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1999年02月の近況
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1999/02/01日Mon記入 病に倒れた週
 火曜日(26日)の朝からなんか調子が悪かった。
 ホームページをアップデートして、バトル・オブ・ジャバン8のゲラ直しのためのデータを調べたりしているうちにおかしさが倍加してくる。岡本君や、是方さん篠田さんたちが出勤してくる。こちらは体を縦にしていられないのでフローリングの床に横になってだべっていたのだが……これは本格的におかしい。
 這うようにして家に帰ると吐き気。朝に食べたカレー(前の晩の残り)が出てくる。
 ついで激しい下痢。
 人によっては風邪を引いた、熱がある、などといっても薬を飲んでどうにか押さえられるらしいが、ぼくはダメだ。完璧に寝こんでしまう。
 この日も、そのあとぐんぐん熱が上がって、38.5℃まで行く。もはや、何がなんだかわからない。
 その晩、どうやって寝たのだか覚えていない。八度以上熱が出ると一晩中朦朧としているのだ。
 翌日になると熱は七度台まで下がったが、吐き気と下痢は相変わらず。
 これも飯なんか食っていないのだから、水様便になり、やがて白いいわゆる「米の研ぎ汁状」になる。
ちなみにこれらはいずれもコレラの典型的症状である。これがモノホンのコレラだろうと、ただの腹下しだろうと、脱水症状が怖い。吐き気を押さえながら水を飲んだおかげで、意識不明にはならなかったけれど、原稿書きの合間として入っていた編集さんとの打ち合わせは軒並みキャンセル。
 金曜、26日にはかろうじて復帰してゲラの残りのデータをチェックする。
 今日、KKの編集さんと会ってゲラを渡し、あさって水曜、アスキーと打ち合わせ。
 たぶんこれで、今年前半の予定が決まってくるでしょう。
 しかし、風邪(本当にそうだったのか疑問は残るが)正直言って短くてすんで助かった。

 というわけで、今年の予定が何となく見えてきました。ま、仮タイトルですが。

 『第二航空戦隊奮戦録(仮)』 アスキー
 『ユークリッド(仮)』 KKベストセラーズ
 『航空管制官』

『第二航空戦隊奮戦録』が現在のところプライオリティ一位で進行させるべき作業。どうしようか、ああしようか、こうしようか、熱に浮かされながら考えて大体まとまりました。

『ユークリッド』は構想段階。シリーズを始めると、できるだけ続けてそれに集中したいのでアスキーが終わってから、あるいはまとまってからならないと進行しないんじゃないかなぁ。

『航空管制官』は自分でやりたいと思っている作品。前々から言っているのだけれど、今年こそ実現させたい。

1999/02/10日Wed記入 せわしない
 最初にアップデート遅れたいいわけ。
 先週は、まあ、いろいろあった。モノ書的には某社の編集さんとうちあわせて、結構スケジュールがキツそうだったり、バトル・オブ・ジャパン8の再校があがってきたとか、先々週の似非コレラの影響が残っているのだけれど、先週の最大の出来事といえばやはり娘についてでしょう。

 最初に親父が倒れた。倒れたと言っても風邪をきっかけに、前からおかしかったところが悪化してファイバーを使った簡単な手術を受けることになったのだけだが、いずれにせよ、動けない。おかげでホームページの更新もままならない。

 そして、日曜、公立の保育園に娘を入れるために市から調査員が来た。収入であるとか、家庭状況であるとかから判断して、生活の厳しそうな人から優先して子供を預かるというのだが、希望している南町保育園で空き人数四人に対して、募集十八人であるという。
 入れるかどうかは結果を見るしかないのだが、しかし、、、いったい行政はどうなっているのだ?
 少子高齢化とか言いながら、保育園の倍率が四.五倍! 私立もあるにはあるのだが、こちらも全くと言っていいほど連絡がないから、やはり空きがないのだ。ほとんどの人間が子供を保育園に入れられない、という事になる。
 いま、武蔵野市のホームページを調べたら、公立私立管外あわせて零歳児の定員は八八名、一歳児で増えてそれでも一五六名でしかない。総人口十三万なんぼの市でいったい何という有様なのだ。

 言うまでもない事だが子供が産まれてから我が家の家計は火の車である。
 出産費用とそれに伴う医療費、子供ための食費(大した額ではないが思いのほか食う。多くの哺乳動物は食糧事情のよい時期に繁殖するというが、納得である)、子育てのスペースがある広い部屋の家賃、引越し費用。何しろ共働きなのでそこそこの収入はあるはずなのだが、ろくろく残っていない。来月の生活費を心配しなければならない有様だ。税制上の優遇や嫁さんの会社からの補助も出ているが、とてもそんなものでは追い付かない。
 これでは貧乏人は子供を作るな、と言っているのに等しい。

 今から振返って二十台の頃の収入を思い起こすと、子育ては困難極まりない。不可能とは言わないが他のすべてを投げうって始めて可能となる大事業となる。
 現在の若者が考える平均的な満足の行く生活とはどの程度のレベルだろう? 一人暮らしだとして、都内ワンルーム家賃八万。食費だってかかる。昼飯食って、コーヒーでも飲んだら千円ぐらい。一ヶ月続ければそれだけで三万。人間、昼飯だけで生きていけるはずがないので、もっとかかるがまあ良いだろう。
 テレビ、ビデオ、オーディオセット、携帯電話は今では別に贅沢品ではあるまい。購入費用、維持費、いくらになるだろう? まあ、二万としよう。
 締めて十三万円。
 現在の新卒者の初任給は幾らぐらいなのだろう? いずれにせよ、この計算だけでぼくが新卒の頃の初任給をはるかに上回る。

 ひとりで子供を作る人はそうそういないから、結局は二人暮らしになり、住居費などは減るだろうが、どちらかが子供の面倒を見なければならないから、費用節約効果はあまり無い。子供を保育園に預けるとしても零歳児、一歳児で五万ほど。それほどの巨額を賭けて保育園に入れたとしても育児の手間が解消されるわけではない。嫁さんの出産休暇、育児休暇の間はそれなりに収入は減る。相当の減収である。

 子供を作るためには上記のどこかを削るか、収入を増やすしかない。
 削るのは、難しいだろう。いまどき、テレビ、ビデオ、オーディオセット、携帯電話をなくしてフツーの生活とは言えない。
 収入を増やすのには頑張って働くか、年功序列の上の方に行くしかない。上に行ったって収入の増え方はタカが知れている。あるいは二人目、三人目を育てる頃には別の事情から、子供をもう作れない情況に成っているかもしれない。

 少子高齢化は当然と言う気がする。

 というわけで、子供がいると収入激減。仕事にならない。
 で、大きく話を戻すと、娘を保育園に入れられないと、青山の仕事がままならない。
 武蔵野市への抗議のメールはこちらへ。「武蔵野市長へメール」

 まあね、そう真面目に抗議メール送ってくれたりする人いないと思いますし、市の方でもそうそう取り合ってくれるとは思いませんが、悔しいじゃないですか。

 というわけで、いつものもめ事。
 前回の梅原さんに手紙に対して、ぼくが書いた返事です。
 ご意見(そんなものがあれば、ですが)メール、便所の落書きへどうぞ。

 梅原氏への手紙1999年1月30日

1999/02/14日Sun記入 晴れた日曜日
 タイトルに深い意味はない。

 水曜にアップデートしてから、モノ書き的にいろいろあったような気がする。

 といっても物書きにとって一番の重要事項は仕事なので、そうそう仕事していたかというと……そうでもなかったような気もするなあ。
 ふと、思い起こせば、モノ書き関係の集まりがいくつかあった。
 金曜には伊吹秀明、岡本賢一と飲む、というか飯。このメンバーはお互いデビュー以前からの知り合いで、気が楽だし、ちょっと特別の集まり。なんの話をしたかというと、あんまり覚えていない。

 土曜には井上雅彦さん編集の「異形コレクション」のパーティ、があったのだが行かなかった。確定申告の準備もしなければならない。確定申告の方は結局、夕べの夜中二時までかかって領収証の整理をした。
 月曜にもう一回アスキーさんとの打ち合わせがあるし、その前にプロットをもう少し組んでおかないとならない。「第二航空戦隊奮戦録(仮)」はタイトルそのままだけれど、内容的には当初考えていた物とだいぶ毛色が変わってくる。今日は形にしてプリントアウトしたかったけれど、無理だなあ。
 明日、朝、編集部にFAXして、それを見てもらおう。
 ああ、あと、今週末、SF大賞の授賞式があるなあ。でも、これもパス。そろそろ仕事スパートをかけないとならない。この手の物は知り合いが受賞、というとできるだけ出るようにしているのだけれど、今年はいろいろときつそうだ。
 井上さん、ごめんね。


1999/02/25日 Thu記入 また、のびていました

 先週の半ばぐらいからどうも体調がおかしい。
 理由はわかっている。一歳一ヶ月の娘に風邪を移されたのである。
 武蔵野市には0123という〇歳児から三歳児までが遊べるような幼児施設がある。先週の土曜に嫁が娘をここに連れていって、風邪をひろってきたのである。
 その程度で幼児の風邪が大人にうつる物ではない。問題はそのあとである。
 深夜、娘が泣く。ジュースかなんぞ飲ませてごまかせて寝せるのだが、このとき、大人の布団に中に入れて添い寝する。ところが、こやつ、寝相が悪い。せっかく布団を掛けてやってもすぐに跳ねのける。てめえの布団どころか、ついでにオヤジの布団までも跳ねのける。
 二日続けてこれをやられて、風邪を引いた。
 娘は鼻水垂らすだけであったが、こちらは鼻水は垂れるは頭は痛いわ、土曜になってちょっと外出したら、こいつがよくなかった。
 帰ってきてみると38℃。日曜月曜と同じレベルを維持して水曜には39.1℃を記録してやっと鎮静に向かった。

 こっちが熱で寝こんでいる間に篠田節子は人をダシに朝日新聞にエッセイを書いて、おかげでこちらには「読んだよ〜ん」のメールが六本。電話が三本。大新聞の影響力は偉大だわ。

 熱の最中にアスキーの高松さんから電話。第二航空戦隊奮戦録(以下、二航戦)プロットOK。
 現在五枚。

 梅原さんから手紙が届いているのだけれど、二度も寝こむし、締め切りは迫るしで、返事を書いている暇もない。次の日曜と言うことで。

1999/02/27日Sat記入 ちと、ゴタクを

 二航戦→三五枚。

 気ばかり焦るが、なかなか進まない。

 梅原氏の書簡の中で特定の人たちからは特徴的に受け止められているらしいのが「売れれば勝ち」という部分であるようだ。
 この件について「便所の落書き」に書きこみがあったので触れようと思う。
 ぼくは別にすべて梅原氏と意見を一つにするわけではないが「売れれば勝ち」という部分についてはまったく異論はない。「完全な同意見」である。

 そして「売れれば勝ち」という言い方は正確ではない。正確には「売れなければ意味がない」である。

 職業作家の最終目標とは何か?
 それは多数の読者の獲得である。十人の読者よりも百人の読者、百人の読者より千人の読者を得て、創作者は自尊心を満足させるし、同時に経済的成功にも直結する。

 実を言うと、これはぼく自信がまだアマチュアであった頃「なぜ、プロになるのか? なぜ、プロになりたいのか?」というのが突きつけられた命題にも通じるのである。
 ファンライターとしてそれなりの時を過し、同人誌ではあるが宇宙塵、パラドックスと言った発表舞台を得ていた。自分の作品を発表しようとすればいつでもできるような情況が作り上げられた。
 それで何度も自問した。
『なぜ、プロになるのだ?』
 作品を発表しようとすれば場所はあった。同人誌の中ではあったが「青山のが載っていれば読むよ」という読者もいた。なにも、プロとして無理矢理書く必要はない。
 そんな情況を得た物の、ぼくは乾いていた。
 宇宙塵の仲間であった大場惑は「コンタクトゲーム」で華々しくデビューを飾り、ぼくより後に宇宙塵に入会した梅原克文がファンジン大賞を射止めるなど、少なからず焦りを感じていた。
 やがて(結論を得るまで十年の時を必要とした)、読者を得たいからだと言う結論に落ち着いた。相当スレていたが「あれ、おもしろかったよ」といわれると喜しいのだ、もの凄く喜しいのだ。この喜びを得たいために小説を書いているのだ、そう実感した。そして「面白い」と誉めてくれる人は一人よりも二人、十人、百人いた方がのぞましい。
 アマチュアで作品を発表しても同人誌レベルではどんなに頑張っても数百というのが発行部数の上限である。ところが商業出版になるとたちまち数千から、万のオーダーに膨れあがる。
 十人の読者よりも一万人の読者に喜んでもらえれば、それははるかに喜しい。
 これに気づいた時「一生アマチュアで終わるかもしれないが、プロを目ざそう」そう考えるようになり、ほどなくしてモノ書きで食えるようになった。

 商業出版に作品を供するようになってもこの数の論理は変わらない。一口に商業出版と言っても少はハードカバーの初版五千部から(それぐらいが最低ラインと言われている)、ベストセラーの十万とか、百万部などという開きがある。
 五千人の読者と、百万人の読者とどちらが望ましいか言うまでもない。

 さて、ここで話題を転換すると、古くから「低級な一般大衆多数の読者より、鋭い目を持った少数の優れた読者を獲得したい」とする主張がある。
 SFのなかではあまりこういう主張をする人はいないので物珍しいかもしれないが純文学系の人や、古典的な同人誌の同人たちの間では翌耳にする言葉である。
 一つの優れた作品についてそれを理解する読者の数は多くない、という発想である。
「取り敢えず作品を発表しておけば、意味はある」というのも上記につながる考え方である。

 気持ちは判らなくはない。
「有象無象の餓鬼どもより、目の肥えたオトナに読まれたい」という発想は別段珍しくないからである。(付け加えると、ぼくは双方に受け入れられたい。そして、もう一つ付け加えるのならばこうした主張は純文学など伝統を重んじるジャンルに多く見られ、SFではあまりみあたらない)。

 だが「少数の優れた読者」という考え方にはぼくは承服しかねる。
 どんなに優れた力のある作品であってもその作品がすべての人々に受け入れられるわけではない。
 多数の支持者を得るためには、それに比例する「アレはつまらない」と主張する大多数にも作品を読んでもらう必要がある。そして、数の原理により母集団が大きければ含まれる「優れた読者」も増える。
 最初から「少数の優れた読者」を対象にすると言うことは、最初から多数の読者の心をつかむ事を放棄しているのである。

 無論「いまは世に受け入れなれないけれど、出版して置くことに意味がある」という考え方もある。これは「将来的には売れる」という見こみにたってなされる判断であり、実際問題として著者の死後に爆発的に売れるようになる作品は世に珍しくない。
 また、今日でもハードカバー単行本などは将来の売れ行きを見越して発行される様に見受けられる。単体で採算が取れなくとも、文庫化などによって回収するのである。

 反面、「オレの作品は売れないが、世に問う価値のある優れた作品だ」などと心の底から考えている作者がいたとしたら、それは創作者ではない(評論家が言うのであれば別。評論家と創作者は別の生き物です)。

 そもそも売れない作品とはどんなものか? 作品内容がいかに優れていようとも、文学的価値が高かろうとも、読まれなければ存在していないのと同じである。内容の高尚さとは読まれて始めて価値を生じる物で、読まれなければ鼻をかんだ塵紙と変わりない。
 多くの読者に読まれるということが売れる事であるのは言うまでもないだろう。

 もちろん、上記意見に賛同するも反対を説えるもそれぞれ個人の勝手であるが。

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