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2010年04月の近況
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2010/04/2 金曜 どこにも行けず
 娘がどこかへ連れて行けと言うので、懸案であった葛西臨海水族園へ行くつもりだったが、風が強く朝の時点で既に京葉線が止まっている。東西線もよく止まるので諦める。
 体調不良で寝て過ごす。
 うーむ、どうにかならんか?

2010/04/3 土曜 保育園同窓会
 日中、体力が尽きて伸びる。

 夕、娘の保育園同窓会。
 クラス20人中、16人集まる。イギリスからEmilyまで来てくれる。他の学校に行った子や、転勤して帰ってきたばかりで、しばらく離れていた子も、初めのうちはおっかなびっくりだったが、すぐに昔に返る。
 ……だからといって、中学生にもなって氷鬼や、ダルマさんが転んだ、も無いかと思うが。

 男の子たちは以前は名前で呼び合っていたのが「三浦」とか「藤田」などと呼び合っている。新鮮。考えてみれば自分もそうだった。
 女の子たちは色気づき始め、危険が危ないので写真などは載せない。

 中締め後、最近家を建て替えたチーちゃんちへ。次の日があるのでこちらは羽目を外せなかったが、子供たちは12時近くまで騒ぎ、受験で疲れていたのも忘れたようにはしゃぎ回っている(らしい)。
 らしい、と言うのも大人は閉め出されたから。
 こうやって秘密を作っていくんだろうなぁ。

2010/04/4 日曜 飛びもの学会
 即売会。
 足を運んでいただいた皆様、ありがとうございました。

2010/04/7 水曜 入学式
 娘の中学校入学式。
 が、体調最悪。歩くのもままならない。凍えつくような体育館で時を過ごし、帰宅。
 伸びる。

 いつまでも伸びていられない。自動車を出して旧実家へ。
 本格的書庫として使用するため、ボツボツと片付け始めている。今日はもう二度と使わないだろう冷蔵庫の処分である。捨てるために、小型の冷蔵庫が買えるほどの値段がかかる。
 業者さんに引き渡し、帰宅。
 ぶっ倒れる。

2010/04/10 土曜 小松コン2010-1
 小松左京研究会で小松先生を囲む会を久々に開こうじゃないか、と言う話があったところ、今日明日がその開催日である。場所は小松先生のご自宅の近く、箕面である。
 こちらは三人連れ、娘も中学生なので大人料金。新幹線で行くととんでもない料金になる。
 で、自動車である。ドライバーは一人。

 途中、会員のSさんを拾って運転代わってもらうが、いかんせん、軽自動車。新幹線にはかなわない。時間がかかる。開会に間に合わない。その上、インター間違えたり、道間違えたりしたが、かろうじて小松先生の来訪には間に合う。
 会員の発表が終わると小松先生は、旨いもん食わせろ、酒を飲ませろ、煙草よこせ、と相変わらず。
(ここでぼくにとってものすごく嬉しいことがあったが、これは後日にまわします)。
 もっと騒ぎたいと言う小松先生を文字通りよってたかってタクシーに放り込み、会食。
 余興に会員のチーちゃんによる講談『ヴォーミサ』。やんやの喝采。アンコールに『黒田節』。
 中西元会長の芸、テレキネシスに触発されて、S教授と「オジサンはね……」をやろうかと思うが、思いとどまる。

 入浴。風呂はさすがに天然温泉とは行かず人工温泉。もっとも、北海道のシリカ泉とやらの濃縮還元で、なんとそれでも掛け流しである。
 露天風呂からは大阪の風景が一望できる。明るいうちは太陽の塔まで見えた。
「今度は紅葉狩りかなぁ」
 などと、長湯。

 酒宴。
 が、娘はなぜか百人一首に参加する。SF大会で優勝、準優勝を競い合う二人を相手に善戦する。

 さっさと寝る。とはいえ、午前一時。

2010/04/11 日曜 小松コン2010-2
 朝飯。
 ビュッフェ。食い放題なのでいぎたなく死ぬほど食う。

 サントリー山崎工場へ向かう一行と別れ、70年万博記念公園へ。
 太陽の塔を間近に見る。でかい。全高67メートルで自由の女神よりまだ高いという。それ以上に凄い。迫力。こんなものが歩いて攻めてきたら迷わず逃げる。下手な怪獣よりでかいのだ。その上、目からビームを発射する。存在感は東京タワーの非ではない。
 改めて岡本太郎の偉力を思い知らされる。

 国立民族学博物館へ。
 電車組と合流。軽く一瞥。
 メシ。ベトナムランチ。メインがフォーなのでもの足りない。

 で、今度こそ一人で運転。東京へ向かう。疲れた。

2010/04/12 月曜 休息の日のはず
 さすがに疲れたので伸びているが、第一回の中学校保護者会。
 体育館で三学年合同。続いて学年ごとに分かれ学年合同。最後にクラスごとにやる。
 新入生、ほぼ40名の三クラスである。五年前、26名一クラスであったのから比べると大きな変化である。
 しかも、半数以上が同じ小学校からの持ち上がり。娘の感覚としては先生と学校の場所が変わっただけかも知れない。
 色々な条件を踏まえるとこの市立がベストの選択だったかも知れない(金はかからない。制服は無し、給食付き、歩いて行ける)。だが、第一志望の一貫校に入れてやれなかったのが、引っかかる。
 体力つきて帰宅。
 「よりぬき銀魂さん」を見て寝る。

2010/04/13 火曜 財布の掃除と小松コンでの事
 財布に貯まった領収書を整理する。
 去年の暮れから、三月末までスケジュールがぎっしりだったため、何もできなかった。
 だが、年末に一年分の税金処理をすると地獄を見るので一ヶ月毎にまとめるようにしているが、全然できていなかった。少なくとも財布に貯まった領収書は整理する。
 ううむ。一月分が少ない。どこかにまぎれたか? これでもまだ、カード払い系のは処理していない。まあ、ボチボチ行こう。

 小松コンであった嬉しいこと。
 娘が『青い宇宙の冒険』が好きで何度も読み返している。
「もっとほかにないの」というので「アオゾラ市の物語」や「ボッコちゃん」を読ませても反応が鈍い。
「青い宇宙の冒険の続きが読みたい!」という。

 小松先生に水を向けてみた。
「娘が『青い宇宙の冒険』の続きが読みたい、と言うんですよ。先生書いてやったください」
 先生にはわが娘がもっと小さい時に「これぐらいの歳の子が読むようなものを書いても良いな」という一言もあり、ぼくとしては「先生の新作を!」というぐらいのつもりだった。
 返ってきたのは意外な一言だった。
「君が書けばいいじゃないか」
 先生の新作を望む立場からすれば「そうおっしゃらずに」と引き下がるべきだったのだろうが、舞い上がってしまった。今のところ構想もへったくれもないが、純粋に嬉しい。

 もう一つ、こちらは大したことはないと言えば大したことがないが、先生から「雅号」を戴いた。
 ぼくの方からお願いしていたことであるが、答えていただけたのは望外の喜びである。
「雅号」とは、ぶっちゃけていえばペンネームである。現代では「別名」の意味合いが大きい。
 歴史は長い。百科事典をひもとくと紫式部の本名は不詳とある。清少納言についても少なくとも軽く調べた程度では出てこない。
 雅号、と考えるべきである。

 時代は下がって、滝沢馬琴、十返舎一九なども「号」である。
 十返舎一九の本名は重田貞一、通称は与七。与七の名前で「東海道中膝栗毛」は書けない。
 馬琴は、滝沢興邦。武家の出である。現代では家名である滝沢を冠して呼ばれるが、何度も号を変えている。
 もっとも「雅号」ではなく「戯号」と呼んでいたようである。

 明治期に入ると、鴎外や、漱石も雅号であるとするような主張も見られる。そろそろ「筆名」という語は出来てきそうであるが、ペンネームとは呼ばれていないだろう。

 現代になると遊びに近くなってくる。
 北杜夫氏は「ドクトルまんぼう」の二つ名が有名であるが、若い頃は憂行号を名乗っていたという。
 先年亡くなった遠藤周作は「狐狸庵」を名乗っていた。死後、フルネームが「雲刻斎狐狸庵」と知って、入門すべきであったとほぞをかんだが、まあ、無理だろう(遠藤周作は徹底したSF、科学嫌いであった)。
 敬愛する小松先生も号を持ってらっしゃる。
「臥猪庵斜栗」(がちょあん・しゃっくり)である。二代目を継ぐには恐れ多い。臥猪庵吃栗とか、はくしょんとかいただけないかと、お願いしていたのである。実際、十返舎一九の弟子に十返舎一八などの名が見られる。
 臥猪庵号をいただけないかと、お願いしていたところ……
「『臥猪庵はダメ』。『がっちょーん庵』にしろ。ひらがなで、ちいさい「つ」を入れるんだぞ」
 長くなったので、続きはまた。
 なお、雅号にともない、近々、HPの小改変を行います。

2010/04/17 土曜 疲れた
 某所で次書籍関係の作業。疲れた。いや、面白かったし楽しかったけれど。

 で、まったくの偶然で同じ建物でファン交をやっていたらしいのだが、顔を出す暇もなし。

2010/04/19 月曜 小松コンと雅号
 小松先生に「がっちょーん庵」の雅号をいただいたことは13日の日記に記した。
 ただ、「がっちょーん庵」だけでは「庵」の名前だけである。本だらけの築四十年の古マンションの一室や、あるいは都下の本だらけの書庫を「がっちょーん庵」と名乗るのは抵抗はないし、適切だろう。
 だが、言うなれば屋号だけである。どうにも据わりが悪い。

 小松先生も「臥猪庵斜栗」の名がある。やはり下の名が欲しい。
「下の方はびっくりでも、どっきりでも好きにしろ」
 とのお言葉だったようなので、どうせなら先生に近しい「栗」の字を使いたいではないか。

 「びっくり」とは考えたが、この青山、しごく常識人である。他人様がビックリするような奇癖もないし、読者がびっくりするような作品もない。せいぜい、戦艦が空を飛んだり、地面を走ったりする程度である。
 「あんぐり」も考えたが、「あん」に当たる字が思いつかない。
 「安」ではどうにもふさわしくない。
 「暗」は最近、とみに減少してきた頭髪を思えばやはり、偽りありである。

 無い知恵絞って考えたのが「鈍」である。もともと動きは鈍い。加齢により鈍さは磨きがかかっている。物書きとしても青山はまだまだである。それこそ「ドングリの背比べ」みたいな立ち位置にいる。
 だが、ドングリはこれから芽吹いて巨木に育つかも知れないではないか。

 というわけで以降「がっちょーん庵鈍栗」を名乗ろうかと思います。

2010/04/20 火曜 散弾
 都心に野暮用があったのでついでにサカイガンワークに顔を出す。
 先日某所で乱射して、残弾が少なくなったので弾とガンオイルを買い足す。警察ではこのような銃弾の保管を薦めてはいないが、射撃場で買うとかなり高くつくのと、質の問題があるからである。……まあ、ぼくのようなヘボ射手には弾の善し悪しはあまり関係ないが。

 銃の方もエジェクターに不調が出てきたので、今度見てもらう話をする。今週末銃倹なので警察屋さんに行かなければならない。その間に銃を預けるわけにも行かない。
 しかし、まあ、去年、一昨年バカな事件が続いたおかげで、規制が厳しくなった上、いろいろ手数料が上がる。確かに銃による事故は重大であるが、警察としては一般人よりも暴力団の持っている銃の取り締まりを強化したいわけで、お互いいい迷惑である。

2010/04/21 水曜 青空にとおく酒浸り
 朝起きて仕事する物の、すぐ寝落ち。気がつくと夕方。とほほ。

 安永航一郎「青空にとおく酒浸り1」を読む。何年かぶりの単行本だそうで、買い逃していなければ「火星人刑事」以来である(火星人刑事もちゃんと終わったと聞いているのだが、物は見ていない)。
 いやあ〜相変わらず凄い。というか、ひどい。
 正月仮面が警察に出頭した時の「誤認逮捕も時の運」もアレだったが、こちらも背景の小技が利いている。
 ドラッグストア、ジャンキーでは「つらい人生にホスゲン吸引薬」、「裸エプロン」。薬屋でそんな物売るな! 主人公は牛さん印のBSEエプロン着てるし、親娘の会話「マジな話、お前、弟か妹欲しくないか?」「親子丼は勘弁ですよ、セニョール」←親子丼は親子丼だろうけど……。
 ホテル「味自慢」「ヘルペス」「下半身」「睡眠薬」。
 学校の保健室「カウンセリング受付中。対人関係、肌荒れ、ニキビ。鉄道自殺は親が破算」
 「夜逃げや不動産」、オカルト物件、わけあり物件……。

 しかし、酒浸りのあのオッサン、どうやって食っているんだろう? いや、借金踏み倒しながら生きているのは想像がつくが、いまだに名前すら出ていない(表札には「俺」と書いてあった)

 というわけで、主人公は女子中学生だけど、このマンガは我が家では18禁。

2010/04/23 金曜 え? 診断!
 朝からドクター。

 先月の血液検査の結果が出てくる。
 う。
 中性脂肪、三倍増(当社比)
 γGPT(肝機能)、「!マーク付き」
 コレステロール、「!マーク付き」
 尿酸値、「!マーク付き」

 中性脂肪以外は「標準値以下につき要注意」。

 どうしろと? 酒を飲めと?

2010/04/25 日曜 銃砲検査
 朝から銃砲検査。警察に鉄砲を見せに行く。途中、こんな日だというのに途中の道に警官が何十人とたむろしている。事故でも、事件でもなさそうなのなんだろうと横目に行きすぎる。
 銃倹は法改正にともないいろいろ厳しくなっていたが無事終了。

 帰路、駅前を通りかかると、あまり怪しくなさそうな人を不審尋問している。カバンの中をチェックして「どうもありがとうございました」という感じで挨拶している。物言いがいかにもたどたどしい。
 どうやら新人警官の研修だったらしい。

 午後、宇宙塵月例会。
 五月、六月は会場無し。

2010/04/26 月曜 仕事
 昨日の銃砲検査の時にもらった書類で近々の経験者講習が地元であるのを知ったので、警察屋さんに出かけて予約を取る。こういう時の警察はとても親切だ。

 デニーズへ。
 ナナコカードのポイントバックが高い(事実上三百円引き)の昼飯を食べる。食い過ぎる。ううむ、そう言えばこれ、去年も食って食いすぎたの思い出した。

 晩飯の買い出し。
 戻ってすぐに娘が帰ってきたので晩飯を作る。

2010/04/27 火曜 日本未来科学館
 娘の学校の創立記念日。
 黄害週間の前の最後の平日なので、日本未来科学館へ連れて行く。
 色々考えると自動車の方が安いし、雨がひどい。この雨の中、ゆりかもめの駅から歩くのはつらい。
 で自動車で出るが、道は混んでいるし、お台場あたりで道に迷いひどい目にあう。
 かろうじてついた日本未来科学館、思ったより混んでいる。修学旅行らしい中学生、高校生が複数校ウヨウヨしている。まあ、そう言う場所なのだ。

 常設展示も少しずつ変化がある。が、うーむ。やっぱり「こんな事もできます」感が強いなぁ。
 特設展「恐怖を科学する」(だったかな?)に入る。まあ、こんな物でしょう。

 子供も少し飽きてきたし船の科学館に入ってみる。一時間しかないのにフルで入場料を払うのはシャクなので屋外展示をぐるっと見る。もちろん「お父さんお母さんを大切にしよう」の像があった。
 中身もなかなか面白そうである。今度一日かけて行ってみよう。

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