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 裁判記録
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二年以上にわたる係争で関係資料はここまで膨れ上がった
 みよ、
この膨れ上がった資料
 一昨年よりとある出版社と印税の一部未払いについて係争状態に入った。
 ぼくのHPの日記部分に随時、進行状態を書き綴っていくつもりであるが、後々の利用のため別にファイルを切り出していく。
 なお、このように裁判の進行を公にするのはどうかと考えられる向きもあろうが、法的にはまったく問題がない。最終的に和解に至ったが、和解条件の中に守秘義務を付与しなかったのもこのためである。
 また、この記述の中で社名、個人名を伏字にしたものとそうでないものがあるが、基本的に個人名は伏字とした。ただし、公人として正式な裁判の記録の中に名前が記載されている場合は明記するが、ぼくの判断において伏せた場合もあることを明らかにしておく。
 このHPを読んでいる人にはC社が具体的にどこかとあたりをつけるのは容易だろうけれど、何も営業妨害が目的ではない。

・2002/01/30日 水曜記 受注から出版まで
・2002/02/05日 火曜記 遅配に至るまで
・2002/03/01日 金曜記 再度の依頼から提訴
・2002/04/05日 金曜記 提訴と裏づけ取り
・2002/06/02日 日曜記 第一回期日
・2002/07/09日 月曜記 インターミッション
・2002/08/12日 月曜記 判決と強制執行
・2002/09/16日 火曜記 控訴審
・2002/11/04日 月曜記 第二回弁論準備から和解
・2003/03/04日 金曜記 考察と不満、将来への教訓
2002/01/30日 水曜記 受注から出版まで
 このところ、日記の記述に「野暮用」という表現が多かった。
 で、やっと野暮用の正体を明らかにできるようになった。
 それは、裁判である。

 ある出版社が印税を全額支払ってくれない。請求しても埒が明かない。結果かような仕儀となった。
 一昨年春、武蔵の簡易裁判所に提訴。昨年、夏。全部勝訴。その後、出版社が控訴。
 本日、協議の上、和解が成立した。

 しばらくの間、適宜、この裁判の様子を書いていこうと思う。
 まず最初に断わっておくが、ぼくは間に入った編集者KY氏にはなんの遺恨もない。むしろ、ぼく同様、この事件の被害者であると受け取っている。
 ここでは仮にC社としておくが、同社にも、同社の現社長である杉原氏にも恨みはない。
 和解条件について不満があるため、風評被害ででも業績が悪化したら少しは溜飲を下げるかもしれないが、それはそれとして法人としての責任は取って頂きたいし、それ以前に同業者の自衛の参考のため、この文章を公開する。

 事の起りはちょっと異常な原稿依頼だった。
 若桜木さんから紹介を受けていたフリーの編集者KY氏よりやけに切迫した電話があった。
「とにかく、すぐにでも戦記の原稿が欲しい」
 非常に性急な依頼であった。説明を聞くと予定していた誰かが原稿を落したらしいのだ。ともかく、明日にでも原稿が必要だと言う。
 それまでKY氏とは面識こそあったものの、実際に仕事はしたことがなかった。C社も同様である。
 おもえば、ここで断われば良かったのである。
 だが、浮いている原稿があった。浮いている、という正確ではないが、ある出版社に預けたまま返事を貰っていない原稿である。

 その頃、ぼくは『バトル・オブ・ジャパン』の連続刊行で忙しく、新しい依頼を受けてもすぐに応えられる情況ではなかった。預けた原稿も返事を求めることもしていなかった。
 この事をKY氏に伝えると「その原稿を引き上げられないか?」とまでいう。
 電話を切って、受話器も置かないまま返事を貰っていない出版社に電話をかけると、原稿の返却に応じてくれた。再び、KY氏に電話をかけると「すぐにフロッピーを送って欲しい」と頼まれた。ハードディスクからファイルをコピーして、宅配便で送った。
 しばらくしてゲラが届き、赤を入れて返却し、かなりのスピード作業で拙作は刊行された(もっとも、それだけ早急な作業であったためKY氏みずからが随分とぼくの文章に手を入れていた。手をいれられたのは不本意であるが別の議論になるのでここでは避ける)

 KY氏から連絡も入った。
「売れ行きが素晴らしい。ぜひ、続編を書いて欲しい」
 次はいつできるのか、矢の催促である。バトル〜を書きながら、第二巻の執筆に着手した。
 だが、その直後、キナ臭い噂が流れ始めた。
 いわく、印税の支払いが遅れている。関連会社が不渡りを出して、あおりを受けている……。
 と、同時にKY氏からの催促がピタリ、と止んだ。代わりに聞いてもいないのに電話があった。
「不穏な噂があるが、気にしないでくれ」
 印税支払日を待った。
 支払日前日だか、当日だか忘れたが、電話があった。
「C社からの印税が支払われなくなった。ついては会って詳しく話したい」
 当時、仕事場のあった調布の喫茶店でKY氏と面談した。【この話題、続く】

2002/02/05日 火曜記 遅配に至るまで
 さて、調布の喫茶店でフリー編集者KY氏と会った。(C社提出の証拠乙15号証によると、平成十年の10月24日となっている。そんな頃だろうと思う)

 KY氏は冷静に、少し機械的に話し始めた。
「非常に申し訳ないが、支払いに支障が生じた。C社から払われる印税は別のペガサスランドという会社を通じて支払われるはずであったが、青山さん宛の印税が支払われた後にここが潰れてしまった。よって、ペガサスランドからは払われない」

 ぼくもかなり冷静にKY氏の言葉を受け止めた。
 ここに至るまで相応の情報を集めていたからである。
 C社の関連会社が不渡りを出してあおりを受けているらしいとか、関連会社が実はC社の親会社であるとか、印税の支払いが遅滞しているとか、あるいは印税の支払いが遅れると聞いたある作家が直接、同社の経理に乗りこんで印税を受け取ったとか、倒れたのが親会社であるペガサスランドで、計画倒産らしいなど……である。
 もっとも、この時ぼくは「ある決定的な情報」を見逃していた。この情報を得ていればもっと早く行動に移っていただろう。

 ぼくはKY氏をなじりも、問い詰めもしなかった。KY氏はC社出入りの業者であり、責任はない。
KY「しかしながらC社としてはそれでは出版社としてはやって行けないので、二重払いになるが、遅れながらも確実に印税は支払う。ついてはこの場で現金を十万支払うのでいまは収めて欲しい」
 ぼくはそのカネはどこから出るのか? と確認した。KY氏はしばらく質問の意味が判らなかったようであるがKY氏のポケットマネーから出るのか、それともC社から出るのかと聞き直して理解してもらえた。
「C社からである」

 KY氏は編集者である。ボケをかましたのがC社であったとしても作家が逃げる----取引をしなくなって被害を受けるのはKY氏も同じである。KY氏が自分のポケットマネーで作家を引き止めるのは、まあ、ありそうな事だった。
 もっとも、いま思えば、ここでもっと強く出るべきだったかもしれない。(理由後述)
 確認して現金を受取り、領収証を書いた。宛て先はKY氏であったが、これは同氏の意向であった(これも失敗だったかもしれない……というのも、後にC社側が「領収証の宛て先がC社ではない」と主張して来たからだ。)
「ところで、二巻の執筆が進んでいるのだが、これはC社から発行できるのか?」
「申し訳ないが、営業成績などからして出来ない。ついては別の話を考えて欲しいが、いずれにせよ社内的に混乱しているので少し先のべしたい」
 『とてもよく売れている』とか『二巻をすぐにでも欲しい』とか言っていたのは、なんなんだ……とはぼくの不満でもあるが、これもよくある話である。

 しばらく経って五万、三万とポツリポツリと忘れたように銀行に振込みがあったが、やがて途絶えた。
 KY氏から電話があった。「コアラというところで、北朝鮮のシミュレーションを欲しがっている。ただ、事が事なので二週間から、一ヵ月ぐらいしか時間がない」
 なかなか無茶な注文である。苦笑を禁じえなかった。

 仕事は断わりたくなかったが、ちょうど、ソノラマの仕事で缶詰になっている最中だった。自宅に電話があり、定時連絡で電話があったと聞いてホテルから架け返したのである。
 事情を話すとKY氏は笑いながら納得してくれた。
 本件書籍発行から一年半が経とうとしたころ、KY氏から電話があった。
「また、C社で仕事をしないか?」

【この項、まだまだ続く】

2002/03/01日 金曜記 再度の依頼から提訴
【2002/02/05日 火曜からの続き 】
 事務的な理由から間が開きましたが、続けます。

「また、C社で仕事をしないか?」
 切り出されて、別に困惑もしなかった。C社はともかく、KY氏と仕事をするのはやぶさかではなかった。
「プロット出すのは構いませんよ。相談しましょう。ですが、C社にはきちんと支払いもしてもらってないですし……取り敢えず、残額がどうなっているか確認してもらえないですか?」

 この時のぼくの理解はこうだ。
 この時まで印税およそ百万の内、四十万を受け取っていた。貰える貰えないは別にして、残額を請求しなければならないだろう。請求する際に、請求額と、向こうの理解が違っていては困る。違ってくるというのは源泉徴収税額の問題があるからである。

※源泉徴収税額
 物書きの収入。原稿料、印税は「源泉徴収税」として本来受け取る額より10%天引きされて支払われる。つまり、十万受け取ったとしても本当に十万なのか、それとも天引きされた額なのか、こちらとしては確認のしようがない。
 通常であれば、天引き額も含めて「支払い調書」が出版社から発行されるが、C社はやっていない。


 KY氏にはC社の印税未払いに関する責任はない。ただ、間を取り持ってもらうだけである。仮にC社が残額の支払いを拒否するするようであれば、KY氏に別の出版社へ話を持って行ってもらっても構わない。

 新宿の喫茶店でKY氏と会った。
「やっている事は変わらないんですが、いまは会社の形にして編集の仕事をしているんですよ」
 KY氏の名刺には「南風出版、代表取締役」と肩書きが入っていた。
「ですが、連絡は今まで通り自宅にください」
 残額の確認も「岡田」の記名のあるものを、KY氏宛の送り状と共に受け取った。発信はC社のFAXからなされていたし、金額もこちらの認識とそう変わらない額だった。
 ぼくはプロットを二つ持って行き、会話は和気藹々と進んだ。この頃、ぼくの持っているファインベルクバウのエアーライフルがすでに眠っているに近い状態だったので手放す事を考えていた。KY氏に無償で譲渡しても構わない。そんな話をして別れた。

 この頃、仕事場の仲間である篠田さんの仲間と食事をする機会があった。と、言っても大半が顔見知りである。その中にT弁護士がいた。これも、昔からの知り合いである。
 C社との話をした。篠田さんを通して少し話はしていたし、ちょっと見てもらいたいものがあった。
 C社への請求書である。
「まあ、これ出して様子見ますよ」
 本当に様子を見るつもりだったのだ。すぐに払ってもらえるとは思っていなかったし、次の仕事の印税の上積みと言う形で戻って来るかと期待していた。

 そもそも、先方に支払い義務があったとしても、ある程度の期間、まったく請求しなかったら請求する権利そのものが消失すると聞く。だったら請求だけでもしないとまずい。

 請求権の消失は事実らしい。小松研の宴会で銀行行き損ねて二千円ほど寸借した。相手は千葉大の経済学の助教授で「二年請求しないと、請求権が消えるから請求しますよ」と言っていた。
 裁判の傍聴に来ていた作家に話をすると「飲み屋の女将が一年と言ってたなぁ」。
 最後の最後に地裁の裁判官に聞いた所「確かに消失します。ただ、情況によって違って来ます」
「今回は何年です」
「いやぁ、さすがに覚えていないです」
 もし、出版社から未払いを受けている作家さんがいたら、取り敢えず請求書を送るぐらいを薦めます


「うん、なんかあったらぼくに回してよ。電話かけるぐらいならやるから」
 T弁護士がそう言ってくれた。
 請求書をプリントアウトし、FAXと、配達証明付きの郵便で送り、着いた頃を見計らって会社に電話をかけた。
「著者の青山ですが、先日、請求書をお送りしましたのでご照査ください」
 ただそれだけ伝えて話を切り上げるつもりだった。
 だが、杉原社長はべらべらと機関銃のように話し出し始めた。
「その話はすべてKY氏に任せてある」「こっちに持って来られても困る」
 等等。
 ……実際になにを具体的に話して来たのか忘れてしまった。社長が終始、まくしたてていたのだけは覚えている。
 それともう一つ、伝わって来た感触があった。
 先方が驚いている、という印象である。
 ぼくは社長の長舌を遮って準備した言葉を伝えた。

 まだ払ってもらっていない印税を請求されただけで、なぜ、そうもびっくりしなければならないのだ?
 いずれにせよ「おかしい」とそう感じざるをえなかった。

 それと、ぼくにとって不可解な事が起った。
 KY氏との連絡が途絶えたのである。電話をかけても捕まらない。奥さんに「電話を架け返してくれ」と伝言しても返事はない。FAXを送っても返事はない。
 提出したプロットの優先権はKY氏にあると考えている。一度、OKが出たプロットを他社に持っていくのは抵抗がある。了承を得る必要があった。何度、連絡をとろうとしても銃の話を伝えても反応がない。

 しばらく日を置いて再度、C社に電話した。
 今度は経理の人間が電話に出た。埒が明かないのは変わらない。
「その件はKY氏に任せてある」
「支払いの意思、予定はあるのか?」
「判らない」
 電話の向こうは出版社の経理。
 KY氏は委託業者。
 判らない道理がない。

 迷いながらも、平行して訴訟準備を始めていた。
 自分の足で取次にも行った。実際の売上げ実績と、口座の有無を確認するためである。
 ついで、間に入ったとされるペガサスランドの債権者に対する清算担当弁護士からの通達も手に入れた。ペガサスランドから支払われる際に債権者となっていた友人からである。
 ここでそれまでは噂でしかなかった「ある情報」が一つ明確になった。「ある情報」これが決定打となって訴訟を決意した。
 平成12年5月31日。武蔵野簡易裁判所に訴状を提出した。
 提訴の連絡を、T弁護士にお願いした。
 提訴した由をC社に電話連絡した際の返事は
「あ、そうですか」
 の一言だったという。

2002/04/5 金曜記 提訴と裏づけ取り
 さて、提訴そのものは、かなり簡単である。
 裁判の形式がどうなるかは、争われる金額によって違って、
 三十万以下が簡易裁判所による少額訴訟。
 百万以下が簡易裁判。
 これを越えると地裁になる。

 ぼくの場合、六〇万ほどの訴訟で、簡裁である。
 訴訟を起こす場合、相手の所在地で起すのが普通であるが「債務が発生した場所」でも起せるのを知った。
 裁判当日に本人なり代理人が欠席したら出席した側の主張が受け入れられる。地方在住の作家氏が東京の出版社の印税原稿料が未払いで債務発生地、つまり自宅の管轄裁判所で訴訟を起したら、債務者は北海道でも九州でもそこまで来なければならない。
 提訴それ自体は面倒ではない。簡裁であれば相談窓口もあるし、必要事項を書き込むだけの定型の書式がある。地裁でも定型書式例をFAXで取り出せる。市役所よりよっぽど親切である。
 ぼくの場合、ワープロで打った訴状を二部、プリントアウトして裁判所に持って行った。事務の女性にチェックしてもらって近くのコンビニで証紙と連絡用の切手を買った。全部で一万円ほどだった。勝てば払ってもらえるし、負けても税務署に確定申告できる。

 お役所仕事であるのでそれなりの繁雑さはある。
 訴状は簡単であったとしても、様々な書類を揃えなければならない。
 ぼくの場合、こちらの主張を証明するために、次の書類を準備した。

 甲一号証 C社より出版された書籍の奥付、見返しコピー
 甲二号証 C社発行の源泉徴収票
 甲三号証 C社よりKY氏にあてた残額確認のFAX

 それとC社の会社謄本である。

 ちょっと説明を加えると「甲〜号証」というのは原告から提出された書類。「乙〜」と付くのは被告から提出された書類である。
 会社謄本と言うのは会社の戸籍のようなものである。担当区域の法務局に行けば、それなりの手数料がかかるがすぐに取得出来る(オンラインで繋がっているため今では全国の法務局で可能なケースがほとんどだそうであるが、ぼくは使わなかった)
 手数料も最低千円、枚数によっては少し増える。後に当時の三和銀行の謄本を取ったが海外支店まで記述された五ミリほどの厚さのあるものだったが千二百円だった。
 謄本を見ると会社の設立年次、現在の役員、業務内容、資本金などが一目瞭然である。また、閉鎖されたつまり、古い年次の謄本もとることができる(というのはコンピュータ化によってあまり昔のは抹消されたためである)。
 そして、ついで、と言っては何であるがペガサスランドの謄本も取った。すでに閉鎖されていたが、潰れた会社のデータも引き出せるのである。

 ただ、ちょっとだけ不可解な事があった。
 申請を出してすぐ係官が戻って来た。
「青山さんが請求されている会社、ここにはありませんよ」
 (ここ、とは通知書に明示されていた住所である)
「おかしいなぁ。この会社なんですけれど」
 清算通知を見せると係官が別の書類を持って来た。
「これで良いですか?」
 社長の名前を確認して謄本を受け取った。
 ぼくが訴訟に踏み切ったのは幾つもの複合した理由があるが、その中の最大の理由が間に入ったとされるプロダクション「ペガサスランド」の存在である。

 ここの社長がなんと元・大陸書房の塚田友宏氏(!)であると言うのである。

 この件に塚田氏が関与していると知っていたら、もっと早く行動を起していたかもしれないし、そもそも、注文など受けなかった。前回述べた、訴訟を決意した「ある情報」とは塚田氏の関与である。
 参考のため謄本を掲載する。

 ペガサスランド、会社謄本。

 ここにも「塚田友宏氏」の名前が見える。

 今からおよそ十年前「大陸書房」という出版社が倒れた。SF、ファンタジー系の多数の出版があり、古くはチャーチワードの「失われた大陸」を紹介したので有名な名門出版社である(ムー大陸の存在を提唱した著作である。チャーチワードの名を知らなくとも、ムー大陸を知らない人はいないだろう)
 そこの社長が塚田氏である。
 大陸書房破産の背後には様々な噂が囁かれている。

 まことしやかに伝わっているのが、
「ある日、社員が出社してみると『我が社は破産しました』の貼り紙があり、シャッターが降ろされている。編集者たちは債権者が来る前にシャッターをこじ開け、社内にあった原稿や、原画を救い出した」
 というものである。


 上記は人づてに「ある編集者談」として聞いたものである。
 様々なエンジンを使って当時の情況を調べられないかと苦労したが、新聞社系のデータベースにも残ってはおらず、ぼくの能力では限界があって、やっと「噂の真相」にその記述を見つけただけである。
 こちらの記事では「ある朝、突然、会見が開かれ破産が発表された。会見は数分で終り社長が退出した後、役員たちがおろおろしていた」となっている。

 転載してもいいのだけれど、有償ダウンロードなのでこれも控える。
 噂の真相のURLから落すか、大宅文庫へ行くか、国会図書館ならば無料で閲覧できる。

 「噂の真相」のニュースソースがどれだけ正確なのか眉に唾しなければならない部分もあるし、記事と上記の内容は食い違う部分もあるが、いずれにせよ大陸書房倒産が非常に急速におとずれた事実を示している。
 大陸書房倒産に伴って、減速気味だったSFファンタジーブームに留めが刺さった。同社で続いていたシリーズはばっさりと打ち切られ、退職(免職?)した編集者が他社に持って行った原稿がかろうじて息を繋いだだけである。
 編集者たちも文字通り路頭に迷った。
 多数の作家が印税を受け取れず、生活苦に泣いた。

 大陸倒産の昔を詳しく描いても仕方ない。
 詳細を知りたい方は当時を知る編集者、作家にたずねると嫌と言うほど文句を聞かせてくれるはずである。

 いずれにせよ、ぼくは塚田氏/大陸系出版社に不審を抱いているのである。

 さて、裁判所に書類を提出して、それだけで疲れ切ってしまった。家に帰って、そのまま夜までひっくり返っても疲れは抜けなかった。

 しばしして千円も切手を貼った特別送達なる郵便物で、期日呼出状とC社の答弁書が届いた。裁判所備え付けの定型書式であった。
 この件は武蔵野簡易裁判所で「平成12年(ハ)第494号」事件として審理される運びとなった。
2002/06/02 日曜 第一回期日

 久々の裁判記録。文章は出来ていたのだけれど、アップする暇がなくて。

【第一回期日】
 答弁書が届いてがっかりしていた。
 正直言ってC社から答弁書が届かなければ良いなぁ、と期待していたのである。
 こなければ、先方がこちらの主張を認めた事になる。本を出して、印税を払ってもらう、当たり前の事を当たり前の様にするだけである。
 仮になんらかの理由で青山への支払いがC社の損金になるとしても、相手は年商三億の堂々たる中堅出版社である。
 六十万がどれほどの大きさか、考えてみればすぐわかる。
 少なくとも公判を維持するよりは、素直に払ってくれた方が先方にとっても、こちらにとっても労力が少なくて済む。
 だが、訴状に対する答弁書が届いた。
 内容はおおむね、次のようなものであった。
・本日に至るまで、青山と本社社員は面識がない。したがって出版契約は結び得ない(KY氏は嘱託業者)。
・契約は著者と、プロダクションであるペガサスランドで結ばれたものである。したがって自社に支払いの義務はない。
・私(杉原社長)は本件書籍(裁判所でこのような言い方をしているので本文でもこれで通す)の出版以後に社長に就任した。請求が届いた際に「現在税務調査が入っているので待って欲しい」と言ったが、受け入れられなかった。我社の誠意を理解していただけなかったので残念である。このような事になったからには支払う意思はない。

【正確な全文を知りたい方は武蔵野簡易裁判所へお問い合わせを。同業者で参考になさりたい方は青山宛ご連絡ください。いくらでもコピーして結構です。でも、ぼくの手でのコピー&郵送は勘弁。書類数が多くて、とんでもないことになる】


 提訴して数日。
 KY氏から手紙が届いた。
 これも裁判所に証拠として提出しているので、公開してもかまわないだろうと思うが、避ける。
 内容としては「提訴を取り下げませんか? 裁判なんかやっても手間とお金がかかるだけです。C社は怒っていますが、今なら私が入って青山さんの要求額の全額は無理だとしても、半分とか三分の二ぐらいならどうにかしますよ」
 との内容であった。
 KY氏がC社とぼくの間に入って苦労しているのは伝わってきた。だが、だからこそ、事前に連絡を取ってKY氏がこの件ではただの仲介業者にしか過ぎなかったのを明確にしたかったのに、なぜ、連絡をくれなかったのか?(後にそれらしい理由が明らかになって来る)。
 不満を抑えて「KY氏には迷惑をかけたくないので、これ以上、この件に関わって欲しくない」短い手紙を書いた。返信はなかった。不幸にもぼくとKY氏は法廷で再開を果たすことになる。

 いよいよ期日を迎えた。
 やけに緊張していた。

 出頭すると法廷へ入り、出頭カードとかに署名する。当事者なり代理人が来ているかどうか確認する出席カードのようなものである。
 本題からずれるが、簡易裁判所へ入ってびっくりした。あまりにもちっちゃいのである。
 裁判の進行も何組もが一つの時限に押しこめられ、たとえば午前十時だったら同じ時刻に五組も六組も集められ審理が進められる。
 傍聴席も八人掛けが二列しかない。ぼくの場合、仕事場のメンバー全員と応援して(面白がって? 両方だと思う)駆けつけてくれた作家仲間数名。おかげで、傍聴席は溢れてしまった。
 時限が来ると廷吏が「本裁判所は和解を前提に審理を進めます。したがって、みなさんもこの意を汲み取り、ご協力お願いします。間もなく裁判官が参りますが、その際にはご起立をお願いいたします」と告げる。
 法衣に身を包んだ裁判官が登場。
 裁判官は一人。場合によっては調停委員が壇上に並ぶ。
 続いて「平成12年ハ××号。被告誰某、原告彼某」と呼び上げ、傍聴席から法廷に入る。

 本題から少しずれるが、中にはとんでもないものもある。
 廷吏が名前を読み上げる。が、被告席の方でボソボソやっている。法廷には直接関係のある人間か、代理人しか入れないのであるが、別の男性が一緒に入ろうとしているのである。
「いえ、この人、日本語、よく判らないので」
 日本人女性の名前であるが、被告は見るからに東南アジア人である。
「あなたは友達、ご主人?」
「あー、友人です」
「まあ、いいや。入って」
 原告の方もフィリピン人らしい。
 原告いきなり叫び出す。
「あたし、この女にお金貸したよ。三十万。でも、全然返してくれない! この女、みんなにそんな事やってるよ」
 被告、先程の男性とぼそぼそしゃべり
男「そんな事はない、と言っています」
 原告、いきなり非日本語で喚き出す。
 被告も対応して同じとおぼしき言語で応じる。
 裁判官はこれを収めて(ちなみに木槌はない。アメリカの習慣だそうだ)
「つまり争う、という事だね。では、原告は証拠となるようなもの、証拠、判る? 借用書とかそういうものだ、提出しなさい」
「そんなもんなくても、みんな、わかっているよ!」

 非常に多くみられたケースがサラ金と利用者である。
 サラ金が訴えて、商店主が被告。
 商店主がサラ金から金を借りて、原本と一定の利子は支払ったものの、特定の期日以降の利子を免除するとサラ金の店長が言ったにもかかわらず、本社だかなんかの取り立てが行ったらしい。
 ちなみに利子部分は二万いくら。
 簡裁の場合、和解勧告が前提なのだが、被告が原告を罵り始める。被告はポロシャツのおじさんである。
被「どうせ二万かそこらの事だ。払うよ、金はあるんだから。だからって何だ。あの取り立ては。店の扉、ガンガンぶったたいて近所迷惑だ」
裁「それは本件と別だから、損害賠償請求なりを起してもらうしかないね」
被「それは今東京地裁でやっています」
 原告。こちらはスーツにネクタイ。サラリーマンスタイルであるが……。
原「ざけるんじゃねぇ。借りた金返すのは当たり前だろーが。それをなんだかんだぐちゃぐちゃと……」
被「金は返したろう? 店長の言ったとおりに」
原「足りねー、ってんだろがっ」
被「二万やそこらは払うよ。じゃ店長の約束ははなんだよ。それに、取り立てもなんだ!」
 以下罵り合い。
 こういうのを収めなければならない裁判官ってのは大変だと思う。

 逆にすぐ済む例もある。
 被告席に恰幅の良い、スーツに弁護士バッジの紳士。
 原告席におじさん。
「原告には訴状を陳述してもらう。被告には答弁書を陳述してもらう。で、和解でいいね」
弁護士「和解で結構です」
原告「はい」
裁「では、和解室へ」
 調停委員と隣の和解室へ。
 こちらがほとんどであるが、和解だけで弁護士費用いくらかかってんだろう?

 そうこうする内に廷吏が声を上げた。
「平成12年(ハ)第494号。原告、青山智樹。被告株式会社C」
 こちらが原告席へ入ると、被告席にも一人の女性が座った。
 C社、社長。杉原葉子氏である。
 杉原社長はなにか憤っているらしかった。電話で話したときのように言葉が口をついで出るが、完全な形にはならない。
 裁判官は至極冷静に言葉を続ける。
裁「本人で間違いないね。では、原告には訴状を陳述してもらう。被告には答弁書を陳述してもらう」
 続いて証拠の認定に移った。こちらの出した甲号証を認めるかどうかの作業である。たとえば出てもいない本の印税を請求されては困るだろうし、源泉徴収票も偽造していないとはいえない。被告原告双方が認めて初めて証拠として取り上げられるのである。
 第一回ではC社側からは何も証拠が出されていなかったので、これは向こうだけ。
 裁判官はすぐに次の作業に移った
裁「被告は和解の意思はある?」
杉「ありません。そもそも……」
裁「では、争うと。じゃあ、今日はこの辺で。次回期日はいついつ」
 三分程度で第一回の期日。冒頭弁論は終わった。
 ぼくは杉原社長が気の毒になっていた。
 なぜ、あんなに憤っていたのか、推論は後に述べるが、ここで判っている明白な事実を述べるとすると、印税未払いの前後にC社では大幅な人事入れ替えがあり、本件書籍出版にまつわるボケは前社長の高橋氏の不始末なのだ。

 いずれにせよこれで本格的に裁判が進む運びとなった。
 前後して、推理作家協会の理事会にFAXを送り、契約書委員会担当理事にあって話をし、文藝著作権保護同盟の理事にも連絡を取った。なおかつ、連絡先を知っており、C社と付き合いのある同業者にもメールを送り、時には電話をかけた。ただ、ホームページへの告知や、興味を抱きそうな雑誌などへの接触は避けた。公判の維持に問題が生じかねない、と忠告されたためである。

 いずれにせよ、裁判というものは前記のようにある意味、のんびりと書類のやり取りで進行する。
 ある時、廷吏さんに聞いてみたことがある。
「この後、どう進むんでしょう」
「いろいろな進め方がありますが、普通は枝葉を刈り取って問題の中枢を明らかにしていくことが多いようですよ」
 控訴を受けて書類をまとめていると、この事件がひっちゃかめっちゃかで、嫌になってきた。
 まず、いま振り返ってみるとこの事件の根幹は「青山が契約を結んだの相手はどこか?」らしい。
 コスミックとペガサスランドが共同の経営の上に成り立っているらしいとか、杉原社長が大陸の社員だったらしいとかは枝葉として刈り取られていく。
 ぼくから見ると、C社と契約したつもりである。奥付にも記されている。
 なのに、実際、契約相手はペガサスランドであると告げられ、KY氏自身もC社ではなくペガサスランドの下請けであったと主張するようになると、もう訳がわからなくなってくる。
 いままで、ぼくの視点から状況を説明してきたが、第四回の期日でKY氏の証人尋問が行われた。
 ここで、これを公開しよう。
 なお、実物の調書はB5版縦書き、証人の発言は八文字ほど落とされているが、ここではテキストファイル化に当たって以下のような形に改めた。入力はスキャナー+OCRによるもので、変換ミスなどあるかもしれない。見つかった場合、随時直していく。

平成一二年(ハ)四九四号
証 人 調 書
(この調書は、第四回口頭弁論調書と一体となるものである。) 裁判所書記官印
期 日 平成一二年九月二八日午後二時三〇分
氏 名 (青山の判断により略)
年齢  〓
職 業 フリー編集者
住居  千葉県〓

 裁判官は宣誓の趣旨を告げ、証人がうそをいった場含の罰を注意し、別紙宣誓書を読みあげさせてその誓いをさせた。

裁判官

原告蕃書の 「****」(以下、本件著作という。)という本が出版されたことは知っていますか。
 はい、知っています。


証人は、本件著作を発行するについて何か関与はしていますか。
 はい、しました


訂人が原告に、原稿を依頼したのですか、それとも原告の方から依頼されたのですか。
 私の方から 原稿を頼みました。


原稿の内容については、証人の方から注文をつけたのですか
 飛行機乗りの話という話しだけをしました。


それでは、本の内容については一切原告に任せていたということですか。
 はい、そうです。


原告に原稿を頼んだというのは、証人はどういう立場で原稿を依頼したのですか。
 フリーの編集者という立場で頼みました。


どこで、刊行をしたり編集をしたりするというような身体的なことは話しあったのですか。
 当時は私は主にC社の仕事を請け負っていました。ただしC社の仕事はその下請け会社であるペガサスランドという会社が請け負っていました.


ペガサスランドはどういう仕事を仕事を請け負っていたのですか。
 編集の企画、執筆依頼、編集です。


それを、被告会社の下請けという形でやっていたのですか。
 私は、その下論け会社の孫請けとしてやっていました。

一〇
印刷関係場合の下請け孫請けという関係の時には、元請けと実際の原作者とはどういう関係にあるのですか。
 その辺の関係は一切ないと思います.

一一
実際の関係は、直検交渉した証人と原作者の問題になるのですか。
 そうなると思います。

一二
では 証人が原稿を依頼した本件著作を 実際にはどこで発行するかについては話に出ていなかったのですか。
 訂しい内容については忘れてしまいましたが、私は当時C社の下請け会社であるペガサスランドの仕事を受けていましたので、私としてはC社からの出版すると思っていました。

一三
証人が、原告に原稿を依頼したときには、発行するのはペガサスランドという話はでていたのですか。
 詳しく話したという記憶はありません。原告は私がペガサスランドの下請けの仕事をしているというのは知っていると思いましたので……。

一四
ということは、原告は、証人がペガサスランドの仕事をしているということを承知していたのだから、当然内客的にはペガサスランドで本件著書を発行するという前提で話を進めていたということですか。
 はい、そうです。

一五
ペガサスランドの直接の編集者は誰だったのですか。
 ペガサスランドには一人も編集者はいません.全て編集はC社に任せているのです。

一六
編集が終わった段階で、それをペガサスランドの方に待ち込むのですか。
 はい、そうです。

一七
本件著書の原稿は証人が受け取ったのですか。
 はい そうです。

一八
その原稿を証人は、どこに持っていったのですか。
 C社に待っていきました。

一九
この原稿について 出版契約はしたのですか。
 口頭でしました。

二〇
口頭で出版契約をした際の、出版依頼はペガサスランドになるのですか。
 出版関係については、全てペガサスランドはC社に依頼していましたので この本を出版しようというような決定はC社がしていました。

二一
では、C社がペガサスランドの依頼を受けて出版の仕事を具体的にしてきたのですか。
 依頼を受けてというのとどう違うのか分かりませんが、C社としては、こういう本かできたのがペガサスランドの方で出してもらえないかという形が多かったです。

二二
印刷自体はどこでやっていたのですか。
 ペガサスランドの関係の印刷会社です。

二三
印刷までを終わった段階で、それをC社の方で発行するということですか。
 完成品をペガサスランドに納品するという形になります。

 甲第一号証を示す

二四
甲一号証の四枚目に発行者高橋明夫とありますか、この人はどういう人ですか。
 当時のC社の社長です。この発行所の話なのですが、ペガサスランドが本を作って取次店に持っていっても、受け付けてもらえるものではないのです。C社はその辺の取り次ぎの窓口を持っていますので 本を出したい場合はC社の名前を使わないと本が出せないのです。

二五
口頭でおこなわれた出版契約の内容では、原稿料は誰が支払うという話だったのですか。
 その辺の話はしていません.どこからで出るかについては脱明をしなくても分かっていると思いました。

二六
実際にはどこから支払われるのですか。
 ペガサスランドです。

二七
原告は、その辺の話や事情は知っていて 本件著書の原稿を証人の方に持ってきていたのですか。
 原告がその辺の事情を知っていたかどうかについては、分かりません。

二八
証人は、先ほど実際の発行者はペガサスランドで、その辺の事情については原告も承知しているはずだと先ほど言われましたか、どうして 原告が承知していると思われるのですか。
 原告を紹介してくれた作家がいるのですが、その方も同じように形で以前に発行していますしその方の紹介でしたので私からは細かい説明はしませんでした。

二九
では、本来ならば原告に対してペガサスランドが原稿料を支払う予定だったのですか。
 そう見ています。

三〇
実際に本件著書を発行してから、原稿料として原告に対して一部は支払ったようなのですが、それは、C社が払ったのですか、それともペガサスランドが払ったのですか。
 ペガサスランドが倒産してしまい、原稿料が支払えなくなったので在庫のあるペガサスランドの方に私からなんとか支払ってもらえないかと頼んだところ、C社の名前で出しているのだから、できるだけ払っていこうということで、私の関係で四人の方には分割で支払っています。

三一
原告の原稿料とは別に.外の作者四人の方に、ペガサスランドに変わって、C社が原稿料を支払っていったという経緯があるのですか。
 はい、そうです。

三二
ペガサスランドが倒産したことによって 原稿料の支払いができなくなってきたことは証人の方から原告に話はしたのですか。
 一度しました。

三三
どの没階で、話をしたのですか。
 ペガサスランドがだめになった昧点で、私がC社の方に交渉して一〇〇万円を預かり、それを四人の方に分けて原告には一〇万円を渡したと思うのですが、そのときにちょっと支払いが遅くなるが待ってくれという話はしました。

三四
その際に、ペガサスランドが本来払うべき立場なんだけどという話はしているのですか。
 ペガサスランドが倒産したという記はしました。ペガサスランドが本来支払うべきお金であるのをC社になんとか頼み込んで助けてもらうようにするから、待ってくれという話はしました。

乙第一号証を示す
三五
その際に、原告から変け取ったのがこの領収書ですか。
はい、そうです。

三六
 このお金を渡す際に、その後の支払いについては、どこがどのような形ですると説明したのですか。
 C社の杉原社長が在庫があるということに責任を感じていましたし、私の方から何とか作者の方に原稿料を支払ってほしいと懇願したところ、杉原社長は 本来ならば払う必要がないけれども私の立場がよくなるのだったら少しずつでも払っていこうと言ってくれました。

三七
本件著替は、どのぐらい印刷したのですか。
 たしか、一万三〇〇〇冊くらい印刷したと思います。

三八
どのくらい売れたかについては知っていますか。
 三〇数パーセントです。

三九
その後、C社の方から、印税という形で原告の方に支払われているのは知っていますか。
 はい。私がお願いしましたので。

三九
原告が現在被告に対して六〇万一七一二円の支払いを求めていることは知っていますよね。
 はい。

原告
四〇
証人と私が本件著作を出版するという話をしたときにはペガサスランドという名前は出ていなかったと思うのですがどうですか。
 原告を紹介してくれた方が、同じような形で出版していましたので、説明はしませんでした。

四一
そのときの契約の内容、契約相手や出版部数についてはどのような話をしましたか。
 口頭での契約ですので、完全な契約書みたいなことは口にしていないと思います。

 以上

 どうだろう? これを読んでいるとまるで青山が無関係な第三者に言いがかりを付けているように見えるではないか。
2002/07/09 月曜 裁判記録
【インターミッション】
 期日もだいぶ進んだ。
 この間に様々な情報が集まって来た。裁判の証拠として使えるようなものや、情況証拠にしかならないもの。裏付けの怪しいものなどがあった。ここでは少し、これらの「怪しいデータ」も含めて並べてみる。

 まず、会社の経営関係である。
 当初に言われていたC社とペガサスが親子会社である、という点に付いてであるが、これらは「灰色」であった。C社の前社長高橋氏の頃の謄本を調べると、ペガサスから会計監査として一人、ある人が入っている。経営関係があるとも言えるし、ないともいえる。
 ただ、この謄本を見て某作家氏が声を上げた。

「この高橋って、コアラの社長だよ」
 以前、KY氏がぼくの所に話を持って来たプロダクションである。

 塚田氏と、C社の関連を調べようと、証券会社に手を回して公開されていない会社の株主を確認出来ないか、やってもらった。結果から言うと分からなかったのだが、スピンアウトとして某作家氏から情報が得られた。
「君、知らなかったの? KY氏ってC社の株主だよ」
 株主、というのがどの程度の株主か、というのは分からなかった。と言うのも、C社が出入りの業者に自社の株を買う様にと進めていた、とはまったく別のフリー編集者から聞いていたからだ。
 積極的な大株主か、形だけの小株主なのかは不明である。もっとも、前者である可能性が高い。というのも、複数のルートからKY氏と塚田氏が非常に親しいと聞かされたからである。
 どれぐらい親しいかというと----会社が倒産すると、なんだかんだ言って社長は債権者から追いかけまわされる。
 大陸破産時に自宅に同氏をかくまっていたのが、KY氏だと言うのである。
 それまで、ぼくはKY氏を出入りの嘱託業者であると捕らえていた。
 つまり、ペガサスランド倒産に伴って損害を受けた側だと受け取っていたのである。だが、塚田氏との関係や、株主であると言うのであれば資本管理にまでかかわる経営者に近い立場の人間だったと考える余地が生じる。
 KY書簡で同氏はしきりに「なぜ、自分に相談してくれなかったのか」と言っているが、こちらはただのフリー編集者だと思っていたのだ。KY氏がC社の資金運用にまで関与出来ると知っていればもっと別の対応を取っていただろう。----もっとも、これも後の祭りであり、推測も多分に含まれている。

 KY氏の経営関与のみならず、かの塚田氏も現在C社内で働いており「岡田」と名乗っている、という。岡田、KY氏に確認のFAXを送った発信者である。
 公判の中で「岡田氏は何者か?」ととうた所「出入りの業者で、岡田氏が当社の経理に問い合わせて残額を確認した」という。当初、山本氏は電話で「判らない」と答えている。岡田氏に付いて更に問うた所「本件とは無関係であるので、回答しない」と帰って来た。
 経理を派遣社員に託すのは珍しくない。出入り業者であればそのように答えても良いものを明白にしないのはこちらの不審を増すだけである。

 これらの情況がより早期に判っていれば訴訟の方向も違っていたかもしれない。

 三回目の公判までは杉原社長が直接出て来ていた。
 四回目からは代理人を立てて来た。しかも、二人である。こちらの請求額は六十万。
 一方、弁護士費用はいくら掛かるのだろう? 結果として簡裁での公判五回、地裁での弁論と弁論準備四回。拘束時間は膨大であり、手付金をふくむ報酬がかかる。こちらに払ってもらった方が遥かに安く済むのではないか。

 これは代理人が勝手に書いたものかもしれないが準備書面に「契約は勝手にKY氏が結んだもので……」との表記がある。すべての責任をKY氏に押し付けるような言である。ぼくはC社に対して怒りを感じているわけではない。しかしながら、かように第三者に押し付けるのは許しがたい。
 さて現在KY氏は南風出版というプロダクションの経営者であると言う。
 名刺にもそう刷りこまれている。謄本を確認すると都内に籍がある。しかしながら、実際には連絡もすべて千葉にあるKY氏の自宅に取る段取りになっている。ペーパーカンパニーにしても、税率の高い都内よりも、地方の方が有利なはずである。
 何のための会社なのだろう?

 さらに付け加えるのであれば、本件書籍のトラブルがあった二ヶ月後のC社の出版物を見ると、印刷所も製版所も変わっている。
 ぼくの側から確認する術はないが、印刷所製版所も奥付に記されながらも、契約はペガサスランドとされてしまったのではなかろうか? もしそうだとすると、ペガサスランドにかかった費用は六十万ではすまない。ぼくを含め五人、未払いを受けている作家を確認している。書籍の製作にかかる費用、つまり印刷所製版所に支払われる費用は作家に対する印税の三倍から四倍になると言われている。

 C社が意図的にこれらの金銭を詐取したとは考えていない。
 「悪意」を持った解釈であるが、危なくなったペガサスにおっ被せて潰してしまった、と言うあたりが近いのではないか。
 いずれにせよその金額は作家の印税の数倍、数千万に昇る。これでは契約を認めるわけにはいかないだろう。

 関連会社、というと正確ではないのだろうが、先のコアラ、KY氏の南風出版に加えて某S出版社が深い関係を持っていると聞く。これも噂であるが、C社に出すつもりで原稿を渡した所、S出版社から出されたなどと言う馬鹿な話もある。
(これには反対に、関連印刷会社がS出版社に出資しているという噂もある)
 C社そのものも新しい会社ではない。
 謄本によるとだいぶ以前に社名変更している。旧名は筑波書林(!)である。
 こんなにたくさん関連の会社を作ってどうするのだろう。

 なおかつ、現在(2002.7)でもC社は著者と出版契約書を取り交わしていないという。
 これで、もし、編集作業がコアラなり南風出版を通していれば、ぼくの時と同様、契約関係が曖昧になる。悪意を持った見方をすれば何かあった時に切り捨てる準備をしているとも受け取れるのである。
 もっとも、C社は倒れないだろうとの観測もできる。
 データベースをあたってみると《東京商工リサーチ企業情報》に次のようなC社の実績があった。

業績  :
決算期   売上(千円)
2000. 5 300,000
1999. 5 290,000
1998. 5 280,000
1997. 5 300,000
1996. 5 300,000
 この出版不況の中、実に素晴らしい優良企業である。いったい何をどうすればこれだけの利益を維持出来るのか、是非お教えいただきたいものである。

2002/08/12日 月曜 【判決と強制執行】
武蔵野簡易裁判所前で
武蔵野簡易裁判所前で
 そんでもって、裁判記録。
 KY氏の証人尋問もやった。
 結審間際の期日では、杉原社長と不肖青山の本人尋問もあった。
 本人尋問はちょっと面白かった。それまでは書記官が書き留めるだけであったのに、証言台の前に小型のCCDカメラがセットされていた。
 アメリカの様に片手を聖書に置いて宣誓するわけではないが「真実を話す事を誓う」由の書かれた紙を読み上げさせられた。裁判官から「嘘はつかない事、偽証罪に問われる事がある」注意があった。

 そしていよいよ、判決の日が来た。
 判決は何も当事者が出席する必要はない。判決文が郵送されるからだ。
 だから、判決の刻限、法廷は閑散としているのが常だ。恐らく、ほとんどの場合、裁判官は無人の法廷で判決主文を読み上げるのだろう。
 だが、平成12年(ハ)第494号事件では十人近い傍聴者があった。
 裁判官は淡々と判決主文を読み上げた。
「平成12年(ハ)第494号。原告、青山智樹。被告株式会社C。原告の主張を認める」
 全部勝訴であった。
 総合的に判断して、青山とC社の契約が存在した、と裁判所が判断したのである。
 事務室へ行って判決文を貰い、裁判所の前で「勝訴」と書いた巻紙を広げて記念撮影をした。駅前のライオンで昼からビールを飲みながら仕事場のメンバーで打ち上げをやった。

 だが、待てど暮らせど印税は支払ってもらえない。
 ここで理解した事がある。裁判に勝とうが、契約書があろうが、先方に払う気が無ければ払ってもらえない。

 そこでこちらが取った手段が強制執行である。
 一審の判決に強制仮執行が付与されていたため、控訴審が終わらなくとも先方の財産を押さえられる。
 面倒な作業である。
 弁護士事務所に依頼すると十万近い費用がかかるというが、自分で動いて納得した。
 まず最初にどこでなにを押さえるか決めなければならない。一般的には銀行である。先方と取引きのある銀行を調べ、この銀行の会社謄本とC社の会社謄本を取る。
 ついで裁判所に出向いて執行文付与申請を出し、判決に従って強制執行する書面を付け加えてもらう。
 今度は東京地方裁判所21部へ出かけて、申請を出す。地裁21部は強制執行等の専門部署である。
 申請書そのものがあって当事者目録を出し、押さえるべき債権の目録を出す。定期預金に始まって外貨建預金まで含む膨大なものである。
 これは裁判所だけでなく、当事者であるC社、第三債務者と呼ばれる銀行に送られるためそれらの人数分提出し、なおかつ、書面上に不備が有ってはならない。
 何しろ、まったく無関係の銀行さんを巻きこむのである。ちょいと間違えたからとて訂正印では済まないのである。
 ぼくの場合も一度だけだが、書き直しを指示された。
 しかも、これらの書類はC社と銀行に送られ、銀行から裁判所に受領したとの返信が送られ、こちらにも受領書とさらに支払う能力、意思があるかの調書が送られて来る。
 膨大な郵便が発生しこれらの宛名書きまで裁判所はやってくれない。
 かてて加えてこのご時世、21部がめちゃくちゃ流行っている部署で書類を出して審査にかかるまで一時間待つのはざらである。
 これだけやって、C社が貧乏だったり、あるいは支払いを済ませた直後だったり、銀行から借り入れが有ったりしたら相殺されてすっからかんという恐れとてある。
 そうしたらまた一からやり直し。
 他の銀行を当たるか、預金のありそうな時に執行を掛けなければならない。
 幸いぼくの場合、一発であたったが、取引銀行三つを調べ、どこが一番支店規模が大きいか、メインバンク臭いのはどれか、見当をつけて上の事である。

 郵便があちこち回る上に裁判所の事務処理に時間がかかるため、申請に最低でも二週間かかる。
 申請が認められると、こちらが直接、銀行に連絡を取って支払いを受ける。裁判所は動いてくれない。そんなに暇な役所ではないのだ。
 この手続きも銀行によって違うらしく、ただ振込みで済む場合もあるらしいが、ぼくの場合、印鑑証明と実印を持って行って突いた。
 仕上げに裁判所に取立完了届と判決文の返還の書類、受書をだして、判決文を返してもらって終わり。ふぅ。
 書類は膨大であるし、拘束時間も長い。裁判所はやたらに和解を勧告するが、下手に命令など出そうものなら裁判所も仕事が増えるのである。
 しかし、である。
 この時また、ぼくは疑問を強くしていた。
 なぜ、C社はここまで意固地になる? まず60万と言う金額が年商三億の出版社にとってそこまで固執する金額なのか? その金額よりも銀行に強制執行を受ける方が社会的信用度に深刻な悪影響を蒙りかねないのではないか。

 強制執行と前後して、裁判所から連絡が届いた。先方が地裁に控訴したのである。
 舞台は東京地方裁判所に移った。

2002/09/17日 火曜 【控訴審】
 四谷から地下鉄丸の内線に乗り一番後ろ、霞ヶ関A0の階段を上ると、すぐに裁判所合同庁舎前である。
 最初、足を運んだ時はどこがどこだか判らずにうろうろしてしまった。
 銘版にはただ「裁判所」と書かれているだけなのだ。現実には二〇数階だての建物の中に、東京簡易裁判所、東京地方裁判所、東京高等裁判所が入っているのである。
 はいってまた、担当の地裁13部がどこにあるのかわからずにうろうろしてしまった。
 実際の期日が来る前に、実は何度か足を運んでいた。強制執行の関係があったからである。
 最初、訴状が届いた。ただ、控訴すると言うだけの内容だった。続いて第一準備書面が届いた。ぼくにはどこがどうなっているのだか理解出来なかったが、武蔵野簡易裁判所の判断のすべてに法的な異義があるということらしかった。
 こちらは答弁書を提出し、期日を迎えた。13部でカードに記名し指定された法廷に出頭する。
 簡易裁判所と違って広く、天井も高く、威圧的である。廷吏も三人ほどが準備に当たっている

 数名の傍聴人と書記官と、廷吏さんが法廷で待っていると、裁判官が入廷した。
 三名である。
 地裁の場合、裁判官は一人ないしは三人と聞いていたが、まさか、六十万の訴訟に三人出て来るとは思わなかった。
 開廷が宣言され、裁判長らしき人物があっさり言った。
「当裁判所としては武蔵野簡易裁判所の判決に多いに疑問を持っています。で、和解を勧告します。控訴人弁護人はそれでいい?」
 C社弁護人が起立した。
「はい。私としても簡裁でC社を説得できませんでしたが、ここまで来たのなら、仕方ないとの了承を受けています」
「被控訴人はどう」
「はい。条件次第ですが、和解の協議に入る準備があります」
 和解勧告がなされるだろう、とは予測していたので準備していた答えを述べた。
 もうすでにお判りだろうが、裁判と言うのはもの凄い労力が必要である。起訴・控訴する側もされる側も手間がかかるし、裁判所も人手を割く。武蔵野簡裁ですら公判九回。KY氏の証人尋問、C社杉原社長と、青山の本人尋問をやっている。
 裁判官、書記官の拘束時間、場所代、公判の事前準備と事後に生じる事務処理費用人件費。
 ちょっと考えただけで気が遠くなる。
 民事とて裁判は社会的な意義があるだろうが、とてもじゃないが対費用効果で考えていたら割りがあわない。
 現実問題として控訴審の場合、和解で終るのがほとんどであると聞いているし、条件と言うのも、また、考え物である。控訴審が始まった時点で向こうもこちらも金銭的には足が出ているし、ぼく個人の考え方としても業界として妙な前例が出来なければ構わないと考えていたからだ。
 ただ、もちろん裁判官の「武蔵野簡易裁判所の判決に多いに疑問を持っています」との弁に釈然としていなかったのも事実だ。
 ぼくの方から見れば、C社がトンネル会社を作って倒産したペガサスランドに負債をおっ被せてしまった、と見えているわけである。
 で、ここに至るまでC社とペガサスランド間に取引があったと言う契約書面も、それらしいC社の帳簿も提示されていない。奥付にもC社とぼくの名前があるだけでペガサスランドのペの字もない。
 勝ちはこちらにあると確信していたのである。
 にもかかわらず、判決をひっくり返すかも知れないとの言葉。
 その場で期日が設定され、次回は弁論準備という事で書記官室への出頭が指示された。

 和解に応じても良いと考えていたのは、幾つかの条件を踏まえた上、金額的にもこちらの有利に進むだろうと予期していたからである。大抵の場合、中間を取るらしいのだが、およそ60万の請求に対して最初に武蔵野簡裁が提示した和解額が30万。
 地裁から勧告があったとしても一度勝っているのだから、30万を上回るだろう。
 そして、最初の弁論準備。
 一応、こちらの主張する書類を出して、書記官室に向かった。書記官室で待っていたのは一番若い裁判官。どこか関西風のイントネーションで話すあんちゃんだった。後に名前を確認すると大野という名だった。
「ええとですね、どのような条件であれば和解します?」
 こちらはまず、金額には触れずに、出版業界のなかで悪い前例を作らないような条件にしたい、そのように話を進めて行った。
 悪い条件、というのはつまりは契約関係である。
 奥付にも書かれていない会社が取り引き相手では絶対に困る。
 また、青山との例を前提に他の著者に印税不払いを主張されても困る。したがって、この和解を他の著者に適用しない。

 こちらが一連の主張を述べると交替して、今度はC社側が書記官室に入って裁判官がこちらの意向をむこうに伝える、という作業にかかった。
 次はまたも入れ代わって裁判官と話をする。
 第一回の弁論準備で、C社の提示した回答は激怒ものであった。
 つまり「この和解を他の著者に適用しない」と言うのは、認められないと答えて来たのである。換言すれば他の著者へ不払いを確定すると言っているのにも等しい
 C社提出の乙号にも証知人友人たる同業者が、KY書簡にも他の著者に対する印税の未払いがあるとして名前が挙げられている。
 もし、こんな所で妙な和解や、敗訴などしようものならタコ殴りにされる。
 民事であり、なおかつ和解である場合、特定の和解が他の訴訟に影響をあたえる事はない。法的には。
 しかしながら、C社が青山との和解を前提に今後、印税を支払わないと、何も知らない著者に言うだけは言えるのである。
 善意に取れば、C社代理人が当たり前の事を当たり前の様に言っただけかもしれない。
 だが、ぼくから見れは当たり前の事すら認めないC社の態度は天誅でも加えたいほどの怒りを覚えた。
 いずれにせよ、第一回の弁論準備は物別れに終わった。

 第一回の弁論準備でおよそ二時間。
 あらゆる業種の中でもっとも時給単価の高いとされる法曹関係者をこれだけ拘束したことになる。
 和解しても構わない、そう考えながらも、ぼくのなかには不信と不満が渦巻いていた。
2002/11/04日 月曜 【第二回弁論準備から和解】

 不信と不満。
 一つはC社に対するものであり、今ひとつは裁判所と言うか、日本の裁判制度に対する不満である。
 一審勝訴して、二審勝訴も間違いない、と確信していたが裁判所はかなり強硬に和解を勧告して来た。
 そこで感じた不満は本当に裁判官は書類に目を通しているのだろうか? という疑問である。別に大野裁判官や、裁判長が職務怠慢であると言うわけではない。だが、他にも事件を抱えているだろうし、ぼくの事件だけだとて双方の準備書面20通以上、証拠書類25点。これに全部目を通して理解できるかというと、いかに裁判官が司法試験を通った秀才で、なおかつ経験を積んだ熟練者でも難しい。
 熟読したとしても、判決を精査した程度かもしれない。

 地裁の建物は確かにばかでかい。
 だが、都庁よりはるかに小さい。
 司法、立法、行政は国の三本柱をなす国家権力であるが、なかでも司法は軽くみられすぎている。
 仮に裁判官が全記録を精読していなかったとしても、それを職務怠慢とは責めたくはない。どう考えてもオーバーワークなのだ。武蔵野簡易裁判所では裁判官一人で年間、一千件もの事件を審理していた。地裁、高裁では事件数は減るだろうが、それでも今の十倍の規模があって妥当だろう。

 国家天下を論じていても始まらない。
 一審では、事実関係を確認するような審理が薦められ、二審では一審の不満に対する審理だけが行われるという。
 また、様々な主張の中で枝葉を刈り取る様にして審理を薦めると言う。
 そうやって考えると、この訴訟の骨格は「青山と出版契約を結んだのはだれか? コスミックか、ペガサスランドなのか?」という点に尽きる、らしい。これを法的にたぐって行くと、武蔵野簡裁の判決に穴があるのかもしれない。
 だが、倒産したトンネル会社に負債を被せてよしとするのを日本の司法制度は認めるのだろうか?

 いずれにせよ、第二回の弁論準備が始まった。
 今回は先方の代理人だけで、杉原社長は来ていなかった。
 一ヵ月の間があったので、ぼくは二つの譲歩案を提示した。どちらかであれば和解に応じる、と言うものである。

1.和解金額はこちらの主張する60万なにがしとする。
 ただし、契約者については限定しない。

2.C社と青山の間で別途、出版契約を結びなおす。
 ただし、金額は裁判所の提示する物を受け入れる。なおかつ慣例である10%の印税ではなく定額の報酬と言う形にする。

 1.は受け入れられない、と代理人から即答された。
 2.は検討する、との回答を得、裁判官も良案であると受け取ってくれた。

 最終的に2に微細な修正を加えたもので決着を見るのだが、本当の事を言うと1を受け入れて欲しかった。
 そうすればC社が出版刊行を守ってくれた、と言うことができるからである。日本の出版界は信頼で成り立っている。口約束で契約がかわされ、印税原稿料が支払われる。契約書を取り交わす場合もあるが、ドラフト(事前協議)がかわされるケースは少ない。
 結局は信頼なのである。
 この文章を見て、あるいはぼくの事件を知って「C社とは仕事をしたくない」という話が四件ほど入って来ている。一種の風評被害だろうが、もし、C社が1案をのんでくれていたら、著者のC社離れはなかっただろう。C社にとっても望ましい結果に結び付いたと思う。

 第二回では杉原社長が欠席していたため、細部まで詰める事はできなかったが、第三回の弁論準備で和解が成立した。
 地裁によるかなり強力な和解勧告があった。こちらは最後の最後に「本当に準備書面を読んでいただけるのでしょうか?」的なある意味失敬な書面すら提出した。裁判官に読んでもらっているか、という質問を口頭で発して、数度の入れ替えがあった。
 最後の最後に
「C社はかくかくと言って来ているが、これでよろしいか?」
 の質問があって、不満はあったが、一度第2案の様な条件を提示している。引っこめる事は出来ないし、万が一負けたりしたら大事である。
 更に恐れたのは「青山との契約者がペガサスランドである」などと言う認定がでた場合である。法的にはどうなるか判らないが、原理的には今まで分割で受け取った額を含めてC社に返した上で、ペガサスから債権者としての払い戻し金を受けるという事になりかねない。
 しかも、これは判決であるので、和解よりも大きな強制力を持つ。

 両者が書記官室に入り、裁判官が口頭でメモを読み上げ、書記官が書き移す。
 ここで失敗、あるいはもっと巧く出来るかと後になって思ったのが契約書の取り交わし方であった。
 こちらは契約書のようなものを取り交わすつもりでいたのだが、裁判官も、C社代理人も、ろくろく出版契約書など見たことも、慣行なども知らない。
 意思の行き違いがあり、契約を一月三十日に締結し、2月28日に終了させ、C社は二次著作権を放棄する(著作権法にしたがうとすれば、すでにとうに切れている)などの珍妙な条項の入った和解調書となった。
 奥付の意味合いを盛りこませる事はできなかったが、
「この和解は当事者のみに於いて有効である」
 だけは認めてもらった。
 杉原社長、同社代理人が退出し、残った裁判官にぼくは二つの質問を発した。
「お答えはいただけないのかもしれませんが、奥付の意味合いをどうお考えになります? また、もし判決を頂いていたとしたら、どちらが勝っていたでしょうか?」
2003/03/07 金曜 【考察と不満、将来への教訓】
 奥付というものはその書籍に関係した人たちの責任の所在を明らかにするものだと、ぼくは考えていた。
 この裁判は金銭関係が主であったが、内容に関する問題が発生する場合もある。よくあるケースとして差別語の問題であるとか、あるいはぼく自身の著作でも製版に関するトラブルを経験した。
 奥付には発行人という記述があるが、嘘か真か、これは戦時中、検閲で引っかかったときに引っ張る人間を決めるために書くようになったとも聞く。
 そこで「奥付の意味合いをどうお考えになります?」との質問を寄せたのだが、裁判官は「いや、ちょっと」と言葉を濁して、そそくさと調停室を後にした。
 T弁護士にも調べてもらい、自分でも著作権法を紐解いたが確かに奥付が何を意味しているのか、明確な規定は見つからなかった。
 少なくとも、ぼくのケースの場合、奥付よりも契約が優先され、その契約の有無が争点となっていたらしい。
 確かに「奥付に記載された著者」と「実際の著者」が異なる場合がある。端的に言ってしまえばゴーストライターである。タレント本などの場合、実際にタレントが書くのはまれである。

 もうひとつ、これは答えをもらえないのを確信しながらも質問を発した。
「もし、判決を頂いていたら、どちらが勝っていましたか?」
 もちろん、答えは貰えなかった。

 後にT弁護士と協議したが、
「いろんな考え方があるけれど、裁判所はこちらが正しいと判っていても、法律的には契約関係が明確にできないので、個人を守るような判断をしたんじゃないかな? だけれど、判決を貰っていたらどうなっていただろうね?」
 負けるわけにはいかない、という政治的判断から和解を受け入れた。

 無論、不満はある。
 一つはC社のものである帳簿が提示されなかった点である。帳簿らしき物は出て来たが、これはペガサスランドのものであり、清算担当弁護士から入手したと主張しているが、表紙も何もなくC社のものである可能性も捨て切れない。

 二つ目は著作権法に関する議論である。地裁では著作権法に関する議論が一切なされていない。著作権の利用とは著者が著わした物を複製して配布する権利であり、もし、ぼくとの契約がペガサスランドと結ばれたものであるとすれば、C社は著者の同意なくして著作権を利用したことになる。

 第三は直接当事者である(と、C社が主張する)ペガサスランドの意見がどこにも出て来ていない点である。担当編集者であるKY氏、C社社長杉原葉子氏、原告たる青山の本人尋問まで行われたのにペガサスランドの片鱗はどこにも見あたらない。ペガサスランドがぼくと契約したという意識があるのか、そもそも、本当にそんな会社が存在したのか、なにも明らかにされていない。

 これらを審理するためには膨大な労力が必要であり、裁判所の労力は増大する。たかが、60万の事件にそこまでできない、というのも強硬な和解勧告の理由の一つかもしれない。

 だが、裁判所も本当は真実がどこにあるのか、判らなかったのではないか? どう判決していいのか、判断が付かなかったから強力に和解を勧告して来たのではないか?
 いまでは、そのように考えている。

 出版社による印税、原稿料の未払いは前例はいくらでもあるし、意図的なものでないとしても現在の経済情況からして増大してしかるべきである。
 著者の自衛策として、契約書を取り交わすのも一法であろうが、C社のようにトンネル会社を利用されたり、本当に潰れてしまったらお話にならない。

 そんな時「会社が潰れちゃって、大変だったね」そんな風に同情できる編集者と仕事をしたいと思っている。

 T弁護士によると「KY氏に対して損害賠償請求できるよ」との事である。法律的な解釈ではぼくと契約したのは、ペガサスでもC社でもなくKY氏であるとする余地があるらしい。
 とすると契約不履行という事でKY氏に請求できる。
 また、平成12年(ハ)第494号裁判の過程で明らかにされた「本契約社を青山に充てて明確にしなかった」責任として、差額をKY氏に請求できる、らしい。
 だが、ぼくはKY氏に対する請求はするつもりはない。法律的にどうあろうと編集者を敵に回す気はないからだ。特にこの場合、KY氏は本当に何も知らなかったのか、あるいは伝達事項を一つ伝え忘れたか、それだけの落ち度でC社の尻ぬぐいをさせるのは気の毒だ。

 C社についても、今一度、依頼があれば頭からこれを断るつもりはない。もうすでに済んだ事なのだ。まあ、契約書を作ってくれぐらいは言うつもりだが、向こうの方としても青山なんざお断りだろう。

【付記】
 昨年末、C社は社名変更した。一部の著者に対しては「業務拡大のため……」と理由を明記した文書が送付されたと聞くが、もちろんぼくの所には届いていない。

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