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2000年04月の近況
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2000/04/03 月曜日 春の嵐
 街角や、街路樹の桜がそろそろ咲きそろっている。
 今朝も娘の手を引いて公園を歩いて保育園に向かった。保育園では保母さんがスリッパを並べている。去年度、娘を担当してくれた先生である。
「今日なんかあるんですか?」
「入園式なんですよ」
 土日、保育園は休みなので今日入園式なのだ。
 と言うことは、去年、入園式に出て、公園のボートに乗ってから丸一年経ったことになる。
 あっと言うまである。胡蝶の夢、ではないがこの調子で一生が終わってしまうのだろうか?

 さて、書くと表明した出版社とのトラブル。まあ忘れたい思い出をよ〜く見て貰えればわかるだろうが、コスミックインターナショナルというところで、きっかけは蒼穹の覇者である。

 編集者(当時、フリーランス。A氏としよう)から話があって刊行された作品であるが、印税の支払日になっても入金がない。A氏に問い合わせたところ、どうも会社で内紛があって、遅れる、との回答。この時、未払い、印税の遅延があった作家は他にもいたようである。
 よっぽど経理に問い合わせるかと思ったが、ぼくの場合はA氏から「分割で支払う、待って欲しい」と別途、要請があったのでそれを受け入れていた。また、事実、月々、わずかながらも入金はあった。
 ところが、昨年十月頃からまったく入ってきていない。とりあえず今年の確定申告の時期、書類が届いたのをきっかけに再々度、A氏を通じて事情の説明を求め、支払い調書でも出ないかと申し入れた。先方の経理がいかに混乱していたとしても、これがないと今度はこちらが税務署に書類を出せない。

 ここまでは、言っちゃなんであるがよくある話である。
 ところがまたまたA氏より依頼、2000/03/23にも書いたが「できるだけ荒唐無稽な戦記が欲しい」である。プロット、というか企画書を二通したためA氏と打ち合わせ。もちろんここで「相手がコスミックだったら、遠慮したい」と釘は差した。ここから先はA氏任せである。

 またまた、ところが「コスミックがどうしてもこれを欲しい」と言ってきている、との連絡。蒼穹の覇者の印税も一括は無理としても、分割でできるだけ早期に支払う、と言ってきているとの回答。
 コスミックも売れると判断したのか、単純に書棚を取るための素材としたのかはわからない。
 また、出版社が信頼が置けないとしてもフリー編集者であるA氏とは別である(A氏がコスミックと深く関わっている可能性もあるが)。

 しかしながらいかに内紛があったとはいえ蒼穹の覇者第二巻を刊行できなかったというのに、KKベストセラーズに引き取って貰い「彗星偵察隊出撃指令」として刊行されたこちらは好調という状況である。

 一週間の猶予を置いてつい先ほど編集者A氏に「コスミックであれば、この話はなかったことにして欲しい」と電話した。A氏に対しては別の出版社を探すように依頼。同時に「コスミックの経理とは、今後、青山が直接交渉する」と連絡。

 余波としてコスミックが青山に対する印税の支払いを停止する恐れも生じてくるが……とりあえず今日できること、いえる事はこの辺までだろう。

2000/04/04 火曜日 いい国だなぁ
 有珠山は爆発し、首相は脳梗塞でぶっ倒れる。
 ひょっとしたら国家の一大事なのではないかと思うのだが……なんか、全然危機感がない。
 もし、これがアメリカとかロシアとか台湾とか中国だったら、戦争が始まるんじゃないか!、クーデターとか、**が、§になるんじゃないか! って騒ぎでも起きそうな気がするけれど、不安感はこれっぱかりも感じない。
 日本ってほんといい国だと思う。

 有珠山についての発言について、不快感をもたれた方もいらっしゃるかもしれませんが、だとしたら謝罪します。
 ただ、どうしても憂さ晴らしをなされたい方は青山が避難生活を送っている姿を想像してください。
 東京人である青山にとって地震も火事も、明日は我が身、の不安を抱いています。神戸震災を見てそれまで三日分だった備蓄食糧を一週間に増やし、夏場多少臭くなろうとも風呂の水は絶対に抜かない。もちろん、家族の集合場所も決まっています。
 反面、あんにゃろう! という話。内容は今後の交渉に関係してくるので触れるわけには行かないが、「コスミックでは私も非道い目にあった」というメールを月森聖巳さんからいただいた。
 たぶん、というか、絶対にと言うか、他にもいろんなメに会っている人を知っているので、事態の展開に連れて少しずつ書いていくつもり。

 で、今日はコスミックあての請求書を書く。

 少し気の晴れる話題。
 知り合いのマンガ家さんが立て続けに新刊を出したので「読んだよぉ〜」というメールを出したら、返信が来た。

 内容は他愛ないものだが「ホームページ作ったよ、見に来て」という一文。
 ううむ、あんにゃろう、随分前にリンク許可のメール出したの読んでないな。

 と言うわけでこいずみまり『お姉さまとお呼び!』発売中です。実は自宅にはこいずみまり生写真集なんて物がありますが、絶対に公開しません。お姉さまのプロポーションをそのままに身長を一五?センチくらいに縮めたようなすげー美人です。あの美貌で、あんな漫画描いてると、絶対にストーカー付くぞ。

 ところで、お互い「この道で食えなくなったら、二人で水餃子の屋台引こう」という約束を交わしています。
 しかし、屋台を引くのはイヤだが、あの美人と二人、ってのは楽しいかもしんない。

2000/04/04 火曜日 四日の出来事、追加(4/6記述)
 と、四日の分のアップをした後「廣済堂書店、解散」のニュースが飛びこんでくる。
 実のところ「やめるんじゃないか?」という噂は以前からあり、いままで何度も仕事をしている出版社でもあるが、ぼくとしては「あ、実現したの」という程度の感慨である。

 以下は業界内での噂に近いものであるが、廣済堂出版自体は廣済堂印刷と言う会社の子(関連)会社で、他にも関連会社が無数にあるうちの一つでしかない。ここまでは事実であるようだ。

 で以下は噂として、この親会社の偉いさんが「この廣済堂書店、めんど臭いからヤめちゃお」と言ったとか言わないとか……で、一度は継続すると決定した……とまでは聞いたのであるが、結局はこうなった。

 推測の領域に入るので、これ以上の言及はさけるが、別件で「異形コレクション」の井上雅彦さんに連絡を取ったところ、一連の説明と『異形自体は別出版社への移籍を考えている。正確な情報は日本SF作家クラブのホームページ上で公開する』との連絡を受け取った。いろんな噂も出るだろうが、今は公式発表を待つべきだろう。

 個人的には……実は日記にも書いてある『某短編』とは異形コレクション六月発売予定の「ロボットの夜」用の短編なのである。別件で井上さんに連絡を取ったというのも、これの原稿を渡す件である。
 青山としては、井上さんを信頼して原稿を預けたままにしてある。
2000/04/06 木曜日 とりあえず昨日の話
 で、とりあえず、昨日の話。
 日中は人にいえない野暮用で赤坂へ。
 野暮用後、篠田節子他と談笑。関係者に教育関係者がいて娘を家から近い私学の小学校に入れるのは困難、と判明。

 いったん家に戻り、衣類乾燥機を回し、保育園に娘を迎えに行き、飯を食わせて市ヶ谷のイオ(小松左京事務所)へ。
 小松先生、例によって一人でぶっ飛ばす。
「少子化の問題について**一と話していたとき、あんにゃろう博覧会ひらけっていう。テーマも「日本人の進歩と発展」じゃなくて「○○ぽとチョンガー」にしろ」

「昔、どっかの埠頭で自動車に乗ってみて、おれが運転してみた。免許もってんだぜ、これでも。当時の自動車ってのは回転を一杯にあげて繋がないとまともに発進しない。しかも、後ろに筒○○○と半○○、横に○○一が乗ってて重くてしょうがない。で、やってみたらものすげー急発進しやがって、あわててブレーキ踏んで止まったところは、埠頭から五〇センチぐらいだったかな?
 落ちていたら、今の日本SFはどうなっていたのだろう?

 気になったことがあって質問した。
「先生は三九歳(青山の今の年歳である)の時、何をなさっていました?」
「おう、大阪万博だよ」

 この方にはかなわない。
2000/04/07 金曜日 昨日の話
 考えて見りゃこのページは平日の真っ昼間に更新しているので、あんまり日記の役を果たしていないような気がする。

 で、昨日の話。春は移動のシーズンでこの数日、ままざままざな変動の連絡が届いて来ている。我々物書きは生きようが死のうが年中好き勝手だが、基本的にはサラリーマンである編集さんは大変そうである。

 いきなり会社がなくなってしまった廣済堂の担当さんから暗い声で留守録が入っていたのは気の毒としても、会社が引っ越して電話番号も変わりましたけれど、な〜んも変わりませんってK社から連絡があったり、出版部門が独立して社名から部署名から変わり人事異動もあったけれど(昇進したのか、降格されたのかまで聞けなかった)やっていることは一つも変わらない(えーと、社名忘れた……)、なんて連絡が押し寄せてきている。

 ま、青山の周りでは大した変動はない……ようである。

 書面に残しといた方がよかろうと、コスミック宛の請求書を郵送する。

2000/04/10 月曜日 タンポポ組の阿鼻叫喚
 娘が進級した。
 保育園に送りに行く。年度替わりの書類を提出し、新しい保母さん、先生に挨拶し園を後にする。背後から「うわぁぁぁん」「ぎゃんぎゃん」子供たちの泣き声が聞こえる。
 四月は進級のシーズンであり、また、新入児童の入ってくる時期である。

 一番ちっちゃいたんぽぽ組さんは五ヶ月から入れる。まだ、本当の赤ん坊である。親と引き離されると危機感を抱いてただでさえよく泣くのが、余計大声を上げている。
 二歳児、三歳児クラスからはいる子供もいるが、こちらも親と離されて泣き叫んでいる。

 一方、我が娘は平気の平左でゴーイング・マイ・ウェイである。考えて見りゃ、入園当時からこいつはこうだ。相変わらずというのか、成長したのかわからない。

 タンポポ組の泣き声を後に園を後にした。

 帰り道、公園を抜ける。昨日も一昨日はあれだけ並んでいた花見の席取りもなく、ただ、いつものように写生や、カメラを構えたり、ジョギングする人たちとすれ違う。

 物書き的には、今までつきあいのなかった某出版社と連絡が取れ、打ち合わせることとなった。

『DINX』90枚。
2000/04/13 木曜日 じわじわと怒りが……
 先日、ある作家仲間と会話していたのだが、そうしている間にじわじわと怒りが湧いて出てきた。
 なにもその相手に腹を立てたとか、国際問題に怒りを覚えるとか、有珠山の避難者たちに対する行政の扱いの悪さとか、石原都知事の問題(爆弾?)発言に怒りを覚える、という事では全然ない。

 ようは「我々著者は出版社から異常に低く扱われているのではないか?」
 と言うことである。

「当たり前だよ、お前さんみたいなチンピラ、だれが重きを置く? けっ」という声があるのはとりあえず棚上げするとして、著者まで含めて、出版業界関係各社を企業と考えた場合、その勢力、規模は比較にならない。
 本一冊、印税十%というのが常識である。
 で、本の価格一冊の中には出版社の利益とか、本屋さんの取り分とか、紙代とか、印刷費とか、輸送費用がかかっている。こうした利益配分はそれぞれの「社」によって違うとされるが、そうした費用分配の中でも「十%というのは、特に低い」。

 今回の廣済堂の文芸部門からの撤退では四月に刊行予定されていたゲラは著者に返却されているそうである。それはそれで良心的かもしれないが、手書き原稿じゃないのだから、返却されたからとてどうなるものでもない。形式的なものである。
 しかし、完成作品に対する原稿料なり印税の全額、あるいは一部でも支払われると言う話は聞かない。

 一度は「出版する」と言っていたにもかかわらず、一方的に取引を停止されながら何ら保証らしいものはないのである。
 もし、これが一般企業同士の取引であれば違約金なり、それに対する対価が支払われる。

 大陸のごとき計画倒産(と言われている)や、廣済堂のような「二度と出版には手を染めない」的な撤退であればともかく、何らかの事情で本、つまり商品を流せなくなった場合、流通や、印刷所は黙っていないだろう。手形決済が行われ、落とせなければ、不渡り→倒産となるのである。

 にもかわらず、頻々と著者への印税、原稿料の不払い、は後を絶たない。

 しかも、著者に対する印税は額として特に低い。他の社に対する違約金(それは著者に対するものの数倍に昇るだろう)は出せるのに、なぜ、著者は無視されるのだろう?

 ふつふつとした怒りを禁じ得ない。(冷静に書いているようですが、相当、腹を立てています)

『DINX』97枚。
2000/04/14 金曜日 週末
 なんというか、なんだかんだと忙しい一週間であった。

 嫁さんと子供を送り出し(時には、ぼくが保育園に連れていく)、可能であれば朝食を取り、早ければ十時。遅くとも十一時には仕事場に入っている。
 そのくせ仕事は進んでいない。
 ううむ。

 昨日の日記を読み返すと、どうも頭に血を昇らせていて趣旨が通っていない。でも、感覚で理解してくださいな。

 今朝、吉野屋で納豆定食を食べた。
 カウンターの向かいでやはり納豆定食を食しているおじさんが居る。おじさんが店員さんに何か話しかける。何かと思うと、清酒を持ってくる。朝から酒を飲みながら納豆定食を突つく。おじさん、アル中なのか、それともよほど嫌な事でもあったのだろうか。
2000/04/17 月曜日 続・週末
 金曜は都響。
 娘の迎えは父に任せ、上野へ。
 昼飯を食いそびれたので、なんか食べたいと思ったけれど財布の中には五百円玉一枚しか残っていない。
 銀行も、見あたらない。マックでハンバーガー二つ食べる。
 西郷さんの横から上野公園を抜けて文化会館の駐車場をショートカットしてホールに入ろうとすると、青ナンバーの自動車が二台も止まっている。
 内、一台は青○でいきなりバックをはじめひかれそうになる。いや、あれで轢かれたら歩行者の方も相当アホだが。
 国旗を見ると青地に六芒星だった。なんとなく、ふーん、と思う。

 土曜は雨。娘の右目が赤い。二三日前からなので、気になる。幸いにも土曜、診療日なので小児科に連れていく。鼻ずるがひどいのでその薬は貰うが、目は判らないという。

 で、目医者にはしご。
 最近はコンタクトレンズの普及でコンタクト屋の手先の目医者は土日祝休んでいたら仕事にならない。
 駅前の眼鏡屋の五階の目医者に連れていくとあっという間。
「結膜炎ですね、でもこいつは伝染性ないですから安心してください」
 目薬を貰う(差すと、すぐに腫れが引いた)。
 家に帰ると、嫁さんは居ない。着物のオフに出かけたのである。

 こちらは娘に飯を食わせこちらも食い、昼寝させ、その間に髭を剃る。
 夕方、娘をかついでニフティのオフ会。飯を食う。

 十一時頃帰宅。

 日曜
 今度、嫁さんが着物フォーラムの幹事、とやらで深大寺へ下見に行きたいという。行く。
 バスに乗り植物公園前で降りて、裏道を歩いて深大寺へ。風情があっていい場所である。もっとも、裏道は墓石に満ち満ちていたが。
 蕎麦を食べる。
 深大寺蕎麦、評価していなかったのだが、なかなか見直す(でも、まつやか上杉に行くけど)。

 風情のある門前町である。
 ここを着物で闊歩するのはさぞや様になるだろう。

 うちへ帰ると嫁さんが伸びる。
 娘も寝る。やがて、娘は起きてくるが、嫁さんは寝ている。笑点が始まる。
「ほら、笑点が始まるから、お母さん起しといで」
 というと娘が嫁に体当たりを掛ける。
 「ツナとニンニクを使ったスパゲディが食べたい」
 と叫ぶので、アンチョビペースト(安売りで百円)とポモドーロペースト(安売りで百円)とツナ缶(貰い物)を降ろしニンニクと炒めあわせる。

 娘を風呂に入れて寝かしつけてから、米とパンが切れているので買いに出る。
 実験的に営業時間を延長するとかで西友ストアが夜十一時まで営業している。この時間までやっていて貰えるととっても楽である。成果を上げて貰うためには協力しなければならない。十時近くにでかける。
 と、混んでいる、大した事はないが、夜十時のコンビニ並である。

 家に帰る。
 時間がとれなかったので、この時間に掃除機を掛ける。
 素面ではやってられないので、酒を飲みながら、掃除機を掛け、洗濯機を回し、乾燥機にぶち込んで寝る。

 月曜(今日)
 娘を保育園にやった後、松屋で納豆定食を食べる。向かいのおじさんがまたも清酒を飲んでいる。よほど嫌なことがあったのか……と思い横を見ると、隣の客はビールを飲んでいる。朝の九時なのだが夜の九時なのだかわからない。

 出勤。
 メール処理。たまっている。ごめん。
 明日、今までつきあいのなかった出版社と打ち合わせる手はずになっているので、それ用のプリントアウト。時間がかかる。

 あああああ、作品リストをプリントアウトするのを忘れていた。
2000/04/18 火曜日 打ち合わせ
 日記と称するからにはその日にあったことを書く、と思っていたが、考えてみりゃ、昨日の事を書いて昨日の日付を付けてもいいではないか。

 だから、これ、日付は16日になってますが書いているのは17日です
 朝、娘と嫁を送り出し、久々にプールへ。
 武蔵野市の市民プールは天井がガラス張りになっていて、良い天気だと日が射してくる。明るい春の日を浴びながら泳いでいるとすこぶる気分がよい。まるで自分が健康になって気がする。3000とちょっと。

 泳ぐ前と、泳いだ後で体重が200gほど減っている。
 ふーんと思い用を足し(小)、再度計測するとさらに500gも減っている。なぜ? おれのお○○こはそんなに重いのか?

 昼飯。もの凄く腹が減ったので、シェーキーズの735円食い放題を食べる。食べ過ぎた。今でも胸焼けがする。うげぇ。

 三時から某出版社さんと打ち合わせ。
 今までつきあいのない出版社さんである。わざわざ自宅近くまで来て貰う。申し訳ない。
 作品リスト自分の本棚をプリントアウトしたものと、デビュー作。本命となる書きためていた長編を渡す。どうなるかは不明。

 部屋の掃除をしたり、洗濯したり、伸びていたりすると娘を迎えに行く時間が来る。行く。バスに乗って駅まで戻り、後は歩かせる。食事を作るが……こちらは食欲がない。

 酒飲んで寝る。なんかまた酒の量が増えている気がする。

2000/04/19 水曜日 ねぼすけ
 で、目が醒めると九時だった!
 家内は大慌てで出社。保育園の迎えは当然、ぼくである。
 泣き叫ぶ娘を慌てて着がえさせ、カートに乗っけて大通りを突っ走る。
 保育園に到着すると部屋はもぬけの殻。どきりとしたが、みんな園庭で遊んでいる。

 飯も食わず(腹が減らん)出勤。
 んで、やっと買いこんだ30Gのハードディスクを増設。BIOSアップデート等の必要作業はある程度済ませていたのでケーブルを繋ぐ程度で作業は終了。
 ただ、あまり大した事もできない内に浦和へ。
 ボストンに従兄弟(父の兄の息子)が居るのだが、これが休みを取って日本に来ている。で、その辺にすんでいる親戚が集まろうというのである。

 早めに叔父貴の家に。
 叔父貴(親父の妹の亭主)は数年前、大腸ガンで人工肛門整形を受け、未だに転移があって、放射線療法、抗ガン剤療法を受けている。
 一昔前だったら死に損ないなのだろうが、結構達者である。税理士の話、金儲けの話、失敗した話。かなり長い間話し込む。
「こないだ抗ガン剤の治療受けて、あれって二週間掛けて抗ガン剤点滴して二週間休んで1クールなんだ。今日ちょうど2クール目終わったんだけれど、3クール目は面倒くさいから受けるのやめようと思う」
「三年前に放射線療法受けたんだけれど、どうもその副作用らしくて、12月ぐらいから足腰立たなくなりやがった。おかげで、飲みに行けやしねぇ」
 どうもそれまでは毎日、飲み歩いていたらしい。
「しょうがないんで、このごろは家で飲んでるよ」

 副作用とか随分来ているようだが、達者である。

 従兄弟一家到着。
 従兄弟と、嫁さん。とその息子。嫁さんはポルトガルの移民。で、従兄弟は日本人(米永住権保有)、アメリカ生まれの息子三人いる内の一人。ちなみに全員、青山姓である。
 日本は海外出生の未成年者に対しては二重国籍を認めている。ポルトガルは成年でも二重国籍を承認する。従って十四歳のマイケルは現在、三重国籍である。
 さらにポルトガルはECに加盟しているので、EC内では同様の待遇を受けられる。
「しかも、ボルトガルはブラジルとも提携結んでいるんで、ブラジルでも働けるんだよ」
 とは従兄弟の弁。

 場所を叔父貴所有のマンションの一室に移し、食事会。なお、青山の家系は飲まないので十六茶とコーヒーとジュースである。

 久々に和む。
 マイケルは別の従兄弟の子供、九歳(だったかな?)と意気投合している。

 皆年を取ってしまったが、メンバーは変わらない。子供の頃、おじいちゃんの家に遊びに行った頃のことを思い出して和む。

2000/04/20 木曜日 晴天の霹靂
 こないだ、編集者の移動の話を書いたが、今朝もまた、飛びこんできた。
編.「いや、ちょっとお話があってお会いしたいんですけれど」
青.「いい話ですか? 悪い話ですか?」
編.「いえ、こんど、ぼく会社、辞めることになったんですが、どっちでしょうね」
 ショックと言うよりびっくりである。

 雨が降っているので自動車で出勤。
 悪友、TTと昼食。ファミレスに毛の生えたような所で食う。
 話題は「昆虫のミッシンクリンク」とか「木生のシダ植物」とかそんな話である。

 出勤。
 さ、仕事しよ。

『DINX』とりあえず106枚。

 でも、あんまり仕事は進まない。ううむ。
 雨がやんできたので、早めに帰って、歩いて娘を迎えに行く。今日は保育園の家庭訪問である。
 保母さん、と言っても去年、娘を見ていてくれた方、二人の内の一人なのであんまり新しい話題もない。
 ぼーっ、としながら、お茶を飲んで娘にご飯を食べさせる。ほんと良く食う。先生が帰った後「ぱんぱん」「ちょこれいと」両方食う。

2000/04/21 金曜日 ぐちゃまら
 朝の内に一日の予定を考えてから行動を開始するのだが、今日は何となくまとまらない。泳ぎに行く気にもならない。本当は行った方がいいのだが。
 掃除をしながら思わずご飯を炊いて納豆を食う(賞味期限切れなので慌てている)。

 で、最初は自動車で出勤するつもりで、出かけて、某所で酒屋の安売りでとんでもない酒を安売りしていたので数本買いこむ。
 が、ただ、駐車場まで歩いた程度で靴の中がぐちゃまらになっている。
 履き替えるために家に戻る。
 電車で出勤。
 ふう。


 以前、思わず出版社のワルグチを書いてしまったが、では、著者は誰を信頼するのか? というと、答えは明白で編集者である。

 編集者との人となりを見て(極端なことを言えば)、その人と付き合うか否かを、まじめに仕事するかしないかを判断するのである。
 むろん、作家はすべての作業に全精力をそそぎ込む。それは間違いない。
 だが、人間であることは変わりなく、やる気満々の時もあれば、逆の場合もある。そういうとき、編集者の助力、叱咤激励(時には手厳しい場合もあるが)が大きくものを言う。
 編集さんが信頼の置ける人であれば会社がいかにいい加減でも「この人が言うならやるか」と言う気になるし、反対にいかにバックのしっかりした大出版社でも編集がいい加減だとやる気も失せる(ぼくには経験はないのだが、大出版社であるだけにデモシカ的なサラリーマン編集者が散見されるという)。

 この四月期に掛けてあちこちの出版社で大きな動きが見られたが、ぼくがあまり気に掛けていないのは編集さんご自身は変わらないだろうと、観測している(タカをくくっている?)からである。

 もう何年も前になるが、ぼくをデビューさせてくれたA社のB編集者がC社に移ることになった。背後にどんな動きがあったのかまでは社外の人間には判らないが、正当に引継が行われ新担当者、編集局長に紹介された。どちらとも円満につきあっている。
 もっとも、近来になってA社の担当さんが移動され、シミュレーションからも撤退してしまった。編集局長も別のセクションに異動なされたらしい(こないだ、道でばったりと会った)。近い内に正式な案内でも来るかもしれない、来ないかもしれない。

 また、編集に関係した話で(これはぼくはやったことないけれど)「あの編集を換えろ!」という作家が存在する。諸説有るだろうが、許容される行為だろうと考える。まぁ、作家の側のワガママというのもあるだろうが、編集者、作家ともに人間である。人と人であるから、馬が合う/あわないという事もある。こうした場合無理してつきあうのは双方の不幸である。

 B編集者のC社でも大きな変動があったらしいが、電話で話したところ、十年一日というか全然変わっていない。
「こんど、こんなの(DINX)書いているんだけれど、書き上がったら読んでくださいよ」
「うん、いいよ」
 物書きにはそれなりの苦労も存在する。売れればちやほやされるし、売れなければそれでおしまい。運不運は否定しないが基本的には実力の世界である。実力だけで勝負したり、嫌な相手とつき合わないですむ生活は嫌いではない。

 21日、続き
 というわけで、週に一度の金曜日なので「たまには外で食べるか」(実は結構そうたま、でもない)とフォルクスへ。ここは良くメニュー改変をやって、今までなくなっていたぼくの好物である「サーモンロースト」が復活していたので注文する。が、「おさかな」と迫り来る娘の迫力に半分ほどぶんどられる。

 ここはサラダ食べ放題、と言うのが売りでぼくと家内はこれを頼む。
 前回、お子さまメニューの大半を残された恨みがあるので、娘にはお裾分けで済ませるつもりだったのだが、死ぬほど食う。ぼくは五回ほどサラダをお代わりしなければならなかったが、半分以上、娘に食われているためである。
 帰って寝る。
2000/04/22 土曜日 交流会
 朝から保育園の交流会である。
 我が屋から歩いて三分のコミニュティセンターの和室を借りて、クラス役員を決めたり、行事の担当者を決める。
 が、去年までは一クラス八名だったので、センターの一番広い和室だと「どうしろってんだ?」的な広さだったのだが、二歳児になって倍の十五名。新入生の方が多いのでもはや誰が誰やら判らない。しかも、二人も三人も子供を連れてきている親子もいる。
 クラス役員は泣きそうな顔で役職を決めたが、これが難航する。
 保育園と言うだけあってもともと両親共働き世帯がほとんどである。土日出勤が原則だったりする人も多い。家だってそうだ。逃げたい、楽なところに廻りたいというのは心情なのだが、去年の父母会で「全世帯に何らかの役職が廻るようにする(去年までは一部に集中してそこは死にそうになった)」と決めたもんだから逃げようがない。
 やっとこ決まり、解散。

 昼飯はスパゲティ。嫁が「トマトソース系の何か食べたい」というので、麺を茹でている間に、トマトの缶詰にアサリの缶詰をぶち込んでソースを作り、食べる。
 この一週間、遊ぶ暇がなかったという嫁に「どっかいっといで」と出し(きっと呉服屋へ行ったんだと思う)こちらは娘をおじいちゃんに預け出勤。

 ぼくの判断で名前、社名は伏せるが親しい作家さんからメール。
 転載する。

 実際に、担当を替えてくれ、と頼んだ作家、ごく身近におりまっせ。作家、担当者
ともに青山さんもよくご存知の方です。
 尚、わたしも、**社の担当は、やっと最近替わりました。別段、わたしからお願
いしたわけではないのですがね。これで、やっと、疎遠になっていた**社との付き
合いが回復したようなことです。
 前担当氏も、わたしと仕事をするのは厭だったのでしょう。それに近いことは、は
っきりといわれましたしね。それではまた。


2000/04/25 火曜日 いろいろ
 日曜は宇宙塵月例会三〇〇回記念で調理室を借りてチリビーンズを作って食べる。柴野先生もお元気だった。
「いや、医者がくれた薬、試しに飲む量半分にしたら調子良くなってねぇ」
 先生、それ、医者がヤバイよ。
 宴会後、自宅へ帰って娘を風呂、半分寝かしつけて宇宙作家クラブの面々に合流。三鷹の航空宇宙研究所(だったかな?)の公開日だったので、その後、吉祥寺に流れまだ続いていたのである。

 月曜は30Gのハードディスクを使い物になるようにいじる。
 今日は……連休の計画を立てて過ごす。仕事にならん。

 なお、モノ書き的に色々色々沢山沢山あったのだけれど書くと差し障りがあるので、またそのうち。

 仕事にならん。
2000/04/27 木曜日 ん○の重さ
 いろいろあった、気がする。

 昨日だったか一昨日だったか一昨々日だか、急遽退社する事になったKKの編集さんと会う。
 ……勤め人は大変だなあ(昔を思い出す)。と、思いながらもぼくも大変である。もっとも、大変なのは青山ばかりでなく、これと廣済堂とコスミックと関連してじゃかすか電話をかけ、かかってくる。

 昨日だったか一昨日だったか一昨々日だか、プールへ行った。

 3000プラスダッシュ数本。

 体重を量ると67.40Kg。終わってついでに小用をたして67.20Kg。なぜ?
 家に帰って、大をして自宅の体重計に乗る。
 66.0Kg。
 オレのん○は1.2Kgもあるのか!(体重計の誤差だとの論理的な考察は却下)

 掃除少し。シャワーを浴びている間に月末であるのを思い出す。銀行三軒はしご。あれやこれや、全部払いこむ。残高がぁぁぁ。

んで、今朝
 吉野家で牛丼を食べる。隣の客はビールを飲んでいる。
「ごちそうさま」お金も払わず、立ち上がって危うくそのまま出かけるところだった。
 松屋と間違えていたのである。

 牛丼を食べる時は「吉野家」。鮭定を食べる時は「松屋」と決めている。理由は大した事なくて微妙なメニューの差だけである。

 牛丼を食べる時、松屋だとミソ汁がつく。ところが高血圧傾向があって医者にミソ汁を禁じられている。だから、牛丼はミソ汁のない松屋である。もっとも、ミソ汁はそう好きな食べ物ではない。水飲んでいた方が良い。

 朝定は鮭、ミソ汁、ご飯、という基本は松屋、吉野家共通であるが、吉野家では「海苔」「生卵」がつく(と思った)。だが、しかし、松屋ではなんと好物の「納豆!」。決まったな。

『DINX』118枚。

2000/04/28 金曜日 GW
 昨夜も出版社関係の話題で電話を掛けまくる。
 今日もまた別の人と相談電話。仕事にならん。

 明日から世間は黄金週間。もっとも、こっちは全然関係ない。それどころか、普段だと連休明け渡しの原稿があったりして偉い騒ぎになるのだが、今年はあちらこちらガタガタでそーゆーのはないが自分の原稿は進めなきゃならない。
 うーむ。

 で、いつものことだけれど、来週一週間、更新は不定期になる、と思います。
 更新があったら青山はまじめに仕事していると思ってください。
2000/04/29 土曜 友、来る
 宇宙塵&SF関係の友人というか先輩のT沢、Y岡夫妻、来たる。家の娘より一歳小さい子供が居て、使えなくなった古着をあげる約束をしていたのである。
 わざわざ来て貰うのは心苦しかったのだけれど、サイズとか好みとか、へたり具合とかチェックして貰わなければならない。そもそも、乳幼児用の衣類、靴、サイズがちっちゃくて手が掛かるため、目が飛び出るほど高価である。

 親がそんなものを物色している間に娘二人(一歳と二歳)大喜びで遊んでいる。

 その後、近くの公園の有料区画に行く。小さな動物園があって、小動物が中心なのであるが、象さんとか、猿山、熱帯温室もある。

 その後、近くの中華屋で晩飯。
2000/04/30 日曜 同窓会
 高校のクラス同窓会。
 ぼくの出た高校は一流というには全然遠いし、かといって二流三流といのともちょっと違う毛色の変った学校である。
 突然案内がやってきて、クラスの同窓会だか、全体の同窓会だかよくわからないまま会場に行ってみると、クラスの同窓会だった。

 もともと、選択授業の多い学校で、そのなかでもまとまりのないクラスで、様々な志向の人間が寄せ集まっていたので、団結みたいなのはあまりないけれど、楽しかった。

 場所が赤坂の全日空ホテルといういささかプチブルな場所でナンジャラホイと思っていたら、ある同窓生がホテルの宴会担当で「ある日、突如、幹事から電話がかかってきて『あんた、ホテルに勤めていたでしょ』場所、確保して」と詰め寄られたとか。

 人間の分類として、様々な指向、というが色々な分け方があるだろうが「文科系」「社会系」「理科系」「芸術系」みたいな分類ができるだろう。高校時代、青山は徹底して理科系だったモンで、ま、それだけではなくクラスの中では浮いていた存在だろうと思う(つうか、確信している)。

 で、昔を懐かしむべき相手と言うのもそうそういなかったのであるが、意外だったのが、高校時代ヤンキーが入ったようなのが何人かいて(そういうのはどこのクラスでもある程度のパーセンテージで存在する)、どうにかなっているのではないか半ばわくわくしながら望んだのであるが、みんな結構まとも。

 担任に至っては校長になっている。

 ヤンキー風で高校卒業して一年半遊んでいたところ家で不幸があって一念奮起して頑張ったら家が不動産関係だったとか、似たようなのが証券マンだったり(名刺確認したら課長だった)、銀行員だったり、さすがに学校の先生から作家になったと言う変わり種はちと受けたが周囲が周囲なので青山程度の知名度では衝撃が足りなかったようである。今度、校長室に行って著書、十冊ほど山積みにしてきてくれようと思う。

 ムムッこれは! ってのいうと……オペラ歌手 ま、クラシックの歌関係、舞台にも立つ、みたいなのが、三人居たのは妙だったが。これなかったが、うち一人はミラノで音楽学校を経営しているとか。なんなんだ、それは?

 あと、ぼくにとって消息不明だった男が元気だというのも判って喜しかった。
 こやつ、某マンガ家の息子で高校卒業後、ギター一本背負って世界放浪の旅に出てその後行方知れず……と聞いていたが、なんか日本に帰ってきてまともに結婚しているらしい。つまらん、が野垂れ死んでいたなんて事でなくて良かった。

 ま、集まったのがクラスの半分ちょっとだったと言うのと、全体で見れば変わり種はいるだろうけれど、実のところ、結構楽しかった。

 それといささか悪趣味な楽しみとして「**さんは昔、××クンの事を好きだったよなあ。だけれど、今は全然違う亭主と結婚しているなあ(これ、複数)」とか、誰某と彼それはできていたが、どうなったのだろうか? とか……え? ワタシ? クラスの中にはなんとなく気になったのがおりましたが、気になっただけで、本命は別のクラスで、しかもあっという間に玉砕しましたのでかような関係はありませんでしたです。はい。

 しかし、さらに不思議でもなんでもないのが「公務員が一人もいない」むべなるかな。
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