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2006年02月の近況
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2006/02/01 水曜 
 雨。
 気分はますます晴れない。
 昨日やり残したPTA作業を終わらせ、送付する。
 小プロ市民的活動。
 午後、少し仕事。気分は冴えない。
 娘の迎え。

 しかも早々と帰ってきた娘の母親がご機嫌斜めである。やけに当たり散らす。会社で何かあったのだろうが、直接的にあたってくるのは学童の申請書類の関係なのである。今日、ぼくの再提出となった部分ができなかったのだ。別に遊んでいたわけではない。
「あたしなら、30分で出来る」
 と言い切るが、設備も環境も整っていないところでそんなことが出来るものか。

 もう眠い。とさっさと寝る。
 が、例によって眠りが浅い。十二時ごろもう一度目が覚め、あとはうつらうつらするだけ。
 しかも、なんというか、ぼくの寝室が寒いのである。寝室の前に立つと障子の隙間から冷たい隙間風が吹き込んでくるのが分かるほどである。この冬、寒さで目が覚めることが何度もあった。時には暖房を入れて寝るがそうすると今度は乾燥にやられる。
 あーあ。

 先月のアクセス、342500。
2006/02/02 木曜 
 朝からマックで作業。送らなければならないゲラがあったのを思い出し、家に戻って、あわててメール。
 ちょっと休んで図書館へ。本を借り、市の図書館にない資料をリクエストして戻る。
 新たに作った資料を学童に渡す。
2006/02/03 金曜 ……厄日だ
 娘を迎えに行く。寒さに負けて自動車である。近くのコインパーキング兼用のスーパーの駐車場から出ようとした時、それは起こった。
 車の底の方からがりがりと異音が!
 止めて、車体の下を覗きこむとわーガソリンが洩れている。だだ洩れである。
 精算は済ませたはずなのにフラップ板が降りていない。それがタンクの一部を引っ掛けて燃料漏れを起こしたのである。

 ガソリン垂れ流しのまま走るのはまずいし、一晩ほって置くともっとヤバい。
 とりあえず駐車場の管理会社に電話をかける。
 その間、通りがかりの近くの店の人が「これ、警察と消防に通報したほうがいいですよ」と、自分の携帯で通報してくれる。
 が、なかなか来ない。
 自分の娘だけならともかく、友達二人もいる。二人のお母さんに連絡。とりあえず一人、ピックアップしてもらう。
 管理会社の人が来る。警察が来る。消防車が三台も来る。化学消防車までいる。大騒ぎである。
 娘、携帯でお母さんに電話。ついでまだ残っていたAちゃんのお母さんに預かってもらう。
 一安心。

 消防と相談するとやはり、置いとくわけには行かない。いつも世話になっている自動車屋さんに電話。来れないと言う。104をかけて、レッカーの会社を尋ねる。が、稼動可能な輸送車がない。JAFに電話して聞くと「一時間かかる」と言われる。車を置いてくわけに行かないので、警察と相談の上、頼む。
 消防がガソリンを抜こうとしてくれるが、なかなか出来ない。寒い。本気で寒い。
 JAFも来ない。その間、通報してくれた店の人にお礼に伺う。

 ソフトエアガンショップである。
店主「いやあ、バイクならちょっと見ていれば判るんですけれど、自動車はね」
青山「バイク乗られるんですか? じゃあ、いつも店の前に置いてあるGSは?」
店主「ああ。あれ僕んです。乗られるんですか?」
青山「ええ、いまはないんですが、前はR80に」
店主「じゃ、ビーマーですね」
青山「ええ。新しいの欲しいんですけれどね、いま、KもRもつまらないんでF650GSがいいかと」
 ここで話題転換。
青山「ここはソフトエアガンショップですが、実銃はやらないんですか?」
店主「店としてはやってないんですが、僕自身はやります。やるんですか?」
青山「ほお。ぼくはトラップやっているんですよ」
店主「じゃあ、百穴とか、ニッコー栃木ですか」
青山「いえ、ほとんど大月です。百穴もニッコー栃木もいったことありますが」
店主「大月って、スラッグありましたっけ?」
青山「ないですねぇ。トラップとスキートだけで」
店主「僕はサボ、やるんですよ。銃自身が汎用型なんでアレですけれど、北海道行くと射程が300m取れるんです。そうするとグルーピングが……」
 以下略。

 寒風吹きすさぶ駐車場へ戻る。
 警察は「壊れたの車だけで、物損にもならないんで戻ります」
青山「届けとかは?」
警察「いえ、免許証とか見せていただいてますから、何かあったらこちらから連絡します」

 消防車二台と消防署員数名が残り、JAFの到着を待つ。
 八時過ぎ、JAF到着。さすがプロでドレーンから燃料を抜き、ある程度、抜けてから破損ヶ所を消防が持ってきた木片でふさぎ、吸着材貼り付けて滴り落ちるのを止める。とはいえ、ガソリン入れたばかりだったので(T_T)時間がかかる。
 馴染みの自動車屋さんの押さえてくれた修理工場に運び込んだのが十時。
 家に帰りついたのが十時半ぐらいかな? まあ、車に乗っているとたまにこれぐらいのトラブルは仕方ない。
 が、寒い。結局、三時間ほど寒空に立っていたことになる。風呂に飛び込む。ふー。

 もう寝ていた娘。むくりと起き上がり、
「おなか一杯」
 とつぶやいたと思ったら、逆噴射ぁぁぁぁぁ。
 一撃目はビニールの中に吐かせるが、二撃目は布団のど真ん中。三撃目も布団。四撃目、かろうじてフローリングの上。五撃目、ビニール。六撃目、フローリングの上。
2006/02/04 土曜 厄日の翌日
 ゲロの処理をして後、二時ごろ布団に入る。
 朝、八時過ぎに目が覚める。それから二度ほど娘は逆噴射したらしく、ぐったりしている。こりゃまずいだろう、と医者へ連れて行く。すぐ近くの医者なのだが、あれだけ吐いているのである。娘、ぜんぜん歩けず。近距離にもかかわらず、タクシーを捕まえる。
 掛かりつけの医者「ノロウィルスでしょう」。
 薬を処方してもらう。さすがにすぐに飲み薬はまずいらしく気きけ止めは座薬である。

 家に帰って薬を入れるとたちまちにして寝入る。夕方まで眠り続け、完全復活。
 自動車屋さんからも電話。五万円コース。ちょっと気になっていた部分のチェックも含めお願いする。
 ううう、銀行残高が……。
2006/02/05 日曜 発表会
 午前中、家でごろごろ……していたのは娘と娘の母親で、こちらはデータ整理。娘に勉強を少しやらせ、ごろごろする。
 四時からヤマハの発表会。音楽とはいえ暴力的だ。ワルキューレの騎行なんてどうすればいいんだ? まあ、それでも多くの子供たちは音楽をする喜びを覚えているのだろう。少なくとも、かれら/彼女らの人生を豊かにしているのは間違いない。
 実父は無理だったが、ジジババが出てきて夕方食事。大量に余ってしまうが、まあ、大量のタッパを持って対応する。

 娘はほぼ復調したものの、やはり食欲があまりない。でもまあ、大丈夫だろう。
2006/02/06 月曜 最後の都響
 午前中、PTA役員会。
 午後、打ち合わせ。次の予定までの時間に父親の検診を頼んでいた筑田医師から電話。実父は文字通り何度も倒れている。原因はいずれも不明。たまたま、保育園仲間の筑田先生が老年医学、悪性腫瘍、循環器、東洋医学などを専門とする、と言うので以前相談に乗っていただいて、本日やっと医院に行かせることが出来た。
 聞くと色々な所見が出ているが主原因は迷走神経の不調ではないか? もちろん、他に気質的原因がないか探っていくそうだが、いままでの「原因不明」から比べれば大進歩である。

 都響定期演奏会。
 ヤン=パスカル・トゥルトリエ指揮
リスト「レ・プレリュード」
バルトーク「ビオラ協奏曲」(ピーター・バルトーク版)ビオラ独奏、ブルーノ・パスキエ・
バルトーク「オーケストラのための協奏曲」

 演奏自体は、まあ、可もなく不可もなく。パスキエのビオラは良かったけれど、その程度。

 が、ぼくにとっては、都響最後の演奏会である。この楽期を機に、定期会員の継続を打ち切った。
 最後は言いすぎかもしれない。いつかは再開したいし、そのつもりだが、当面、お別れである。
 理由は単純でまったく時間的余裕が取れなくなったところにある。夜の七時から二時間、時間を空けるためには実父に娘を見てもらわなければならない。弱ったりとはいえ、父はまだ頑丈であるし、多少の作業をさせたほうが本人も気合がはいるだろう。
 だが、ある程度遠方でもあるし、娘の母親の帰りも最近では遅い。結果的に夜十時過ぎまで見てもらうことになる。これは厳しい。
 結婚したり、子供が出来たりすると、人はいろいろな物を捨てなければならなくなる。
 結婚して、ぼくは空を飛ぶことが出来なくなった。バイクのロングツーリングも無理になった。
 子供が産まれて、事実上、バイクそのものを諦めなければならなくなった。
 復活させたいと思っているものもあるが、二度と手を染められないものもあるだろう。

 ある人から聞いた言葉が忘れられない。「運命」という言葉である。
 人は産まれたときまったく無力である。それが次第に成長し、上へ向かってのびていく。これがである。
 人は人生の最盛期を過ぎると、次第に衰え、必ず滅びる。これがである、と。

 最後の都響で、プログラムに「レ・プレリュード」が含まれているのはそれこそ運命の皮肉だろうか?
2006/02/07 火曜 同人誌?
 午前中、市役所へ。
 PTA連絡会会誌「花水木」の編集である。自分の原稿はとっくに出してあるが、校正。なぜ、オレが? と言う気分になるが、ま、最初から分かっていたことだ。
2006/02/08 水曜 自動車
 午前中、資料読み。
 電話がかかって来る。自動車が直ったという。早い。
2006/02/09 木曜 直った
 伊福部昭、歿。
 人は必ず死ぬものなのでこの日記にはだれそれが死んだ、と言う話は書かないつもりだったのだが、例外もあっていいだろう。
 何年か前、都響の邦人特集で伊福部昭だけのコンサートを組んだことがある。そのとき会場でお見かけした。非常に気さくな方で伊福部さんの席の前にはサインを求める人の列が並んでいた。軽薄かな? と思ったがぼくも列に並んだ。パンフレットの伊福部さんの写真の横にサインを頂いた。今も大事に取ってある。
 当時すでに伊福部さんも八十を過ぎていたはずであるが、黒々とした髪をオールバックにまとめ、福々として肌の張りも申し分なく元気そのものであった。
 伊福部作品は実のところ、もう一歩だな。とは思う。けれど、あのリズム感。あれを無限旋律に乗せたらワーグナーすらしのぐだろう。

 なおった自動車で娘の出迎え。
2006/02/10 金曜 草津旅行初日
 今日から草津旅行である。高速バスで新宿六時発。帰路は草津発11時と言う強行軍である。ま、草津行きは今日の最後のイベントだ。

 朝、PTA関係の電話。ちょっと待って、と時間の猶予をとってもらいデニーズで資料読み。デニーズは久々である。
 と、いつの間にか店長が変わっている。
 メニューも微妙に値上がりしている。

 昼ころまでに持って行った資料を読み終えたので、図書館に返し、帰宅。
 家でプロット書きを少し進める。

 娘を学校に迎えに行き、ついでに今朝の用件をどうにかしようと副校長を尋ねるが出張だという。そこへ別の役員から携帯に電話があって問題解決。
 帰宅して2/3のトラブルのレッカー代請求の書類を書く。車両保険は入っていなかったが、レッカー代は一部、補償が出るそうである。

 新宿へ。ターミナルで娘の母親と落ち合い、バスに乗る。渋滞気味。
 いまやっと、高速に乗った。
(19:10、バス内で記入)
 バスの中でひたすらPCを打つ。カタログスペック、四時間半の大容量バッテリはリフレッシュの成果もあって、余裕で駆動している。
 夜十時過ぎ、草津バスターミナル着。気温は当然零度を下回り、降り積もった雪を踏みしめるとキシキシと音をたてる。珍しく空は晴れ渡り、オリオンがくっきりと夜空に映えていた。
2006/02/11 土曜 草津旅行二日目
 朝七時起床。早速風呂へ入り目を覚ます。軽い朝食。朝のうちに娘の算数を見てやる。

 の後、天狗山スキー場へ。ジュニアスキースクールへ娘を放り込む。去年は半日のコースでリフトに乗ってあっさり帰ってきたので、楽観していたのだが、さすがに一年のブランクで板の扱い方を忘れている。ゆるい坂も上れず、下のクラスに。
 昼の休憩で坂の上り方(板を平行にして横に歩く)を教えると、あっさり思い出す。
 午後は二年生にもかかわらず五六年生のクラスに混じって練習。まあ、人数の関係もあるのだが。締めはリフトに乗って初心者コースをゆったりと降りてくる。
 帰りのシャトルバスまで時間があるので、まだ少し滑らせる。ゲレンデの下、緩やかなところはボーゲンながらすいすい滑る。ゆっくりなので上級者はよけてくれるし、よちよち歩きの子供みたいなのは自由に止まったり、曲がったりしてよける。
 子供のスキーの話ばかりだが、他にやることがないのである。

 ……マシンを持っていって仕事をするにはロッジは騒々しすぎるし、読書もできない。どこか落ち着くところに戻ろうにも足が確保できない。よって、寒い中、ボーッとするのみである。

 帰着。風呂。飯。風呂。
 風呂に浸かっているとひっきりなしに若者が入ってくる。高校生か大学生だろう。やけに丁寧と言うか礼儀正しい。
 出掛けに
「どこかの運動部かなにか?」
 と聞くと
「ザスパ草津のジュニアチームです」
 なるほど。
 持って行った資料。ろくに読めず。
2006/02/12 日曜 草津旅行三日目
 早朝起床。外気温マイナス六度。風呂に浸かって目を覚まして飯。ここのいいところは黙っていても飯が出てくるところ。いやな部分は娘の母親と義父母がしょっちゅうケンカするところ。娘の母親がいるだけで、いい加減メシがまずいのに拍車がかかる。

 娘がトンボ玉作りに行くと言う。まあ、ちょっとしたガラス細工である。付き合う。
 街中へ降りて行くが、寒い。風花どころか地吹雪が吹いている。
 細工をした後、饅頭を食い、濡れおかきを食べ、湯畑を見ている間に、冷却に回していたトンボ玉を受け取りに行く。その後帰るのだが、娘の母親は外湯へ入ると主張。娘は「絶対イヤ」と対立する。
 ぼくが娘を連れて宿に帰る。寒い。本気で寒い。路面が凍りつき、二度も転ぶ。もっとも、靴はともかくウェアはバイク用なのでことも無し。

 東京へむけて帰り支度。7-11で昼の弁当を買い、バスターミナルでお土産を買う。

 関越はガラガラ。予定より早く到着。
2006/02/13 月曜 PTA漬け
 朝から二小で会長会。話題はやはり子供の登下校の安全について。

 家に帰って作業して、ふたたび今度は市役所へ。
 P連活動報告誌と呼ぶべき「はなみずき」なる冊子の編集作業である。もっとも、編集作業たって「記録」がメインで、いつどこで、なにをやったか? を文書で残すのみ。

 あわてて取って返して娘の迎え。
 ブラック・ジャックを見ながら飯。焼鮭を食べさせようとすると「マヨネーズ焼がいい」。
 なんだ? それは? 聞くとどうも給食で出たらしい。おお、既にもうマヨラーか?

 メガネっ子で、小太りで、本の虫で、三度の飯と同じぐらいケロロが好きで……そんなに一直線に道を走らんでもいい。
2006/02/14 火曜 寄席
 娘の母親が休みを取って寄席に行きたいと言う。相変わらずのタイトスケジュール。
 弁当を買って、友の会の更新をして(切れていた)、イス席へ。
 いきなり隣の客にケンカを売った時はげっそりしたが、話は粒がそろっていて良かった。

 オリンピック。ズタボロらしい。

 某社より打ち合わせについての連絡メールあり。返信する。
2006/02/15 水曜 運営委員会
 午前中、PTA運営委員会。
 午後、打ち合わせ。
2006/02/16 木曜 そこまでして……
 午前中、PTA「周年行事を考える会」。
 周年行事ってのは「ナントカ学校、創立××年行事」ってやつ。わが娘の通う小学校は平成22年に80周年を迎える。
 で、市内、各小中学校では周年行事に向けてPTAが何らかの対策をたてている。が、娘の学校はなにも準備していない。で、同窓会からの意見を受けて「どーしましょう」と現PTA会長(つまり、青山)が校長にお伺いを立てたところ「ここ十年のPTA会長さんにお願いして相談しましょう」となり今日がその日。参加者一同、当の80周年にかかわる人は校長、次期PTA会長含め誰もおらず。
 が、それはいい。ある意味、公立の置かれた立場も判った。ぼく自身は小中高大と私学を出ているのでこの辺、全然違うのが判っておもしろかった。

 本題は別のところ。
 朝方、コミセン(コミュニティセンター)の人から電話がかかってきた。
「コミセンの庭を使って、自転車教室をやりたい。ついてはPTAの協力を得られないか?」
 ぼくの……つまりPTA会長としての答えは一つしかない「検討させて、いただきます」
 武蔵野市の交通事故は少ない。死亡者数ゼロが何年も続いた。この点、武蔵野市、武蔵野警察は優秀であり、手放しで賞賛する。

 が、自転車事故が多い。一昨年、死亡事故が起きたのも自転車の信号無視だった。自転車対策に力を入れている。学校としても自転車点検と言う名の講習会も開いている、今年は天候不順で中止になったが。
 似たようなことをコミセンでやってくれる。子供たちのためには、万万歳である。
 が、PTA役員の反応は
「かような場所にPTAの名前が乗るのはまずい」「年間行事予定にないものはよろしくない」
 つまりは実績を増やしたくない訳である。
 ああ、いいよ、仕事増やしたないのは判る。仕事が多すぎるのはぼくだって判っている。だけれど、仕事を増やしたくないがため「削減するための」作業を増やすってなによ?
2006/02/17 金曜 続・そこまでして……
 電話がかかってきた。
 去年のPTA役員さんからである。
「市民大運動会の地区実行委員長をやりませんか?」
 げ。
 PTAの作業をやっていて、気乗りのする作業もあれば、そうでない作業もある。市民大運動会は「やりたくない作業」の筆頭である。
 今年は前年からの引き継ぎでやらざるを得なかった。来年はやりたくない、そう意見を集約しようとしたところ、会長罷免騒ぎが起きて何もできなくなった。
 やりたくないにはもう一つ理由がある。今年の実行委員長は前年の役員だった。去年の委員長もその前の年の実行委員長だった。つまりPTA役員が次の年に委員長をやると言う慣習ができかけているのである。
 何度も述べたようにPTAってのは仕事を減らそう減らそうとしている。減らすためにはどんな努力も厭わないほどである。もし、ぼくが受けてしまったら、完全に定着する。実働上、好ましくない上に「青山が定着させた」と石を投げられるだろう。
 ……やりたくもない作業を引き受けさせられたために。

 実は似たような状況は他にも発生している。
 青少協という団体がある。PTA役員になると、これの委員が自動的についてくる。それだけではなく翌年も離してくれない。
 PTA役員を一度引き受けたがために、多数の役目がついてくるのである。
 青少協は仕方ないかもしれない。必要なものだからだ。ノブレス・オブリージュ、と言っては大袈裟すぎるだろうが、自分が世に必要とされるセクションに呼ばれて自分にできる作業をするのは不快ではない。
 が、運動会はどうしても必要とは捕らえられない。

 そこに加えて構造的な問題である。PTA組織が実情にそぐわないものであるなら、さっさと構造改革でも、規約変更でもすればいいではないか。とは言いながら、指一本動かすのすら嫌がる。あるいは動かすと、どこからかクレームが来る。

 もー、参ってしまっている。
2006/02/18 土曜 来ました
 昼、ヤマハ。娘、居残り練習。そりゃそうだろう。
 クルちゃんとマック。

 娘と娘の母親。近くのコミセンで開かれる陶芸教室に出かける。保育園仲間のお母さんが主催しているところで、以前から気になっていたし、二人とも行きたがっていたのだが、なかなか時間が合わなかった。

 こちらは仕事。
 二人が帰ってきたのと入れ違いに外出。別のコミセンで学童クラブの役員会。
 やるべきことが山になっているのを発見する。

 と言うわけで来ました。
 久々の単独新刊。『葵の太平洋戦争』(実業之日本社)。
 そう、あの「殿」が再来、君臨します。しかもさらに、ヨーロッパでも歴史改変が!
 ドイツ第三帝国に総統は、いません。変わりに第三帝国を統べるのは皇帝……。
2006/02/19 日曜 実家
 実父のもとへ。
 道さえ空いていれば自動車で二十分の距離である。資料を少し調べ、親子でケロロを見る。資料がこっちにしか置いていないので、色々手間取る。

 電子レンジが壊れたと言うので、閉店間際のホームセンターへ飛び込んで単機能のレンジを買う。古い物を撤去する。二十年ぐらい持ったのかな?
2006/02/20 月曜 資料読み
 原稿を少し書いて、資料を読む。
 必要な部分は読み終わったが、思わず読み続ける。いつもの事だが。

 次の仕事の資料になるからいいか。

 『葵の太平洋戦争』書店へ行くとそれなりに減っている。
2006/02/21 火曜 資料読み
 眠い。猛烈に眠い。二度寝してしまう。
 午後、資料を読み、学童用の書類を作る。
2006/02/22 水曜 打ち合わせ
 午前中、資料読み。
 なんとなくボーッとしてからいままで付き合いのなかった新出版社へ打ち合わせに出かける。
 話はちょっと先が見えない。小一時間も話し込んで、最寄りのJR駅まで歩いて帰宅。久々に都心へ出たので色々やりたいことがあったのだが、もちろんできず。それどころか、ろくろく飯も食えない。
 夜、残りの資料を読み続け、読み終わる。次の作業に移れる。
 mixi経由でぼくも少し関わった『ぼくたちの大好きな零戦』の発売日を知る。アレ、もう出るのか。宝島って早いなぁ。
 短編二本、コラム二つ寄せています。
2006/02/23 木曜 民主主義とは?
 午前中、市青少協。青少年育成ナントカ。
 「市」とわざわざ断るには、市内に市とは別に「地区」の青少協があり、さらには「都」の青少協がある。市内の教育委員会関係。市の教育担当。市議。学識経験者で構成される。
 ここにぼくはP連代表と言うことで出席しているのだが、P連側の意向で「なかったことは喋れない」ことになっている。まあ、ある意味当たり前である。勝手にあることないことべらべら喋っちゃ、そりゃまずい。
 今日、ぼくが喋ったのは「PTAコーラスがあった。総会があった。P連の関心は子どもの安全確保に集まっている」である。安全確保についてどのようないきさつがあったのか、もちろん単P(学校PTA単体)の状況は話せないし、個人的意見も述べられない。市青少協はそれを禁じているわけではないが、P連ではご法度である(「P連の関心は子どもの安全確保に集まっている」との発言も、ひょっとしたら突かれるかもしれない。事実であるが、お役所的な公式書類には残っていないからだ)。
 そこで話をズンと飛ばす。
 これは果たして民主主義なのだろうか?
 武蔵野市の場合、一校を除いて、PTA役員はすべてクラス内会員、つまり父母の投票によってクラスから一名から三名程度の候補者が選ばれる。残った候補者が互選会と言う会議を重ねて、選出される。互選会が民主的かどうかは置くとしても、当初は選挙で選ばれているのだから、間接民主主義の延長にあると言って構わない。
 選出された役員も投票者の信を受けているのであるから、よほど背徳的な行為に走らない限り、自分の意志で行動できるはずだ。
 だが、PTAでは違う。「会長、役員はかくあるべきだと言う理想像を描いて、それを逸脱しないよう」行動を求められる。待ってくれよ、話が違うじゃないか。個人の意志が入り込む余地がどこにある? 青少協席上での感想などもってのほかである。
 少なくともこれは民主的ではない。

 一年間、市青少協に関わって幾つかの疑問点を感じた。指摘しようかと思ったのだが、面倒ごとはたくさんである。
 気になった点は二つである。
1.青少協は小学生以上を対象としている。
2.子どもの施設は幾つかあるが「学校」「地域子ども館」「学童クラブ」これらは別管轄である。
 今日も児童相談員の発言にあったのだが
「リジェクトされた子どもたちでも、家庭に居場所がなくとも、学校に、あるいはクラブ活動に意義を見出せば非行に走ることはない」
 児童虐待についての話もあった。相談件数の推移、何が起こっているか、どのような虐待の兆候があるのか……。
 非常に有意義であるが、なにもリジェクトされるのは小学生、中学生だけではない。
 虐待に置いてはより小さな幼児の方が影響は大きいのではないか?
 では、行政はそうした子どもたちに対して青少協のような組織を置いて対処しているのか?

 わが娘の通う学校には、学校そのものも含めて三つの子ども関係の施設が集まっている。学校そのものと、地域子ども館(登録制により午後五時まで、自由に遊べる)、子どもクラブ(いわゆる学童。監護にかける子どもたちの面倒を見てくれる。午後六時まで。審査が必要で、審査に通った後、保護者は育成費を払う。来るべき子どもが登所してこないと親に確認が入る)。
 だが、三つの施設、三つとも別々に避難訓練などを行う。
 何かあった場合の連絡も別だ。近隣で何か事件が起こったとする。強盗殺人でも、放火でも、学校への侵入犯でも種別は関係ない。
 一度警察へ連絡へ行き、警察から市役所へ。市役所から各セクションを通って三施設に連絡が行く。タイムラグも生じるし、場合によってはまったく連絡がやってこない場合もある。これが別々の場所にある児童館とかならまだ判る。だが、現実的には叫べば声が通るような場所にあるのだ。なんとか一本化できないのか?

 ……などと言うことを思ったが、黙っていた。

 多分、四月以降「青山は地区青少協に残れ」という話になるだろうし、娘も学童に通う。
 そこでまた言う機会はあるだろう。

 あるいはもっと別の手立てに訴える必要があるかもしれないが、そこは別の話である。

 午後、家に戻り、資料読み。
 夕、娘を友達のマリちゃんちに託し、地区青少協新年交流会。前会長から「大したことないと思っていたけれど、実は非常に重要な集まり」と聞いて出る。行く。
 うわー、何だこのメンバーは!
 地区の重鎮。前会長、前々会長。地域子ども館館長、委員長。コミュニティセンター委員長。地区学校、小中学校長、副校長。同PTA会長。市議、市長。
 去年の会長は「出なかったけれど、重要な集まりだった」とのことだけれど、確かに。
2006/02/24 金曜 新入生保護者会
 午前中、メール書いたり、確定申告の処理を進める。
 昼、悪友TTと飯。こうでもしないと人と話をしない。

 午後三時。新入生保護者会。PTA会長の挨拶。こういうスピーチは短いと喜ばれるので、一分半の予定……だったが、あとでタイムキーパーをしていた副校長先生に聞くと三分話していたらしい。
 これが終わったあと登下校についての話し合い。長引く。雨が凄いことになっている。あわてて取って返して子供の宅配のため、自動車で出直す。
 子供たち、案の定、靴は普通の靴だ。家に帰っても、親が何時間も帰ってこない子もいるのだ。濡れた靴で家で待たせるのはかわいそうだ。

 編集さんより電話。『葵の太平洋戦争2』GO!
2006/02/25 土曜 クラス交流会
 昼、ヤマハ。
 その足でコミセンへ。娘のクラスの交流会があるのである。一年から二年への持ち上がりはクラス換えがないが、三年に上がる時はクラスも変わる。と言うのが理由の全てではないのだが、交流会である。
 パンケーキ・パーティ。コミセンの調理室でホットケーキを焼き、地下のホールで食べる。トッピングは子供たちに任せる。ぼくは家にあったジャムを持っていく。A叔母にもらった手作りの物である。お母さんたちの評判は上々。
 なお、A叔母は青山の家の中でももっともいい加減なT叔父の連れ合いである。青山の血は流れてはいないが、長年、連れ合ったおかげですっかり馴染んでいる。

 夕、ごろごろ。
2006/02/26 日曜 いつものあそこ
 娘の友達、Aちゃん一家と共にいつものジブリ美術館へ。
 今回の目玉は土星座で上映される新作「星を買った日」。前回観た「水蜘蛛もんもん」と「やど探し」(未見)と並んで、宮崎駿の最新作となる。
 ああ、こういうイマジネーション、羨ましいよなぁ。

 それなりに並んでカフェに入り、子供も大喜び。
2006/02/27 月曜 まわってきました!
 まだ見本ではないのだが、データが回ってきました(^_^)。

空想と新解釈で語りつくす! 知られざる零戦伝説

別冊宝島1277「僕たちの好きな零戦」

 技術としての零戦、零戦に関わった男たち、零戦が繰り広げた戦い、という3つの視点で現代に零戦がよみがえる。人気作家が、全力で書き下ろした「もし、零戦が……だったなら!?」という空想の数々! 元零戦パイロットの岩下邦雄氏のインタビューや小松崎茂・吉原幹也の零戦絵画展など、特集も盛りだくさん!

特別付録!零戦二一型の超精密コクピット紙模型

定価:1200円(本体1,143円)
発売日:2006年3月4日
ISBNコード:ISBN4-7966-5181-0


豪華執筆陣
林譲治・横山信義・衣島尚一・青山智樹・内田弘樹・野上武志・松代守弘・山本義秀・吉田親司・高嶋規之・伊藤景一郎・中岡潤一郎・吉田親司・三ケ日未完・伊吹秀明・瀬戸利春・伊藤龍太郎・福田誠 ほか




駆ける!吼える!震撼する! 零戦ミュージアム
これが零式艦上戦闘機だ!
僕たちが好きだった零戦 〜あの頃、夕焼けの向こうには零戦があった〜
壮絶!零戦10番勝負
ぶらり!日本列島零戦めぐりの旅
完全写真取材! 靖国神社勇集館の零戦


第一章 零戦伝説と輝かしき翼たち 〜テクノロジー編〜
・栄エンジン
・運動性
・航続力
・武装
・派生型
・運用方法(航空母艦、基地航空隊)
・防御性能
・搭乗員育成システム


〜空想する零戦〜
もし、烈風が早期に配備されていたなら!? 横山信義
もし、新素材が零戦に採用されていたなら!? 青山智樹
もし、日本が連合国だったなら? 内田弘樹
零戦ちょっといい話 マンガ 野上武志
もし、日本が戦争に勝っていたなら!? 松代守弘
もし、零戦を陸上戦闘機として再設計したなら!? 山本義秀
この零戦映画がすごい 2006 吉田親司

カラー特集 零戦と勇ましき銀翼たち
・96式艦上戦闘機
・雷電
・烈風
・二式水上戦闘機
・F4F ワイルドキャット
・F6F ヘルキャット
・F4U コルセア
・P38 ライトニング
・B17 スーパーフォートレス
・靖国零戦のコクピット
・零戦とともに戦った名機たち
・連合国のライバルたち
●インタビュー● 元搭乗員が岩下邦雄氏が語る真実の零戦 


第二章 零戦と生きた男たち 〜キャラクター編〜〜

・堀越二郎
・坂井三郎 
・西沢広義
・武藤金義
・岩本徹三 
・笹井淳一
・杉田庄一
・小園安名
・源田実 
・大西瀧二郎 
・山本五十六


〜空想する零戦〜
もし、撃墜王同士が戦っていたなら!? 高嶋規之
もし、ビスマルク追撃戦に零戦が投入されていたなら!? 伊藤景一郎
もし、ソロモンでの航空大消耗戦がなかったなら!? 中岡潤一郎
もし、学生士官に海軍将校の資格を与えていたなら!? 林譲治
もし、あのエースが零戦に乗っていたなら!? 吉田親司
栄エンジンは魔女っ娘を飛ばすことができるのか!? 三ケ日未完


第三章 零戦部隊かく戦えり 〜エピソード編〜

・中国戦線異状なし
・真珠湾攻撃
・ミッドウェー作戦
・ポートモレスビー攻略作戦 
・マリアナ沖海戦 
・捷一号作戦
・特攻&特攻支援 
・本土防空作戦 

〜空想する零戦〜
もし、日華事変に海軍航空隊が参加していなかったなら!? 林譲治
もし、真珠湾攻撃に失敗していたなら!? 青山智樹
もし、ラバウルでなくショートランドに前線基地をおいていたなら!?伊吹秀明
もし、日本海軍が斬減要撃作戦を志向し続けていたなら!? 瀬戸利春

エピローグ
戦い続けるということ 〜戦争末期の本土防空と終戦と各航空隊〜
2006/02/28 火曜 眠い
 眠い。死ぬほど眠い。学校行かなきゃならないのだが、パス。眠らせてくれぇぇ。
 午後、デニーズで雑文書き。

 今月のヒット数。344608。
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