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2000年03月の近況
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2000/03/01 火曜日 月が変わった
 月が変わり、喜しい。単純に喜しい。
 暖かくなると体調が上向くからである。
 先週末、どうも調子か悪かったのもまたもゲロピー風邪の三度目の襲来があったたである。
 さすがに同様の症状が三度もくると耐性が付いてきて大した症状ではないのだが、飯を食っても三時間たつと自動的に吐き気がするし、しかもここで吐いとかないと後になってシモに押し寄せてくるのでかえってひどい目に遭う。

 が、それも三月いっぱいである。
 四月になれば体調は上向き、八月に向けて絶頂期を迎える。布団なんか引っ剥がして寝たって全然大丈夫である。
 ……だけれど、あと一ヶ月ある。
 まだ、インフルエンザの洗礼を受けていないのでどうなるか……。

 この数日、HDの増設を含めていろいろとマシンをいじっていた。先月のCPU乗せ換えから、グラフィックアクセラレーターの追加。

 昨日はB:HDドライブ(ノートのシステムのバックアップを納めてある)から、ノートの環境をMOに移行したのでデスクトップマシンは完全にFAT32、ウィンドウズSE環境に移行できる。はずである。
 だが、しかし、どうしてもDOSアプリ(ワープロ)があるのでこいつをAドライブに移行したい。近い将来、6Gでは持たなくなるのは目に見えている。
 しようとした。
 なかなかできない。環境自体はフォルダごとまるまるコピーして、以前は分割してあったフォルダも統合し、バッチファイル移動して、起動させる。
 起動しない。
 ま、考えてみりゃ当然である。それぞれの環境ファイル内の記述が「B:」だったのを「A:」に直してやらきゃならない。やった。一応動くようになった。なったが、なんか変だ。ほかにも環境ファイルがあったかどうかをチェックして書き換えて動かす。
 が、動作が変だ。辞書を認識していない。内部からいじってやるが動かない。辞書の位置もルートに置かなきゃならないのを思い出して書き換える。動かない。またもいじる。
 と、辞書が「Fドライブ」にあることになっている。
 なんで?

 やっと動く。ふう。

 こうまで苦労して動かしたワープロは一太郎のバージョン3である。
 かつては「重い」「鈍い」「ここまでの機能はいらない」さんざん叩かれていたソフトであるが、K6-400で動かすとこれほど軽快なワープロはない(辞書はアホだけれど)。そうだろうなあ、昔は8MHzの8086で動かしていたもんなあ。
2000/03/02 木曜日 また間違えていた
 またも昨日の日付を間違えていた。
 千年に一度だか四百年に一度だかの特別の日だというのに人間の方がボケていてはなんにもならない。

 というわけで、今日は昨日の三太郎に続いて、B:ドライブ(増設したHDの小さい方)から重要なファイル、ソフトをA:ドライブに移動して、そちらでも動くように設定した。
 まあ、デスクトップマシンでは使わない代物も多いのでそいつらはまとめて捨てる事にする。今さら9801用のDOSアプリなんか使わないし、そもそもMOにバックアップがある。
 これでB:ドライブは空っぽにして、テキストデータ、ホームページデータのミラーを置ける。

 音声入力に向けて、着々とPCパワーアップ計画はすすんでいく。

 しかし、話は変わるけれど、なんというか2000年という年号に入ったときは言い様のない居心地の悪さを感じたが、いまではすっかり慣れてしまった。
 ぼくが初めて年号という物を意識したのはたぶん1964年である。テレビで「もーれつア太郎」を見ていてその中でカレンダーが1964となっていた。家にも同じ物(カレンダーというもの)があるなあ、と思って確かめると1964年だったのである。
 年号の数値自体はうろ覚えだが、それ以来、年号という物を意識するようになった、気がする。
2000/03/03 金曜日 雛祭り(3/8)更新
 男の子なので雛祭りには思いでも思い入れもない。

 朝の内から仕事場に出勤して昨日移動したソフトの動作チェックをして仕事をする。

 三太郎の動きが妙だ。
 B:ドライブを切り離して異常がなければ移動は完了とばかりA:ドライブだけで立ち上げて動かす。
 するとなぜか三太郎がテンポラリファイルを作成しない。これでは主要な目的である大容量ファイルのプリントアウトに使えない。
 テンポラリをB:に換えるとちゃんと動く。なぜ?

 逆に住所録ソフトの動作チェックもする。こちらは問題なく動く。動くけれどついでだからそいつ専用の環境整備プログラムを走らせる……と、環境がぐちゃぐちゃになっている事がわかった。テンポラリファイルはないドライブに設定されているし、ソフト自体もあるはずもないディレクトリに置かれていることになっている。
 これで、なぜ、正常な動作をする?

 インターネットでつらつらとハードディスクの値段表などチェックする。
 昨日ちょっと書いたけれど、できたら音声入力をしたい。それでCPUを換えたり、CPUの負担を減らすためビデオボードを突っこんだりしていたのだが、考えてみりゃサウンドボードを入れた方が音声的には楽なはずだ(PCIバスはあふれてしまった。もう入らない)。

 ふと、失敗したかな、などと思いながら何となく、Cバスで使えるビデオボードがどこかに出ていたな、映像関係はCバスにしちゃって、PCIにオーディオカード入れてやれば……などとやりもしないことを考えてページを見に行くと……こないだあったはずのCバス用のビデオカードがソールドアウトになっている!
 あんな物買うやつ、いるんだなぁ。

(青山注:Cバスとか、PCIバスってのはコンピューターを別の機器につないだりするための規格、みたいなもの。今のところまだまだPCIが多いが、段々とUSBという規格に移りつつある。一方もCバスは遅い、でかい、性能悪い、の前近代的な代物で残っていること自体、奇跡である。ついでに言うと、青山の機械がいかに古いものかの証明である)

 どこかに、Cバスで動くオーディオカードあったらください。
2000/03/06 大山鳴動して
 三日の分の更新をアップデートしようとして、どうしてもアクセスできない。
 MSのページからセキュリティ強化のコンポーネントを落としてきていたので、そいつのせいだろうともIEをぶち殺し、OS再インストールする事にした。

 途中ハングした。
 再起動しに行ってしない。一からやり直すつもりで、接続して起動させると、しない。とにもかくにもウィンドウズベースで動かさないと話にならないので、MOをHDモードにしたり、2Gのものをいじったり……一日に三回再インストールした。

 もうどうにもならないので、悪友TTに泣きつく。結局HDのデータを吸い上げてもらって、フォーマット&インストールしてもらうことになる。
 が、Tの所へ行くと平然と動く。

 先ほど引き上げてきて、セットアップ終了。
 で、なにが起こったのかと色々追求すると……。

 ftpの不調……更新した際にチェックボックスがはずれていた。
 HDの不良……SCSIの接触不良。

 疲れた。
2000/03/07 火曜日 三つの合併
 ダイムラー・クライスラー&三菱、トヨタ&ヤマハ発動機、 新星日響&東フィルについて書こうと思ったけれども眠いからやめた。

2000/03/08 水曜日 BIOS
 SCSIのBIOSをアップデート。ドライバも更新。着々と大型HD導入の準備が整っていく。
 もっとも、こんな事書いてもコンピュータに興味ない人は全然、解んないだろうなぁ。

 物書き的には某所の短編を進める。
 「DINX」はそろそろエッチシーンが入るので興奮して進まず。

 税金の申告関係でちょっと残っていた作業と、新刊の見本について二社に電話。
2000/03/10 金曜日 バイクが壊れた
 ちと動かすことになって動かそうとした。
 一昨日のことである。
 寒かったり、自動車が必要だったりして、一ヶ月ほどほっといたのだが、動かない。
 おかしいなぁ? この程度でどうにかなるはずはないのだが、と疑うもののとりあえずバッテリ外して充電。

 で、昨日。
 バッテリをつなぐ。−側からつなぎ(久々なので間違えていた)、+をつなごうとすると火花が跳ぶ。ゲゲッ。あまつさえ煙が出る。ゲゲゲッ。
 やばい。バイク屋へ連絡して対策を聞く。−からつなぐと下手にショートする可能性があるので+からつないでくれと言う。やってみる。
 だが、またも火花が跳ぶ。どこかショートしているのだ……あーあ、こんなに天気のいい日だってのにさ。

 実を言うとこのバイクは古いせいもあってトラブル続きである。
 何しろ87年式である。だが、手放そうとは思わない。いままで、何台、何十台(は大げさか)とバイクを乗り継いできたが、手放した後「なぜ、オレはあれを手放してしまったのだろう。嗚呼」と後悔しなかったことがないのである。

 ドリブン・スプロケットがぎたぎたですぐにチェーンが外れたCB250T。

 大型車に乗り換えたので人に譲ったVF400、あれはどんなに無茶をしても故障も転倒もしなかった。

 大コケを繰り返し、初めて救急車に乗る羽目に陥ったVF750。トラブルはあったものの、簡単に白バイを振り切ってしまった(いや、後ろに付かれているのに気づかなかったんだって)。

 いまの80を手放すと、何年か後、絶対に絶対に後悔するだろう。
 87年式。BMW-R80。フロントダブルディスクにミニカウルを付けたカフェレーサー仕様。モノサス、OHV最終型。至上の名車である。

 いつか車庫付きの家を建ててやる。

 (PS、実家に立派なガレージがあるのはこの際忘れる)

 昨日の夕方、税理士さんから確認の書類が届く。
 銀行が支店統廃合をやったため、事実と合わないところがあったので、今日になってメールして訂正をお願いする。
 プロの手を借りただけあって、去年に比べればだいぶ向上したが、結婚して以来、経費率が下がったなぁ。まあ、そりゃそうだろうなぁ。

2000/03/13 月曜日 色々あります
 最初に伝達事項。
 掲示板運用「便所の落書き」についてメールが届きました。

プロバイダーの負荷のため申し訳ございませんが閉鎖することになりました。
長い間の利用ありがとうございました。
次期は未定ですが専用サーバーでのレンタルサービスも検討しておりますので
このときには宜しくお願いします。

こちらの勝手な都合による閉鎖申し訳ございません。


 いえいえ、長い間ありがとうございました。
 負荷、かけた犯人だと自覚しています。
 以前のような爆発的な状況はないので当面現状維持するつもりですが(作るの面倒くさい)、もう一つ掲示板を作る計画は存在します。仮タイトルも決まっているのですが、青山のモノ書き的きわめて個人的事情により時期は中短期的にも、全くの未定です。

3.10 金曜
 福田モーター、バイク引き取りに来るかと期待するが、こず。通常出勤。
 どうにも仕事が手に着かない。
 娘の迎えは父に任せこちらは新宿へ。「彗星偵察隊出撃指令」の見本が出て来るのである。引き取り&打ち上げ&情報交換で新宿へ出る。編集さん二人と食事。
 情報を仕入れる。どこもかしこも苦しいらしい。
 珍しく飲む。

3.11 土曜
 母の三回忌。親戚一同久々に顔を合わせる。
 実家に父を送り、宅配のピザを食べ(父が好きなのだが、年寄り一人ではなかなか頼めない)、娘を風呂に入れ(実家の風呂の方が広い)、家に帰って寝る。

3.12 日曜
 福田モーター来る。小雨の降る中、タイダウンされて運ばれる不動車は悲しい。だが、どれだけ苦労しても、絶対に、なんとしても修してくれる。あと、50年は乗ってやる(90歳まで乗るつもりでいる)

 昼、吉祥菜館で鶏肉とピーマン炒め。
 はらが一杯になると眠くなる。娘と一緒になって寝る。目がさめると嫁さんがいない。呉服屋へ行く、の置き書きがある。
 娘が目を覚まして「お母ちゃんがいいの」と泣き叫ぶ。

 ハンバーグを作る。オックステールシチュー、バラ肉のビーフシチューを経て味の付いたドミグラで煮こみにする。いいでき。

3.13 月曜
 プール。
 実に一ヶ月ぶりである。それだけ体調不全が続いたのである。
 軽く2000で切り上げる。
 出勤。

『DINX』 78枚
『某短編』  29枚

 何とかしてくれ。

2000/03/14 火曜日 大山鳴動して
 ……このタイトルも使ったなあ。

 長時間の運動に耐えられ、脂肪の燃焼を助長させるというドリンクを買ってきて朝飲む。
 午前中、プールへ。調子はあんまり変わらない。娘を保育園に送るのに手間がかかって、入った時間が遅かったせいもあって3000泳いだだけ。
 ただ、体重が全然変わらない。泳ぎ初める前と、終わってから100gしか変わらない。これでは汗をかいた分にも相当しない。なぜ?

 帰ってみると福田モーターから留守電が入っている。
 なんというか、過放電のためバッテリの+−が逆転していたという。非常に珍しい事故であるらしい。過放電にしてもそれまで相応に動かしていたバイクなのでそうそう放電するはずもない。そもそも去年秋、車検でバッテリ交換している。
 と、状況を説明すると「初期不良ですね。メーカーにクレームで出します」
 最近はバッテリの電極もリサイクルしているのでたまにこうしたトラブルがあるのだそうだ。

 乗って帰ってきたバイクはすこぶる好調。

『DINX』 78枚
『某短編』  29枚
2000/03/17 金曜日 春は曙……とは行かないなあ
 今日は書くことたくさんあるぞ。

 若の花が引退した。
 なんというか、まあ、青山は反双子山派で、これで一人、双子山部屋の有力力士が減ってバランスがよくなると喜ぶべきはずなのだが、一抹の寂しさを拭えない。
 そもそも、若の花を横綱にしたのが、間違いだったのだ。
 大関時代、あれほど、角番を繰り返したのに、少し勝っただけで横綱にしてしまった審議委員会の失策である。
 先場所の成績だとて、もし、若の花が大関だったら「また角番か?」と言われる程度のもので済んだはずで、引退するまでのことはなかっただろう。
 この点に関しては同情を禁じ得ない。

 横綱、大関陣もガタガタで、一つ一つの取り組みを見ているともの凄くいい相撲もあるが、優勝争いという観点からはだいぶ興味も薄れてしまった。

 ……しかし、それでも、なんというか、クヤシイけれど貴の花って名横綱だよな。

 と、相撲は置いといて、昨日一昨日。意味もなく忙しい日だった。一昨日、朝早くから出勤して仕事して、仕事。保育園の文集ができあがるというので一回家に戻って自動車を取って印刷所へ。近くのスーパーではなく本誌やへ出かける(同人誌印刷が主だった、うーむ、だれだ? あすこ決めたの)。
 某出版社との新作シリーズについての打ち合わせの電話。詳しい話はまだちょっとできないが、16日に打ち合わせることになる。
 家に戻って米を研ぎ、晩飯の支度をしながら相撲を見て、娘を迎えに行き、文集を職員室に運びこむ。重い。

 嫁さんに言わせると「墜落するように寝てしまった」

 昨日、朝の内、ノートパソコンかついでデニーズに出勤。
 メールの処理ニフティのレス書き。仕事。昼過ぎに店が混んできたので、トルコ料理屋(ここ、最近気に入っている)で昼飯。ドネル・ケバッブ。羊肉のサンドイッチである。本国には無いらしいのだが、ドイツに入ったトルコ人がファーストフードとして流行らせ、世界中に広がったらしい。

 で、実績作りにエアライフルを撃ちに行くのだが……場所が無くなっている。
 うーむ。
 これは銃を持ち替えろと言うことか?

 しょうがないのでライフルを抱えたまま編集さんと打ち合わせ。
 ちょっと、先の長い話になる。ま、近い内にここで書けるでしょう(かもしれない)。

 娘を迎えに行く。

 倒れるように寝る。  で、今日、前に少し書いた「脂肪の燃焼を助長させるというドリンク」のもっと強いヤツを買ってきてあったのでこれを飲んでプールへ。
 効いたのかな? それとも三日、泳いで体力が戻ったか、3200。
 もっとも、体重は……やっぱり100gしか減っていない。なぜ? 高木ブーが宣伝をやっているというあたりが問題かもしれない

 その後トイレ(小)に行くとのべで400も減る。なぜ?

 出勤してたまったメールの処理。

 仕事。少しする。

『DINX』 82枚
『某短編』  36枚

 なんとかしてくれ。
2000/03/20 月曜日 来た
 娘が熱を出した。
 軽々と38℃線を突破。39℃まで行く。十時過ぎに日赤の救急に運びこむ。
 それだけならまだいいが、どうもこちらも初期症状が出ている。
 この分で行くと明日あたり発症するだろう。ぼくばかりでなく、嫁さんまでおかしくなりかけている。

 いまの内にできることやっておかないと。
『DINX』 82枚
『某短編』  45枚----エピローグをつけなきゃならない。
 今日中にやらないと、次いつ動けるか……。
2000/03/21 火曜日 医者へ
 娘を医者に連れていく。38℃から下がってくれない。どうせ調子が悪いから、と嫁さんまで会社を休む。はじめは嫁さんが医者に娘を連れていく、と言っていたがここで悪化されてはたまらない。

 診断「インフルエンザにしちゃ症状が軽すぎます。たぶん、ただの風邪、ですね」

『DINX』 82枚
『某短編』  47枚----エピローグに着手。

 頭が痛い。
 比喩としてではなく、物理的に痛い。

2000/03/23 木曜日 世も末
 一日が経つのがもの凄く速い。どうしよう? このままでは残りの一生、三分ぐらいで終わってしまいそうだ。
 昨日、娘は保育園を休む。一日面倒をみる。楽しいが疲れるし、泣かれると悲しい。

 KKの編集さんから連絡。「彗星偵察隊出撃指令」売れ行き好調とのこと。喜しい。ただ、続きが書けるほどかどうかは未だ不明。

 別の某編集さんからできるだけ荒唐無稽な戦記を書いてくれ、との注文。
 アホらしい設定を2つ考える。こんな滅茶苦茶をやった「シミュレーションはあったか?」と伊吹秀明に聞くと絶句され若桜木虔さんに話すと「どうやればそんなバカな事考えられるんだい?」とあきれられる。
 ただ一人、いつもイラストをお願いしている浅田隆さん(たぶん、仲間内でこの人が一番たくさん戦記読んでいる)だけが「それ、表紙描かせて」。

 秘密の仕事の某短編、五〇枚にて脱稿。少し寝かせて、チェックする予定。

 体調。発症はしていない。たっぷり寝て、体力を温存したおかげかもしれない。
 だけれど、四月になるまで安心できない。
2000/03/28 火曜日 せわしない
 娘の風邪も大したことなく、こっちの体調も落ち着いた。
 五十枚の短編を脱稿して、一瞬、ふと楽になった気がしたが、いままた色々とせわしなく、落ち着かない。
 大相撲のことも書きたいし、久々に聞きに行った都響のシベリウスの話も書きたい、ニフティで続いているオフもあった。だけれど、なんというか、あれこれと雑事が重なり、たまったものではない。

 別に映画やテレビは見なくてもいい。相撲は別
 旅行はいらない。歩いていける範囲か、バイクで日帰りで充分だ。
 ただ、朝起きて小説を書いて、本を読み、音楽を聴いてご飯を食べて寝たいだけなのに、それはそれほどまでに禁じられた生活なのだろうか?

『DINX』84枚。

2000/03/29 水曜日 プリントアウト
『某短編』  テキストリーダーで読み上げさせた後、プリントアウト。
 きっと今日はこれ以上何もできないだろう。

2000/03/30 木曜日 春の憂鬱
 朝起きたときから、どうにも気分が優れない。非常に激しい落ち込みを感じているのだ。
 理由は、いくつか解っている。
 一つにはある出版社とトラブルを抱えていること。この件は近々、オープンにするかもしれない。
 もう一つは、お金がないこと。銀行残高が低くなりつつある。だが、これは大した事はないはずだ。この後の数ヶ月でかつてのぼくの年収に匹敵する額が入ってくる予定だからだ。

 一番大きいのは原稿が進んでいないことだろう。『DINX』84枚。嗚呼。
 進行がよければ体調から、何から何までいい気分になれるものである。

 あんまり調子が悪いのでまつや(神田に本店がある蕎麦屋、家の近くに支店がある)で、大盛りを食べ、何となく足りなかったのでマクドナルドでハンバーガーを食べたら気分が回復した。

 おれって何?
2000/03/31 金曜日 春の愉悦
 昨日と違って、今日はなぜか非常に気分がよろしい。
 原稿は全然進まず(プリントアウトした短編をチェックするだけ)、今日もまた銀行に行って月末の支払いをしたにの、気分良好である。

 一つには、某出版社とのトラブル、正式に喧嘩を売る事にしたからである。
 まあ、事情はおいおいこの場で明らかにして行くつもりであるが……。  誰も信じてくれないだろうが、ぼくはトラブルは嫌いである。人間やってりゃ、あーゆー代物はほっといても向こうからやってくるのだから、こちらから近づく必要はない。
 だから、かようなトラブルもできるだけコンパクトにまとめるつもりだったが、どうもそうは行かなくなった。
 これの関係で昨日は実はあちらこちらと電話連絡を取り合っていたのである。作家仲間との情報交換もあるし、他社編集さんとのスケジュール調整も必要だ。

 そうそう、桜が咲き始めた。
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