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2012年07月の近況
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2012/07/01 日曜 疲れた
 体調が悪くて、寝て過ごした。起き上がれないので、本を読んで過ごした。
 昼過ぎまで伸びていて、その後四冊読んだ。良いよね?
2012/07/04 水曜 F35J?
 この数日、マスコミを賑わせているのは小沢一郎を中心とする政局の動きである。だが、なんか遠くの世界の動きにしか見えない。

 ヒコーキ好きとしてびっくりしたのはJALの再上場の話題である。一円の時買っておけば良かったかな?

 で、関連して思い出したのが、F35Aの話。
 飛行機、ミリタリー好きの人なら知っているだろうけれど、昨年末、防衛省が日本の次期主力戦闘機としてアメリカのF35を採用すると発表した。もう、ボロになってきたF4Jファントムの代替として使う機種である。
 はっきり言って大穴も大穴。
 まず考えられなかった選択である。もともとはECや西側の国が金を出し合ってアメリカで開発した機体で、お金をたくさん出した順番に飛行機が買える。
 だから、もし日本が買うとしてももう十年ぐらい待たなければならないだろう、だから無理だと、されていた機体である。性能的にも、ロシア/大陸中国の使うフランカーや、次期主力機に対抗できるか不明な上に、戦闘機と言うより、戦闘攻撃機である。現状、近海領空防衛、シーレーン確保を目的とする自衛隊にとって力不足である。
 なによりも、十年のギャップは痛い。

 が、後知恵というものは素晴らしいもので、日本の場合、物凄く大きな抜け道があった。
「ライセンス生産」である。他の国ができあいの飛行機を買ってくるのに対して、日本では国内に工場を作って飛行機をまるまる作ってしまうのである。そうすると、アメリカのラインで作るのと同じものが作れる。
 もともと、日本はライセンス生産にこだわっている。技術保全のためである。その代わり、お金がかかる。ブラックボックス(つまり、コンピュータ)の問題もあるだろうが、アメリカとしてはF22(自衛隊はほんとうはこっちが欲しかった)のブラックボックスは出せなくとも、F35なら良しとしたのか、あるいは日本で作るのか……F2の実績からして、同様のシステムを作れるだろう。
 国内開発された九九式ミサイル。外部に搭載できるだろうし、攻撃機としての主力兵器である対艦ミサイルも搭載できる。
 問題となるのはステルスウェポンベイに搭載するミサイルについて。新型をアメリカが売ってくれるかどうか判らない、との判断で国内開発された九九式。サイズが会わないので、F35には搭載できないが、問題となったアメリカ製空対空ミサイル、AIM-120は売ってくれそうな気配である。

 が、ぼくがもっと問題だと考えるのは日本向け仕様との違いである。
 アメリカ製戦闘機を使っている国はいくつかある。
 F15に関して言えば、日本向けF15Jは日本の国防システム下で使うため電子兵装が若干違う。アンテナが垂直尾翼に装備されているため、アメリカ仕様との違いは歴然である。
 結構最近になって韓国で使用され始めたF15K。ベースはF15Eで、戦闘攻撃機である。電子兵装がまったく新しいが、外観は判らない。胴体形状がだいぶ違うので、日本仕様との違いは歴然としている。
 で、問題のF35。アメリカの防空システムとだいぶ共用性を持たせるようになったとは言えまだまだ違うし……なによりも、練習機はどうするのだろう?
 防衛省は「中間練習機を廃止して、将来的にF2Bを使用する」と言っていたし、それはやるだろうが、現状ではF35に複座機はない。
 どーすんだろ?
2012/07/05 木曜 X-47ペガサス
 どうにも、本チャンの原稿が進まない。
 F35の続き。
 さて、現在、F35にはおおまかにA,B,Cの三機種が存在する(三機種とも初飛行は終わっている)。
 空軍向けのA。
 海兵隊向けの垂直離陸型、B。
 海軍向け艦載機、C。

 アメリカ空軍には戦闘機について「ハイ・ロー・ミックス」という発想があって、”何もすべての戦場に最新鋭の高性能機を投入する必要はない。危険地帯に最高性能機(ハイ)を投入し、比較的安全な戦場には劣性能機で構わない”という物である。そうすれば安くつく。
 現状では「ハイ」が、イーグル、ラプター。「ロー」がF16、ファルコンである。
 この二機種、どれぐらいの差があるかというと「F15一機で、F16を六機、相手にするにはキツイ」と言うぐらいの差がある。
 将来的にF35が「ロー」に、ラプターが「ハイ」に位置する。

 今のところ、海軍はF/A18ホーネット一機種で戦闘機、攻撃機の双方をまかなっている。
 かつて「ハイ」に位置したF14トムキャットは退役してしまった。
 戦闘機はF35Cに全とっかえだろう。
 だが、海軍と空軍では飛行機の用法がまったく違う。陸の上では特定の基地から出撃したり、迎撃したりする。
 海軍が想定するのは空母である。空母がやられては事である。迎撃機として高性能であり、敵戦闘機を排除した上で攻撃機なり、ミサイルを叩く能力が求められる。ホーネットは初期型よりだいぶ性能を上げたが、もともとはF16の対抗馬だった機体で陳腐化は避けられない。で、F35Cの登場となるが、空軍の「ハイ」に相当する機体がない。そこで、別の形の「ロー」が計画された。
「X-47ペガサス」である。
 X-47Aペガサスは完全自立型のステルス攻撃機で、別名「ドリトス」。例のコーンチップである。二等辺三角形に近い菱形である。無人であるから、コクピットもない。
 で、このX-47A、一旦は廃案となったのだが、空軍のX-45計画を吸収してX-47B計画として、実機が飛行している。形状も大きく変わり、ドリトスの面影はわずかである。
 X-47Bはまだ実証段階なので詳しいことは判らないが……X45の成果からすると「完全自立で離着陸に成功し、数時間の飛行後、自律的に目標を破壊した」程度の事はできるだろう。飛行時間も今のところ「四、五時間」と言われているがX45が十時間以上を実現している所から、これもまた「四、五時間」という短時間ではないだろう(速度はM1.0出れば御の字だと思う)。
 海軍としては艦隊の周囲をぐるぐるとペガサスを飛ばして置いて、空中レーダーで不明機を発見すると有人機を向かわせる。あるいはいきなりたたき落とす。さらには、アニメのピットのごとく有人機と供に飛んで、有人機からの指示で再プログラミングも可能になる。
 戦争なんて、もともと血腥いものであるが、ヒコーキに関しては「ともかく究極の高性能機」という夢があったと思う。
 ところが、無人機の登場はどうも面白くない。

 なお、現時点で日本がペガサス(無人戦闘攻撃機)を買う計画はない。
 グローバルホーク(高々度無人偵察機)、プレデター(低高度無線誘導偵察機)はあるらしいが、不透明である。

 なんか、つまらない。
2012/07/17 火曜 腰巾着と呼ばれた教育長
 大阪府の教育委員会の動きというか、無様さを見ていると、十年ほど前の武蔵野市の教育長を思い出す。

 当時、娘は保育園から、小学校に上がったばかりで、当然学童保育所に入ることになった。
 要するに小学生を放課後、あずかってくれる施設である。

 そのころ、市内に全国的にも有名な指導員が現役でいらして、引っ張られるように全市の保育所は優れていた。
 保育所では一定の「自習時間」を取り、子供たちは学校の宿題をここで終わらせる。
 また「九九の歌」というのがあって、二年生はこの歌を唄いながら、人文字で九九の形を作る。九九全段は三年生の範囲だったが、学童の子たちは二年生のうちに全部覚えてしまう。
 昔遊びと呼んで、けん玉、ベーゴマ、百人一首などをやる……これらは言ってしまえば学童に対する予算の少なさを示すものであったが、指導員の先生方の努力もあって「学校は嫌だけれど、学童には行きたい」という子供がいるほどだった。

 ところが、当時の市長、というか自民党には一貫した姿勢があって「子供は親が育てるもので、行政や地域が手を出すべきではない」と言うものであった(似たような発言がつい先日、自民党国会議員が漏らしていて『まだ判らんのか』と腰を抜かした)。
 つまり学童保育所などもってのほか、さっさと潰そう、という意図が見え見えであった。
 しかも、当時、保育所はいくつかの問題を抱えていた。

・土曜閉所
・退所時間が午後六時
 という二つである。

 なぜ問題になったかというと、3月31日まで子供たちが通っていた公立保育園の場合「土曜は開所」「退所時間が六時半」だったため、親の仕事によっては「土曜はどうしても手が離せない」とか「保育園に会わせて仕事のスケジュールを組んでいた」というのをいきなり変えなければならなかったからだ。
 変えられれば良い。できなかったら、昨日まで保育園に通っていた子供は、4月1日から一人で放り出される。

 学童にも父母会とか、そう言うものがあって市議会小委員会に請願だか、陳情だか出した。(当時、保育園から続いて学童保育所の父母会長を勤めていた)もちろん、ここに至るまで膨大な努力、根回しがあったのは言うまでもない。
 ぼくがやったわけではないが三浦展さんの奥さん、あるいは早稲田の平尾教授の身を削るような努力があったのである。
 市長の立場は判っているので、文教委員会の反市長派の議員に挨拶に行き、自民党の市民公聴会にまで行って「子育ての××」を掲げる市議に申し立てもした。
 努力の甲斐あって、請願は多数決で小委員会を通過し、本議会にかかることになった。傍聴に行った。
 文教小委員会からの報告があって、市長に質問がぶつけられる。変わって答えたのは教育長だった。

質問「土曜開所の要請についてどのようにお考えですか?」
回答「その予定はございません」

質問「六時半退所について、どうお考えですか?」
回答「その予定はございません」
 30秒でお仕舞いである。
 教育長に殺意を覚えた。

 その頃、市内で嫌な事件が頻発していた。
 小四の女の子が「おっぱい触らせて」と迫られたとか、女の子に「君の唾くれないか」という唾くれおじさんが出たり(こちらは後に逮捕された)していた。
 地元のボランティアのおじさんが二人、見送ってくれた。
 ウチの娘は学区を少し外れた所なのでぼくが迎えに行った。当然、帰宅時間が同じ他の子供たちも連れて帰る。夏場はまだ良い。冬、六時ともなると真っ暗である。大人だって電気も付いておらず、人のいない家に帰るのは心地よいものではない。
 子供では一層である。
 小学校一年生の女の子がぐずり出す。
「お母さんも、お兄ちゃんも居ない暗い家に帰るのは嫌だ」
 仕方なしに鍵を借りて、ドアを開けて電気だけ付けてやるが、家の中は冷え切っている。女の子は泣き止まない。
 もし、あと、30分学童が長ければお母さんは帰ってこれるのである。

 あの教育長はどうしているのだろう?
 きっと、現場のことなど一つも判らず、高額の退職金を貰って、どこかに天下りして、のうのうと暮らしているのかと思うといまでも腹の虫が治まらない。
(この話、続くかも知れない)
2012/07/18 水曜 先生に恵まれた
 ぼくがPTA会長になったその年、校長が替わった。
 前の校長先生はよく知らないのであるが、学力の向上に多大な貢献をした方だと聞く。
 他方、四年生だか五年生のクラスにトラブルが起こっていた、と言うのはあとから聞いたが、詳しくは知らない。

 いずれにせよ、新校長先生は気さくで、かつ現実的な方だった。

 PTAで苦労した話は2005年頃の日記に詳しい。その中に総会の運営があった。どうせ、承認をとってシャンシャンで終わらせるのだから、めんど臭い儀礼的な部分は省いてしまえ(たとえば、予算の報告については一字一句読み上げる。「お手元の資料をご覧ください」で良いではないか!)と言ったのだが、通らない。
 ところがこの校長も堅苦しいのは嫌いだったらしい。

 総会の一セレモニーに「職員の紹介」がある。普通は先生が立ち上がって「何年何組を担当する××です」とか礼をして終わるのだが、校長は「職員、全員前へ」と整列させ、一人一人の肩において紹介を始めたのである。

「副校長の○○。去年まで教頭だったのが、役職前が変わりました。もう副校長だけど、名前と同じで成長中」

「何年何組の△△。23歳。二年目のルーキー。特技はギター、今度、音楽の授業、聴きに来てください。うめーぞー」

「何年何組の□□。背は小さいけれど立派な大人です。歳は言いません。でも、小さいので生徒に混じると探すのが大変です」

 しばらくして、会長に話があった。つまり、ぼくだ。
「トラブルのない学校やクラスなんてものは、ねえ。問題が大きいか、小さいかだけだ。大きくなるには一年とか二年かかっている。これを元に戻すには、始まったのと同じだけの時間がかかる。だから、大きくなる前に見つけて、早いところ修正しなけりゃ、大事になるだけだ」

 就任して一年目は様子見だったようだが、二年目の全体クラス会に出たところなんか様子が違う。一通りの連絡が終わると「では、お時間なので※※さん、お願いします」と、珍しくお父さんが出てきて話し始めた。
 そのお子さんがADHDだか、多動だかで、家の中はぐちゃぐちゃで学校との対応にも困っていた等々。お父さんは男泣きに泣いた。聞くと、他のいくつかのクラスで同じような光景があったらしい。
 校長の指示である。
 それまで学校では「当校ではそのような問題は無い」という立場だったのを校長は全部、ぶちまけたのである。
 「あの子とは突き合っちゃ行けません」(今どきあるのがどうか知らないが)などと陰口を叩かれていたのが、事情をクラスで共有すれば「あの子は病気なんだから気をつけて上げてね」に変わる。

 これは校長就任初年から始めたのだが「親父の会」を立ち上げた。
「こういうのやりましょう」
「おう、乗った」
 これも校長先生の人徳である。
 単なる親睦会(飲み会)なのだ。「今どき何だ」と言われそうだが、ぼくより一世代上の人たちには「ノミニケーション」が通じる。学校の先生となれば飲まないはずがない。

 ノミニケーションの是非よりも、学校をめぐる様々なトラブルは学校と家庭の連絡不足も一因なのだ。
 ぼくの周りの人間から声を掛けて次第に広げ、次第に広がっていった。
 二年後には、夏の地区カーニバル(小学校のグラウンドでやる)で「親父の会」でビールとポップコーンを売り、その隣では先生がキュウリを売っていた。
「林間学校で行くあの村、あすこからキュウリ取り寄せてよ、割り箸に刺して、氷に突っ込んで冷やして売るんだよ。美味いぜぇ」
 校長先生の読みは当たった。若い先生方が子供たちや親御さんに囲まれて、キュウリをかじっているのはほのぼのとした光景だった。滅多に学校に来ない親御さんも、先生方と腹を割って話しあえる。

 個人的に思い出深いのは学童の拡大である。
 市では翌年度の学童入所希望者数を把握しようとしない。別に少なければそれで良いし、あふれたら待機児童としてカウントするだけだ。
 保育園父母会と連絡をとって、調べたところ、事実上定員55名のところに、80人が希望していた。市に話を持っていっても担当者では埒があかない。議会は喧々囂々やっている。ま、結論が出たとしても市長がひっくり返すのだが。
 また、別の問題もあった。その頃、正式な学童の定員は40名だった。しかも、特例措置として「希望者が多い場合は定員の10%までを上限に変動させる」という規約がある。
 ところがある年、十名以上の待機児童が出る、と保育園の父母会が定員の変動を認められないかと働きかけたらしい。結果、一定の年限を限って定員を50名まで増員する、と規定された。
 翌春、その年限が切れる。
 しかも、50名に臨時増員したため、現実には、55名ぎりぎりの人数が入っていた。
 これがいきなり40名になると待機児童、40名、となる。これは新入一年生が一人も入れない数値である。
 校長があっさり言った。
「だったら、放課後、学校で使わない部屋があるから、あれ、使えばいい」
 児童数がかつての半分になったとしても学校というお役所は空き部屋の存在を認めない。部屋を遊ばせているとして、減点の対象となるからだ。
 ところが校長は校舎別館の「受業にしか使わない部屋」を提供してくれるというのだ。学童の保護者に声を掛けて先生と一緒になって部屋を片付け、簡単な棚(教室にあるのと同じ規格のものだ)を作り付けて、臨時名「東学童」が出来上がった。
 もう娘は卒所していたが、ぼくは東学童、西学童を覗きに行き、胸を撫で下ろしながら帰ってきた。

 ただ、これは校長先生に取っては大冒険だったらしい。

 学校はあまっている部屋がある事を嫌う。あるいは、学校内、あるいは隣接地に学童ができるのを嫌がる。
 別の話になるのだが、ぼくが会長だった時、豪雨があった。実にばかばかしい事に近くの防災倉庫が水浸しになり、小学校、中学校でも被害が出た。
 窪地にある保育園では床上浸水。
 問題は隣接した市の施設にある学童保育所が何と天井浸水したのだ。

 臨時で当該小学校の一室が学童として使用されることになったが、大反対の声があがった。最初はPTAからだった聞く。次にそこの校長が反対した。
「なぜ、『学童』だけ優先する」
 ぼくの私見も入るが、学童だけ、という事はないだろう。事実上、いまの小学校には空き部屋がある。指導員も勤務場所を移動するだけだ。予算面から、施設の改修も必要だが、どちらにしろもともとの学童は使えない。人が居なかったから良かったようなものの、子供たちが入っていたら何人死んでいたか判らない。
 ウチの学校とは大違いだ。

 が、結局、校長は教育委員会に呼び出されたと聞く。本人は何も語らないが「市内全小学校が学童を別にしようとしているのに、何ごとだ」くらいの意味合いだろう。気の毒に……とは思ったが、実はあまり心配していない。
 その時、すでに腰巾着教育長は退職し、後任に退職した隣の中学校の校長が就任していたからだ。つまり、二人ともなあなあだったのである。

 学童の話が長くなったが「情報を隠さない」「子供のことを考える」という方針でどこの学校にもあるイジメとか、学級崩壊の妙な噂は消えてなくなった。

 何年かしてから、当時の副校長先生からメールが届いた。
「親父の会は続いていますか? 非常に良い試みなので続けてください」
 ぼくはもう学校を離れていたが、下の年代でも続いていると聞いていたので、そう返事をした。

 校長とはやはり数年して駅前でばったり会った。別の学校に転任し、そこで定年を迎え、現在は教育委員会に籍を置いているそうである。

付記:中学でも親父の会を発足できないかと画策したが、失敗した。青山の力不足であるが、下地を作れなかったためでもある。
2012/07/22 日曜 機械が壊れる
 最初はウォシュレットであった。
 洗浄用のお湯が出ない。電源部がやられたのかと思ったが、便座ヒーターは入る。
 お掃除モードにして、ノズルを出そうとするが、出てこない。手で引っ張り出す。駆動関係のスイッチを入れても動かない。こいつはモーターがやられている。
 まあ、ここに越してきて十数年動いているから寿命だろう。
 TOTOの純正品なので簡単に交換は効くだろうと思ったが、結構高い。本体価格だけだと便座ごと交換しても変わらない。工事費は高く付くが替え時だろう。

 次は炊飯器だった。
 前々から調子が悪く、ACコンセント部を何度も自分で交換していた。
 が、今度は違う。ACが本体に入る部分の接触不良のようだ。ちょうどその部分が分解できるようになっていたのでバラす。ACと、本体内発熱部との結合部がむきだしになる。ACの方を少し切って、繋ぎ直す。
 電流は流れない。
 うーむ、発熱体のところに繋がるラインか、発熱体がやられているなあ。
 そこまでばらすことは可能だ。だけれど、直す自信が無い。何しろ、プラスチック製ではめ込みになっていたら元に戻せなくなる恐れが高い。
 嫁さんが就職した時にかった炊飯器なので、寿命なのだろうが……米が炊けないのは困る。
 仕方なしに鍋で炊いている。

 一昨日、食器洗浄機がやられた。
 食器洗浄機は洗剤を入れた湯を拭きかけて洗い、洗剤入りの水を排出して、湯ですすいで、これを排出した後、発熱体で乾燥させる。
 ところがどうも排出が上手く行かない。
 古い水が残っていると洗浄機は運転を開始しない。で、古い水を掻きだして運転すると、取りあえず動く。温度も上がるから発熱体も無事だ。が、やはり排水しない。
 排水部になにかつまっているかも知れないので、排水パイプをくわえて空気を吹き込むと、ボコボコと内部に入っていく。つまっているものは出ただろう。だが、動かない。
 あきらめて、吸う。
 水は出てこない。なにやら、バイパスがあるのだろう、それらしい音がして空気がくる。
 とすると、開閉弁機構が動いていないことになる(洗浄用のモーターは動いている)。
 これも十数年。寿命だろうが……手で洗うのか……。

 なお、寝室のシーリングは壊れたままだ。ぼくには上を向いて半田付けする自信が無い。
2012/07/24 火曜 オスプレイの背後にあるもの
 色々な所でV-22「オスプレイ」が安全か、そうでないかの議論が戦わされている。
 特にネットや、マスコミでは「オスプレイ危険論」が横行しており「安全だ」と断言しようものなら袋叩きにされそうな雰囲気である。

 で、ちょっと(この文章を読むくらいの時間)思考を停止して「飛行機の安全」とは何だろう、と考えてもらみたい。
「安全な飛行機」とは何か? もちろん、事故を起こさない飛行機であり、人が死なない飛行機である。じゃあ、どれぐらい落ちなければ、どれぐらい人が死ななければ安全なのだろうか。
 もちろん「ゼロ」と言うのがベストである。
 で、「もちろん」をもう一つ繰り返すが、無理である。

 人はミスを犯すし、機械は壊れる。
 だいぶ減ったが日本国内での鉄道事故、自動車交通事故はいまだに数千人のオーダーを保っている(自動車の場合、かつては一万人を越えた)。
 ところが、飛行機事故で死者が出ると大騒ぎになる。
 日本国内でトラブルが多いと糺弾を受け「インシデント多発のため使用を止める」と決定の出たボンバルディア機でも日本国内での死者はない(海外では墜落事故がある)。また、「トラブルを起こした飛行機が頭の上に落ちてきたらどうする」という不安もあるが、これもほぼゼロに近い(有名なのが横浜のファントム墜落だろう)。
 人は飛行機トラブルに敏感なのだ。

 やっと、オスプレイの安全を考えられる。
 くりかえしになるが場合「絶対に安全」「絶対に危険」とは断言しない。というか、できない。
 他の飛行機(固定翼機/回転翼機)と比べて安全かどうかという判断するしかない。
 個人的判断であるが「多少危険」であると、するのが妥当だろう。
 ただし数値化すれば「在来機が1.00の危険性に対して、1.02」程度でしかない。

 まず、基本的なデータとしてどんな機械でも初期不良は避け得ない。新しいできたての機械は、どうしても試験段階で処理しきれなかったミスがある。
 コンピュータOSの初期不良を気にかける人も多い。スマートフォンが火を吹いた。あるいは新型自動車の乗り心地が悪い……。
 飛行機も同じだ。どんな飛行機でもかなりの長時間、試験飛行を実施しているが、どうしても初期不良が出る。
 オスプレイの場合、実証段階でトラブルが多発したため、20年近い開発年数をかけている。それでも、初期不良は出る。初期不良率は決して高くない。

 ここまでは一般論で、次にオスプレイ自体の抱える問題に移ろう。
 オスプレイは「ヘリコプターのように垂直離陸して、空中でプロペラの向きを変えて普通の飛行機(固定翼機)のように飛べる」飛行機である。
 ところが、ヘリコプターと固定翼機では飛行原理がまったく違う。
 固定翼機の場合、プロペラ付け根は固定されていてせいぜいピッチ(取り付け角度)しか変わらない。
 ところが、ヘリの場合はローターのピッチも変わるが、根本は一定の範囲内で上下にブラブラ動くようになっている。また、同様に前後にも動くようになっている。
 止まっているヘリを見れば、ローターがだらんと垂れているのが判る。ローターそのものの強度が足りないわけではなく、もともとそう言う設計なのだ。
 回転方向に対しても固定されていない。
 ヘリが飛んでいる情況を考えていただきたい。ヘリは速いものでも200キロほど。これが飛んでいると、推進方向に回っているローターは回転速度+飛行速度の風を受ける。逆に推進方向と逆に回っているローターは回転速度−飛行速度の風を受ける。
 ローターは受ける風によって揚力を発生しているから、そのまま飛んでいると、推進方向側のローターが強い揚力を発生して、ヘリは空中でひっくり返ってしまう。このため、多くのヘリは常時、連続的にピッチを変えて水平を維持するようになっている。
 完全に固定していないというのも、これらの変動に対応するためである。

 ヘリのローターの説明が長くなってしまったが、ヘリのローターと飛行機のプロペラはこれほど大きな違いがあるのである。
 ところが、オスプレイは一種類のブレードで、ペラとローターを兼用している。無理が出てくるのは当たり前である。この無理を吸収するのが電子制御(FBW)と言うやつで、コンピュータ制御でヘリモードと固定翼機モードであまり変わらない操作性を実現しているという。

 機械的な無理が生じるのと同時に、人間的要因も関わってくる。
 果たして、オスプレイはヘリなのだろうか? 固定翼機なのだろうか?
 筆者は固定翼機を飛ばしたことがある。セスナを始めとする、軽飛行機であるが、もしジャンボジェットに乗っていて、「お客様の中にパイロットはいませんかぁ」なんてことになって、コクピットに放り込まれても、たぶんどうにかできる。
 だが、多分、ヘリだったら手も足も出ない(いや、死なずに降ろせるとは思うが)。

 要するにオスプレイパイロットには、固定翼機操縦とヘリ操縦の両方のスキルが要求される。
 つまり、ベテランだ。
 それだけの腕を持ったパイロットがどれぐらいいるかというと、運用開始がされてから時間の短いオスプレイの場合、「本物のベテラン」よりはるかに少ないのは自明である。

 すると、事故率は自然に高くなる。
 だとしても、機構については使っているうちに練れてくるし、整備側の腕も上がる。パイロットもベテランが増え、事故は次第に減ってくる。

 一般的に飛行機は、軍用機だろうと、旅客機だろうと、ヘリだろうと、採用されて直後は比較的事故率が高い。使っているうちに次第に減ってきて、今度は使用年数が長くなると事故が増えてくる。
 この曲線と、オスプレイの初期運用実績を見てみると、ぴたりと一致している。
 もし、新型のオスプレイと、現用のCH46を平行して運用していたとすると、次第にオスプレイの事故率が減り、CH46の事故率が上がってくるはずだ。

 そこで、もう一段、なぜにオスプレイが嫌われているか、を考えてみる。
 別にオスプレイが嫌われているわけではないのだ。米軍基地が嫌われているのだ。
 オスプレイを配備することによって基地能力は強化される。もともと「基地来るな」と言っている地盤がある所に新型機を配備するとなればそれは嫌われて当たり前である。
 もし、配備を中止して、CH46の運用を続けると、今度は旧式機事故が多発する。すると反対運動は「危険なヘリを運用する基地は出ていけ」に変わる。
 オスプレイが危険だから出て行け、と言うのは単なる表面的な運動でしかない。
 背後には「米軍基地反対」と「自衛隊のオスプレイ採用」が控えているのである。
(この項続く)
2012/07/27 金曜 オスプレイの背後にあるもの2
 オスプレイは画期的な機体だ。
 なによりも速い。同程度の重量を運ぶヘリと比べると、五割方高速である。

 航続距離も長い。これも同程度の重量を運ぶヘリと比べると、倍ほどの差が出る。

 搭載量も多い。滑走路で運用すれば従来型のヘリよりはるかに多くの荷物を積める。

 搭載重量にもよるが、垂直離着陸が可能だ。現在は輸送機型しかないが、将来的には対潜哨戒機型、救難機型、対地攻撃(ガンシップ)型も考えられる。

 要するに比較的大型の輸送ヘリ、小型の輸送機がすべてオスプレイで代替できることになる。しかも、空母にまで搭載できるのだ。

 今のところ、米軍が日本に配備を予定している機体は空軍の輸送機型と、海兵隊のおそらくヘリボーン型……上陸作戦用強襲型だけである。
 どちらの目的も従来のヘリで実行できるが、オスプレイの高性能が米軍の戦闘力を増大させる。
 つまり基地の戦闘力であり、仮想敵国から見た米軍の脅威度の増加である。

 基地反対派からすれば米軍基地の勢力拡大は厭うべき情況である。
 強化されれば、敵国からの攻撃を受ける対象となりうる。
 高性能機の配備に限らず、単純に基地の拡大を想定しても、現地の反対を受ける。
 逆に現行機が旧式化して事故が増えたとしたら「危険な基地は出ていけ」になるだろう。

「オスプレイが墜落率の多い機体だから」反対するというのとは、まったく別の議論なのだ。

 ここで、基地の要不要論を展開しようとは思わない。
 アメリカ軍や、自衛隊のドクトリン(防衛戦略構想)や、さらには日米安保についても触れなければならないからだ。
 裏を返せば、オスプレイだけを取り上げるのは、他の、より重大な問題に目つぶることとなり、返って危険である。

 ただ、どうしても突っ込まなければならないのが自衛隊がオスプレイを採用するであろう、との推測である(推測でここまで書いたが、ウィキに購入候補国として日本が載っていた)。

 現在、自衛隊が使用している輸送用ヘリもいつかは老朽化する。
 その時、オスプレイが候補機として上がってくるのは間違いない。
 単なる輸送ヘリと考えた場合でも画期的な高性能機(安い、速い)機体である。しかも、サイズ的に艦載機としても使える(海上自衛隊の護衛艦は半数以上がヘリコプター運用能力を持っている。
 用途はほとんどが対潜水艦哨戒用であり、ヘリ運用護衛艦から飛び立ち、ホバリングして水中にソナーを降ろして潜水艦の位置を特定する。
 日本の自衛隊は「専守防衛、近海での敵艦撃破、シーレーン確保」が原則で、創設以来、変えていない。
 近海防衛でもっとも重要なのが、潜水艦の撃退である。対潜哨戒機保有数ではアメリカについて世界二位。
 さらには海底に固定された音響測定装置で潜水艦を追跡している。
 これらにとどめを刺すのがヘリ運用護衛艦で「もし、ヘリコプター運用母艦を空母として数えるなら」世界で一番たくさんの空母を持っているのが日本である」とされるほど重要視している。

 現代のヘリ護衛艦ではオスプレイの運用のためには改修が必要とされているが、それほど難しい改修ではない。通常のヘリはローターの風で垂直離陸するが、オスプレイの場合、「ターボプロップ」あるいは「ターボギア」と呼ばれるエンジンを採用しており、いわばジェットエンジンでプロペラを回す機構である。
 ヘリ用のエンジンとしては標準的であるが、一般では速度を増大させるため排気を後ろに向けているが、オスプレイでは排気とブレードの推力が一致している。
 つまり垂直離陸しようとすると、真下に排気が吹き付けられ、甲板が損傷してしまう。
「ひゅうが型ヘリ空母」でも同様の指摘がなされており、短距離離陸する場合でもオスプレイは排気を斜め下に吹き付けるので、やはり甲板が損傷するという。

 改修のために、どれぐらいの費用、労力が必要かは想像にお任せする。筆者も計算すればできるだろうが、大した額にならないのは容易に想像が付く。
 護衛艦から垂直に飛び立って、護衛艦に帰ってくるオスプレイには重量の制限が付く。あまり重いと飛び上がれないからだ。だが、それでも高速力は魅力だ。
 陸上から物資を搭載し、滑走路から飛び立ち、護衛艦に垂直に降りるのは難しくない。ヘリを含むあらゆる飛行機は飛んでいる最中に大量の燃料を消費し、軽くなるからだ。
 米軍ではCH46、CH47と言ったツインローターの大型ヘリの代替としてオスプレイを運用するようである。CH46、CH47のようなヘリは大きすぎて護衛艦に降りられない。
 ところが、オスプレイであればどうにかなりそうである。
 日本が使っている標準的なSH60対潜ヘリはローター径、おおよそ20メートル。オスプレイは25メートルと若干大きめである。サイズ的に制限がでてくるかも知れない(仮に降りられないとしても、荷物を吊り降ろして補給は難しくない)。

 ヘリ運用護衛艦がオスプレイを搭載すれば、対潜水艦攻撃能力は飛躍的に上昇する。
 全通式飛行甲板を持つ「ひゅうが型」では効果は倍増する。

 廃熱の問題、まったく新しいシステムを必要とするパイロットの養成、そんな問題を乗り越えても欲しい優れた機体なのである。
 さて、「自衛隊がオスプレイを導入する時」反対派はどうするのだろう。
 逆に、自衛隊、防衛省としては、何としても「オスプレイは安全」としなければ、導入はおぼつかない。

 ここでは奥底に「危険機反対」ではなくもっと別の根深い問題があるのを意識に留めて置いてもらいたい。

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