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2011年08月の近況
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2011/08/01 月曜 誕生パーティ、2
 朝、娘たちを事なくキャンプに送り出した。
 日本にいると「面倒くさい」「疲れた」を連発して何もしようとしない娘だが、Mの言うことならなんでも聞く。
 Mの遠縁のAMも家族と別れる時は涙ながらだったのが、平然としている。子供は強いなあ。

 仕事。
 昨日届いていた修正に従って文章を直してメールで送ると疲れ切ってしまった。少しのつもりがたっぷり昼寝してしまう。

 で、別の仕事。かなり本格的に進められる。これも修正分を送る。
 娘たちが帰ってきて、今度はMの誕生日に別の一家が来るというのでHを手伝う。途中電話がかかってきて、四人来るはずのところが十四人になるという。ダイナミックだぜ。
 Mとどういう具合に繋がっているのか判らないがアメリカ51番目の州、プエルトリコの人たちである(残念ながら日本人が自嘲するように日本は51番目になり得ない。プエルトリコの次である)。
 いやもう明るい明るい。ギターは……ここの家にあったからいいが、何か良く判らん楽器を持ちこんでいて歌う歌う。
「あんたも歌え」と指名されるが、さすがにこれは勘弁してもらう。いや、だってねえ、嫌がらせにしかならないよ。

2011/08/02 火曜 まだ、二日目
 朝、従兄弟Hの「出かけるよ〜」の声で起きる。
 あれ? ケータイのアラームは? げ、「一回だけ」になっている。取りあえず娘たちを見送って、仕事。届いたテキストをチェックしていく。結構シビア。
 ぐったり横になると、本棚になぜか吉川英治が置いてある。思わず読んでしまう。……一冊。
 いかん! こんな事では。宮本武蔵にまで手を出したらどうする。

 夜、HとMとでリビングでDVDのスパイダーマンをみる。

 PCをチェックすると、あおりのメールが届いている。

2011/08/03 水曜 進んだ
 朝六時過ぎ起床。
 娘たちを送り出し仕事。
 が、なかなか章の冒頭シーンが思いつかない。うーんうーんと唸りながらあたりを歩き回る。書き始めるとそこそこ進む。
 原稿を先に進める。午前中一杯やると、脳みそがだれてくる。
 昼寝。
 起きて仕事。を始めたと思ったら娘たちが帰ってくる。家の仕事を多少手伝い(本当に少し)、食事。Mariaの作ってくれる食事は参考になる。

 昨日に続き、娘たちがキャンプで教わってきた「スプーン」というトランプをやる。

 子供を寝かしつけたら、スパイダーマン2を見る。英語版なので良く判らないが、バイトがなくて、ついでに女にふられるヒーローってありなのか? あれだけの能力があればヒーローなんかやらなくても警察でも、警備会社でも雇ってくれそうだが。
2011/08/04 木曜 良いペース
 朝六時過ぎ起床。
 娘たちを送り出し仕事……進まない。
 眠い。
 取りあえずオハイオ、デイトン行きの飛行機を調べてみる。時間帯は適当なのがあるが、結構高いなあ。一番安いのをサーチすると片道一万円以下だけれど、朝五時とか、そんな感じ。
 しかもユナイテッドの検索サイト、文字化けする。日本語が化けるのはしかたないとしても、なんで英語まで化ける?
 面倒なので、日本語で検索すると該当ライン、残り一席しかない。慌てて予約して、失敗した。日本語で予約すると払いは日本円建て。英語だとドル建て。
 日本円だと、二割ほど高い。

 仕事。そこそこ進むが、今ひとつ。取りあえずかかっていた章はあげたけど。本当はもっと進めたい。

 家を見に行く。
 HとMが家を探している、と言う話は書いたと思うけど、子供たちを連れてその候補を見に行く。自動車で30分ほど。幹線を外れ、もう一回太い道路を外れて、細道へ入るとそのどん詰まりが家である。家というか、もー、ペンション。
 スイス風の建物に「アルプスの少女ハイジ」のような屋根裏部屋まである(でも、多分住めないと思う)。一階と二階にそれぞれバスルームが二つずつぐらいあって、リビングは二階部分までの吹き抜けで天井が高い。リビングにはホームバー、ビリヤード台が置いてある。
 地下室物置は半地下で物置としてのスペースと、自動車が二台と除雪車、芝刈り車が置けるほど。
 これとは別に庭というか、庭兼駐車場が着いている。
 さあ、これでhow much!(ふるいなあ)答えはCMの後で。

 「みんなの原子力発電」  2011年12月 4-408-60583-8 総合科学出版発売中!

 答えは65万ドル。
 はい、全員没収。

 子供たちを連れて何とかいう海岸に向かう。大西洋である。
 左手がニューポート。
 架空戦記ではお馴染みの場所で、なんど空襲や艦砲射撃でぶっ壊されただろう? かくいうぼくも二度ほどやったが。いまでも海軍工廠は健在で、要らなくなった空母が錆びるがままに放置されているはずである。一隻くれないかな。

 海岸ではまだ観光客が泳いでいる。いや、良いんだけど寒くないかい? ビキニのねーちゃん。サマータイムとは言え、夜の八時だよ。
 帰宅、自動車の中で娘は半分寝ているが、AMは元気だ。
「日本に××はあるか」
 とか聞いてくる。
「ない」と答えると、勝った! と喜ぶ。

「ターゲットはあるか?」「ない」
「トイザラスはあるか」「ある」
「ベビーザラスはあるか」「ある」
「サーティワンも、コストコもあるぞ」「? コストコってなに」
 ないのかコストコ。アメリカにないのか?

 子供たちはあっさり寝る。

 帰ってPCをいじる。色々たまっているもので。
 スカイプで遊んでいると、突如、玄関チャイムが鳴る。
 緊張して出ると、わー、ニコラス一家と、マイケルじゃないか。
 フィラデルフィアから、ニューヨークを経由してきたという。事故渋滞もあり、九時間かかったという。そうだろうなあ。マイケルは司祭の家に行って明朝、もう一度来るがニコラス一家の寝る場所がない。Mがあわてて作っている。
H曰く「柏でもこんな事があったんじゃないかな」
 柏ってのは、青山の祖父母の家。祖父さん祖母さんの誕生日、盆と正月になると叔父叔母六人が孫を連れて押し寄せた。
「うん。T叔父思い出した」
 さすがに12時過ぎ。寝る。
2011/08/05 金曜 何もできない
 朝、娘たちを送り出すが、急激に人口密度が上がったため、何もできん。
 と言うわけで寝る。

 寝過ぎる。
 オハイオのホテルを調べる。これはものすごく安い。一番安いと40ドルくらいで泊まれる。
 ……って、3000円ぐらい? 簡易旅館か!
 だけど、博物館の入口が判らない。ライト・パターソン基地にあるのは判っているし、簡易地図で「ここ」とは書いてあるが、ライトパターソン基地のランウェイだけで、二キロも三キロもあるなんてことをやっていると、千客万来。ニコラスの息子、ガブリエルは走り回る。マリアの両親、妹も来る。20人ぐらいか? しかし、親戚にガブリエル青山とか、ダミアン青山ってのは凄いなあ。

 これだけの来客があると、昨日見た、スイス風ペンションでもなければ持たないだろうなあ。
2011/08/06 土曜 何もできない、かと思ったら
 土曜日、子供たちを連れてどこかへ行こうというので、何もできないかと思ったら結構色々やれたという話。

 八時くらいに目が覚めて一時間ぐらいごろごろして適当に食事。ガブリエルは走り回るし、騒々しい。が、他の大人がなかなか起きてこないので、仕事。
 起きてきて、食事。なに食ったか覚えていない。

 昼過ぎ、その何とかいう峡谷に行く。ニコラスに話を聞くと氷河期に出来た峡谷だという。それって、U字峡じゃないか。日本にはない地形である。
 日本の谷はV字峡と言って川が地面を浸食してできた谷である。ところがU字峡は氷河が大地を浸食した谷である。したがって底面は比較的平らで、崖は垂直に切り立っている。有名どころではノルウェイのフィヨルドがU字峡で、海に流れ出した部分である。その地形から良港になる。
 自動車で十数分。
 行ってみると、岩がごろごろしていてU字峡とは思えないが、地層は水平で褶曲もない。転がっている岩もどうも水が浸食して崩れてきたようなものらしい。
 という事を説明する間もなく子供たちはどんどん登っていってしまう。運痴の娘まで一緒だ。

 駐車場で落ち合い、水を飲んで帰宅。ちょっとした運動になった。

 仕事。夕食後。
 子供たちとトランプをやる。
 最初は良く判らないゲーム。Hが教えてくれた。五人でやるゲームで最初は一人十枚ずつ配っていく。残ったカードのうち一枚を開いて、そのスートを切り札(トランプ)とする。
 一人ずつだしていく。一番最初に出したスートが場のスートになり、強いことになる。手に場のスートがあったら出さないとならない。スートが同じなら、一番大きい数を出した人が勝ちで出ているカードを持っていって、勝ち点1、になる。
 面白いのが点の数え方で、カードが配られた時点で「自分は2、ターンをとる」とか宣言しておく。宣言したターンに満たなければ配点は0。越えてしまっても0。
 ぴったりターンを取ると勝ち点10に加えて自分の宣言したターン数を加えて得点になる。最初に3と宣言しておいて、3とると13の配点になる。
 次の回ではカードは一人九枚になって同じように進んでいく。数を減らしながら進めていき、最後は一枚になって終わり。
 点数合計で勝負を決める。

 これをやっていとみるみるアンナマリアの表情がマジになって行く。ぼくがアンナマリアのクイーンを取ったりすると、あからさまに不機嫌になる。勝つと天下を取ったごとくはしゃいでいる。
 次にスプーンというゲーム。こっちはアンナマリアや娘がキャンプで覚えてきたゲームで、もっと単純。テーブルの真ん中に人数マイナス1のスプーンを置いておく。
 最初に四枚のカードを配る。カードの山から一枚ずつ引いて回していき、いらないカードは次の人に回す。これを繰り返して同じナンバーが四つ揃うと、あがりでスプーンを取る。他の人はそれを見たらカードが揃ってなくてもスプーンを取る。
 取りそびれた人が負けである。
 次のターンは負けた人が抜けて一人減らしてゲームを続ける。
 最後は一対一の勝負になる。

 アンナマリアは興奮しまくって、カードをめくる時に五枚六枚まとめてめくっている。
 そりゃないだろう、と思うが笑い転げる女子中学生にはかなわない。

 ゲームは子供たちに任せ仕事。
 11時過ぎ、就寝。
2011/08/07 日曜 安息日
 適当な時間に目が覚める。
 雨。ごろごろして過ごすのには良い天候だ。
 ちょっと仕事をするがなかなか進まない。

 寝てしまう。ぐぅ。

 目が覚める。
 昼過ぎ。
 Mの教会の仲間が来て打ち合わせをすると言う。その間も寝ている。疲れが溜まっているはずはないのだが。
 Mは買い物にすら行かない。教会に行っただけだ。本当に安息日である。

 日本時間でそろそろ夜が明ける。メールがポツポツ入ってくる。レスを返したりするがガタガタしてそうそう仕事に移れない。
 夕方になって日が出てくると、蒸し暑い。寒いのだが、蒸し暑いという不思議な感覚。……あ、梅雨か。

 夜の時間帯。
 子供たちにカードをやろうと言ってせがまれ、する。

 子供たちを寝かしつけ、映画を見る。「ラッシュアワー」。設定としてはジャッキー・チェン扮する香港警察の警察官がロサンゼルスに来て……といういつものお話。ハリウッド映画なのにリテイク集が入っているのには笑う。

 明日、Mとともにニューハンプシャーに行くつもりだったが、豪雨の予報が出ているので中止。
 Mの両親はニコラスが病院に連れて行くという、何かの祝日だという。
 何かと聞くとVJデー(対日戦勝記念日)だという。いつを対日終戦とするかはいろいろ問題があって、日本では勅令が下った15日になっているが、イギリスあたりでは日本が内諾を出した日で、少し早いはず。さらには調印式の日とするとか、色々あるが、アメリカで8/7はないだろう。
 ……と思って聞くと、実際のVJデーの前の日曜の後の月曜が休日だとか。いや、日本でも似たようなことしているけれど。
 でも、ちょっと待てよ。ぼくは本物のVJデーにボックスカーを見に行くのか。殺されないだろうな。
2011/08/08 月曜 VJデー
 ニューハンプシャー行きをキャンセルして、朝寝しているとガブリエルの騒ぐ声で目が覚める。三才とか四才の男の子は小型の怪獣だと理解していたが、こいつは凄い。
 MやHがいれば、威厳で押さえつけられるだろうが、AMやダミアンが追いかけるものだから、帰って喜んでしまう。
 うーむ、日本は戦争に負けるわけだ、と思ったが、ガブリエル、お前日系人じゃないか!
 どっちだ! と考えると、442連隊か!(第二次大戦中、日系人だけで組織された部隊。アメリカ国籍なんだけれど、メンタリティは日本人。つまり、撤退などしない。負けるぐらいだったら戦死を選ぶ。ものスゲー怖かったらしい)

 ニコラスが起きてきて、事を収めたが、いやあ、やっぱりニューハンプシャーに行くべきだったかな?

 居残った娘たちに飯を食わせ……というか、娘が適当に残り物で何か作り食う。

 ジュラシックパークを観る。
 AMに言われて気がついたのだか、これってPG13だったのだ。ついでにスターウォーズも調べるとやっぱりPG13のがある。

 仕事をし、しばらくするとニコラスたちが帰ってくる。ガブリエル旋風の再来である。
 幸いにしてHも戻ってくる。
「一日、一回ぐらい外へ出た方がよい」
 とリンカーンウッドパークへ連れて行ってくれる。ロードアイランドには湖が多くそれに隣接した公園である。かなり広い。湖はまあ、そこそこだが、隣接緑地や、森林が豊富だ。と言うより、森林の中に湖があるのだが。
 結構寒いのだが、こっちの人は水着に着替えて湖に入っている。
 と、ポツポツと来たと思ったら豪雨。わー。慌てて木の下に入るがそんな物ではもたない。たちまち濡れ鼠。なんか屋根のある所、と探す。着替え室はあったが、天井がない。
 と、トコトコと湖に向かう小さな影。ガブリエルだ。湖に入ってバシャバシャやっている。
 雷雨だし、すぐに上がる。
 みると、ガブリエルばかりではなく、ニコラスやダミアンまで湖に入っている。
 すぐに落雷の危険があるから湖から上がれ、の指示が出て、帰路につく。Hがトランクに放り込みっぱなしだったビニールを自動車のシートに敷いて何とか帰る。

 昨日に続いてラッシュアワー2。
2011/08/09 火曜 落ち着いた、気がする。
 娘たちを送り出す時間に起きて、仕事。ガブリエルが起きてくるまでの平和だ……と思ったらソファで寝てしまう。
 とはいえうたた寝程度なので、すぐに再開。ニコラス一家はいない。Mも両親の所へ行ったか、いない。仕事仕事。進める。

 昼、残り物で昼食。ジュースを飲む。日本にいると滅多に飲まないが、こちらの気候に合うのかやけに美味い。
 仕事をしているとMが帰ってくる。大量の食品を買いこんでいる。こちらのバカでかい冷蔵庫があふれそうになる。冷蔵庫や台所に運び込むだけで一仕事である。ニコラスも帰ってきて、総出で掃除が始まる。これだけの面積があると結構大変である。

 Hや、娘たちも帰ってくる。晩飯の準備にかかるのだが、ネットにはまってしまう。
 いや、遊んでいたわけではなく、デイトンのアメリカ国立空軍博物館に行くための宿探しである。デイトンなんて田舎、インなんざいくらでもあるだろう、とタカをくくっていたし、実際に沢山あるのだが、適当なのがない。
 デイトンの街中などは問題外だし、かといって離れすぎていても便が悪い。なにしろINの広告に「博物館まで11マイルと至近です」なんて書いてある。どこが至近なんだ。もちろん、本当に至近のところもあるがここは一杯みたいだ。インのホームページに直接アクセスしてみると、どうしても入れない。電話でも掛けるか……ぼくの英語では通じるか不安だが。

 そうこうしているうちに時間ばかり経ってしまった。

 映画も見ずに寝る。
2011/08/10 水曜 次はFBIか?
 娘たちを送り出した後、ソファで寝落ちする。

 半日かかってやっとデイトンの宿を取る。
 アメリカたって広うござんして、だいたい航空博物館の入口の位置が判らない。いろいろ苦労すると博物館入り口、みたいな安宿がある。博物館入り口まで二メートルとなっているが、これはミスタイプだろう。
 第二候補も……昨日は空いていたのに今日はもうない。
 仕方ないので値段で決める。安宿で朝飯付きだけどコンチネンタルブレックファースト。生きているのが嫌になるような安飯である。まあ、それはいいや。食事なんか四日抜いても死にはしない。
 やっと取って、空港から宿へのルート。宿から博物館へのルートを確認、PCに保存する。
 それだけで疲れ切ってしまった。おかげでMの手伝いは余り出来ない。申し訳ない。

 午後、早めの夕食の後、ニコラス一家がフィラデルフィアに帰る。ガブリエルともお別れである。不思議なものでちょいと寂しい。しかし、ここからフィラデルフィアか。随分かかるだろうなぁ。

 しばらくして、娘たちを迎えに出かける。今日はオプションがあってそれに参加すると、迎えのバスに間に合わない。そこで迎えである。
 Hにナビを頼んで、こちらが運転する。右側通行にも不慣れだが何とかなりそうだ。問題はシフトで、シビックのくせに左ハンドルなので右シフト(マニュアル)である。
 ふと気がつくと、左手でシフトを探したりしている。ローに入れたつもりがサードに入っていたりして、ストールしたりする。でもまあ、その辺はクラッチを適度に踏んだりしてごまかしながら走る。
 いよいよフリーウェイである。
 65マイルだがどうもスピードが乗らない。百キロちょっとである。まあ、海外で警察の世話にはなりたくないのでこんなものだろう。
 向こうの方でなんかチカチカ光っている。
「パトカーだよ」
 自動車がパトカーに捕まっている。気の毒に家族連れである。
 Hが
「あ、左よけて」というが、左車線は後からの自動車が追い上げてきている。路側帯のパトカーを見ながら、通過する。しばらくノロノロ運転を続けているとそのパトカーが追いかけて来るではないか。制止させられる。西部劇よろしくテンガロンハットをかぶった警官(だと思う)が喚いている。話はゆっくり聞くことにして、逃げる意志がないことを示すためにエンジンも切り、国際免許と、日本の免許を渡す。
 警察官の相手はHが何とかしてくれるが、うーむ、キップらしきものを持っている。一体ぼくは何をやったんだろう? スピード違反ではないし、車間距離も取っているし、割り込みもやっていない。
 どうも、路肩に止まっているパトカーを抜く時に中央車線によらなかったのが不味かったらしい。
 知らないよ、そんな法律。
「どこで取った免許だこれは」
 と聞いているというので
「TOKYO」
 と答えるが、どうも担当の役所を教えろ、と言っているらしい。
 Hに「英語で何というか判らない。免許証に書いてある」と伝える。
「トーキョー・メトロポリタン・パブリック・セーフティ・コミッション」
 と免許証の表に書いてあるので、Hが読んで聞かせる。
 警官は「今後気をつけるように」と言い残してキップも切らずに行ってしまう。
 どうも国際免許のキップの切り方を知らなかったらしい。ぼくとしてはラッキーだが、良いのかアメリカ警察。相手は州警察(正確には州の管理する高速機動隊らしい)だったそうだ。州警察がキップ切れないとすると、切れるのはその上、連邦警察、FBIか? 交通違反でFBIの世話にはなりたくない。
 そのあとは、まあ、順調。左シフトが一番気になる。

 キャンプの場所に向かい娘たちをピックアップする。
 ぼくが運転していると知るとアンナマリアが大騒ぎする。
「クレイジー、オーマイゴッド。運転、Hに代わって。早く」
「え? もっと早く?」
 アクセルを踏むと、
「ノー!」
 四才の男の子は怪獣、中学生女子は騒々しい、と決まっているが、アンナマリアは群を抜いている。

 帰宅。Mと久々にゆっくり話す。
 話題はアメリカ国債のランク付けについて。日本人は国債よりも貯金に回してしまうが、アメリカでは国債を含めた株式に預金を投資するので、結構問題らしい。

 なお、Mに聞くと取締中のパトカーを抜く時、車線移動するのは最近出来た法律だという。
 日本だって、都道府県が違えば少しずつルールが違うし、高速道路では路肩駐車中の自動車に激突する事故も多いと聞く。
 デイトンでは大丈夫だろうか?
2011/08/11 木曜 晩飯担当
 寝落ちするのがなんかアレなので、娘たちを送り出した後、寝室に戻って寝る。
 寝過ぎた。

 でも、原稿を続ける。色々とヤバイ。

 MとHが夕方からまた家を見に行くので、ぼくが早めの夕飯担当である。
 鶏腿を和風に煮付け、それとは別にシンプルな煮物を作る。
 ううむ。火加減が日本と全然違うので時間が足りない。やばい。

 娘たちが帰ってくる。
 晩飯担当がぼくだと聞いたAMは帰ってきたなりぶすりとしていたが、鶏腿を結構旺盛に食べる。煮込み時間が短かったのがかえって良かったらしい。
 MとHが出かける。AMがしゃべりまくる。女子中学生が騒々しいのは知っていたが、この子は凄い。
 娘たちを寝かしつけた後、Hが
「これ面白いよ」
 とROCKと言う映画を観る。ショーン・コネリー、ニコラス・ケイジの映画である。知らなかったけど、面白い。VXは糜爛性じゃないぞとか、今どき一成分式の化学弾頭はないぞとか突っ込めるが面白かったから良し。
 ショーン・コネリーは良いなあ。若い頃、007やってたり、伊達に傘でメッサーシュミット戦闘機落としたりしていたわけじゃない。
2011/08/14 土曜 なんだったけな?
 間が空いてしまった。
 遊んでいたわけではなく、いや、遊んでいたのかもしれないが、忙しかったのである。

 金曜はなにしたっけな? ともかくAMの母親がニューヨークから、AMを迎えに来た。深夜である。AMは母親が帰ってくるのを今か今かと待っていたが、寝ろ、と寝室に放り込まれた。実際に母親、アンジェラが着いたのは12時近かった。
 こちらもすぐ寝た。

 土曜は「ミスティック・アウトドア・アートフェティバル」へ。
 ミスティックという町がアートで街おこしをしている、というのか、美大だかなんだかがあって、かなり大規模なアートショーをやっている。これをAM母子と見に行く。
 アウトドアだけあって見た目は代々木公園のナントカフェスティバルと大して差はないが、街中には画廊や、アートセンターみたいなのが結構ある。えーと、名前を忘れたが結構有名な女優の書記作品が「ミスティックピザ」というらしく、それでも結構名前が売れているらしい。で、ピザを食う。
 ビーチへ行く。と言うので行く。みんな結構海に入るが函館と同緯度では寒いのでないかい? とはいうものの久々に海水に足をつける。なお、砂浜を雪駄で歩くのはやめた方が良い。モハビ捌くより歩きづらい。

 夕、Mの妹、Kの家で食事。
 こちらは七人で押しかけたので、家の中ではさすがに食べる場所がない。アウトドアである。
 ピラフと、パスタとサラダとステーキという結構な取り合わせで上手い。
 AMが例によって「なんかいる!」と騒ぐ。なんとまあ、野生のアライグマが出没するのである。
 室内に入ってのんびりする。Kの亭主とやけに気が合う。例の「酒は午後一時から」というオッサンである。この人、リビングで歓声が上がると、慌てて飛んでいく。サッカーが気になって仕方ないらしい。
 のたのたしていたら、11時近くなる。まずい。帰る。さっさと寝る。

 で、日曜(実際にこれを打っているのは月曜である)。
 娘のレジデントキャンプ出発である。が、仕事が詰まっている。Hと慌てて荷物を揃えさせ、送ってもらう。
 娘とHには申し訳ないが、延々、仕事である。
 AM親子は早くからニューヨークに帰っていった。
 Mも出かけている。久々に一日三十枚近く書くと脳みそがエンストする。家の中で場所を変えながら書き続ける。
 座り心地の良いソファがあり、ここで書いていると寝落ちする。
 気がつくと暗くなっている。Mも帰ってきている(すぐオフィスに籠もった)。
 もう一度原稿を進める。取りあえず目鼻をつけて、日本に送信する。
2011/08/15 月曜 オハイオへ
 というわけで、やっとHPを書く時間が取れた。プロビデンスの空港である。

 朝、雨がひどい。
 会社へ向かう途中のHに送ってもらい空港で落として貰う。自動チェックインカウンターの使い方が判らずに苦労したが、何とかする。朝の空港はそこそこ空いている。いや、いわば地方空港なので飛行機も小さいので、乗る人も少ないから相対的に空いているように見えるだけであるが。
 セキュリティを通過し、ゲートで待っていると飛行機がやってくる。予約の時、やけにちっちゃい飛行機だなあ、座席配置も1-2という小ささである。なんだろう、と思っていたら、ガルフ? 楽しみだが、あせる。
 で乗ってみる。
 ガルフにしちゃ妙だなと、思ったら、アンブリエル145だよ! まだ日本には入っていない飛行機だ。日本ではボンバルディアをやめて、全ラインがアンブリエルに更新する予定である。第二次大戦後、ブラジルへ逃れたクルト・タンクが基礎を作ったメーカーである。うぉぉぉ。ナチスの科学は世界一ぃぃぃ。

 結構軽々とローテーションをかけ、上昇するが、全然雲が晴れない。かなり厚い雲だ。
 クルージングに入ってもやっぱり晴れない。このまま、クリーブランドまで雨だったら嫌だなぁしかもクリーブランドまで二時間近くかかる。やっぱり自動車で行こうとしたのは無茶だったか。

 ディセントの放送が入る。少し雲が晴れて地上がのぞく。が、おーい、レンズ雲の横を飛んでいるよ。揺れるかな?
 いま、大きな乱雲を避けた。と、地上までの視界が開けた。
 大、湖が見える。クリーブランドまでもう少しかな?
 右左に蛇行している。乱流を避けているのか、ストレートインでもするように指示されたのか、どちらだろう?

 と思ったら、積雲を避けているのであった、右に左に旋回して雲の横を通る。まるで有視界飛行をしているようである。でもこれができるとしたらIFR機も楽しいかもしれない。セスナでこれをやるとトロくて仕方ないし、もっとでかい機だとこんな鋭い動きはできない。

 と言うわけで、クリーブランドなう。
 天候は曇り。

 1325。デイトン着。着いただけで疲れ切ってしまった。緊張しているのかな? ……いまさら?

 自動車を借りる。
 カウンターはすぐに見つかったが、良く判らん。サバイバルパングリッシュで切り抜ける。何とか自動車を借りられて(かなり高い)、走り出すがさっそく迷った。すげー、迷う。

 かろうじてたどり着く。
 来て良かった。じわ〜。
 入ってすぐ、スーベニアショップなのだが、それだけでも感激してしまう。

 すげえ、いきなりライトのミリタリーモデル。これはレプリカだと言うが、スパッド、ソッピース・キャメル……このあたりはレストア品らしい。アメリカの博物館だけあって、アメリカの話が中心になっているが、面白い。

 閉館、五分前までウロウロする。まだ、一館の半分も回っていない。
 帰路、迷う……ものすごく迷う。どれぐらい迷ったかというと、空港を行きすぎていたぐらい迷う。二時間近く迷っていた計算になる。
 やっとそれらしい道を見つけ、場所はここだ! というのを特定するが、これ、さっき前通ったよな? しかもやっているのか? 裏に回ってみるとガラスは割れているし、ほとんど廃屋である。
 取りあえず同じ系列なのでオフィスを見つけて、地図を出してこれはここか? と聞くと「予約しているか?」と聞かれる。ここじゃん。でも、宿の名前違うし、良いのかよ。
 まあ、ボロなのは仕方ない。DCで泊まった所と一桁値段違うしさ。

 すぐ近くのチリ屋でスパゲティを食う。大したことはないなぁ。まあ仕方ないか。
2011/08/16 火曜 博物館二日目
 七時半起床。髭を剃り、朝食、そこそこ。
 ミュージアムへ。早く着きすぎる。屋外展示を観るが果てる。
 すぐにアーリー何とかに入るが、三時間歩いて昨日に引き続いてやっと一館(第一次大戦機、大戦艦機)を制覇する。立ちくらみがしてくる。

 バルキリーカフェへ。
 博物館の二階にあるカフェである。スープ、サラダ、ハンバーガーが置いてある程度の普通のアメリカンカフェ。ドリンクはフリー。
 カメラのACも切れかける。二つ目にかえる。わっ、コーラをひっくり返した。ズボンが!
 自動車に戻って、着替える。インに置いとく気にはならない。
 疲れた。

 旧式機は疲れるし、大戦機を見るのも疲れそうだ。機が少なくて、どうにかなりそうな「missile&space gallery」へ。
 ひー、私が悪うございました。
 ……ICBMの山。それこそ、大陸間弾道弾がそびえたっている。これ、全部一度は実戦配備されたことのある本物だよな? 一体何回、世界を破滅させられるんだ?
 気を取り直し宇宙食の写真撮ったり、X20だったかな? 実験モジュールや、アポロ15カプセル、ジェミニ、マーキューリーを見たりする。が、この調子でポストコールドウォーなんか見ていると脳みそがどうにかなる。いや、ちょっとは見ました。見ましたけれど、ラプターがいると、ブラックウィドウUはどことか、B36に圧倒されたり、溜まらないのでウォーバードを見に行く。
 いきなりボックスカーだよ。シルバープレート機しかないのか聞きたかったのだが、説明員がいない。でも紫電改とか、判っている機体は安心するなあ。

 そうこうしているうちに5時の閉館時間。
 今度こそはきちんと帰るぞ……というか、バーガーキングを食いたいと思ったのが敗因。下の道を走って「あ、あった」と思ったのは良い。隣のスーパーで電池を買い、一回宿の場所を探してバーガーキングを捜しに行ったのが敗因。
 迷う、いや、すぐ帰ろうと思えば帰れるのだが、バーガーキングがない、とんでもない遠い所まで来てしまう。結局、戻って宿の近くのビザ屋でこれを打っている。
 バックアップをとって、風呂に入ると共にジーパンとTシャツを洗い、寝る。
2011/08/17 水曜 まさか……
 六時くらいに目が覚める。
 ごろごろしているとすぐに七時近くになる。結局起き出す。多少早く行って、エアクラフトパークを撮るのも良いだろう。
 朝飯を食べる。結構充実している。……って、コンチネンタルブレックファーストで満足して良いのかオレ? 日本だったら、御飯に味噌汁、漬物だけ。納豆か、海苔ぐらいつけろっ! ってな粗食なんだが。

 食って出かける。15分くらいで着く、いままで迷っていた苦労はなに?
 航空公園みたいな所へ行く。いや、飛行機が並んでいるだけなのだが。C151に蜘蛛の巣が張っている。まあ、鳥の糞だらけになるよりマシか。
 って、なに? ユンカースの三発機? なんだ、ただのC130かと思ったら、あの対地攻撃用のやつか! 胴体側面に機銃(ミニガンを突き出す穴が開いている。横の窓はIRSTか)、おーい、ここ絶対でるぞ!

 時間が来てオープン。九時半にプレジレンタル・ハンガーに行くバスがでるというので、カウンターのおばちゃん……じゃない、お姉さんにパスポートを見せて、名前をチェックして貰い、時間まで待つ。30分のは無理なので45分のに乗る。すぐ隣のAFBへ。
 エアホースワンがたくさん並んでいる。機内にも入れて、マネキンが置いてある。ルーズベルトが使ったのには、ルーズベルトらしき人形がある。機の下には大統領用の車椅子がある。ふーん。
 もうちょっと新しいやつはトルーマンらしき新聞を読んでいる。おお……(以下本編に続く)

 で、何機か見て他に良いのはないかな? と見るとなんか丸っこいのがいる、わぁ「ゴブリン」じゃないか。
 他にも変なのがいる。
 よくよくあたりを見ると、隣のハンガーに行けるようになっている。
 行ってみる。
 いた、バルキリーがいた(感涙)。だけどよく見えないよ。写真も撮れない。ともかくバチバチやっていると時間がなくなる。バスには全員乗り込んでいる。最後の一人だったらしい。

 いかん。こんな調子で見ていたら、また、日が暮れてしまう。
 本館に戻って、さっそく夕方最後のバスの予約を取る。
「アジアンウォー」(つまりベトナム戦争)の展示。同じ館の半分に「コリアンウォー」。
 間違ってアジアンウォーを先に見てしまう。ううむ。B52はでかい。
 同じホールにある「コリアンウォー」へ。B29のカットモデルに入る。ううむ。変なムスタングがいるんですけど。
 なんだかんだ言って、バスの時間が来る。IDを確認して、もう一度乗る。今度はいきなり二つ目のハンガーへ向かう。
 うぉぉぉ。バルキリーだ。……だけど、A12(SR71)が邪魔になって、よく見えないんですけど。
 YF23ブラックウィドウUだ。いや、バルキリーの脚が邪魔でよく見えないんですけれど。ま、いいか、エンジン撮れるかな? ……って、無造作に横に置いてあるじゃん。吸気口と排気口むき出しで写真取り放題……なにこの音? ドンドンって? こりゃ、そこの子供。X29叩くんじゃない!
 しかし、ぼくの人生で、バルキリーや、X5を邪魔に思うことが予測されただろうか?
 いや、ない。

 時間ぎりぎりに本館に戻る。
 もう、閉館時間である。

 帰る。デイトンでの自動車の運転も慣れた。バーガーキングでハンバーガーを食べる。
2011/08/18 木曜 まさか……
 七時半。目覚ましに起こされる。やはり疲れているのだろう。
 衣類は乾いている。
 朝食。ベーグルにチーズスプレッドを着けて食べるのは結構ウマい。
 そのままフリーウェイで博物館まで直行。多少早めだが、入ってすぐにコールドウォーへ。一部、デザートストームが入っているが、まあ、そんなものだろう。
 コールドウォーは展示物が多い。爆撃機だけだってB36から始まってB1、B2までいるのだ。シミュレーターがあるがこれは金がかかるし並んでいるのでパス。座れるコクピットのカットモデルがある。ファントムと、F16である。ファントムは本当に前が見えない。
 F16はリクライニングがきついんですけど。操縦桿が意外に大きく動くのが判った。カットモデルのB29に入る。爆撃席が無くなって操縦席の真ん中を通って爆弾槽に抜けるようになっている。
 シルバープレート(原爆搭載機)以外のB29が見られたので、ラッキー。ここの爆弾槽気になっていたんだ。A10もコクピットをのぞける。ふ、古い。武器管制関係は判らないが、操縦系統は何とかなりそう。

 ついで、航空宇宙の所から二階に上がり、見おろす。
 壮観。
 とは言いながらも脚が限界。

 もう、ダメ……と引き攣りながらバルキリーカフェへ。
 バルキリーカフェは決して安くはない。
 ホットドッグが1.25。チリが2.75(そんなにしたのか!)に消費税が付く。
 とはいうものの居心地は良いし、騒々しくない。まあ、それを言えば博物館自体がそんなに混んでいる場所ではないし、外へ出る気もしない。
 年間百万人超と言うが、月間十万人としても、一日に三千人。三千人が一挙に押し寄せてきても、あの広いハンガーに一杯になるはずがない。
 で、ホットドッグを食うとものすごく腹が減っているのに気がつく。水を飲み、気を取り直してWWUへ。
 あと、もう三時間しかない。
 おお、P35にP36だ。名前でしか見たことにない飛行機がいると感慨無量である。P35はサンダーボルトにそっくりである。いや、最初、何でこんな所にサンダーボルトが居る? って首を傾げたほどだ。
 モスキートは全然、木に見えない。スピットファイアのアメリカ軍仕様か、こんなになっているんだ。ガイドさんに「A36はどこか?」と聞くとP38の横に並んでいる。ダイブブレーキは付いているものの初期型のムスタングとよく似ている。違いは機銃ぐらいか? キングコブラをやっと見つける。良さそうな飛行機なんだけれどなぁ。

 時間。いよいよ、土産物を買わねばならない時間なのだが、本を見つけてしまう。例のパイロットマニュアルだ。
 どうせ飛ばせもしないのにメッサーシュミット262と、B29と、飛ばせそうなものと言うことで悩んでP40を買う。そういやあ、ムスタングはなかったなあ。
 バーガーキングでワッパーを食べる。間違えてドリンク、ラージを頼んでしまう。死ぬかと思った。  ホテルでデータを整理して、寝る。結構いい時間になる。
2011/08/19 金曜 最後の最後に
 定時、と言うか七時半に起きる。日本では考えられない。
 コンチネンタルブレックファーストを食い、チェックアウト。
 博物館へ急行。飛行機が並んでいる横の建物を見に行く。第二次大戦中に使われていた管制塔と、物置(あるいは弾薬庫? レンガ建て)。レンガ建ての方は「修理中クローズ」の札がかかっていたが、管制塔の方は時間前だってのに係の人が来て開けてくれた。中は第二次大戦中のアメリカ軍イギリス管制室が再現されていてなかなか面白い。仮眠室にチェッカーボードや簡易ベッドまである。
 管制塔そのものにはあがれなかった。
 多分、安全管理の問題だろう。
 時間が来たので慌てて本館。R&Dハンガーの見学申込みである。三度目になるのに気が違ったように見まくり取りまくる。時間はすぐ経つ。
 戻る。
 戻って見そびれていたWWUの撮り損なっていた所を撮り直す。コメートBの多分、初期型や、メッサーである。写りが悪かったジオラマや零戦21型。これは日本にあるものや、写真で見ただけだが、リノのフライアブルな機体より状態がよい。やっと見つけたライト兄弟1901型風洞。
 IMAXもなんとなく観たかったが時間がない。

 後ろ髪を引かれる思いで自動車へ。走り慣れた道を北へ……間違える。すぐリカバー。空港へ……また間違える。リカバー。
 自動車を返す場所はどこだ? と悩む、パーキングが四つに分かれている。間違えたくない。
 すぐに返す。搭乗手続き。
 いつ来るかな? と見ると、遅延? しかも一時間。くそー、乗り継ぎ間に合わんな、と思いながら、写真をバックアップし待っていると行きなりファイナルコールがかかる。何だこりゃ? と思っていると、40人乗りの飛行機に六人しか乗っていない。おい! 来た時と同じダッシュというレシプロ機だ。これが揺れる。この時間だと揺れるだろうなぁ。

 クリーブランド着。当然、乗り遅れている。空港に迎えに来ているHに連絡。金曜の夜だというのに申し訳ない。
 二時間以上遅れて次の飛行機へ。まあ、その間、写真見たり、いろいろやっていたりするのだが。
 飛行機が来た。
 アンブリエル145だ。
 飛行機の中でいろいろ書いているとすぐにディセントに入る。書き物したりなんか読んでいると時間が経つのが早い。

 戻る。
 Mに腹が空いてるか? と、たずねられ、サラダを出して貰う。美味い。
 荷物を片付け、へろへろになりながら最低限のメールをうち、寝る。
2011/08/20 土曜 迎え
 明日の日曜だろう、と思っていたのだが、キャンプ最終日は今日だった。
 Hと共に娘を迎えに行く。
 行きは途中までこちらの運転。右手シフトはやはり慣れないが、フリーウェイに乗ってしまうと日本と変わりない。……とはいえ、昔のシビックなのでパワーが無い。あまり安全運転で走ると着くのが遅くなるし、飛ばしすぎると警察が怖い。FBIの世話にはなりたくない。

 キャンプ場。
 ここを最後とばかりにはしゃぎ回っている女子中学生の中でポツンと、と言うよりボンヤリ座っている娘を見つける。
 さすがに疲れたらしい。だろうなあ。

 帰って食事、簡単なものだが、嬉しい。
 寝る。寝てしまう。こちらも疲れが溜まっていたようだ。

 夕食の時間まで寝てしまう。
2011/08/24 木曜 最終日
 デイトンから戻り、娘も帰ってくるとダラダラして過ごしてしまった。
 今日はもう最終日。
 明日は朝六時の飛行機でシカゴ経由日本行きである。
 こちらは夕方ともなると秋の風が吹いているが、日本は暑いだろうなぁ。
2011/08/25 金曜 帰国日
 あっという間に帰国である。
 早朝、Hに空港まで送ってもらい、セキュリティを通過する。珍しくノーチェックだが、後ろから来た東洋系のおばさんが急かすこと急かすこと。あの急かし方は中国人だな。荷物預けてしまえば飛行機は待ってくれるというのに。
 スタバでサンドイッチを食い、飛行機に乗る。A319である。やっと、まともな、というか普通サイズの旅客機に乗る。いや、アンブリエルや、ボンバルディアが普通ではないというのではないが、中型機ぐらいだと安定感があり、乗り心地がよい。

 シカゴ、オヘア着。到着前に窓からシカゴが見える。
 何というか三回も四回も来た空港だと落ち着く。
 ついにシカゴピザを食う。
 その一方で、デパーチャーのゲートが判らない。ウロウロしている間に見つける。が、今度はコンセントがない。

 飛行機が来る。わーい、777だ。
 しかし、長い。東海岸から日本は遠い。
2011/08/30 火曜 訃報
 三日ほど前になるが、訃報が届いた。
 突然、ではない。
 若年性のガンを患い、闘病生活にあると聞いていたからだ。
 彼の居る所、笑い声が絶えず、にこやかに顔が並んだ。

 しかしなあ、そりゃないだろう。まだ、40代だ。こういう場合、誰を恨めば良いんだろう?
 50を過ぎた歳になって親しい友人が鬼籍に入っていくのが増えた。いままでは「きっと向こうに行けば会えるだろう」と考えていたが、彼に会えるだろうか?
 僧侶であった彼は涅槃に行くのだろう。
 悪行を繰り返したぼくは畜生道にでも落ちるだろう。

 ぼくが死んだ時、普通に葬式などせずSF大会で和尚さんに目出度い経を読んでもらって、ドンチャン騒ぎしてくれ、とたのんで居たのだが、かなわぬ事となってしまった。

 年下の友人の死は堪える。

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