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2010年07月の近況
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2010/07/07 水曜 七夕
 ううむ。すっかり更新をさぼってしまいました。
 さぼっていたわけではなく、単に忙しかっただけなのですが。
 朝六時には起きて身体を動かし、少し休んで仕事をし、そうこうしているうちに夕方になり、晩飯の準備をし(大したことはしない)、早めに寝る。

 まあ、問題は仕事で……出版不況だ。

 ここ数日の出来事と言えば、娘の学校でちょっとしたトラブルがあったらしい。心配した先生から電話がかかってきたが、娘に関して言えば「いつも似たような服を着ている」(家でも言っているが、父親の言うことなど聞きやしない)とか、女の子の言い合いに近いものだったらしい。
 もっとも、些細なことから何が起こるか判らないので、こういう事に神経をはらってくれる先生というのは有り難い。

2010/07/11 日曜 ビクトリーショー
「売り子に来なさい!」
 という感じで、ビクトリーショーへ。
 搬入口に入ると……こ、怖い。四角いケースが無造作に積み上げられている。人も付いていない。見る人が見れば判る。
 ライフルケースだ。

 開場。軍人さんの恰好している人もいる(本物の自衛隊員さんもいた)。本物は別に良いのだが、エセさんが怖い。鉄砲持っていて、遊底を閉めている。
 実技試験だと一撃で失格になる危険行為である。

 でもまあ、そこそこ面白い。シェルケースに使えそうなのはないかと思って回ってみるが、軍用、あるいそのレプリカがメインで実用になりそうなのは見当たらない。
 同人誌はそこそこ売れた。

 帰宅。
 ニュースの時間。いきなり蓮舫と谷亮子の当確が出てくるのでげっそりする。

 これは月曜に書いている。すでに色色と結果は出ている。
 ここまで自民が盛り返すとは思ってもいなかった。
 でもまあ、結局は不浄役人/天下りを堰き止められずに利権を確保しようとする既存勢力に押しきられた、と見るのはぼくだけかな?


 それと、目下の疑問。ドイツ人はタコを食うのだろうか?

2010/07/15 木曜 原稿書き
 シコシコと原稿の修正。
 すげー、以外かも知れませんが、料理本を作ってます。タイトルが

「家で作れる! ウマい海軍飯」

 え? 意外じゃないって?
 昔の主計兵用教科書、参考書手に二百種、試作しました。で、そろそろ仕上げ。

2010/07/21 水曜 脳みそが痛い
 脳みそそのものには痛覚がないそうなので、脳の血管が痛いと言うのが正確なんだそうだ。

 一週間抜けたのでまとめて報告。
 なんや知らんが忙しい。目茶忙しい。
 平日は「海軍めし」のあれやこれやあるし、週末から月曜にかけていろいろと準備に忙殺されていた。

 ぼくの持っている携帯はSIMカードを入れ替えても、海外では使えないそうで、まあ、持っていって辞書がわりだな。娘のも一時停止できないかと思ったが、これも無理らしい。と言うより、一時停止する方が金がかかる。ほっとこう。

 日曜は娘と一緒に多摩六都科学館に行った。お目当ては3Dの全天周映画で、青黄色のセロファンを使った、原始的な3Dだったが、ドームスクリーンのおかげで結構見応えがあった。
 すぐ間を置かず「プラネクイズマスター」、月編。今度はアポロ宇宙船の数を数え間違えることもなく、コペルニクスとアリスタルコスを勘違いもせず全問正解。
 帰路、通りかかったら結構空いていたので「くら寿司」に突入。この日はすぐに席に通されたが、五分もすると長蛇の列。
 娘はびっくらぽんでヨーヨーを当ててご満悦。

「海軍めし」の修正をしたり、入れた分の確認の電話がかかってきたり。
 確かにニンジン30gとか書いてあっても困るよなあ。けど、大さじ二杯とも書けないし。昔は編集者に原稿渡して羽が伸ばせたけれど、いまは編集さんがDTP(って言葉、生きてんのか?)いじるから、印刷所に入れるまで気が抜けないと。

 昨日。火曜か。
 激辛坦々麺を食った。しばらく前に近くにできた店で、汁なしだから安い。辛さも、辛さ無しから、小辛から激辛まで選べる。で、激辛を頼んでここにカウンターにおいてある辛みぶっかけて食うとこれが溜まらない。辛みったってラー油、激辛ラー油、種煎り唐辛子の粉、花椒と揃っている。
 が、これを食うと効果覿面。全身汗が噴き出すし、明白に消化管がやられる。
 インドでは二度辛い、というらしいが、以下自粛。

 娘の水着を新調した。スクール水着である。
 セパレーツになると聞いてファラ・フォーセット・メジャーズみたいなのを(おい、たとえが古いよ。大体もう死んでるじゃないか)想像して恐れおののいていたのだけれど、スカート付き水着のボトム部分が別れるようなものだったので一安心。
 なお、小さな女の子の居る家庭に一言。
 女の子の水着はセパレートにしましょう。トイレに行かせやすいです。

 成績表も持ち帰ってきた。
 怒るわけにはいかず、かといって叱るほどでもない微妙な成績。

2010/07/22 木曜 続・脳みそが痛い
 今度は本当に頭の痛い話。
 娘が「アリエッテイ」を見たいという。ぼくも観たい。
 でもその前に勉強をしないと……と、いつも架している算数の問題集をやらせる。この問題集、始めの頃はすいすい進んでいたのだが、最近停滞していたものである。
 やらせてみて、愕然とした。全然できない。文字式の移項ができないのだから、これでどうして一次方程式が解けたか不思議である。連立方程式でもx+y=3,3x+2y=8が解けない。両辺に三をかけるという操作ができないのだ。
 ちょっとした応用題を解くのに、三時間かかる。
「アリエッテイ」はお預け。

2010/07/23 金曜 カラスvsニワトリ
 家の近くに駐車場がある。この駐車場の一角でなぜかニワトリを飼っている。
 ……こう書くと草ぼうぼうの草ッ原を思い浮かべるかも知れないが、全面アスファルト張り地下エレベーター付きの機械式駐車場である。
 その一角になぜかぼろっちいケージがあってチャボと白色レグホンが居る。この二羽、たまに駐車場の中で遊んでいるし、駐車場の持ち主とおぼしき爺さんも黙認しているから正当に飼われているのだろう。

 で、春先に二羽の雛が生まれた。ピヨピヨ声がするのでケージを覗いてみると黄色いヒヨコが雌鳥に抱かれていた。

 気になったのが、カラスである。
 大きな公園の近くでカラスどころか、カワセミ、各種の渡り鳥、時には大鷲までが飛来する場所である。そんな所で、果たして非力なヒヨコが生き残れるだろうかと危惧していたのであるが、人間の心配などどこ吹く風。やがて、親鳥と共に駐車場を散歩したり、駆け回ったりしている。いまではすっかり大きくなってしまったが、成鳥と言うにはほど遠く相変わらずピヨピヨ鳴いている。

 夜はケージに入っているから、猫にやられる心配はないとしても、日中「カアカア」「コケーッコッコッコッ!」なんて戦いが繰り広げられているだろうか、と考えるのはなかなか楽しい。

2010/07/25 日曜 USA行
 朝のうちバタバタして11時過ぎの在来線で成田空港へ。携帯への転送を解除しても送られてくる。まあ、いいや、後で解除すれば、と思いながら、苦労しながら在来線で成田空港へ。改めてスカイライナーのありがたさを知る。
 時間潰しに成田空港のホットスポットで色々と変えようとするが、公共無線LANが一つも繋がらない。ネットワークアダブダが壊れているとか抜かす。再インストールしても言うことを聞かない。

 そうこうするうちにボーディングの時間、いまも待っている。

 搭乗。747-400、激混み。まあ、そうだろうなぁ。
 いつもだったら、搭乗時に時計を現地時間にあわせるのだが、今回は時計を持ち合わせていない。携帯を持つようになってから、すっかり腕時計を持たなくなったからだ。で、PCの内部時計で見ると午後六時頃。夕食。
 事前にベジタリアン食をリクエストしておいたので、一人だけ早めに来る。ベジタリアンと言っても似非で単に大量に食わされるためもたれないようにしているだけである。案の定他のメニューはカレーとビーフ。もっとも、やはり昼から録に食べていない身では少ないが運動していないからまあ良いか。
 で、ユナイテッド。ドリンクフリーはやめたと聞いたが、どうもそうではないらしい。結構カパカパ飲んでいるパッセンジャーがいる。一杯飲んで寝るかな。それとも映画の「アリス・イン・ワンダーランド」まで待つかな?

 日本時間22:15、軽食の時間。娘には「きつねラーメン」、表記はChinese noodle。揚げの入ったラーメン。
 こちらはベジタブルなピタパン。レタスに豆のペースト、クスクス。美味い。

 ユナイテッドはアジア=太平洋路線はドリンクフリーと判ったので飲む(さほどではない)。食事は白ワイン、軽食は赤ワイン。その後にコニャックをたしなむ。

 映画は三本立て。昔ながらのでっかいスクリーン(とはいえ液晶だが)と、各部におかれた小さいので見る。最初の一本はつまらなかった。二本目は中国語吹き替え中国語字幕というわけのわからない代物。三本目が「Alice in Wonderland」。そこそこだが、結構食い入ってみてしまう。

 観た後、寝ようとしたが、どうも寝つけない。
 多少ウトウトしたらしいが、目が覚めたとたん、激しいめまいに見舞われる。トイレに行くとなぜか治る。
 戻ると、朝食。こっちはベジタリアン食でパンにホットアップルと、カステラみたいなのだったが、パスタの方が美味しそうだったなぁ。

 シカゴ着。エスタとか言う事前審査を取っていたので書類書きは楽だったが、入国審査も税関審査も厳しくなっている。いつまで滞在するのか、滞在先のアドレスを書け、など。娘は歳を聞かれる。パスポートに書いてあるんだが。持ち物検査では靴まで脱がされた。

 シカゴ・オヘア、さすがに広い。国際線到着ターミナルから国内線出発ターミナルまで電車が走っている。まあ、そうだろうなぁ。成田だって、羽田だって二つあるターミナルは電車で結ばれている。
 だらだらと時間を潰す。
 コンコース内にマクドナルドがあるが、メニューが全然違うので録に注文もできない。娘も腹が減ったと言うし、十ドルほどのピザを買って帰るとしょっぱいと言って食べない。
 全然関係ない待合室で寝入って、そろそろ時間なのでプロビデンス行きのターミナルに移動する。
(現地時間、7/25。午後七時記入)

 すぐに搭乗時間、到着がちょっと遅れたがA320。ナローボディ機なんて何年ぶりだろう。
 出発するとすぐに日が暮れて、地上のナトリウムランプがきれいだ。さすが全世界随一の工業地帯である。……いや、工業力だけで言えば大田区あたりと変わりないのだけれど。
 が、寝てしまう。
 娘に起こされてもうタッチダウン。

 地方港でもあり、すぐにHとMに拾ってもらう。
 娘が「お腹空いた」というので、バーガーキングでチキンサンド。ワッパーなど頼もうものなら腹が爆発すると思ったが、これも結構爆発ものだった。

2010/07/26 月曜 USA着
 自動車で一時間かからずにカンバーランドへ。
 風呂入って寝る。

 普通に起きる。時差が大きかったせいか、かえって楽である。
 朝、普通に飯を食う。とはいえ、庭のデッキで食事である。手を伸ばしたところに森が繁っている。リスが走り抜けるのが見えた。
 食後、Mの運転で買い物に。アメリカのスーパーはでかいが、ここはそうでもない。娘は多少面食らったようだが。昼の買い物をして戻り、少し休んでから教会へ向かう。
 Mはかなり敬虔なカソリックで毎日教会に行くという。異教徒が挨拶に行っても良いものか悩んだが、構わないだろうとのことでくっついていく。ミサだというので面食らったが、まあ、考えてみればお坊さんのお勤めみたいものだ(良いのか? 日本人)。さすがに聖餅は受けられなかったが、この地を統べる神様に挨拶はすませた。

 昼食。
 デッキでセルフサンドイッチ。ハムとチーズを好きな味付けで、こちら風の固いパンに挟んで食べる。美味。Mは娘にしきりに英語で話しかけてくれる。やはり移民なので英語ができなかった苦労を話してくれる。おかしい(こっちの英語も相当ぶっ壊れているが)。

 昼寝。こちらはあまり眠れなかったが、娘はぐっすり寝ている。
 従兄弟が帰ってくる。
 買い物を少し。
 帰宅、食事。米が食べられるので助かる。いや、ぼくは良いのだが、娘はかなり困るはずである。
 ネットに繋ごうとするが、どうもワイヤレスの調子が悪い。成田からこの調子だ。参った。こちらのPCを借りてウェブメールだけはチェック。仕事のメールがないかだけは確認する。
 ひどい眠気が襲ってくる。寝る。

2010/07/27 火曜 ラブクラフトの生まれた街
 朝四時に目が覚める。素晴らしい夜明け。小鳥の声が麗しい。
 結局、ジェットラグでやられているだけかも知れないが。

 空腹。
「自分の家だと思って勝手にやってくれ」
 と言われているが、そうも行かないし、それ以前にどこに何があるのか判らない。とりあえず、ハムとパンをもらう。それとコーヒー。

 起きて、PCに向かうがどうしてもこの家の無線と繋がってくれない。
 H起きだしてくる。出勤後、Mも。

 自動車に便乗してプロビデンスへ。
 H.P.ラブクラフトが生まれ育ち、生涯の大半を過ごし、歿した街である。街のあちらこちらにラブクラフト銅像や、クトゥルー神のモニュメントがある……わけがない。
 とはいえ、それらしいガイドがウェブにあり「夜一人で回ったら?」などと言われても行けるわけはない。

 最初にキャピタルホールへ。
 アメリカが独立したときの十三州の一つでホールは総大理石で立派で、日本の国会より品格がある。最初にコロニーを作った人の肖像や、書類が収められている。
 子供にはつまらないかも知れないが、結構面白かった。もっとアメリカ独立時の歴史を調べてくれば良かった。

 インターミッション。
 Mが教会に行くという。こちらはその間、ダウンタウンをぶらぶらする。以前、サンディエゴで感じた刃物を突きつけられたような危うさは一つも感じられない。適当に歩いたもののどうも銀行の多い通りらしく面白くない。かつ、再開発途上でFor lentの看板が目立つ。
 中心街らしい場所に到達し引き返す。こちらはかなり活気があった。
 教会の端でミサが終わるのを待ち、中を見せてもらう。ステンドグラスが字が読めない人のためにキリスト教的な事象を説明していたとは知らなかった。
 しかし、この人に「聖お兄さん」や「エヴァ」は見せられないなぁ。

 カレッジヒルへ。
 アイビーリーグの一画を占めるブラウン大学を始め、様々な学校がひしめいている。ラブクラフトの作品の舞台となった場所も多いらしく、クトゥルー神のモニュメント……なんかない。学生街のど真ん中である。
 大学の建物や、図書館に入ってここに残れされている1600年代に印刷された本(英語らしい)を眺める。中には同じものが「TOKUWGAWA IEYASU」に送られた、などと説明がそえられているものがあって興味深い。ウィリアム・アダムスが持ってきたものだろうか。

 疲れ切ってカフェで休む。
 レモネードを飲むが、う。甘い。コーラの方がスパイシーだ。
 Hが迎えに来てくれて、Mの両親宅へ。Mの父親に聞くと1968年にアメリカに来たものの、もう英語も忘れてしまった、すっかりぼけた、というので(とはいえ矍鑠としている)、3ヶ国語ちゃんぽんである。二人とも80を超えているという。ぼくはMとHの結婚式に参列しているので、会ったことがあるかも知れない。

 カンバーランドへ。
 夕食。ターキーと米の飯と、野菜の西洋風煮付け。ターキーは珍しく柔らかくジューシーであった。
 娘の耳を慣れさせた方が良いだろうと、映画を観る。ハリーポッターの2作目である。ぼくは一度テレビ放映を観ているのだが、字幕も、翻訳もないとやはり判りづらい。それ以前に「ハーマイオニー」が「ハーモニー」としか聞き取れないのが意外。
 12時過ぎ就寝。

2010/07/28 水曜 ペリーの生まれた街
 午前中、ボートハウスへ。Mが世話になっている牧師だか神父だか教会だかの土地で、小さな沼があって、夏、子供たちがバーベキューをしたり、遊んだりする場所だという。その前に親や信者がボートハウスを掃除する。
 その間、こちらは周辺で遊んでいてくれ、という話である。沼には五羽のスワンと亀が居る。スワンはかわいいが亀は噛みつくから注意しろとか言う。

 行ってみると、小さな沼とか言うけれどアメリカンサイズじゃないか。絶対、善福寺公園よりでかい。考えてみれば白鳥が着水できるような広い水面があるわけだから狭いはずがない。
 沼のまわりを一周しようとするが、茂みがひどくてできない。
 沼の端のちょっとした木陰でボケーとトンボを観て過ごす。生態系が全然違うので観たことのないトンボが多くて楽しい。小さなイトトンボ、赤トンボ、麦わらトンボなどがいる。写真や絵でしか見たこともない蝶トンボも始めて観た
 ところで蝶トンボは英語でなんて言うのだろう? バタフライドラゴンフライ? んなバカな。

 ボートハウスでサンドイッチランチ。
 Mは相当疲れているらしくこっちも一緒に戻って寝る。ぐっすり眠り込んでしまう。

 起こされる。Hが戻ってきて、次はニューポートである。
 ニューポート海軍工廠と言えば、えーと、あーと……色々な船を造った場所で、日本で言えば佐世保とかに相当するかな? 来る前にグーグルアースで見たら廃艦になったサラトガとインディペンデンスかなんかが係留されていた。
 ペリーの生まれた場所と聞いていたが、ニューポートではないようだ(キャピタルホールにはロードアイランド州出身の著名人としてペリーの肖像があった)。それとも地名が変わったのかは判らない。いずれにせよ観光地として黒船祭りみたいな事をやっているらしい。数年先が恐ろしい。

 道はいささか渋滞したが、マンションを見る。日本でマンションと言えばコンクリート製の集合住宅であるが、もともとは豪華邸宅の意味である。
 ブレーカーズというマンションへ。
 ニューヨークの鉄道王の持ち物だった夏の別荘だそうだ。どんな所かビジュアルは観光ガイドでも見ていただくとして、でかい。使用人の部屋だけで33あるという。食堂も朝食用の食堂と、普通のダイニングがある。全部は見ることができなかったが(公開していない場所もあるし、見てたら日が暮れる)、まあ大したものだ。
 もちろん、規模とか豪華さで言えばヨーロッパのナントカ宮殿にはかなわないが、個人の所有だと思えば大したものである。
 もっとも、住みたいかと言われれば疑問である。これが東京のど真ん中にあればともかく、海際の別荘だしなぁ。千葉の人には悪いが、銚子みたいなものだ。それと、アメリカものなので出ないだろう。イギリスの建物なんかは出そうだが。
 それと、様式が一定していないとか、建築家の間では意見があるそうである。実際、海に向いた場所にポセイドンらしき装飾があるが、それらしき表情をしていない。

 海岸線を走り、ニューポートに戻り食事。ソールを食べる。付け合わせが「サラダかポテト」ではなく「サラダとポテト」である。もちろん別にパンも付く。ポテトはベイクドをオーダーして、娘とシェアして食べる。

 戻るとMはすでに休んでいた。疲れたのだろう。
 こちらも血圧の薬を飲んで、早々に休む。

 そうそう。ニューポートの町中では白服に星一つ付けた水兵さんを見かけた。セーラー服ではないオーソドックスな白い海軍軍装である。新兵さんか、それとも別の候補生かな?

2010/07/29 木曜 ボストン
 午前中からボストンへ。

【ボストン。アメリカ合衆国北東部,マサチューセッツ州東部の州都で,ニューイングランド最大の都市。人口54万8000(1994),大都市域人口321万(1992)。大西洋の入海マサチューセッツ湾奥部に注ぐチャールズ川河口に,1630年ピューリタンによって建設される。天然の良港に恵まれ植民地時代から漁業と海運業が栄え,今日も合衆国有数の港湾都市。また商工業,文化,教育の中心として,アメリカ史上に有力な地位を占め,19世紀後半には〈世界の中心 Hub of the Universe〉と呼ばれた。全国的地位は相対的に低まったが,今日も伝統を誇る古都であるだけでなく,ニューイングランド地方の文化と経済の中枢である】(平凡社、世界大百科事典より)

 娘が楽しみにしていたハーバード大学自然史科学博物館だが、少しゆっくり目に着いたもので、同大学のカフェテリアで昼食後、入る。結構あちこちから人が来ているらしく子連れも多い。
 コレクションも豊富で娘は喜んで見ていたが、知識があったり、解説が読めたらもっとおもしろいだろう。
 様々な動物の標本、化石は見事で(レプリカかも知れないが)トリケラトプスの頭がドンとおいてあったり、その辺でふと振り返るとマストドンの化石と顔をつきあわせて、ぎゃあと叫んだり、頭の上をクジラが泳いでいたり、結構楽しい。
 やはり娘が楽しみにしていた鉱石の展示も色々あって、繊維化した水晶や、シリカなど、どうやってできたのかきちんと知りたくなる。
「史」の部分は飛ばして、自動車でMITへ。MITとハーバードがこんな近い場所にあるとは知らなかった。MITを外から見ると実験設備がおいてあるという一画はまるで工場のようである。もっとも日本にも代々木に原子炉を作ろうとしたバカな大学があるが。
 昨日のブラウン大学も同じだったが、かなり広い面積に様々な建物が建っている。もっと囲い込まれたような地区を想像していたのだが、だいぶ違う。
 また観光客も多く、校舎内を色々なのが歩いている。胡乱な東洋人が歩いていてもまったく目立たない。東洋人どころか歩くのがやっと、みたいな爺さんまで歩いている。誰かと思ったらフリーマン・ダイソンだった……なんて事はない。いや、歩いていても不思議ではないのだが。

 ファニエルホールへ。
 もともとはアメリカ独立時に革命をどう行うべきか検討された場所らしいのだが、いまでは大小のショップが建ち並ぶ観光スポットとなっている。娘はMに連れられてアクセサリーショップを覗いたりしている。いや、それはちょっと。
 大道芸をやっている。芸自体は大したことはないが、アメリカはやはりトークがおもしろいし、観客のノリも違う。
 午後七時くらい。
 軽く食事、いや、軽いたってアメリカンスタンダードで、日本的にはすごいことになる。クラムのアペタイザーだけにするが、さすがに足りなかったので、ホットドッグを食べる。日本ではすでに絶滅しかけた食べ物である。

 ネービーヤードのコンスティティーションを観に行く。
 アメリカ初期の移民帆船である。まあ、こんなものがあったというのを見る。
 すぐ近くの岸壁にはUSS.カッシングヤングという船が留められている。アスロックや、レーダーを搭載しているが、備砲は単装砲塔と、40o砲ぐらい。ファランクスはまだなので、大戦中に就役してしばらく使われていた船だと判る。日本に帰ったら調べよう。

 バンカーヒル(独立戦争当時の古戦場)に移動。
 モニュメントは工事中だったが、別に良い。こんな狭い丘だったのかと変な風に感心する。もっとも、当時は海まで吹きっさらしの場所だったのだろう。

 帰る。結構いい時間である。寝る。

2010/07/30 金曜 米国の日本料理
 一日、近場で過ごす。

 午前中、寝くたれてしまう。
 昼、Mとともに日本料理店へ。アメリカにおいてこれは一種の恐怖であるケースが多い。
 早速、味噌汁にレンゲが付いて出てくる。

 もっとも、味噌汁は普通の味噌汁。豆腐と、ワカメである。海外でワカメというのは非常に珍しい。
 娘とMariaはスシ&刺身コンボ、スシコンボ。こちらはunajuを頼む。
 幸か不幸か、まともな普通の飯であった。これが人間の食い物とか思えないとか、不味さ更新とかだったらネタになるのだけれど、鰻重に関しては日本より安いし、下手な鰻屋よりまとも。日本ではあまり見られないようにカットされていたが、ひつまぶしよりは鰻重じみている。

 娘の食べたスシコンボも、マグロとサーモンの握りに、カリフォルニアロール、ご愛敬のシュウマイの天ぷら、ガリと青菜の漬物が付いていた。

 その足でMariaの友達のところへ。別に用事もあったらしいが、こちらはわざと作ってくれた雰囲気。娘と同い年の女の子がいて、短い時間だが、遊んでいた。Isabellaちゃんも退屈していたらしい。

 買い物をしがてら帰宅。8/1はMの誕生日で息子のMichaelとChristopherが帰ってくる。おかーさんは大変だ。ちなみにマイケルもクリストファーも本名でマイケル青山とか、クリストファー青山もどちらも本名で、芸名でもなんでもない。

 夜、娘の耳を慣らすため「ネバーエンディングストーリー」を見る。感想は……まあ、いいや。
 ちょっと早めに終わったので、かの有名な国辱映画「パールハーバー」を見る。
 なるほど、こーゆー映画か。日本側の考証がいい加減だと聞いていたが、どうも普通の青春映画に「わけのわからないエイリアンが攻めてくる」というコンセプトらしい。
 大体、アメリカ軍の考証もいい加減。
 1941年時点でアメリカに三連装砲塔の戦艦があったのかとか、籠マストがほとんど出てこないとか、単純に出来の悪い戦争映画。

2010/07/31 土曜 修道士との会話
 午前中、woonsocketという隣町の、仕事と歴史の博物館と言う所に。このあたりはアメリカで紡績が始まった場所で昔の遺物がある。その博物館。とはいえ、2フロアの小さな博物館である。
 一階は入植当時の生活を再現した場所。二階はその紡績が発達し始めた頃の話。providenceを流れるブラックストーンリバーの上流にあり、天然の運河として布製品を輸出していた。

 とはいえ、ヨーロッパの産業革命よりはずいぶん遅く、当初は子供が働かされる情況も多かった。ある少女は時給、15セントで45時間働いて、しかしながらノルマを達成できずに給料をさっ引かれて、働き過ぎでついに過労で倒れ絶命。
 兄が遺体を引き取りに来たが、船に乗せることができないので、狼とアメリカライオンの出る森の中を死んだ妹を担いで……いや、これはいまぼくが考えたウソだ。だけど、似たような状況だったらしい。
「嗚呼、野麦峠」の悲劇は日本でも有名だが、日本がそうなる前はアメリカがそうだったらしい。たぶん、現在では中国奥地に移動しているのだろう。

 昼食。
 適当に飛び込んだダイナーでサンドイッチ。「これだけは飲むな」と娘に言い聞かせていたルートビアーを頼む。一口飲ませると、予想通りの反応。

 帰宅して少し休んでいると、Mがマイケルを連れて帰ってきた。
 マイケルは牧師だか神父になるために修道院に入っていて、年に二度しか帰れない。たまたまMの誕生日に、こちらがぶち当たったのである。
 マイケルと会うのは五年ぶりか、六年ぶりである。以前は女の子を見ると口笛を吹きそうなヤンキーの高校生だったのが、落ち着いた誠実そうな青年に育っていた。

 修道士としての生活は厳しく、どういうわけか、ケープコッドの陸軍キャンプに二週間、体験入隊していたという。A型の板を渡ったり、ロープでオーバーハングを降りたり、楽しかったというのが不思議である。精神を鍛えるには肉体を鍛えなければならない、という獏さんの言葉は伝えられなかった。
 勉強も宗教学、神学、哲学を始め、イタリア語、スペイン語、ギリシャ語、ドイツ語、ポーランド語まで必修だという(もちろん、それ以外にも英語、イタリア語、ラテン語も習う、らしい)。これも知らなかったのだが、最初の聖書はギリシャ語でそれがラテン語に翻訳されて広まったそうだ。修道院での標準語がスペイン語で、かつ、聖書の原典を研究するためにギリシャ語が要る。過程を終えるまで七年だか九年かかるらしい。もちろん、それまで家に帰る機会は限られている。
 しかし、このきまじめさで他の宗教と対立したら大変だ。

 当たり前だが、日本語にも非常に興味を示した。
 日本のキリスト教徒がどんな歴史を持っていたか、信長、秀吉、家康から鎖国、隠れキリシタンの話までしたが、どこまで伝わったかは疑問である。だけれど、いつかは知って欲しいと思う。
 マイケルは自宅に泊まることが許されない。Mが教区の神父の家にまで送り届ける。

 隣の家でなんかパーティーをやっている。隣と言っても東海岸の郊外なので歩いて二三分である。
 いまではあまりつき合いがないが、マイケルと同い年の子がいて、ずいぶんと遊んだらしい。少し顔を出し、自己紹介する。もっと話ができないのが残念。

 ふと、夜空を見上げると北斗七星とカシオペアが見える。そうか、このあたりは北斗が地平線上通過する緯度なんだ。

、いつものように夜の映画。
「チャーリーとチョコレート工場」

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