。
 飛行科に所属する綾乃が艦長に叱責されるのは異例の事態である。搭乗員の直属上官である飛行隊長、飛行長の頭上をすっ飛ばして最高責任者にまで裁決がゆだねられた事になる。
「貴様、自分がなにをしたのか、分かっておるのかっ」
 綾乃は艦長が唾を飛ばすので迷惑そうであった。それでもはきはきとした答えを返す。
「私は搭載機の無線の性能を上げようとしてですね……」
「黙れっ。無線機を銀バイした上に、艦内の一室を無断で使用するとは何事だっ」
 怒りは納まりそうにない。綾乃はあっさりと口を閉じた。艦長は怒りで身体を震わせると、怒鳴り声のボリュームそのままに副長に振り向いた。
「副長。綾乃の処分はまかせる。スマキにして海に放りこむなり、板を歩かせるなり、マストに吊るすなり好きにしろ」
 艦長は一回、喚き散らすと「儂は休む」と言い残して足音も高く艦長室へ引っこんでしまった。
 残された綾乃が艦橋の中を見渡すと、周囲の者、全員が視線を合わせないように目をそらした。綾乃の「犯罪」を告発した甲板士官すらも目を伏せた。綾乃はもはや死刑を宣告されたのにも等しい。
 ただ、一人だけ綾乃の肩を叩いてくるものがいた。
 副長である。目こそ険しかったものの、口元には笑みらしきものすら浮かべている。綾乃をどうするか、腹は決まっているようであった。
「副長、言い訳をしているように聞こえるかもしれませんが、私はですね、単純に隊のためを考えてしたまでで」
「艦長があの有様だ。どっちにしろ、報告を上げなけりゃならん。釈明はあとでゆっくり聴くよ」
 だが、これを聞いてあわてたのは綾乃である。
「待ってください。報告あげるってGFにですか」
 GFとは連合艦隊司令部をさす。
「まあ、そうなるだろうな。軍法会議もなしに士官を板を渡らせるわけにはいかん」
「それは困りますっ」
 隊内での処分であれば、将来的に昇進や待遇にさほどの影響は出ない、あるいは綾乃は適当に言い抜けする自信は持っていた。兵学校ですら舌先三寸と要領で立ち回ってきたのであるが、軍法会議ともなれば勝手が違う。
「こっちだって困ってる」
 副長はとりつく島もない。眉間にしわをよせた。だが、一瞬だけ本気臭い鋭い視線を向けてきた。
「おれだって貴様を絞め殺してやりたいさ。なにもおれの勤務中に不祥事を起こさんでもいいだろう」
 綾乃は一歩引いていた。副長の言葉の中に殺意を感じたからである。
 艦内で事件が起きれば、事件を起こした張本人ばかりでなくその上官も責任を問われる。艦内での不始末の責は副長にもかかってくる。艦長がうまくもみ消してくれれば、そうはならないだろうが、岡田大佐は怒りの頂点にあった。艦長の剣幕では、隠蔽工作は無理だ。
「ま、軍法会議がいつになるかわからんが、呉に着いてからだ。それまでは自室にこもって謹慎していろ」
 綾乃は鼻の頭をかいた。他に出来る事はなかったのである。

 「事件」は空母、加賀が演習を終えて港へ進路を変えた直後に起こった。
 加賀の格納甲板にはぎっしりと飛行機が詰めこまれ、整備兵たちが飛行後の手入れに余念がない。格納甲板は加賀の主缶が発する騒音と機械整備の轟音で耳を聾せんばかりであったが、搭載機の間を縫って立ち居働く整備兵の姿にはどことなく落ち着いた風情が漂っていた。


蒼穹の覇者 あとがき
 時代小説、という分野がある。一方、歴史小説というものもある。似て非なるものである、らしい。百科事典を紐解くと、歴史小説の方は現実の出来事に根ざしたものであり、時代小説というのは「歴史小説の、娯楽的な、より肩のこらぬ読物風な形」とされている。後者の方が、想像の占める部分が大きい、とある。同じ辞典には歴史小説として折口信夫の『死者の書』が、時代小説として吉川英治の『宮本武蔵』が挙げられている。いずれにせよ過去に起こった出来事を題材にして、想像をふくらませた小説である。
 戦記シミュレーションの分野も広義の時代小説に入るのだろうとは思うが、残念ながら百科事典にこの項目はなかった。
 さて、世の中には、歴史に材を取りながら歴史物や時代物と呼べない、もっともっと想像の幅を広げた作品も存在する。
 たとえば「鞍馬天狗」。きちんと調べたわけではないが、鞍馬天狗の時代背景は現実でありながら「天狗のおじちゃん」は作者、大仏次郎の想像の産物である。鞍馬天狗が極端であれば、小説ではないが「水戸黄門」であるとか「遠山の金さん」などが上げられよう。水戸光圀も、遠山金四郎も実在の人物であるらしいが、印籠片手に全国を漫遊したり、背中に派手な桜吹雪はなかった(んじゃないかと思う)。
「戦場の空を駆けよ」はシミュレーション戦記とは銘打っているけれど、本物の戦記と、水戸黄門ぐらいの差がある作品である。

 綾乃にしろ、峰にしろ、そもそもこんな性格の搭乗員が堅物揃いの海軍にいるとは思えない。
 黒島亀人は現実に相当の変人であったというが、これ程すさまじくはなかっただろう。開戦のあたりの状況も少しずつ違っていて、このままではない。同様な理由から陸軍航空隊台東基地なんてのも存在しない。浅草タワーでも立っていそうな地名だが、ぼくが勝手にでっち上げた名前だ。
 一方、登場する航空機は実在のものだ。
 メザシことロッキードP38は実在で、山本五十六の搭乗機を撃墜したり「星の王子さま」のサン・テグジュペリの乗機として有名な機体である。もっとも、実際の登場はもうちょっと後になるし、米軍がこのような使い方をするはずもない。
 百式司令部偵察機も実在で、実際に相当の優秀機であった。国籍マークを塗り潰した機体でフィリピン、マレーの偵察を行っていたのも事実だ。
 ところが嘘は別の所にあって、作中では海軍が百偵を借り入れる、というのが特別の事態のように扱われているが、現実の海軍は陸軍に申し入れをして百式司令部偵察機を借り入れ、正規の部隊編制で運用していた。だから、長門偵察隊のような不正規隊がいるわけがないのである。
 海軍の担当には千早大佐があたり、開戦前後から、中期にかけて盛んに運用した。ガダルカナルをめぐる攻防戦でもラバウルを中心に相当に活躍した。
 百偵の上げた効果に海軍も着目し、同様の高速偵察機の開発に乗り出す。これが後に艦上偵察機「彩雲」に結び付く。彩雲は開戦後に試作が指示され大戦中に実用化した唯一の機体であり、日本海軍機として最高速、レシプロ単発機として史上最長の航続力を持つ機体となった。
 だが、そこに至るまでは、まだちょっと時間がかかる。
 彩雲が本領を発揮したのは太平洋戦争も末期にかかった沖縄の攻防戦である。
 陸軍は偵察機は終戦まで百偵を使用した。これは、百偵がそれだけ安定した高性能機であった証拠でもあるが、用兵思想の異なる海軍は高速の艦上偵察機として「二式艦上偵察機」を登場させる。本来は爆撃機として開発されたが、高速性能の故に偵察機としても使用された機体である。
 と言うわけで、次巻では主人公たちは台湾に別れを告げ、機体も百偵から、彗星偵察機に乗り換える。舞台も陸上から海上を行く、航空母艦に移る。
 ところで、彗星偵察機が初めて実戦投入された海戦をご存知であろうか?
 それはミッドウェー海戦である。

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