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最後のSF作家クラブ批判
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 SF作家クラブはあこがれだった。キラ星のごとくSF作家たちが並び、まるで天上界のように感じられた。自分もあんな場所に近づけたらと、SF神【そんなモノはいない!:と思う】に祈ったものだったが、自分がモノ書きになり、デビュー以前からの友人たちも入会するようになって、ぼくはSF作家クラブ批判を開始せざるをえなかった。
 実を言うとなかなか複雑な心境なのである。

 まずは他人事からはいるが、梅原氏もSF作家クラブをお気に召さないらしい。
 もっとも、昔からこうだったわけではない。
 梅原さんも入会するかどうか、迷っていた時期もあったようである。ある集まりで「やはり、入らないことにしました」と明言するのを耳にした。そのような判断を明らかにするにはやはり入会を検討していたからであるのだろう。
 だが、現在では明白に対立する立場をとっている。
 推測でしかないが「ソリトンの悪魔」がSF大賞を取り損ねたところに一つの要因があるだろう。

 SF冬の時代と言われて久しい。
 空っ風がいよいよ本格化した頃、颯爽とデビューしたのが梅原克文であり、傑作「二重螺旋の悪魔」だったわけだ。「二重螺旋の悪魔」はSFファンの話題をさらい、推理作家協会賞、日本SF大賞(他にもあったかもしれない)の候補作に推薦された。
 だが、いわゆるSF界の反応は冷たかった。曰く「新味がない」、「SFとしては古すぎる」等々。
 極めつけが、第二作「ソリトンの悪魔」の日本SF大賞の落選である。
 大賞の候補にはなったものの、選考会は長時間にわたり紛糾し結局、神林長平「言壺」に落ち着いた。選考過程はオープンにされないのであるが、このときばかりはいかに接戦であったかを示すように、授賞式に置いて選考委員から異例の経過報告があったという。

 いずれにせよ、梅原さんは、SF大賞を取り逃した。
 圧倒的なベストセラー一作でそのジャンルすべてが盛り返す、という例は珍しくない。梅原氏も自作にそれぐらいの思い入れはあっただろう。このおれがSFをもり立ててやるぐらいのことは思ったかもしれない。
 だが、結果としてSF大賞選考委員が選んだのは神林長平だったのである。
 ぼくは「言壺」がどれだけ売れたのだか知らないが、少なくとも「二重螺旋」や「ソリトン」には及ばないだろう。そういう意味から言うと、SF大賞は明らかに商業性を無視したのである。
 いずれにせよ、それまで何度かあった酷評とあわせても梅原氏の目から「SF界は売れる作品より、イデア的な作品を選んだ」と見えて不思議はない。
 結果、梅原氏がここまで展開してきたようなSF作家クラブ批判に結びつくのではないかと思う。

 繰り返すが、上記は青山の推測である。もし間違っていたとしたら、梅原氏の反論があるだろう。

 ここまで梅原氏の内心を推測してきたが、ぼく自身はどうかというと、賞というものは特定のいくつかを別にして宣伝的効果はないと考えているので、梅原さんほど過激なことは言わない。SF大賞については内実を批判するより「くれるのなら、もらう。もらったら、喜しい。欲しい」というのが偽らざる本心である。

 もはや、誰もそうは取ってくれないかもしれないが、青山はそんなに激しいことを言う人間ではない。ネット上でバトルがあればダウンロードはするものの絶対に口出しはしない。人と意見がぶつかったりしても、まあ、黙って自分のやりたいようにやる。物書きは人の意見に耳を傾けなくても済む数少ない職業の一つである。

 そこでいよいよ話題はSF作家クラブに移る。
 SF作家クラブについて言えば、始めは憧れであった。
 だが、SFのファン活動を始め、身の回りにもぽつぽつと作家になる人たちが現れてくる頃、違和感を感じるようになってきた。
 もっとも端的な例は柴野先生である。
 梅原さんとの手紙の中にも出てくる方だが、翻訳家、小隅黎としてクラーク、ホーガンの翻訳を一手に引き受ける大家であり、SF同人誌「宇宙塵」の主宰者でもある。宇宙塵は言うまでもなくぼくや、梅原さんの出身母体であり、ぼくの直接、面識のある範囲でも、岡本賢一、大場惑、斉藤英一朗の各氏。宇宙塵月例会席上でお会いしたことはないが、山田正紀、田中光二さん。古くは星新一さんなどもここを通過していった。
 だが、SF界のど真ん中に居る柴野先生がなぜかSF作家クラブに入っていなかったのである。
 古くは福島正実との確執などが有ったとも聞くが、長年、翻訳とはいえSFの中心で活動してきた人がなぜ入れないのだろう。先年、やっと入会なされたが、宇宙塵系統の会員の根回しが効を奏したからだと聞く。いずれにせよ、違和感は拭えない。

 柴野先生の件については歴史的な経緯で仕方ないとしても、先年、身の回りでふたりの人物がSF作家クラブに入会しようとして果たせなかった、

 それまでぼくは批判じみたことを内に抱いていたとしても、明白にするつもりはなかった。
 ぼくが批判する事によって、ぼくにとっての利益は一つも無い。
 それどころか返って敵視されるようになったかもしれない。今後、仮にぼくがSF作家クラブに入りたいと意を翻したとしても、もう入れないだろう。
 モノ書きにとって、他の小説家批判は百害あって一利なし。世の中には言っても良い事と、言っても仕方ない事がある。
 だが、言わなきゃおさまらない事もあるのである。

 一人目は、若桜木虔氏である。
 一昨年の夏ぐらいだったと思うのだけれど、若桜木さんが「こんどSF作家クラブに入るよ」とのたまう。
 SF作家クラブの体質と、若桜木さんの創作態度双方から、入会承認は危ぶまれたので「あすこ入っても、いい事ないですよ」と遠回しに言ったのだけれど自信家の若桜木さんは「推薦してくれる人がいるから、まあ、申請してみるだけするよ」との答え。まあ、正論である。

 SF作家クラブに入会するためには会員の推薦を受け、総会を通過すれば入会できると聞く。厳密には会員でもないぼくには詳細は判らないが、たとえば推理作家協会では「会員一名、理事一名の推薦を受け、理事会の承認」を受ければ入会できる。
 若桜木さんには二人の推薦者があったと聞く。
 推薦者の一人目は篠田節子さん。これは篠田さん本人にぼくが「本当に若桜木さんを推薦するの?」と確認した。
 もうお一方(こちらは名前を伏せる)もSF関係のパーティでお会いした際、「若桜木さんに推薦してくれるように頼まれたのだけれど、断われないしなあ」と苦り切っている様子。
 ところが、それからどんなに経とうが入会した、とも、しないとも情報が入って来ない。
 友人の会員(篠田さんではない)に訪ねたところ「総会の話題にすらならなかった」との答え。
 若桜木さんの創作態度を理由に入会を拒否してもそれはひとつの見識であると思うけれど、そうはならない。隅の方でこそこそと話が決ってしまうあたり、日本的で美しいといえば美しいけれど、公的な職能団体としてはどうだろうか?
 あるいは、これが梅原さんの言う「空気」なのかもしれない。

 形はどうあれ、若桜木さんの入会却下は一つの判断である。
 だが、もう一人はぼくにとって遥かに深刻である。

 ここでは「青山が信を置く、ある人物が入会を拒否された」という事実が存在すると理解していただきたい。仮にA氏としたよう(一つも仮名になっとらんやないけ、などと関西弁で突っこまないように!)。名前を上げる事は可能であるし、本人の許可も戴いた。
 だが、今後、こうした入会希望者がもう一度入会審査をうけ、通過する可能性もある。そうした前例もある(柴野先生の例がそれだ)。ここで名前を引くのは本人にとってはた迷惑となりかねない。それは本意ではない。

 ぼくは取り立ててA氏の肩を持つわけではない。
 古くからの知人ではあるが、活動拠点も、分野もそれほど重ならないので顔見知り程度である。会えば挨拶はするが、恩も恨みもない。
 ぼくとA氏の関係はかように希薄であるが、それとはまったく別にぼくがSFファン活動を始めた頃、A氏はちょっとした有名人だった。もうすでに二十年前である。学生時代からSFファンダムの目立ちたがりの人物であり、卒業後もサラリーマンとなってからも、退職後に文芸活動を職としても、多かれ少なかれSFを活動の中心に置いて来た。「A氏がSFモノでない」とすれば「SFモノ」と呼べるような人間は一人もいない、と断言する。

 A氏が入会拒否された瞬間、ぼく自身がお前はSFではない、といわれたような激しい衝撃を覚えた。
 だが、そんなはずはない。A氏や、青山智樹がSFモノでないはずがない。
 反対にSF作家クラブのメンバーを見回してみると「あきらかにSF作家、ではない」人たちがいかに多いことか。だとすると、SFの名を騙っているのは当のSF作家クラブなのだ。
 ぼくはそう判断せざるをえない。

 A氏は目立ちたがりであり、横紙破りもする。敵も多いと聞く。
 入会を審査するSF作家クラブの総会、あるいは事前の調整で何が起こったのか推測も可能だが、しようとは思わない。
 SF作家クラブの入会規定について、様々な風聞を耳にする。中には実に狭量としか評せないものがある。それらが、事実なのか、悪質なデマなのか青山は判断する立場ないし、そのつもりも無い。A氏の非承認という狭量な判断をくだしたのは当のSF作家クラブそのものなのだから、作家クラブに対する疑念は変わらない。

 こうした意見に対して「SF作家クラブは親睦団体であり、トラブルの原因となるような会員の入会は認めない」という擁護も聞いた。まあ、クラブがそうした方針を打ち出すのは、クラブの特色であり、ぼくなんかが何も言うべき事はないが、すでにSF大賞、新人賞を主催している時点で、親睦団体であるというのは強弁と言うべきだろう。

 もっとも、SF大賞についてはぼくは許容的である。
 どのような賞だろうと、問題を内包しない物はない。
 SF作家クラブはSFの集まりではないが、SF作家クラブがそのまま選考委員を兼ねているわけではない。SF大賞の選考委員は目利きだろうし、委員の選出も細心の注意を払っているだろう。その程度にはSF作家クラブを信用している。
 SF作家クラブの中にも様々な意見があるのも承知している。他にSF的な創作者を代表しうる集まりがないのも現実である。
 二作受賞にしておけば良い物を……とあとでぼくはそう評したが先日の「青山、岡本を囲むXXの会」で当時の選考委員某氏の話をうかがって、そうも行かなかった事情を知った。梅原氏、選考委員諸氏双方ともにまことに同情に耐えない。

 どのような団体だろうと、大なり小なり問題を持っていてそれは当然である。
 だが、SF作家クラブの抱える問題は大きすぎる。

 いずれにせよ、A氏が入れなかった瞬間、SF作家クラブとは決別すべきである、そう確信した。
 SF作家クラブとは、旧来のサイエンスフィクションとはまったく異なったイデアで活動する団体なのだ。

 そもそも、ぼくがSF作家クラブ批判を公にするきっかけは別段、A氏に限る必要はなかった。伊吹秀明のような、昔からファン活動に関わっていた誰かであっても、ぼくは似たような事を始めていただろう。

 SF作家クラブからなんらかの反応が返って来るとも思わない。何かが変る、とそんな期待など抱いていない。クラブの中でだれがどう頑張ろうと、構造的な変革が不可能としか思えないからである。
 また、梅原さんとの対話の中で明らかにして来たように、いまさらSFと言うレッテルにこだわるつもりもないからである。
 ひょっとしたら、潰してしまった方が後腐れがなくすっきりするのかもしれない。
 だが、ぼくにはできない。かつては憧れの存在だったのだ。
 いずれにせよ、ぼくはこれ以上批判を繰り返すつもりもない。
 SF作家クラブには青山と無縁の場所で滅びるなり、繁栄するなりしてもらおう。

 願わくば、大いに繁栄していただいて素晴らしい作品を世に紹介してくだされば、一読者としてもモノ書きとしても、この上ない幸せであるが、どうなるかは神のみぞ知る、である。
1999/03/25 Thu記入

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