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 飛行戦艦「武蔵」遣欧大戦2〜ファィナルバトル大西洋燃ゆ

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 2003年03月14日、経済界、リュウノベルスより発売→あとがきを読む


『飛行戦艦「武蔵」遣欧大戦2』
 第三帝国、首都ベルリン。
 荘厳な総統府の、広いホールで厳粛なセレモニーが執り行われていた。
「大日本帝国海軍少尉、布施勇、前へ」
 言葉のすべてを理解したとは言い難かったが、布施は自分の名前を呼ばれたのを認識して一歩前に進み出た。
「はい」
 SSの将校がヒトラー総統の名代として布施を迎えた。
「君の勇猛な行動に対して、第三帝国は君にウーンデット・ライオン章をさずける」
 SSが布施の第一種軍装の胸に華々しい勲章を止めた。
 ウーンデットライオン。若き日にヒトラー総統自身や、国家元帥ヘルマン・ゲーリングも受けた栄誉ある勲章である。特にゲーリングは無数の章を授けられていたが、中でもこのウーンデット・ライオンを重視し、常に身につけていたという。
 厳粛なセレモニーの中、SSのヘルビッヒ少佐、他数名の者立ちと共に布施は日本人として始めて、この章を授かっていた。セレモニーの後、ヒトラー総統、ゲーリング国家元帥と共に総統官邸のバルコニーに出てアドルフ・ヒトラー広場に集まった群衆に対峙した。ヒトラー総統は手を振っているが、布施はどうして良い物やら判らずに深く頭を下げた。まるで噺家の昇進披露である。
「しゃきっとしろ、しゃきっと」
 セレモニーが終わると片桐泰治少尉が布施の背を強く叩いた。片桐とは入隊直後からの腐れ縁で、布施が技術士官にもかかわらず実戦に関与した際には大抵、片桐と一緒だった。幾度も二人して死線を飛び越えた。それだけ本音で話が出来る相手であった。
「しゃきっとたってな、こいつは戦傷徽章だろう? 裏で何がどう動いているか、透けて見えるぜ」
 日本人がドイツから勲章を受けるのである。政治的な臭いがぷんぷんしてきた。枢軸の陣営が固まっているのを見せつけ、なおかつ、日本に恩を売る形で技術的な、あるいは経済的協力を取り付けようと言うのである。
 日本も小資源国家であったが、南アジアの天然ゴムの産出地域を押さえ、南洋諸島ではサトウキビの生産が盛んであった。いずれもドイツにはないものである。砂糖などなければ我慢すれば済むが、ゴムは工業材料として欠かせない物資である。欠乏すれば戦争遂行にすぐにも差し障る。
「勲章は勲章だ。少しはでかい顔ができるだろう?」
「そりゃそうだが」
 ドイツ政府がウーンデットライオンを与えたからには、内地帰還の際に布施の戦傷受章は間違いない。
 年功序列、階級社会の海軍では麦飯の数という勤続年数と共に、肩書きが物を言う。技術士官などは水雷、砲術、航空の専門家からは一段低く見られている。海軍内での注目度も変わってくるだろうし、給料も上がる。
 だが、それだけに布施は飛行戦艦の功労者として取り上げられ、本来の航空機設計の道からは遠ざかることになる。
「おめでとう」
 遠慮会釈無しに----表情はともかく、言葉ばかりは元気そうに布施を祝福しにやってきたのは飛行戦艦武蔵艦長、神部光大佐である。
 神部艦長は信念の人であり、信賞必罰を持って旨とする。部下にも厳しいが、自分にも厳しい。当然、部下なり関係者の昇進、褒章を手放しで喜んでくれる。
【略】
 フィラデルフィア海軍工廠。
 アメリカ独立当時からの州で、東海岸でも特に長い歴史を持つ。だが、アメリカ海軍の有数の工廠であり、工業生産都市でもあった。
 フィラデルフィアから延びた運河を遡上するとオンタリオ湖に入る。この湖に異様な物体が浮かべられていた。銀色の板である。だが、ただ板と呼ぶには巨大に過ぎたし、断面も片側が平らな紡錘形で内部に複雑な構造を持っているらしかった。
 板と呼ぶより、船の舷側のようであった。
 飛行戦艦大和の主翼であった。
 アメリカ沿岸警備隊は先頃、デルマーガ半島沖で一枚の大和の主翼を発見したのに続いて、もう一枚の主翼、計二枚を発見していた。発見された大和の主翼は徹底的に分析されていた。
 塗られていた塗料をすべて剥がし、カッターで分断し、材質から内部構造までそれこそ蟻の穴一つに至るまで虫眼鏡を当てるようにして調べ尽くした。
 その結果、大和のアーマーが緻密な水密構造と、構造の中に填めこまれた陶板とゴムによって成り立っていてるのを解明した。最初、このような構造が何の意味があるのか判らなかった。水密構造は複雑になり、溶接に手間がかかる。複雑な構造は工数を上げ、製造単価を増大させる。しかも、甲板として有効なのかも疑問であった。
 だが、実際に大和は相当の打撃を受けても耐えていたし、武蔵も同様である。
 いよいよ、破壊試験が始まろうとしていた。
 舷側を垂直に固定するため、太さ三十センチもある鉄棒を使って作られた鎖が何本と無く水中部分に溶接され千トン以上のバラストがくくりつけられていた。上部乾舷部を安定させるため巨大な浮きがくくりつけられていた。内陸のオンタリオ湖は風も波も穏やかであったが、皆無ではない。それでも動きは不安定になるので前後部分に鋼鉄の棒が湖底にまで打ちこまれ、こちらも左右に引っ張って波の影響を最小限に抑えていた。
 大和の舷側を囲む艦底は無数に存在したが、最大のものが戦艦ミズーリである。
 ミズーリはアイオワ級三番艦。先年完成したばかりの最新鋭戦艦である。
 基準排水量四万五〇〇〇トン。四一センチ砲九門。レーダー照準装置を持ち、無数の対空砲で空を睨む。最大速度三三ノットの世界最強の高速戦艦である。----大和型を別にすれば。
 事実、一番艦アイオワ、二番艦ニュージャージーはパナマで大和と激突しもろくも敗れ去っていた。大和が強化された艦首を持ってニュージャージーにラム戦を敢行。ニュージャージーは真っ二つに叩き折られて生存者の救出もままならなかった。アイオワは大和に続いて飛来した武蔵との十字砲火を浴びて海の藻屑と消えた。いかな強靱な集中装甲を持とうとも大口径砲の至近距離からの攻撃には耐えきれない。そもそも、アイオワ級は対四〇センチ装甲しか持たず、大和型の保有する四六センチ防御は考えられていない。
 ミズーリ、檣楼、最上部近くの戦闘艦橋で革のブルゾンを着こんだ男が腕を組んで、不機嫌そうな目つきで大和の主翼を見据えていた。男は上背が高く、太りじしで肉の厚みも精悍な肉食獣を思わせた。何よりも圧倒的なのは全身から発散されるオーラである。男がいるというそれだけで広く居心地の良い戦闘艦橋が狭苦しく感じられた。
 アメリカ大西洋艦隊司令長官、ウィリアム・フレデリック・ハルゼー。
 かつて太平洋で飛行戦艦に苦汁をなめさせられた男である。表面だけを見るのであればハルゼーは敗者であったが、トルーマンは別の味方をした。
 ハルゼーなかりせば太平洋はさらにまがまがしい惨禍に見舞われていただろう。事実、太平洋でもっとも数多く飛行戦艦と相まみえたのはハルゼーであった。飛行戦艦をもっともよく知る男であった。
「長官、準備整いました」
 電信兵がハルゼーに魚雷艇PT一〇七からの報告を伝えるとハルゼーは非人間的なうなり声を上げた。電信兵は万人に通用する言葉に翻訳して魚雷艇に伝えた。
「雷撃実施。たった今だ」


「飛行戦艦「武蔵」遣欧大戦2」あとがき

 飛行戦艦武蔵、終わりです。
 なーんか知りませんが、疲れました。シリアスなド真っ暗い話も疲れるのですが、なぜかこの武蔵、くたびれました。どうしてだろう? おバカな話を考えるというのも疲れるものかも知れません。想像の幅、つまり脳味噌を使う要求が高まるからでしょう。そんなに頭使っているんだ。オレって偉いなぁ(単なる年歳、と言うのは却下)。

 それと言うまでもありませんが、作中の技術的なあれやこれやはウソ八〇〇だらけ、実在のものも時期的にバラバラです。千代場武アーマーは別にして、シュノーケル装置とか、音響誘導魚雷とか、ムスタングの登場時期とか、リトルボーイとか、とりあえず作中にぶち込めるだけぶち込みました。
 それだけギミックとしては充実していると思います。
 水戸黄門や鞍馬天狗に歴史的厳密性を求めるのが意味無いのと同じです。
 歩いている街道筋に自動車の轍がついているとか、使っている刀がどう見ても江戸後期の刀だとか、助さんが年取ったら黄門様になっちゃった、なんてのを気にしていたら楽しめないのと同じです。
 でもまあ、少しは真面目な話をすると、作中に水中高速潜水艦と言うものが登場します。水中高速潜水艦ってものは実在で、洋上航行能力より水中性能を重視した潜水艦です。
「なんだ、水の中の方が安定するなんてあたりまえじゃん」
 そー突っ込まれそうですが、今でこそ当たり前ですが、U371が出てくるまでは潜水艦は水の中に潜る事ができる船であって、水雷戦隊の補助的な艦船でしかありませんでした。ちなみにU371という名前は実在ですが、酸素噴射装置なんか積んでませんでした。ディーゼルを小型化して、バッテリーを強化した艦でした。
 もっとも、自前で酸素を持てないか? ってのは潜水艦長年の課題で戦後すぐにワルタータービン、つまり秋水やコメートと同様の機構で推進する艦が誕生します。でもまあ、空を飛ぶわけではなく、すぐ消えていきます。燃料とは別に大量の過酸化水素を積む必要があって、こいつが危険物な上に頻々と補給が必要で航続力が出なかったようです。
 追い打ちをかけたのが原子力潜水艦の出現で、こいつは空気要らないしパワー出るし、自前で色々作れますから。
 てなわけで、現在の自衛隊の潜水艦もスタンダードなディーゼルエレクトリック艦です。酸素噴射装置は積んでないようです。
 でもまあ、酸素噴射装置がまったくの空想なのかというと、実はそうでもないらしくて文献をあたっていると飛行機に酸素噴射装置を搭載する計画があるにはあったようです。
 終戦間際になるとB29迎撃が急務で、高々度性能の不足を補うために計画されたようです。空中戦というものはそうそう長く続くわけではなく、三十秒とか一分とかせいぜいそんなもので、各国の戦闘機の運用を見ていても軍用緊急出力の使用はせいぜい五分に限られています。酸素、ではないですがこれまたあっちこっちで採用された水メタノール噴射、こいつも五分が上限のようです。
 酸素噴射もそう長時間使うわけではなく、数分持てば構わない、そんな発想から生まれたものでしょう。実現できたかどうかは別ですが、千代場博士がやったんじゃないと思います。

 しかし、自分で書いといてなんですが、こういう終わり方をした世界、嫌でしょうねぇ。
 別に現代が理想的な社会だと言っているわけでは無いですが、ラストシーン書いていてなんかそう感じました。
 結局は人間のやっている事ですから、似たような結果になるんじゃないかとは思いますが。

 さて、ぼくはかなりの嫌煙家で昔はタバコを吸っている人に水をぶっかけたりしたもんです。
 ノートパソコンを持って、よくファミリーレストランで仕事をします。いま、これを打っているのもファミレスです。デニーズという店を使うのですが、これはいろいろなチェーン、店の中でもコーヒーが美味しくて飲み放題。なおかつ、もっとも分煙が徹底しているからです。
 最近は随分と禁煙店が増えてきましたが、以前は喫煙席の中にポツンと六席だけ禁煙席があるなんてのもありました。その席では吸ってはいけないだけで、タバコの煙は流れこみ放題です。
 何年か前、アメリカへ行った時、ユナイテッド航空を使った所、ボーディングの時に「禁煙席が無い」と言われ、激怒しました。当時、ユナイテッドは「全フライト禁煙」が売りで、そのつもりで利用したからです。怒りのあまり、コクピットへ殴りこみをかけようかと思ったほどです。
 ……なに、ハイジャックするわけじゃありません。ノースモーキングのランプを付けっぱなしにして貰うためです。
 以来、できるだけシンガポール航空を使うようにしているのですが、これは本当に完全禁煙であるためです。シンガポールという国自体が、嫌煙の国で赤道間近の真夏の島だというのに、原則として冷房の入っている場所では禁煙が徹底していて、ぼくのような人間には本当に楽園のような場所です(逆に愛煙家のサラリーマン諸氏にとってシンガポール赴任は恐怖らしいですが)。
 禁煙の傾向は世界的に広がっていて、アメリカも例外ではありません。
 カリフォルニアでレストランに入って「禁煙席にしてくれ」と言ったら、凄い妙な顔をされました。後で聞くとそのころすでにカリフォルニア州の条例でレストランなどは原則禁煙になっていたのだそうです。
 タバコで思い出すのが、歴史上の人物ではチャーチルとヒトラーです。
 チャーチルは愛煙家として、ヒトラーは徹底した嫌煙家として知られています。もし、第二次大戦でヒトラーが勝っていたら、世界中に禁煙が広がったでしょう。
 もし、ヒトラーがいまの嫌煙傾向を見たらなんと言うでしょう?

 タバコをめぐる情況はそんなに変わらなかったんじゃないかと思います。
 日本の軍部が何をやるかはあまり考えたくないですが。

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