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香港返還紀行97

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■1997年6/28日 土曜日
 モノレールとバスを乗り次いで羽田に着いた。
 羽田空港はつい先年、ビッグバードなる新しい空港ビルが完成し華やかな印象があるが、ぼくがたどり着いたのは第二ターミナル、だいぶくたびれた印象のターミナルビルである。東京圏の国際線は成田を使う事になっているのであるが、唯一の例外が台湾籍の中華航空でこれはほぼ唯一、羽田に国際線乗りいれをしている。というのも、中国(中華人民共和国。いわゆる大陸中国)政府が「自国の航空会社が、台湾と同じ飛行場に乗り入れるのはケシクリカラン」と主張したためにこのような措置になったのである。
 今回の香港行きもキャセイ航空なりの直通便であれば成田発着となったはずであるが、台北経由のため羽田を使う。
 第二ターミナルに一歩足を踏みいれればそこはすでに中国であった。さほど広くない待合室に居並ぶ人々は口々に中国語を話し、館内にはいる放送も英語、日本語、中国語の三ヶ国語である。もちろん、この中で一番目立たないのが日本語である。
 そして、第二ターミナルのもう一つの印象は「寂れている」。乗り入れる航空会社はただ一本。メンテナンス費用もそれほどかけられるわけではない。しかも、モノレールの駅から離れておりビッグバードがモノレールが乗り入れるのに対して、路線バスで乗り継がなければならない。
 待ち合わせ時間にまだ間があるので、展望台へ上がって見た。広い滑走路から次々と飛行機が離発着している。羽田はいまだに極東随一の大空港なのだ。だが、第二ターミナルにその面影はない。広い展望台にはぼくたち以外に人影はなく、不審げな顔をした警備員が上がって来たばかりだ。展望台を囲む鉄柵は錆び、照明灯もうら寂しい。
 台風が迫るせいで風は強く、飛行機はたちまちのうちに浮き上がるととてつもないハイレートクライムで雲の中に姿を消す。きっと揺れるだろう。

 香港旅行に同行する一行と合流し飛行機に乗り込む。飛行機内の言語はやはり三ヶ国語。台湾、蒋介石空港で乗り継ぎ、香港へ。


 と、ここまで書いて、同じ調子で続けるととてつもない長さになる事が判明。なんか面倒くさくなった。
 で、旅行中のメモに手を入れたものに切り替えます。それなりに手を入れてますが、人に判らせる事を目的に書いたものではないので、不明瞭な所もあるでしょうがお許しを。
 この旅行は作家の秋月達郎氏が骨を折ってくれ、その関係で人が集まっています。メンバーは次のごとし。敬称略失礼!
嫁さん   青山妻
浅田隆  イラストレイター 青山の友人
秋月達郎 作家 青山の友人
村地   編集者 女性
萩原   編集者 女性
松崎   ライター、秋月の仲間
前島   イラストレイター 青山の友人



■6/28 土曜
 14.55
 羽田、寂れている。中国、日本、英、三ヶ国語放送。
 トイレから戻ると浅田さんがいる。早くに着いていたらしい。
 展望台へあがる。寂れている。
 台風のせいで風が強く、あがって行く飛行機はものすごいハイレートクライムを見せる。すぐに雲の中に消える。
 15.30に成ったので下に降りてみたが誰もいない、
 浅田さん。疲れ切っている。

 羽田から国際線に乗るのは成田が出来て以来初めてだ。ビックバードはにぎわいを見せているが、ここは不思議な寂れ方だ。

 他の人たちを捜して回っていると、待合室の後ろの方にいた。
 わさわさとボーディング。乗り継ぎの分とあわせて、パスを二枚くれる。実習生なのでトロい。その間飛行機材を調べるとエアバスA300だった。
 羽田東急ホテルのロビーで茶を飲みながら、出入国カードを書く。結構書き間違える。こんな事で帰ってこれるのだろうか?

 1750。ちょうどボーディングの時間に空港に移動。イミグレーションもがらがらである。喫煙派はタバコを吸いに移動。
 移動するとパークしているボーイングB747-400が見える。A300ではない。まあ、いい。
 飛行機の中にもほとんど日本人は見あたらない。一番優勢なのが中国語。機内放送も中(北京語)、英語、日本語である。台湾のイミグレーションカードを配りにくる。これも英語でない。スクリーンに出る字も少しずつ違う。

 食事、牛丼と、エビチリのどちらか。エビチリを食べる。うまい。
 浅田、秋月の両氏は「シーフードなど明日からいくらでも食べられるから」と牛丼。エビチリおいしい。嫁さんはスケジュールチェック。
 秋月氏、台湾に降りるのは初めてとか。意外。

 台湾でトランジット、1955HK時間。
 少し道に迷う、すぐに見つかる。男性陣はタバコを吸う。青山が禁煙席を取ってしまったため、切れていたらしい。

 香港行きA300に乗り換える。内装もぼろく初期のタイプか? だが、やはり広いし乗り心地もよい。席取りで揉める。これも勝手に座ってしまったせいである。窓際は浅田さん。

 入国カードを書く。この書式も明後日まで。かいている間、食事がくる。結構量がある。メインは肉(レバー?)と、タケノコ、干しエビの何とかと、パスタ、チンゲンサイ。漬物、フルーツ。秋月氏食い過ぎだと喚いている。

 啓徳空港へのアプローチ。無理矢理窓際からのぞく。叱られるかと思ったが、パーサーは後ろを通り過ぎる。啓徳空港は香港の町並みを飛びぬけ、ビルすれすれのアプローチを見せる。光が物凄い。浅田さんも喜んでいる。着陸までそのままの姿勢。疲れた。
 帰りにコクピットを覗きこむ。グラス化されている。降りてみて、600Rだと判る。B1814。
 タラップで降りてバス。混む。イミグレーション。やけに混んでいる。
 外へ出ると一層の人山である。

 市内へのバス。
 バス停は黒山の人だかりだった。どうなるかと思ったが、混んでいたのはタクシー乗り場だった。
 無事、バスに乗りこむ。そこそこ空いている。
 バスの中で同乗客の携帯が鳴る。バスは古く、冷房もなく熱い。街中のイルミネーションは派手。お祭り騒ぎのようだ、当たり前だ。九九年に一度の祭りなのだ。
 きっと明日はもっと町中が回帰一色になるのだろう。日本がこれほど何かに彩られた事があるのだろうか。そう考えて思いついたのが、大喪の礼である。パレードにしては違いすぎるが。
 ネイザンロードを走る。物凄い渋滞。

 バスの開け放たれた窓から遠慮なく騒音が飛びこんでくる。クラクションの音、自動車のエンジン音、信号のかちかちいうリレー音。汗が流れる。物凄い熱気だ。
 ホテルへ着く。ウィンザーホテル709。チムシャンスイ駅とジョーダン駅の間くらい?
 ウィンザーホテル、自動ドアに露がついて流れるほどの冷房。気持ちいい。
 ホテルへの道すがらビール瓶をぶら下げた外人とすれ違う。

 とりあえずシャワーさざっと浴びて、ロビーに集合。
 秋月氏のトイレ流れなかったとのこと。香港は慢性的な水不足でトイレが流れない事がままある。異郷の街で流れない雲古とともに途方に暮れる事をなんと表現したら良いのだろう。とりあえず香港風危機的状況と命名。

 近くの料理店で食事、よくはいるなあ。
 鳩の酒漬け。ショウロンポウ。前菜盛り(グーキン、クラゲ、蒸し鳥)
 うまい、みんな健啖家。結局みんなで鳩の脳味噌をすする。

 一同は外をうろつきに出る。こちらは二人でセブンイレブンへ。何を買ったか忘れた。セブンイレブンでは二時過ぎにも関わらず人がたむろしている。
 路上には不思議な喧騒が飛び交っている。

■6/29 日曜
 朝食。イングリッシュスタイルのビュッフェ。
 飯を食い続けるが、なかなか他のメンバーが起きてこない。
 0835ごろ、村地、萩原さんくる。すぐに秋月、浅田。夕べ戻ったのは三時半頃らしい。みんな死ぬぞ。
 十五分ほど上に上がって荷物を整理。一休みして外へ出ると「酒鬼薔薇」犯人が捕まったとの新聞を持ったポプラ組がいる。
 一度、トイレに入って戻るとガイドの松井さん(女性。秋月さんが手配した)がやってきた。
 この日の目的は借り切ったマイクロバス(以下、小把:しょうは)で九龍半島をウロウロする事である。

 小把に乗りこむ。外へ出るには度胸がいる。暑いのだ。
 天候は気温29度、湿度96%。カッとくる。

 路地ではおじさんが煙草を吸っている。何を思っているのか?
 小把がやけに立派。秋月氏、ぶつぶつ言っている。

 小把は北上。山並みが見える。中国風の景色。これはきっと変わらないのだろう。

 更に北上。
 ひっきりなしにトラックとすれ違う。揺れる。
 工事中の道である。どこが工事しているのか、人民政府か、イギリスかと聞くと、ガイドさんも判らないと言う。政庁ではないのか、との話。
 沙田、九龍鉄道が見える。陽が高くなるにつれて、小把内の温度が上がっていく。

 香港人は回帰にそれほど興味がないのでは、とはガイドさんの弁。一番センチになっているのはイギリス人。もっとも、これはガイドさんが日本人なので、感じていないのかもしれない。

 淡水湖から城壁の街への車中。
 淡水湖際の道。ひなびている。
 たまに道際にかなり派手な飾りつけがある。
 少し雨が降る。途中、止めてもらい飾りつけの写真を取る。

 基地の側を通る。
 地図を見ると石崗軍営とある。イギリス軍は撤退しており、人気がない。人民解放軍はまだ入ってきていない。

 城壁の街、古い。客家、といういわゆる少数民族の古い城塞都市だ。昔、武勲を立てたらしい。
 結婚式と遭遇する。爆竹の音。ちょっと面白いが回帰には関係ない。

 流浮山(らうふーしゃん)へ。
 オイスターソース発祥の地であるらしい。以前、一度来ており、ひなびた様子と蛎殻の山が印象的だった。
 ずいぶんと様子が変わっている。通りの表に回帰の看板がかかっている。観光地化して賑やかであるが、地元民が多い。人いきれと、磯の臭い。売っているのはハミユなどの海産物。
 人をかき分けて市場を抜け海岸へ出る。蛎殻の山はすっかり片付けられている。濁った海のむこうには深川(しんせんと呼ぶ。深、と言う字も本当は土偏であるがJISにないので代用)経済特区が見える。
 だが、まずは飯である。通りすがりの店でシャコ、貝、平貝を買いこむ。うまい、むさぼり食う。
 シャコの揚げたののぶつ切り。
 平貝の蒸し物。
 貝の蒸したの。
 オイスターソースを買う。英語が通じず、進まない。ついに筆談となる。

 店を出る時、果物を貰う。酸っぱくて美味。嫁さんにも貰う。
 写真を撮っていいかと聞くと、おばちゃんは照れて、おじさんは逃げ、アンちゃんはパフォーマンスした。

 小把で元朗(いぇんろん)へ。以前、来た町。
 デザート。

 上水(ションスイ)へ。国境の町。
 駅で落としてもらう。駅ではなぜかティッシュをもった人が多い。中国へ向かう電車は意外とこんでいる。こんなにたくさんの人が深川に行くのだろうか。
 列車が駅に着くとみんな一斉に走る。
 出国に時間がかかるのかと思うが、外国人用はがらがら。免税店がある。ふつうの免税店とかわりない。入国はちょっと緊張する。文字も違う。
 村地さんが引っかかる。以前、仕事で深川に来た事があり、ビザが有効だと思っていたのだが、違ったのだ。一時はどうなるかと緊張したが、その場であっけないほど簡単にビザが降りた。
 臭い川を渡る所に電光掲示板があり「回帰まで二日」となっている。面白がって写真を撮る。

 後で考えると、臭い河が国境。そういえば橋のたもとで両国の警官が立っていた。国境の写真をとった事になる。
 街の印象は当然ながら香港とは全く違う。まず第一に電飾が見あたらない。香港では道の真ん中、二階だてのバスの天井すれすれに張り出しているのに、ここにはない。香港の信号のけたたましさがないだけでも、大分違う。

 深川のその外はどうなっているのだろう。
 駅で北京行きの切符など売っているところを見ると、続いているのだが、気にかかるところである。
 町中を歩くが、どこへ向かうべきか判らず疲れる。休もうとして大きなビルにはいるが、マックとケンタッキーぐらいしかなく、込んでいる。アイスクリームを食べようとすると、HK$が使えない。クレジットカードなんか当然使えない。やっとホテルのロビーで香港$が使えるところを見つけ腰を降ろす。

 大通りを歩く。国際なんたら広場、滅茶苦茶高い! 日本人の感覚で高いのだから、いったいどうなっているのだろう。

 食事。このまま帰るの業腹なので、駅前の一番安そうなところへはいる。本当はもっと安いところへ行きたかったのだが、人民元がない。安食堂の印象。

 話が通じない。隣のおじさんが通訳してくれる。
 肉二種類のせ飯。
 肉そば。
 たんたん麺。
 肉野菜煮。パイ皮のチャーシュー包み。
 小麦粉の焼いたのねぎ風味。

 港龍大酒店。
 深川市建設路火車大廈。

 駅へ。来た道と違うところを通る。陶器類が多くて楽しい。
 雷。ときおり稲光が光っている。

 駅舎で松崎さんが新聞を買う。HK$は使えたものの、帰って来たお釣りは人民元だった。香港に戻っても使えないのでいまのうちに使う。松崎さんもお釣りの元で深川ビールを買う。

 出入国。
 中国側、愛想がない。
 一回何度カードを書いたのだろう。イミグレーションを通り抜けようとすると、松崎さんが呼びとめられる。カメラを外へ出していたのがまずかったのだ。
 我々が通るのは外国人用のルートである。空いている。人民用のゲートが明るくて奇麗なのに対して、外国人用は見るからにうらさみしい。
 九龍鉄道に乗りこむ。ホームへ出ると雨。深川で見た雷がついに降り始めたのだ。
 列車は相変わらず騒々しい。乗客がのべつ幕なしに喋くっているのだ。
 香港がどうなろうと、中国政府が倒れようと、このうるささは不滅だろう。

 出入国、出る時も入る時も、ろくろく荷物は見ていない。「この五日間はやりたいほうだい」とは村地さんの弁。鉄道の中からナトリウムランプの光が目につく。

 地下鉄のジョーダンの駅から、歩いてホテルへ。町中の喧騒は変わりない。丸一日、ハードな強行軍を歩いて首まで香港、中国に浸かった後だと、平常に感じられる。これは街が落ち着いたのか(昨日は土曜である)それともこちらが慣れてしまったのか、正確な物差しを持ちえない外国人には判らない。香港は元々狂騒状態にある街だ。

 ホテルへもどると、別行動した秋月氏たちはまだ戻っていない。

 ウェルカムドリンクのチケットを貰う。昨日、到着が遅かったので貰い損ねていたものだ。
 地下のバーへ。バーは薄暗く、人がたむろしている。何をしているのだろう。バーというより居酒屋の雰囲気である。こちらはノンアルコールドリンクを飲む。
 音楽は中国語の音楽。彼らは一体何が楽しくて、こんな所にいるのだろう。
 バーの壁の一面のプロジェクターではタイソンの試合(例の耳噛り事件である)。
 小把組が戻って来る。

 嫁さんと二人でチムシャンスイ方面へ歩く。相変わらず暑く、騒々しい。
 香港はまあ、香港島という島と、九龍半島とで出来ている。我々が泊まっているのは九龍側。チムシャンスイはその一番海っぺたである。
 海岸から見る香港島の夜景は素晴らしい。多くの人がこれを見に来ている。写真を取ったり眺めたりしている。やけに目につくのは警官の姿である。街中にはパトカー、白バイが走っている。街の賑やかさのギャップは大きい。もっとも、今日のこの平穏は彼らのおかげかもしれないが。

■6/30 月曜
 眠い、さすがに疲れた。
 九時。イベントのチケットを受け取り、下に降りるつもりがエレベーター前で秋月氏、浅田氏と会う。ロビーでチケットを受け取る。今日明日の、イベント用だ。
 外は猛烈な雨。
 松崎さんの部屋で今日の待ち合わせの打ち合わせ。1700カオルーンホテル。それまではそれぞれの別行動になる。
 浅田、秋月、萩原は結局、深川へ。こちらは近場をウロウロし1620にイギリス総督府の撤退を見る予定。
 朝食、
 部屋に戻ってシャワー。

 1100。出る。嫁さんと二人で行動。歴史博物館を見ようかと思い、ホテルそばの九龍公園にはいる。何やらイベントをやっている。コーラスフェスティバルだという。ここばかりでなく、公園のあちこちでにたようなイベントが盛り沢山である。公園の中の歴史博物館へ行くと,閉まっている。
 先に食事にしようと素菜館へ。店の外に「7/1は一割引」との貼り紙。7/1が暴動になるのでは、などと言う懸念はどこへ行ったのだろう?
 青のりと松の実のチャーハン。
 らかん菜。
 蒸しギョーザ

 食事の後、途中で売っていたマンゴジュースを買って飲みながら、裕華国貨へ。中国物産のデパートである。瀬戸物を見る。嫁さんがウェッジウッドのプレートを欲しがっていたからだ(ビラで見た)。だが、さすがに中国物ばかりで見当たらない。
 スーパーに入る、普通のスーパーである。品ぞろえを調べたり、周りを見る。人々はごく普通に買い物をしている。当たり前だ。何があろうと食事は必要なのだ。
 スーパーを出ようとすると雨が降っている。降ったりやんだりの天候である。

 傘をさして海運大廈へ。港付属のショッピングセンターである。返還記念のウェッジウッドを買う。隣の店をのぞく。マイセンが気になる。
 ギャングのところに船が入ってくる。飛鳥だった。

 スターフェリーで香港島へ渡る。スターフェリーといえばかっこいいが半島と島を結ぶ最もチープな交通手段である。
 フィリピーノがたむろしている。トラムで、コーズウェイベイ。

 地下鉄で戻って総督府へ。
 雨がまた降ってきた。1620に間に合いそうもないので、慌てる。半走りで山を登る。こちらでいいのかと不安に思っていると、人が来る。
 物凄い混みよう。やっと間に合う。甘い臭い。植えこみに登るようにしてパッテン総督が通ると言う道を見る。
 時間が来るとポリスが交通整理を始めた。
 隣の欧米人が「レイズィ」とつぶやいた。
 時間が来ると総督府内からバグパイプの音楽が流れてくる。内部で式が始まったらしい。雨が激しくなってくる。
 壁越しに英国旗が見える。ポールの横に白い服の兵士が立った。
 音楽の調子が変わり、ラッパの音。ユニオンジャックが下ろされる。国歌がもう一度演奏され、蛍の光が流れるおわると、歓声が上がった。
 この時警官は少しばかり緊張したようだったが、何事もなかった。
 道路側に降りる。人波が車道まではみ出す。逆行して総督府のゲートまで向かう。自動車が動けずにいる。ゲートから中を覗きこむ。
 ポリスに毒づいている人がいるが、大した騒ぎにはなっていない。
 嫁さんは自動車の中のパッテンを見たらしい。
 慌ててクーロンホテルへ。
 雨に濡れたシャツが気持ち悪い。
 ロビーで三十分待つが一行は来ない。村地、松崎両名だけ。

 帰り道、確かに道は混んで歩くのに苦労するほどだが、店は閉まり始めている。
 ホテルでシャワー。ロビーから道を見ると、自動車が通らない。規制をかけているのだろうか。駐車禁止である。
 雨は上がらない。

 外へ出る。広いネイザンロードが歩行者天国である。一杯の人、人、人。地下鉄に乗れない。中環(セントラルと言う地名。香港島の中心街である)に渡って食事してから、パッテン総督の出港を見るつもりだったが、わたれない。スターフェリーも閉鎖。一方通行で物凄い混みよう。ベニンシュラホテル(チャールズ皇太子が泊まっている)の裏には外人が出入りしている。
 歩いて雰囲気を見られてよかった。

 ようやっと地下鉄の空いている入り口を見つけるが、一杯で入れない。
 あきらめてガイドブック推薦の店。周家荘。やすいはずがメニューを開くとなかなか高い。
 入ってみるとなかなか静か。6/30とは思えない。花火の音が聞こえる。

 花火が終わると人が入ってきた。
 食べ物はおいしかった。
 外へ出ると人の流れが変わっている。みんなネイザンロードを上がっている。地下鉄に入ろうとすると、閉まっている。一駅歩く、疲れた。やっと地下鉄に乗る。中環行きはすいている。
 中環へ渡り外へ。騒々しい九龍とはうって代わった雰囲気だ。町中を歩く。こちらは欧米人が多い。パブを外からのぞくと、いっぱいだった。パーティなのかもしれない。
 村地さんは天安門を忘れるな、などと書いたポスターを見たという。

 歩き疲れサッカー場のようなところで休む。何なのか判らないか、中国人、欧米人もいる。

 波止場らしき場所を目ざして歩いているとデモの声が聞こえる。どこだろうと思っていると、歩道橋の上を歩いていく。すぐにおいつく。
 ブリタニア号(船、チャールズ皇太子とパッテン総督が乗るらしい)が見える様な場所を探して歩くと、やけに人だかりがして、しかもプレスの多い場所に出る。
 式典をやっているエキジビジョンセンターだった。さらに歩く。再びデモをやっている。しかもその先で集会をやっている。フェリー乗り場の桟橋である。まだ時間はあるがここに腰を据える。何かあったら見えるかもしれない。
 時間が迫るに連れて対岸の明かりが少しずつ消えていく。
 背後の人垣が次第に増えてくる。風が心地よい。臭い。
 そばにいる外人にイギリス人かアメリカ人かと聞くと、サッポロから来たとの答え。アメリカ人だ。
 1200大した変化はない。正月だからといって大きく変化することがないのと同じだ。対岸で何か起こっているらしいというのが判る程度。
 時間が迫るとセンターから自動車が何台も出てくる。
 ボーッが終わると、デモ隊の声があがる。

 時間後、デモ隊の声だけはあがっていた。
 地下鉄で帰る。
 一旦ホテルへ。風呂を浴びて出るつもり。他の人たちは戻ってこない。街はふつうの夜と変わりない気がする。
 他の人たちが戻ってくる。深川で苦労したらしい。ブリタニア号は見たとか。
 浅田、嫁さんを残して一行とともに外へ。街の印象は代わらない。パブへ。若者たちの店。騒々しい。ひたすら騒々しい。イギリス系の店かと思った。若者は元気。
 部屋に戻ってテレビをつける。政治セレモニー。厳粛というか堅苦しい。
 ほぼ、終日雨。夕方になってやっと晴れる。

■7/1 火曜
 返還初日。
 朝、テレビのニュースをつける。ニュースで夕べのことをやっている。こんな事をやっていたんだととの感想。国会の中のことなど知らない。
 デモもアングルが効いていて派手に見える。北京の式典が派手だったらしい。

 食事一堂と落ち合う。
 外へ出る。人通り少ない。ふつうの日に戻ったか? あるいは正月の三日の様子。
 裕華。ここも静か。
 ダン・ダン作曲。ヨーヨーマ演奏の記念曲をTV売り場で見る。店員も見入っている。
 小鳥の街。雨が凄い。
 女人街で他の人たちに行き会う。
 昼食いつもの屋台。うまい。

 バス(これは普通のバスである。日本製かもしれない)でコーズウェイベイ。
 歩道橋下の潮州麺の店で豆乳(プレーンとココア味)を飲む。冷房の効きすぎで寒い。
 新しい香港政庁のマークをやたら見る。
 雨のせいか、人出は少ない。

 ビクトリア公園でなにやらケンカしているおじさんがいる。
 子供たちが遊んでいる。コーラスの第九がよかった。
 中国デパート。トイレ。流れない。香港風危機的状況。
 店を探して落ち着こうとするがなかなか見あたらない。

 雨のためか、人出は少ないが、十二時を回ると人並みが邪魔になるほど出てきた。とりあえずお祭り気分はもうない。回帰は祭りだとしてもめでたくはないのかもしれない。人々は冷静。

 トラムに乗ると、デモ隊と会う。初めは上の方から見られると喜んでいたが、延々と続くので飽きてしまう。スターフェリーで九龍へ。中環ではフィリピーノが相変わらずたむろしている。

 チムシャンスイでぶらぶらする。オーデトリアムで休む。人もいる。
 バスで体育館へ。
 今日の目的はガラである。秋月氏が手配してくれたので、何のガラだかはよくわからない。正体のはっきりしないガラの割には警備が物々しい。

 ガラ、軍楽隊の国歌演奏に続いて民族風の太鼓。演奏しながら、並びを変えるのは見事。途中で人が入れ代わり最後に新政庁のマーク。

 深川なんとか民族舞踏団。ファッションショー形式で各地の衣装を見せる。
 バイオリン。胡弓の曲をバイオリンで弾く。
 北京オペラ。三国志のハイライトシーン。
 ジャッキー・チェン、サモハン・キンポなどのカンフーショー。
 なかなか盛沢山で楽しい。

 ガラには偉い人も来ている。道理で警戒厳重である。政治的プロパガンダがぷんぷんにおう。
 秋月一行、遅れてくる。花火を見ると、早めに出る。
 こちらもすぐに追いかけるが、花火はまだ始まっていない。体育館の外に人がたまっている。もの凄い。
 人ごみの中を進むうちに花火が始まる。子供が喜んでいる。中年の父親に肩車された女の子が花火が揚がるごとに「うわぁ」と叫んでいる。この子は大きくなって花火に何を思うのだろう。
 花火、最初はきれいだったが、煙がぜんぜん流れず、よく見えない。
 十五分ぐらいもすると、花火があまり上がらないので人は帰り始める。
 醒めている。確かにいつ上がるか判らない花火を見ているより家でテレビを見ているほうがいいだろう。

 ホテルへ帰る。TVをつけるとやたら華やかな映像である。オーケストラの映像を重ねている。いったい誰がこの映像を生で見るのかと考えると、偉い人たちだ。あほくさ。
 花火が続いているのは判っていたが、飛び出しはしなかった。もう飽きたのだ。四日にして。地元の人たちはこの調子で何年もあおりたてられていたのだろう。嫌になっても当然との気もする。本当のところは判らない。怯えているのかもしれない。

 シャワーを浴びてから夜食。花火の音が聞こえないところを見ると終わったのかもしれない。ワンタンを食べる。ちょっとばかりしょっぱいがおいしい。
 街を歩いて戻る。街は平静だ。

 夜中、もう一度だけ一人で外へ出る。
 ポン引きがよってくる。
「オニイサン、オンナ、イラナイ?」
 おい、おまえ、いま国家の一大事なんだぞ、そんな事してていいのか!
 首を絞めあげて説教したくなるが、相手は中国人。ビジネス第一にちがいない。

■7/2 水曜
 物凄い音で目が醒める。冗談抜きで中国人民解放軍の砲撃かと思った。雷鳴だった。朝六時。寝直して取り敢えず下へ。エレベーター前で松崎さんと会う。日中の予定を決め、外へ。雨。

 地下鉄で終点まで。中心からはずれた街がどんなものかみたかったのである。
 出勤と反対方向の地下鉄の中でカメラを構えると浮いてしまう。
 全(草かんむり)彎。町田か国分寺のような印象である。二日立ったせいか、お祭気分はカケラもない。駅前でジュースを買う。昼前の時間なので、まだきちんと動いている風ではない。街を一回りしてて地下鉄に乗る。

 前夜、秋月氏たちは遅くなったらしい。
 朝、昨夜食った割りには意外と腹が空いている。日本で何が起こっているのかまったく判らない。CNNニュースぐらいのものである。

 中環で待ち合わせ。何とか間に合う。
 昼食。鱶ヒレの店にはいる。魚翅撈飯。中環威霊頓街15B 2501 0228
 四種の鱶ヒレスープ。おいしい。

 一行と別れ、嫁さんとともにトラム終点のケネディタウンへ。ともかく、終点まで乗ってやろう、と言うだけである。
 郊外の港町である。やたら犬が目につく。お祭気分は薬にしたくともない。
 周囲を回って、中心街を見て(普通の賑やかさだった)再びトラムへ。

 次の目的はパレードをみる事である。トラムの上から見えるかと期待したが、どうもそれらしいものは見えない。何か見えないかときょろきょろしていると、高速ガードしたの秋月さんたちと目が合う。「上から見えないかとかけているんですよ」というと、トラムが動き始める。
 中環あたりでフィリピーノたちが相変わらずたむろしている。
 やはりパレードの気配はない。中環で一回だけ、警察が道路規制をしているらしいのを見かけただけ。
 パレードの終点がビクトリアパークなのでそのすぐそばにまで行くことにする。した。いた。何かいる。飛び降りて入ると山車がいる。ポツリポツリとした人の間で眺めていると、少しずつ山車が入ってくる。大したものではない。音もないし、バトンもない。
 山車がやってくる方向にやって行くと、入ってくるところと出会う。前後を警官が規制して数台ずつ通す。銀座祭のパレードよりしょぼい。
 数台の山車を見送りトラムに乗ると秋月氏一行と出会う。びっくりした。パレードは見損ねたらしい。
 トラム終点をめざすが疲れたので途中下車して地下鉄に乗る事にする。何しろ、トラムが山の手線並みに混んでいるのである。

 香港 (魚則)魚浦 英皇道 981-B。 榮興茶餐庁
 鴛鴦両様 マンダリンコーヒー
 杏仁(女乃)露 ホットアンニン液
 窩蛋麦片 甘いオートミール 生卵入り

 で飲み物と甘いもの。この後、途中見かけた店で貝柱と干し海老を買おうと思う。

 結局すぐに貝柱と干し海老を買う。

 夜の予定はコンサートである。これもまた秋月氏がよく分からないままにとったらしい。クラシックじゃないと良いね、などと言っていたが、クラシックというか、クラシックの現代曲である。

1 派手、祝典的な曲。単純ではある。

2 弦、木、金、奏、フィナーレ。
 派手は派手。現代曲にしては穏やか。
 女性識者の癖、
 パーカッションをよく使うが、ついていけていない。

3 ピアノ協奏曲。ピアノとチェレスタの掛け合いから始まる。
 みんな頑張ろうね。

4 児童合唱からはいる。
 中国的な旋律で渋い。

5 看板に偽り。
 どこが序曲だ。物凄く長い。

6 大合唱。

 秋月氏たち遅れてきて二曲目からはいる。

 外へ出ると、豪雨。
 うろうろして飯。まずい。
 リコンファームを忘れていると、一堂気がつく(我々はした)。飲みに行く。と街へ繰り出した。こちらは部屋へ。

 帰ってテレビをつける。雨のことをやっている。歴史的豪雨だったらしい。深川の国境の川が溢れている。人が流されるほど。
 あまりの豪雨で街の様子どころではない。街の方も人手どころではないだろう。明日は帰らなければならない。秋月氏の部屋で宴。

■7/3 木曜
 八時。目を覚ます。頭が痛い。疲れがたまっているのだ。
 外へ出て買い物。予定はスニーカー。甜麺醤。CD。
 スニーカーをさがす。ナイキのショップやショッピングセンターで探すが、こちらのも、嫁さんのも気に入ったのがない。スーパーでXO醤と、お菓子、ドウチ醤を買う。甜麺醤がなぜかない。
 嫁さんがCDを買ってきている間、ホテルで靴を乾かす。戻ると秋月氏たちが、ロビーでたむろしている。これから出ると言う。
 こちらは部屋に戻りパッキング。すぐに嫁さんも戻ってくる。バスで空港へ。雨で苦労する。
 手続きをしていると、クレーム処理の場所に秋月さんたちがいる。結局、リコンファームなしで出かけて、一本早い便に乗れるらしい。これでどちらかの飛行機に何かあったら、悔いが残るだろう、などと言っていたら、あった。こちら乗るも便が遅れたのである。搭乗手続きはなかなか進まず、嫁さんがビジネスクラスのところで聞くと代替案をさがす、との答え。
 ミールクーポンをもらう。90*2。
 死ぬほど食べる。空港のレストラン。安くて、ランウェイがよく見える。水しぶきを上げながら次々と上昇していく。ランディングは特に難しく、コリアンエアの757がバルーンした。珍しいものを見た。啓徳空港のアプローチは難しいのだ。
 一時間半ほど遅れ台北着。トイレに行っただけで、飛行機を乗り換える。乗りこんで驚いたのにすぐ後ろに秋月さんたちが乗っていた。
 機体は747−200。飛行機の中で久々に日本の新聞を見る。香港については社説とか、洪水の記事しか載っていない。
 東京の予報は曇り。三十度。やれやれ。

 羽田からバスで新宿西口へ。
 東京の夜がなぜか淋しく感じられる。

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