|top|挨拶|地図|梅原氏|自分本|引出し|おもちゃ|忘れたい|掲示板|ワープ||料理|
2007年08月の近況へ
2007年10月の近況へ

2007年09月の近況
Page bottom 
2007/09/01 土曜 ワールドコン三日目
 Mさんと同じホテルだと判ったので、朝、コーヒーを飲んで出かける。
 徒歩。
 WASF(アメリカSFファングループ連合会議)だと思って企画に入ると、どうも様子がおかしい。ネビュラがどうのとか、アマゾンがどうのと言っている。
 ふと思ってみると、前に座っているのがロバート・シルバーバーグだった! 間違えてアメリカSF作家クラブの部屋に入っていた。

 適当に抜け出してファンの集まりの方をのぞいてみると、こっちはもっと空気が悪い。入っていけない。SMOF ONLYになっている。まあ、I'm SMOFだと強弁できるのだが、逃げ出す。
 やっと挨拶回り。規模が大きいせいか、人と行き会えない。

 自分の企画まで間がある。12時に成ったし飯でも食うか……しかし、娘はどこに行った?

 かろうじて、ファンジンアレイで拾い上げ、展示ホールでやっていた出張メイド喫茶でドライカレー。
 こちらはその足で、自分の企画へ。
 グリーンルームでうち合わせ。
 幸いにしてスライムは大入り。人が溢れるほど。大きな友達も、作り方を聞きに来る。

 二つ目の企画を終えて安心している。何か忘れているなあ、と思ったら連合会議を忘れていた。慌てて駆け付ける。
 議題の一つは議長、スタッフの交替。
 二つ目は……飽きた。来年は決まっているのに再来年は出ていない。出なかったらどうしよう? 十年前にもやったし、二十年前にもやった。
 娘を捜してファンジンアレイに行く。娘はいたが娘の母親がいない。「待っていろ」というので待っているが、全然来ない。いくら待っても来ない。時間は流れる。あきらめてヒューゴー授賞式を見に行く覚悟を決めるが……大入り満員で入れない。
 中継をやるというので、そちらに行くがこっちも満員。かろうじて見る。悔しい。ヒューゴーばかりは生で観たかったのに。
 と言うのも、トーストマスターがジョージ・タケイに大森望。大森に決まった経緯とか聞いていたので、笑ってしまう
 まあ、大森も大森で面白がりすぎなのだよ。でも、ぼくが同じ立場に立たされたらやるけど。

 ヒューゴーが引けて下に降りると、娘の母親がいるじゃないか! なんでも、ヒューゴーを生で観ていたとか。shit!。
 人混みをかき分けて、コマ研の部屋に。さらにすごい人混み。他のパーティルームもすごい人混み。夜が更けるにしたがってもっと混んでくる。横文字どころか、日本語で意志を疎通させるのも一苦労である。

 さすがに疲れる。
 小松先生も自分のスイートでのんびりすると引っ込むと、……「てめー、夜伽しろ!」
 12時過ぎ。娘から「帰ろう」メール。たまたま行き会ったM氏と自動車を捕まえ、宿に戻って寝る。
 予算さえ何とかなれば、メインホテルに泊まりたかったなぁ。

『架空戦記A』 85枚


2007/09/02 日曜 ワールドコン四日目
 さすがに疲れが蓄積してくる。
 が、めげては行けない。コンビニで買ってきた朝飯を食い、かろうじてタクシーを捕まえる(おい)。
 出立が若干遅れたが、WSFS(アメリカSFファングループ連合会議)をのぞく。
 昨日とは一転変わって、2009年のビッテングの発表。大会前は双方、ほぼ220で同数だったのだが、四日経って蓋を開けるとテキサス341、モントリオール507と大差が付いている。手元にある資料では、モンスターアイランドとか、ミネアポリス73とかあるのが愛嬌。こんなものをオープンにしていいのかどうかも不明。
 とりあえず公表があり、雰囲気は和気藹々としている。これは日本でも使えるかも知れない。

 途中で抜けて、11:00より子供向けプログラム。「太陽系の動き」日本在住のかただろうかか? 日英両方で、太陽系の構造を子供向けに説明している。風船を惑星に見立てたり、子供受けはなかなか良かった。

 12:00より、星雲賞。曲がりなりにもバイリンガルで進める。この調子で進めば、海外からの参加者を呼び込めるかも知れない……なんて事を十五年前にも考えていたなぁ。
 結構長引く。
 で、時間、ぎりぎりにホールを飛び出しグリーンルームへ。

 14:00-びっくり科学実験室。三日目。
 ろくろく打ち合わせもせずに会場に向かうと、人がぎっしり詰まっている。前の企画が終わっていないのかと思ったら「釘ベッド」を待っているのであった。
 釘ベッド、腹の上でのブロック割られ。釘は少しばかり痛いが、ブロックはどうと言うことない。熱したアルミ缶の急速冷却、マグデブルグの半球。
 半球は子供がぶら下がっても問題ないほどである。
 廊下で二十人かがりで引っ張って外れる。

 ふぅ。さすがに疲れた。と、後片づけをし、のんびりしていると、ややっ。マスカレードの時間を過ぎているじゃないか。娘はかろうじて見つけたものの、娘の母親は行方不明。
 やることないなぁ、とぼんやりしていると、別の企画があったのも忘れている。とほほ。
 展示ホールをのぞいたり、来年の大会を冷やかしたりして、時間がたち、ファンジンアレイの一画で原稿を書き始めると、ワラワラと人が降りてくる。上でやっていた幾つかの大きな企画が終わり、溢れてきたらしい。
 ファンジンアレイそのものもしまってしまう。
 カフェサイファイテークの打ち上げに紛れ込む。まあ、普通の打ち上げだ。どうせ飲まないので、イスを並べてひっくり返っていると「帰ろう」と、娘に起こされる。
 と、外へ出ると隣のラウンジが海外参加者でやけに騒々しい。適当に「ここ、なにやっているの?」と聞くと「ウェルカムパーティ」としか答が返ってこない。
 いぶかしみながら壁の貼り紙を観ると赤いメイプルリーフ。カナダのオーサーパーティじゃないかぁぁぁ!
 昨日、日中ぼくはカナダに投票し、当選している。参加権利は当然あるし、行きたかったぁぁ!
 が、娘が持たない。
「コングラッチュエーション」
 と言い残して帰宅。

2007/09/03 月曜 ワールドコン五日目
 オープニングは参加できなかったので、せめてクロージングだけでも。
 一時には終わるし。

 新学期なので「朝の交通安全指導」がある。旗を取りに行く暇がなかったので、交通安全のバッチだけ着けて、決められた場所に立つ。子供たちは交通マナーを守っている。大人の方が悪い。
 時間が着たので、銀行で金をおろして横浜へ向かう。

 WSFAのミーティングに参加するかと思ったが、11時からになっている。
 同じフロアの適当に混んでいる部屋に飛び込む。
「特異性の作り方」とかなんとか。
 E企画で徹頭徹尾英語である。パネラーが話している間はなんとなくわかるが、質疑応答にはいるとわけが分からなくなる。英語鍛えないと。

 ちょっと時間があるので展示ホールAへ向かって、ダイコン7の申込みを済ませる。

 12時。クロージングセレモニー。
 実行委員長の挨拶や、GOHの挨拶。
 柴野先生の「ぼくはもう世界大会を開くことができたのだから、もういいや、と思っていましたが、もう何年か頑張ろう、って気になってきました」
 一応、Nippon 2007は終わり、来年の大会の宣伝。
 日本はダイコン7、世界はデンバー。
 セレモニー最中に編集さんから巻きの電話。ひーっ。

 終わってから、ホールAに向かって小松研の撤収。

 ホールの外で何人かでボケーとしていると、同行していたAさんが「世界大会ってこんな感じなんですか?」と言うので、近くを通りかかった海外からの参加者を捕まえる。
「どこから来ました?」
「カナダ」
「どれぐらい日本にいます?」
「土曜日から」
 まことにフレンドリーである。

「こんな感じですよ」って、Aさんは理解してくれただろうか?
 それと、何人かの海外参加者と話をしたが、彼らは日本滞在を楽しんでくれただろうか?
 ああ。SF村のなかは心地よい。

 帰宅。
 倒れる。

2007/09/04 火曜 プレセカンド
 昼過ぎまで伸びる。疲れている。筒井康隆に「通いの軍隊」という作品があるが、通いのSF大会もかなり大変だ。
 学校へ。
 久々に校長先生、副校長先生の顔を見る。
 保護者会兼、プレセカンドスクール(林間学校)の説明会。
 まだ、現実感が喪失している。

 買い物をしてマックへ。日記書き。早く仕事せねば。

「ワールドコンに思う」

 夢にまで見た日本開催のワールドコンが終わった。何をしたというわけでもないし、ほとんど何もしていないが、肩の荷が下りたそんな感じがする。

 ワールドコンを意識したのはいつだろう?

 少なくとも宇宙塵に入会し、山岡さんの話を伺うようになってからだ。
 初めて参加したワールドコンは……ベルリンの壁が崩壊したその年。
 オランダはハーグ。コンフュージョンだったかな? 十年近く勤めた教員を辞め、物書き一本で食っていく決意を固めた年だ。
 オランダの大会に参加した理由も「アメリカ以外で開催される大会に参加しないと日本でやった時の参考にならない」からであった。この頃から、ワールドコンを意識していたのは間違いない。
 ハーグ大会は楽しかった。柴野先生の腰巾着のように着いて回り、故・山高明さんとスケベニンゲン海岸でニシンを食ったり、谷甲州さんとオランダ名物のジェネバージンを飲んだ。企画はなにをやっていたのだか全然判らないが、スロバキアのブラスティラバからきたというイラストレイターと意気投合したり。大会中、参加者は意味もなく盛り上がり、大会が終わると睡眠不足でみんなぶっ倒れている。日本の大会と変わるところはない。
 ……理解したのが、それがただのSF大会だと言うことだ。

 シカゴにも行った。この時は明白に世界大会を意識して、英語パンフレットや、歴代ヒューゴー賞受賞作を表記したパンフレットを配った。会場も広く、パーティ巡り(これは日本でのリゾート型の夜を思い起こして貰うと近いかも知れない)は楽しかった。
 が、いかにオランダとはいえ、ただのSF大会だった。大会中、参加者は意味もなく盛り上がり、大会が終わると睡眠不足でみんなぶっ倒れている。日本の大会と変わるところはない。
 違うのは言葉だけだ。替え歌は「フィルク・ソング」と呼ばれ、大会後のマグロの集積場所を「デッド・ドッグ・パーティ」(死んだ犬の集まり)と名を変える。

 世界の様子はそれなりに分かった。次は経験値のアップだ。
 が、現実に翌年、ワールドコンのスキルアップ目的で開催したハマコンは(少なくともぼくにとって)無惨なものだった。客観的に見て、普通のSF大会だったろう。

 ぼくが絶望したのは日本のSFファンのモラルの低さだった。
「誰それがやるのなら、オレは参加しない」
 という声のいかに多いことか。
 自分の言うことが通らないと、ヘソを曲げる輩もあとを絶たない。
 だけど、違うだろう? SF大会ってのは、ビジネスだけれど遊びなんだ。そんなにしゃかりきになってどうする?
 この時、知己を得てサイマルインターナショナルのスタッフに大会を見てもらった。サイマルが言うには
「学会と同じ揉め方をしている」
 カネよりも「我」が優先されるのである。

 カネについてはコクラノミコン訴訟に繋がる一連の出来事に関連してくるし、深くは触れないが、ハマコンでぼくがやりたいと思っていたことはほとんどできなかった。
 あれから十年以上が経ち、ぼくが、唯一、かすかな満足感を得るとしたらNippon2007が「パシフィコ横浜」で開催できた点だろう。まさに日本全国のコンベンション施設を調査し「ワールドコンをするならここ」と狙いを定めた場所である。当時は会場選定について非難の矢面に立たされ、一度、収束したと思ったらまたも蒸し返され……を繰り返し議論が停滞した。

 話を戻す。ハマコン以降、考えを変えた。
 なにもSF大会をサポートするのはスタッフとしてするだけではない。外部からプロとしてサポートできる。
 最低限のサポートは大会に参加し、できるだけ早く申込みをし、一つや二つの企画をやる。
 文句は言わない。言うにしても終わってからにする。

 それ以降の日本大会はほとんど出席しているし、ワールドコンにも行った。子供が産まれてからはまだであるが、もうしばらくすれば行けるようになるだろう。

 Nippon2007が立つと聞いた。かなり早い段階で情報をつかんだと思う。動けないのが忸怩たる思いであった。
 が、辺りを見回すと相変わらずモラルの低い連中のいかに多いことか。
 ある集まりにやってきてNippon2007のやり方がいかに杜撰かこき下ろす者がいる。SF大会のスタッフ経験者である。
 ぼくは怒鳴りつけた。
「だったら、実行委員会に顔出して自分で言って、自分でやれ。スタッフの手が足りないのはお前だって知っているだろう!」
 かれは一度は顔を出したようだが、企画一覧を観ても、彼の主張したような企画は行われていない。

 日本でSF世界大会を開くと決めたのは、日本の意志ではないのだ。
 世界の意志なのだ。そりゃ不備だってあるかも知れない。こんなちっぽけな東洋の島国でやるのだ。オリジナルと同じには行かない。そんなことは日本を支持してくれた海外ファンだって判っている。
 だが、もし、ワールドコン開催を喜ぶのであれば、より現実的に開催地投票を日本のファンに意識して欲しい。
 ワールドコンの開催地は三年前の大会でファンの投票によって決定される(現在では二年。Nippon2007の投票に置いて2009年はカナダのモントリオールと決まった)。
 三年前、横浜は大差を着けて勝った。投票数、千近い大勝だった。
 だが、招聘に当たってどれだけの数の日本人が投票したのだろうか? 招致委員会は自腹を切って毎年、世界大会に出席し、ビッティングパーティを開き、誘致運動を行った。並大抵の努力ではない。ぼくも加わりたかったが、さすがに動けなかった。忸怩たる思いはなくならない。
 日本に居ながら、ボストンで行われる投票権を手に入れ、投票した(オンラインで申込み、カード決済ができる)。
 発表の様子はあとになってから、ネットで知った。先に述べたように大勝である。招致委員会のメンバーの顔が浮かんでは消えた。
 そのあとは、衆知の通りだ。意味のない誹謗中傷。当てこすり。
 おい、決めたのなら、やろうぜ。失敗して恥をかくというのなら、日本のファン全員が恥をかくんだ。一蓮托生だぜ。
 しかも、非難する連中は投票したのだろうか? あるいは反対投票したのだろうか?
 誘致委員会を立ち上げて、ビッディングパーティを開いて……大変な手間だ。もし、失敗を恐れるのなら最初からやらなければいい。その段階で食い止めようとしたか?
 たぶん、誰もしていないだろう。
 文句を言うだけで、実動は何もない。

 とにもかくにも終わった。不満も出るだろう。不満のない大会なんてない。
 大会のGOHインタビューで柴野先生はこういったと聞く。
「40年、悲願であった世界大会が日本で開かれる。人生に悔いはない」

 大会の始まる前に別の人に聞いた。
「時期尚早である。日本で開かれる最初で最後の世界大会になるだろう」

 違う。
 ぼくはそう言いたい。
 クロージングセレモニーで柴野先生の言葉だ。
「もう、人生に悔いはないと思ったけれど、あと何年か生きていてもいいかと思うようになった」
 最後じゃないのだ。
 アジアで開かれる最初の大会だが、これで終わりじゃない。次の日本での世界大会があるだろうし、カルチャー的には中国だって、だいぶ進んできている。北朝鮮ですらプロパガンダ的とは言えSF人形劇が作られている。
 残念ながらアフリカの状況は知らないが、南米文学、ボルヘスらの台頭は騒がれて久しい。
 イスラム圏での開催は難しいだろうが、英語圏であるインドでは難しくないだろう。
 旧東側の開催だって夢ではない。

 その時はアメリカ式、あるいはヨーロッパ式の大会とはまったく違うものになるだろう。
 第一歩なのだ。

 日本大会だって同じだ。今年の大会は終わっても、来年、再来年がある。
 これを契機に日本大会にやってくる海外参加者が増大して当然である。
 まだ、始まったばかりだ。

2007/09/05 水曜 リハビリ
 編集さんから巻き。
 打ち合わせ。

 現在リハビリ中。
 妄想をたくましくしたが、これはリハビリの邪魔になるのでまた。

2007/09/06 木曜 わーい台風だ
 朝、ドトールで仕事。
 昼、戻って飯。

 睡魔に襲われ、眠ってしまう。
 目が覚めると午後八時。おい。

 台風が接近し、外は結構いい感じになっている。
 娘の学校、どうなるんだろう?

『架空戦記A』 90枚

2007/09/07 金曜 わーい台風だ
 昨夜、妙な時間に眠ったせいでやけに早く目が覚める。五時くらいか?
 寝る前に比べて風の音が収まっている。これは「目」か? と期待しつつ、マンションの廊下から空を見上げると、雲が物凄い勢いで流れている。

 リビングでネットを回り、更新作業。

 娘の学校の連絡網が回ってこないのを確認して外出。
 一歩、外へ出ると、そここに大量の落ち葉、折れ飛んだ大小の木の枝。壊れた傘、自転車、台車、トラック(いや、これはウソ)が転がっている。

 傘をさしても無駄と思えるほどの風雨の中をデニーズに出勤。仕事。
 世界終末の日が来ても、きっとぼくは原稿を書いているに違いない。

 昼飯。食い過ぎる。
 天候は台風一過の見事な真夏日。大会を外してくれて良かった。

 娘を塾に放り込みもう一度デニーズへ。やれやれ。

2007/09/08 土曜 仕事だ
 昨夜早く寝たせいか、早くに目が覚める。
 仕事のメール。

 デニーズに出勤。

 仕事最中、携帯にマックの割引クーポンメールが届く。確認してみると、色々と微妙に値上げしている。悲しい。

 娘をヤマハに迎えに行き帰宅。伸びる。

「架空戦記A」 103枚

2007/09/09 日曜 休みの日
 朝、正常起動。
 コミセンの運営委員会。遅れるわけには行かない。なにしろ、司会進行。どんどん深みにはまっていく気がする。
 警察の生活安全科から人が来ている。侵入盗、ひったくり、破廉恥犯、振り込め詐欺などの話を伺う。面白い。が話が長くなりすぎるので、ぶったぎる。しかし嫌だよなぁ「唾くれおじさん」まだ出るんだ。

 午後、実家へ。
 うー、脳味噌が回らない。

「架空戦記A」 103枚

2007/09/10 月曜 旧友
 朝、正常起動。

 マックで仕事。いつも頼んでいるソーセージエッグマフィンが事実上、50円値上げしているのですごく悩む。
 が、結局マック。

 昼まで仕事。
 買い物をする都合があったので、自動車で関前のガスト。ノートを開くが、どうにものらん。
 悪友、TT宅へ。

 新しいプラズマはきれいだ。

「架空戦記A」 118枚

2007/09/11 火曜 眠れず
 昨夜、八時ぐらいに意識を失う。ふと、目が覚める。11時。気合い入れて寝る。
 またも目が覚める。午前2時。何とかしてくれ。就眠の魔術儀式を執り行う。
 目が覚める。四時。あきらめてうつらうつらを繰り返す。

 午前中、小作業。
 メールしたり、雑文の修正。
 時間がだらだらしてしまったので、そのまま千円床屋へ。今のシーズンを逃して、寒くなってから床屋へ行くと風邪を引きかねない。
 夏休みも終わったし、多少は空いているだろうと、地元のガストへ。いや、なんだかんだ言ってデニーズは高い。
 居心地はいいんだけれどね。

 昼時なのにそれほど混まない。飲み放題のスープでお腹がガバガバになる。

 帰宅。
 娘が帰ってくるのを待ち、塾に放り込みデニーズ

「架空戦記A」 135枚

2007/09/12 水曜 打ち合わせ
 朝のうち、家で少し仕事。
 昼、打ち合わせ。
 夕、マックで仕事。

 今日のびっくり。他の所でも書いたけれど、
 家に帰って新聞を見てびっくり。阿部首相辞任! ネットニュースによると後任は麻生太郎が有力。
 おーい、辞めるんならせめて一ヶ月前、辞めてくれよ。
 そうしたらSF大会の祝電、ひょっとしたら「内閣総理大臣」からになったかも知れないじゃないか。

「架空戦記A」 145枚

2007/09/13 木曜 へたる
 頭が痛い。喉がはれぼったい。なにもする気が起きない。
 昼頃まで、ベッドの中でごろごろ。
 かろうじて起きだして、仕事……できない。
 調べ物。
 モンタナ級戦艦六隻出して洋上決戦やらせようかと思っていたが、五隻しか計画されていないではないか。まあ、いいや、五隻で。
 ……なんて事をする。

 しばらく前から大相撲が始まっているのだが、なぜか一つも見る気がしない。
 なぜか、と言うことはないんだけど。

「架空戦記A」 147枚

2007/09/14 金曜 電池切れ
 架空戦記A、脳内での動きが止まる。
 仕方なし……でもないが、〓外し。データをチェックし、追加する。モンタナの製造工場とか、そんなもの。

「架空戦記A」 150枚

2007/09/15 土曜 何もできない
 脳味噌止まったまま。

 午前中休息(寝る、とも言う)
 昼、ヤマハへ娘を迎えに行き、友達とマック。

 午後、原稿進まず。
 別のをやると進む。

「架空戦記A」 150枚

2007/09/16 日曜 再起動
 脳味噌、再起動。

 朝のうち、ガストで仕事。コーヒーは不味いが、トロピカルアイスティと言うのが美味いのを発見。ただ、ここは混むのと、デニーズと比べると採光条件が悪いのが難点。

 昼、案の定混んできたので図書館へ移動。
 吉祥菜館で食事。

 午後、コミセンに移動。仕事。

 そのまま学童の役員会に突入。

「架空戦記A」 162枚

2007/09/17 月曜 実家へ
 孫の顔を見せに行く。

「架空戦記A」 162枚

2007/09/18 火曜 なにしたっけ
 少なくとも仕事はした。
 編集さんから巻きがかかった。

2007/09/19 水曜 なにしたっけ2
 少なくとも仕事はした。
 別の編集さんから巻きがかかった。

2007/09/20 木曜 多忙
 デニーズで仕事。
 夕、買い物色々。
 体調不良。

2007/09/21 金曜 緊急事態
 深夜、眠れずに転がっていると電話。
 父が救急車で病院に搬送されたという。日中、病院に行ったはずなのに……。

 慌てて自動車で駆け付ける。激しい腹痛と、先日来の腰痛。
 救急外来は大忙し。次々と救急車が駆け付けてくる。緊急性が低いと見られたのか、しばらくほって置かれるが、受け入れ拒否されるよりマシか。
 診察、検査、診察……ERで夜明かし。症状の改善した父を送って帰宅。出勤渋滞が始まっていた。寝る。(14:30記入)

 午後、デニーズで仕事。
 混んでいる。

「架空戦記A」 193枚
2007/09/22 土曜 普通の休日
 午前中、実家へ電話。
 父、復調の模様。

 ヤマハへ。娘を迎える。
 ヤマハ仲間が用事があるというので二人で回転寿司へ。
父「どうする? お父さんとマック行く?」 娘「マック、味がみんな同じだから面白くない」 父「じゃ、お寿司?」 娘「うん!」  廻るお寿司を飽くことなく眺めている。サーモン、甘えび、ネギトロ、マグロ、納豆巻きは愛嬌として、どうしてそう渋いものが好きだ?

 午後から夕、家の中を大掃除。といっても、移動させるしか方法がない。
 本はどうにかするにしても、これはたまらん。

 眠れない。

「架空戦記A」 193枚、進まず。
 月曜から自主缶詰にはいるべきか?

2007/09/23 日曜 仕事
 眠れないままウトウトして夜明けを迎える。
 ともかく動けるようになってデニーズに出勤。デニーズランチ高めなんだよなぁ、とか思いながらも休日、落ち着いて仕事できる場所が他にない。

 ぐがががが、と仕事。

「架空戦記A」 219枚。
 夜、眠れず。

2007/09/24 月曜 仕事
 眠れないままウトウトして夜明けを迎える。
 ともかく動けるようになってデニーズに出勤。
 モーニング。仕事。頭がもーろーとしてくる。

「架空戦記A」 238枚。

 夜、眠れず。

2007/09/25 火曜 林間学校
 早朝、夢らしきものを見る。
 自分がピテカントロプスなる猿(ビジュアル的にはアニメ絵)の映画評論家になっている。生涯にナントカ言う映画を一本見ただけでその映画のスペシャリストなのだという。

 雨の音が気になって早朝、目が覚める。

 どうにかなるだろうとそのまま横になっていると、夢の続きが始まりそうになる。あまりにもひどい設定なのでカッと目が覚めて、もう眠れない。

 そのままぼんやりしているが、娘に起こされる。
「お弁当、作って」

 今日から林間学校なのだ。弁当を作り、学校に連れていく。
 途中、Eちゃん、Aちゃん、と行き交う。M君の姿も見える。みんな楽しそう。おお、Gや、S、Yまでいるじゃないか!(滂沱)
 ああ。みんな立派になって……滂沱。

 バスを見送り、マックで仕事。mixi情報で電源を使わせてくれるようになったというので確認後、仕事。百円コーヒーで電源使わせてくれるとなると、こいつは便利。昼になると騒々しくて逃げ出す。
 図書館からガストへ。
 空いているかと思ったら、結構混んでいる。しかもスープが旨くない。やっぱ、境に逃げ出すべきだったか?

「架空戦記A」 255枚。

2007/09/26 水曜 伏せる
 本当に伏せる。動けない。熱もあるらしいし、吐き気がする。
 かろうじてベッドの中で本は読めるが、ただ、それだけ。

「架空戦記A」 255枚。

2007/09/27 木曜 伏せる2
 本当に伏せる。動けない。熱もあるらしいし、吐き気がする。
 ふと、目が覚めるとすでに夕方。娘を迎えに行く。かろうじて飯を食うが、伸びる。

 不調の理由は大体判っている。慢性的な睡眠不足だ。眠れずに起きていると疲労が蓄積してくる。抵抗力が低下しているところに何かに感染したのだろう。

 ……何度も書いていて、読んでいる人は飽きてきただろうが、入眠障害……不眠症の困るところは眠れないところではない。こういう事態に陥ることの方が拙いのだ。

 ふと意識を取り戻すと、深夜。
 月でも出ていないかと外へ出ると曇天。明るい色の雲に覆われていた。

「架空戦記A」 255枚。進まず。

2007/09/28 金曜 復活
 とはいうものの午前中はへたる。
 午後は仕事だ、仕事。……とはいうものの進まず。

 娘を塾に送りだし、銀行で色々と手続き。
 本当は今日で異動する学校関係者がいるので見送りに行きたかったのだが、ごめんしてマックで仕事。

「架空戦記A」 260枚。不満。

2007/09/29 土曜 娘孝行?
 娘がいた学童のバーベーキュー。天候が不安だったものの、午後には回復。
 帰宅後、松美里瑛子から電話。
「何人か安楽亭に流れているから来ない?」
 自動車で直行。
 娘には佳い日であったことを望む。

「架空戦記A」 260枚。不満。

2007/09/30 日曜 昼夜逆転
 本格的に尻に火がついた。昼夜逆転生活に入らなければらないだろう。
 夜、テレビで大食い選手権を見る。またも早食いになっているなあ。ラーメン一杯、30秒ってのはなあ……また、死人が出なければいいが。

 の後、ガストへ。この手の店は十時以降、夜間料金が上乗せされるのでなんだけれど、マックに行くと変なオッサンが寝ていたりするので避けたいが仕方ない。

「架空戦記A」 280枚。

 今月末までの累計訪問者数。384423。

2007年08月の近況へ
2007年10月の近況へ

Page top 
|top|挨拶|地図|梅原氏|自分本|引出し|おもちゃ|忘れたい|掲示板|ワープ||料理|