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2012/05/03 木曜 国って何だ?
 いつもならホームページでこんな事は書かないのだけれど、いくら何でもあんまりなので、吠えさせていただく。
 先日、自民党が「新憲法草案」を公表した。
 これを読んで怒り心頭に発し、さらに「国ってのは、なんだ!」という思いが強くなった。

 最初の違和感、というか不満は「国家、国旗法」である。
 学校なり、公共の儀礼では「日の丸」を掲揚し、「君が代」を斉唱しなければならない、という法律である。
 次いで先日、大阪で条例化され、従わなかった職員が処分された。日本は法治国家なので罰則規定があるのに抵触すれば、処分されるのは仕方ないとは思う。
 だが、国(この場合、日本)とはなんだろう? 国家、国旗とはなんだろう? 疑問と不満と怒りが一気に吹き出した。

 まず、国の旗、国の歌として「日の丸」「君が代」が適切かどうかと言う議論がある。結果的に適切なのであるが、この議論については長くなるので後回しにする。

 だが「国歌」「国旗」に敬意を払え、と、「国法」で頭から押さえつけるとはなんたる傲慢だろうか!
 まず、国とはなんだろう?
 百科事典をひもとくと「一定の境界線で区切られた地域社会に成立する政治組織」とある。
 地理的なものは、まあ、大陸など陸続きの場合は、取りあえず国境線という物があり、そこが国の、つまり行政の分割ラインである。
 日本の場合、幸いにして島国なので「ある島が日本か、そうでないか」で比較的容易に決められる。
 地続きの場合、国境線をどこに定めるかで揉めるケースも多いし、いまでもそうした問題が存在している。この場合、「住民の意思は尊重されない」。そこで政府は国旗、国歌のような物で士気を高揚させる。現在でも移民を受け入れているアメリカの場合はより典型的で移民はアメリカ国家に対する宣誓を要求される。
 この場合の国家とは「政府」である。
 ソビエトが崩壊し、CISという緩やかな連合体となったが、無数の国が誕生した。多くの場合、民族的な共同(仲間)意識を持った集合体である。それらが自主的に国家、つまり政府を建てて国として存在している。
 仮にこうして考えた場合、日本の場合も国家とは政府を指すことになる。行政府である内閣と、立法府である国会と言えよう。
「国家、国旗法」が成立した時、自民党が圧倒的多数でごり押しして法案を通過させた。
 つまり「自民党政府を敬え」という意味に取れるのである。

 そんな物に従っていられるか。
 国旗国歌法が制定される前、国家が流された時、起立するしないが問題にはなったとは聞いていない。一応、公立学校では国歌国旗を掲揚するように通達は出されていたそうだが、守られない場合も多かった(と、昔、新聞に書いてあった。朝日だったので、この件については間違っていないだろう)。

 先日、自民党が新憲法の要項を発表した。
 憲法の見直しを求める声は以前より高く、憲法、特に第九条をめぐって議論が戦わされていた。いつかは俎上に乗せられる問題だったのである。それは良い。当然の流れだろう。出てきた素案が、あまりにトンデモだったのは腰を抜かしたが。
 いずれにせよ、それがなぜ、いま、なぜ自民党から出るのだ。九条の議論すら出尽くしていないのに?
 当然ながら、叩き台だろうし、今後、修正される可能性も高いが、国家国旗法に通じる胡散臭さを感じる。

 やはりテレビでやっていたのだが、イスラエル国境近くに住むアラブ人農民の話を見た。おじさんの家のすぐそばに鉄条網が張られ、その向こうは一面の荒野である。おじさんは嘆く。
「イスラエルが来るまでは、あすこは俺の畑だったんだ。イスラエルはあの土地をどうしようというのだろう?」

 国破れて山河あり
 城、春にして草木深し……

 杜甫の詩の冒頭である。この詩の本質は政権が敗れてよりどころを無くしてどうすればいいのだろうとの部分にあるとは思うが、多くの日本人は「国(政権)は負けてしまったが、まだ、山も河もある」
 と取るだろう。

 日本人にとって「国」とは郷土なのである。愛国心は郷土愛である。

 もう一つ別の見方もある。
 「文化」である。
 たとえば中国人は中国文化を持っている。
 台湾は今のところ「中華民国」として「中華人民共和国」とは一線を画しているが、どちらの人々も春節を祝い、中華料理を食っている。
 香港は長らくイギリスの支配下にあったが、そこら辺の飯屋に適当に飛びこんで出てくるのは中華料理である。道筋には関帝廟がある。シンガポール(中華系住民、七七%)あたりだとだいぶ様子は変わってくるが、春節は重要な節目であるし、やはり飯屋に適当に飛びこむと中華が出てくる。
 日本でもマスコミに多く登場するとある有名人は日本国内でも日本名を名乗っているが、夫婦で国籍は別だそうである。華僑にとって国籍とはパスポートの発行元にすぎない。

 大東亜戦争後、日本文化はだいぶ西欧化されてしまったが、歴然と「日本文化」が根付いている。西欧化された住宅が増えてきたとは言え、玄関で靴を脱ぐし、テーブルで食事をしても箸で野菜肉炒めを食っている。
 牛丼やに行ってもサイドにサラダに加えて、納豆と豆腐が用意されている。
 正月は元旦こそ国の休日であるが、二日、三日に出勤する人は希有である。
 八月も半ばになると法律で決まっているわけでもないのに多くの企業が休みに入り、どこからとも無く盆踊りの響きが聞こえてくる。

 歴史を振り返ってみよう。2600年は眉唾だとしても、その半分、平安時代から日本は日本であり、他の国であったことはない。貴族社会から、武家に政権が移り、武家政権が何度交替しても日本は日本だった。

 日本人にとって、日本という国は郷土であり、文化なのだ。決して政権ではない。

 しかも、日本は他の多くの国にない「国として強力」な制度を持っている。
 天皇制である。天皇を中心に国をまとめる、と言ったら防げる物ではない。そんなことはないだろうが、もし、日本共産党が政権政党になったとしても天皇制を廃することはできないだろう。

 さて、例の自民党憲法改正素案について、当今即位のお言葉を思い出していただきたい。
「さきに、日本国憲法及び皇室典範の定めるところによって皇位を継承しましたが、ここに即位礼正殿の儀を行い、即位を内外に宣明いたします。
このときに当り、改めて、御父昭和天皇の六十余年にわたる御在位の間、いかなるときも、国民と苦楽を共にされた御心を心として、常に国民の幸福を願いつつ、【日本国憲法を遵守し】、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓い、国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします。」強調部、青山。

 いわば勅である。
 陛下のご意志を踏みにじって、国の代表でもない輩が憲法改正など持ち出すとは、不敬も甚だしい。まさに国辱、万死に値する。

 なお、個人的には大日本帝国憲法復活がベストであると思う。
2012/05/07 月曜 黄害週間、報告
 毎年、5月の連休はひどい目に遭うのが判りきっているので、色々対策を考えるのだが……徒労に終わった。
 まず、四月の末に行きつけのデニーズが店を畳んだ。ここ何年かで三軒目である。別に空いていて業績が不良とか、長居する客(ぼくの事だ)が多すぎて潰れた、と言うわけではない。
 特に今度の店は建物の建て替えで、完全に無くすというわけではないらしいのだが、新しくできた所にデニーズが入る保証はない。

 そして、豪雨。
 家の中がぐちゃぐちゃで、生活にも苦労する。仕事どころではない。そこで最近とみに体積を増した娘がいて……となると仕事にならん。自動車があれば離れた場所のファミレスに待避できるが、それもできない。

 晴れた日とて、情況は同じだ。歩いて行ける範囲の店はごった返している。
 こういう時、カウンター席のあるデニーズが使えないのは痛い。

 後半、どうせ仕事にならないので、即売会の手伝いに出た。二日連チャンは止めるべきだった。
 三日目、寝込んだ。
2012/05/16 木曜 抜殻
 昨日から娘が修学旅行に出かけた。
 夜になっても帰ってこない。
 いつも鼻歌を歌いながら漫画を読んでいた場所や、乱雑に参考書が散らばっている場所も無人だ。
 中学生になって、おとーさんより友達と遊んでいる時間が長くなって、接触は減っているのに、それでも寂しい。もう、あれから15年近く経つのか……。

 でもうらやましいなあ。
 修学旅行は京都である。ぼくも一回しか行ったことがない(娘、小学校の時は日光だった。こちらは一度も行ていない)。

 同じ班のメンバーとあまり仲が良いわけではないらしくぶつぶつ言っていたが、結構楽しんでいるだろう。たしかにおとーさんと観光するよりは楽しいだろう。
 どこに行くかは班ごとで決めたらしいが、自分の意見が通らず、ふくれていた。で、今度行こうと言うことになった。
 ……目的地は晴明神社である。
2012/05/21 月曜 金環蝕
 七時頃に置きだしてマンションの屋上に上がった。
 薄曇りで太陽の姿は確認できなかったが、雲間からチラリチラリと見える。影はどうなるだろう、と思っていたら、二重の半影のようになっていた。

 橋下知事の発言を見ていると、当武蔵野市の前市長を思い出す。
 母親思いで、家族のつながりを重視していた人だったらしいのだが、それを市民に強制する。
 古い話だが、娘を保育園に入れる時、物凄い苦労した。この時のエピソードは篠田節子『百年の恋』にも作中日記として掲載され現在でも入手できる。
 市の方針として「子は親が育てるべきだ」というのがあり、保育園に圧力がかかる。まず、保育園の数が少ない。設園を認めないのである。当時、隣の三鷹市の三分の一しかない。

 その後、保育園の冷房問題というのがあった。
「子供は暑い寒いなど自然環境の中で育てられるべきである。人工的な冷房などもってのほか」
 前、前々、父母会の尽力で零歳児、一歳児の部屋には冷房が入っていたが、その後は手つかずである。熱中症寸前で保健室通園するような園児もいた。
 それでいて子育て支援施設0123などには冷房が入っている。これに対して突っ込むと
「0123は親子が一時的に利用する施設である。生活の場である保育園とは違う」

 中学校の給食問題というのもあった。
「食事は家庭と、子供を結ぶ重要な絆である。弁当は親が手ずから作るものである」
 と、中学校給食がなかったのである。その時、たまたまPTA会長だったので、近隣の中学の入学式に出席した。目を剥いた。新入生26名。一クラスではない。全員で26人。教育効果は上がるだろうが、小笠原の学校ではないのだ。学校経営がどうにかなってしまう。
 いや、それどころか、住民流出が起きて当然である(これはいまも続いている)。

 その後、この市長は自民党比例代表一位で国政に打って出て、市長を降りた。

 後任は保育園/学童系の市長でわずか一年で全保育園に冷房が入り、数年かけて保育園の数は三倍になった(質が落ちたとされる指摘もある)。
 給食も旧市長派の議会が予算案を否決するという事件があって遅れたが、無事、実施された。新入学生も三倍に増えた。
「給食車のステーションがない」とか「センターの容量が不足している」などの議論は何だったのだろう。

 こう言うのを見ていると、政治などと言うものの弱みが判る。
 一時、市長選出馬要請なんてのを受けたが、受けときゃ良かったのかも知れない。
2012/05/31 木曜 片付け
 こないだの日曜、盟友、A君の力を借りて実家というか、両親の家というか、書庫を整理した。スペースはまだまだあるので、宇宙塵のバックナンバーを置くスペースを作ろうとしたのである。
 多人数の人の手を借りて片付けるのも良いのだが、一回では落ち着きそうもないのでA君にお願いしたのである。
 仕事の関係で一年に一度以上の引っ越しを繰り返している名人A君。
「まず、一部屋ずつ行きましょう」
 と方針を立てる。
 ぼくとしては「宇宙塵本誌が置ければいい」と考えていたが、甘かった。
 名人、A君の手にかかると出てくるわ出てくるわ、使いようのない衣類。ゴミの山。母が亡くなった時、父が亡くなった時、叔父伯母や友人知人の手を借りて一定の整理はしていたが、信じられない量である。ぼくが一人でやろうとして、途中で果てるわけだ。

 で、月曜……寝込んだ。
 火曜、捨てきれなかったゴミを捨てる。
 水曜、別のゴミを捨てに行くつもりだったが、前のが回収されていないじゃないか! ちゃんと曜日を守って出したのに。……国分寺市はこれがあるから嫌だ。
 また少し、追加で出して帰宅して寝込む。
 続きは来週だ。

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