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食ったり出したり

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食ったり出したり----自己紹介にかえて

 推理作家協会の末席を汚させていただくことになりました。
以後、よろしくお見知りおきのほどをお願いいたします。で、本来であればここで青山とはどんな人物かと文章を発展させるべきなのでしょうが、初の単行本書き下ろしから二年たっているとか、デビューがSFでいまだにSFをやりたいのだけれど脳味噌が腐ってきて屁理屈をこねられなくなってきたとか、あるいはいまどき時代錯誤にも同人誌で十年も苦労した等、書いても面白くもおかしくもないので、二月末に篠田節子、秋月達郎他数名と香港旅行へと行ってまいりました、その旅先でであったことを記します。

 到着した香港は二月だと言うのにか細い春の雨である。
ツアーの一員として参加したため、そのままホテルへ直行すべきなのだが「空港バスに乗るとはケシカラン」と憤慨する秋月氏に付和雷同して、「お客さん待つアルヨロシ」と泣き叫ぶ現地ガイドを振り払い空港から逃亡する。
 目的は二階だてバスである。東京で二階だてバスとなるとほぼはとバスで乗って見たいけれど恥ずかしくて乗っていられないので、ここぞとばかりに探しまくるが、どうしてもバス停が見つからない。かといって雨は激しくなるし、いくらなんでもバス停を探して夜明かしするつもりはない。
「二階だてバスに乗るんだぁ」
とじたばたする秋月氏の襟首をつかんで地下鉄でホテル近くの駅まで。
 ホテルで他のメンバーと合流して近くの市場をウロウロする。
「ここで軽く食ってから、市場を歩きましょう」
 と、屋台に毛の生えたような店にとりあえず落ち着く。メニューを見るが何がなんだかわからない。
 英語も通じない。きっと丼ものに違いないと希望的観測にもとづき、メニューの廉い側から適当に人数分、三つずつたのむ。
 当初は海新を加えようとしたのであるが「海鮮は肝炎が怖いですよ」との秋月氏の一言で全員が恐れをなす。料理が出て来る。最初は牛肉と野菜の炒めものである。次は牛肉と野菜の炒めものである。その次も牛肉と野菜の炒めものである。ようやっと豚が出て来るが、最初は野菜の炒めものと煮豚である。次は野菜と豚の炒めものである。次も野菜と豚の炒めもの、すべからく酢豚の眷族である。
 一時はどうなるかと心配したものであったが、これらがすべて微妙に味付けが異なり、うまい。
 のみならず大ぐらいの篠田夫人は「あれなんだろうね?」と店先にあったわけのわからないものを指差す。指差しただけでそれがたちまちのうちに料理されてしまう。やけになって食う。
 市場を歩いていると噂には聞くが生きたままの鶏、カメやウズラ、見たこともない動物を食用として売っている。こうなると気にかかるのが、中華料理の特殊食材である二本脚の豚----つまり、食用の人間である。中国ものを手掛ける秋月氏に問いかけると大きくうなずいて一言。
「女人街へ行きましょう。食用もあるかもしれません」

 かつて「女性を香港へ叩き売る」という言葉があった。
 二本脚の豚はたちの悪い冗談だとしても、本当にそんなものを販売する場所が有り、しかもそれだけ直接的な名前をつけるとは、なんという街なのだろう、とおののきつつも覗いてみると女性向けの服飾品を売る一画であった。安心したような悲しいような。
 翌日も雨、天幕の張られている翡翠市場をのぞく。
 翡翠の指輪一つ五$(七十円)といかにも胡散臭い。この胡散臭さは本物で、篠田夫人が主婦の鼻を利かせて状態のよさそうなイアリングを引っ張りだして値段を聞いた所、予期したものの一桁上であった。
 篠田夫人が値切るのを見物していると、急に便意を覚えた。
 昨日あれだけ食ったのである。出るのも当然である。手近の公厠に飛びこむ。中国のトイレは怖いですよ、と威かされていたのだが、入って見て震え上がった。
 確かにきちんと清掃されている。便器も街中だけあって水洗である。だが、だからといって水が流れるわけではない。加えて香港人というのは見ていて感心するほどよく食べる。あれだけ食べればたくさん出るのは当然である。大便器には大量のソレと紙が積層構造をなしている。他を確かめたところで変わりない。積層構造に上部建造物を建設した後、水洗の紐を引っ張ってみるが、水は流れてこなかった。もっとも、あの状態で流れたとしても詰まってしまうだろう。
 この日の午後、香港島へ渡った。
 ここは立派である。だが、なにあろう。いまになって篠田夫人が便意を催した。トイレを探すがない。しかも下手な所へ入ると凄まじいことになるので警戒はとけない。しかたなしに銀行へ入る。銀行にはショットガンを抱えた警備員が立っている。この人に身振り手振りを交えてトイレの場所を聞き出し飛びこむ。
 この日の午後、香港総督府に火をつけに行こうとして止められたり(雨です、どうせ燃えません)トラムが脱線したり、インド人に道を聞いたり結構盛沢山なのだが省く。

 翌日。この日の目的は香港半島を北上して中国大陸をこの目でみることである。
 小把に乗りこむ。乗り合いのマイクロバスである。だが、なにあろうか。我々の乗った小把はたちまち警官の検問に停止を命じられた。一堂慌ててパスポートを用意する。警察官が客席を流し見ながら運転手に話しかける。その表情に隣憫が篭められているようであるが、サングラス越しなのでいま一つはっきりしない。
 だが、御用となったのは運転手だった。小把はスピード違反で取り締まりに引っ掛かったのである。
 運転手はスピード違反もなんのその、相変わらずの速度で一般道を北上、我々は軽便鉄道に乗り換え、はたまた念願の二階建てバスに乗り換え、名もない海際の街につく。
 名もないとは言うが、青山が無知なだけであって、有名な観光地らしい。
 市場で蝦とシャコと貝と魚を買い求め、手近の料理屋に持ちこんで料理してもらう。なかなかうまい。目の前の小汚い海で採れたかと思うと、肝炎の恐怖が頭をもたげて来るが、食欲の前には無力である。蒸した魚は中まで火が通ってなくて蒸しなおしてもらう。肝炎が怖いがもはや誰も何も言おうとはしない。黙々と食う。デザートにオレンジが出て来る。カリフォルニア農業協同組合のポストハーベストべっちょりの代物である。こってりとした料理の後に五臓六腑に染み入る旨さである。むさぼり食う。
 これだけ食うと胃直腸反射で催して来るのは必然である。さほど切羽詰まっていなかったのであるが、公厠を覗いてみる。堀便である。堀便のくせにあふれている。これは怖い。あきらめて外へ出ると、厠の裏に誰が垂れたか野糞が転がっている。確かにこの方が精神衛生上清潔である。
 小把を乗り継ぎ、国境へ。中国が望める展望台というのがある。山頂ではフェンスで囲まれた警察の監視台がにらみをきかせ、英中日三ヶ国語で警告の看板が立っている。きっと監視台は機関銃がすえてあるに違いない。誰も見ていないようなので、記念写真を撮る。
 山頂から降りると国境の検問がありゲートを警官が守っている。詰所を覗きこむと警備隊員が仔犬と遊んでいた。国境警備隊の人に頼みこみ、記念撮影の直後、鋭い声で呼び止められる。
 警備隊員はおもむろに手に持っていた書類を突きつけて来る。みると----日本語の教科書であった。これをどう読むのかと聞いているのである。いささか気抜けしながらキャ、キュ、キョと言い残して国境を後にする。
 近代的な鉄道で九龍へ戻り、怪しげなミヤゲ物屋でブルース・リーとジャッキー・チェンの香港における人気を議論したり、英帝国主義の象徴とも呼ぶべき紅茶を飲んだり、秋月氏が女物のぱんつを二十枚も買いこんだり、篠田夫人が韓国人に化けてオイスターソースを値切ったり、なかなか盛り沢山なのであるが、すでに規定枚数をはるかに超過している。
 さらに翌日、帰りの飛行機の中でようやっと安心して用を足した事を付記してこの一文を終わります。


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