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 FX帰還せず

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 「FX帰還せず」は1996年07月アスキーから発売された。ノベルス新書版である。近況の方にも書いたけれど、北朝鮮軍部が日本列島の上空を飛び越えてミサイルを試射する、というエピソードが出てくる。もっとも、だからといってこの「FX帰還せず」が増刷がかかったり、青山がマスコミにコメントを求められたりした、などと言うことはない。
 また、発行の際にはページ数の関係で後書きは付けられなかったが、ホームページ公開にあたって復活します。
 あとがきを読む

『FX帰還せず』

■プロローグ
 六月二十日。一三四七国際標準時。日本時間で午後十一時四七分。風は二八〇から四ノットの微風。視呈十五マイル。気温二七℃。露点二十℃。高度一万五千フィートに雲。高度計セッティング二九九二。
 快適な夜だ。
 雲ばかりはいただけないが、レーダーを持つミリタリーパイロットにはさしたる問題ではない。高めの気温はエンジンパフォーマンスを低下させるが、弱いながらも風は岐阜飛行場の二八滑走路に正面から吹き付けており、今夜飛ぶパイロットは快適な飛行を約束されている。
 フライトだけに好都合なわけではなかった。
 酔いつぶれて道端に倒れるのにもうってつけだった。

 ダークグリーンのボディに白くシリアルナンバーが書きこまれただけの四輪駆動車が走っていた。ハンドルを握るのは若い男。年歳はまだ二十そこそこ。自衛隊の制服を着ていなければ学生と間違えてしまいそうだ。
 音をさせるのが楽しいとでも言うような調子でガムを噛んでいる。
 ガムをかむ口をそのままにぼやいた。
「良い夜っすねぇ」
 作業服の襟には一士、つまり一等空士をあらわす階級章が光っていた。入隊して九ヶ月を経過しただけのルーキーである。
「うむ」
 ナビシートのもう少し年歳の行った男が、うなづいたのか、それともただうなっただけか判別のつかないような声をあげた。
 こちらは二曹である。旧軍であれば軍曹と呼ばれる階級で、現代の自衛隊では専門技能を持つ職業軍人である。二人は航空自衛隊岐阜基地に勤務する警備隊員である。曹は栗林、士は原といった。
 航空自衛隊と聞くとあらゆる業務が航空機に関連しているような印象を受けるが、航空自衛隊に存在する三一の職域の中には、空とはまったく無関係な業種も存在する。
 警備隊もその一つである。
 自衛隊の一つの基地には数千、数万の若者が溢れている。いかに厳しい規則に律せられているとはいえ、自衛隊員も人間なのだ。大多数の人間が集まれば程度のトラブルは避け得ない。規律や上官のもたらす叱責とは別に秩序を維持するための機構が必要となる。
 それが警備隊である。
 警備隊の職務は様々なトラブルの処理と防止である。基地を不法に脱出したり、あるいは入ってくる者を排除し、必要とあらば犯罪捜査を行う。
 自衛隊は旧軍とのかかわりを否定するため様々な言葉の呼びかえをしている。
 陸上自衛隊に歩兵部隊はない。普通科部隊である。
 海上自衛隊は巡洋艦を保有していない。同時に百の目標を補足、攻撃しうる七千トンの巨艦も護衛艦である。
 航空自衛隊は戦闘爆撃機を持たない。あるのは支援戦闘機である。
 しかし、いくら呼び変えた所で、本来必要な機能がなくなるわけではない。警備隊もアメリカ軍ではミリタリーポリス、旧日本軍では憲兵と呼ばれた兵種である。
 自動車は人通りの少ない道を走りぬけ、明るい灯をともす繁華街をかすめた。
 原は自動車がやっと通り抜けられるような狭苦しい露地に向けて軽々とハンドルを操った。ハンドルを切りながらブレーキをかけた。タイヤを鳴らしてジープが止まる。自分の家の車庫に滑りこませるようだった。
 4WDがやって来たのに気づいたらしく、店のドアに蝶ネクタイに黒いチョッキといういでたちのバーテンが姿を現した。岐阜基地に勤務する自衛官たちの溜まり場のバー「スペイサイド」のマスターだ。
「こっちですよ」
 マスターはほっとした様子をかくさずに二人の自衛隊員を露地の奥に手招きした。
 露地は袋小路で清涼飲料水の空き缶、紙屑、埃などの塵芥が突き当たりに吹き溜まっている。
 湿った空気の中で鼻腔を刺激するのは腐敗した食品の成れの果て、あるいは酔っぱらいの小便の臭いだ。
「井塚さんは悪い人じゃないんですが」
 マスターは困ったように、露地の奥のごみためを見おろした。
 ごみためからは鼾が響いている。汚物にまみれて、一人の男が大の字に転がっていた。
 上背はあまりないが体つきはがっしりている。それなりに鍛えている人間の身体だ。ちょっとばかり張った顎と、四角張った頭の形が頑固そうだが、口はだらしなく開け放たれ、唇から一筋、血が流れている。
 井塚眞一等空尉はすでに三十を越えている。分別がついて相応の年齢だ。
「店を出たところで、絡まれたらしいんですよ。相手は三人も居たもんだからさっさと逃げりゃいいのに、ほら井塚さんって妙にむこうっ気が強いじゃないですか。おまけにべろべろに酔っ払っていましたし、あたしが止めに入った頃にはもうこんなありさまで。相手の方は、電話をかけたのに気づいたらしく、さっさと逃げちまいましたよ」
 原は噛んでいたガムをはき棄て、井塚の腕を取ってひっぱり上げた。
 重い。酔いつぶれた人間は死体と同じく肉の重さをむきだしにする。
「なんらよ。じゃますんろか」
 引き起こされて意識を取り戻したのか、井塚が呂律の回らない舌で抗議してきた。すぐ、とろけたようだった眼が焦点を合わせた。
「原やないか。----もう、一軒いくろ」
 呂律の回らない酔漢特有の大声で怒鳴りあげた。
「明日はフライトがあるんでしょう、帰りましょう。一尉」
 原は背後から抱きかかえながらなだめるが、栗林の方は無言で、駄々をこねるその口にミネラルウォーターのプラスチックビンを押しあてた。唇の両脇から水が流れるがお構いなしに流しこむ。激しく咳きこんだ所に残った水の半分ほどを浴びせかけた。
 井塚が冷たい水を浴びせられて、頭を左右に振っているところを栗林は井塚の両脇に手をかけて引き起こした。
 地面に引きずる足は原にかつがせた。井塚は決して大柄ではない。二人がかりで軽々と井塚をジープのリアシートに放りこんだ。
 シートに長くなると、一時の勢いも消えうせて井塚は再び鼾をかき始めていた。
「どうもご迷惑をおかけしました」
 栗林はバーのマスターに深々と頭を下げると、原に向かって顎をしゃくった。
 顎の先にはついさっき原がはき棄てたガムの噛みカスがへしゃげている。投げ棄てはよせ、と言うのである。
 上官の指示である。原は他にいくらでもごみの散らばっている路面からガムのカスを一つだけ拾い上げ、ジープの床に転がしてあった清涼飲料の空き缶に指先で放りこんだ。
 ジープが走り出した。
 心地好い風が流れる。
「しかし、まあ、これだけ飲んだくれて一体この人何を考えてるんでしょうね」
 原があきれた風でもなく言った。前方を見据えてはいるがヘッドレストに頭を持たせかけたまま、右腕を肘のあたりまでハンドルにのせて、左手は懐で次のガムを探っている。
「防大出て、幹部になって、パイロットでしょう? なにが不満でここまで荒れるんでしょ?」
「なんかあるんだろう……」
 栗林がつぶやいた言葉の後半は風にもぎ取られ聞き取れない。
 原が「は?」という顔で栗林に問いかけ直したが、応えはない。
 原も重ねて聞き返そうとはしなかった。会話が途切れた。
 しかし、栗林二等空曹はこうつぶやいたのである。
「おれだって、隊の警備隊で酔っぱらいや、若造のお守りするとは思っても見なかったさ」

 早朝。
 岐阜基地の列線に二機の戦闘機が引き出され、飛行前の最終チェックが進められていた。
 一機は単発のF−2支援戦闘機。アメリカ空軍のF16戦闘機をベースに日本向けに戦闘攻撃機として改修された機体である。
 もう一機はそれより大型の双発双尾翼機である。
 一昨年、完成して試験飛行が続けられている第四次FX----次期主力戦闘機である。第四次とは戦後、日本が制定する四番目のFXである事を、Fは戦闘機。Xは開発途上を示す。試験飛行は様々なフェーズに分けられ、メーカーでの試験がほぼ終了し、隊の飛行開発実験団に引き渡された今ではXF−3と呼ぶのが正確なのであるが、いまだ部内ではFXと呼びならわされていた。単純に発音しやすいためである。
 全体の印象は航空自衛隊の主力戦闘機F15イーグルに酷似している。航空機にあまり馴染みのない者が、この機とイーグルを目の前にしても違いを指摘できないだろう。
 イーグルでは垂直尾翼後縁がほぼ垂直に切り立っているのに、FXでは若干の前向きの角度がつけられている。前か後ろに回れば、二枚の垂直尾翼の上端が開き、水平尾翼も垂れ下がっているのが分かるだろう。横からでは判然としないが、エアインテークも斜めに切り取られたような形状のものが、主翼から機首方向に伸びたリーディングエッジに抱えこまれている。
 しかし、FXには実用機にない塗装がされていた。実用機であるイーグルは空に溶けこむ全面グレー塗装がほとんどであったが、FXは輝くような白に塗られ、所々に流れるような青いストライプが入っている。テスト機ならではの派手な彩色である。
 FXの実用化試験はほぼ終了し、今や仕上げの段階にさしかかっていた。
 FXの開発メンバーの一員、井塚眞一尉はFXに立てかけられた梯子を伝ってコクピットによじ登ろうとしている。
 現用戦闘機のコクピットはいずれも高所に設けられている。機体そのものがが大型化している上に、戦闘機の性格上、パイロットはもっとも見晴らしのよい場所を占める必要がある。近来の戦闘機は不十分な設備でも運用できるように収納式ステップを備えているが、いかにも頼りない代物で使いづらい。ホームベース基地では機体に立てかける形の梯子を使う。
「井塚一尉、どうかしたのですか?」
 機付きのメカニックが不審そうに問いかけてきた。
 井塚眞は補機類を担ぎこんだ上に、ヘルメットのバイザーを降ろし、あろう事か酸素マスクまでかけている。通常であれば機体に乗りこんでからセットするものである。
 しかも、井塚は乗りこもうとするまで必要最低限の言葉しか発していなかった。多少は人間関係を円滑にする言葉のやり取りもあってしかるべきである。
「何でもない。気にするな」
 井塚はコクピットに片足を突っこんでから始めてそれらしい言葉を発した。
 FXには一人乗り単座機と、二人乗りの複座機が存在する。今回のフライトは試験の記録の関係から複座機が準備されていた。
「どうした? 不都合でも起こったのか?」
 眞のいつもとは違った態度にメカニックばかりでなく一足先に後席に乗りこんでいた技術幹部まで問いかけてきた。すでにヘルメット、酸素マスクと行った飛行装束に身を包んでいる。もっともパイロットではない。FX開発担当の航空技術者である。
「気にするな」
 技術幹部にはメカニックと同じセリフで応える。
 全身が重く気だるい。
 フライトスーツ、Gスーツ、膝まで達する特殊なブーツ、ヘルメットに酸素補機類を身に着けると全体重量は二十キロに達する。ただ歩くだけでもちょっとした難行である。
 だが、眞の不調は飛行装具のためばかりではなかった。
 昨夜の深酒が残っていた。
 FXのエジェクションシートに身体を投げ出す。パイロットが戦闘時の高いGに耐えられるようにするため、FXのシートは後方に三十度ほど傾いている。リクライニングしているようでアルコールに打ちのめされた身体にはやさしい。
 しかし、ここはリムジンの後部座席ではない。戦闘機のコクピットなのだ。
 長年の習い癖ですぐに四点支持のフルハーネスで射出座席に身体を固定する。眞にとっては右足と左足を交互に出して歩くくらい自然な行為であった。手と目は機械のように自動的に定められたチェックを始めていく。
 同時に大きく息を吐きだす。
 半密閉されたゴム製の酸素マスクの中に酒臭い息が広がった。ゴムのにおいと重なって吐き気を催すほどだ。眞は胃から沸き上がって来る苦い液体に堪えなければならなかった。

FX帰還せず あとがき
 FSXが制定されたばかりだと言うのに、FXの話を書くのはあまりにも性急すぎるかとも思われるが、現行のF15も老朽化していつか交替するのは避けられない。だとしたら、多少早めに取り上げても大した問題ではあるまい。
 始めて、F15の印象を脳裏に刻み付けたのは一九七六年、入間で開かれた航空宇宙ショーだった。
 当時、第三次FXの売りこみ合戦が終盤に差しかかっており、入間にはFX候補に残っていたF14、F15、F16の三機種が揃い踏みしていた。それまで、これらの機種の名前や外観は覚えていたものの現物を見るのは当然、始めてであった。
 当時、現役トップクラスであったファントムも来ていたはずなのだが、記憶にない。トムキャットは----いまだにもっとも好きな飛行機であるが、どこか鈍重で、ファルコンにいたってはただ騒々しいと言う印象しか残っていない。なぜ、ファイティング・ファルコンはああもうるさいのだろう。
 一番の印象を残したのはイーグルだった。いきなり垂直に上昇すると、翼端からヴェイパーを曳きながら垂直旋回を披露した。ノズルがこちらを向いたとき、青い排気炎が見えた。この後、何度もイーグルを見ているが青い炎というのは他に見た覚えがない。ぼくの目の迷いだったのかもしれず、白に青と赤のストライプと言うお祭り的なマーキングが印象を強烈にしたのかもしれない。
 航空機も自動車と同じで古びてくる。性能的に後退するわけではなく、老朽化するのである。そのため、航空機種ごとに耐用飛行時間が決められ、定められた飛行時間をすぎたものは、空を飛べなくなる。法的にも規制されているし、そんな機で空を飛ぼうとする命知らずのパイロットもそうそういないだろう。
 そんなわけで「あらゆる戦闘に勝つ」目的で設計製造されたイーグルも時の流れにはかなわない。いつ耐空期限が切れる。
 アメリカではFXとしてF22が決定された。それに続く機体が日本ではどうなるのか、なかなか興味深いところである。

 東西ドイツが統合したように、いつの日にか北朝鮮と韓国は統合するだろう。それがあるべき正しい姿である。ひょっとするとこの本が書店に並ぶ頃にはもう実現しているかもしれない。ドイツの例を引くまでもなく、難事業である。
 韓国/北朝鮮と日本は隣人である。様々な主張はあれども、無関係では有り得ない。北と南に引き裂かれるのはひょっとして日本だったかもしれないのだ。
 だから、日本は韓国/北朝鮮が本来あるべき姿に戻ろうとするのに力を貸すべきである、この意見に異を説える者はそう居ないだろう。
 しかし、それはどのような方法だろうか? 手を出した、その事実によって引き起こされる様々な事象について日本は最後まで面倒を見れるのだろうか。
 歴史的に日本は韓国/北朝鮮に大きな負い目をおっている。今日のような情況でチョソン----これは朝鮮の現地での発音である----についての問題を日本人であるぼくが扱うのは大変に微妙な問題を含んでいる。しかし、まったく口をつぐんでいるのも正しい態度ではあるまい。

 なお、防衛庁では婦人自衛官の配備を制限する分野として「直接戦闘にかかる勤務分野」「有事に置いて上記分野を支援する分野」「その他大きな肉体的不可を伴う勤務分野」をあげている。航空自衛隊では前二者にはそれぞれ、戦闘機に搭乗するもの、空中管制指揮機に搭乗するものを指定している。したがって、現在の航空自衛隊には女性のFパイロットもエイワックスの女神も存在しない。

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