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2013年07月の近況
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2013/07/07 日曜 市民感覚と国民感覚
 すぐ近くに道路を通そうという計画がある。50年ほど前から存在していたのが、現実しそうなのだ。いわゆる東京外環道で、東名東京と関越練馬を結ぶ計画である。
 この計画についてぼく自身は、一部賛成、一部反対という意見を持っている。
 どっちなんだ? はっきりしろ、と突っ込まれそうなので、その点について議論を展開しよう。

 まず、一個人としてこの道路ができると多少便利になる。だが、多少、程度でそう変化はない。近くにインターができるが、すぐそばではないので、関越に乗るとしたら練馬に向かうのと差はない。中央も同じだ。東名に乗るときはだいぶ便利になるが、東名はあまり使わない。
 当該の自治体である武蔵野市は反対している。これはまあそうだろうな、と思う。市内にインターができるわけではないので市としての利益はなにもない。

 都と国は推進しようとしている。
 東京の渋滞のひどさは有名た。原因の一つが先の東名東京と、関越練馬の接続である。関東近県の自動車が高速道に乗って東京に集中する。かなりの自動車は東京を目的地としているが、中継地として通過する自動車も多い。通過する自動車は高速道で入ってきて、首都高を使って別の高速に向かう。
 ところが、関越は首都高と連結していないため、ドライバーは下の道である環状八号線……通称、環八を利用せざるを得ない。片道三車線の高速道の流量が二車線の環八に押し寄せてくる。混まないわけがない。あまりの渋滞で環八の上空には「環八雲」という排気ガス由来の雲がかかる。

 東京都と国は渋滞緩和のために、最外郭の「圏央道」、都内各インターを結ぶ「東京外環道」を建設中で、後者の最後の区画が「牟礼〜大泉」線である。
 個人としては「どっちでも良いよ」なのだが、利用ドライバーとしてはこれが完成してくれると万々歳だろう。
 市は反対している。メリットがない上、排ガスなどの環境被害が考えられる。行政機関のサービスの一環として清潔な環境を提供するのは当たり前である。
 一方、国や都としてみると、国の計画を邪魔するとはケシカラン、あるいは住民エゴである、杉並区の苦労を少しは引き受けろ、となる。

 ここで二つの立場が見えてくる。
「市民の立場」と「国民の立場」だ。
 市民としてはどっちでも構わないよ、ぐらいだが、国民の立場としては、全ドライバーの利便のためにあった方が良い、になる。
 個人でも、いくつかの立場があるのを理解して議論を進めるといろいろと面白い。

 原発なども適用できる。
 国としてはいまある原発を止めておくのはもったいない、となる。「原子炉事故で死んだ人間はいない」との発言で物議を醸したが、福島程度の事故は大した損害ではないと言うのが国の判断だとわかる。現在、電力需要は火力発電所で代替しているが、買ってくる燃料はただではないし、今一度石油ショックのようなことがおれば日本の経済は壊滅的な打撃を受ける。

 市民の立場としては「順次なくしていってくれ」で「いますぐ止めろ」ではない。
 もちろん、遠隔地に住んでいるからこう言えるのであって原発の隣に住んでいたら違う立場になる。
 アオヤマ、お前、福島の人の気持ち考えたことあるのか! と矢だか槍だか、鉄砲の弾でも飛んできそうだが、「考えたことはあるが、斟酌しない」。
 気の毒だとは感じるが、自分の気持ちをかえる必要は感じないし、当事者でもない活動家や、国の代弁者などから意志を押しつけられるいわれはない。
 他人が自分と同じ意見を持つべきである、とする考えは、原発事故よりもはるかに危険である。
2013/07/21 日曜 SF大会こいこん
 何年かぶりにSF大会に出席してきた。スタッフの皆さんのおかげで楽しい時を過ごせた。ご苦労様でした>スタッフ一同。
 去年は夕張か……。一昨年は日本にいなかった。その前は、アメリカ行きとバッティングしたかも知れない。
 いずれにせよ、凄い久しぶりの気がする。

 SF大会当日朝、六時の新幹線で広島に駆けつける。N700の「のぞみ」うー、揺れる。
 そもそも、この駆けつけ方がぼくのやり方ではない。ちゃんと余裕があれば飛行機を使う。結構ぎりぎりになって、行き当たりばったりだった。
 ネットと言うかケータイで予約を取ったリーガロイヤルホテルに荷物を放り込み、大会会場へ向かう。すでに駅を降りたあたりで知り合いに出くわす。会場そばで知り合いに会う。 受付前だったが、オープンスペースであるディーラーズで話し込み、東京から持ってきた宇宙塵の不足分をスペースにおいて、受付、開会。
 企画は初っ端から連合会議。ニコ動絡みと、選挙絡みで少し討議/報告事項があって、動議。あと、なにを見たかなあ?
 一日目企画が終わってスチールの仲間と飯。次いでお好み焼き。うまい。
 リーガロイヤルに戻って、さっさと寝る。パーティホテルだったので何かあるかと思っていたが、その時刻に居合わせなかったので、不明。

 朝食。バイキングいろいろある。嬉しい。
 で、思い出した。この前の大会は静岡だ。朝食付きにしなかったので、コンビニ飯で飯を求めてさまよった覚えがある。それで朝食付きにしたのだ。やけに声高に話している一団がいる。あー、あの人だ。
 娘曰く「おじさんと、おばさんと若者、学生は騒々しいものだ」。
 まったく同意見なのだが、穴が一つ。静かなのは誰だ?
 平和公園を抜けて会場へ。

 日本刀企画を覗きたかったが、何となくディーラーズで時を過ごし、連合会議その2へ。
 いろいろと議論があったけれど、落ち着く所へ落ち着く。
 問題提議があるのは良いことだと思う。基本的なあそこにいる人間は「SF大会に対して好意的な人間」ばかりなので、大会を発展させようという提案に対して反対は出ない。それでいながら、実務的な事も判っている人なので、そちらで話が長引くこともある。
 ディーラーズで閉会式までの時間を潰す。
 来年は筑波。
 再来年は米子。
 その次について決定ではないが、伊勢志摩から意思表示。
2013/07/22 日曜 広島の印象
 広島を訪れたのは十年ぶりくらいになる。
 前回も似た印象を抱いたように、都会だった。昨今、地方都市に足を運ぶと実に暗澹たる気分になるのだが、広島はちがった。町中に人混みが目立ち、シャッターが降りている商店も稀だ。世界的に有名な観光地であり、欧米人の姿も多く、言語もラテン系の言葉が聞き取れた。
 しかし、暑い。猛暑日続きだったそうで、建物から出るのがいやなほどの暑さだ。外へ出ると、頭のてっぺんから汗が吹きだしてくる。呉線に乗ったら、制服の女子中学生が乗り込んできたが、みながみな、申し合わせたように首にタオルをぶら下げている。東京ではおじさんすらそのスタイルで電車に乗るのに憚られる。家に帰ってきて、やけに手足がかゆく感じられた。虫さされかと思ったら、日焼けである。日光も強い。
 もう一つの印象が「本当の古い建物がない」という部分だ。東京だと、町中を歩いていると一体いつからこの建物はあるのだろう? と疑問を感じさせるほど古い建物がある。銀座で言えば四丁目交差点の時計台とか、かなりマイナーであるが神田でビルの間にひっそりと立つ木造の蕎麦屋まつやなどである。
 これに気がついたのは、ある寺のそばを通り過ぎた時だ。寺と言っても都市部であるのでビル化され、墓地だけが敷地に立っている。ところが、この墓石がやたら新しい。苔むしているものが、ない。もしや、と思って建物を見て歩いても古いものが、ない。
 会場は……平和公園から歩いて行けるほどで、原爆爆心地のそばである。
 被災直後の広島の写真を見ると、なにもない。焼け焦げた平原に原爆ドームがたたずんでいるだけだ。
 おそらく、古い建物はすべて吹き飛んでしまったに違いない。
 寺や、神社も例外ではない。墓石すら残っていない。
 寺に気づいてから、古い建物がないかと注意していたが、ない。もし、本当に古いものというのであれば、市電の敷石だけであろう。
2013/07/24 月曜 宮島、そして呉
 大会最終日はさっさと寝て、翌日、宮島へ。神社の朝は早い。早めに行こうと宿の朝食バイキングが開くのと同時に詰め込んで電車を乗り継ぎ、宮島口からフェリーで宮島に渡る。
 フェリー口では鹿がわだかまっている。いや、本と鹿多い。
 軽く厳島神社にお参りする。
 境内というか、神社内は涼しい。海の上に立っているだけあって風が心地よい。洋上の鳥居も偉景である。観光客が押し寄せるのも納得できる。
 フェリー口に戻る途中、道をずれて千畳閣に登る。
 秀吉が建てさせた建物であるという。罰当たりなことに厳島神社が一目で見下ろせる。秀吉はきっと渡り廊下の欄干に足をかけて「ははは、愚民どもめ」と笑ったに違いない、と思ったが千畳閣完成を見ずに亡くなっている。

 フェリー、電車を乗り継いで、呉へ向かう。
広島駅で呉に向かう電車を捕まえ損ね、30分のロス。
 来た電車に乗っても、結構時間がかかる。本数は少ないものの、宮島から船が出ていて、こちらを利用した方が正解だったかも知れない。
 到着。以前来た時はひなびた地方の軍港というイメージだったのだが、新しいビルがにょきにょきと生え新興住宅地の趣である。駅から呉港ターミナルまでプロムナードデッキが通っている。デッキからは「鉄ののくじら艦」(海上自衛隊呉資料館)の潜水艦「あきしお」がドンと見える。洋上にはフェイズドアレイレーダー搭載艦がかすかに見える。
 このデッキのおかげで、大和ミュージアムやターミナルには伸び雨に濡れずに行ける。
 駅ビルのど真ん中を突っ切るというものすごい構造であるが、暑い日には冷房が嬉しい。
 移動に思いの外、時間がかかったのでターミナルの食堂で飯。海軍定食。「戦艦金剛の鯨カツ」「海軍肉じゃが」「戦艦大和のとろろ(だったかな?)」のセット。で、これはたまたま資料で読んだので知っていたのだが、このメニューは呉市街おこしのために元自衛隊給養員の方が監修となって、終戦間際の資料を元に再現したメニューである。

 大和ミュージアム、エントランスに戦艦「陸奥」の主砲、碇などが展示されている。以前、江田島にあったものだろうか。
 大和の模型は圧巻であるが、模型に過ぎない。個人的には大和から引き上げられた遺物の「色」を確認できたのが大収穫であるが、特設展の「艦橋再現モデル」が単なる羅針盤艦橋であったり、それ以外の展示が多かったので「?」状態だったが、正式名称がマリタイムミュージアム(海事博物館)と知って納得。まあ、海事博物館だとしたら大和関係の展示が多すぎるが、海自博物館としては出色のできである。
 ミュージアムショップで「自分で作るうまい海軍めし」と「戦艦大和3000人の仕事」を見つけて満足。
 大和ミュージアムを目当てに訪れると不満かも知れないが、すぐそばの鉄のくじら艦(行けなかった)と、江田島はセットにすべきだろう。

 新幹線で帰宅。夜九時に東京駅。さっきまで広島にいたのに、会社帰りのサラリーマンに混じるのは不思議な印象である。

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