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2000年07月の近況
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2000/07/01 土曜 まだまだ腑抜け
 というわけで、昨日、ファイル、書き換えたけれど、あまりに腑抜けているので、アップロードするのを忘れて家に帰る。
 まだ、昼なのでお気に入りのトルコ料理屋で似非トルコ料理(ドンナーケバップ)を食べ、チャイを飲みのんべんだらりとする。家に帰ってのんべんだらりとして、ぬるま湯に浸かる。
 そのあともちろん、ノートパソコンで仕事(ここまでは昨日の出来事7/1記述)。

 で、今日(ここからホンとの7/1)。
 嫁が出かけたのでその間に片づけ&掃除&メンテ。
 うううむ。凄いぜ。

 孫の顔を見せついでに実家から仕事場へ来てメールチェックとこれ。
 向かいのホームセンターで洗剤を買わないと。

2000/07/03 月曜 うわぁぁ、どうしよう
 ってても大した事はない。
 毎年、念頭にこれぐらい書こう!、という計画というか、願望というか、念願というか、絵に描いた餅とかがあるのだが、今年が半分終わったって言うのに(diary200001.html)、ぜんぜん進んでないじゃないか!

『DINX』ばかりは相応に進んでいるけれど、発売日が決まっているわけでもなし、『戦場の空を駆けよ〈彩雲編〉』も……ごめん、目処が立たなくなった。

 まあ、トラブルと、不運と、編集さんの異動(複数)が重なって滞っているのも事実なのだが、まさに「うわぁぁ、どうしよう」なのである。

 で、週末、土日は両日とも嫁さんが外出したので娘と遊びながら部屋を掃除したり、夏仕様に衣替えしたり、仕事をして過ごしましたとさ。平和。

 『DINX』225枚
2000/07/04 火曜 ぼちぼち
 と、昨日もめんどくさかったので午前中メールチェック&アップデートで家帰ってニンニク臭い麺食って仕事。意外とはかどった(気がする)。
 生活リズムを変えるかもしれない。

 『DINX』226枚 でも、直し沢山。
 『と空戦記大和A』起稿 5枚
 『百年の恋』の直し。沢山。

 で、梅原克文から手紙が届いている。
 例によって公開する。

 梅原氏からの手紙2000年06月08日

 以下が返信。書きすぎたので伏字多し。見苦しくて、ごめん。

 梅原氏への返信2000年07月06日

2000/07/06 木曜 生活パターン
 このところ生活パターンを変えている。
 以前は朝仕事場へ出勤して、メール処理、インターネットをいじってから昼食(この場合、大抵、ろくな物を食べない)。うんうん唸りながら仕事をするが、一定の時間が来るとこれに追われて、否が応でも家に帰って慌てて買い物をして、家事と娘の保育園への迎えをしなければならない。娘が戻ってくるとベルトコンベアーに乗せられたように食事→風呂→洗濯→掃除→寝かしつかせの列が待っている。
 時間に追われて何もできない。

 ところが今週に入って、色々あって変えて見た。
 朝、仕事場へ出勤して、メール処理、インターネットをいじってから潔く帰宅するのである。
 昼飯は自宅で火星坦々麺を作ったり、あるいはパムッカレでドンナーケバップを食ったり、吉祥菜館で回鍋肉食ったり、小さな築地で焼き魚定食食ったり、一二三で一二三そば食ったり、扇でトンカツ食ったり、自由自在である(大鮨閉店が悔やまれてならない)。
 飯食った後、家に帰った後、だらだらとぬるま湯に浸かったり、仕事する。
 保育園の迎えの時間もあまり気にならない。
 結果、体調も好転、仕事も進んだ。

 食事のペースも、ぼくの場合、昔から朝食が進まない。
 その代わり大量の昼飯を摂るのだが、いままでのペースだと栄養バランスを考えて朝定食を魚にしても、昼の質(インスタントラーメン、インスタント焼きそば、早茹でスパゲティ)を落さざるをえなかった。

 で、パターンを変えた結果、体調は向上し、仕事ペースもあがっている、気もする。体重も落ちた(昔っから朝飯を食うと太った。カップめんは脂分が多いと言う論理的な理由もあると思うけれど)。

 チト、これで行くかと考えている。

 『百年の恋』の直し部分のフロッピーを郵送。

 『DINX』231枚
 『と空戦記大和A』18枚
2000/07/07 金曜 ある質問
 あることを思い出して娘(二歳半)に質問する。
 産まれてすぐバビンスキー反射見たり(さすがに消えていた)、大泉門触ったりして遊んでいたが、言葉をしゃべり始めたばかりの幼児でこうした質問に答える場合があると聞いて試してみたのである。

「おかあさんのお腹の中に居た時の事覚えてる?」
「うん」(明白なうん)
「どうだった? ぷかぷかしてた?」
 娘、照れて答えない。
「明るかった? 暗かった?」
「暗かった」
「暖っかだった? 寒かった?」
「寒かった」

 三島由紀夫は自分が産まれたときの瞬間を覚えている、と思っていたが、後にそれは間違いだと判ったという。
 産湯を使われるときに、太陽の日が射していたのを覚えていたのだが、当日は曇りだったと記録されていたのである。
 三島の記憶は後に擦りこまれたものだとはっきりしたのだが、娘はどうなのだろう?

 なお、羊水の温度は、胎児の体温より若干低めのはずである。

 『DINX』236枚
 『と空戦記大和A』20枚
2000/07/08 土曜 
 台風を期待していたのだが、台風はかすめただけで台風一過がやってきた。

 日中ごろごろして、夕方、娘を連れて実家へ。
 このところ、娘の調子がよくない。腹下しである。理由は判っている。食い過ぎである。
 三人分、二袋の枝豆を茹でた(ラーメン丼二杯分になった)ところが、
「えだまめ、えだまめ」
 と、つぶやきながらあっさりとこれを平らげる。
 大人だってどうにかなるよ、そんなに食ったら。

 実家に向かうに当たって、近くの魚屋で鰻の安売り(長焼き、二枚で880円。中国産)をしていたので買いこむ。鰻は父の好物である(ぼくも好きだ)。
 ところが、娘もこれを受け継いでるらしく「お魚、お魚」とぺろりと一人前平らげる。
 おまえ、腹下しはどうした?
2000/07/09 日曜 プール開き
 そろそろ市民プールが開いているはずだと、朝っぱらからプールへ。子供プールも、屋外の長水路(50メートル)も開いている。
 うれしがって泳ぐ。久々。
 にしても、もの凄い混雑ぶり。まあ、そうだろうな。

 午後、嫁さんが出かける。娘と遊ぶつもりが……どうもご機嫌斜めである(眠いらしい)。こう言う時、おとーさんはちょっと寂しい。
 『バットマン』を観る。まともに映画を観るなんて、随分久方ぶりだ。しかし、ジョーカーがあんな悲しい過去を持っていたとは知らなかった。可哀想に。そりゃ、グレるよな。
 『バットマン』が終わるといよいよ大相撲である。
 二大関は情けないが、横綱は横綱らしく、武双山が大関らしい勝ち方をしたので満足。
2000/07/10 月曜 背中が痛い
 と言うわけで、今朝は日焼けで背中がちょっと痛い。

 『DINX』240枚
 『と空戦記大和A』30枚

 自宅へ帰ると電話が三本。
 『百年の恋』の青山担当部分の打ち合わせの電話と『と空戦記大和A』の打ち合わせ。
 悪友TTからも。何話したか忘れた。
 あ、思い出した。TT家のテレビが壊れた、と言う話だ。修理に出すか、出すまいか、まずは開けてみたら250V25Aのヒューズがぶっ飛んでいたという話題(普通の人は真似しないでください。下手すっと死にます)。

「交換して、ダメだったら、こんな大電流が流れるようなところが逝かれてるわけだから、買い換えだね」
「いや、ヒューズの代わりに銅線結ぶってのはどうだ? まずければ火、吹くだろうけれど、問題があるかどうかのチェックにはなるぞ」

 武蔵丸の一負は痛いが、まあいいか、相手土佐の海だし。

 夜、別件で友人に電話。
2000/07/13 木曜 落ち着いてきている
 体調は何となく落ち着きを見せている(気がする。でも、喉が痛い)。気温が上がってきたせいだろう。
 あるいは昨日一日寝て暮らしたせいかもしれない。

 火曜は仕事場の宴会だったのだが、娘をかついでイタ飯食いに行く気力がないのでパス。
 水曜は一日家で掃除。昼飯はカツカレー。そのあと寝て、三横綱が続けて勝つところを観て保育園に迎え。

 嗚呼、なんて毎日だ。

 『DINX』243枚
 『と空戦記大和A』40枚


「大和A」の編集さんに電話。ちょっとした打ち合わせと意思表明、ま、スケジュールの調整ですね。でもまだ絵に描いた餅。

 帰宅後、いつもの中華料理屋へ。回鍋肉を食べる。

 近くの電気屋へ行って自宅用のヒューズを探す(築三十年の賃貸マンションなのでブレーカーなんてものはない)。
 が、売ってない。ガラス管ヒューズはあったが、普通のヒューズはない。
 交換したいが関東電気保安協会は飛んでもなく高いこと言うしなぁ。

 夜、夏の風物詩として一串二二〇円の鰻を食い、ラタトゥイユを作る(なんて取り合わせだ)。
2000/07/14 金曜 今日はまだ何も起こっていない
 今月はぼくの産まれ月である。運転免許の更新があるので行かなければならないのだが、なかなかその暇がとれない。というか、その気になれない。試験場、きっと混んでいるだろうから、雨がざんざか降っているときに行こうと思っているのだが、一つも降ってくれない。

 『DINX』243枚
 『と空戦記大和A』48枚

 明日、明後日はどうあがいても出勤の目処が立たないので、更新は月曜になるでしょう。
2000/07/15 土曜 小松研 18日記入
 まだ何も起こっていない、と書いた報いか、色々ありすぎた。

 小松左京研究会の月例会に参加する。
 たまにはこんな物、観ようと『海底軍艦』『妖星ゴラス』を掛ける。
 ゴラスは結構名作。
 潮汐力の影響はもっと徐々に出るのじゃないかとか(そもそも、ゴラスの接近で高潮が発生する、と判っているのが考証がしっかりしている)、土星軌道まで宇宙船が到達するのが速すぎるんじゃないかとか思っていたら重力制御やっていたとか、ゴラスがちゃんと双曲線軌道通っているとか、結構凄い。
 宴会。のち帰宅。

 深夜、娘。布団の上で吐く。
 熱、38.5度。

2000/07/16 日曜 オフ会
 昨日、はしゃぎすぎた報いか、娘とその母親、ともに発熱。
 予定されていたニフティのFCOOKのオフ会に一人で参加。少人数だったが、楽しかった。
 帰宅すると、娘の熱が本格化している。39.5度は記録的。
2000/07/17 月曜 吐いてでも食う
 娘をかついで医者に行く。
 朝の検温で、熱は37.5度まで下がっている。診察の結果、ただの風邪とわかり一安心。最悪の場合ヘルパンギーナ(という名のある風邪がある)を想定していたので助かった。下手な病気だと一週間は動けない。

 従って、元気である。「お外、お外」「お風呂、お風呂」
 夜になって熱が上がる。38.5度。しかしながら「お魚、お魚」と「枝豆、枝豆」を繰り返し、ゲッってほど食べる。食べ過ぎじゃないか? と思っていると吐く。吐いたと思ったらまた食う。

 なお、娘は相応の時間寝ているし、その母親も帰宅が遅かったので仕事は相応に進んだ。
2000/07/18 火曜 また、吐いてでも食う
 保育園からの電話を恐れているのだが、まだ、かかってこない。

 『DINX』245枚
 『と空戦記大和A』71枚



 結局保育園からの呼び出し電話はなし。
 帰宅すると、父が来てくれて、ついでに娘の迎えを頼む。なかなか帰ってこない。電話があって公園の滑り台を離れようとしないのだという。

 帰ってくる。娘の母親も帰ってくる。
 飯を食っている途中、娘が吐く。見事、噴水のようである。あたりを片づけ、ゲロまみれになった娘を風呂に入れ、洗う。
 上がったとたん「おとうふ!」まだ食う。
2000/07/19 水曜 運転免許更新
 梅雨も明けて豪雨も期待できず、夏休みで混むのが目に見えているので免許の更新に行く。
 この六年ほど無事故無違反だったし、ちと、危惧はあったのだが、優良ドライバーでゴールドカードをくれた。

 ……危惧、というのは数年前(ハマコンの翌日)の違反である。
 第三京浜でのスピード違反で覆面に捕まった。
 どちらにしろ、一発免停の速度だったので、署名もせずに押し通した(一時間ぐらい路側帯に留め置かれた)。切符を切った警察官は泣きそうな顔をしていた。

 こちらは三度ほど検察庁に足を運んだ。最初は近場の立川、ついで現地の神奈川に二度。
 情況を説明すると長くなるので省くが、検察官は「略式命令」を受け入れるように説得してくる。こちらは徹底して「不起訴」を主張した。検察官が署名を求める書面も、略式命令を受け入れる書類か、正式裁判を求める物だったので、すべて拒否した。
 押し問答二時間、ぼくと検察官のやり取りの間、十人ぐらい人がたまった。待たされた人には気の毒だが、検察官、きっとあの日は仕事にならなかったに違いない。

 話は変わるが、この日、別の検察官が「痴漢」であげられた人(犯人? 容疑者? 被告人?)の取り調べをやっていてそっちを聞いているのが、自分のより面白かった。

 三度目に上申書(というのが当時流行っていた)を出し、四度目の呼び出しが来たときは「取り調べには応じますので、そちらからおいでください」という丁寧な手紙と自宅の地図を付けて送り返した。

 今度は試験場(こちらは警視庁の管轄である)から「免許停止にするから出頭してください」という手紙が来た。
 もちろん出頭した。
 警察に協力するのは市民の義務である。
 が、それはそれとして、裁判は終わっていないから、免許停止は受けられない、と説明した。とりあえず受け入れられた。
 このことがあって、警察に検察庁へ問い合わさせると、起訴猶予であると言う。どっちにしろ裁判が終わっていないのに処分を受ける義理はない。日本国憲法にも明記されている。

 またも試験場から出頭しろと言ってきたので、出ていって公安委員会宛の抗議文を手渡した。
「青山さん、処分受けた方がいいよ。青山さんの免許、手配がかかっているよ」
 係官にそう言われたが、無視した。

 反応がないまま、三年経って前回の免許更新。
 更新させてくれないかと思ったが、くれた。ブルーだった。
 ちょっと覚えていないのだけれどゴールドぎりぎりの期日のはずである。今度、ゴールドじゃなかったら抗議しよう、ついでに違憲で最高裁に訴えよう、と思っていたのだが、あっさりくれた。
 嬉しいような、残念なような。

 これも日頃の精進の賜物である。
 なお、精進とは具体的に次のようなものである。

 スピードはあまり出さない。出しても制限速度のが限度(以前は三倍出していた)
 青信号でも油断しない。赤はちゃんと止まる。黄色の信号は注意しながら加速して通る。
 駐車違反するときは一時間事のチェックを怠らない。万一、ステッカーを貼られても気に掛けない。ただし、剥がして捨てると犯罪なので、貼ったままにしておくか、剥がして保管しておく。
 警察から電話がかかってくるかもしれないが、そこから先は臨機応変に対応(ちなみに、神奈川県警は電話すらこなかった)。なお、時効は三年のはずである。

 いいのか? こんな、やろーにゴールド免許やって?

 梅原克文から手紙が来ているので返事を書き始める。

 『DINX』251枚
 『と空戦記大和A』73枚
2000/07/20 木曜 海の日
 自由業者の便宜をはかって、ぜひ、祝日と言うのを減らしていただきたい。
 進行状況はあまりにも無惨。
 みてくれ、この悲惨さ。

 『DINX』253枚
 『と空戦記大和A』74枚
2000/07/21 金曜 おまわりさん
 と、前記の日記でさんざん警察の悪口を書いてしまったが、実のところ、ぼく自身は警察にそれほどの悪意を持っているわけではない。もちろん、前記のような不愉快な場面にも遭遇するが、個人個人のお巡りさん、現場の方々の苦労には脱帽せざるを得ない。

 もう7、8年も前になるだろうか?
 今のようにただ立っていても汗が流れるような日。
 武蔵小金井のアンダーパスを通過、坂を昇ろうとしているところで突如、エンジンが止まった。
 ガス欠になりかけて居たところに持ってきて、上り坂になったのでガソリンがタンクの後ろに寄ってしまったのである。事実、坂の上のスタンドで燃料を入れるつもりだった。
 ともかく坂を昇ればガソリンがある。セルだけででも動かせないかとイグニッションを回すが、さすが坂道。重量八〇〇キロそこそこのリッターカーとはいえども、効果なし。
 と、そこにパトカーがやってきた。バラバラとパトカーから降りてきたお巡りさんたちに取り囲まれ、何が始まるかと思ったら、自動車を坂の上まで押してくれたのである!
 平坦な道に上がってエンジンがかかると、ぼくが礼を言う間もなく、お巡りさんたちはパトカーに乗って行ってしまった。
 ありがとう、小金井警察のみなさん。

 あと、やはり、銃砲免許の書き換えに行ったとき、銃砲担当の課長さんと話をした。
 銃砲担当というと、他には風俗営業と暴力団を受け持っている。暴力団はともかく、そこの課長さん(警部補)ともなれば、相応のトレーニングはしているだろうが、基本的には事務職である。
「警察入って、一番大変だった事、なんです?」
「大喪の礼の時がつらかったなあ。ぼくらなんてもう現場に出ることないでしょう? だのに人数あわせだというので、警棒もってああいう格好して、雪の中立ってましたよ。震え出すほど寒いのに、震えるわけには行かないし、時間は長いし……」

 普段、事務職で、それはツライだろうなあ。
2000/07/22 土曜 寝て過ごす
 前夜、よく眠れなかった(二時くらいまで起きてた)ので眠い。
 眠いが、朝、七時に娘の「ごはん」「ジュース」「起きてぇ」「うんち出た」の四連発攻撃でたたき起こされ、再び倒れるようにして、娘と昼寝する。
 少し涼しくなってから自動車で実家へ。
 親父に孫の顔を見せる。

 曙、ここで意地見せろよ。
2000/07/23 日曜 床屋へ行く
 朝の内に泳ぎに行きたいと思ったが、タイミングを逸す。
「暑いのでどこにも行きたくない」と娘の母親が言うので家でごろごろ越して過ごす。
 しかして、外出する気にもならないが、家の中に籠っていても鬱屈する。どこか涼しいところ……と考えて床屋へ行く。

 と言うわけで、楽日。横綱決戦(?)で、まあ、武蔵丸相手だから良いか。
 九月まで、生きる楽しみが一つ減った。
2000/07/24 月曜 やっと泳ぐ
 米が切れている関係もあって(ちょっと離れたところのその場で精米してくれる米屋を使っている)、自動車で出かけてその前に市民プールへ。
 ああ。夏は良い。

 と思ったら出がけにロッカーが滅茶苦茶混んでいる。
 市主催の「子供水泳教室」が始まったのである。

 実家によってから出勤。

 『DINX』260枚
 『と空戦記大和A』90枚



 米を買いに行くが、人手削減か件の精米コーナーがセルフサービスになっており、仕方なしに普通の白米を買って帰る。

 帰って部屋を掃除。風を通していたものだから家中、ホコリだらけ。二度も拭き掃除するが、なんかまだざらついている。
 娘を迎えに行き、夜、メール&電話。
 全然大した事していない。
2000/07/25 火曜 天候が悪い
 朝から久々の曇天。
 雨が降るとホコリが収まってくれて嬉しいのだが、気温が下がると体調が低下する。

 『DINX』261枚
 『と空戦記大和A』91枚

 なぜ、こうも進まない?
2000/07/27 木曜 なにやったか覚えていない
 昨日、何をやったのだか、どうしても思い出せない。
 きっとなにも何もやっていなかったのだろう。

 コンコルドが落ちた。
 新聞とか、テレビで色々言っているけれど……あんな明瞭な写真残ってんだから三秒で結論出せよ。
 アフターバーナーの異常燃焼に決まってるだろうが。

 だけれど、何とかしていまのうち、コンコルド乗ってみたいよなぁきっと乗り心地悪いだろうけれど。旅客機のくせにアフターバーナー持っていて、だいたいF16より速い! マッハ2でクルージング って、いったい何なんだ? なんでシンガポール航空、使うのやめちゃったんだ。
 ぶつぶつ。

 アフターバーナー→二次燃焼装置という。ジェットエンジンの排気の中に燃え切れなかった酸素があるので、こいつめがけてもう一度燃料を吹きこんで排気の速度を上げる。出力は倍ぐらい出るが、燃料を三倍ぐらい食う。おかげでコンコルドは航続距離が短く、大西洋横断がやっと。
 超音速旅客機が普及しなかった理由は色々言われているが、経済性(燃費が悪い)と、航続距離の短さ(太平洋横断が出来ない)が大きいとされる。

 『DINX』263枚
 『と空戦記大和A』99枚
2000/07/28 金曜 そう言えば
 昨日は篠田節子さんの『ブルーハネムーン』を漫画化した諏訪由布子さんからメールがあった。
 快諾を得て、葛西修像をトップに掲載しました。(デジカメで撮ったので写り悪いけれどごめん)後編が掲載されている「ヤングユー」の最新号、書店に並んでいるので手に取ってやってください。

 しかし、オレってそんなに葛西修に似てる?

 また、篠田作品で『百年の恋』で主人公、岸田真一のモデルであるとの不穏な噂を聞きましたが、違います。アレのモデルはSF翻訳家、山岸真さんです。

 野暮用のFAXとメール書き。

 『DINX』263枚
 『と空戦記大和A』102枚
2000/07/29 土曜 無題
 そんな昔のことは覚えていない。

2000/07/30 日曜 合評会
 SF同人誌、宇宙塵。合評会。
 柴野先生はもちろん、不肖青山。斉藤英一朗、岡本賢一、という豪華メンバーなのだが執筆陣が来なかった。もったいない。
 ま、コワイ、と言うのも判るが。
2000/07/31 月曜 祥月命日
 しばらく前に「緑の日」(旧、昭和天皇誕生日)を「昭和の日」として残せ、と言う議論が在った。
 結局この話は流れたらしいが「緑の日」→「昭和の日」とするのなら、それ以前に「文化の日」→「明治の日」としていただきたい物である。
 なんでいまさらこんな問題を引っ張り出したかと言うと、十一月三日は明治天皇誕生日が名を変えて残っているのである。
 さて、何故にこんな事を書いたかと言う、今日、七月三十一日は明治天皇祥月命日なのである。

 と、ここまでが前振り。枕。
 もう一つ意味があって、ぼくの誕生日なのである。いよいよ、四十歳。まさか自分がこんな年歳になるとは思わなかった。
 今でこそ四十歳というと中年、というイメージがあるが、広辞苑あたりで調べると……初老。という言葉が飛びだしてくる。うーん。そんなトシか。

 ぼく自身は誕生日がどうのと言うこだわりはないが、気になる人がいる。
 作家の中でやはり七月三十一日産まれの人がいる。生まれ年は違うが、以前から気になって仕方無い。一度、逢って見たいのだが今年も果たせなかった。

 聞く所によると江戸っ子のいなせなお姐ぇさん、だと言うのだが、彼女と同じ大学の飯野文彦(クヤシイから実名だしてやる)に引き合わせろ、と言ったところ「減るからだめ」。

 霜島ケイに至っては「てめー、なにイヤらしい事考えてるんだ」とケリ入れやがった。

 すれ違った事くらいあるはずなんだけれど、顔すら知らないので確認できない。
 今年こそ、お会いしてどちらが明治天皇の生まれ変わりか、勝負を付けたいと思う。
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