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2000年SF大会Zero-Conレポート

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2000/08/05 木曜 ゼロコン初日
 SF大会。
 どうも今年のSF大会は「事前」「個人的な」盛り上がりが足りなかった。

 例年であれば「もうすぐSF大会だ(わくわく)×2」となるのだが、今年はまったく感じられなかった。
 一つは野暮用が多かったり、仕事ばかり忙しいくせに、銀行残高に余裕がなく、精神的に参っていた部分があるだろう(もちろん、実行委員会の責任なんかではない)。
 極めつけが前日の娘の発熱である。
 この時点で参加をあきらめた。
 が、初日一発目にぼくがどうしても出席しなければならない企画がある。技術的な問題を含む企画なので代任を頼むわけにも行かない。
 娘をどうにか娘の母親に面倒を頼み、さらに「夕方の宴会にはどうしてもでたい」という同人の意向を尊重するため、バックアップのために実父の応援を頼んだ。

 すでに気分は最低だった。
 極めつけが、東横線の遅延である。菊名あたりで止まってしまったのである。
 すぐに手前からの折り返し運転を始めるとのアナウンスが有った。腹をくくって動くのを待とうと、そのまま乗っていたが、もはやオープニングに間に合わない。
 気分はサイテーである。
 もはや、自分の企画をやり遂げ、連合会議に出席して、それで良いや、というかなり投げ遣りな気分になっていた。
 が、炎天下を歩いて会場入りすると、憂鬱は吹っとんだ。

会場風景
 会場風景。
 たまたま時間新聞のブース

 オープニング終了、十分前だったが、数人の旧友と逢い、雰囲気に浸っていると燃えてきた。
 娘の母親に頼まれた水木一郎のチケットを確保して、自分の企画の部屋に向かうと、スタッフが何もわからず(ちょっとした化学実験をやる予定だったのである)右往左往している。助手を頼んでいた二人も来ているが、指示を出す人間がいないと話が進まない。
 慌ててセッティングを進め、予想以上に集ったお客さんの場を持たせるために導入を始め、S先生の登場を待って、企画を始める。手違いがあって予定の物全部は出来なかったが、そこそこ受けた(と思う)。予定の二時間が一時間足らずで終わる。

 ディーラーズへ向かって挨拶回り。当然の様に星界企業につかまり、コミケ販売用の宇宙塵にサイン入れ。下手に部数が多いものでツライ(コミケ、よろしく)。
 ここまで30分程度。

ディーラーズ風景

 ディーラーズ風景。
 プライバシー保護のために画像を加工してあります。

 どこで逢ったのか色々あって、いちいち思い出せないので、明記できないが沢山の人から「ホームページ見てます」といわれ、冷や汗をかく。もっとも小谷女史から「料理教室、楽しみにしています」といわれ、増長する事にする。

 山岸真さんにはきぇぇぇと威嚇されたが、大森望にはなぜか逢わなかった。やはり避けられているのだろうか?

 なお、こうしたネット関係者に会うたび「ボク、今度SFの敵と名乗ることにしました」と宣言したが鼻で笑われた。

 定時に『ファングループ連合会議』
 ま、いろいろ、説はあるでしょうが、とりあえずSF大会の中心なのでもうちょっと皆さん興味抱いて! ってのはともかくとして来年、
 2001年は幕張。大会名は未定。「テーマは明るい21世紀」
 2002年は島根。大会名は「ゆ〜こん」合宿型。テーマは温泉。

 三年以降、立候補が三つ出ていて、大阪と、栃木と、和歌山
 ま、これは日本的に協議で適当に決るでしょう(と、思ったがそうはならなかった。後述)。

 で、これ、噂と言うか間接的に聞いていたのだけれど「2007年、世界SF大会、日本招聘」が公開された(招致委員長、井上博明)。2004年の世界大会で承認となるが、そうでなくとも日本大会はもちろん開かれる。

 星雲賞についてもまあ、議論や報告すべき内容はあったけれどパス。どこかで詳しくでるでしょう。

 連合会議後、いろいろと手筈を整え、来年の大会の申込みをする。もちろん、ゲストなんかとして呼ばれないため(もっとも、SFの敵なので呼んで貰えないかも知れない)事前に一般参加者として申込みをする。

 いろいろ異説はあるのは承知しているけれど、いわゆるゲストと呼ばれるような人でも大会に呼んでもらったりせず、自分で参加すべきだと思っている。SF大会の運営は大変です。実行委員会は、金だって負担してます。もし、参加費一万で、ゲスト百人だとしたら、百万かかるわけでそれを実行委員会に強いるのは、SF大会全体の発展に寄与せんでしょう。

 で、慌てて帰る。
 実はこの後、小松研との会食、SACの合宿とあったのであるが、熱を出している娘の世話をみるために慌ててオールキャンセル。娘の母親は会食に出るために入れ代わって横浜にやってくる。
 リリーフを父親に頼んでいたが、娘はすっかり回復している。
2000/08/06 日曜 ゼロコン二日目
 SF大会、二日目。娘とその母親づれで出かける。東横線が止まる事もなく順調に到着。
 電車の中でプログラムのチェック。

 朝一発目のプログラムをのぞく。『ワールドコンの部屋』と……えーと、何だったかな? だが、結局、会場入りして企画をみていても、娘が持たない。「遊び行く」「お姉ちゃんの所」「ユキちゃんとこ」
キッズコン風景
 キッズコン風景

 キッズコンというまあ、子供遊ばせ部屋がある。そこへ行く。娘は大喜び。こちらは仕出しの昼飯を食い、少し休むかと思うと、友人の子供に戦いを挑まれる。
 インディアン・デス・ロックを決めるが、子供相手では身体が柔らかく全然利かない。カナディアンバックブリーカーが多少利いた。と、おもったら逆襲されて股間を蹴り上げられ、その間に敵の妹が「お兄ちゃん、がんばって」と、背後からチンロックをきめてくる。
「パワーボムかけて良いか?」
 と聞くと構わないと言うがかけると死ぬのでかけない。攻撃は増強する。娘は一人で遊んでいる。

『ワールドコン招致委員会』と言うのがある。娘をかついで駆けつける。2007年の世界SF大会を日本に呼べないかと言う動きは何度もあった。今回は去年あたりからぽつぽつ情報が入っていた。で、正式発表&説明会である。
 なかなか真面目にやっている。
 今更ぼくのようなジジイに何もできないので積極的協力をするつもりはないが、ちと気になる。
 娘がぐずり出したので、ディーラーズルームへ戻る。子供たちが何人かいるからである。子供たちと遊んでいる間に数人の友人と邂逅。しかし、秋月○お、が宇宙塵に書いていたとは知らなかったぞ(コミケでサイン本が売られるはず。客層、違うだろうけれど)。もっとも、いつまでも遊んでいられない。

 この朝企画の変更をチェックすると『連合会議2』という特設企画が入っている。どうも、三年後の大会の開催場所を決めるちょっとした集まりらしい。軽い気持ちで顔を出すと代議員出席を採り、本格的にやっている。来て良かった。
 ようは2003年の大会をどうするか? 規定では協議の上、となっているが、まあ、和歌山は降りた。
 で、大阪と栃木なのだが、なかなか双方譲れない事情がある。
 喧喧囂囂議論した上「参加者による投票で行けないか」と「この場で代議員の投票で決める」が有力となり、代議員による挙手。
 が、ほぼ、票が割れてしまう。この場合、委任状は入っていないので、いずれも過半数割れして決めらない。議長採決で「参加者による投票」に決定。これがすぐ出来るかどうか、が問題だと考えられるが、その場から木原実行委員長が指示を飛ばして解決。
 日本のSFファンってのはこういう場当たり的な活動は速いのに、どうしてじっくり時間を掛けると揉めるのだろう?

キッズコン風景
 クロージングセレモニー

 エンディング。
 ま、いつもの通り。
 暗黒星雲賞の後、でかい部屋に集まって、セレモニー。
 ここで栃木と、大阪のプレゼンが四分間入ったが、実行委員会の挨拶が削られたらしい。

 今回はやけに連合会議のことを長々と書いてしまったが、これはこれでぼくの苦悩の現れなのである。
 SF大会の運営は大変である。
 スタッフ間の人間関係や、会場との折衝。そもそも会場相手にSF大会とは何か? から説明しなればならない。プログレスレポートの作成、発送だって同人誌を一度でも作ってみた人なら、その作業の膨大さは判るだろう。
 何年か前は「このままではSF大会はなくなってしまうのではないか?」という危惧さえ生まれた。
 これを何とかしてやりたいと思う。楽に出来るようにしたいと心底、思う。
 だからといって、ぼくのような年寄りが入って行っても結局は事態を複雑化させるだけるだけだろう。ゴタクばかりは並べるくせに、行動力も体力ももう着いていけない。
 とすると、ぼくに出来る事は多くない。
 参加費を払う一SFモノとして「必ず、早期に参加表明をする」と「連合会議を通じて動く」ぐらいである。

 本当は、一千万くらい用意してポンと木原の前に置いて「好きに使え。余ったら返せよ」と、やりたかったが、残念ながら……ノーベル文学賞を取ったらやります。

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